閻魔えんま

安土あづち桃山ももやま時代じだいに描えがかれた閻魔えんま

閻魔えんま（えんま）は、仏教ぶっきょうの地獄じごく、冥界めいかいの主おもであり、冥界めいかいの王おうとして死者ししゃの生前せいぜんの罪つみを裁さばく神かみ。閻王ともいう。インドにおける死者ししゃの主おもであるヤマが仏教ぶっきょうに入はいったものである。

名称めいしょう

閻魔えんまは、サンスクリット語ご及およびパーリ語ごのヤマ（यम, Yama）の音訳おんやく。

ヤマラージャ（यमराज, Yama-rāja、ラージャは王おうの意味いみ）とも。音訳おんやくは閻魔えんま羅ら闍（えんまらじゃ）、意訳いやくは閻魔えんま大王だいおう（えんまだいおう）。略りゃくして閻羅王おう（えんらおう）、閻（えん）とも。

Yama（閻魔えんま）は、縛ばく、双そう生せい、双そう王おう、遮さえぎ止とめ、平等びょうどう、殺ころせなどと和訳わやくされる。“縛ばく”は罪人ざいにんを捕縛ほばくする意い、“双そう世よ”は彼かれが世よ中ちゅう、常つねに苦楽くらくの2つの報むくいを受うける意い、“双そう王おう”は兄妹きょうだい一いち対ついで2人にん並ならびたる王おうの意い、また“平等びょうどう”は罪人ざいにんを平等びょうどうに裁さばくとの意いからこれらの和訳わやくがある。

東ひがしアジアの閻魔えんま

「en:Yama (Buddhism)」も参照さんしょう

閻魔えんま（ヤマ）を描えがいたチベットの仏画ぶつが（17-18世紀せいきごろ）

インドのヤマが仏教ぶっきょうに取とり入いられて閻魔えんま天てんとなり、地獄じごくの主おもと位置いちづけられるようになった。ただし一説いっせつには、本来ほんらいはヴェーダのYamaという同どう一いち尊みことから二途にとに分わかれていったとも考かんがえられている。その二途にととは以下いかのとおりである。

• 下界げかいの暗黒あんこく世界せかい、すなわち地獄じごく界かいの王おうとなった。つまり本ほん項こうの閻魔えんま。
• 上うえ界かいの光明こうみょう世界せかい、すなわち六ろく欲よく天たかしの第だい3天てんである夜よる摩ま天てん、あるいは焔ほのお摩ま天てん。

チベット

チベット仏教ぶっきょうで閻魔えんまはシンジェ(チベット文字もじ：གཤིན་རྗེ; ワイリー方式ほうしき：gshin rje)すなわち「死者ししゃの主あるじ」と呼よばれる。六道ろくどう輪廻りんね図ずでは輪廻りんねの輪わを閻魔えんまが持もっている。タントラ仏教ぶっきょうでは閻魔えんま法王ほうおう(チベット文字もじ：གཤིན་རྗེ་ཆོས་རྒྱལ; ワイリー方式ほうしき：gshin rje chos rgyal)と呼よばれ、水牛すいぎゅうの上うえで明あかり妃ひのチャームンディーと抱だき合あい、右手みぎてに三叉みつまた槍やり、左手ひだりてに髑髏しゃれこうべ杯はいを持もった非常ひじょうに恐おそろしい姿すがたで描えがかれる。

中国ちゅうごく

地獄じごくの法廷ほうていを描えがいた中国ちゅうごくの仏画ぶつが

中国ちゅうごくに伝つたわると、道教どうきょうにおける冥界めいかい・泰山たいざん地獄じごくの主おもである泰山たいざん府ふ君くんと共ともに、冥界めいかいの王おうであるとされ、閻魔えんま王おう、あるいは閻羅王おうとして地獄じごくの主おもとされるようになった。

やがて、晩ばん唐とう代だいに撰述せんじゅつされた偽にせ経けいである『閻羅王おう授記四衆逆修生七往生浄土経』（略りゃくして『預あずか修おさむ十王じゅうおう生せい七なな経けい』）により十王じゅうおう信仰しんこうと結むすび付つけられ、地獄じごくの裁判官さいばんかんの一人ひとりであり、その中心ちゅうしん的てき存在そんざいとして、泰山たいざん王おうとともに、「人ひとが死しぬと裁さばく」という役割やくわりを担にない、信仰しんこうの対象たいしょうとなった。現在げんざいよく知しられる唐とうの官かん人じん風ふうの衣ころも（道服どうふく）を纏まつわった姿すがたは、ここで成立せいりつした。そのありさまは『西遊せいゆう記き』の第だい3回かいに描えがかれている。

日本にっぽん

『十王じゅうおう経けい』等とうにおいては地蔵じぞう菩薩ぼさつと同一どういつの存在そんざいと解かいされ、地蔵じぞう菩薩ぼさつの化身けしんともされている。

成相寺せいしょうじの閻魔えんま像ぞう

後のちに閻魔えんまの本地ほんじとされる地蔵じぞう菩薩ぼさつは奈良なら時代じだいには『地蔵じぞう十じゅう輪りん経けい』によって伝来でんらいしていたが、現世げんせい利益りえき優先ゆうせんの当時とうじの世相せそうのもとでは普及ふきゅうしなかった。平安へいあん時代じだいになって末法まっぽう思想しそうが蔓延まんえんするにしたがい源信みなもとのまことらによって平安へいあん初期しょきには貴族きぞく、平安へいあん後期こうきには一般いっぱん民衆みんしゅうと広ひろく布教ふきょうされるようになり、鎌倉かまくら初期しょきには預あずか修おさむ十王じゅうおう生せい七なな経けいから更さらなる偽にせ経けいの『地蔵じぞう菩薩ぼさつ発心ほっしん因縁いんねん十王じゅうおう経けい』（略りゃくして『地蔵じぞう十王じゅうおう経けい』）が生うみ出だされた。これにより閻魔えんまの本地ほんじが地蔵じぞう菩薩ぼさつであるといわれ（ここから、一部いちぶで言いわれている閻魔えんまと地蔵じぞうとを同一どういつの尊みこと格かくと考かんがえる説せつが派生はせいした）、閻魔えんま王おうのみならず十王じゅうおう信仰しんこうも普及ふきゅうするようになった。本ほん地ちである地蔵じぞう菩薩ぼさつは地獄じごくと浄土じょうどを往来おうらい出来できるとされる。

なお前述ぜんじゅつの通とおり、十二天じゅうにてんの焔ほのお摩ま天てんは同おなじルーツを持もつ神かみともいわれる。中国ちゅうごくでは焔ほのお摩ま天てんが閻魔えんま大王だいおうに習合しゅうごうされていたが、日本にっぽんに伝つたわった時ときにそれぞれ別個べっこに伝つたわったため同一どういつ存在そんざいが二ふたつに分わかれたとも考かんがえられている。

閻魔えんま王おうの法廷ほうていには、浄玻璃じょうはり鏡きょうという特殊とくしゅな鏡かがみが装備そうびされている。この魔ま鏡きょうはすべての亡者もうじゃの生前せいぜんの行為こういをのこらず記録きろくし、裁さばきの場ばでスクリーンに上映じょうえいする機能きのうを持もつ。そのため、裁さばかれる亡者もうじゃが閻魔えんま王おうの尋問じんもんに嘘うそをついても、たちまち見破みやぶられるという。司つかさ録ろくと司つかさ命いのち（しみょう）という地獄じごくの書記官しょきかんが左右さゆうに控ひかえ、閻魔えんま王おうの業務ぎょうむを補佐ほさしている。平安へいあん時代じだいの公卿くぎょう・小野篁おののたかむらには、閻魔えんま大王だいおうのもとで裁判さいばんの補佐ほさをしていたという伝説でんせつがある（「小野篁おののたかむら#逸話いつわと伝説でんせつ」を参照さんしょう）。戦国せんごく時代じだいの武将ぶしょう・直江なおえ兼けん続つづけにも、閻魔えんま大王だいおう宛あてに死者ししゃの返還へんかんを求もとめる手紙てがみを書かいたという逸話いつわがある（「直江なおえ兼けん続ぞく#人物じんぶつ・逸話いつわ」を参照さんしょう）。

京都きょうと府ふ大山崎おおやまざき町まちの宝積寺ほうしゃくじには、閻魔えんま・司つかさ録ろく・司つかさ命いのちが居並いならぶ地獄じごくの法廷ほうていを再現さいげんした鎌倉かまくら時代じだいの木像もくぞうがあり、重要じゅうよう文化財ぶんかざいに指定していされている。

大阪おおさか市し浪速なにわ区くには、閻魔えんまを祀まつった西方寺さいほうじ閻魔えんま堂どう（正式せいしきには「合邦がっぽう辻つじ閻魔えんま堂どう西方寺さいほうじ」。創建そうけんは伝つて・聖徳太子しょうとくたいし）があり、浄瑠璃じょうるりの「摂と州しゅう合邦がっぽう辻つじ」の舞台ぶたいにもなっている。

閻魔えんま王おうの法廷ほうていで参照さんしょうされる記録きろくからの連想れんそうで、教員きょういんが生徒せいとや学生がくせいの成績せいせきを決きめるデータが記録きろくしてあるノートが俗ぞくに「閻魔えんま帳ちょう」と呼よばれている。

参考さんこう文献ぶんけん

• 松村まつむら一男かずお他ほか 編へん『神かみの文化ぶんか史し事典じてん』白水しろみず社しゃ、2013年ねん2月がつ。ISBN 978-4-560-08265-2。 
  • 沖田おきた瑞穂みずほ 「ヤマ」、pp. 545-546. 「ヤミー」、p. 548.
• 学研がっけん編集へんしゅう部ぶ 編へん『エソテリカ事典じてん 1 仏ふつ尊みことの事典じてん』学研がっけんプラス〈NEW SIGHT MOOK〉、1997年ねん4月がつ。ISBN 978-4-05-601347-4。 
• 桂かつら令れい夫おっとほか『東洋とうよう神かみ名めい事典じてん』山北やまきた篤あつし監修かんしゅう、新しん紀元きげん社しゃ〈Truth In Fantasy事典じてんシリーズ 7〉、2002年ねん12月。ISBN 978-4-7753-0123-4。 
• 草野くさの巧たくみ『地獄じごく』新しん紀元きげん社しゃ〈Truth In Fantasy 21〉、1995年ねん12月。ISBN 978-4-88317-264-1。 
• 錦織にしきおり亮介りょうすけ『天てん部ぶの仏像ぶつぞう事典じてん』東京とうきょう美術びじゅつ〈東京とうきょう美術びじゅつ選書せんしょ 35〉、1983年ねん11月。ISBN 978-4-8087-0142-0。 
• 西にし角井かくい正ただし慶けい 編へん『年中ねんじゅう行事ぎょうじ辞典じてん』（初版しょはん）東京とうきょう堂どう出版しゅっぱん、1958年ねん5月がつ23日にち。ISBN 978-4-490-10016-7。全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:58009453。 
• 澤田さわだ瑞穂みずほ『地獄変じごくへん：中国ちゅうごくの冥界めいかい説せつ』（修訂しゅうてい版ばん）平河ひらかわ出版しゅっぱん社しゃ、1991年ねん7月がつ。ISBN 978-4-89203-197-7。 

関連かんれん書籍しょせき

• 川村かわむら邦光くにみつ『地獄じごくめぐり』筑摩書房ちくましょぼう〈ちくま新書しんしょ 246〉、2000年ねん。ISBN 448005846X。 NCID BA46668138。全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:20073187。 
• 鈴木すずきあゆみ「仏教ぶっきょうと道教どうきょうの十王じゅうおう信仰しんこう:『仏説ぶっせつ閻羅王おう授記四衆逆修生七往生浄土経』と『玉たま歴れき至宝しほう鈔』における閻魔えんまの地獄じごく」『比較ひかく思想しそう研究けんきゅう』第だい33号ごう、比較ひかく思想しそう学会がっかい、2006年ねん、32-35頁ぺーじ、ISSN 02862379、NAID 40015547181。 
• 田中たなか久夫ひさお 「閻羅王おう信仰しんこうの伝播でんぱ者しゃの問題もんだい」（『久里くり』 13・14号ごう、神戸女子大学こうべじょしだいがく民俗みんぞく学会がっかい、2003年ねん。NAID 40005872111）
  • 田中たなか久夫ひさお 「閻羅王おう信仰しんこうの伝播でんぱ者しゃの問題もんだい」、『生死せいしの民俗みんぞくと怨霊おんりょう』 御影みかげ史学しがく研究けんきゅう会かい編へん、岩田いわた書院しょいん〈田中たなか久夫ひさお歴史れきし民俗みんぞく学がく論集ろんしゅう4〉、2014年ねん6月がつ。ISBN 978-4-87294-842-4。
• 田中たなか文雄ふみお 「地獄じごくと閻羅王おう：冥界めいかいの裁判官さいばんかん （特集とくしゅう 道教どうきょうの神かみ々-その由来ゆらいと信仰しんこう）」（『月刊げっかんしにか』 8（1）、大修館書店たいしゅうかんしょてん、1997年ねん。NAID 40004854905）
• 松崎まつざき憲三けんぞう「閻魔えんま信仰しんこうの系譜けいふ : 日本人にっぽんじんの地獄じごく・極楽ごくらく観かんについての覚書おぼえがき」『日本にっぽん常民じょうみん文化ぶんか紀要きよう』第だい14巻かん、成城大学せいじょうだいがく、1989年ねん3月がつ、1-35頁ぺーじ、ISSN 02869071、NAID 110000303730。 
• 牧田まきた諦たい亮あきら「「活かつ閻羅断案だんあん」攷」『仏教ぶっきょう史学しがく』第だい4巻かん第だい1号ごう、平楽へいらく寺てら書店しょてん、1954年ねん8月がつ、34-44頁ぺーじ、doi:10.11501/2977620、ISSN 00225029、NAID 40003340034、NDLJP:2977620。 

関連かんれん項目こうもく

• 焔ほのお摩ま天てん・夜よる摩ま天てん
• 仏ふつの一覧いちらん
• 十王じゅうおう・十じゅう三さん仏ほとけ
• 大だい威徳いとく明王みょうおう - ヤマーンタカ、降くだ閻魔えんま尊みことという異名いみょうをもつ五大ごだい明王みょうおうの一いち尊みこと
• 冥王星めいおうせい - ベトナム語ごでは「閻魔えんまの星ほし」
• 胎蔵界かい曼荼羅まんだら
• 鬼灯ほおずきの冷徹れいてつ