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ポア (オウム真理教おうむしんりきょう)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

ポアとは、オウム真理教おうむしんりきょう教祖きょうそ麻原あさはら彰晃しょうこうが、みずからの関与かんよした殺人さつじんをその被害ひがいしゃ自身じしん悪業あくごうにより地獄じごくちるのをふせぐだけでなく、よりたか世界せかい転生てんせいさせるためであるとして使用しようした用語ようごである。語源ごげんチベットの「ポワ」(チベット文字もじ:འཕོ་བ་ ワイリー方式ほうしき:'pho ba)とみられる。この言葉ことば自体じたいには「殺人さつじん」や「殺害さつがい」という意味いみはないが、後期こうき密教みっきょう一部いちぶには慈悲じひのために他者たしゃ殺害さつがいして極楽浄土ごくらくじょうどなどへ意識いしき遷移せんいさせる思想しそう存在そんざいする[1]

オウム真理教おうむしんりきょうにおけるポア(ポワ)[編集へんしゅう]

宗教しゅうきょう学者がくしゃ渡辺わたなべまなぶによると、オウム真理教おうむしんりきょうにおいては「ポア」と「ポワ」は「たましい転移てんい」を意味いみするおな言葉ことばであり、成就じょうじゅしゃ弟子でしめいじて将来しょうらい悪業あくごう可能かのうせいのある人間にんげん殺害さつがいは「たましい転移てんい」となり、殺害さつがいしゃ殺害さつがいしゃにもえきとなる、とかれ、ラマ・ケツン・サンポ、中沢なかざわ新一しんいち共著きょうちょにじ階梯かいてい』(平河ひらかわ出版しゅっぱんしゃ、1981ねん)、おおえまさのりやくへん『ミラレパ』(オームファンデー ション1976ねんめるくまーる1980ねん)などが麻原あさはらのポアの典拠てんきょ推測すいそくしている[2]べつ宗教しゅうきょうがくもの大田おおた俊寛としひろポア英語えいごばんという言葉ことばオウム真理教おうむしんりきょうおしえたのは『にじ階梯かいてい』とする[3]

もと教団きょうだん幹部かんぶ中村なかむらのぼるによれば、中沢なかざわ新一しんいちの「にじ階梯かいてい」をんでいた弟子でしほうから、ポア(意識いしきうつえ)を殺人さつじんふくめた隠語いんごとして使つかはじめたという[4]

もとオウム幹部かんぶ、のちアーレフ代表だいひょう野田のだ成人しげとは「教団きょうだんなかでは麻原あさはら書籍しょせき以外いがいんではいけないのですが、『にじ階梯かいてい』だけはころがっていました」「教団きょうだんなかではネタほんとしてなかおおやけになっていたので、みんな参照さんしょうはしていました。」と証言しょうげんしている[3]

まだ「オウム神仙しんせんかい」の時代じだいだった1987ねん1がつ4にち時点じてんで、教祖きょうそ麻原あさはら彰晃しょうこうはすでに殺人さつじん肯定こうていする意味いみで「ポア」の用語ようご使つかった説法せっぽうをしていた[5]

チベット密教みっきょうというのは非常ひじょうあらっぽい宗教しゅうきょうで,たとえば,●●がおしえをうた先生せんせい一人ひとりに『おまえはあの盗賊とうぞくころしてこい。』とわれ,やっぱりころしているからね。そして「グルのためだったらねる,グルのためだったらころしだってやるよというタイプのひとはクンダリニー・ヨーガにむかいてるということになる。そして,そのグルがやれとったことすべてをやることができる状態じょうたいたとえばそれは殺人さつじんふくめてだ,これも功徳くどくわるんだよ。

わたし過去かこにおいて、グルの命令めいれいによってひところしてるからね。自分じぶんねるが,カルマになる,にんころすというものはできないものだ。しかし、そのカルマですらグルにささげたときに,クンダリニー・ヨーガは成就じょうじゅするんだよ。

たとえばグルがそれをころせとうときは,たとえば相手あいてはもう時期じきてる。そして,弟子でしころさせることによって,その相手あいてをポアさせるというね,一番いちばんいい時期じきころさせるわけだね。そして,たとえばもう一度いちど人間にんげんかいまれわらせて修行しゅぎょうさせるとかね、いろいろとあるわけだ。 — 麻原あさはら彰晃しょうこう(1987ねん1がつ4にち丹沢たんざわセミナー)

オウム最初さいしょ殺人さつじん事件じけんである男性だんせい信者しんじゃ殺害さつがい事件じけん1989ねん2がつ10日とおかきた。事件じけんからすうヶ月かげつにはつぎのようにかたっている。

たとえば、Aさんというひとがいて、Aさんはまれて功徳くどくんでいたが慢がしょうじてきて、こののち悪業あくごうみ、寿命じゅみょうきるころには地獄じごくちるほどの悪業あくごうんでんでしまうだろうという条件じょうけんがあったとしましょう。

このAさんを、成就じょうじゅしゃころしたら、Aさんは天界てんかいまれわる。(りゃく)すべてをっていて、かしておくと悪業あくごうみ、地獄じごくちてしまう。ここで、たとえば生命せいめいたせたほうがいいんだとかんがえ、ポアさせた。

このひとはいったいなにのカルマをんだことになりますか、殺生せっしょうですか、それともたか世界せかいまれわらせるための善行ぜんこうんだことになりますか。人間にんげんてき客観きゃっかんてき見方みかたをするならば、これは殺生せっしょうです。しかし、ヴァジラヤーナかんがかた背景はいけいにあるならば、これは立派りっぱなポアです。

そして、智慧ちえあるひと─ここで大切たいせつなのは智慧ちえなんだよ。─智慧ちえあるひとがこの現象げんしょうるならば、このころされたひところしたひととも利益りえきたとます。ところが、智慧ちえのないひと凡夫ぼんぷ状態じょうたいでこれをたならば『あのひと殺人さつじんしゃ』とます。

— 麻原あさはら彰晃しょうこう(1989ねん9がつ24にち世田谷せたがや道場どうじょう[5]


(オウムからて)「悪業あくごうもの」は、そのままかしておいてはさらに「悪業あくごう」をみ、来世らいせ転生てんせいさきでそのぶんくるしまなければならない。それをけるためには一刻いっこくはやくその生命せいめいたなければ(殺害さつがいしなければ)ならない。そうすることで、これ以上いじょう悪業あくごう」をむことがなくなり、また「グルとの逆縁ぎゃくえん」ができるので本人ほんにんのためにもい。また殺人さつじん実行じっこうした弟子でしは、「被害ひがいしゃたましい救済きゅうさいした」ことになるので、「功徳くどく」をむことになる、という理論りろんであった。

チベット密教みっきょうにおけるポワ[編集へんしゅう]

ポア(まさしくはポワ)はチベットであり、仏教ぶっきょう辞典じてんでは「遷移せんい転移てんい」、または経典きょうてん文脈ぶんみゃくによって「遷有」[6]やくされる。イェシュケのチベット辞書じしょでも、1)to change place/shift/migrate、2)to change、3)to die となっており、ぬという意味いみはあっても、ころすという意味いみ存在そんざいしていない[6]金本かなもとたくによれば、ポワというチベットもととなったサンスクリット確定かくていされているとはがたいが、saṃkramaṇa(サンクラマナ)が有力ゆうりょくとされているという[6]モニエルの梵英辞典じてんによれば、saṃkramaṇa(サンクラマナ)は「(黄道こうどう十二宮じゅうにきゅうの)あるみやから(のみや)への通過つうか」の意味いみとして説明せつめいされており、かぶとりつてん上生わぶせいなど、規定きていされた道筋みちすじじゅんうつくことをしめ[6]ほかにもぞうやく仏典ぶってんでは、sañcāra(サンチャーラ)というかたりがポワ('pho ba)とやくされており[7]、「移行いこう」の意味いみである[7]

タントラ密教みっきょうでのポワとは、ナーローパの六法ろっぽうにおいて、すなわち、以下いかのトゥンモの修行しゅぎょうから中有ちゅうう修行しゅぎょうつづいて最後さいご修行しゅぎょうとされる転移てんい・遷有の修行しゅぎょうのことであり、意図いとてき自己じこまたは他者たしゃ意識いしきうつえる技法ぎほうである[6]

  1. からだがらせるトゥンモの修行しゅぎょう
  2. まぼろし修行しゅぎょう
  3. ゆめ修行しゅぎょう
  4. 光明こうみょう修行しゅぎょう
  5. 中有ちゅうう修行しゅぎょう
  6. 転移てんい・遷有の修行しゅぎょう(ポワ)

タントラ密教みっきょうにおけるヨーガ体系たいけいにおいては、殺害さつがいや、他者たしゃたましいうば意味いみはない[6]

チベット死者ししゃしょ』では、さいして輪廻りんねから解脱げだつすることが最上さいじょうとされるが、それがかなわなかった場合ばあいには次善じぜんさくとして六道ろくどうのうち人間にんげんかいよりもましなところへと転生てんせいさせる、引導いんどう儀式ぎしきおこなわれる。それがポワである[8]。ポワをほどこすときそのもの瀕死ひんし状態じょうたいにあり、要因よういんはすでに施術しじゅつしゃそう)がどうこうできるものではない。ここでも「ころす」という意図いと存在そんざいしない。

ぜんたくみ方便ほうべんけい密教みっきょう経典きょうてんにおける殺生せっしょう[編集へんしゅう]

男性だんせい信者しんじゃ殺害さつがい事件じけん直後ちょくごおこなわれた富士山ふじさん総本部そうほんぶ説教せっきょう麻原あさはらは、仏陀ぶっだ前生ぜんしょうはなしとして、ある悪人あくにんふねった300にん貿易ぼうえきしょう財産ざいさんうばおうとしていたが、仏陀ぶっだ(の前生ぜんしょう)はこの悪人あくにんのカルマがわるかったのでポア(殺害さつがい)、つまり、たか世界せかい転生てんせいさせるため殺害さつがいであると説教せっきょうして正当せいとうした[9]

渡辺わたなべまなぶはここで麻原あさはら言及げんきゅうしているのはぜんたくみ方便ほうべんけいにあると指摘してきしている[10]ぜんたくみ方便ほうべんけいでは、500にん商人しょうにんふね1人ひとり悪人あくにん全員ぜんいん殺害さつがいして財宝ざいほううばおうとしていたが、釈迦しゃか前生ぜんしょうである船長せんちょうは 、悪人あくにん商人しょうにんころして地獄じごくにおちること、反対はんたい計画けいかくった商人しょうにん悪人あくにんころ地獄じごくちるのをふせぐには、 この悪人あくにんわたしころ以外いがい方法ほうほうはない」と大悲だいひしんをおこし、そのぜんたくみ方便ほうべんによって悪人あくにんころした[11]

渡辺わたなべまなぶはこれは釈迦しゃかまれるまえったというはなしであり、釈迦しゃかおな心境しんきょうになった人間にんげんおなじことをしてもかまわないというはなしではなく、麻原あさはら解釈かいしゃくには飛躍ひやくがあり、また麻原あさはら自分じぶん最終さいしゅう解脱げだつしゃであり、かみひとしい存在そんざいであることを証明しょうめいし、殺人さつじん行為こうい救済きゅうさいむすびつけるためにこの物語ものがたり利用りようしたとべている[12]

もと高野山大学こうやさんだいがく学長がくちょう藤田ふじた光寛みつひろは、仏教ぶっきょうにおける「慈悲じひしんぜんたくみ方便ほうべんにもとづく殺生せっしょう」 について、「ほんせいたん説話せつわ、 また歴史れきしてき社会しゃかいてき出来事できごとなどによる例証れいしょうしめしてかれたこのようなはなしは、わたしどものような凡夫ぼんぷしんじさせるためにもちいられた象徴しょうちょうてき比喩ひゆである。文字もじどおりに殺生せっしょうなどを実行じっこうしていという意味いみではない。」と明言めいげんする[11]

後期こうき密教みっきょう仏典ぶってんかれるはん倫理りんりてき行為こうい[編集へんしゅう]

また、タントラにおいても殺生せっしょうかれることがある。 無上むじょう瑜伽ゆがタントラでは、出世間しゅっせけんてき解脱げだつせいあいだてき欲望よくぼう (kāma) のいずれをも目的もくてきとし、せい殺生せっしょうひんほしつむ(憎悪ぞうお)・妄想もうそう) のさんどく肯定こうていされる[11]

ヘーヴァジュラ・タントラとその註釈ちゅうしゃく書類しょるいでは、護摩ごまのろいころせ (māraṇa) や調伏ちょうぶく目的もくてきは、妄分べつ (vikalpa, rnam par rtog pa) をなくすためである、としている[11][13]

密教みっきょう般若はんにゃははタントラでは、誕生たんじょう同時どうじ物事ものごと分別ふんべつする智慧ちえ (妄分べつvikalpa, rnam par rtog pa) が一時いちじてききゃくのようなあかとして付加ふかされているので、その妄分べつ浄化じょうか(=除去じょきょ)して無分別むふんべつ智慧ちえ獲得かくとくすることを目的もくてきとして、その手段しゅだんとして、はん倫理りんりてき行為こうい実践じっせんする、としている[11][14]

松長まつながゆうけいは、このようなタントリズムがもつ倫理りんりてき社会しゃかいてきてんを、皮相ひそうてき世間せけんてき理解りかいせず、そのかいどおり昇華しょうか純化じゅんかされた象徴しょうちょうせいという観点かんてんなどからその本来ほんらいてき意義いぎ評価ひょうかすべきであると明言めいげんしている[11][15]

組織そしきとの類似るいじてん[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ せい 2014, p. 41.
  2. ^ 渡邉わたなべまなぶオウム真理教おうむしんりきょう関係かんけい公開こうかい資料しりょうについて南山みなみやま宗教しゅうきょう文化ぶんか研究所けんきゅうじょ 研究所けんきゅうじょほう だい 19 ごう 2009 ねん,p19
  3. ^ a b 対談たいだんもとアーレフ代表だいひょう野田のだ成人しげと×宗教しゅうきょう学者がくしゃ大田おおた俊寛としひろ前編ぜんぺん) 『みずから「グル」になろうとした中沢なかざわ新一しんいち研究けんきゅうしゃたちのつみばち”. 日刊にっかんサイゾー (2011ねん8がつ31にち). 2015ねん12月22にち閲覧えつらん。 “
    野田のだ 教団きょうだんなかでは麻原あさはら書籍しょせき以外いがいんではいけないのですが、『にじ階梯かいてい』だけはころがっていましたね。
    ――麻原あさはらが『にじ階梯かいてい』について直接ちょくせつ言及げんきゅうしたことはあったのですか?
    野田のだ それはありませんでしたが、教団きょうだんなかではネタほんとしてなかおおやけになっていたので、みんな参照さんしょうはしていました。
    大田おおた ポアという言葉ことばをオウムにおしえたのは、『にじ階梯かいてい』ですからね。”
  4. ^ 中谷なかたに 2019, p. 339.
  5. ^ a b 平成へいせい7ごう(わ)141 殺人さつじんとう 平成へいせい16ねん2がつ27にち 東京とうきょう地方裁判所ちほうさいばんしょ、p.1-5。
  6. ^ a b c d e f 『ポアとはなにか!―インド・チベット密教みっきょうヨーガのいち考察こうさつ―』 金本かなもとたく - さとしさん伝法でんぼういん真言宗しんごんしゅうさとしやま)ホームページ
  7. ^ a b 森山もりやま 2004, p. 20.
  8. ^ かわ邑厚とくはやし由香里ゆかりちょ『チベット死者ししゃしょNHK出版しゅっぱん74p~
  9. ^ NHK 2013, p. 349-350.
  10. ^ NHK 2013, p. 351.
  11. ^ a b c d e f 藤田ふじた光寛みつひろ「〈菩薩ぼさつ戒品〉にかれる「殺生せっしょう」について」密教みっきょう文化ぶんか,1995 ねん 1995 かん 191 ごう p. 141-145,p137.
  12. ^ NHK 2013, p. 352-353.
  13. ^ よりゆき富本とみもとひろし密教みっきょうぼとけ研究けんきゅう』(法蔵館ほうぞうかん、1990ねん) p.375-379
  14. ^ 島田しまだ茂樹しげきさと道徳どうとくゆう新保しんぼあきら 編著へんちょ東洋とうよう倫理りんり思想しそう』(きたじゅ出版しゅっぱん、1993ねん)、pp. 110-111
  15. ^ 松長まつながゆうけい密教みっきょう経典きょうてん成立せいりつろん』(法蔵館ほうぞうかん昭和しょうわ55ねん)、pp. 64-79
  16. ^ NCC宗教しゅうきょう研究所けんきゅうじょとみざかキリスト教きりすときょうセンター 2004, p. 44.

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

関連かんれん文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • 東京とうきょうキララしゃ編集へんしゅうへんオウム真理教おうむしんりきょうだい辞典じてんISBN 4380032094
  • 大石おおいし紘一こういちろうオウム真理教おうむしんりきょう政治せいじがく朔北さくほくしゃ、2008ねん

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]