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ベルリン-レールテ線 せん
基本 きほん 情報 じょうほう 国 くに
ドイツ 起点 きてん
ベルリン 終点 しゅうてん
レールテ 路線 ろせん 番号 ばんごう
204、301、300、349 開業 かいぎょう
1870年 ねん 運営 うんえい 者 しゃ
ドイツ鉄道 てつどう 路線 ろせん 諸 しょ 元 もと 路線 ろせん 距離 きょり
239.3 km 軌間 きかん
1,435 mm 線路 せんろ 数 すう
複線 ふくせん (ベルリン中央 ちゅうおう 駅 えき - ベルリン=シュパンダウ駅 えき 、エービスフェルデ駅 えき - レールテ駅 えき )単線 たんせん (ベルリン=シュパンダウ駅 えき - エービスフェルデ駅 えき ) 電化 でんか 方式 ほうしき
交流 こうりゅう 15,000V 16.7Hz へるつ (ベルリン中央 ちゅうおう 駅 えき - ヴスターマルク駅 えき 、フォルスフェルデ駅 えき - レールテ駅 えき ) 最高 さいこう 速度 そくど
200 km/h テンプレートを表示 ひょうじ
停車場 ていしゃじょう ・施設 しせつ ・接続 せつぞく 路線 ろせん
ハノーファー-ブラウンシュヴァイク線 せん 、ツェレ - レールテ線 せん
239.3
レールテ
ヒルデスハイム方面 ほうめん
231.1
イメンゼン=アルプケー
223.9
ドルベルゲン
フーゼ川 がわ
219.7
デーデンハウゼン
213.7
マイネルゼン
オーカー川 かわ
206.3
ライフェルデ(ギフホルン近郊 きんこう )
ブラウンシュヴァイク - ヴィーレン線 せん
198.4
ギフホルン
ブラウンシュヴァイク - ヴィーレン線 せん
192.1
カルボベルラー
Mittellandkanal
von Wedel
185.6
ヴォルフスブルク・ファラースレーベン
180.9
ヴォルフスブルク中央 ちゅうおう 駅 えき
アラー川 がわ , ↑DE-NI / DE-ST ↓
167.3
オェービスフェルデ
nach Haldensieban
Mittellandkanal (108 m)
157.7
ミーステルホルスト
151.6
ミーステ
145.2
ゾルプケ
137.5
ガルデーレーゲン、両 りょう 渡 わた り線 せん
旧 きゅう ハルデンスレーベン - ガルデーレーゲン線 せん
131.4
イェーベーニッツ
124.0
ウッフトシュプリンゲ
117.8
ヴィンツェルベルク
112.4
モェーリンゲン
高速 こうそく 線 せん
ユールツェン - シュテンダール線 せん 、マグデブルク - ヴィッテンベルゲ線 せん
105.1
シュテンダール中央 ちゅうおう 駅 えき
Alstom (AW Stendal), ehem. nach Borstel
マグデブルク - ヴィッテンベルゲ線 せん
シュテンダール - タンゲルミュンデ線 せん
高速 こうそく 線 せん
97.1
ヘーメルテン
エルベ川 がわ
92.3
ショェンハウゼン(エルベ)
旧 きゅう ゲンティン - ショェンハウゼン線 せん
旧 きゅう ショェンハウゼン - ザンダウ線 せん
↑ザクセン=アンハルト州 しゅう / ブランデンブルク州 しゅう ↓
79.4
グロースヴーディケ
軍事 ぐんじ 戦略 せんりゃく 鉄道 てつどう
ハーフェル川 がわ
トロイエンリーツェン - ノイシュタット線 せん
70.9
ラテーノー
トロイエンリーツェン - ノイシュタット線 せん
60.7
ネンハウゼン
52.2
ブーショー
Osthavelländische Kreisbahnen
旧 きゅう ユーターボーク - ナウエン線 せん
30.4
ヴースターマルク
ハーフェル運河 うんが
ベルリン外 がい 環状 かんじょう 線 せん
26.3
エルスタール
ヴースターマルク操車 そうしゃ 場 じょう
22.2
ダルゴー=ドェーベーリッツ
18.5
旧 きゅう シュターケン
↑ブランデンブルク州 しゅう / ベルリン ↓
16.6
ベルリン・シュターケン
ベルリン - ハンブルク線 せん
14.4
シュパンダウ貨物 かもつ 駅 えき
12.7
ベルリン・シュパンダウ
ハーフェル川 がわ
ベルリン・シュトレソー
シュパンダウ軍用 ぐんよう 線 せん
Sバーン緩行 かんこう 線 せん
10.6
ベルリン・ルーレーベン貨物 かもつ 駅 えき
zur Stadtbahn
ベルリン・ヴィーゼンダム交差点 こうさてん
zur Berliner Ringbahn
旧 きゅう ベルリン・ジーメンスシュタット=フュルステンブルン
旧 きゅう ジーメンス線 せん
ベルリン環状 かんじょう 線 せん
シュプレー川 がわ
5.7
ベルリン・ユンフェルンハイデ
シャルロッテンブルク連結 れんけつ 運河 うんが
3.6
ベルリン・ボイセル街 がい 駅 えき
3.3
ベルリン・モアビット信号 しんごう 場 じょう
2.7
ベルリン西港 にしこう 駅 えき
ベルリン環状 かんじょう 線 せん
南北 なんぼく 長距離 ちょうきょり 線 せん トンネル
Sバーン緩行 かんこう 線 せん
0.0
ベルリン中央 ちゅうおう 駅 えき ベルリン市街 しがい 線 せん
0.0
旧 きゅう ベルリン・レールテ駅 えき
ベルリン南北線 なんぼくせん
ベルリン-レールテ線 せん (ベルリン-レールテせん、ドイツ語 ご : Bahnstrecke Berlin–Lehrte )とは、ドイツ連邦 れんぽう 共和 きょうわ 国 こく の首都 しゅと ベルリン のベルリン中央 ちゅうおう 駅 えき からブランデンブルク州 しゅう 、ザクセン=アンハルト州 しゅう を経 へ てニーダーザクセン州 しゅう レールテ のレールテ駅 えき に至 いた る全長 ぜんちょう 239.3kmのドイツ鉄道 てつどう の路線 ろせん である。レールテから先 さき はハノーファー-ブラウンシュヴァイク線 せん に直通 ちょくつう する。
マクデブルク-ハルバーシュタット鉄道 てつどう (ドイツ語 ご 版 ばん ) が開業 かいぎょう させ、1886年 ねん 7月 がつ 1日 にち に国有 こくゆう 化 か された。ベルリン側 がわ のターミナル駅 えき であった旧 きゅう レールテ駅 えき (現 げん ベルリン中央 ちゅうおう 駅 えき )は1958年 ねん に休止 きゅうし された。
ベルリン中央 ちゅうおう 駅 えき から西 にし に進 すす み、ベルリン西部 せいぶ のシュパンダウに向 む かう。シュパンダウから先 さき はラーテノウ、ステンダル、エービスフェルデ、ヴォルフスブルク 、ギフォルンを経 へ てレールテに至 いた る。レールテから先 さき はハノーファー-ブラウンシュヴァイク線 せん に乗 の り入 い れてハノーファーに向 む かう。
ハノーファー - エービスフェルデ間 あいだ はハノーファー-ベルリン高速 こうそく 線 せん の一部 いちぶ を構成 こうせい し、最高 さいこう 速度 そくど は200km/hである。エービスフェルデ - ベルリン間 あいだ は高速 こうそく 線 せん が平行 へいこう している区間 くかん である。ベルリン近郊 きんこう のヴスターマルク駅 えき からヴォルフスブルク近郊 きんこう のフォルスフェルデ駅 えき にかけての区間 くかん は非 ひ 電化 でんか である。そのため、長距離 ちょうきょり 旅客 りょかく 列車 れっしゃ は高速 こうそく 線 せん を経由 けいゆ する。
1867年 ねん にマクデブルク-ハルバーシュタット鉄道 てつどう が当 とう 線 せん およびステンダルからザルツヴェーデル経由 けいゆ でエルツェンに至 いた る支線 しせん の敷設 ふせつ 権 けん を取得 しゅとく した。ベルリンからハノーファーを経由 けいゆ してライン川 がわ 流域 りゅういき までを(従来 じゅうらい のポツダム 、マクデブルク 、ブラウンシュヴァイク を経由 けいゆ する路線 ろせん より)短距離 たんきょり で結 むす ぶ路線 ろせん となった。1870年 ねん 3月15日 にち にはステンダル - ザルツヴェーデル間 あいだ 、1871年 ねん 2月 がつ 1日 にち にはガルデレーゲン - ステンダル - シュパンダウ間 あいだ 、同年 どうねん 7月 がつ 15日 にち にはシュパンダウ -ベルリン間 あいだ 、11月1日 にち にはレールテ - ガルデレーゲン間 あいだ が開業 かいぎょう した[ 1] 。
1900年 ねん 当時 とうじ のレールテ駅 えき
1879年 ねん にはプロイセン 政府 せいふ によって国有 こくゆう 化 か され、プロイセン邦 くに 有 ゆう 鉄道 てつどう の一 いち 路線 ろせん となった。 ヴスターマルク - ナウエン間 あいだ を結 むす ぶユーターボーク-ナウエン線 せん の建設 けんせつ 、シュパンダウ駅 えき の改装 かいそう およびヴスターマルク操車 そうしゃ 場 じょう の使用 しよう 開始 かいし は第 だい 一 いち 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 前 まえ に行 おこな われ、ベルリン市内 しない では貨客分離 ぶんり が実現 じつげん した。
これらによってベルリンからハノーファー 、ルール地方 ちほう 、ブレーメン へ向 む かう重要 じゅうよう 路線 ろせん となった。しかしながら、第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 後 ご のドイツ分割 ぶんかつ に伴 ともな い、当 とう 線 せん を経由 けいゆ する長距離 ちょうきょり 旅客 りょかく 列車 れっしゃ の大 だい 部分 ぶぶん は運行 うんこう が行 おこな われなくなった。ソ連 それん 占領 せんりょう 区域 くいき では戦争 せんそう 賠償 ばいしょう により線路 せんろ の単線 たんせん 化 か や縮小 しゅくしょう が相次 あいつ ぎ、所要 しょよう 時間 じかん も延長 えんちょう されるようになった。これらの影響 えいきょう もあり、1952年 ねん にはベルリン・レールテ駅 えき の営業 えいぎょう が中止 ちゅうし された。
1976年 ねん には西 にし ドイツ本土 ほんど と西 にし ベルリン間 あいだ を結 むす ぶトランジット列車 れっしゃ が当 とう 線 せん 経由 けいゆ となり、ベルリン=シュターケン駅 えき には新 あら たな入国 にゅうこく 審査 しんさ 施設 しせつ が建設 けんせつ された。ドイツ再 さい 統一 とういつ 後 ご の1991年 ねん にはベルリン - ハノーファー間 あいだ の長距離 ちょうきょり 旅客 りょかく 列車 れっしゃ は当 とう 線 せん 経由 けいゆ に戻 もど った。
Peter Bley (1996) (ドイツ語 ご ). 150 Jahre Eisenbahn Berlin–Hamburg . Düsseldorf: alba-Verlag. ISBN 3-87094-229-0
Bernd Kuhlmann (2006) (ドイツ語 ご ). Bahnknoten Berlin . Berlin: Verlag GVE. ISBN 3-89218-099-7
Alfred von der Leyen, ed (1982) (ドイツ語 ご ). Berlin und seine Eisenbahnen – 1846-1896 . Berlin: Verlag Aesthetik und Kommunikation. ISBN 3-88245-106-8 (1982年 ねん 再 さい 発行 はっこう )
Wolfgang Philipps. “Die Beste Verbindungslinie zwischen dem Osten und dem Westen. Politische Hintergründe der Berlin-Lehrter Eisenbahn” (ドイツ語 ご ). Lehrter Land & Leute Band 42 (2014) : 14–16.
列車 れっしゃ
営業 えいぎょう 用 よう 試作 しさく ・事業 じぎょう 用 よう 種別 しゅべつ ・愛称 あいしょう
高速 こうそく 路線 ろせん
NBS(高速 こうそく 新 しん 線 せん ) ABS(高速 こうそく 化 か 改良 かいりょう 路線 ろせん ) 中止 ちゅうし
国際 こくさい 共同 きょうどう インフラ 関連 かんれん 企業 きぎょう /団体 だんたい /人物 じんぶつ
インフラ・部品 ぶひん 運行 うんこう メーカー デザイン その他 た
国際 こくさい 進出 しんしゅつ
事故 じこ
† - 過去 かこ に存在 そんざい したもの