魏ぎ冄

魏ぎ 冄（ぎ ぜん、拼音: Wèi Rǎn、生なま没年ぼつねん不ふ詳しょう）は、中国ちゅうごく戦国せんごく時代じだいに秦はたに仕つかえた楚すわえの公おおやけ族ぞく出身しゅっしんの政治せいじ家か。姓せいは羋、氏しは魏たかしで別名べつめいを魏ぎ厓または魏ぎ焻とも書かかれる。封ふうぜられた地ちから穣みのる公おおやけ・陶とう公こうとも呼よばれる。秦はたの恵めぐみ文ぶん君くん（恵めぐみ文ぶん王おう）・武たけ王おう・昭あきら襄じょう王おうの三さん王おうに仕つかえ、丞相じょうしょう・相国しょうこくとなり権勢けんせいを誇ほこった。

昭あきら襄じょう王おう時代じだいに秦しんで権勢けんせいを振ふるった自身じしんと異父いふ同母どうぼ姉あねである宣せん太ふと后きさき、左ひだり丞相じょうしょうを務つとめた華はな陽よう君くん（羋戎）と併あわせて三貴みき、または自身じしんと華はな陽よう君くん（羋戎）、昭あきら襄じょう王おうの弟おとうとである高陵こうりょう君くん（公子こうし巿）・涇陽君くん（公子こうし悝）を指さして四よん貴とうととも称しょうされる。

生涯しょうがい

前歴ぜんれき

宣せん太ふと后きさき（恵めぐみ文ぶん君くん夫人ふじん）の弟おとうとで、恵めぐみ文ぶん君くんの義弟ぎていに当あたる。宣せん太ふと后きさきの一族いちぞくの兄弟きょうだい、甥おいの中なかでも最もっとも賢かしこかったため、恵めぐみ文ぶん君くんの時ときから職しょくに任にんぜられ、国政こくせいに携たずさわった。

武たけ王おう4年ねん（紀元前きげんぜん307年ねん）、武たけ王おうが急逝きゅうせいし、その弟おとうとたちで王位おうい継承けいしょう争あらそいが起おこった。その際さいに魏ぎ冄だけが燕つばめにいた昭あきら襄じょう王おうを擁立ようりつした。魏ぎ冄の導みちびきで、昭あきら襄じょう王おうは王位おういについた。魏ぎ冄は将軍しょうぐんとなり、咸陽の守備しゅびにあたるようになった。

昭あきら襄じょう王おうは年少ねんしょうで即位そくいしたため、母ははである宣せん太ふと后きさきが摂政せっしょうし、その弟おとうとであった魏ぎ冄が実権じっけんを握にぎるようになった。

昭あきら襄じょう王おう2年ねん（紀元前きげんぜん305年ねん）、先さきの後継こうけい者しゃ争あらそいに敗やぶれた公子こうし壮たけしは兄弟きょうだいの公子こうし雍ら昭あきら襄じょう王おうの即位そくいに不満ふまんを抱いだく勢力せいりょくを結集けっしゅうし、反乱はんらんを起おこした（庶長荘そうの反乱はんらん、季き君くんの乱らん）。この乱らんは魏ぎ冄らにすぐに鎮圧ちんあつされた。反乱はんらんを起おこした者ものらで昭あきら襄じょう王おうの兄弟きょうだいで従したがわない者ものは全すべて滅ほろぼされ、武たけ王おうの母ははの恵めぐみ文ぶん后きさきも処刑しょけい、武たけ王おう后きさきは故国ここくの魏たかしに追放ついほうされ、この乱らんをきっかけに魏ぎ冄の権力けんりょくはますます強つよまっていった。

宰相さいしょうとして

昭あきら襄じょう王おう10年ねん（紀元前きげんぜん297年ねん）、趙ちょうの楼ろう緩なるが秦はたに来きて宰相さいしょうとなった。趙ちょうはこれを自国じこくの不利ふりになると考かんがえ、仇かたき液えきという者ものを遣つかわせて、楼ろう緩なるを罷免ひめんして魏ぎ冄を宰相さいしょうとするように請こうた。秦はたはこれを受うけ入いれ、昭あきら襄じょう王おう12年ねん（紀元前きげんぜん295年ねん）に魏ぎ冄は宰相さいしょうとなった。

昭あきら襄じょう王おう14年ねん（紀元前きげんぜん293年ねん）、魏ぎ冄は白しろ起おこりを登用とうようした。白しろ起おこりは昭あきら襄じょう王おうに重用じゅうようされていた向むかい寿ひさしに代かわって将軍しょうぐんとなり、韓かん・魏ぎを攻せめて伊い闕の地ちで大勝たいしょうした。昭あきら襄じょう王おう15年ねん（紀元前きげんぜん292年ねん）、魏ぎ冄は病やまいのため、請こうて宰相さいしょうを辞やめ客きゃく卿きょうの燭しょく寿ことぶきがその後任こうにんとなった。しかし昭あきら襄じょう王おう16年ねん（紀元前きげんぜん291年ねん）、燭しょく寿ことぶきは罷免ひめんされ魏ぎ冄が再ふたたび宰相さいしょうとなった。この際さいに穣みのる（現在げんざいの河南かなん省しょう南陽なんよう市し鄧州市し）の地ちに封ふうじられ、さらにかつての春秋しゅんじゅう時代じだいの曹の首都しゅとだった陶とう（現在げんざいの山東さんとう省しょう菏沢市し定てい陶すえ区く）も増ふえ封ふうされた。魏ぎ冄はこの封ふうぜられた地ちから穣みのる侯こう・陶とう公こうと号ごうした。

昭あきら襄じょう王おう17年ねん（紀元前きげんぜん290年ねん）には魏ぎを討うった。魏ぎ冄は魏ぎの河内かわうちの地ちを攻略こうりゃくし、60余あまりの城しろを陥おとしいれることに成功せいこうした。その後ご、昭あきら襄じょう王おう24年ねん（紀元前きげんぜん283年ねん）にまた宰相さいしょうを罷免ひめんされたが、昭あきら襄じょう王おう26年ねん（紀元前きげんぜん281年ねん）に三さん度ど宰相さいしょうとなる。このように、魏ぎ冄は宰相さいしょうを何なん度ども免めんぜられているがその度たびに返かえり咲ざいている。

昭あきら襄じょう王おう29年ねん（紀元前きげんぜん278年ねん）、魏ぎ冄は白しろ起おこりに命めいじて楚すわえを討うたせた。楚すわえの首都しゅと郢を落おとして秦はたの版図はんととした。白しろ起おこりは武安たけやす君くんに封ふうじられた。

昭あきら襄じょう王おう31年ねん（紀元前きげんぜん276年ねん）には相国しょうこくとなり、秦しんでは魏ぎ冄に並ならぶものがいないほどの権勢けんせいを誇ほこるようになった。

失脚しっきゃくと追放ついほう

同年どうねん、魏ぎ冄は自みずから兵へいを率ひきいて魏ぎを討うった。魏ぎの武将ぶしょう芒すすき卯うを敗走はいそうさせ、魏ぎの国くに都との大だい梁はりを包囲ほういするまでに至いたった。この際さい、魏ぎの大夫たいふ須賈の説得せっとくで包囲ほういを解とき兵へいを引ひき上あげた。しかし昭あきら襄じょう王おう32年ねん（紀元前きげんぜん275年ねん）、魏ぎが秦はたに背そむいて斉ひとしと従したがえ親おやしたので、再ふたたび魏ぎを討うった。またもや大だい梁はりに迫せまり、芒すすき卯うと援軍えんぐんに訪おとずれた韓かんの武将ぶしょう暴鳶の軍ぐんを破やぶった。この功こうで封ふう邑を追加ついかされた。

昭あきら襄じょう王おう33年ねん（紀元前きげんぜん274年ねん）、白しろ起おこりや客きゃく卿きょうの公孫こうそん胡えびす昜とともに、趙ちょう・韓かん・魏ぎを攻せめた。再ふたたび魏ぎの武将ぶしょう芒すすき卯うを趙ちょう将すすむ賈偃ともども華陽かようの城下じょうかで破やぶり、魏たかし・趙ちょうの地ちを取とった。魏ぎ冄は趙ちょうに援軍えんぐんを求もとめ斉ひとしを討うとうとしていた。 斉ひとしの襄じょう王おうはこれを恐おそれて説せつ客きゃくの蘇そ代だいに命めいじて魏ぎ冄に書しょを送おくってきたため、兵へいを引ひき上あげた。しかし昭あきら襄じょう王おう36年ねん（紀元前きげんぜん271年ねん）、魏ぎ冄は客きゃく卿きょうの進言しんげんを聴きき入いれて斉ひとしを討うった。これは自己じこの封ふう邑である陶すえを広ひろめるためで、斉ひとしの地ちを得えて自身じしんの領地りょうちに組くみ込こんだ。

一方いっぽう范雎が昭あきら襄じょう王おうに取とり立たてられ、宣せん太ふと后きさきが専制せんせいであること、魏ぎ冄が諸侯しょこうに対たいしてほしいままに権力けんりょくを振ふるい、魏ぎ冄の弟おとうとの華はな陽よう君くんや、昭あきら襄じょう王おうの弟おとうとの高こう陵りょう君くん・涇陽君くんらが奢侈しゃしで王室おうしつよりも裕福ゆうふくなことを述のべた。范雎を信任しんにんした昭あきら襄じょう王おうは魏ぎ冄の相国しょうこく位いを罷免ひめんし、華はな陽よう君くん・高陵こうりょう君くん・涇陽君くんらを函はこ谷たに関せきの外そとに追放ついほうし、それぞれの封地ほうちに移住いじゅうさせた。

魏ぎ冄は封地ほうちの陶すえで天寿てんじゅを全まっとうした。魏ぎ冄の死後しご、秦はたは陶すえを回収かいしゅうした。魏ぎ冄が函はこ谷たに関せきから出でたときの荷車にぐるまは千せん乗の余あまりもあったという。魏ぎ冄の富とみは王室おうしつを大おおきく凌しのいでいた。

評価ひょうか

宰相さいしょうとして内政ないせいを行おこなうだけでなく、自みずからも将軍しょうぐんとして戦地せんちに赴おもむくなど軍事ぐんじに優すぐれた面めんもあった。しかし、魏ぎ冄自身じしんの封地ほうちや異父いふ同母どうぼ弟おとうとの華はな陽よう君くん羋戎、昭あきら襄じょう王おうの弟おとうとの高こう陵りょう君くん・涇陽君くんなどを富とませるための戦役せんえきが多おおかった。

最もっとも大おおきな評価ひょうかは白しろ起おこりの登用とうよう・重用じゅうようである。宰相さいしょう魏ぎ冄・将軍しょうぐん白しろ起おこりの秦はたの内外ないがいの両輪りょうりんは当時とうじ無敵むてきであり、特とくに白しろ起おこりは常勝じょうしょうであった。宰相さいしょう魏ぎ冄の内政ないせい・外征がいせいは、公私こうし混同こんどうではあったが、他国たこくの力ちからを大おおきく削けずり、秦はたの国力こくりょくを大おおきく肥大ひだいさせた。

『史記しき』穣みのる侯こう列伝れつでんでは、「黄河こうがの中流ちゅうりゅうとその向むこうの山地さんちをとりこみ、大だい梁はりの都とを包囲ほういして、諸侯しょこうたちが手てを縮ちぢめ、秦はたに仕つかえるようになったのは、魏ぎ冄の功こうであった。ゆえに穣みのる侯こう列伝れつでん第だい十じゅう二にを作つくる」と列伝れつでんの12巻かんに「穣みのる侯こう列伝れつでん」として取とり上あげられている。司馬しば遷は列伝れつでんに「貴き賤を問とわず、正義せいぎを保持ほじし、ひとに屈こごめせず、機きを失うしなわずして世よにあらわれた人々ひとびと」を取とり上あげており、列伝れつでん70巻かんのうち比較的ひかくてき最初さいしょの方ほうに取とり上あげていることから、司馬しば遷の評価ひょうかは高たかかったと思おもわれる。