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QF 18ポンドほう

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
QF 18ポンドほう
種類しゅるい 野砲やほう
はら開発かいはつこく イギリスの旗 イギリス
運用うんよう
配備はいび期間きかん 1904ねん 〜 1945ねん(イギリス)
配備はいびさき イギリスカナダオーストラリアニュージーランドみなみアフリカ連邦れんぽうなど(イギリス帝国ていこく
アイルランドの旗 アイルランド
 フィンランド
関連かんれん戦争せんそう紛争ふんそう だいいち世界せかい大戦たいせんアイルランド内戦ないせんだい世界せかい大戦たいせんふゆ戦争せんそう継続けいぞく戦争せんそう
開発かいはつ
開発かいはつしゃ アームストロング・ホイットワース砲身ほうしん
ヴィッカースほうちゅう退すさふく
National Ordnance Works(照準しょうじゅん仰角ぎょうかく歯車はぐるま砲弾ほうだん
開発かいはつ期間きかん 1902ねん
製造せいぞうすう 10,469もん(Mk.IとMk.IIの合計ごうけい
派生はせいがた Mk.I、Mk.II、Mk.III、Mk.IV、Mk.V
しょもと
重量じゅうりょう 1,282 kg
全長ぜんちょう ? m
銃身じゅうしんなが 2,353 mm(28口径こうけい
全幅ぜんぷく 1.9 m(Mk.1ほう
ぜんこう ? mm
要員よういんすう 6めい

砲弾ほうだん 弾頭だんとう榴弾りゅうだん榴散だんとおるきのえだん煙幕えんまくだん照明しょうめいだんどくガスたま
そうやく固定こていしき薬莢やっきょう
口径こうけい 84 mm
ほう 螺旋らせんしき
反動はんどう ばねあつふくしき(Mk.I)
気圧きあつふくしき(Mk.II〜Mk.Vのみ)
ほう 円柱えんちゅうたんあししき(Mk.I、Mk.II)
はこがたたんあししき(Mk.III、Mk.IV)
ひらきあししき(Mk.V)
仰角ぎょうかく -5°〜 +16°(Mk.I、Mk.II)
-5°〜 +30°(Mk.IIIほう
-5°〜 +37°(Mk.IV、Mk.V)
旋回せんかいかく 9°(Mk.I〜Mk.IV)
50°(Mk.V)
発射はっしゃ速度そくど 20はつ/ぶん最大さいだい
4はつ/ぶん連続れんぞく射撃しゃげき
初速しょそく m/びょう
有効ゆうこう射程しゃてい 5,966 m(Mk.I、Mk.II)
8,500 m(Mk.III〜Mk.V)
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オードナンス QF 18ポンドほう[1]英語えいご: Ordnance QF 18 Pounder)はイギリス野砲やほうであり、18ポンド野砲やほうともばれる。だいいち世界せかい大戦たいせんにおけるイギリス陸軍りくぐん主力しゅりょく野砲やほうであり、だい世界せかい大戦たいせん初期しょきまで使用しようされていた。

だいボーア戦争せんそう(1899ねん〜1902ねん)の最中さいちゅう、イギリス陸軍りくぐん主力しゅりょく野砲やほうであった王立おうりつ砲兵ほうへいBL 15ポンドほう王立おうりつ騎馬きば砲兵ほうへいBL 12ポンド 6cwtほうは、フランスせいM1897登場とうじょう一気いっき陳腐ちんぷした。

これをたイギリス陸軍りくぐんは、その後継こうけいとなるちゅう退すさふく装備そうびした新型しんがた野砲やほうを“Quick Firing”(りゃくはQF)すなわち「速射そくしゃほう)」と分類ぶんるいし、ドイツせい野砲やほう購入こうにゅうしてQF 15ポンドほうとして制式せいしきして運用うんようするとともにBL 15ポンドほうちゅう退すさふくけたBLC 15ポンドほう製作せいさくしてちゅう退すさふくかんするノウハウを学習がくしゅうしていった。これらの学習がくしゅう成果せいかけてQF 18ポンドほう設計せっけいされ、1904ねん王立おうりつ砲兵ほうへい制式せいしき採用さいようされた。

バリエーション

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QF 18ポンドほう長期ちょうきにわたって使用しようされ、その期間きかん大砲たいほう製造せいぞう技術ぎじゅつ性能せいのう急激きゅうげき向上こうじょうしていた時期じきかさなるために砲身ほうしんほう両方りょうほう複数ふくすう種類しゅるい派生はせいがた存在そんざいする。

Mk.I
初期しょきがた円柱えんちゅうがたほうあしゆうし、円柱えんちゅうがたえきあつちゅう退すさ・ばねあつふくしきちゅう退すさふく砲身ほうしん上部じょうぶ装着そうちゃくされているMk.Iほうと、Mk.I砲身ほうしんわせている。大戦たいせん勃発ぼっぱつまえには改良かいりょうがたのMk.IIに生産せいさんえられている。
Mk.II
Mk.Iほうにより軽量けいりょうしたMk.II砲身ほうしん搭載とうさいした最初さいしょ改良かいりょうがたちゅう退すさふく気圧きあつふくがた変更へんこうしたMk.IIほう大戦たいせんちゅう開発かいはつされ、生産せいさんラインはすべてMk.IIほうのものに変更へんこうされている。
大戦たいせん運用うんようつづけられ、1920〜30年代ねんだいには車軸しゃじくにサスペンションを装備そうびさせ車輪しゃりん木製もくせいスポークしきからゴムタイヤに変更へんこうしたMk.II P(Pneumaticのりゃく)に改修かいしゅうされ、だい世界せかい大戦たいせん初期しょきまで運用うんようされた。
Mk.III
改良かいりょうがたのMk.IV砲身ほうしん新規しんき設計せっけいされたMk.IIIほうわせたかたで、外見がいけんじょうはMk.IやMk.IIとの類似るいじせいがほとんどられない。従来じゅうらいがたよりもこう仰角ぎょうかくがとれるようになったため、射程しゃてい延伸えんしんされている。だいいち世界せかい大戦たいせん末期まっき実戦じっせん投入とうにゅうされた
Mk.IV
Mk.IV砲身ほうしんと、Mk.IIIほう改良かいりょうがたであるMk.IVほうわせたほうで、Mk.IIIとの区別くべつけにくい。だいいち世界せかい大戦たいせんでどれほど使用しようされたかは不明ふめい
大戦たいせんにサスペンションとゴムタイヤを装備そうびして自動車じどうしゃ牽引けんいん対応たいおうしたMk.IV P改修かいしゅうされ、さらにそのうちの一部いちぶ砲身ほうしん内部ないぶけずってQF 25ポンドほうMk.1に改造かいぞうされたうえでだい世界せかい大戦たいせんでも使用しようされた。
Mk.V
Mk.IV砲身ほうしんひらきあししきほうあしそなえたMk.Vほうわせた最終さいしゅう生産せいさんがたで、従来じゅうらいかた比較ひかくして水平すいへいかくおおきくひろがった。のちにはサスペンションとゴムタイヤを装備そうびして自動車じどうしゃ牽引けんいん対応たいおうしたMk.V P改修かいしゅうされ、さらにそのうちの一部いちぶ砲身ほうしん内部ないぶけずってQF 25ポンドほうMk.1に改造かいぞうされた。
だいいち世界せかい大戦たいせんには投入とうにゅうされなかったが、だい世界せかい大戦たいせんにおいて使用しようされた。
Mk.I砲身ほうしん
初期しょきがた砲身ほうしんは、当時とうじ技術ぎじゅつ強靭きょうじんかつ軽量けいりょう仕上しあげるために、内側うちがわ砲身ほうしんをワイヤーで緊縛きんばくしてそれを外側そとがわ砲身ほうしんおお方式ほうしき製造せいぞうされている。
Mk.II砲身ほうしん
最初さいしょ改良かいりょうがた。Mk.II砲身ほうしん砲身ほうしんが2じゅうになっており、内側うちがわ砲身ほうしん外側そとがわ砲身ほうしん緊縛きんばくしている。
Mk.III砲身ほうしん
せん従来じゅうらい螺旋らせんしきから、砲身ほうしん前後ぜんご運動うんどう連動れんどうするはん自動じどう開閉かいへい機構きこうゆうする垂直すいちょくくさりせんしき変更へんこうすることで、連射れんしゃ速度そくど向上こうじょうこころみたかた対空たいくう対地たいち両用りょうよう試作しさくほうわせられたが、量産りょうさんはされなかった。
Mk.IV砲身ほうしん
18ポンド野砲やほうよう砲身ほうしん最終さいしゅうがた新型しんがたせん採用さいようすることで連射れんしゃ速度そくど向上こうじょうさせた。自己じこ緊搾砲身ほうしん[2]かどうかは不明ふめい
Mk.III〜Mk.Vほう搭載とうさいして運用うんようされており、1930年代ねんだい後半こうはんには砲身ほうしん内部ないぶけずって口径こうけいを87.6 mm拡大かくだいしたQF 18/25ポンドほうQF 25ポンドほうMk.1)に改修かいしゅうされた。
Mk.Iほう
初期しょきがたほう木製もくせい車輪しゃりん使用しようし、えきあつちゅう退すさ・ばねあつふくしきちゅう退すさふく砲身ほうしん上部じょうぶ配置はいちしている。円柱えんちゅうがたほうあしもちいているため製造せいぞう容易よういであったが、仰角ぎょうかくは16°に制限せいげんされ、射程しゃていは5,966 mまった。
だいいち世界せかい大戦たいせん初期しょきの1914ねんから1915ねんにかけて、戦時せんじ量産りょうさん体制たいせい粗製そせい乱造らんぞうによる品質ひんしつ低下ていか原因げんいんえきあつちゅう退すさからのオイルれによるふくのばねの圧力あつりょく低下ていか頻発ひんぱつし、人間にんげん砲身ほうしんもどさなくてはならなくなり連射れんしゃ速度そくど低下ていかまねいた。このため、戦争せんそうちゅうはこがた装甲そうこうオイルタンクをける改造かいぞうおこなわれた。
Mk.IIほう
ちゅう退すさふく従来じゅうらいのばねあつふくしきからフランスせいのM1897野砲やほう同様どうよう気圧きあつふくしき変更へんこうすることで整備せいびせい向上こうじょうしたが、それ以外いがいはMk.Iほうおなじ。従来じゅうらいのMk.IほうをMk.II仕様しよう改修かいしゅうしたものはMk.I*ほう表記ひょうきされる。
Mk.IIIほう
1916ねんから運用うんよう試験しけんすすめられ大戦たいせん末期まっき実戦じっせん投入とうにゅうされている。
従来じゅうらい円柱えんちゅうがたほうあしわりに中心ちゅうしん四角形しかっけいあなけたよん角柱かくちゅうがたほうあしけたため仰角ぎょうかくが30°に向上こうじょうしたのにともない、射程しゃていも8,500 mにまで延伸えんしんした。
さらにちゅう退すさふく配置はいち砲身ほうしん下部かぶ変更へんこう形状けいじょうよん角柱かくちゅう変更へんこうされ、仰角ぎょうかくたかくなると距離きょりちいさくなる機能きのう追加ついかされている。
Mk.IVほう
Mk.IIIほう改良かいりょうがたで、仰角ぎょうかくは37°にまで向上こうじょうした。外見がいけんじょうはMk.IIIほうとの区別くべつけにくい。
Mk.Vほう
18ポンド野砲やほうようほう最終さいしゅうがたちゅう退すさふくはMk.IVほうわらないが、ほうあしを2ほんあし展開てんかいするひらきあししき変更へんこうしておりみず平射へいしゃかくがこれまでの9°から50°にまで拡大かくだいした。さらにぼうたて形状けいじょう変更へんこうされ、車輪しゃりん空気くうきりゴムタイヤに変更へんこうしている。

派生はせいがた

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QF 13ポンドほう
王立おうりつ騎馬きば砲兵ほうへいよう設計せっけいされたかた外見がいけんじょうは18ポンドほうのMk.IやMk.IIによくている。18ポンドほうよりも軽量けいりょう小型こがたであるため機動きどうりょくにはまさるが、しょう口径こうけいたん砲身ほうしんのため破壊はかいりょく射程しゃていおとる。このためだいいち世界せかい大戦たいせん塹壕ざんごうせんにおいては、早期そうきに18ポンド野砲やほう更新こうしんされてだい一線いっせんから退しりぞけられたが、現在げんざいでもイギリス陸軍りくぐん王立おうりつ騎馬きば砲兵ほうへい国王こくおう中隊ちゅうたい礼砲れいほう射撃しゃげきよう保有ほゆうしている。
M1917 75mm野砲やほう
アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくライセンス生産せいさんされた18ポンドほうMk.II(Mk.II砲身ほうしんとMk.IIほうわせたかた)をアメリカぐん制式せいしき採用さいようしたかた口径こうけいはオリジナルの84 mmからアメリカぐん制式せいしきの75 mmにおさえられている。
1940ねんにフランスでドイツに捕獲ほかくされたQF 25ポンドほうMk.I。
QF 18ポンドほうMk.IVの口径こうけい拡大かくだいして製作せいさくされた

だいいち世界せかい大戦たいせんにおいてはイギリス陸軍りくぐんやカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの師団しだん砲兵ほうへいQF 4.5インチ榴弾りゅうだんほうと3たい1の割合わりあいひろ配備はいびされ、かく戦線せんせんでイギリス陸軍りくぐん主力しゅりょく野砲やほうとして存分ぞんぶん活躍かつやくした。どう時期じき他国たこく野砲やほう口径こうけい75 mm〜77 mm程度ていどだったのにたいして、18ポンドほうは84 mmというだい口径こうけい実現じつげんしたため、榴弾りゅうだん威力いりょく比較的ひかくてきたかかった。砲弾ほうだんには榴弾りゅうだん以外いがいにも榴散だんとおるきのえだん照明しょうめいだん発煙はつえんだんどくガスたま製造せいぞうされた。

せんあいだには自動車じどうしゃ牽引けんいん対応たいおうさせるために、既存きそんのMk.IIやMk.IV、Mk.Vは、車軸しゃじくにサスペンションを追加ついか車輪しゃりんをゴムタイヤにかわそうした。1930年代ねんだい後半こうはんには、QF 18ポンドほうなかでも後期こうきがたのMk.IVとMk.Vの一部いちぶ砲身ほうしんけずって口径こうけい拡大かくだいさせることによってQF 25ポンドほうMk.I(QF 18/25ポンドほう)に改修かいしゅうされている。

だい世界せかい大戦たいせんにおいても初期しょきノルウェーフランスきたアフリカ極東きょくとうでのたたかいに投入とうにゅうされたが、新型しんがたQF 25ポンドほう増産ぞうさんすすむにつれて前線ぜんせん部隊ぶたいからげられて本国ほんごくでの訓練くんれんよう沿岸えんがんほうとして使用しようされるようになり、だい世界せかい大戦たいせん終戦しゅうせんごろには退役たいえきした。

また、独立どくりつ直後ちょくごアイルランド国防こくぼうぐん供与きょうよされてアイルランド内戦ないせん使用しようされた。1960年代ねんだいまで使用しようされたのちにQF 25ポンドほう更新こうしんされた。

フィンランドにも1940ねんふゆ戦争せんそうさいにMk.II Pが30もん輸出ゆしゅつされたが、支援しえんとしてはすくなすぎたうえ時期じきいっしていた。輸入ゆにゅうしたQF 18ポンドほう84 K/18として制式せいしきされ、もっぱ継続けいぞく戦争せんそうにおいて使用しようされた。

  1. ^ なお、「Ordnance」は英語えいごの「(だいほう一般いっぱん名詞めいし」なので、「オードナンス QF」で「速射そくしゃほう」を意味いみし、まさしく「18ポンド速射そくしゃほう」とぶべきものである[よう出典しゅってん]
  2. ^ 本来ほんらい口径こうけいよりややちいさめのあなった砲身ほうしんちょうこう圧力あつりょくをかけて本来ほんらい口径こうけいまで膨張ぼうちょうさせることで、砲身ほうしん自身じしん収縮しゅうしゅくしようとする応力おうりょくはたらかせることにより、軽量けいりょうかつこう耐久たいきゅうせい砲身ほうしん製造せいぞうする技術ぎじゅつ

登場とうじょう作品さくひん

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マイケル・コリンズ
映画えいが序盤じょばんイースター蜂起ほうきにおいてイギリスぐんダブリン中央ちゅうおう郵便ゆうびんきょく砲撃ほうげきに、後半こうはんアイルランド内戦ないせん序盤じょばんダブリンのたたかでアイルランド国防こくぼうぐんフォー・コーツ砲撃ほうげき使用しようした。

関連かんれん項目こうもく

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