林 泰男
1957 | |
2018 | |
| |
ホーリーネーム | ヴァジラチッタ・イシディンナ |
| |
ステージ |
|
| |
1987 | |
| |
|
来歴
[1974
オウム入信
[やがて、
1989
サリン事件
[1995
1994
逃亡
[裁判
[2008
人物 評
[- 「まだ
出家 してまもない頃 、母親 に会 ってもらったことがあります。林 さんに会 えば母親 も少 しは安心 してくれるかなと思 ったんです」「とにかく穏 やかで常識 のある方 で、母親 もオウムにはああいう人 もいるんだねえと、多少 は安心 してくれたようでした」-荒木 浩 [24] - 「
穏 やかで常識 もあり、そして何 となく頼 もしい兄貴 分 的 な雰囲気 を持 つ男 」-森 達也 [24] - 「
少 しはずるかったり危 ない人 であって欲 しかったのですが、面会 してみればいい青年 なんです。参 ったです。彼 に対 する一 審 死刑 判決 で異例 のことに『およそ師 を誤 まるほど不幸 なことはなく、この意味 において、被告人 もまた、不幸 かつ不運 であったと言 える』とあるのは、そのとおりでした」-滝本 太郎 (オウム被害 対策 弁護 団 弁護士 )[25] - 「
林 泰男 さんとはかなり幼 いころからの付 き合 いで、子 ども好 きの運転 手 さんという印象 でした。特別 に父 の子 に対 してだけでなく、子 どもみんなに優 しかったので純粋 な子 ども好 きなのでしょう。幼 いころ、一緒 に遊 んでくれた印象 から、彼 が殺人 に関 わるなんて夢 にも思 っていませんでした。当時 マスコミで報道 された冷酷 なイメージも、私 の中 では皆無 です。子 どもや女性 に思 いやりのある本当 に優 しいお兄 さんという印象 しかありません」-松本 聡 香 (麻原 の四 女 )[26] - 「
非常 に冷静 な人 。すごくさめた目 でオウム真理教 を見 ていた。部下 を育 て、束 ねていく能力 がずば抜 けて優 れていた」-杉本 繁 郎 [27] - 「ひょうひょうとした
穏 やかな人物 」「メディアからは『殺人 マシーン』と呼 ばれていたが、素顔 はそれとはほど遠 い人物 だと私 は思 う」-瀬口 晴義 (東京 新聞 記者 )[28] - 「ヤスさんの
第 一 印象 は、旅人 。プノンペンあたりの街角 からふらっとやって来 て座 っている風情 。面会 に来 たことに何 度 も礼 を言 われた。とても謙虚 だった」「彼 を好 きか、嫌 いか?と聞 かれたら、嫌 いではない……としか答 えられない。好 き……という範疇 にはいなかった。好 き、なんて言葉 でい表 せない。誠実 な人 だ」-田口 ランディ[29] - 「とてもまじめで
丁寧 な対応 だった」-服 藤 恵三 (警視庁 元 科学 捜査 官 )[30] - ワイドショーなどでは「
歩 く殺人 マシン(兵器 とも)」、「オウムの殺人 マシン」、甚 だしくは異名 も容疑 者 呼称 も全 てが名前 の一部 であるかのような「殺人 マシン林 泰男 容疑 者 」などと呼称 された。指名 手配 ポスターでも、記載 位置 は上 列 の一番 左 すなわち筆頭 だった。なお、別名 の表記 は事件 当時 は「歩 く殺人 マシン」と縮 めることが多 く、逮捕 ・起訴 後 は「殺人 マシーン」と表記 するケースが多 い。 工学院大学 時代 には鮮魚 店 のアルバイトを続 け、店主 が病気 を患 った際 には早朝 の市場 への買出 しから店番 まで行 うほど真面目 であったという[11]。麻原 4女 との手紙 の中 で、林 は「歳 だけジジイだけどサ、心 はピッカピカの青年 のまま」と語 っている[31]。
死刑 確定 後
[2018
オウム
2018
関連 事件
[関連 文献
[- 『
大義 なきテロリスト』(佐 木 隆三 著 、NHK出版 、2002年 )
脚注
[注釈
[脚注
[- ^ a b “
オウム真理教 の死刑 囚 6人 に刑 執行 ”. NHK NEWS WEB (日本 放送 協会 ). (2018年 7月 26日 ). オリジナルの2018年 7月 26日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 7月 26日 閲覧 。 - ^ a b “オウム
全 死刑 囚 の刑 執行 【オウム死刑 囚 の刑 執行 速報 中 】”.共同通信社 . (2018年 7月 26日 ) 2018年 7月 26日 閲覧 。 - ^ “
内外 情勢 の回顧 と展望 (平成 24年 1月 )” (PDF).公安調査庁 . 2018年 12月31日 閲覧 。 - ^ a b c d e f g h i j k l m n “
誰 より多 くサリンを撒 いた「殺人 マシン」林 泰男 の意外 な素顔 <教団 エリートの「罪 と罰 」(4)>”. AERA dot. (アエラドット) (2018年 7月 26日 ). 2019年 9月 9日 閲覧 。 - ^ 『
魂 の虜囚 』中央公論 新 社 、2000年 8月 。ISBN 4-12-003042-3。[要 ページ番号 ] - ^ “「
血 の通 った」極刑 判決 ・林 泰男 の人間 性 に異例 の評価 ”.江川 紹子ジャーナル. 2002年 6月 25日 時点 のオリジナルよりアーカイブ。2013年 11月23日 閲覧 。 - ^ 『オウム
帝国 の正体 』新潮社 、2000年 7月 。ISBN 4-10-412803-1。[要 ページ番号 ] - ^ オウム『
神通力 者 への道 3』p.13[要 文献 特定 詳細 情報 ] - ^ 「
オウム真理教 「地下鉄 サリン」容疑 者 41人 の素顔 」読売新聞 1995年 5月 17日 - ^ 『
神通力 者 への道 』p.29[要 文献 特定 詳細 情報 ] - ^ a b
中島 尚志 『オウムはなぜ消滅 しないのか』p.91 - ^ 『
神通力 者 への道 3』p.35[要 文献 特定 詳細 情報 ] - ^
毎日新聞 社会 部 編 『元 愛弟子 (治療 省 大臣 )への無期 判決 』〈オウム「教祖 」法廷 全 記録 ;3〉1998年 6月 、26頁 。ISBN 4768470033。 - ^
松本 2010, p.不明 . - ^
降 幡 賢一 『オウム法廷 6』朝日新聞社 〈朝日 文庫 〉、2000年 11月。[要 ページ番号 ] - ^
降 幡 2000a, pp. 281, 305. - ^
降 幡 2000a, p. 233, 302. - ^ “オウム
裁判 :爆破 計画 「知 らなかった」…林 死刑 囚 証言 -毎日新聞 ”.毎日新聞社 . (2014年 2月 5日 ). オリジナルの2014年 2月 22日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 12月31日 閲覧 。 - ^ “
林 死刑 囚 :平田 被告 に「出頭 しないで」逃亡 中 の再会 時 -毎日新聞 ”.毎日新聞社 . (2014年 2月 5日 ). オリジナルの2014年 2月 22日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 12月31日 閲覧 。 - ^ “
全部 ばれる…小池 死刑 囚 、平田 被告 に「逃亡 を」 :社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞 )”.読売新聞社 . (2014年 2月 5日 ). オリジナルの2014年 2月 5日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 12月31日 閲覧 。 - ^
降 幡 賢一 『オウム法廷 2下 』朝日新聞社 〈朝日 文庫 〉、1998年 6月 、308頁 。 - ^
降 幡 2000a, p. 277. - ^
年報 ・死刑 廃止 2018, p. 41. - ^ a b
森 達也 『A3-下 』 - ^ “
現実 感 ”.滝本 太郎 . 2018年 12月31日 閲覧 。 - ^
松本 聡 香 『私 はなぜ麻原 彰晃 の娘 に生 まれてしまったのか』p.200 - ^
降 幡 賢一 『オウム法廷 4松本 智 津 夫 の意見 陳述 』p.62 - ^
瀬口 晴義 『オウム真理教 偽 りの救済 』p.250 - ^
田口 ランディ『逆 さに吊 るされた男 』河出 文庫 p.282-283 - ^
服 藤 恵三 『警視庁 科学 捜査 官 -難事件 に科学 で挑 んだ男 の極秘 ファイル-』p.49 - ^
松本 2010, p. 203. - ^ a b c “【オウム
死刑 囚 】中川 智正 らオウム死刑 囚 7人 を移送 執行 施設 ある5拘置 所 に分散 か(1/2ページ)”.産経新聞 (産業経済新聞社 ). (2018年 3月 14日 ). オリジナルの2018年 3月 15日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 3月 15日 閲覧 。 - ^ a b “【オウム
死刑 囚 】中川 智正 らオウム死刑 囚 7人 を移送 執行 施設 ある5拘置 所 に分散 か(2/2ページ)”.産経新聞 (産業経済新聞社 ). (2018年 3月 14日 ). オリジナルの2018年 3月 15日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 3月 15日 閲覧 。 - ^ a b “【オウム
死刑 囚 】移送 7人 は新実 智光 、林 泰男 、早川 紀代 秀 、井上 嘉浩 、岡崎 一明 、横山 真人 、中川 智正 の各 死刑 囚 (1/2ページ)”.産経新聞 (産業経済新聞社 ). (2018年 3月 14日 ). オリジナルの2018年 3月 15日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 3月 15日 閲覧 。 - ^ a b c “【オウム
死刑 囚 】移送 7人 は新実 智光 、林 泰男 、早川 紀代 秀 、井上 嘉浩 、岡崎 一明 、横山 真人 、中川 智正 の各 死刑 囚 (2/2ページ)”.産経新聞 (産業経済新聞社 ). (2018年 3月 14日 ). オリジナルの2018年 3月 15日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 3月 15日 閲覧 。 - ^ a b “オウム
死刑 囚 7人 の移送 完了 法務省 「共犯 分離 が目的 」”.共同通信 (共同通信社 ). (2018年 3月 15日 ). オリジナルの2018年 3月 15日 時点 におけるアーカイブ。 2018年 3月 15日 閲覧 。
参考 文献
[降 幡 賢一 『オウム法廷 』 5 (ウソつきは誰 か?)、朝日新聞社 〈朝日 文庫 〉、2000年 2月 。ISBN 4-02-261287-8。松本 聡 香 『私 はなぜ麻原 彰晃 の娘 に生 まれてしまったのか :地下鉄 サリン事件 から15年 目 の告白 』徳間書店 、2010年 4月 。ISBN 978-4-19-862753-9。森 達也 『A3下 』集英社 、2012年 12月14日 。ISBN 978-4087450163。年報 ・死刑 廃止 編集 委員 会 『オウム死刑 囚 からあなたへ年報 ・死刑 廃止 2018』インパクト出版 会 、2018年 10月 25日 。ISBN 978-4755402883。