避諱

避諱（ひき）とは、君主くんしゅや目上めうえの者ものの諱いみなの使用しようを忌避きひする慣習かんしゅうである。中国ちゅうごくなど東ひがしアジアの漢字かんじ文化ぶんか圏けんにみられる。二に字じ名めいの場合ばあいにどちらか一いち字じを忌避きひすることを偏へん諱いみな（へんき）という。この項こうでは中国ちゅうごくの避諱を中心ちゅうしんに記述きじゅつする。

概要がいよう

中国ちゅうごくでは古来こらい、親おやや主君しゅくんなどの目上めうえに当あたる者ものの諱いみな（本名ほんみょう）を呼よぶことは極きわめて無礼ぶれいなことと考かんがえられていた（実名じつめい敬けい避）。特とくに皇帝こうていおよびその祖先そせんの諱いみなについては、時代じだいによって厳きびしさは異ことなるが、あらゆる臣下しんかがその諱いみなを口くちにしたり書かいたりすることを慎重しんちょうに避さけた。ある王朝おうちょうの皇帝こうていに関かんする避諱の範囲はんいはその時代じだいのあらゆる言語げんご表現ひょうげんに及および、例たとえば、避諱に触ふれる文字もじを含ふくむ人名じんめいや地名ちめいがあったときには適宜てきぎ諱いみなに当あたらない名前なまえに改あらためられ、更さらにはその諱いみな字じに通かよう音おとの字じを改あらためること（嫌いや名めい（けんめい））さえも行おこなわれた。唐とうの太ふと宗そうのように避諱を免めんずる詔みことのりを下くだす君主くんしゅもいた（太ふとし宗むねの諱いみなが「世よ民みん」であり、いずれも平易へいい・頻用ひんようの字じであったため。後述こうじゅつ）が、このような例れいはまれである。ただし、「世よ民みん」のように複数ふくすう字じの諱いみなは、片方かたがたの文字もじだけならば使用しようしても差さし支つかえないと礼れい記きなどには記しるされている。また、広ひろく使つかわれ、禁きんじられると支障ししょうが出でる字じを諱いみなに持もつ者ものが皇帝こうていに即位そくいする場合ばあいは、即位そくいと同時どうじに改名かいめいする場合ばあいがある（即位そくい時じに皇帝こうていが改名かいめいした例れい参照さんしょう）。

著名ちょめいな例れいとして、前漢ぜんかんの高祖こうその諱いみなが「邦くに」だったために、漢かんの人々ひとびとが「中なか邦くに」「相あい邦くに」を「中国ちゅうごく」「相国しょうこく」とい換いかえた例れい、後こう漢かんの時期じきには光武みつたけ帝みかどの諱いみなを避さけて「茂しげる才ざい」と呼よばれた例れい、晋すすむの文ぶん帝みかどの諱いみなが「昭あきら」だったために晋すすむの人々ひとびとが歴史れきし上じょうの人物じんぶつ・王おう昭あきら君きみを「王おう明あきら君きみ」とい換いかえた例れい、清きよしの聖せい祖そ康かん熙帝の諱いみな「玄げん燁」を避さけ、世人せじんが「玄げん孫まご」のことを「元もと孫まご」にい換いかえた例れいや紫むらさき禁城きんじょうの「玄げん武門ぶもん」を「神かみ武門ぶもん」に改あらためた例れいが挙あげられる。

ただし、現げん王朝おうちょうの皇帝こうていに関かかわる厳きびしい避諱と対照たいしょう的てきに、前ぜん朝あさの皇帝こうていの諱いみなを世人せじんが避さけることはまずないと考かんがえてよい。そのため、文中ぶんちゅうに現あらわれている避諱を利用りようして、ある書物しょもつが発行はっこうされた年代ねんだいを推定すいていすることが可能かのうである。なお、「中国ちゅうごく」のように、い換いかえが定着ていちゃくしたため、後ごの王朝おうちょうでも本来ほんらいの呼よび方かたに戻もどされなかった例れいも少すくなくない。

皇帝こうていでなくても儒教じゅきょうで聖人せいじんとされた孔子こうしについても避諱が行おこなわれ、諱いみなの「丘おか」を避さけて「邱」に改あらためた例れいがある（人名じんめいの例れいでは丘おか長春ちょうしゅん、地名ちめいの例れいでは大邱たいきゅう（テグ））。

清朝せいちょうの崩壊ほうかい以降いこう、中国ちゅうごくには皇帝こうていが存在そんざいしなくなった。そのため、国くに中ちゅうがこぞって皇帝こうていの諱いみなを避さける必要ひつようはなくなった。

避諱の方法ほうほう

欠かけ画がの例れい。清きよしの康かん熙帝の諱いみなである「玄げん」「燁」のそれぞれ最終さいしゅうの一いち画かくが省略しょうりゃくされている。

改あらため字じ

当該とうがいの文字もじを、同おなじような意味いみを持もった別べつの文字もじあるいは語句ごくに置おき換かえる。稀まれながら、避諱を行おこなった文字もじを○で囲かこむ書物しょもつもある。

空そら字じ

当該とうがいの文字もじ自体じたいを記しるさない。空欄くうらんにする、「□」の表記ひょうきにする、「某ぼう」字じや「諱いみな」字じに置おき換かえるなどの方法ほうほうがある。

欠かけ画が（闕画／闕劃）

当該とうがいの文字もじの一いち画かく（通常つうじょうは最終さいしゅうの一いち画かく）を記しるさない。

• 『康かん熙字典じてん』において、清せい聖きよし祖その諱いみな（玄げん燁）に触ふれる「玄げん」および「玄げん」を構成こうせい要素ようそとして含ふくむ字じは、わざと最終さいしゅう画がを欠かいた形かたちに作つくられている。

拆字

漢字かんじの部首ぶしゅを分解ぶんかいし記述きじゅつする方法ほうほう。

• 例れい
  • 宋そう太ふとし宗むねの諱いみな「炅」又または「耿」について、「從したがえ(従したがえ)耳みみ從したがえ火ひ」と記きする。
  • 宋そう真宗しんしゅうの諱いみな「恒つね」について、「從したがえ心こころ從したがえ亘わたる」と記きする。
  • 宋そう高こう宗はじめの諱いみな「構」については「構」と同音どうおんの二に十じゅう字じ余あまりが避諱の対象たいしょうとされ、それを避さけるのに同音どうおんの「句く」を用もちい、それを「從したがえ勹從口こう」と記しるした。

実例じつれい

中国ちゅうごくでの例れい

• 始皇帝しこうていの諱いみな「政せい」と同音どうおんの「正ただし」について、「正月しょうがつ」に関かんしては声調せいちょうを平声ひょうしょうに変かえさせるか、「端はし月がつ」にい換いかえさせた。
• 宰相さいしょうを意味いみする「相あい邦くに」が漢かんの劉邦りゅうほうの諱いみなである「邦くに」の字じを含ふくむことから、漢かん代だい以降いこうは「相国しょうこく」に改称かいしょうされた（これについては、漢かんより後のちの王朝おうちょうも「相あい邦くに」に戻もどさなかった）。また、『老子ろうし道徳どうとく経けい』中ちゅうの「邦家ほうか」は「国家こっか」に、『易えき経けい』『易えき伝でん』中ちゅうの「遷邦」は「遷国」となった。
• 前漢ぜんかん文ぶん帝みかどの諱いみな「恒つね」を避さけて、「常つね」を用もちいた。また、同音どうおんも避さけて、「姮娥」は「嫦娥じょうが」に改あらためられ、その後ご定着ていちゃくした。
• 前漢ぜんかん景けい帝みかどの諱いみな「啓けい」を避さけて、「啓蟄けいちつ」を「驚おどろき蟄」に改あらためた。「開封かいふう」は元もとを「啓けい封ふう」と言いっていたが避諱により改名かいめいした。『史記しき』において、宋そうの微ほろ子こ啓けいは「微ほろ子こ開ひらく」と記載きさいされている。
• 前漢ぜんかん武たけ帝みかどの諱いみな「徹とおる」を避さけて、爵位しゃくい「徹てっ侯こう」は「通つう侯こう」と改あらためられた。また、楚すわえ漢かん戦争せんそうの説せつ客きゃく、蒯通の諱いみなは「徹とおる」であったが、「徹とおる」と同義どうぎの「通つう」に差さし替かえられた（漢かん代だい以降いこうも訂正ていせいされずに定着ていちゃくしている）。
• 前漢ぜんかん昭あきら帝みかどの諱いみな「弗どる陵りょう」を避さけて、在位ざいい中ちゅう、否定ひてい辞じ「弗どる」は「不ふ」に改あらためられた。
• 前漢ぜんかん宣せん帝みかどの諱いみな「詢」を避さけて、在位ざいい中ちゅう、同音どうおんの漢字かんじを使つかう「荀卿（荀子）」は「孫まご卿きょう」と改あらためられた。
• 前漢ぜんかんの郷さと挙きょ里さと選せんの科目かもくには秀才しゅうさいがあったが、後こう漢かんでは光武みつたけ帝みかど劉りゅう秀しげるの諱いみなを避さけて、「茂しげる才ざい」となった。
• 後こう漢かん明あかり帝みかどの諱いみな「荘そう」を避さけて、「荘そう」姓せいは多おおく「厳いむ」姓せいに改姓かいせいした。
• 後こう漢かん桓帝の諱いみな「志こころざし」を避さけて、歴史れきし書しょ『東ひがし観かん漢かん記き』の「志こころざし」は「意い」と表あらわされる。
• 司馬しば遷撰せん『史記しき』・班はん固かた撰せん『漢書かんしょ』では、前漢ぜんかんの歴代れきだいの皇帝こうていの諱いみなをそれぞれの本紀ほんぎ（皇帝こうていの伝記でんき）に記載きさいしなかった。両りょう書しょとも、後世こうせいの注釈ちゅうしゃくで初はじめて諱いみなが記載きさいされた。
• 後こう漢かんの許もと慎まきは建たて光ひかり元年がんねん（121年ねん）に『説せつ文ぶん解かい字じ』を完成かんせいさせた。同書どうしょにおいては、後こう漢かん初代しょだい光武みつたけ帝みかどから当代とうだいの安やす帝みかどまでの各かく皇帝こうていの諱いみな（秀しゅう、荘そう、炟、肇はじめ、祜）は、「上うえ諱いみな」とのみ記しるせられ本義ほんぎの解説かいせつはなされていない。
• 陳ちん寿ひさし撰せん『三国志さんごくし』において、司馬しば懿（追号ついごう：高祖こうそ宣せん帝みかど）の「懿」を避さけ、蜀しょく漢かんの武将ぶしょう呉ご懿は「呉ご壹いち」と表記ひょうきされる。
• 西にし晋すすむ及および東あずま晋すすむでは、司馬しば師し（追号ついごう：世よ宗景むねかげ帝みかど）の「師し」を避さけ、「京師けいし」を「京都きょうと」とい換いかえた。
• 西にし晋すすむ及および東あずま晋すすむでは、司馬しば昭あきら（追号ついごう：太ふとし祖そ文ぶん帝みかど）の「昭あきら」を避さけ、王昭君おうしょうくんを王おう明あきら君くん、蔡昭姫ひめを蔡文姫ひめ、韋昭を韋曜と改あらためた。
• 東あずま晋すすむの都と、建たて康やすしの名称めいしょうはもともと「建けん業ぎょう」であったが、西にし晋すすむの愍帝司馬しば鄴の諱いみなを避さけて「建たて康やすし」と改あらためられた。
• 東あずま晋すすむの書家しょか王羲之おうぎしは、祖父そふ王おう正ただしの諱いみなを避さけ、「正月しょうがつ」と記きするところを「初はつ月つき」と書かいた（『初はつ月つき帖じょう』など）。
• 唐とう高祖こうそ李り淵ふかしの父ちち李り虎とら（追号ついごう：太ふとし祖そ景けい帝みかど）の諱いみな「虎とら」を避さけ、当時とうじ、おまるを「虎とら子こ」と称しょうしていたが、これを「馬子まご」又または「獣しし子こ」に改あらためさせた。
• 唐とう代だいにおいては、高祖こうそ李り淵ふかしの諱いみな「淵ふち」を避さけて、陶とう淵ふかし明あきらは陶とう泉いずみ明あきらまたは陶とう深ふかし明あかりと称しょうされた。
• 唐とう代だいにおいては、太ふとし宗むね（李り世よ民みん）の諱いみなである「世よ」と「民みん」が公おおやけには使用しようできなかった。太ふとし宗むねは避諱を免めんずる詔みことのりを出だしたものの、後裔こうえいや臣下しんかは厳げんに使用しようを避さけた。そのため、300年ねん近ちかくにわたって代だい用字ようじとして使用しようされた「代だい」や「人ひと」の方ほうが一般いっぱん的てきになり、後代こうだいにまで影響えいきょうを与あたえ続つづけた。
  • サンスクリット仏典ぶってんのアヴァローキテーシュヴァラ（Avalokiteśvara 観音かんのん菩薩ぼさつ）を漢かん訳やくするにあたり、東あずま晋すすむ時代じだいの鳩ばと摩ま羅ら什は観世音菩薩かんぜおんぼさつと訳やくしたが、「世よ」の文字もじを避諱して「観音かんのん」とし、後代こうだいにおいても、この呼称こしょうが継承けいしょうされた。日本にっぽんにおいても「観音かんのん」の呼称こしょうが一般いっぱん的てきとなっている。
  • 唐とう代だいに編纂へんさんされた『隋ずい書しょ』において、隋ずいの煬帝が倭国わのくにに使つかわした使者ししゃの裴世清きよし（『日本書紀にほんしょき』）は、「裴清」と記しるされた。
  • 顕あらわ慶けい2年ねん(657年ねん)には、「世よ」「民みん」を含ふくむ「昬」「葉は」の字形じけいを、それぞれ「昏」「𦯧」と改あらためるよう命めいじられた。
• 唐とう高こう宗はじめの諱いみな「治おさむ」を避さけて、「理り」が用もちいられた。
• 唐とう武則たけのり天てんの諱いみな「曌（則のり天てん文字もじ、本来ほんらいの諱いみなは「照あきら」）」を避さけて、中ちゅう宗むねの嫡子ちゃくし李り重しげる照あきらは李り重しげる潤じゅんに改名かいめいした。
• 唐とうの詩人しじん杜もり甫はじめは、父ちちの名なが杜もり閑であったため、その詩文しぶんに決けっして「閑」の字じを用もちいなかったとされる。
• 同おなじく唐とう代だいの詩人しじんである李り賀がは、父ちちの名な「李り晋すすむ粛」の「晋すすむ」が「進すすむ」と同音どうおんであると因縁いんねんをつけられて進士しんし科かの受験じゅけんを拒否きょひされた。
• 後こう晋すすむの初代しょだい皇帝こうてい石いし敬けい瑭の諱いみなを避さけて、「敬たかし」姓せいは、「端はし」姓せいに、又または文字もじを分割ぶんかつし「苟」姓せいや「文ぶん」姓せいに改姓かいせいした。
• 宋そう太ふとし祖そ趙ちょう匡ただし胤たねの諱いみなを避さけ、趙ちょう匡ただし義よし（太ふとし宗むね）は趙ちょう光義みつよしに改名かいめいした（後のちに、さらに「炅」に改名かいめいする）。
• 明代あきよに多おおく、「元年がんねん」を「始はじめ年ねん」や「原はら年みのる」、「元来がんらい」を「原はら来らい」とする例れいが見みられ、これは太ふとし祖そ朱しゅ元もと璋あきらの避諱によるものとの言説げんせつがあるが、明代あきよにおいては古こ礼れいである「二に名めい不偏ふへん諱いみな、嫌いや名めい不ふ諱いみな」に従したがっていたため、これは正ただしくなく、前ぜん王朝おうちょうである元朝がんちょうを嫌きらった故ゆえの表記ひょうきであろうと言いわれている。
• 清きよし世よ宗むね雍正帝みかどの諱いみな「胤たね禛」を避さけ、兄弟きょうだいの名なで排はい行ぎょうに用もちいられた「胤たね」は「允まこと」に改あらためられた、また、王おう士し禛は王おう士し正ただし又または王おう士し禎ただしと改称かいしょうした。
• 王おう錫すず侯こうが著あらわした『字じ貫ぬき』の初版しょはんは、清朝せいちょう歴代れきだい皇帝こうていの避諱を行おこなっていなかったために禁書きんしょとなり、王おう錫すず侯こうも処刑しょけいされた。
• 清きよしの高こう宗はじめ乾いぬい隆たかし帝みかどの諱いみなが「弘ひろ暦れき」であるため、「暦こよみ」の字じが避さけられ「歴れき」字じで代用だいようされた。また、同様どうように「弘ひろし」の字じも避さけられ、弓ゆみ（ゆみへん）を崩くずして、「ム」の部分ぶぶんを口くちとした文字もじが用もちいられた。
  • 清朝せいちょうから嘉納かのう治五郎じごろうの「弘文こうぶん学院がくいん」に留学りゅうがくした学生がくせいの賞状しょうじょうなどでは、「弘ひろし」を避さけ「宏文ひろふみ学院がくいん」と表記ひょうきされた。
• 中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくの江蘇ちぁんすー省しょう儀ぎ徴ちょう市しは避諱で3度ど改称かいしょうした町まちとして知しられる。南みなみ唐とうのときには「永えい貞さだ県けん」と称しょうしていたが北きた宋そうの仁じん宗むね趙ちょう禎ただしの諱いみなを避さけて「揚子ようこ県けん」と改称かいしょうした。その後ご「儀ぎ真しん県けん」の名なを下賜かしされた。その後ご清朝せいちょうのときに雍正帝みかど胤たね禛の諱いみなを避さけて「儀ぎ徴ちょう県けん」と改称かいしょうし、さらに宣せん統すべ帝みかど溥儀ふぎの諱いみなを避さけて「揚子ようこ県けん」と改称かいしょうされた。清朝せいちょう滅亡めつぼう後ご、避諱の習慣しゅうかんがなくなると「儀ぎ徴ちょう」の名称めいしょうが復活ふっかつした。

即位そくい時じに皇帝こうていが改名かいめいした例れい

諱いみなが頻用ひんようする文字もじであると世間せけんの営いとなみに支障ししょうが出でるため、それを避さける目的もくてきで、皇帝こうてい即位そくいの機会きかいに改名かいめいした例れい。

• 前漢ぜんかん宣せん帝みかどは「病やまい已やめ」から「詢」に改あらためた。
• 宋そう太ふとし宗むねは「光義みつよし」から「炅」に改あらためた。
• 清きよし仁じん宗むね嘉よしみ慶けい帝みかどは「永えい琰」から「顒（禺＋頁ぺーじ）琰」に改あらためた。
• 清きよし宣せん宗むね道みち光こう帝みかどは「綿めん寧やすし」から「旻みん寧やすし」に改あらためた。

千せん字じ文ぶんの例れい

『千せん字じ文ぶん』は、子供こどもに漢字かんじを教おしえたり、書しょの手本てほんとして使つかうため広ひろく用もちいられたが、在位ざいい中ちゅうの皇帝こうていの避諱のため改変かいへんされた。

• 「天地てんち玄げん黃き」を「天地てんち元もと黃き」 - 宋朝そうちょうの皇帝こうていの遠祖えんそ趙ちょう玄げん朗ろうの避諱。
• 「周しゅう發はつ殷いん湯ゆ」を「周しゅう發はつ商しょう湯ゆ」 - 宋そう太ふとし祖その父ちち趙ちょう弘ひろし殷いんの避諱。
• 「鳴な鳳おおとり在ざい樹き」を「鳴な鳳おおとり在ざい竹たけ」 - 宋そう英えい宗むねの諱いみな「曙あけぼの」を避さける。
• 「岳たけ宗むね恆つね岱」を「岳たけ宗むね泰やすし岱」 - 宋そう真宗しんしゅうの諱いみな「恒つね」を避さける。

日本にっぽんでの例れい

日本にっぽんでは貴人きじんを諱いみな（御名ぎょめい）で呼よぶことについては、中国ちゅうごくと同様どうように実名じつめい敬けい避の習慣しゅうかんがあった。たとえば天平てんぴょう勝かち宝たから9歳さい（757年ねん）5月がつには天皇てんのうと皇后こうごうの名なと、藤原鎌足ふじわらのかまたり、藤原不比等ふじわらのふひとの名なを姓名せいめいに用もちいることが禁きんじられている。これによって姓せい（かばね）の首くび（おびと、聖武天皇しょうむてんのうの名な）と史し（ふひと、不ふ比ひ等とう）は「毗登」（ひと）に改あらためられた。また常陸ひたち国こくの「白壁しらかべ郡ぐん」や「大伴おおとも氏し」は天皇てんのうの名なをはばかって（光ひかり仁じん天皇てんのうの名めい白壁しらかべ、淳和天皇じゅんなてんのうの名めい大伴おおとも）改名かいめいされている。源氏物語げんじものがたりの登場とうじょう人物じんぶつもこうした風習ふうしゅうを反映はんえいし、貴人きじんの実名じつめいは徹底てっていして伏ふせられている。このため貴人きじんを呼よぶ際さいには官位かんい名めいや居住きょじゅう所しょなどを実名じつめい呼称こしょうの代かわりとした。室町むろまち時代じだい以降いこうは、屋形やかた号ごうから「お屋形やかたさま」、将軍しょうぐんの正室せいしつを「御ご台所だいどころ」、こうした居住きょじゅう所しょからの敬称けいしょうが派生はせいした。近代きんだいの皇室こうしつ典範てんぱん制定せいてい後ごは、后きさき位い敬称けいしょうとなり受うけ継つがれている。

ところで、日本にっぽんには避諱とは全まったく逆ぎゃくの現象げんしょうとして 通つう字じ の習慣しゅうかんがみられ、さらに鎌倉かまくら時代ときよから江戸えど時代じだいの武家ぶけ社会しゃかいなどでは、主君しゅくんの諱いみなの字じを家臣かしんが拝領はいりょうする偏へん諱いみな授与じゅよの風習ふうしゅうが存在そんざいした。貴人きじんの諱いみなを避さけることを強制きょうせいするのではなく、むしろ諱いみなの一いち字じを嫡流ちゃくりゅうの子孫しそんや近ちかしい家来けらいに賜たまもの与くみすることで集団しゅうだんの緊密きんみつ化かを図はかったのである。中国ちゅうごくや朝鮮ちょうせんのような避諱の風習ふうしゅうはさほど定着ていちゃくせず、対たいしてそれに代かわる通つう字じや偏へん諱いみなの文字もじの使用しようには慎重しんちょうさが求もとめられた。上位じょういの貴人きじんから与あたえられた偏へん諱いみなを、さらに自身じしんの家来けらい（陪臣ばいしん）に与あたえる行為こういは原則げんそく的てきには控ひかえられ、また後述こうじゅつの方広寺ほうこうじ鐘かね銘めい事件じけんで徳川とくがわ家康いえやすが激怒げきどしたのはもっともだとする見方みかたもある。ただし江戸えど時代じだいなど儒教じゅきょうの影響えいきょうを強つよくうけた時代じだいでは、一部いちぶに避諱が行おこなわれている。

• 六ろく国史こくしの『続ぞく日本にっぽん紀き』によると、嵯峨天皇さがてんのうは、延のべ暦れき11年ねん（791年ねん）、諱いみなを乳母うばの出身しゅっしん地ちである讃岐さぬき国こく神野かんの郡ぐんから賀が美能みのう（神野かみの）親王しんのうと名付なづけられたが、大同だいどう4年ねん（809年ねん）即位そくいにあたって、神野かんの郡ぐんは諱いみなに触ふれるため朝廷ちょうていにて改名かいめいがなされ、新居にのい郡ぐんと改名かいめいした（新居にのい郡ぐん#古代こだいから平安へいあん時代じだい参照さんしょう）。また、同地どうちにある現在げんざいの満濃池まんのういけは、神野かみの池いけと呼よばれていたが、避諱により真野まの池いけと改あらためられ、その後ご、萬まん農のう池ち等とう呼称こしょうの変遷へんせんを経へて、明治めいじになり満濃池まんのういけとなった（満濃池まんのういけ#池いけの名称めいしょう参照さんしょう）。
• 永なが承うけたまわ7年ねん（1052年ねん）、当時とうじの奥州おうしゅうで勢力せいりょくを誇ほこっていた安倍頼時あべのよりときは本来ほんらい「頼よりゆき良りょう」と名乗なのっていたが、朝廷ちょうていの命いのちで陸奥みちのく守もりとして赴任ふにんしてきた源頼義みなもとのよりよしに帰順きじゅんした際さい、同おなじ読よみであることを遠慮えんりょして「頼よりゆき時じ」へと改名かいめいした。
• 大坂おおさかの陣じんにおいては、豊臣とよとみ氏しの依頼いらいによって作成さくせいされた方広寺ほうこうじの鐘かね銘めい「国くに家いえ安やす康かん」が、徳川とくがわ家康いえやすの諱いみなを侵おかした犯はん諱いみなであるということで方広寺ほうこうじ鐘かね銘めい事件じけんが発生はっせいした。
• 江戸えど時代じだい、李り氏し朝鮮ちょうせんとのあいだでは朝鮮ちょうせん通信使つうしんしによる国書こくしょの往来おうらいが行おこなわれていた。正徳まさのり度どには日本にっぽんの国書こくしょが中ちゅう宗むねの諱いみな「懌」を犯おかしたと朝鮮ちょうせん側がわからの抗議こうぎが行おこなわれた。新井あらい白石はくせきは朝鮮ちょうせん側がわの国書こくしょも「光ひかり」（徳川とくがわ家光いえみつ）字じを犯おかしているとし、国書こくしょの訂正ていせいを受うけ入いれなかったため論争ろんそうとなった（国くに諱いみな論争ろんそう）。
• 徳川とくがわ綱吉つなよしは娘むすめである鶴つる姫ひめを溺愛できあいし、貞享ていきょう5年ねん2月がつ1日にち（1688年ねん3月がつ2日にち）に庶民しょみんに対たいして鶴づるの字じや鶴づる紋もんを用もちいることを禁きんじた「鶴づる字じ法度はっと」を出だしている。このため井原いはら西鶴さいかくは井原いはら西にし鵬おおとりと改名かいめいすることになり、京きょう菓子かし屋やの鶴屋つるやも屋号やごうを駿河屋するがやと改名かいめいした。歌舞伎かぶきの中村なかむら座ざは定紋じょうもんを丸まるに舞鶴まいづるから角切つのきり銀杏いちょうに改あらためている。また仙台せんだい藩はんでは1667年ねん頃ごろから禁きん字じ法令ほうれいが出だされ、伊達だて氏しの通つう字じである「宗むね」や、歴代れきだい当主とうしゅの諱いみなの字じの使用しようを禁きんじた。
• 江戸えど時代じだい後期こうき、漢学かんがくが盛行せいこうし、天皇てんのう権威けんいの回復かいふくが試こころみられる中なかで、公家くげ社会しゃかいでは天皇てんのうの諱いみなに用もちいられる文字もじに対たいして欠かけ画がが行おこなわれるようになった。この欠かけ画がの禁令きんれいは光ひかり格かく天皇てんのうの天明てんめい5年ねん（1785年ねん）に始はじまったものである（避諱欠かけ画が令れい参照さんしょう）。幕末ばくまつ期きの文久ぶんきゅう3年ねん（1863年ねん）には、大名だいみょう・旗本はたもとから庶民しょみんに至いたるまで当代とうだいの天皇てんのうの諱いみな字じを避さけるよう、幕府ばくふから命令めいれいが出だされた（文久ぶんきゅう避諱令れい）。欠かけ画がの規定きていは明治めいじ初年しょねんにも引ひき継つがれ、仁孝天皇にんこうてんのう（恵めぐみ仁ひとし）、孝明天皇こうめいてんのう（統みつる仁ひとし）、明治天皇めいじてんのう（睦むつみ仁じん）の諱いみなの内うち、「恵めぐみ（惠めぐみ）」、「統みつる」、「睦あつし」がそれぞれ欠かけ画がとされたことがあったが、明治めいじ5年ねんには廃止はいしされた。明治めいじ6年ねん3月がつ28日にちに交布された太政官だじょうかん布告ふこく118号ごうにより、歴代れきだい天皇てんのうの諱いみなと御名ぎょめいに使用しようされている文字もじを使つかうこと自体じたいは問題もんだいがないとされ、熟字じゅくじのまま使つかうことのみ禁きんじられた。この太政官だじょうかん布告ふこくは昭和しょうわ22年ねんの戸籍こせき法ほう改正かいせいで正式せいしきに廃止はいしされた。
• 秩父宮ちちぶのみや妃ひは貞明皇后ていめいこうごうの名な「節子せつこ（さだこ）」に遠慮えんりょして「節子せつこ（せつこ）」の名なを「勢津子せつこ」と改あらためた。諱いみなではないものの、笠置かさぎシヅ子しづこが三笠みかさ宮みやに遠慮えんりょして「三笠みかさ」姓せいから芸名げいめいを改あらためている。またやしきたかじんは出生しゅっしょう後ごに隆りゅう仁ひとし（たかひと）と名付なづけることを勧すすめられていたが、皇室こうしつ尊崇そんすう者しゃである父親ちちおやは「陛下へいかと同おなじ読よみとは畏おそれ多おおい」という理由りゆうで同おなじ字じのまま読よみを「たかじん」と変かえて命名めいめいしたという。しかしこれらは人名じんめいの衝突しょうとつを避さけているだけで、文字もじの使用しようそのものを避さけているわけではない。
• 詔書しょうしょの朗読ろうどくの際さいには、詔書しょうしょ末尾まつびの天皇てんのうの署名しょめいと御璽ぎょじの押印おういんは、署名しょめいそのものを読よむのではなく「御名ぎょめい御璽ぎょじ」と読よむ慣習かんしゅうがある。

ベトナムでの例れい

阮朝避諱の例れい

ベトナムでも避諱は行おこなわれたが、字じだけでなく音おとも変かえさせることがある点てんに特色とくしょくがある。

• 李り朝ちょう以前いぜんの諸しょ王朝おうちょうでは避諱の存在そんざいは確認かくにんされておらず、最古さいこの史料しりょうは陳ちん太ふとし宗むねの建けん中ちゅう8年ねん（1232年ねん）に出だされた令れいである。仏ふつ領りょう期きにも阮朝が存続そんぞくしていたため避諱自体じたいは公文書こうぶんしょを中心ちゅうしんに維持いじされたが、植民しょくみん地ち期きの皇帝こうていの諱いみなは避さけられなかったようである。
• 避諱の方法ほうほうは中国ちゅうごくで行おこなわれた改あらため字じ・空そら字じ・欠かけ画がのほか、次つぎの方法ほうほうがある。
  • 偏へんと旁つくりを転倒てんとうさせる。このタイプの避諱ではしばしば字じの上うえに「く」もしくは「人ひと」形かたちの記号きごうを3つないし4つ並ならべる。これはもともと避諱の対象たいしょうとなる字じを示しめすときに割注わりちゅうで「右みぎ従したがえ○、左ひだり従したがえ×」と表記ひょうきしていたため、この従したがえ字じを簡略かんりゃく化かしたものである。
  • この変形へんけいとして陳ひね朝あさの陳ひね字じを分解ぶんかいして阿東あとうと表記ひょうきすることも行おこなわれた。
  • 欠かけ画がの変形へんけいとして偏へんを削除さくじょ・塗抹とまつする。
• 鄭てい氏し政権せいけん時代じだいには、鄭てい氏しの王おう号ごうの一部いちぶも避諱の対象たいしょうとなった。例たとえば清都きよと王おう鄭てい梉の清きよし字じは避諱の対象たいしょうとなっている。
• 黎はじむ朝ちょう期きに提ひさげも避諱字じとされて題だいが代かわりに用もちいられたが、これは科挙かきょの試験しけん官かんである提ひさげ調ちょう官かんに由来ゆらいする。
• 日常にちじょうで頻用ひんようされる漢字かんじが避諱字じとなった場合ばあい、その漢字かんじの発音はつおんも変かえられた。現代げんだいまで残のこっているものとして利りlợi（黎はじむ朝ちょう太たい祖そ黎はじむ利りの諱いみな：本来ほんらいの音おとはlì）、時ときthời（阮朝嗣徳帝みかどの諱いみな：本来ほんらいの音おとはthì）などがある。
  • 阮朝皇帝こうてい家か本ほん宗むねは代々だいだい阮福○と名乗なのっていので、福ぶく（本来ほんらいの音おとはphúc）はphướcと改あらため音おんさせられたが、字じ自体じたいの使用しようは認みとめられた。また、phướcの音おとは北部ほくぶでは普及ふきゅうしなかった。
• 宗そうtông（紹治帝みかどの幼名ようみょう）は尊みことtônと改あらためられた。中ちゅう南部なんぶ方言ほうげんでは語末ごまつの-nと-ngの区別くべつが無ないために発音はつおん上じょうは変化へんかがないものの、クオックグーの表記ひょうき上じょうは区別くべつする。だが、阮朝期きを通つうじて互用された結果けっかか、北部ほくぶも含ふくめて表記ひょうきにも影響えいきょうを与あたえ、現代げんだいベトナムの学術がくじゅつ文献ぶんけんでもたとえば黎はじむ聖せい宗むねがLê Thánh tôn（漢かん越えつ音おんに従したがえばLê Thánh tông）と表記ひょうきされることがしばしばある。

朝鮮ちょうせんでの例れい

中国ちゅうごくと同おなじく儒教じゅきょうの影響えいきょうを色濃いろこく受うけた朝鮮ちょうせんでも避諱の習慣しゅうかんは堅かたく守まもられた。王おうの名前なまえはもちろん、自分じぶんの先祖せんぞの名前なまえの文字もじもはばかられた。そのため子こが生うまれると、族ぞく譜ふを引用いんようし、先祖せんぞの名なを確認かくにんしてから、先祖せんぞの名なに使用しようされていない文字もじで命名めいめいを行おこなった。

避諱に類似るいじしたもの

• 北朝鮮きたちょうせんの文字もじコード、KPS 9566には普通ふつうのチョソングル(ハングル)とは別べつの位置いち（4行ぎょう72列れつ - 4行ぎょう77列れつ）に初代しょだい最高さいこう指導しどう者しゃ・金きむ日成いるそん（김일성）、第だい2代だい最高さいこう指導しどう者しゃ・金きむ正日じょんいる（김정일）の名前なまえ専用せんように使つかわれるチョソングルが登録とうろくされている。普通ふつうのチョソングルと異ことなり、常つねに太字ふとじで表記ひょうきされる（文字もじコードには登録とうろくされていないが、第だい3代だい最高さいこう指導しどう者しゃ・金きむ正ただし恩おん (김정은) も同様どうよう）。避諱に類似るいじしているが、名なだけでなく姓せいも対象たいしょうとなっていることや、指導しどう者しゃの名前なまえに使つかわれている文字もじを含ふくむ言葉ことばを変化へんかさせるのではなく、指導しどう者しゃの名前なまえ自体じたいの文字もじのほうを変化へんかさせているという相違そうい点てんがある。

参考さんこう文献ぶんけん

• 陳ちん垣かき『史ふみ諱いみな挙例きょれい』（上海しゃんはい書店しょてん出版しゅっぱん社しゃ、1997年ねん6月がつ） ISBN 7806222529
• 王おう建けん 編へん『史ふみ諱いみな辞典じてん』（汲古書院しょいん、1997年ねん） ISBN 476291049X

中国ちゅうごく歴代れきだいの避諱を網羅もうら的てきに掲載けいさい。ただし中国ちゅうごく語ご。

• 井波いなみ陵りょう一いち「使つかえない字じ : 諱いみなと漢籍かんせき」（京都大学きょうとだいがく人文じんぶん科学かがく研究所けんきゅうじょ附属ふぞく漢字かんじ情報じょうほう研究けんきゅうセンター編へん『漢籍かんせきはおもしろい』所収しょしゅう　2008年ねん）
• Ngô Đức Thọ Nghiên cứu chữ huy Việt Nam qua các triều đại / Les Caractères Interdits au Vietnam à Travers l’Histoire. (traduit et annoté par Emmanuel Poisson, Hà Nội: Nxb Văn hoá, 1997).

脚注きゃくちゅう

関連かんれん項目こうもく

• 諱いみな
• 避諱欠かけ画が令れい
• 文字もじの獄ごく

外部がいぶリンク

• 唐から以後いご帝王ていおう避諱名めい表ひょう（繁体字はんたいじ中国語ちゅうごくご）- 中華民国ちゅうかみんこく教育きょういく部ぶ