セイレーン

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紀元前きげんぜん330ねんごろのセイレーンぞうアテネ国立こくりつ考古学こうこがく博物館はくぶつかん所蔵しょぞう

セイレーン古希こき: Σειρήν, Seirḗn)は、ギリシア神話しんわ登場とうじょうするうみ怪物かいぶつである[1]複数ふくすうがたセイレーネス古希こき: Σしぐまεいぷしろんιいおたρろーῆνες, Seirênes)。上半身じょうはんしん人間にんげん女性じょせいで、下半身かはんしんとり姿すがたとされるが後世こうせいにはさかな姿すがたをしているとされた[2]うみ航路こうろじょう岩礁がんしょうからうつくしい歌声うたごえ航行こうこうちゅうひとまどわし、遭難そうなん難破なんぱわせる。歌声うたごえ魅惑みわくされた挙句あげくセイレーンにころされた船人ふなびとたちのほねは、しまやまをなしたという[1]

その語源ごげんは「ひもしばる」、「干上ひあがる」という意味いみの Seirazein ではないかというせつ有力ゆうりょくである[2][3][よう検証けんしょう]長音符ちょうおんぷ省略しょうりゃく表記ひょうきセイレンでもられるが、長音ちょうおん記号きごう表記ひょうき一般いっぱんてきである。

上記じょうきのギリシアラテン語らてんごされてシーレーンSiren, 複数ふくすうがたシーレーネス Sirenes)となり、そこから、英語えいごサイレンSiren[注釈ちゅうしゃく 1])、フランス語ふらんすごシレーヌSirène)、ドイツジレーネSirene)、イタリアシレーナSirena)、ロシアシリェーナСирена)、ウクライナシレーニСирени)といった各国かっこく語形ごけい派生はせいしている。英語えいごでは「妖婦ようふ」という意味いみにも使つかわれている。

概要がいよう[編集へんしゅう]

セイレーンはかわかみアケローオスムーサメルポメネー[5][6][7][8]テルプシコラー[9][10]カリオペー[11][12]、あるいはカリュドーンおうポルターオーンむすめステロペーとのむすめであり[13]2人ふたり、3にん、4にん、あるいは5にん姉妹しまいであるとされている[14][15]

構成こうせいいんには諸説しょせつあり、2人ふたり場合ばあいヒーメロペー古希こき: Ίμερόπη, Himeropê、「やさしいこえ」の)とテルクシエペイア古希こき: Θελξιεπεια, Thelxiepeia、「魅惑みわくてきこえ」)[16]。3姉妹しまいせつではアポロドーロスペイシノエー古希こき: Πεισινοη, Peisinoê、「説得せっとくてき」)・アーグラオペーメー古希こき: Aglaopêmê、「うつくしいこえ」)・テルクシエペイア[6]ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌスもまた『ギリシャ神話しんわしゅう』で、テルクシエペイアモルペー古希こき: Μみゅーοおみくろんλらむだπぱいηいーた, Molpê、「うた」)・ペイシノエーげている[7]。あるいはレウコーシアー古希こき: Λευκωσια, Leukôsia、「しろ」)・リゲイア古希こき: Λιγεια, Ligeia金切かなきごえ[よう検証けんしょう])・パルテノペー英語えいごばん古希こき: Παρθενοπη, Parthenopê、「処女しょじょこえ」)からなるともいわれる[17][18]。4姉妹しまいせつではテレース古希こき: Θελες, Telês)・ライドネー古希こき: Ρろーαあるふぁιいおたδでるたνにゅーηいーた, Raidnê)・テルクシオペー古希こき: Θελξιόπη, Thelxiopê)・モルペー構成こうせいされている[19]

もとニュンペーかわかみ[20]で、ペルセポネーつかえていたが、ペルセポネーがハーデース誘拐ゆうかいされたのちにペルセポネーをさがすためにみずかねがってとりつばさ[21][15]。ほか、ヒュギーヌスでは誘拐ゆうかいゆるしたことをケレースめられ、とりえられたとされる[22]。『オデュッセイア』エウスタティウスちゅうでは、誘拐ゆうかいかなしんで恋愛れんあいをしようとしなかったためアプロディーテーいかりをい、とりえられたとされる[14]パウサニアースの『ギリシアあん内記ないき』ではヘーラー要請ようせいでムーサとうたきそい、勝負しょうぶけてムーサのかんむりつくるためにはねをむしりられたとされる[23]

かれらのしまについては、ホメーロス魔女まじょキルケーアイアイエーとうと、プランクタイの岩礁がんしょうあるいはカリュブディススキュラ海域かいいきあいだにあるとべている[24]。またヘーシオドスはセイレーンたちはゼウスによってアンテモエッサとう英語えいごばん(Ἀνθεμόεσσα, Anthemoessa)をあたえられたとし、しま名前なまえについても言及げんきゅうしており[25]ロドスのアポローニオスも『アルゴナウティカ』でそれを踏襲とうしゅうしている[26]

物語ものがたり[編集へんしゅう]

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの1891ねん作品さくひん『オデュッセウスとセイレーンたち』。ヴィクトリア国立こくりつ美術館びじゅつかん所蔵しょぞう

セイレーンは、ホメーロスの『オデュッセイア』に登場とうじょうする。オデュッセウス帰路きろさいかれうたいてたのしみたいとおもい、船員せんいんには蜜蝋みつろうみみせんをさせ、自身じしんをマストにしばけっしてかないよう船員せんいんめいじた。うたこえると、オデュッセウスはセイレーンのもとへこうとあばれたが、船員せんいんはますますつよかれしばった。ふねとおざかりこえなくなると、いた船員せんいんはじめてみみせんはずしオデュッセウスのなわいた[27]。ホメーロスはセイレーンのそのかたらないが、ヒュギーヌスによれば、セイレーンがうたかせてのこった人間にんげんあらわれたときにはセイレーンは運命うんめいとなっていたため、うみげて自殺じさつした[22]死体したいいわとなり、岩礁がんしょう一部いちぶになったという。

アルゴナウティカ』にも登場とうじょうする。イアーソーンアルゴナウタイがセイレーンの岩礁がんしょうちかづくと、乗組のりくみいんオルペウスリラをかきらしてうたすことができた。しかしブーテースのみはうたかれてうみおよってしまった[28]

中世ちゅうせい以降いこう変化へんか[編集へんしゅう]

中世ちゅうせい以降いこうはんにんはんちょうでなく、人魚にんぎょのようなはんにんはんぎょ怪物かいぶつとして記述きじゅつされている[29]文献ぶんけん確認かくにんできるとりからさかなへの変化へんか最初さいしょれいは7世紀せいきから8世紀せいきごろの『怪物かいぶつしょ』とわれている。この変化へんかきた理由りゆうとしてげられているものに、言語げんごじょう類似るいじによる誤解ごかいがある。ギリシアでは羽根はねうろこおなπτερύγιον であり、またラテン語らてんご羽根はね pennisうろこ pinnis はよくている。そこで下半身かはんしん羽根はねおおわれた姿すがたからうろこおおわれた姿すがた変化へんかしたのではないかとかんがえられる[30][よう検証けんしょう]。また北方ほっぽうさかな妖精ようせい怪物かいぶつさいにセイレーンのかたりてられたというせつもある[31]。あるいは古代こだいにおいて海岸かいがん陸地りくち目印めじるし航海こうかいしていたのにたいし、中世ちゅうせい羅針盤らしんばん発明はつめいされて沖合おきあいとおくまで航海こうかいできるようになったことから、セイレーンのイメージが海岸かいがん岩場いわばとりから大海たいかいさかなへと変化へんかしたためではないかとかんがえられている[32]。このころには、うみでセイレーンにったという記述きじゅつ旅行りょこうしるされるようになる[29]

ゲーテの『ファウスト』などに登場とうじょうし、怪物かいぶつとしての性格せいかくつよまった。後世こうせいには、人魚にんぎょみずせいなどとも表現ひょうげんされるようになり、西洋せいよう絵画かいがにおいてはとりわけ世紀せいきまつ芸術げいじゅつこのまれる画題がだいとなった。

セイレーンをえがいた図像ずぞうには、二又ふたまたかれたひれそなえたさかな下半身かはんしんとなっているものがしばしばみられる。20世紀せいきのフランスの美術びじゅつ史家しかユルギス・バルトルシャイティスによれば、セイレーンのこうした図像ずぞう構図こうず古代こだいアジアすでにみられており、アジア起源きげん構図こうずがヨーロッパにつたえられてさまざまな図像ずぞうもちいられたという[4]

西洋せいよう絵画かいが[編集へんしゅう]

西洋せいよう絵画かいがではセイレーンはしばしばえがかれてきたが、とくラファエルまえ以降いこうイギリス画家がかたちがおとこたちを誘惑ゆうわくする甘美かんびなセイレーンの姿すがたえがいている。フランス象徴しょうちょう主義しゅぎ画家がかギュスターヴ・モローも『セイレーンたち』(1882ねん)、『詩人しじんとセイレーン』(1893ねん)とった作品さくひんえがいたが、ギュスターヴ=アドルフ・モッサは『飽食ほうしょくのセイレーン』(1905ねん)でむしろじんころ残酷ざんこくいちめんえがいている。そのほか、パウル・クレーの『セイレーンのたまご』(1937ねん)、ポール・デルヴォーの『セイレーンたちのむら』(1942ねん)、『偉大いだいなるセイレーンたち』(1947ねん)、パブロ・ピカソの『オデュッセウスとセイレーンたち』(1947ねん)といった作品さくひんがある。

ギャラリー[編集へんしゅう]

現代げんだいにおけるセイレーン[編集へんしゅう]

セイレーンのは、カート・ヴォネガット小説しょうせつタイタンの妖女ようじょ』の原題げんだいにも普通ふつう名詞めいしとして複数ふくすうがた使用しようされている。

セイレーンはまた、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく創業そうぎょうしたコーヒーチェーンてんスターバックスのロゴマークにもえがかれている。そこでのセイレーンの下半身かはんしんさかなで、ひれ二又ふたまたかれている[4][33]。ロゴのデザインの参考さんこうになったのはギリシア神話しんわではなく、創業そうぎょうのスタッフがつけた、ノルウェーふる木版もくはんえがかれていた二又ふたまたひれつセイレーンであるという[33][34]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ 松平まつだいらによれば、英語えいごの「Siren」がはじめて文書ぶんしょあらわれたのは1340ねんであるという[4]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ a b 図説ずせつヨーロッパ怪物かいぶつ文化ぶんか事典じてん』108ぺーじ
  2. ^ a b 図説ずせつヨーロッパ怪物かいぶつ文化ぶんか事典じてん』111ぺーじ
  3. ^ 幻想げんそう世界せかい住人じゅうにんたち』201ぺーじ
  4. ^ a b c 図説ずせつヨーロッパ怪物かいぶつ文化ぶんか事典じてん』110ぺーじ
  5. ^ アポロドーロス、1かん3・4。
  6. ^ a b アポロドーロス摘要てきよう(E)7・18。
  7. ^ a b ヒュギーヌスじょ
  8. ^ ヒュギーヌス、125
  9. ^ アルゴナウティカ』4かん895ぎょう-896ぎょう
  10. ^ ノンノスディオニューソスたん』13かん313ぎょう
  11. ^ ウェルギリウス『アエネーイス』5かん864ぎょうへのセルウィウスの註。
  12. ^ 高津たかつ春繁はるしげ『ギリシア・ローマ神話しんわ辞典じてん100ぺーじ
  13. ^ アポロドーロス、1かん7・10。
  14. ^ a b 高津たかつ春繁はるしげ『ギリシア・ローマ神話しんわ辞典じてん140ぺーじ
  15. ^ a b 世界せかい幻想げんそう動物どうぶつ百科ひゃっか』224ぺーじ
  16. ^ マイケル・グラント『ギリシア・ローマ神話しんわ事典じてん277ぺーじ
  17. ^ カール・ケレーニイ、p.62-63。
  18. ^ 茂一もいち、254ぺーじ
  19. ^ ロバート・グレーヴス、170しょうs。
  20. ^ フェリックス・ギラン、192ぺーじ
  21. ^ 変身へんしん物語ものがたり』5かん552ぎょう-563ぎょう
  22. ^ a b ヒュギーヌス、141
  23. ^ パウサニアス、9かん34・3。
  24. ^ オデュッセイア』12かん33ぎょう-126ぎょう
  25. ^ ヘーシオドス断片だんぺん24(『アルゴナウティカ』4かん892ぎょうへの註)。
  26. ^ アルゴナウティカ』4かん892ぎょう
  27. ^ オデュッセイア』12かん151ぎょう-200ぎょう
  28. ^ アルゴナウティカ』4かん891ぎょう-920ぎょう
  29. ^ a b 図説ずせつヨーロッパ怪物かいぶつ文化ぶんか事典じてん』109ぺーじ
  30. ^ 教会きょうかい怪物かいぶつたち』120ぺーじ
  31. ^ 教会きょうかい怪物かいぶつたち』261ぺーじ-262ぺーじ
  32. ^ ドキドキ!モンスター博物館はくぶつかん』42ぺーじ
  33. ^ a b ニナ・シェン・ラストギ (2011ねん1がつ7にち). “スタバしんロゴはだつコーヒー戦略せんりゃくあらわれ?”. ニューズウィーク日本にっぽんばん. http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2011/01/post-1896.php 2015ねん11がつ10日とおか閲覧えつらん 
  34. ^ “スターバックスコーヒーのロゴデザインにかくされた秘密ひみつ - 広報こうほうさんにいてみた”. マイナビニュース. (2013ねん3がつ31にち). https://news.mynavi.jp/techplus/article/20130331-sb/ 2015ねん11がつ10日とおか閲覧えつらん 

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]