情報じょうほう社会しゃかい

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情報じょうほう社会しゃかいじょうほうかしゃかい、あるいは情報じょうほう社会しゃかいじょうほうしゃかいとは、情報じょうほうしょ資源しげん同等どうとう価値かちゆうし、それらを中心ちゅうしんとして機能きのうする社会しゃかいのこと。また、そのような社会しゃかい変化へんかしていくことを情報じょうほうじょうほうかという。狭義きょうぎには、そのような社会しゃかいへと変化へんかしつつある社会しゃかい情報じょうほう社会しゃかいとし、そのような社会しゃかい情報じょうほう社会しゃかい定義ていぎして区別くべつする場合ばあいがある。この場合ばあい情報じょうほう社会しゃかい発展はってんさせたものを高度こうど情報じょうほう社会しゃかいこうどじょうほうかしゃかい高度こうど情報じょうほう社会しゃかいこうどじょうほうしゃかいぶこともある。

概要がいよう[編集へんしゅう]

どのような活動かつどうが、どのような意味いみにおいて顕著けんちょであるかについては、情報じょうほう社会しゃかいというかたりもちいる専門せんもんあいだ基準きじゅん統一とういつされているわけではないが、よくられる議論ぎろんにはつぎのようなものがある。

  • 情報じょうほう関連かんれん産業さんぎょう関連かんれん技術ぎじゅつ経済けいざい部門ぶもん技術ぎじゅつ部門ぶもんくらべて顕著けんちょ成長せいちょうせること
  • 労働ろうどうしゃ企業きぎょう国家こっか経済けいざいてき繁栄はんえいのために情報じょうほう技術ぎじゅつ活用かつよう重要じゅうようかぎとなりつつあること
  • 政治せいじ文化ぶんか教育きょういく日常にちじょう生活せいかつなど様々さまざま場面ばめん情報じょうほう技術ぎじゅつ浸透しんとうし、おおきな変化へんかをもたらすこと

また、情報じょうほうあつかしょ活動かつどう顕著けんちょ社会しゃかいについては情報じょうほう社会しゃかいび、そのような社会しゃかいへの移行いこう速度そくど顕著けんちょであるような社会しゃかい情報じょうほう顕著けんちょである社会しゃかい)をして情報じょうほう社会しゃかいとする用法ようほうられる。

1990年代ねんだいなか以降いこうインターネット携帯けいたい電話でんわ普及ふきゅうともない、情報じょうほう社会しゃかい情報じょうほう社会しゃかいかたり概念がいねんひろもちいられるようになったが、着想ちゃくそう1960年代ねんだい前半ぜんはんにまでさかのぼるとされるのが普通ふつうである。基本きほんてきには、批評ひひょう未来みらい学者がくしゃ官僚かんりょう社会しゃかい学者がくしゃなど、時代じだい変容へんようだい規模きぼ社会しゃかい変動へんどうかんがえる人々ひとびとによっておおもちいられてきたかたりである。情報じょうほう社会しゃかいのありかた予測よそくしたものや、あるべき姿すがた提唱ていしょうしたものは、一般いっぱんてきに「情報じょうほう社会しゃかいろん」とばれる。

情報じょうほう社会しゃかい情報じょうほう社会しゃかい概念がいねんは、未来みらい社会しゃかいぞうとして予測よそく、あるいは提案ていあんするべくもちいられる場合ばあいもあり、現代げんだい社会しゃかい特徴とくちょうであるとされる場合ばあいもある。ちなみに、すで情報じょうほう完了かんりょうした、あるいは情報じょうほう逆行ぎゃっこう現象げんしょうだつ情報じょうほう、とでもぶべき事態じたい)が進行しんこうしている、とするろん非常ひじょうまれである。以下いか紹介しょうかいするように情報じょうほう社会しゃかい概念がいねんにはおおくの批判ひはんせられているが、そうしたろん情報じょうほうこる可能かのうせい否定ひていしたり、情報じょうほう社会しゃかい特徴とくちょうづける概念がいねんとして不適切ふてきせつであることを指摘してきしたり、情報じょうほう危険きけんはらむものでばらいろ未来みらいではありえないと警鐘けいしょうらすものではあっても、だつ情報じょうほうすすんでいる、情報じょうほうすで過去かこのものとなった、といったるい議論ぎろんではない。

情報じょうほう社会しゃかい特色とくしょく[編集へんしゅう]

もっと典型てんけいてきには、狩猟しゅりょう採集さいしゅう社会しゃかい農耕のうこう社会しゃかい牧畜ぼくちく社会しゃかい産業さんぎょう社会しゃかいなどとの対比たいひかたられ、その場合ばあいには社会しゃかい発展はってん段階だんかいのひとつとしての意味合いみあいがつよい。産業さんぎょう社会しゃかい成立せいりつのきっかけとなった一連いちれん出来事できごと産業さんぎょう革命かくめいうことがあるが、これにたいして情報じょうほう社会しゃかい進展しんてん情報じょうほう革命かくめいしょうすることもある。

情報じょうほう社会しゃかいには様々さまざま類義語るいぎごがある。類義語るいぎごは「情報じょうほう」にまつわるかたりともなうのが普通ふつうであり、マルチメディア社会しゃかい、デジタル社会しゃかい知識ちしき社会しゃかい、ネットワーク社会しゃかい高度こうど情報じょうほう社会しゃかい情報じょうほうネットワーク社会しゃかい、グローバル・ネットワーク社会しゃかい、などがある。それらのかたりの「社会しゃかい」を「時代じだい」におきかえたものも一部いちぶられる。に、特定とくてい論者ろんしゃによる造語ぞうごとして認知にんちされているものに社会しゃかい堺屋さかいや太一たいち)、情報じょうほう文明ぶんめい公文くもん俊平しゅんぺい)、ふくあいてきネットワーク社会しゃかい須藤すとうおさむ)、などがある。

さらに、「情報じょうほう」、「ネットワーク」、「メディアとうかたりふくまない「だつ工業こうぎょう社会しゃかい」、「ポストモダニティ」(だつ近代きんだい)、「ポストフォーディズム」、「後期こうき資本しほん主義しゅぎ」などの概念がいねん用語ようごも、内容ないようてきには関連かんれんのあることがしばしば認識にんしきされている。これらの概念がいねんは、情報じょうほう情報じょうほう技術ぎじゅつをきっかけとした社会しゃかい経済けいざい質的しつてき変換へんかん、あるいは飛躍ひやくてき発展はってんなどをすためにもちいられることがある。ただし、情報じょうほう情報じょうほう技術ぎじゅつ社会しゃかいてき効果こうかかならずしも強調きょうちょうされているとはかぎらず、社会しゃかい変動へんどうをもたらすおおくの要素ようそひとつであったり、あるいは原因げんいんというよりも結果けっか、あるいは社会しゃかい変化へんか測定そくていするさい指標しひょうといった位置いちづけになっているものもある。

具体ぐたいてきなに情報じょうほうするのか、というてんになると意見いけん様々さまざまだが、初期しょき目立めだった議論ぎろんは、経済けいざい情報じょうほうである。

一般いっぱんに、情報じょうほう経済けいざいだけにられるものである場合ばあいには、情報じょうほう経済けいざいんで社会しゃかい全般ぜんぱんについては問題もんだいにしないケースもある。ただし、そのような情報じょうほう経済けいざいについての研究けんきゅうが、情報じょうほう社会しゃかいろん文脈ぶんみゃく引用いんよう解釈かいしゃくされて、情報じょうほう社会しゃかい到来とうらい裏付うらづけるひとつの根拠こんきょとしてあつかわれる場合ばあいすくなくない。一般いっぱんに、情報じょうほう社会しゃかいろん情報じょうほう経済けいざいろんふくむものとしてろんじられている(ぎゃくに、情報じょうほう社会しゃかいろん情報じょうほう経済けいざいろんまれている場合ばあいもある)。

より具体ぐたいてきには、つぎのような根拠こんきょで、ある社会しゃかい情報じょうほう社会しゃかいないし情報じょうほう経済けいざいだとされている。

  • 情報じょうほう製造せいぞう加工かこう流通りゅうつうおもとする産業さんぎょう情報じょうほう産業さんぎょう)やそれにじゅんずる産業さんぎょう国民総生産こくみんそうせいさんめる割合わりあいおおきいこと
  • 情報じょうほうあつかうことをおもとする職種しょくしゅ従事じゅうじする労働ろうどうりょく割合わりあいおおきいこと
  • 情報じょうほう産業さんぎょう急速きゅうそく成長せいちょうが、経済けいざい成長せいちょうりつ貢献こうけんする度合どあいがたかいこと
  • 情報じょうほうあつかうことをおもとする職種しょくしゅ従事じゅうじする労働ろうどうりょく割合わりあい増大ぞうだいしていること
  • 情報じょうほう産業さんぎょうによって提供ていきょうされる情報じょうほうサービス情報処理じょうほうしょり技術ぎじゅつが、そのしょ部門ぶもん生産せいさんせい上昇じょうしょう競争きょうそうりょく増強ぞうきょう貢献こうけんする度合どあいがたかいこと
  • 消費しょうひざいにおける、情報じょうほうてき側面そくめんが、それ以外いがい側面そくめんよりも商品しょうひん価値かちおおきく左右さゆうすること。情報じょうほうてき側面そくめんは、広告こうこくによって付加ふかされる商品しょうひんのイメージ、ブランドのイメージ、商品しょうひんのデザイン(実用じつようてき機能きのう対照たいしょうされる)、など様々さまざま定義ていぎされる
  • 情報じょうほうざい消費しょうひりょう増加ぞうか物質ぶっしつてきゆたかさを追求ついきゅうするための消費しょうひえて、精神せいしんてきゆたかさを追求ついきゅうするための消費しょうひ台頭たいとう
  • 情報じょうほうインフラの発達はったつともに、企業きぎょう立地りっちがより自由じゆうになり、事務じむ処理しょり生産せいさんなどの機能きのうをグローバルに展開てんかいさせることが容易よういになること。また、そのため国際こくさい競争きょうそう地域ちいきあいだ競争きょうそうにおける勢力せいりょく関係かんけい変質へんしつする、または変質へんしつする可能かのうせいがあること。
  • 情報じょうほうざいおもとなる経済けいざいでは、従来じゅうらいのような希少きしょうせいもとづく競争きょうそう原理げんり成立せいりつせず、共有きょうゆうきょうそうがた経済けいざい転換てんかんすること
  • 情報じょうほう技術ぎじゅつ活用かつようによって、企業きぎょう経営けいえい形態けいたい労使ろうし関係かんけい労働ろうどう形態けいたいなどが変化へんかすること

に、政治せいじ文化ぶんか生活せいかつなどのしょ側面そくめんについても、様々さまざませつ提唱ていしょうされているが、経済けいざい分野ぶんや情報じょうほうかんする研究けんきゅう特徴とくちょうてきなことは、情報じょうほう度合どあいを測定そくていすることにたいするつよ関心かんしんである。情報じょうほうたして本当ほんとうこりつつある変化へんかなのか、それはどのような指標しひょうによってもっともよく把握はあくできるのか、といったてんについての議論ぎろんおおく、各国かっこく情報じょうほう度合どあいを比較ひかくする統計とうけいおおている。

政治せいじかんする研究けんきゅうにおいては、たとえば電子でんし政府せいふ電子でんし投票とうひょう政党せいとうによるインターネットの活用かつようなどを測定そくてい観察かんさつし、それをって政治せいじ情報じょうほうかた研究けんきゅうはそれほどさかんではない。わりに、そのような情報じょうほうすすむと政治せいじがどのように変容へんようするのか、ということについての議論ぎろんおおい。それは、一方いっぽうでは、実証じっしょうてきなケーススタディやサーベイ調査ちょうさ対象たいしょうになるものがあり、現在げんざい進行しんこうちゅう情報じょうほうとして検証けんしょうされている。ただし、こうした調査ちょうさが、情報じょうほう社会しゃかい実現じつげんした、もうすぐである、まだまだ情報じょうほうはじまったばかりである、というるい診断しんだんおも目的もくてきとしている場合ばあいすくない。

もう一方いっぽうでは、電子でんし民主みんしゅ主義しゅぎ、サイバー・ポリティクスなどといった用語ようごもちいながら、政治せいじのラディカルな変容へんようえがろんがある。ケーススタディー、顕著けんちょ事例じれいなどを先駆せんくてき事例じれいかんがえて比較的ひかくてき大胆だいたん議論ぎろん展開てんかいするものもおおい(そうでないものもある)。えがされる情報じょうほう社会しゃかい政治せいじ体制たいせいとしては、アナーキズムや直接ちょくせつ民主みんしゅ主義しゅぎ、グローバル民主みんしゅ主義しゅぎ市民しみん社会しゃかい復権ふっけんくさ民主みんしゅ主義しゅぎ、コミュニティーの復権ふっけん、といったものがある。ただし、初期しょき情報じょうほう社会しゃかいろん、メインフレームけいのコンピュータを想定そうていしたもののなかには、知識ちしきだい規模きぼ集積しゅうせきとそれを活用かつようした計画けいかく予測よそく技術ぎじゅつ飛躍ひやくてき発展はってん予測よそくするようなものもある。また、一般いっぱんに、情報じょうほう社会しゃかいにおけるテクノクラシーの台頭たいとう政府せいふ管理かんり監視かんし能力のうりょく増大ぞうだいなどを警戒けいかいするろんおおい。

学説がくせつとしての起源きげん[編集へんしゅう]

情報じょうほう社会しゃかい概念がいねん初期しょき提唱ていしょうした、影響えいきょうりょくおおきな論説ろんせつとして、非常ひじょう頻繁ひんぱん言及げんきゅうされる研究けんきゅう著作ちょさくがいくつかあるのでそれを以下いかげる。

一般いっぱん日本にっぽんにおける情報じょうほう社会しゃかいろん情報じょうほう社会しゃかいろん文脈ぶんみゃくでは、梅棹うめさお忠夫ただお最初さいしょであるとされ、それ以前いぜんさかのぼろんはないようである。また、日本にっぽんにおいて「情報じょうほう社会しゃかい」という言葉ことば提唱ていしょうしたのははやし雄二郎ゆうじろうである。英語えいごけんでは社会しゃかい学者がくしゃダニエル・ベルと評論ひょうろんアルビン・トフラーへの言及げんきゅう非常ひじょうおおく、マッハルプへの言及げんきゅうすくないが、マッハルプ以前いぜんさかのぼるものはほとんどないようである。それ以外いがい研究けんきゅうしゃ著作ちょさくについては紹介しょうかいしゃによってふくまれたりふくまれなかったりする傾向けいこうにある。

1960年代ねんだい前半ぜんはんにおけるマッハルプと梅棹うめさお業績ぎょうせきは、日本にっぽんでは、通常つうじょう相互そうご独立どくりつしたものとかんがえられている。梅棹うめさお業績ぎょうせき英語えいごけんにおいてはあまりられておらず、むしろ日本にっぽんはつ情報じょうほう社会しゃかいろんとしては増田ますだべい著名ちょめいである。

増田ますだべい情報じょうほう社会しゃかいろん当時とうじもてはやされていた未来みらいがく影響えいきょうしたにあったが、情報じょうほうメディアの発達はったつ経済けいざい分野ぶんやえ、社会しゃかい文化ぶんか全般ぜんぱんにわたる価値かち変容へんよううながすこと、そのなか個人こじんがいかにして主体しゅたいてき価値かち創造そうぞうおこないるかという問題もんだい注目ちゅうもくけたてんで、初期しょき研究けんきゅうしゃなかでは傑出けっしゅつしているといえる。

また、これだけをると1960年代ねんだいにおける先駆せんくてき研究けんきゅうがあり、1970ねん前後ぜんこうから本格ほんかくてき研究けんきゅう著作ちょさく出版しゅっぱんされるようになったともえる。だが、実際じっさいにはベルは独立どくりつした書籍しょせきかたちでこそ出版しゅっぱんしていなかったものの1960年代ねんだい前半ぜんはんからポスト産業さんぎょう社会しゃかいについてろんじており、もっとはやいものは、ボストンで開催かいさいされたセミナーのタイトルで、1962ねんにまでさかのぼるという (Bell, 1973; Ito, 1980)。 ちなみに、おなじポスト産業さんぎょうという用語ようごもちいたフランスにおけるトゥレーヌの仕事しごとはベルのものとは独立どくりつしたものであったと一般いっぱんかんがえられている。

日本にっぽんでは、はやくから行政ぎょうせい情報じょうほう社会しゃかい情報じょうほう社会しゃかい概念がいねん注目ちゅうもくしてた。研究けんきゅうしゃなかでもあま引用いんようされることはないが、そのもっとはやいものはおそらく経済けいざい計画けいかく審議しんぎかい情報じょうほう研究けんきゅう委員いいんかい1969ねん編集へんしゅうした『日本にっぽん情報じょうほう社会しゃかい:そのビジョンと課題かだい』であろう。これはダイヤモンド社だいやもんどしゃから発行はっこうされた書籍しょせきと、パンフレットじょうのものと2種類しゅるいがあるが、後者こうしゃについてはえだ (1999) に当時とうじ背景はいけい分析ぶんせきなどがられる。

おも批判ひはん[編集へんしゅう]

このような情報じょうほう社会しゃかいろん情報じょうほう社会しゃかいろんるいたいしては、いくつもの批判ひはん提示ていじされている。

  1. 技術ぎじゅつ決定けっていろんてきであること。
    すなわち、情報じょうほう技術ぎじゅつ注目ちゅうもくし、それが社会しゃかい変動へんどう予測よそくするかぎとなるとかんがえる傾向けいこうがあり、しょ要素ようそ文化ぶんか政治せいじ経済けいざい、など—が充分じゅうぶん考慮こうりょされていない、とする批判ひはんである。
  2. ニューメディアへの批判ひはん
    双方向そうほうこうケーブルビデオテクストケーブルテレビなど、社会しゃかいおおきな変革へんかくをもたらすと一部いちぶかんがえられ、またそのようにろんじられた20世紀せいきまつのいわゆるニューメディアだが、実際じっさいにはひろ利用りようされないままにわったり、普及ふきゅうしたもののおおきな社会しゃかい変動へんどうをもたらすことなくわったため、懐疑かいぎてき見方みかたた。
  3. メディア重視じゅうしへの批判ひはん
    一般いっぱんに、メディア社会しゃかい変革へんかくするという発想はっそう非常ひじょうおおられ、また的外まとはずれなものにわっているという批判ひはん
    さらに、メディアの浸透しんとうあたらしい情報じょうほう、コミュニケーション技術ぎじゅつ社会しゃかいおおきく変動へんどうさせるとする議論ぎろんは「情報じょうほう社会しゃかい」の誕生たんじょうはるさかのぼって存在そんざいしていることも指摘してきされている。電報でんぽう新聞しんぶん社会しゃかい変動へんどうをもたらすとかんがえられたことがあり、そこで議論ぎろんされた社会しゃかい変動へんどう内容ないようには、今日きょう情報じょうほう社会しゃかいろんとして流布るふしているものとよく論点ろんてんふくまれている。
  4. 情報じょうほう自体じたい質的しつてき変化へんか社会しゃかい構造こうぞう抜本ばっぽんてき変化へんかきないというもの。
    上記じょうき情報じょうほう社会しゃかい到来とうらいにたいして懐疑かいぎてき見方みかた関連かんれんしているが、昨今さっこん情報じょうほう技術ぎじゅつ発展はってん情報じょうほう量的りょうてき変化へんかこすかもしれないが、伝播でんぱされる情報じょうほう質的しつてき変化へんかはもたらさない、とする批判ひはん。そこでは、情報じょうほう技術ぎじゅつがもたらしたのは情報じょうほうつたえるはやさやりょう、また手段しゅだんであり、それらは社会しゃかいうご仕組しくみに抜本ばっぽんてき変化へんかをもたらしているわけではない、とされている。
  5. 産業さんぎょう社会しゃかい延長線えんちょうせんじょうぎないというもの。
    上記じょうき社会しゃかい構造こうぞう抜本ばっぽんてき変化へんかきないという批判ひはん関連かんれんしてくるが、情報じょうほう産業さんぎょうシステムに効率こうりつ速達そくたつせいなどをもたらすかもしれないが、根本こんぽんてき構造こうぞう産業さんぎょう社会しゃかいから変化へんかしているわけではない、という批判ひはんである。
  6. 情報じょうほう社会しゃかい到来とうらいげる議論ぎろんは、技術ぎじゅつみたい情報じょうほう産業さんぎょう広告こうこくとして機能きのうしている、あるいは情報じょうほう技術ぎじゅつ立国りっこく目指めざ国家こっか片棒かたぼうかつがされている、とする批判ひはん
    情報じょうほう社会しゃかい研究けんきゅうはしばしばそうした企業きぎょう政府せいふ資金しきん援助えんじょけておこなわれるものであることを指摘してきする場合ばあいもある。これは、かならずしも「そのような予測よそくはずれる」というかたち批判ひはんではない。むしろ、企業きぎょう国家こっか思惑おもわくあやつられてしまい、批判ひはんてき物事ものごとることをおこたっている、社会しゃかいにとって本当ほんとうのぞましいことがなにであるかを真剣しんけんかんがえることをわすれてしまっている、といったふくみをっている場合ばあいおおい。
  7. 革命かくめいてき変化へんかつうじてユートピア実現じつげんされる、という論調ろんちょうこととなえるもの。このタイプの批判ひはんは、情報じょうほう社会しゃかいびうるなにかが到来とうらいすることはかならずしも否定ひていしないが、それは理想りそうてき社会しゃかいとは程遠ほどとおく、様々さまざま害悪がいあくをもたらすものだ、と警鐘けいしょうらす。おおくの研究けんきゅうしゃによってえがかれている情報じょうほう社会しゃかいのネガティブなビジョンにはつぎのようなものがある。
    • データベース監視かんしカメラなどに代表だいひょうされる監視かんし管理かんり技術ぎじゅつ発達はったつし、政府せいふ企業きぎょうによってプライバシー侵害しんがいされ、言論げんろん自由じゆう思想しそう自由じゆうおびやかされる社会しゃかい実際じっさいにイギリス政府せいふおも犯罪はんざいらすために監視かんしカメラ (CCTV) を広範囲こうはんい導入どうにゅうしており、さまざまな議論ぎろんをよんでいる。
    • 少数しょうすう企業きぎょうによって報道ほうどう機関きかん独占どくせん(あるいは寡占かせん)され、多様たよう言論げんろん流通りゅうつうする健全けんぜん民主みんしゅ主義しゅぎおびやかされ、少数しょうすう意見いけん企業きぎょう資本しほん主義しゅぎ批判ひはんする意見いけんなどが抑圧よくあつされる、はん民主みんしゅ主義しゅぎてき社会しゃかいになるのではないか
    • 少数しょうすう企業きぎょうによって文化ぶんか産業さんぎょう独占どくせん(あるいは寡占かせん)され、消費しょうひしゃ健全けんぜん道徳どうとく判断はんだんりょくうしなったり、「ゆたかさ」についてあやまった理解りかいをしたり、文化ぶんかてき多様たようせい創造そうぞうせいうしなわれたりする結果けっかまれる、まずしく、むなしい社会しゃかいになるのではないか
    • 情報じょうほう技術ぎじゅつへの理解りかいふかく、情報処理じょうほうしょり能力のうりょくけ、情報じょうほうへのアクセスにめぐまれた、一部いちぶのエリートと、それ以外いがい人々ひとびとあいだ貧富ひんぷ格差かくさひろがり、より強固きょうこ搾取さくしゅ構造こうぞうてられる社会しゃかいになるのではないか
    • 犯罪はんざい実行じっこうするため関連かんれん技術ぎじゅつだれでも簡単かんたんれること出来できてしまい、治安ちあん悪化あっかした社会しゃかいになるのではないか。現実げんじつにインターネットを悪用あくようした犯罪はんざい急増きゅうぞうしている。
  8. 情報じょうほう過剰かじょうにより本来ほんらいられるべき情報じょうほうられなくなり、またにせ情報じょうほう氾濫はんらんなどにもより、情報じょうほう自体じたい意味いみそこなわれる。つまり、「情報じょうほう社会しゃかいとは情報じょうほうがゴミとしてしまう社会しゃかいのことだ。」との批判ひはんもある。
  9. 個人こじん自分じぶん情報じょうほう制御せいぎょできなくなる。ものはじ生活せいかつするためには社会しゃかいのあらゆるところで個人こじん情報じょうほう提供ていきょうもとめられ、そして提供ていきょうした情報じょうほういち提供ていきょうさきにとどまらず、あらゆるところで利用りようされるようになる。だが、情報じょうほう提供ていきょうしゃはそのことを把握はあく管理かんりする方法ほうほうもないことになる[1]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ 数式すうしき使つかわないデータマイニング入門にゅうもん岡嶋おかじま裕史ゆうじ

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

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  • 公文くもん俊平しゅんぺい (1998).「情報じょうほう社会しゃかいろん偉大いだい先達せんだつ」、[1](2003ねん7がつ5にち閲覧えつらん
  • 経済けいざい審議しんぎかい情報じょうほう研究けんきゅう委員いいんかい へん (1969).『日本にっぽん情報じょうほう社会しゃかい:そのビジョンと課題かだいダイヤモンド社だいやもんどしゃ
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  • 通商産業省つうしょうさんぎょうしょう重工業じゅうこうぎょうきょく情報じょうほう産業さんぎょうしつへん (1969). 情報じょうほう社会しゃかいむかって : -われわれの課題かだい- 産業さんぎょう構造こうぞう審議しんぎかい情報じょうほう産業さんぎょう部会ぶかい答申とうしん コンピュータ・エージしゃ
  • 通商産業省つうしょうさんぎょうしょう産業さんぎょう構造こうぞう審議しんぎかい(1969). 情報処理じょうほうしょりおよび情報じょうほう産業さんぎょう発展はってんのための施策しさくかんする答申とうしん
  • 日本にっぽん情報処理じょうほうしょり開発かいはつ協会きょうかい (1972).『情報じょうほう社会しゃかいへの計画けいかく-西暦せいれき2000ねんをめざす国家こっか目標もくひょう
  • はやし雄二郎ゆうじろう (1969).『情報じょうほう社会しゃかい講談社こうだんしゃ現代新書げんだいしんしょ
  • 福田ふくだゆたか (1996).『情報じょうほうのトポロジー』御茶おちゃみず書房しょぼう
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  • 福永ふくなが英雄ひでお (2008).「高度こうど情報じょうほう現代げんだい文明ぶんめい--《当事とうじしゃせい》の低落ていらくをめぐって」梅棹うめさお忠夫ただお監修かんしゅう地球ちきゅう時代じだい文明ぶんめいがく京都きょうと通信つうしんしゃ
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関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]