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標準モルエントロピー - Wikipedia

標準ひょうじゅんモルエントロピー

標準ひょうじゅん圧力あつりょくにおける理想りそうてきあるいは仮想かそうてき状態じょうたいの、物質ぶっしつ1モルたりのエントロピー

標準ひょうじゅんモルエントロピー(ひょうじゅんモルエントロピー、英語えいご: standard molar entropy)とは、標準ひょうじゅん圧力あつりょくにおける理想りそうてきあるいは仮想かそうてき状態じょうたいの、物質ぶっしつ1モルたりのエントロピーである。標準ひょうじゅん圧力あつりょく P° としては、1気圧きあつ伝統でんとうてきもちいられているが、1980年代ねんだい以降いこう編纂へんさんされたデータしゅうには1バールすなわち 105 Pa採用さいようしているものもある。標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m温度おんど依存いぞんして変化へんかするので、たとえば 298 K における標準ひょうじゅんモルエントロピーであれば S°m, 298S°m(298 K) のようにすう温度おんどあらわす。温度おんど明示めいじされていない場合ばあいは、298.15 K すなわち 25 ℃ におけるであることがおおい。

ねつ力学りきがくだいさん法則ほうそくにより、じゅん物質ぶっしつ絶対ぜったいれいにおける完全かんぜん結晶けっしょうのエントロピーは0であることから、物質ぶっしつ絶対ぜったいエントロピーをもとめることが可能かのうとなる。

標準ひょうじゅんモルエントロピーの算出さんしゅつ

編集へんしゅう

定圧ていあつモル熱容量ねつようりょうより

編集へんしゅう

じゅん物質ぶっしつ固体こたい液体えきたい

編集へんしゅう

純粋じゅんすい固体こたい絶対ぜったいれいから絶対温度ぜったいおんど T まで加熱かねつする場合ばあいかんがえる。あい転移てんいがこの温度おんど範囲はんいおこらなければ、温度おんど T圧力あつりょく P における物質ぶっしつのモルエントロピーSm(T, P) は温度おんど T ' < T圧力あつりょく P におけるこの固体こたい定圧ていあつモル熱容量ねつようりょう CP,m(solid; T ', P) と以下いか関係かんけいがある[1]

 

ねつ力学りきがくだいさん法則ほうそくにより、絶対ぜったいれいにおける完全かんぜん結晶けっしょうのエントロピーは、任意にんい圧力あつりょく P において S(0, P) = 0 である。したがって、絶対ぜったいれいにおいて完全かんぜん結晶けっしょうとなり、かつ絶対ぜったいれいから温度おんど T までのあいだあい転移てんいがない固体こたい温度おんど T における標準ひょうじゅんモルエントロピーは以下いかしきもとめられる。

 

絶対ぜったいれいから温度おんど T までのあいだあい転移てんい存在そんざいする場合ばあいは、あい転移てんいエントロピー変化へんか  加算かさんしなければならない。

 

一般いっぱんには、絶対ぜったいれいから温度おんど T までのあいだふくすうかいあい転移てんいこりうるので、一般いっぱんしき

 

となる。ただし Ttr,i は、標準ひょうじゅん圧力あつりょく P° のもとで絶対ぜったいれいから温度おんど T までじゅん静的せいてき固体こたい加熱かねつしたときあい転移てんいこる i ばん温度おんどであり、  は、i ばんあい転移てんいのモルエンタルピー変化へんかである。絶対ぜったいれいから温度おんど Tいたるまであい転移てんい存在そんざいしない場合ばあいは、うえしきだいこう寄与きよはゼロである。複数ふくすうあい転移てんい存在そんざいする場合ばあいは、それぞれのあい転移てんいについてあい転移てんいエントロピー変化へんか  加算かさんしなければならない。

絶対ぜったいれいまで冷却れいきゃくすると完全かんぜん結晶けっしょうとなる温度おんど T液体えきたい場合ばあいは、融点ゆうてん Tfus における融解ゆうかいエントロピー変化へんか  加算かさんしなければならない。

 

以上いじょうのことからじゅん物質ぶっしつ固体こたい液体えきたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(T) は、絶対ぜったいれいから温度おんど Tいたるまでの定圧ていあつモル熱容量ねつようりょう CP,m と、温度おんど T よりひく温度おんどにあるすべてのあい転移てんいてん潜熱せんねつから算出さんしゅつできることがかる。

じゅん物質ぶっしつ気体きたい

編集へんしゅう

絶対ぜったいれいまで冷却れいきゃくすると完全かんぜん結晶けっしょうとなる温度おんど T気体きたい場合ばあいは、まず沸点ふってん Tboil における蒸発じょうはつエントロピー変化へんか  加算かさんしなければならない。

 

気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピーをもとめるには、さらに気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいをしなければならない。なぜなら、気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピーは、0 < P < P°圧力あつりょく範囲はんいで、理想りそう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしきしたが仮想かそうてき気体きたいのモルエントロピーとして定義ていぎされているからである。マクスウェルの関係かんけいしきより任意にんい気体きたいについて

 

つ。とくに 0 < P < P°圧力あつりょく範囲はんい理想りそう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき  したが仮想かそうてき気体きたいについては、   なので

 

となる。よって、気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(gas; T)標準ひょうじゅん圧力あつりょく気体きたいのモルエントロピー Sm(gas; T, P°)関係かんけい

 

あらわされる。ここで低圧ていあつ極限きょくげん P → 0 において

 

仮定かていするなら、気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいするこう

 

となり、気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(gas; T)液体えきたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(liquid; T)関係かんけい

 

となる。

以上いじょうのことからじゅん物質ぶっしつ気体きたい標準ひょうじゅん圧力あつりょくにおけるモルエントロピー Sm(T, P°) は、沸点ふってん Tboil または昇華しょうかてん Tsub における液体えきたいまたは固体こたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(liquid; Tboil) または S°m(solid; Tsub) と、蒸発じょうはつねつまたは昇華しょうかねつと、沸点ふってんまたは昇華しょうかてんから温度おんど Tいたるまでの定圧ていあつモル熱容量ねつようりょう CP,m から算出さんしゅつできることがかる。標準ひょうじゅん圧力あつりょくにおけるモルエントロピー Sm(T, P°)気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいをすることで、気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(T)もとまる。

気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせい見積みつも

編集へんしゅう

フッ水素すいそのようなしょうちゅうりょうたいないし多量たりょうたい形成けいせいする分子ぶんし例外れいがいとしてのぞけば、常温じょうおんつねあつでは実在じつざい気体きたい理想りそう気体きたいからのずれはちいさい。そこで実在じつざい気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしきビリアル展開てんかいすると、気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいするこう近似きんじてきもとめることができる。すなわち、標準ひょうじゅん圧力あつりょくよりひく圧力あつりょくにおいて実在じつざい気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき

 

近似きんじすると、気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいするこう

 

となり、だいビリアル係数けいすう BV(T) であらわすことができる。だいビリアル係数けいすうは、ファンデルワールス定数ていすう a, bもちいると BV(T) = ba/RTあらわされるので、a 〜 500 × 10−3 Pa m6mol−2 であれば気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいするこうは、298 K では

 

程度ていどおおきさである。低温ていおんでは、この補正ほせいこう温度おんどじょう反比例はんぴれいしておおきくなる。たとえば、ジオークらは窒素ちっそ沸点ふってん 77 K における補正ほせいこうを、ベルテローの状態じょうたい方程式ほうていしき臨界りんかい温度おんど臨界りんかい圧力あつりょく使つかって、0.92 J K−1mol−1見積みつもっている[2]

じゅん物質ぶっしつ蒸気じょうき

編集へんしゅう

標準ひょうじゅん圧力あつりょく温度おんど T において液体えきたいである物質ぶっしつ場合ばあいは、温度おんど T蒸気じょうき標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(gas; T)上述じょうじゅつ方法ほうほうもとめることはできない。この場合ばあいは、温度おんど Tえきしょう平衡へいこうにある蒸気じょうきのモルエントロピー Sm(gas; T, Pvap) から S°m(gas; T)もとめる。ただし Pvap温度おんど T における平衡へいこう蒸気じょうきあつである。蒸気じょうきのモルエントロピー Sm(gas; T, Pvap)蒸気じょうき平衡へいこうにある液体えきたいのモルエントロピー Sm(liq; T, Pvap) に、温度おんど T圧力あつりょく Pvapにおける蒸発じょうはつエントロピ—変化へんか加算かさんするともとめられる。

 

蒸気じょうき平衡へいこうにある液体えきたいのモルエントロピー Sm(liquid; T, Pvap) は、液体えきたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(liquid; T)

 

関係かんけいにある。ただし αあるふぁ(liquid; T, P) は温度おんど T圧力あつりょく P における液体えきたいねつ膨張ぼうちょうりつである。蒸気じょうき標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(gas; T)平衡へいこう蒸気じょうきあつ蒸気じょうきのモルエントロピー Sm(gas; T, Pvap)関係かんけいは、標準ひょうじゅん圧力あつりょく気体きたいのモルエントロピー Sm(gas; T, P°) から気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(gas; T)もとめたときおなじようにかんがえると

 

となる。これらの3しきをまとめると蒸気じょうき標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(gas; T)

 

となる。ただし、液体えきたいのモル体積たいせきねつ膨張ぼうちょうりつ圧力あつりょく依存いぞんせい無視むしした。また気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいは、さき同様どうように、ビリアル展開てんかいだいこうっている。液体えきたいのモル体積たいせきねつ膨張ぼうちょうりつをそれぞれ Vm(liquid) 〜 100 cm3mol−1, αあるふぁ(liquid) 〜 10−3 K−1 とすれば

 

であり、また PvapP°/10 であれば、気体きたい不完全性ふかんぜんせい補正ほせいは 0.01 J K−1mol−1 以下いかとなり、これらふたつのこう標準ひょうじゅんモルエントロピーへの寄与きよちいさい。よってこれらふたつのこう無視むしする近似きんじで、蒸気じょうき標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(gas; T)

 

算出さんしゅつされる。

たとえば、298.15 K の水蒸気すいじょうきであれば

 

となる。

以上いじょうのことからじゅん物質ぶっしつ蒸気じょうき標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(T) は、温度おんど T における液体えきたいまたは固体こたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(liquid; T) または S°m(solid; T) と、その温度おんどにおける蒸発じょうはつねつまたは昇華しょうかねつと、平衡へいこう蒸気じょうきあつからよい精度せいど算出さんしゅつできることがかる。よりよい精度せいど標準ひょうじゅんモルエントロピーを算出さんしゅつするには、液体えきたい密度みつどねつ膨張ぼうちょうりつ、および蒸気じょうき不完全性ふかんぜんせい補正ほせい必要ひつようになる。

統計とうけい力学りきがくてき計算けいさん

編集へんしゅう

気体きたいのモルエントロピーは分子ぶんし構造こうぞうおよびかくエネルギーじゅんより統計とうけい力学りきがくてき算出さんしゅつすることも可能かのうである。統計とうけい力学りきがくてき算出さんしゅつしたエントロピーを、統計とうけいてきエントロピーえい: statistical entropy)または統計とうけい力学りきがくてきエントロピーという。計算けいさんもちいる分子ぶんし構造こうぞうおよびかくエネルギーじゅんは、あかがい分光ぶんこうほうマイクロ分光ぶんこうほうなどの分子ぶんし分光ぶんこうほうよりられる。そのため、統計とうけい力学りきがくてき算出さんしゅつした理想りそう気体きたいのモルエントロピーを分光ぶんこうがくてきエントロピーえい: spectroscopic entropy)ともいう。それにたいして、ねつ力学りきがくだいさん法則ほうそくもとづいて熱容量ねつようりょう測定そくていなどのねつ測定そくていから算出さんしゅつしたエントロピーを、だいさん法則ほうそくエントロピーえい: third law entropy)またははかねつてきエントロピーえい: calorimetric entropy)という。

このふしでは、標準ひょうじゅん圧力あつりょく P° における理想りそう気体きたいのモルエントロピー Sm(T, P°)、すなわち気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピー S°m(T) を、分光ぶんこうがくてきデータから算出さんしゅつする方法ほうほうについてべる。

理想りそう気体きたいのエントロピーは、気体きたい独立どくりつ並進へいしん運動うんどうするおな種類しゅるい粒子りゅうしあつまりであり、かつ粒子りゅうしあいだには相互そうご作用さようはたらかない、と仮定かていすると統計とうけい力学りきがくてき算出さんしゅつできる。粒子りゅうしあいだ相互そうご作用さようはたらかないとするなら、気体きたいのモルエントロピー Sm(T, P°) は、粒子りゅうし並進へいしん運動うんどうによるこう粒子りゅうし内部ないぶ自由じゆうによるこうとしてあらわされる。

 

粒子りゅうし内部ないぶ自由じゆうによるこう Sm,internal(T)圧力あつりょくにはらず、温度おんど分光ぶんこう測定そくていからもとめられる1個いっこ粒子りゅうし性質せいしつだけでまる。粒子りゅうし原子げんしたん原子げんしイオンの場合ばあいは、内部ないぶ自由じゆう電子でんしによるものだけなので、原子げんし分光ぶんこうほうにより電子でんし状態じょうたいられていれば、Sm,internal(T)算出さんしゅつすることができる。粒子りゅうし分子ぶんし原子げんしイオンの場合ばあいは、内部ないぶ自由じゆうによるこう Sm,internal(T)電子でんし状態じょうたいによるこう分子ぶんし振動しんどうによるこう分子ぶんし回転かいてんによるこう分割ぶんかつして計算けいさんする(ボルン–オッペンハイマー近似きんじ)。

 

粒子りゅうし並進へいしん運動うんどうによるこう Sm,trans(T, P°) は、粒子りゅうし性質せいしつ詳細しょうさいにはらない。温度おんど圧力あつりょくくわえて、粒子りゅうし質量しつりょうにのみ依存いぞんするこうである。

並進へいしんエントロピー

編集へんしゅう

理想りそう気体きたい並進へいしんエントロピーは以下いかのようになる。ここでR気体きたい定数ていすうm粒子りゅうし質量しつりょうkボルツマン定数ていすうhプランク定数ていすうVm理想りそう気体きたいのモル体積たいせきNAアボガドロ定数ていすうである。極端きょくたん高温こうおんでなければ、Mg, Ca などのだい2ぞく元素げんそ、Hg などのだい12ぞく元素げんそ、および Ne, Ar などのだい18ぞく元素げんそたん原子げんし気体きたい標準ひょうじゅんモルエントロピーはこれでもとまる[3]ナトリウムイオン塩化えんかぶつイオンなどの、閉殻イオンのしょう標準ひょうじゅんモルエントロピーについても同様どうようである。

 

この理論りろんしき1912ねんにO. SackurとH. Tetrodeによりみちびかれたもので、サッカー・テトロードのしきという。ただしこのしき古典こてん統計とうけい力学りきがく近似きんじもちいてみちびかれたしきであり、対数たいすう関数かんすうすうが1より充分じゅうぶんおおきくなる高温こうおん[4]

 

において成立せいりつする。これが1にちかくなるようなごく低温ていおんにおいては、粒子りゅうし統計とうけいてき性質せいしつ無視むしできなくなり、古典こてん理想りそう気体きたい理想りそうフェルミ気体きたいまたは理想りそうボース気体きたい移行いこうする。

サッカー・テトロードのしきVm = NAkT/P°m = Mmu代入だいにゅうすると以下いかのようにえられ、絶対温度ぜったいおんど T標準ひょうじゅん圧力あつりょく P° および 分子ぶんしりょう M代入だいにゅうすると並進へいしんエントロピーがもとまる。ここで  サッカー・テトロード定数ていすう相当そうとうする。また分子ぶんしりょう M は、相対そうたい分子ぶんし質量しつりょうともばれる次元じげんりょうで、1個いっこ分子ぶんし質量しつりょう統一とういつ原子げんし質量しつりょう単位たんいったものにひとしい。

 

温度おんど T = 298.15 K、標準ひょうじゅん圧力あつりょく P° = 105 Pa の場合ばあい

 

である。たとえばM = 4.003 のヘリウムであれば 126.16 J K−1mol−1M = 200.6 の水銀すいぎん蒸気じょうきであれば 174.97 J K−1mol−1 となる。

サッカー・テトロードのしき成立せいりつする条件じょうけん標準ひょうじゅん圧力あつりょく P°分子ぶんしりょうたん原子げんし気体きたい場合ばあい原子げんしりょうMあらわすと

 

となる。このしきからM = 4 のヘリウムであっても T ≫ 2 K であれば充分じゅうぶん高温こうおんであることがわかる。

回転かいてんエントロピー

編集へんしゅう

分子ぶんし原子げんしイオンでは回転かいてんエントロピーの寄与きよくわわる。標準ひょうじゅんモルエントロピーの計算けいさんでは、まず、回転かいてん運動うんどうはげしくなっても遠心えんしんりょくなどによる分子ぶんし変形へんけいはないと仮定かていして回転かいてんじゅんもとめる(剛体ごうたい回転子かいてんし近似きんじ)。さらに回転かいてんじゅんから回転かいてん分配ぶんぱい関数かんすう計算けいさんするさいに、回転かいてん量子りょうしすう Jかんする積分せきぶんえる近似きんじをする(高温こうおん近似きんじ)。

原子げんし分子ぶんし二酸化炭素にさんかたんそ CO2 などの直線ちょくせん分子ぶんし直線ちょくせんがた原子げんしイオンの回転かいてんエントロピーはつぎしきあたえられる。 ここで 分子ぶんし慣性かんせいモーメント 分子ぶんし対称たいしょうすうである。

 

対称たいしょうすう   は、とうかく原子げんし分子ぶんしや CO2 のような対称たいしょう直線ちょくせん分子ぶんしでは   = 2 であり、かく原子げんし分子ぶんし一酸化いっさんか窒素ちっそ N2O のような非対称ひたいしょう直線ちょくせん分子ぶんしでは   = 1 である。温度おんど T = 298.15 K の場合ばあい

 

となる。たとえばフッ素ふっそ分子ぶんし F2 であれば、  = 31.7×10−47 kg m2  = 2 だから、回転かいてんエントロピーは 47.93 J K−1mol−1 である。

積分せきぶんえる近似きんじ

 

であれば近似きんじとなる(高温こうおん近似きんじ)。よって温度おんど T 〜 300 K であれば

 

分子ぶんしたいしては近似きんじである。おおくの直線ちょくせん分子ぶんし慣性かんせいモーメントは 13×10−47 kg m2 よりおおきいので、ごく低温ていおんでないかぎり高温こうおん近似きんじ近似きんじである。もっとちいさな慣性かんせいモーメント   = 0.472×10−47 kg m2水素すいそ分子ぶんし H2 でも、室温しつおん以上いじょうでは高温こうおん近似きんじ回転かいてんエントロピーを算出さんしゅつできる。室温しつおん以下いかでの水素すいそ分子ぶんしのエントロピーの計算けいさんは、高温こうおん近似きんじ破綻はたんすることにくわえて、かくスピン異性いせいたいについても考慮こうりょしなければならないので、分子ぶんしよりもずっと複雑ふくざつ計算けいさんになる。

直線ちょくせん分子ぶんしでは回転かいてんエントロピーは以下いかのようにあらわされ、ここで   たがいに直交ちょっこうするかく主軸しゅじく慣性かんせいモーメントである。

 

直線ちょくせん分子ぶんし対称たいしょうすう   は、分子ぶんしぞくするてんぐんふくまれる回転かいてん操作そうさ(360°回転かいてんである恒等こうとう操作そうさふくむ)のかずひとしい。すなわち、かがみうつ操作そうさ反転はんてん操作そうさかいうつ操作そうさふくまないてんぐんでは対称たいしょうすう  てんぐんすうひとしく、これらの操作そうさをひとつでもふくてんぐんではすう半分はんぶんである。たとえばてんぐん C2Vぞくする H2O では   = 2 であり、てんぐん C3Vぞくする NH3 では   = 3 である。てんぐん D6Hぞくする C6H6 では分子ぶんしめん垂直すいちょくな6かい回転かいてんじくくわえて分子ぶんしめんないに2かい回転かいてんじくが6ほんあるので   = 12 である。CH4 のようなせいよん面体めんてい分子ぶんしてんぐん Tdぞくするので、指標しひょうひょうから   = 1 + 8 + 3 = 12 であることがかり、SF6 のようなせいはち面体めんてい分子ぶんしてんぐん Oh指標しひょうひょうから   = 1 + 8 + 6 + 6 + 3 = 24 であることがわかる。

温度おんど T = 298.15 K の場合ばあい

 

となる。たとえば水分すいぶん H2O であれば、  = 5.84×10−47×3 kg3 m6  = 22 = 4 だから、回転かいてんエントロピーは 43.77 J K−1mol−1 である。

振動しんどうエントロピー

編集へんしゅう

原子げんしあいだ結合けつごうフックの法則ほうそくしたがうバネとみなすなら、分子ぶんし振動しんどうシュレーディンガー方程式ほうていしき解析かいせきてきける(調和ちょうわ振動しんどう近似きんじ)。この近似きんじによりられた分子ぶんし振動しんどうじゅん使つかうと振動しんどう分配ぶんぱい関数かんすうおよび振動しんどうエントロピーを解析かいせきてきかたちくことができる。振動しんどうエントロピーの計算けいさん必要ひつよう振動しんどうじゅんあいだのエネルギー間隔かんかくは、あかがい分光ぶんこうほうラマン分光ぶんこうほうにより測定そくていされる、分子ぶんし振動しんどうスペクトルからもとめられる。

原子げんし分子ぶんし振動しんどうエントロピーの寄与きよ以下いかのようになる。ここでe自然しぜん対数たいすうそこ あらわし、 振動しんどう波数はすうを、cひかりはやさをあらわす。

 

この振動しんどうエントロピーの寄与きよが 0.01 J K−1mol−1 よりおおきくなるのは   < 9.0 のときである。よって

 

であれば、振動しんどうエントロピーの寄与きよ無視むしできるほどちいさい。

温度おんど T 〜 300 K の場合ばあいは、このしき

 

となるから、分子ぶんし振動しんどう波数はすう  > 1900 cm−1 のときには、振動しんどうエントロピーは室温しつおんでは無視むしできるほどちいさいことがわかる。たとえば、  = 2143 cm−1一酸化いっさんか炭素たんそ分子ぶんし CO について計算けいさんすると 0.003 J K−1mol−1 となりたしかにちいさい。それにたいして   = 554 cm−1塩素えんそ分子ぶんし Cl2 では 2.24 J K−1mol−1 となり、ちいさいが無視むしできない程度ていど寄与きよをする。

原子げんし分子ぶんし場合ばあいは、分子ぶんしが n 原子げんしから構成こうせいされているとすると、基準きじゅん振動しんどうかずは 3n-6(直線ちょくせん分子ぶんしのときは 3n-5)となる。原子げんし分子ぶんし場合ばあい同様どうよう調和ちょうわ振動しんどう近似きんじ使つかうと、振動しんどうエントロピーの寄与きよ以下いかのようになる。ここで   であり、  は i ばん基準きじゅん振動しんどう波数はすうあらわす。  くみ  あらわす。

 

原子げんし分子ぶんし振動しんどうには、結合けつごう距離きょりちぢみする伸縮しんしゅく振動しんどうのほかに、結合けつごうかくひろがったりせばまったりする振動しんどうねじれかく二面ふたおもてかく変化へんかする振動しんどうなどのへんかく振動しんどう存在そんざいする。へんかく振動しんどう波数はすう伸縮しんしゅく振動しんどう波数はすうよりも普通ふつうちいさいので、へんかく振動しんどうによるエントロピーへの寄与きよ伸縮しんしゅく振動しんどうのそれよりもおおきくなる。たとえば二酸化にさんか硫黄いおう SO2 では、  = {1362, 1151, 518} cm−1 であり、へんかく振動しんどう波数はすう 518 cm−1伸縮しんしゅく振動しんどう波数はすう半分はんぶん以下いかである。298.15 K では   = {6.57, 5.55, 2.50} となり、SO2振動しんどうエントロピー 2.87 J K−1mol−1 のうち 90% がへんかく振動しんどう寄与きよである。直線ちょくせん分子ぶんしである CO2 では、  = {2349, 1333, 667, 667} cm−1 であり、667 cm−1へんかく振動しんどうじゅう縮退しゅくたいしている。これらの振動しんどう波数はすうから 298.15 K の CO2振動しんどうエントロピーは 3.01 J K−1mol−1算出さんしゅつされ、そのうちの 97% はへんかく振動しんどう寄与きよである。

原子げんし分子ぶんし基準きじゅん振動しんどうかず原子げんしすう n に比例ひれいするため、振動しんどうエントロピーも n に比例ひれいしておおきくなる。たとえば12原子げんしからなるベンゼン分子ぶんし C6H6基準きじゅん振動しんどうかずは 3 × 12 - 6 = 30 であるので、ベンゼンの振動しんどうエントロピーは30こうあらわされる。振動しんどうスペクトルからられた波数はすうから 298.15 K の C6H6振動しんどうエントロピーを算出さんしゅつすると 19.24 J K−1mol−1 となる。この原子げんし分子ぶんしさん原子げんし分子ぶんし典型てんけいてき振動しんどうエントロピーよりも桁違けたちがいにおおきい。

電子でんしエントロピー

編集へんしゅう

室温しつおんまたはそれ以下いか温度おんどでは、電子でんし励起れいき状態じょうたいのエントロピーへの寄与きよ無視むしできることがおおい。このとき、電子でんし状態じょうたいのエントロピーへの寄与きよ温度おんどらない定数ていすうとなり、つぎしきあたえられる。

 

ここで g0電子でんし基底きてい状態じょうたい縮退しゅくたいである。たとえばまれガスだい2ぞく元素げんそおよびだい12ぞく元素げんそたん原子げんし気体きたい)など、原子げんし基底きてい状態じょうたい1S であるものは g0 = 1 であり、電子でんしエントロピーはゼロである。だい1ぞく元素げんそおよびだい11ぞく元素げんそたん原子げんし気体きたい)など基底きてい状態じょうたい2S であるものは g0 = 2 より、電子でんしエントロピーは 5.76 J K−1mol−1 となる。一般いっぱんに、電子でんし励起れいき状態じょうたいからの寄与きよ無視むしできて、かつ、電子でんし基底きてい状態じょうたい軌道きどうかく運動うんどうりょうがゼロである場合ばあい電子でんしエントロピーは

 

もとめられる。ここで 2S + 1 は原子げんし、イオンまたは分子ぶんし基底きてい状態じょうたいスピン多重たじゅうである。閉殻原子げんし、イオンおよび分子ぶんしたい電子でんしたないため、これら閉殻の化学かがくしゅのスピン多重たじゅうは 1 であり、また軌道きどうかく運動うんどうりょうはゼロである。さらに、閉殻の電子でんし配置はいち励起れいきするのに必要ひつようなエネルギーはきわめておおきいので、室温しつおんまたはそれ以下いか温度おんどではこれらの化学かがくしゅ事実じじつじょうすべて電子でんし基底きてい状態じょうたいにある。よって、閉殻の原子げんし、イオンおよび分子ぶんしでは、電子でんしエントロピーはゼロである。

化学かがくてき興味きょうみのある分子ぶんしのほとんどは、たい電子でんしたないため Sm,elec = 0 である。たい電子でんし分子ぶんし場合ばあいは、そのほとんどすべての場合ばあいにおいて軌道きどうかく運動うんどうりょうたない[5]ので、電子でんしエントロピーは Sm,elec = R ln (2S + 1)あたえられる。たとえば 二酸化にさんか窒素ちっそ NO2 のように、たい電子でんしをひとつだけ分子ぶんしでは 2S + 1 = 2 なので、Sm,elec = 5.76 J K−1mol−1 となる。たい電子でんしをふたつ酸素さんそ分子ぶんし O2基底きてい状態じょうたいはスピンさんじゅうこうなので、酸素さんそでは Sm,elec = 9.13 J K−1mol−1 となる。

軌道きどうかく運動うんどうりょうがゼロでない原子げんし場合ばあいは、スピン軌道きどう相互そうご作用さようにより基底きてい状態じょうたい縮退しゅくたい部分ぶぶんてきけるため、電子でんしエントロピーの計算けいさん複雑ふくざつになる。たとえばだい14ぞく元素げんそ原子げんし基底きてい状態じょうたいは、さいそとから電子でんし配置はいちが s2p2 だから、フントの規則きそくにより 3P となる。スピン軌道きどう相互そうご作用さよう無視むしする近似きんじでは、この基底きてい状態じょうたいは9じゅう縮退しゅくたいしているので Sm,elec = R ln 9 = 18.27 J K−1mol−1 になる。スピン軌道きどう相互そうご作用さよう考慮こうりょすると 3P は、3P0, 3P1, 3P2分裂ぶんれつする。だい14ぞく元素げんそ原子げんしでは、3P0基底きてい状態じょうたいとなるので、g0 = 1 であり、スピン軌道きどう相互そうご作用さよう十分じゅうぶんおおきくなると電子でんしエントロピーはゼロになると予想よそうされる。スピン軌道きどう相互そうご作用さよう原子げんしおもくなるほどおおきくなることから、したがって、C, Si, Ge, Sn, Pb と周期しゅうきひょうがるにつれて電子でんし状態じょうたい寄与きよR ln 9 からゼロへとちかづくとかんがえられる。以下いかしめすように、この予想よそうただしい。

一般いっぱんに、電子でんし励起れいき状態じょうたいからの寄与きよ無視むしできない場合ばあいには、電子でんしエントロピーは温度おんど関数かんすうとなり、つぎしきあたえられる。

 

ここで Qelec(T)電子でんし状態じょうたい分配ぶんぱい関数かんすうであり、i ばん励起れいき状態じょうたい縮退しゅくたいgi , 基底きてい状態じょうたいとのエネルギーΔでるたi としてつぎしきあたえられる。

 

ここで i = 0 は基底きてい状態じょうたいであり Δでるた0 = 0 である。g0基底きてい状態じょうたい縮退しゅくたいあらわす。たとえばだい14ぞく元素げんそ原子げんしについて、3P0, 3P1, 3P2さんじゅんかんがえた場合ばあい

 

となる。ここで εいぷしろん0, εいぷしろん1, εいぷしろん2 はそれぞれ 3P0, 3P1, 3P2 のエネルギーじゅんである。このしき原子げんしスペクトルからられる εいぷしろん1 - εいぷしろん0εいぷしろん2 - εいぷしろん0代入だいにゅうして、298.15 K における電子でんし状態じょうたいのエントロピーへの寄与きよ計算けいさんすると、C, Si, Ge, Sn, Pb にたいしてそれぞれ 18.24, 17.53, 5.61, 0.07, 0.00 J K−1mol−1 となる。炭素たんそ原子げんしSm,elec は、ほぼ R ln 9 であってスピン軌道きどう相互そうご作用さよう無視むししたときのちかい。それにたいしてなまり原子げんしでは、電子でんし励起れいき状態じょうたいからの寄与きよ室温しつおんでは完全かんぜん無視むしできることがわかる。

ねつ化学かがくにおける関係かんけいしき

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ギブス自由じゆうエネルギー変化へんかエンタルピー変化へんかあいだには以下いか関係かんけいがある。

 

標準ひょうじゅん状態じょうたい(298.15 K, 105 Pa)では以下いかのようになる。

 

ここでエントロピー変化へんかΔでるたS生成せいせいけいかく物質ぶっしつのモルエントロピーの合計ごうけいと、反応はんのうけいかく物質ぶっしつのモルエントロピーの合計ごうけいである。

 

たとえばみず液体えきたい)の標準ひょうじゅん生成せいせいエントロピー変化へんか ΔでるたfSº は以下いかのようにもとめられる。

 

みず標準ひょうじゅん生成せいせいエンタルピー変化へんかΔでるたfHº = −285.83 kJ mol−1 であり、これより標準ひょうじゅん生成せいせいギブス自由じゆうエネルギー変化へんか ΔでるたfGº をもとめることができる。

 

おも物質ぶっしつ標準ひょうじゅんモルエントロピー

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かく物質ぶっしつ標準ひょうじゅんモルエントロピーは、標準ひょうじゅん生成せいせいエンタルピー変化へんかおよび標準ひょうじゅん生成せいせいギブス自由じゆうエネルギー変化へんかとも以下いか文献ぶんけんにまとめられ、そのうち一部いちぶは『化学かがく便覧びんらん』などにも掲載けいさいされている。

  • D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982).

水溶液すいようえきちゅうのイオンについてはつねイオンおよびかげイオン合計ごうけいとして測定そくていされるため、単独たんどくイオンのモルエントロピーは水素すいそイオンを0とし、無限むげん希釈きしゃく状態じょうたいである仮想かそうてきな1 mol kg−1理想りそう溶液ようえき状態じょうたいとする。

おも物質ぶっしつ標準ひょうじゅんモルエントロピー Sº
物質ぶっしつ 化学かがくしき Sº / J mol−1K−1
たん原子げんし分子ぶんし ヘリウム He(g) 126.150
ネオン Ne(g) 146.328
水素すいそ原子げんし H(g) 114.713
酸素さんそ原子げんし O(g) 161.055
ナトリウム原子げんし Na(g) 153.712
原子げんし分子ぶんし 水素すいそ分子ぶんし H2(g) 130.684
酸素さんそ分子ぶんし O2(g) 205.138
フッ水素すいそ HF(g) 173.779
塩化えんか水素すいそ HCl(g) 186.908
原子げんし分子ぶんし 水蒸気すいじょうき H2O(g) 188.825
アンモニア NH3(g) 192.45
メタン CH4(g) 186.264
液体えきたい, 固体こたい みず H2O(l) 69.91
水酸化すいさんかナトリウム NaOH(s) 64.455
塩化えんかナトリウム NaCl(s) 72.13
イオン (水溶液すいようえき) 水素すいそイオン H+(aq) 0
水酸化物すいさんかぶつイオン OH(aq) −10.75
ナトリウムイオン Na+(aq) 59.0
塩化えんかぶつイオン Cl(aq) 56.5

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ N. O. Smithちょ大竹おおたけつたえゆう寺西てらにしいちろうやく 『化学かがくねつ力学りきがく-演習えんしゅうによるアプローチ-』 東京とうきょう化学かがく同人どうじん、1971ねん
  2. ^ W. F. Giauque, J. O. Clayton, J. Am. Chem. Soc. 55, 4875-4889 (1933).
  3. ^ Gordon M. Barrowちょ藤代ふじしろ亮一りょういちやく 『バーロー 物理ぶつり化学かがく』 だい4はん東京とうきょう化学かがく同人どうじん、1981ねん
  4. ^ 古典こてん理想りそう気体きたい状態じょうたい方程式ほうていしき PVm = RT程度ていど温度おんどであればよい。
  5. ^ られた分子ぶんしなかでは一酸化いっさんか窒素ちっそ NO が、例外れいがいてきにゼロでない軌道きどうかく運動うんどうりょうつ。

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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