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ディジー・ミス・リジー

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ラリー・ウィリアムズ (歌手かしゅ) > ディジー・ミス・リジー
ビートルズ > 作品さくひんリスト > ディジー・ミス・リジー
ビートルズ > 曲名きょくめいリスト > ディジー・ミス・リジー
「ディジー・ミス・リジー」
ラリー・ウィリアムズシングル
初出しょしゅつアルバム『ヒアズ・ラリー・ウィリアムズ』
Bめん スロウ・ダウン
リリース
規格きかく
録音ろくおん
  • 1958ねん2がつ19にち
  • ラジオ・レコーダーズ
ジャンル ロックンロール
時間じかん
レーベル スペシャルティ・レコード
作詞さくし作曲さっきょく ラリー・ウィリアムズ
チャート最高さいこう順位じゅんい
  • 週間しゅうかん69 (US Billboard Top 100 Sides)[2]
ラリー・ウィリアムズ シングル 年表ねんぴょう
  • ディジー・ミス・リジー
  • (1958ねん
  • フーチー・クー / ザ・ダミー
  • (1958ねん
ヒアズ・ラリー・ウィリアムズ 収録しゅうろくきょく
リトル・スクール・ガール
(B-2)
ディジー・ミス・リジー
(B-3)
ティアドロップス
(B-4)
テンプレートを表示ひょうじ

ディジー・ミス・リジー」(Dizzy, Miss Lizzy)は、ラリー・ウィリアムズ楽曲がっきょくである。1958ねんにシングルばんとして発売はつばいされた。スティーヴン・トマス・アールワインは、ほんさくについて「本物ほんもののロックンロールの名曲めいきょく」とひょうしている[3]発売はつばいから7ねんビートルズがカバーし、1969ねんジョン・レノンが『トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル英語えいごばん』で演奏えんそうした。

レコーディング

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1957ねんまつ、ウィリアムズは自身じしん最大さいだいのヒットきょくとなった「ボニー・モロニー」を発売はつばい。1958ねん2がつ19にち、ウィリアムズはつぎのシングルきょくのレコーディングをおこなうためにカリフォルニアしゅうハリウッドにあるラジオ・レコーダーズをおとずれた[4]

音楽おんがくジャーナリストのジーン・スクラッティ英語えいごばんは、ほんさく際立きわだたせているのはウィリアムスのボーカルであるとし、「リトル・リチャードかげからようやくしたような、独自どくじつよさをっている」とひょうしている[4]

リリース

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スペシャルティ・レコードは、「ディズ・ミス・リジー」を7インチシングル12インチシングルの2形態けいたい発売はつばいした。発売はつばい時点じてんでウィリアムズはいくつか完成かんせいした楽曲がっきょく存在そんざいしていて、レーベルがわは「ボニー・モロニー」とおなじく1957ねん9がつ11にちのセッションで録音ろくおんされた「スロウ・ダウン」をBめんきょくとして採用さいようした[4]。『ビルボードのTop 100 Sidesでは、最高さいこう69記録きろくした[2]

シングルに収録しゅうろくの2きょくは、いずれも1959ねん発売はつばいされたコンピレーション・アルバム『ヒアズ・ラリー・ウィリアムズ』に収録しゅうろくされている[5]

クレジット(ラリー・ウィリアムズばん

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ビートルズによるカバー

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「ディジー・ミス・リジー」
ビートルズシングル
Bめん アンナ
リリース
規格きかく 7インチシングル
録音ろくおん
ジャンル ロックンロール
時間じかん
レーベル 日本の旗 オデオン / 東芝とうしば音楽おんがく工業こうぎょう
作詞さくし作曲さっきょく ラリー・ウィリアムズ
プロデュース ジョージ・マーティン
ビートルズ シングル 日本にっぽん 年表ねんぴょう
  • ディジー・ミス・リジー
  • (1965ねん
ヘルプ! 収録しゅうろくきょく
イエスタデイ
(B-6)
ディジー・ミス・リジー
(B-7)
テンプレートを表示ひょうじ

1965ねん、ビートルズはアメリカのキャピトル・レコードから新曲しんきょく提出ていしゅつ要求ようきゅうされ、これにこたえるかたちで1965ねん5がつ10日とおかEMIレコーディング・スタジオのスタジオ2で、「ディジー・ミス・リジー」のカバー・バージョンのレコーディングをおこなった[6][注釈ちゅうしゃく 1]。ビートルズによるカバー・バージョンは、アメリカでは1965ねん6がつ14にち発売はつばいされた『ビートルズ VI』、イギリスでは同年どうねん8がつ6にち発売はつばいされた『ヘルプ!』に収録しゅうろくされた[6]日本にっぽんでは、シングル・カットもされており、Bめんには「アンナ」が収録しゅうろくされた。

音楽おんがく評論ひょうろんイアン・マクドナルド英語えいごばんは、ビートルズによるカバー・バージョンについて「無秩序むちつじょのヒステリーとごちゃごちゃしたダブルトラッキング見苦みぐるしい出来損できそこない」とひょうしている[6]

1965ねん全米ぜんべいツアーで演奏えんそうされており[7][8]、1977ねん発売はつばいされた『ザ・ビートルズ・スーパー・ライヴ!』には1965ねん8がつ29にちと30にちハリウッド・ボウル公演こうえんでの演奏えんそうを1きょく編集へんしゅうした音源おんげん収録しゅうろくされた[9]

レノンは、1969ねん9がつ13にち開催かいさいされた『トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル英語えいごばん』でほんさく演奏えんそうした。当時とうじ演奏えんそうは、プラスティック・オノ・バンドのアルバム『平和へいわいのりをこめて』に収録しゅうろくされている[10]

クレジット(ビートルズばん

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出典しゅってん[6]

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 同日どうじつには、おなじくウィリアムズの「バッド・ボーイ」のカバー・バージョンも録音ろくおんされている[6]

出典しゅってん

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  1. ^ Moore 2016, p. 27.
  2. ^ a b “Top 100 Sides”. Billboard 70 (17): 32. (April 28, 1958). ISSN 0006-2510. 
  3. ^ Erlewine, Stephen Thomas. “Larry Williams | Biography & History”. AllMusic. All Media Network. 2021ねん7がつ23にち閲覧えつらん
  4. ^ a b c Sculatti 1989, pp. 1, 2, 7.
  5. ^ Mason, Stewart. Here's Larry Williams - Larry Williams | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2021ねん7がつ23にち閲覧えつらん
  6. ^ a b c d e MacDonald 2007, p. 154.
  7. ^ Everett 2001, p. 306.
  8. ^ Schaffner 1978, p. 45.
  9. ^ ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル [SHM-CD][CD] - ザ・ビートルズ”. UNIVERSAL MUSIC JAPAN. 2020ねん12月5にち閲覧えつらん
  10. ^ Ginell, Richard S.. Live Peace in Toronto 1969 - John Lennon / Plastic Ono Band | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2021ねん7がつ23にち閲覧えつらん

参考さんこう文献ぶんけん

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外部がいぶリンク

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