食材 しょくざい を製粉 せいふん するためネパール人 じん 女性 じょせい が挽 ひ き石臼 いしうす を使 つか っている様子 ようす
スコットランド の手 て 挽 ひ き石臼 いしうす の上石 かみいし 。ノース・エアシャー のダルガーヴェンミル民俗 みんぞく 博物館 はくぶつかん
食材 しょくざい を製粉 せいふん するのに使用 しよう された、古代 こだい ネパール の石臼 いしうす
現代 げんだい でも道具 どうぐ 屋 や であたりまえの日用 にちよう 道具 どうぐ として売 う られている石臼 いしうす 。3セットの挽 ひ き石臼 いしうす が、積 つ み重 かさ ねて置 お いてある。 これらの石臼 いしうす は幅 はば が僅 わず か30cm程度 ていど である。(2010年 ねん 、中国 ちゅうごく の海南 かいなん 省 しょう 海 うみ 口 こう 市 し にある市場 いちば の中 なか にある道具 どうぐ 屋 や の店頭 てんとう にて。)
石臼 いしうす (いしうす、英 えい : quern-stones [1] )とは、石 いし 製 せい の臼 うす のこと。
石臼 いしうす は、石 いし でできた臼 うす であり、さまざまな素材 そざい を挽 ひ いて[2] 製粉 せいふん するための道具 どうぐ である。
石臼 いしうす は、上下 じょうげ 一 いち 対 つい のペアで使用 しよう される[3] 。一般 いっぱん に挽 ひ き石臼 いしうす では、下部 かぶ の静止 せいし した石 いし が「固定 こてい 臼 うす 」と呼 よ ばれ、上部 じょうぶ の可動 かどう する石 いし は「回転 かいてん 臼 うす 」と呼 よ ばれる。中央 ちゅうおう の穴 あな は「投入 とうにゅう 口 こう (もの入 い れ)」と呼 よ ばれるもので、ここから穀物 こくもつ などが臼 うす の内側 うちがわ に送 おく られる。また、脇 わき に挽 ひ き手 しゅ の差込 さしこみ 穴 あな があって回転 かいてん 臼 うす を回 まわ すことができる[4] 。
こうした石臼 いしうす は新 しん 石器 せっき 時代 じだい に穀物 こくもつ を粉末 ふんまつ に挽 ひ くために最初 さいしょ に使用 しよう された[5] 。この意味 いみ では、この時代 じだい の石臼 いしうす は考古学 こうこがく の研究 けんきゅう 対象 たいしょう ともなり、(考古学 こうこがく 的 てき な意味 いみ での)「石器 せっき 」でもある。
新 しん 石器 せっき 時代 じだい や後期 こうき 旧石器時代 きゅうせっきじだい の人々 ひとびと は、石臼 いしうす を使 つか って穀物 こくもつ 、木 こ の実 み 、根菜 こんさい などを粉 こな 挽 ひ きしてから作 つく った食品 しょくひん を消費 しょうひ していた[6] 。後年 こうねん になると食品 しょくひん だけでなく、顔料 がんりょう や製 せい 錬 ね 前 まえ の鉱石 こうせき を粉砕 ふんさい する目的 もくてき でも石臼 いしうす が用 もち いられるようになった。こうした石臼 いしうす には「ひき臼 うす 」と「つき臼 うす 」がある[7] [8] 。
西洋 せいよう の石臼 いしうす は、サドルカーン と呼 よ ばれる磨臼 すりうす (すりうす、学術 がくじゅつ 的 てき には石 いし 皿 さら )から始 はじ まり、やがて上石 かみいし を手動 しゅどう で平行 へいこう 回転 かいてん させるロータリーカーン と呼 よ ばれる手 て 挽 ひ き石臼 いしうす が出現 しゅつげん する[7] 。その後 ご 、手動 しゅどう ではなく動力 どうりょく を用 もち いた「碾臼 ひきうす 」(ひきうす)ことミルストーン が開発 かいはつ される[7] 。
日本 にっぽん に回転 かいてん 式 しき の挽 ひ き石臼 いしうす が伝来 でんらい したのは『日本書紀 にほんしょき 』によると7世紀 せいき 頃 ころ といわれており、鎌倉 かまくら 時代 ときよ から室町 むろまち 時代 ときよ にかけて抹茶 まっちゃ を挽 ひ く道具 どうぐ として上流 じょうりゅう 階級 かいきゅう に普及 ふきゅう した[8] 。石工 せっこう の技術 ぎじゅつ の発達 はったつ とともに江戸 えど 時代 じだい には民衆 みんしゅう にも普及 ふきゅう した[8] [9] 。
現代 げんだい でも石臼 いしうす は使 つか われ続 つづ けており、電力 でんりょく 供給 きょうきゅう をあまり当 あ てにできない地域 ちいき などでは石臼 いしうす は今 いま も製粉 せいふん のための主要 しゅよう な道具 どうぐ である。また高速 こうそく 回転 かいてん の刃 は で粉 こな にして風味 ふうみ が落 お ちてしまうような上質 じょうしつ の食品 しょくひん では、高速 こうそく 回転 かいてん 刃 ば によって食品 しょくひん が瞬間 しゅんかん 的 てき に高温 こうおん になってしまうのを避 さ け、あえて石臼 いしうす で粉 こな にする製法 せいほう が高 たか く評価 ひょうか されることも続 つづ いている。例 たと えば茶 ちゃ の名産 めいさん 地 ち の「宇治 うじ 」の抹茶 まっちゃ は、現在 げんざい でも石臼 いしうす によって茶 ちゃ 葉 は が挽 ひ かれて(「石臼 いしうす 挽 ひ き」)抹茶 まっちゃ となっている。石臼 いしうす で抹茶 まっちゃ を作 つく ったほうが香 かお りが良 よ く、最高 さいこう の抹茶 まっちゃ は石臼 いしうす 挽 ひ き、という評価 ひょうか になっている。昔 むかし との違 ちが いと言 い っても、動力 どうりょく が手動 しゅどう から電動 でんどう 機 き (電気 でんき モーター)になった、というくらいの違 ちが いでしかない。
上石 かみいし は一般 いっぱん 的 てき に凹 面 めん 形状 けいじょう で、下石 おろじ は凸 とつ 面 めん 形状 けいじょう である。古 ふる いゲール語 ご の諺 ことわざ に「回転 かいてん 臼 うす が凹 へこ んでいる時 とき 、挽 ひ き石臼 いしうす は最高 さいこう の成果 せいか をあげる」[10] とあり、上 うえ は凹面で下 した が凸面 とつめん というのが望 のぞ ましい形状 けいじょう である。時々 ときどき リンズ が木片 もくへん (または別 べつ の素材 そざい )として存在 そんざい し、中央 ちゅうおう の軸受 じくう け機構 きこう として機能 きのう しつつも[11] 、穀物 こくもつ などを粉砕 ふんさい 面 めん に供給 きょうきゅう できるようになっている。上石 かみいし には、もの入 い れの周囲 しゅうい に隆起 りゅうき した縁取 へりと りの杯 はい 状 じょう 領域 りょういき があるものもあった[12] 。大半 たいはん の回転 かいてん 臼 うす には上面 うわつら に挽 ひ き手 しゅ の穴 あな があり、利用 りよう 者 しゃ は棒 ぼう を垂直 すいちょく に立 た てて使 つか うことで、臼 うす を回転 かいてん させることが可能 かのう となる[13] 。
もの入 い れに投入 とうにゅう された素材 そざい は、上石 かみいし と下石 おろじ の接触 せっしょく 面 めん の回転 かいてん による摩擦 まさつ で砕 くだ かれる[8] [3] 。日本 にっぽん では佐渡 さど 地方 ちほう などを除 のぞ いて反 はん 時計 とけい 回 まわ りの臼 うす である[8] 。接触 せっしょく 面 めん には4から8分 ふん 画 が の目 め が刻 きざ み込 こ まれており、上 うえ 臼 うす の「もの入 い れ」から投入 とうにゅう された原料 げんりょう は円周 えんしゅう の外側 そとがわ に向 む かって進 すす みながらせん断 だん や摩擦 まさつ により粉砕 ふんさい される[3] 。関東 かんとう や九州 きゅうしゅう では6分 ふん 画 が 、西日本 にしにほん には8分 ふん 画 が のものが多 おお い[8] 。
挽 ひ き石臼 いしうす に最適 さいてき なタイプの石 いし は玄武岩 げんぶがん のような火成岩 かせいがん である。これらには自然 しぜん な粗 あら い表面 ひょうめん があるが、穀物 こくもつ は容易 ようい に分離 ぶんり しないので粉末 ふんまつ になる素材 そざい が粗 あら 粒 つぶ にならない。しかし、そのような岩石 がんせき が常 つね に利用 りよう できるわけではなく、砂岩 さがん 、珪岩 、石灰 せっかい 岩 いわ を含 ふく む多種 たしゅ 多様 たよう な岩石 がんせき から石臼 いしうす が製造 せいぞう されている。
南 みなみ レヴァントでは玄武岩 げんぶがん の石臼 いしうす が他 た の岩石 がんせき から製造 せいぞう されたものよりも好 この まれたことが、ラターの調査 ちょうさ により判明 はんめい している。彼 かれ の主張 しゅちょう によると、玄武岩 げんぶがん の手 て 挽 ひ き石臼 いしうす は長距離 ちょうきょり 輸送 ゆそう されたものだったので、日々 ひび の実用 じつよう 的 てき な機能 きのう にもかかわらずステータスシンボル としても使 つか われていたという[14] 。
カーンの上石 かみいし 。ホウィットホーン 博物館 はくぶつかん
石臼 いしうす は、世界中 せかいじゅう の多 おお くの文明 ぶんめい で材料 ざいりょう を製粉 せいふん するために使用 しよう され、中 なか でも欧米 おうべい ではパン づくり用 よう の小麦粉 こむぎこ を作 つく るために穀物 こくもつ を挽 ひ くカーンストーン(手 て 挽 ひ きの石臼 いしうす )が最 もっと も重要 じゅうよう だった。機械 きかい 化 か された形 かたち の製粉 せいふん 、特 とく に水車 みずぐるま と風車 かざぐるま が出現 しゅつげん した時 とき にそれらは一般 いっぱん 的 てき にミルストーン(碾臼 ひきうす )と置 お き換 か わり、動物 どうぶつ が碾臼 ひきうす を操作 そうさ するのにも使用 しよう された。 しかしながら、西洋 せいよう 以外 いがい の文化 ぶんか 地域 ちいき では手 て 挽 ひ きの石臼 いしうす が現在 げんざい でも製造 せいぞう されて普通 ふつう に使用 しよう されていることも多 おお く、世界 せかい 各地 かくち にて機械 きかい 化 か への転換 てんかん がなされるのは20世紀 せいき 頃 ごろ である。
マヤ文明 ぶんめい の初期 しょき に、ニシュタマリゼーション の工程 こうてい は、硬 かた くて熟 じゅく したトウモロコシ を水 みず と石灰 せっかい で煮 に た点 てん が特徴 とくちょう 的 てき だった。そのようにしてニシュタマリを製造 せいぞう し、それをメタテと呼 よ ばれる石 いし 皿 さら の上 うえ で磨 すり 石 せき を使 つか って磨 す り潰 つぶ すことにより、平 ひら たいパンケーキ用 よう の無 む 発酵 はっこう 生地 きじ を作 つく った[15] 。
少 すく なくとも1万 まん 年 ねん 前 まえ 、中国 ちゅうごく では小麦 こむぎ を小麦粉 こむぎこ に製粉 せいふん するのに手 て 挽 ひ きの石臼 いしうす が使 つか われた。手動 しゅどう で小麦 こむぎ をこすることによる小麦粉 こむぎこ の製造 せいぞう には数時間 すうじかん かかった[16] 。中国 ちゅうごく では新 しん 石器 せっき 時代 じだい にサドルカーンが知 し られていたが、回転 かいてん 式 しき の石臼 いしうす は戦国 せんごく 時代 じだい (中国 ちゅうごく ) まで出現 しゅつげん しなかった[17] 。
民族 みんぞく 誌 し 的 てき 証拠 しょうこ やメソポタミア の文書 ぶんしょ によると、穀物 こくもつ はもちろんだが木 こ の実 み 、種子 しゅし 、果物 くだもの 、野菜 やさい 、ハーブ、香辛料 こうしんりょう 、肉 にく 、樹皮 じゅひ 、色素 しきそ 、粘土 ねんど など様々 さまざま な食品 しょくひん や無機 むき 物質 ぶっしつ が石 いし のひき臼 うす やつき臼 うす を使 つか って加工 かこう されたことが示 しめ されている[18] 。さらに、手 て 挽 ひ き石臼 いしうす を分析 ぶんせき したある研究 けんきゅう で、一部 いちぶ の臼 うす がそれらの元 もと になった岩石 がんせき とは異 こと なり、砒素 ひそ やビスマス の痕跡 こんせき があったり、アンチモン のレベルが岩 いわ のものより10倍 ばい 高 たか いことが示 しめ された。これは恐 おそ らく、医薬品 いやくひん 、化粧 けしょう 品 ひん 、染料 せんりょう の製造 せいぞう 、または合金 ごうきん の製造 せいぞう においてさえも挽 ひ き石臼 いしうす を使用 しよう していたためだと、その著者 ちょしゃ たちは結論 けつろん 付 つ けた[19] 。
採鉱 さいこう 採掘 さいくつ 後 ご の金属 きんぞく 鉱石 こうせき の粉砕 ふんさい には石臼 いしうす が広 ひろ く使用 しよう された。 その目的 もくてき は、精錬 せいれん の前 まえ に例 たと えば洗浄 せんじょう によって分離 ぶんり させることが可能 かのう な微細 びさい 鉱石 こうせき の粒子 りゅうし を遊離 ゆうり させることにあった。 そのため古代 こだい の金 かね 採掘 さいくつ でそれらが広 ひろ く用 もち いられた。
暴力 ぼうりょく に用 もち いられた例 れい が、士 し 師 し 記 き に記載 きさい されている(9:53; NRSV ):「その女性 じょせい がアビメレク の頭 あたま の上 うえ に碾臼 ひきうす の上石 かみいし を投 な げつけ、頭蓋骨 ずがいこつ を砕 くだ いた」。
ノッキングストーン(en )は少量 しょうりょう のシリアル製造 せいぞう に使用 しよう されたものだが、最初 さいしょ 期 き の形態 けいたい のサドルカーンに該当 がいとう するものとされる。 これまでで最 もっと も昔 むかし のものはシリア のテル・アブ・フレイラ で紀元前 きげんぜん 約 やく 9000年 ねん に遡 さかのぼ るものが発見 はっけん されている[5] 。その後 ご の発展 はってん は回転 かいてん 式 しき 挽 ひ き臼 うす であり、いくつかの形状 けいじょう がある。
サドルカーンは日本 にっぽん で「鞍 くら 形 かたち 石 せき 皿 さら 」と訳 やく され、石臼 いしうす というよりも石 いし 皿 さら の範疇 はんちゅう である[20] 。手 て で持 も つ磨 すり 石 せき を押 お し引 び きする平行 へいこう な揺 ゆら 動 どう または転 てん 動 どう により(中央 ちゅうおう 部 ぶ がすり減 へ って)鞍 くら のように見 み える形状 けいじょう になる。古代 こだい で最 もっと も広 ひろ く使用 しよう されたタイプであり、紀元前 きげんぜん 5世紀 せいき から4世紀 せいき にもっと効率 こうりつ 的 てき なロータリーカーン(回転 かいてん 式 しき 挽 ひ き臼 うす )に置 お き換 か わっていった[21] 。サドルカーン用 よう の磨 すり 石 せき は、一般 いっぱん 的 てき にはだいたい円筒 えんとう 形 がた で両手 りょうて で使用 しよう されるか、または半球 はんきゅう 形 がた で片手 かたて で使用 しよう される。これは磨 す り潰 つぶ し動作 どうさ だけでなく粉砕 ふんさい 運動 うんどう を提供 ていきょう し、小麦 こむぎ など麦芽 ばくが 粒 つぶ を粉砕 ふんさい するのにより適 てき している。 麦芽 ばくが 系 けい ではない穀物 こくもつ でサドルカーンから粉末 ふんまつ を製造 せいぞう することは容易 ようい ではない。
その名前 なまえ が示 しめ すように、ロータリーカーンは材料 ざいりょう を磨 す り潰 つぶ すのに円運動 えんうんどう を利用 りよう しており、これは上石 かみいし と下石 おろじ の両方 りょうほう が一般 いっぱん 的 てき に円形 えんけい だったことを示 しめ している。ロータリーカーンの上石 かみいし はサドルカーンの磨 すり 石 せき よりはるかに重 おも く、麦芽 ばくが 以外 いがい の穀物 こくもつ を粉末 ふんまつ に磨 す り潰 つぶ すのに必要 ひつよう な重量 じゅうりょう を提供 ていきょう している。場合 ばあい によっては、石 いし の研削 けんさく 面 めん が互 たが いにぴったり合 あ っており、上石 かみいし はわずかに凹状で、下 した のものは凸 とつ 状 じょう になっている。
蜂 はち の巣 す 型 がた の回転 かいてん 臼 うす と、(下 した 側 がわ には)サドルストーンの展示 てんじ 。キースリー (ウェスト・ヨークシャー )のクリフ・キャッスル博物館 はくぶつかん
このタイプでは上石 かみいし が半 はん 球形 きゅうけい またはパンの形 かたち をしていて、研削 けんさく 面 めん まで穴 あな から落 お ちてくる穀物 こくもつ を保持 ほじ するための円錐 えんすい ホッパー(もの入 い れ)を中央 ちゅうおう に備 そな えている。それは底 そこ 石 せき の中央 ちゅうおう の穴 あな に合 あ うピボット(回転 かいてん 軸 じく となる支点 してん )で定 てい 位置 いち に保持 ほじ される。また上 うえ 石 せき には、傾斜 けいしゃ がきつい面 めん に水平 すいへい な深 ふか い差込 さしこみ 穴 あな があり、そこに上石 かみいし を回転 かいてん または振動 しんどう させるための挽 ひ き手 しゅ として使 つか われる木 き 釘 くぎ が据 す えられる。これがブリテン諸島 しょとう に現 あら われたロータリーカーンの最初 さいしょ 期 き 型 がた である。それは鉄器 てっき 時代 じだい の半 なか ば(紀元前 きげんぜん 400-300年 ねん 頃 ごろ )にイギリスに到着 とうちゃく し、恐 おそ らく紀元前 きげんぜん 2世紀 せいき しばらく後 のち にスコットランドからアイルランドの北 きた 半分 はんぶん に広 ひろ がった[22] 。
調節 ちょうせつ 可能 かのう な円盤 えんばん 型 がた のロータリーカーンは、蜂 はち の巣 す 型 がた より大 おお きくて平 たい らで円盤 えんばん 状 じょう の石臼 いしうす である。下石 おろじ は完全 かんぜん に穴 あな が開 あ けられ、上石 かみいし の上面 うわつら にある浅 あさ い差込 さしこみ 穴 あな に入 い れた長 なが い挽 ひ き手 しゅ で回転 かいてん した。それらは2500年 ねん 前 まえ にスペイン で生 う まれたと考 かんが えられており[23] 、紀元前 きげんぜん 200年 ねん 頃 ごろ にスコットランドに到着 とうちゃく したようである。この鉄器 てっき 時代 じだい 型 がた は、有史 ゆうし 時代 じだい にもまだ使 つか われていた調整 ちょうせい 可能 かのう なハイランド の挽 ひ き石臼 いしうす によく似 に ている[24] 。
挽 ひ き石臼 いしうす が右側 みぎがわ 女性 じょせい のエラセイド(ハイランド地方 ちほう の民族 みんぞく 衣装 いしょう )の上 うえ にあるのは、恐 おそ らく穀物 こくもつ を取 と るため。彼女 かのじょ は自分 じぶん の左 ひだり にあるボウルから穀物 こくもつ を石臼 いしうす に供給 きょうきゅう する。トマス・ペナント 1772年 ねん の書籍 しょせき 『スコットランド旅行 りょこう 』からの木版 もくはん 画 が 。
ガーネットは1800年 ねん のスコットランド旅行 りょこう で、手 て 挽 ひ き石臼 いしうす の使用 しよう について次 つぎ のように説明 せつめい している。「挽 ひ き臼 うす は直径 ちょっけい 約 やく 20インチの、一般 いっぱん 的 てき に砂岩 さがん または花崗岩 かこうがん の2つの円形 えんけい の石 いし でできている。下石 おろじ には頂 いただき 部 ぶ が丸 まる まった木 き 釘 くぎ があり、この上 うえ にある上石 かみいし は上部 じょうぶ の大 おお きい穴 あな で固定 こてい された木片 もくへん によって下 した のものとまさに触 ふ れあうよう上手 うま くバランスがとれており、しかしそれは穴 あな を埋 う めてはおらず、挽 ひ き場 じょう を供給 きょうきゅう するための空間 くうかん がそれぞれの側 がわ に残 のこ されている。石臼 いしうす はとても良 よ くバランスが取 と れていて、中 なか にトウモロコシがない時 とき だと、2 ふた つの石 いし の接触 せっしょく から若干 じゃっかん の摩擦 まさつ があるが、それでも非常 ひじょう に小 ちい さい運動 うんどう 量 りょう で幾 いく 度 ど か回転 かいてん する。トウモロコシが乾燥 かんそう すると、二人 ふたり の女性 じょせい が地面 じめん に座 すわ り、二人 ふたり の女性 じょせい の間 あいだ に挽 ひ き臼 うす が置 お かれた。一方 いっぽう がトウモロコシを投入 とうにゅう して、もう一方 いっぽう が石臼 いしうす を回 まわ す。ケルトの曲 きょく をずっと歌 うた いながら、時々 ときどき お互 たが いに入 い れ替 か わった。」[25]
直径 ちょっけい 200mm以下 いか で、大雑把 おおざっぱ な外見 がいけん から丁寧 ていねい な仕上 しあ げまでと多彩 たさい 。垂直 すいちょく な挽 ひ き手 しゅ の差込 さしこみ 穴 あな を備 そな えていることが多 おお く、過去 かこ には重 おも りなどとして見過 みす ごされてきた新 あたら しい階級 かいきゅう の挽 ひ き臼 うす が確認 かくにん されている。あらゆる点 てん で、それらはフルサイズの挽 ひ き石臼 いしうす のようであり、それらは少量 しょうりょう の種子 しゅし 、鉱物 こうぶつ 、ハーブを磨 す り潰 つぶ すために使用 しよう されたことを示 しめ す典型 てんけい 的 てき な摩耗 まもう の兆候 ちょうこう が見 み られる。それらが玩具 おもちゃ として作 つく られた可能 かのう 性 せい については低 ひく いと見 み られている[26] 。
ホルゲート風車 かざぐるま (en )内部 ないぶ にある一対 いっつい のミルストーン
ミルストーンは、小麦 こむぎ や他 た の穀物 こくもつ を挽 ひ くために動力 どうりょく を用 もち いた回転 かいてん 式 しき の石臼 いしうす で、日本語 にほんご では「碾臼 ひきうす 」と記 しる される。回転 かいてん 臼 うす と固定 こてい 臼 うす からなるペア構造 こうぞう や特性 とくせい および用途 ようと は手 て 挽 ひ きのロータリーカーンと同様 どうよう である。ただしミルストーンの回転 かいてん 臼 うす は、その駆動 くどう 機構 きこう (風力 ふうりょく 、水力 すいりょく 、潮 うしお 力 つとむ など)とつながっている主軸 しゅじく またはスピンドルの頂 いただき 部 ぶ にある「メイスヘッド」に固定 こてい された、リンズ という十字 じゅうじ 型 がた の金属 きんぞく 片 へん で支 ささ えられている(後段 こうだん の名称 めいしょう 図 ず 参照 さんしょう )。
ミルストーンを作 つく るのに最 もっと も適 てき した石 いし の種類 しゅるい は、ブーアストン(buhrstone)と呼 よ ばれる珪質 岩 いわ 、ざらついた質感 しつかん の多孔 たこう 質 しつ だが固 かた くてきめ細 こま かい砂岩 さがん 、あるいは珪化 か した化石 かせき を含 ふく んだ石灰岩 せっかいがん である。
英国 えいこく で使用 しよう されたミルストーンにはいくつかの種類 しゅるい がある。
一塊 ひとかたまり の石 いし から切 き り出 だ した灰色 はいいろ 硬 かた 砂岩 さがん のダービーシャー ・ピークストーンは、大麦 おおむぎ を挽 ひ くのに使用 しよう された[27] 。この模造 もぞう 品 ひん はピーク地方 ちほう 国立 こくりつ 公園 こうえん (en )の境界 きょうかい にて道標 どうひょう の飾 かざ りとして使用 しよう されている。ダービーシャー・ピークストーンはすぐに磨耗 まもう して小麦粉 こむぎこ の中 なか に石 いし 片 へん 粉末 ふんまつ が残 のこ ってしまうため、人間 にんげん が消費 しょうひ するための小麦粉 こむぎこ を作 つく るには望 のぞ ましいものではなく、一般 いっぱん 的 てき には動物 どうぶつ 飼料 しりょう を挽 ひ くのに使用 しよう された。
フレンチ・ブーアストーンは細 こま かい研削 けんさく に使用 しよう された。フレンチ・ブーアはフランス北部 ほくぶ のマルヌ渓谷 けいこく (en )から来 き ている。その石臼 いしうす は一塊 ひとかたまり の石 いし から切 き り出 だ されるのではなく、石膏 せっこう での裏打 うらう ちや鉄 てつ バンドでの焼 しょう きばめ固定 こてい をすることで石英 せきえい の部材 ぶざい から組 く み立 た てられる。イングランド南部 なんぶ では、材料 ざいりょう が岩 いわ の部材 ぶざい として輸入 ゆにゅう され、地元 じもと の工房 こうぼう で完全 かんぜん なミルストーンに組 く み立 た てられるだけだった[28] 。なお、完成 かんせい した回転 かいてん 臼 うす と軽量 けいりょう 側 がわ に施 ほどこ された鉛 なまり の重 おも さとのバランスをとる必要 ひつよう があった[27] 。
エメリー鉱 こう の部材 ぶざい から作 つく られたコンポジット・ストーンは19世紀 せいき に導入 どうにゅう された。補助 ほじょ エンジンが採用 さいよう された時 とき に、利用 りよう 可能 かのう な高速 こうそく 研削 けんさく により適 てき していることが判明 はんめい した[27] 。
ヨーロッパでは、さらに別 べつ の種類 しゅるい の石臼 いしうす も使用 しよう された(こちらは英国 えいこく では一般 いっぱん 的 てき でなかった)。
ミルストーンの基本 きほん 的 てき な溝 みぞ 。これは回転 かいてん 臼 うす で、固定 こてい 臼 うす にはリンズを支 ささ える「スペイン十字 じゅうじ (Spanish Cross)」がない。
碾臼 ひきうす の表面 ひょうめん は、主 しゅ 溝 みぞ と呼 よ ばれる深 ふか い溝 みぞ によって「分 ぶん 画 が 」と呼 よ ばれる別々 べつべつ の平 ひら たい領域 りょういき に分割 ぶんかつ されている。主 しゅ 溝 みぞ から離 はな れていくと副 ふく 溝 みぞ と呼 よ ばれる小 ちい さな溝 みぞ がある。溝 みぞ は(材料 ざいりょう を挽 ひ くための)刃先 はさき の役目 やくめ をすると共 とも に、挽 ひ いた粉 こな を石臼 いしうす から地面 じめん に向 む かわせやすくしている。
溝 みぞ と分 ぶん 画 が は「目 め 」と呼 よ ばれる繰 く り返 かえ しのパターンで配列 はいれつ される。典型 てんけい 的 てき な碾臼 ひきうす は、6または8の分 ぶん 画 が となっている[31] 。各 かく 臼 うす の表面 ひょうめん には目 め のパターンが繰 く り返 かえ されている。それらが向 む かい合 あ わせで置 お かれる場合 ばあい 、そのパターンが一種 いっしゅ の「磨 す り合 あ わせ」運動 うんどう で噛 か み合 あ って、石 いし のせん断 だん や研削 けんさく といった作用 さよう を生 う み出 だ す。常 つね 日頃 ひごろ から使 つか う場合 ばあい 、石 いし は定期 ていき 的 てき に溝 みぞ 彫 ぼ りをする必要 ひつよう があり、すなわち切断 せつだん 面 めん を鋭 するど く保 たも つための彫 ほ り直 なお しを行 おこな う。
碾臼 ひきうす は均等 きんとう にバランスをとる必要 ひつよう があり、そして臼 うす 同士 どうし の正 ただ しい隙間 すきま (ふくみ)を取 と ることが良 よ い品質 ひんしつ の小麦粉 こむぎこ を生 う み出 だ すためには肝心 かんじん である。
1. ホッパー(投入 とうにゅう 口 こう ) 2. シュー(靴 くつ 形 がた の受 う け皿 ざら ) 3. クルックストリング(鉤 かぎ 弦 つる ) 4. シューハンドル 5. ダムゼル(撹拌 かくはん 機 き ) 6. アイ(中心 ちゅうしん の穴 あな ) 7. 回転 かいてん 臼 うす 8. 固定 こてい 臼 うす 9. リンズ 10. メイス 11. ストーンスピンドル(軸受 じくう け石 せき ) 12. 碾臼 ひきうす 支持 しじ 台 だい 13. 木造 もくぞう 梁 はり 14. 外 そと 枠 わく (テンタリングギアは表示 ひょうじ されていない)
穀物 こくもつ は重力 じゅうりょく によってホッパーから供給 きょうきゅう シューに供給 きょうきゅう される。シューは軸受 じくう け石 せき の上 うえ にある撹拌 かくはん 機 き (ダムゼル)の向 む かい側 がわ にあるシューハンドルによって動 うご かされ、そのシャフトが回転 かいてん 臼 うす を動 うご かす。この機構 きこう は、供給 きょうきゅう を回転 かいてん 臼 うす の速度 そくど に依存 いぞん させることによって、ミルストーンへの穀物 こくもつ 供給 きょうきゅう を調整 ちょうせい している。穀物 こくもつ は供給 きょうきゅう シューから回転 かいてん 臼 うす 中央 ちゅうおう のアイと呼 よ ばれる穴 あな を通 とお って落 お ち、回転 かいてん 臼 うす と固定 こてい 臼 うす の間 あいだ で挽 ひ かれる。挽 ひ かれた粉 こな は横 よこ にある臼 うす 同士 どうし の隙間 すきま から出 で てくる。臼 うす の外 そと 枠 わく は床 ゆか に小麦粉 こむぎこ が落 お ちるのを防 ふせ ぎ、代 か わりに袋 ふくろ 詰 づ めや次 つぎ なる処理 しょり ができる場所 ばしょ に注 ちゅう 出口 でぐち が取 と り付 つ けられている。
回転 かいてん 臼 うす は、スピンドル軸受 じくう け上 じょう の十字 じゅうじ 型 がた をした金属 きんぞく 製 せい リンズで支 ささ えられている。スピンドルは、テンタリングギア(レバーシステムを形成 けいせい する1組 くみ の梁 はり )またはスクリュージャッキによって保持 ほじ され、それによって回転 かいてん 臼 うす をわずかに上下 じょうげ させることができ、臼 うす 同士 どうし の隙間 すきま を調整 ちょうせい することができる[32] 。回転 かいてん 臼 うす の重量 じゅうりょう はかなりのもの(最大 さいだい 1500kg)で、この重量 じゅうりょう が多孔 たこう 質 しつ 石 せき に起因 きいん する切削 せっさく 作用 さよう および粉砕 ふんさい プロセスを引 ひ き起 お こす溝 みぞ パターンと組 く み合 あ わさっていく。
水力 すいりょく で動 うご かす一部 いちぶ の碾臼 ひきうす (Peirce Mill など)は約 やく 125rpmで回転 かいてん する[33] 。
古代 こだい フィリピン のGilingang batoという米 べい 用 よう の碾臼 ひきうす 。パンパンガ州 しゅう ミナリン
特 とく に風力 ふうりょく で動 うご かす碾臼 ひきうす の場合 ばあい 、回転 かいてん 速度 そくど は不規則 ふきそく になる可能 かのう 性 せい がある。高速 こうそく になるほどより多 おお くの穀物 こくもつ が供給 きょうきゅう シューから臼 うす に供給 きょうきゅう されて、その速 はや い回転 かいてん 速度 そくど のためより早 はや く穀物 こくもつ が臼 うす を出 で てくることになる。碾部では臼 うす 同士 どうし の間 あいだ の隙間 すきま を減 へ らす必要 ひつよう があり、回転 かいてん 臼 うす のより大 おお きな重 おも さが穀物 こくもつ を押 お し下 さ げ、かつ研削 けんさく 作用 さよう を高 たか めて砥 とぎ 粒 つぶ が粗 あら くなり過 す ぎるのを防 ふせ ぐ。そのことが碾臼 ひきうす の負荷 ふか を高 たか め、それで挽 ひ きを遅 おそ くできるという利点 りてん も加 くわ わる。逆 ぎゃく に穀物 こくもつ があまりにも徹底 てってい して製粉 せいふん されてしまう場合 ばあい 、不 ふ 適当 てきとう なら回転 かいてん 臼 うす を上 あ げなければならないこともある。いずれにせよ、粉砕 ふんさい の最中 さいちゅう に石臼 いしうす には決 けっ して触 ふ れるべきではなく、それをやると臼 うす が急速 きゅうそく に摩耗 まもう する原因 げんいん となる。回転 かいてん 臼 うす を上昇 じょうしょう 下降 かこう させる工程 こうてい は、幅 はば 出 だ し(テンタリング)などと呼 よ ばれる。 多 おお くの風車 かざぐるま では、テンタリングギアに遠心 えんしん 調 しらべ 速 そく 機 き を追加 ついか することで自動 じどう 化 か がされている。
粉砕 ふんさい される穀物 こくもつ の種類 しゅるい および利用 りよう 可能 かのう な力 ちから に応 おう じて、供給 きょうきゅう シューの攪拌量 りょう を変更 へんこう したりホッパー出口 でぐち のサイズを調整 ちょうせい することにより、ミルストーンは臼 うす に送 おく りこむ穀物 こくもつ 供給 きょうきゅう 量 りょう を事前 じぜん に調整 ちょうせい することが可能 かのう である。ミルストーンによる製粉 せいふん は、製粉 せいふん が多 た 段階 だんかい で行 おこな われる現代 げんだい の大量 たいりょう 生産 せいさん におけるローラミル [注釈 ちゅうしゃく 1] とは対照 たいしょう 的 てき に、1段階 だんかい の工程 こうてい である。
挽 ひ き石臼 いしうす の他 ほか の形状 けいじょう にはホッパー=ラバー(hopper-rubber)やポンペイの挽 ひ き臼 うす があり、いずれも古代 こだい ローマ人 ひと に使用 しよう された。大型 おおがた の回転 かいてん 式 しき 挽 ひ き石臼 いしうす は通常 つうじょう 、上石 かみいし に取 と り付 つ けられた木 き の延長 えんちょう アームを介 かい してロバや馬 うま によって動 うご かされた。
追加 ついか で彫刻 ちょうこく が施 ほどこ された多 おお くの上石 かみいし が発見 はっけん されているが、装飾 そうしょく は必 かなら ずしも実用 じつよう 的 てき な機能 きのう 目的 もくてき と切 き り離 はな せるほど単純 たんじゅん ではない。デザインは円運動 えんうんどう 時 じ の上石 かみいし の外観 がいかん に注 そそ ぎ込 こ まれており、種子 しゅし を粉末 ふんまつ に変 か える(ある種 しゅ の変容 へんよう 魔法 まほう のような)石臼 いしうす の機能 きのう がこの家庭 かてい 用 よう 物品 ぶっぴん に敬意 けいい とステータスの両方 りょうほう を生 しょう じさせているのかもしれない[35] 。アイルランドで発見 はっけん された3つの蜂 はち の巣 す 型 がた 挽 ひ き石臼 いしうす にはラ・テーヌ 調 しらべ の装飾 そうしょく が彫 ほ られており[22] 、イングランドやウェールズ出土 しゅつど 品 ひん にもその例 れい がある[36] 。差込 さしこ み取 と っ手 て が付 つ いた手 て 挽 ひ き石臼 いしうす の多 おお くは、もの入 い れや挽 ひ き手 しゅ の差込 さしこみ 穴 あな を囲 かこ むモチーフの基本 きほん パターンに沿 そ った装飾 そうしょく となっている。一部 いちぶ にはもの入 い れを囲 かこ む不規則 ふきそく パターンの装飾 そうしょく がされた石臼 いしうす もある[4] 。
スコットランドのドゥナド では上石 かみいし に十字架 じゅうじか が彫 ほ られた挽 ひ き石臼 いしうす が発見 はっけん された。 その十字架 じゅうじか は、起源 きげん をさかのぼると最終 さいしゅう 的 てき には5世紀 せいき や6世紀 せいき のローマおよびビザンチン の前身 ぜんしん に形状 けいじょう の由来 ゆらい がある。この石臼 いしうす は「コスト」を反映 はんえい して、その象徴 しょうちょう 的 てき 価値 かち および社会 しゃかい 的 てき 意義 いぎ を高 たか めた高 こう 品質 ひんしつ な仕上 しあ がりがされている。 この十字架 じゅうじか は、トウモロコシや結果 けっか 生 しょう じる粉末 ふんまつ をサビキン目 め や麦角 ばっかく 菌 きん などの悪者 わるもの から「保護 ほご する(魔除 まよけ け的 てき な)」ためだった可能 かのう 性 せい がある。
様々 さまざま な伝説 でんせつ が石臼 いしうす に奇跡 きせき 的 てき な力 ちから を与 あた えて、埋葬 まいそう 用 よう の石棺 せっかん や墓石 はかいし として再 さい 利用 りよう されたものが幾 いく つか見 み つかっている。石臼 いしうす と埋葬 まいそう の関係 かんけい は、生活 せいかつ の主食 しゅしょく であるパン作 づく りの工程 こうてい で使用 しよう されることに恐 おそ らく理由 りゆう があり、そのため壊 こわ れたり使 つか われていない石臼 いしうす が死 し の象徴 しょうちょう と見 み なされた可能 かのう 性 せい がある[37] 。アイルランドオファリー県 けん アスローン 近辺 きんぺん のクロンマクノイズ(en )では、墓石 はかいし に作 つく り替 か えられた石臼 いしうす が発見 はっけん され、そこには装飾 そうしょく のほか人物 じんぶつ 名 めい Sechnasachが西暦 せいれき 928年 ねん に死去 しきょ と彫 ほ られていた[38] 。アイルランドにあるスカー湖 こ の湖上 こじょう 住居 じゅうきょ (クランノグ)で大型 おおがた の石臼 いしうす が発見 はっけん された。
9世紀 せいき にウェールズの修道 しゅうどう 士 し ネンニウス は同国 どうこく の歴史 れきし 『ブリトン人 じん の歴史 れきし 』を著 あらわ し、そこで彼 かれ は英国 えいこく の13の不思議 ふしぎ を挙 あ げており、その中 なか に日曜日 にちようび 以外 いがい は絶 た えず製粉 せいふん する「モシュリン の石臼 いしうす 」がある。それは地下 ちか で作業 さぎょう していると聞 き こえてくるもので、現地 げんち の名前 なまえ 「Auchenbrain」(ゲール語 ご より翻訳 ほんやく すると「挽 ひ き臼 うす の平原 へいげん 」)はそれを称 とな えたものかもしれない[39] 。
注釈 ちゅうしゃく
^ 鉄 てつ 盤上 ばんじょう で直径 ちょっけい 1-2mの鉄製 てつせい ローラ-をいくつか旋転 せんてん させ、圧砕 あっさい と摩 ま 砕により穀物 こくもつ 粒 つぶ や岩石 がんせき 粒 つぶ を粉砕 ふんさい する粉砕 ふんさい 機 き のこと[34] 。
出典 しゅってん
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