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源 雅通(みなもと の まさみち)は、平安時代後期の公卿・歌人。村上源氏久我流、権大納言・源顕通の次男。官位は正二位・内大臣。久我家3代。
幼少時に父を失い、叔父の右大臣源雅定の養嗣子となる。兵部権大輔・近江権介・皇后宮権亮・備後権守などを歴任し、久寿2年(1155年)大嘗会国司賞として従三位となる。また、奨学院別当・検非違使別当なども務めた。正二位・内大臣まで昇進したが、嘉応元年(1169年)以降は病気になり、承安5年(1175年)に久我別荘にて薨御。享年58。
歌人としては、『千載和歌集』以下の勅撰集に10首入集する他、『続詞花集』などの私撰集にも入集がある。
※月日は旧暦。
久我家3 代当主(1154 年 - 1175 年) |
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