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手巾しゅきん (小説しょうせつ)

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
手巾しゅきん
作者さくしゃ 芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ
くに 日本の旗 日本にっぽん
言語げんご 日本語にほんご
ジャンル 短編たんぺん小説しょうせつ
発表はっぴょう形態けいたい 雑誌ざっし掲載けいさい
初出しょしゅつ情報じょうほう
初出しょしゅつ中央公論ちゅうおうこうろん1916ねん10がつごう
刊本かんぽん情報じょうほう
収録しゅうろく羅生門らしょうもん
出版しゅっぱんもと 阿蘭陀おらんだ書房しょぼう
出版しゅっぱん年月日ねんがっぴ 1917ねん5月
ウィキポータル 文学ぶんがく ポータル 書物しょもつ
テンプレートを表示ひょうじ

手巾しゅきん』(ハンケチ)は、芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ短編たんぺん小説しょうせつ1916ねん10月の『中央公論ちゅうおうこうろん』にて発表はっぴょうされた。

あらすじ

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東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく教授きょうじゅ長谷川はせがわ謹造は、窓際まどぎわストリンドベリさくげきほんみながら、にわ岐阜提灯ぎふぢょうちん度々たびたびながめつつ、日本にっぽん古来こらい武士ぶしどうというものをおもう。そこへ、ある婦人ふじん長谷川はせがわもとおとずれ、かれもと出入でいりしていた学生がくせいが、闘病とうびょうもむなしくくなったことをげた。息子むすこかたっているにもかかわらず、柔和にゅうわ微笑ほほえみをやさない婦人ふじんだが、長谷川はせがわはふとしたことで、夫人ふじん手元てもとのハンカチがはげしくふるえていることにくのだった。よる長谷川はせがわはこのはなしつまかたりながら、この婦人ふじんは「日本にっぽんおんな武士ぶしどうだ」と激賞げきしょうした。満足まんぞくげな長谷川はせがわだったが、その、ふとひらいたストリンドベリの一節いっせつまる。「かお微笑ほほえんでいながら、ではハンカチをふたつにく。これはじゅう演技えんぎで、わたしはそれを臭味しゅうみづける」――。

備考びこう

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この物語ものがたり主人公しゅじんこうである長谷川はせがわ謹造は、『武士ぶしどう』をしるした新渡戸にとべ稲造いなぞうがモデルであるとされる。

後半こうはんに「いまカイゼルのおとうさんにあたヴィルヘルム1せい崩御ほうぎょされたとき」のドイツの子供こども反応はんのう回想かいそうだんとして登場とうじょうするが、正確せいかくにはヴィルヘルム1せいヴィルヘルム2せい祖父そふたる(ヴィルヘルム1せい子息しそくフリードリヒ3せい在位ざいい期間きかんは99にちぎないため、「いまのカイゼル」がフリードリヒ3せいであることはありえない)。

外部がいぶリンク

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