正せい一いち教きょう

正せい一いち教きょう（しょういつきょう）は、道教どうきょうの宗派しゅうはの一ひとつ。現在げんざいの道教どうきょうの教派きょうはは全ちょん真教まさのり（全ちょん眞敎まさのり）と正一しょういち教きょうの二ふたつに大別たいべつされて考かんがえられている。日本語にほんご読よみの問題もんだいではあるが、道教どうきょうは儒教じゅきょうと共ともに中国ちゅうごくで起おこった宗教しゅうきょうであるため、漢音かんおん読よみをする習慣しゅうかんがある。例たとえば、「道教どうきょう経典きょうてん」も「どうきょうけいてん」と読よむ場合ばあいがある。同様どうように、正一しょういち教きょうの読よみに対たいしても、「せいいちきょう」または「せいいつきょう」と読よむ場合ばあいがある。

概要がいよう

正せい一いち教きょうは、後こう漢かん末すえの五斗米ごとべい道どう（天てん師道しどう）という宗教しゅうきょうにさかのぼるといわれる。五斗米ごとべい道どうは、前漢ぜんかんの功臣こうしん張ちょう良りょうの子孫しそんである張ちょう陵りょう（張ちょう道みち陵りょう）という人ひとが蜀しょく郡ぐんで太ふとし上じょう老ろう君きみのお告つげを受うけて、天てん師しの位いと正せい一いち盟めい威い（しょういつめいい）の道みちを授さづけられ、はじまったとされる。孫まごの張ちょう魯はこれを受うけ継つぎ、漢かん中ちゅうに勢力せいりょくを張はり、宗教しゅうきょう王国おうこくのような体制たいせいをき上ずきあげた。張ちょう魯が曹操そうそうの軍門ぐんもんに降ふるとこの漢かん中ちゅう政権せいけんは消滅しょうめつしたが、教団きょうだん幹部かんぶたちは魏たかしの列侯れっこうに封ふうぜられ、重用じゅうようされた。この教団きょうだんがその後ごどうなったのかはよく分わかっていない。異い民族みんぞくの侵攻しんこうとともに五ご胡えびす十じゅう六ろく国こく時代じだいに入はいると、多おおくの信徒しんとは南方なんぽうに拡散かくさんし、江南こうなんに五斗米ごとべい道どうを広ひろめたともいわれ、各地かくちに五斗米ごとべい道どう系けいの教団きょうだんが分立ぶんりつした状態じょうたいであったともみられる。後代こうだいに作つくられた正一しょういち教きょうの歴代れきだい教主きょうしゅの伝記でんきである『漢かん天てん師し世よ家か』によれば、張ちょう陵りょうの子孫しそんは代々だいだい張ちょう天たかし師しの位いを世襲せしゅうしたとされるが、史実しじつかどうかは定さだかではない。いずれにせよ、遅おそくとも唐とう末すえ五ご代だいには、張ちょう天たかし師しを教主きょうしゅとし、龍虎りゅうこ山やまを本拠ほんきょとする天てん師道しどうの教団きょうだんが成立せいりつしていた。

南北なんぼく朝あさ時代じだいの北きた魏たかしでは、嵩山たけやまの道士どうしの寇謙之のが太ふとし上じょう老ろう君くんのお告つげにより、張ちょう陵りょうののち空位くういになっていた天てん師しの位くらいに就ついたとして、新天しんてん師道しどうを興おこした。寇謙之のは五斗米ごとべい道どうの教法きょうほうを改革かいかくし、仏教ぶっきょうの要素ようそを取とり入いれて道教どうきょうの教義きょうぎや戒律かいりつを整備せいびした。寇謙之のの活躍かつやくにより道教どうきょうは北きた魏たかしの国教こっきょうとなった。道教どうきょう研究けんきゅう者しゃの窪くぼ徳いさお忠ちゅうは、五斗米ごとべい道どうが一般いっぱんに天てん師道しどうと呼よばれるようになったきっかけが新天しんてん師道しどうだったのではないかと述のべている。寇謙之のの死後しご、新天しんてん師道しどうがどうなったかのはよく分わかっていない。その後ご、南朝なんちょう宋そうでは廬いおり山やまの五斗米ごとべい道どう系けいの道士どうしの陸りく修おさむ静せいが道教どうきょう経典きょうてんを集あつめて体系たいけい化かし、また仏教ぶっきょうを取とり入いれて道教どうきょう儀礼ぎれいを整備せいびした。寇謙之のの教法きょうほうを「北きた天てん師道しどう」ともいい、陸りく修おさむ静せいの教法きょうほうを「南天なんてん師道しどう」ともいう。また、江南こうなんには上うえ清きよし派はと呼よばれる一派いっぱがあり、陸りく修おさむ静せいの流ながれをくむ茅かや山さんの道士どうし、陶とう弘ひろし景けいがその教法きょうほうを確立かくりつした。

北きた宋そうには、龍虎りゅうこ山やまを本山ほんざんとする天てん師道しどうの第だい24代だい天てん師しの張ちょう正ただし随ずいが真宗しんしゅうに召めされて朝廷ちょうていの庇護ひごの下したに入はいった。元もと代だいになると、第だい36代だい天てん師しの張ちょう宗演そうえんが世よ祖そクビライに召めされ、任にんじられて江南こうなん道教どうきょうを統轄とうかつするようになった。また、教団きょうだんが正せい一いち教きょうと呼よばれるようになったのも、この頃ころからである。元もと代だいの華北かほくでは、金代かなだいに興おこった新あたらしい道教どうきょうである全ちょん真教まさのりが教きょう勢ぜいを拡大かくだいし、いつしか正一しょういち教きょうと全ちょん真教まさのりは道教どうきょうを南北なんぼくに二分にぶんする二に大だい宗派しゅうはとなった。

明あきらの太ふとし祖そ朱しゅ元もと璋あきらの作さくとされる「御製ぎょせい玄げん教きょう斎とき醮儀文ぶん序じょ（ぎょせいげんきょうさいしょうぎぶんじょ）」の中なかでは、死者ししゃのための儀礼ぎれいを主しゅとして行おこなう教団きょうだんと見みなされている。

清きよしに入はいると、朝廷ちょうていの祈祷きとうや祭祀さいしの行事ぎょうじは、チベット仏教ぶっきょうのラマ僧そうに牛耳ぎゅうじられるようになり、道教どうきょう嫌きらいであった乾いぬい隆たかし帝みかどによって、遂ついに道教どうきょうの管掌かんしょう権けんを奪うばわれるに至いたった。辛からし亥い革命かくめい時ときには、龍虎りゅうこ山やまはさびれていたが、それに追おい討うちをかけるように、1912年ねん（民みん国こく元年がんねん）、江西えにし都と督とくの手てで天てん師しの封ふう号ごうまでも奪うばわれてしまった。第だい62代だいの張ちょう元もと旭あさひが袁世凱らの軍閥ぐんばつに働はたらきかけ、ようやく「正一しょういち真人しんじん」の封ふう号ごうおよび龍虎りゅうこ山やまの封地ほうちを奪回だっかいするのに成功せいこうした。

全ちょん真教まさのりの道士どうしは修身しゅうしん養やしなえ性せいの出家しゅっけ主義しゅぎ的てきだが、正一しょういち教きょうの道士どうしは祭儀さいぎ中心ちゅうしんの在家ありいえ主義しゅぎ的てきといわれる。活動かつどうは呪符じゅふを重おもんじるなど、呪術じゅじゅつ性せいが強つよく、内うち丹に学がくなどの自己じこ修養しゅうようはあまり重視じゅうしされないといわれる。

第だい65代だい継承けいしょう問題もんだい

詳細しょうさいは「zh:嗣汉张天师世系けい图」および「en:List of Celestial Masters」を参照さんしょう

国民党こくみんとうとの結むすびつきが強つよかった第だい63代だいの張ちょう恩おん溥は台湾たいわんに亡命ぼうめいし、1969年ねんに台北たいぺい市しで没ぼっした。張ちょう恩おん溥の長男ちょうなんである張ちょう允まこと賢けんは1954年ねんに既すでに死去しきょしており、中国ちゅうごく本土ほんどに残留ざんりゅうした次男じなんの張ちょう允まこと康やすしも消息しょうそく不明ふめいとなっていたため、第だい35代だい張ちょう可か大だいより続つづく男系だんけい男子だんしの嫡流ちゃくりゅうの系統けいとうは一旦いったんここで断絶だんぜつしてしまった。次代じだいの張ちょう天たかし師しは「男系だんけい男子だんしの世襲せしゅう」と定さだめられていたため、1971年ねんまでは故人こじんである張ちょう恩おん溥がそのまま在位ざいいという形かたちになっており、同年どうねんに張ちょう恩おん溥の堂どう姪めいである張ちょう源はじめ先さき（張ちょう恩おん溥の父ちちの第だい62代だい張ちょう元もと旭あさひの弟おとうとの張ちょう元もと曙あけぼのの孫まご）が第だい64代だい天てん師しに就任しゅうにんした。張ちょう源はじめ先さきは元々もともとは中華民国ちゅうかみんこく陸軍りくぐんの軍人ぐんじんであったが、1960年代ねんだいより表面ひょうめん化かした張ちょう恩おん溥の後継こうけい問題もんだいを受うけて、張ちょう恩おん溥より直接ちょくせつの指導しどうを受うけて正せい一いち教きょうの教義きょうぎを修養しゅうよう、張ちょう恩おん溥の死後しごも数すう年間ねんかん修行しゅぎょうを重かさねた末すえに軍ぐんを退役たいえきして第だい64代だいへ就任しゅうにんした経緯けいいがあり、系譜けいふ上じょうは第だい61代だいの張ちょう仁ひとし晸から連つらなる傍流ぼうりゅうの男系だんけい男子だんしとして、男系だんけい相続そうぞくの伝統でんとうが辛かろうじて維持いじされていた。

第だい64代だいの張ちょう源はじめ先さきは2008年ねん10月がつ17日にちに男系だんけい男子だんしを残のこさないまま死去しきょしたが、彼かれが張ちょう天たかし師しに就任しゅうにんした段階だんかいで「男系だんけい男子だんしの世襲せしゅう」という規定きていが停止ていしされ、襲名しゅうめい条件じょうけんが「男系だんけい子孫しそんである事こと」と緩和かんわされていた為ため、皮肉ひにくにも第だい65代だい張ちょう天たかし師し選出せんしゅつにあたり大おおきな問題もんだいが生しょうじた。「張ちょう天たかし師しの男系だんけい子孫しそん」を称しょうする複数ふくすうの人物じんぶつが張ちょう源はじめ先さきの死しの前後ぜんごに相次あいついで当代とうだい継承けいしょうを主張しゅちょうし、当代とうだいの張ちょう天たかし師しが複数ふくすう乱立らんりつする事態じたいを招まねいたのである。先代せんだいの張ちょう恩おん溥が中国ちゅうごく本土ほんどから台湾たいわんへ落おち延のびた関係かんけいで、張ちょう恩おん溥自身じしんの複数ふくすうの子女しじょを始はじめとする親戚しんせき縁者えんじゃが中国ちゅうごく本土ほんど側がわに散在さんざいしていた事ことも、この継承けいしょう問題もんだいを単たんなる一いち教派きょうは内ないの争あらそいを越こえた、両りょう岸きし問題もんだいを内包ないほうする複雑ふくざつ怪奇かいきなものとした。

2017年ねん現在げんざい、公式こうしきの第だい65代だいは2009年ねん6月がつ10日とおかに中國ちゅうごく嗣漢張ちょう天たかし師もろ府ふ道教どうきょう會かいの設立せつりつと同時どうじに張ちょう天たかし師しに就任しゅうにんした第だい62代だい張ちょう元もと旭あさひの男系だんけい曾孫そうそんの張ちょう意い将しょうであるが、張ちょう源はじめ先さきが生前せいぜんの2008年ねん8月がつ2日にちには第だい63代だい張ちょう恩おん溥の庶子しょしであると主張しゅちょうする張ちょう美良みよしが、張ちょう源はじめ先さきの第だい64代だい就任しゅうにん自体じたいが無効むこうであるとして中国ちゅうごく本土ほんどの龍虎りゅうこ山やまにて「第だい64代だい」張ちょう天たかし師し就任しゅうにん式しきを強行きょうこうしており、2009年ねん5月がつ11日にちには台湾たいわん南みなみ投とう市しにて中國ちゅうごく嗣漢道教どうきょう總會そうかいの支援しえんを受うけた張ちょう道みち禎ただしが「第だい64代だい」張ちょう天たかし師し就任しゅうにん式しきを行おこなった。張ちょう道みち禎ただしは1966年ねん生うまれで第だい32代だい張ちょう守まもる真しんの男系だんけい子孫しそんであると主張しゅちょうしており、張ちょう恩おん溥の実子じっしは張ちょう允まこと賢けん一人ひとりで現在げんざい消息しょうそく不明ふめいとされる次男じなんの張ちょう允まこと康かんとは血縁けつえん関係かんけいがない事こと。張ちょう恩おん溥の死去しきょの時点じてんでは継承けいしょう序列じょれつ上じょうは第だい35代だい以降いこうの系統けいとうの傍流ぼうりゅうで第だい61代だいの曾孫そうそんである張ちょう源はじめ先さきよりも、第だい32代だい直系ちょっけいの男系だんけい子孫しそんである自分じぶんの方ほうが上うえであったことから、張ちょう源はじめ先さきは飽あくまでも自身じしんが名乗なのり出でるまでの「第だい64代だい張ちょう天たかし師し"代理だいり"」に過すぎなかったとまで主張しゅちょうしている。ほかにも男系だんけい女子じょしとしての長子ちょうし世襲せしゅうを主張しゅちょうし、中國ちゅうごく正一しょういち道教どうきょう總會そうかいが主催しゅさいする2011年ねん10月がつの張ちょう源はじめ先さき3回忌かいき記念きねん式典しきてんにて第だい65代だい就任しゅうにんを発表はっぴょうした張ちょう源はじめ先さきの長女ちょうじょの張ちょう懿鳳、第だい58代だい張ちょう起おこり隆たかしの男系だんけい子孫しそんと称しょうする張ちょう捷とし翔しょうが第だい65代だい継承けいしょうを称しょうしており、台湾たいわん在住ざいじゅう者しゃだけでも少すくなくとも上記じょうき5名めいの張ちょう天たかし師しが併立している。

更さらには中国ちゅうごく本土ほんどでも張ちょう恩おん溥の次女じじょの子こであり第だい12期き全人代ぜんじんだい広西ひろせ地区ちく代表だいひょう、中国ちゅうごく道教どうきょう協会きょうかい現げん副ふく会長かいちょうでもある張ちょう金きん涛。第だい62代だいの男系だんけい曾孫そうそんであり第だい11期き全人代ぜんじんだい天津てんしん地区ちく代表だいひょうを務つとめていた中国ちゅうごく道教どうきょう協会きょうかい元もと副ふく会長かいちょうの張ちょう継つぎ禹、第だい62代だいの男系だんけい曾孫そうそんで北京ぺきん在住ざいじゅうの張ちょう貴たか華はならまでが第だい65代だい継承けいしょうを主張しゅちょうしており、中国ちゅうごく本土ほんども含ふくめると少すくなくとも8人にんの張ちょう天たかし師しが存在そんざいする異常いじょう事態じたいとなっている。そして、正統せいとう第だい65代だいとされる張ちょう意い將しょうを中心ちゅうしんに各かく対立たいりつ張ちょう天たかし師し本人ほんにん及およびその支援しえん者しゃが、互たがいに家系かけい図ずや清朝せいちょう及および大日本帝國だいにっぽんていこく時代じだいの戸籍こせき簿ぼなどを持もち出だしてまで自みずからの正当せいとう性せいの主張しゅちょうを繰くり広ひろげる有様ありさまで、張ちょう天たかし師しを最高さいこう指導しどう者しゃとする正せい一いち教きょうの教きょう勢ぜいは文字通もじどおり四分五裂しぶんごれつした状態じょうたいのまま現在げんざいに至いたっている。

脚注きゃくちゅう

注釈ちゅうしゃく

関連かんれん項目こうもく

• チベット仏教ぶっきょう - 正一しょういち教きょうと同様どうように、中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくを舞台ぶたいに含ふくんだ最高さいこう指導しどう者しゃ(化身けしんラマ)の継承けいしょう問題もんだいが発生はっせいしている。