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キリストしゃ自由じゆう

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
『キリストしゃ自由じゆう』の表紙ひょうし (1520)

キリストしゃ自由じゆう[1]』(キリストしゃのじゆう、ドイツ: Von der Freiheit eines Christenmenschenラテン語らてんご: De libertate christiana)は、1520ねんヴィッテンベルク発表はっぴょうされたマルティン・ルター著書ちょしょドイツ宗教しゅうきょう改革かいかくしゃとしてのルターのもっとすぐれた内容ないよう小品しょうひん[2]であるとひょうされ、通例つうれい、『教会きょうかいのバビロニアしゅうについての序曲じょきょく』および『ドイツのキリストしゃ貴族きぞくあたえるしょ英語えいごばん』とならべて、宗教しゅうきょう改革かいかくさんだい文書ぶんしょ(またはさん大改革だいかいかくろん)とばれる[3]

概要がいよう

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原書げんしょラテン語らてんごばんとドイツばんの2つがあり、それぞれに多少たしょう表現ひょうげん体裁ていさいことなる。ドイツばんが30せつけられているのにたいして、ラテン語らてんごばんふしけされておらず、どちらがさきかれたかははっきりしないが、刊行かんこうドイツ語どいつごばんさきである[4]

この文書ぶんしょは、1519ねんライプツィヒ討論とうろんのちに、ザクセンせんみかどこうフリードリヒ3せいのもとに特使とくしとして派遣はけんされたカール・フォン・ミルティッツ英語えいごばんすすめで、ルターが、教皇きょうこうへの恭順きょうじゅんと、建徳けんとく信仰しんこう精神せいしんしめすために執筆しっぴつしたものであり、ラテン語らてんごばんは『教皇きょうこうレオ10せいささげるしょ』ととも教皇きょうこうレオ10せい献呈けんていされている[5]が、他方たほうドイツ語どいつごばんは、一般いっぱんにも公開こうかいするために後援こうえんしゃ1人ひとりであったツヴィッカウ市長しちょうヒエロニムス・ミュルフォルトにささげられ[6]民衆みんしゅうけてかれたものである[7]

ルターは、叙述じょじゅつを「うちなるひと」と「そとなるひと」とのけ、人間にんげんがどのようにしてキリストしゃばれるようになるかを前半ぜんはんかたり、キリストしゃとなった人間にんげんがどのようにはたらくかを後半こうはんかたった[8]冒頭ぼうとうには、一見いっけんすると矛盾むじゅんするような2つの有名ゆうめい命題めいだい掲示けいじされる。

キリストしゃは、あらゆるもの、もっと自由じゆうおもであって、なにものにも隷属れいぞくしていない
キリストしゃは、あらゆるもの、もっと義務ぎむうているぼくであって、すべてのものに隷属れいぞくしている

—マルティン・ルター(『キリストしゃ自由じゆう[9][2]より)

ルターにとってキリストしゃは「同時どうじ義人ぎじんであって罪人ざいにん」であり[10]自由じゆう奉仕ほうし矛盾むじゅん内的ないてき信仰しんこうによる自由じゆうと、そこからしょうじる外的がいてきあいによる奉仕ほうしとにけてろんじられ、キリストしゃ信仰しんこうあいのうちにきてこそ自由じゆう実現じつげんしうることが強調きょうちょうされている[2]

また、ルターによれば、人間にんげんかみ独占どくせん活動かつどうによって(キリストしゃとしての)活動かつどうにかりたてられているのであり、教会きょうかいないでの(そとなるひとあるいは現世げんせいてきな)司祭しさい神父しんぷ)の自惚うぬぼれた態度たいど階級かいきゅう制度せいど批判ひはんされ、まんにん祭司さいしこそがただしいと主張しゅちょうされる。

ルターは、キリストしゃ宗教しゅうきょうてき自由じゆうなにものにもさまたげられないのであるから、教会きょうかい組織そしき忠誠ちゅうせいちかうのではなく、自己じこあいてて、かみ隣人りんじん積極せっきょくてきくすようにけ、「てんちちがキリストによりわたしたちに報酬ほうしゅうたすけをもたらしていたもうように…(中略ちゅうりゃく)…わたしたちの隣人りんじんたすけ、おのおのおたがいに他人たにんたいして、いわばキリストとなるべきである。こうしてわたしたちはキリストのものとなり、同一どういつのキリストがすべてのうちにありたもう。すなわち、これがまことのキリストしゃである」[11]いた。

日本語にほんごやく

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  • マルティン・ルター; 徳沢とくさわとく やく, 熊野くまの義孝よしたか 註解ちゅうかい 『キリストしゃ自由じゆう小石川こいしかわ書房しょぼう 1949ねん[6]
    • マルティン・ルター; 徳沢とくさわとく やく 『キリストしゃ自由じゆうきょうぶんかん 2011ねんISBN 9784764266919
  • マルティン・ルター; 石原いしはらけんわけ 『キリストしゃ自由じゆう聖書せいしょへの序言じょげん』(岩波いわなみ文庫ぶんこ) 岩波書店いわなみしょてん 1955ねん(ほか1968, 1979, 1981, 1993ねんなど複数ふくすうばん)。
  • マルティン・ルター; 緒方おがた純雄すみお, 山内やまうちせん わけきゅうじゅう個条かじょうひさげだい キリストしゃ自由じゆうせいぶんしゃ〈ルター著作ちょさくしゅう分冊ぶんさつ 1〉、1983ねん 
  • マルティン・ルター; 田中たなかさとしおっと やく 『キリストしゃ自由じゆうきよしとうしゃ 2001ねん初版しょはん1954ねん)。ISBN 4915338118
  • マルティン・ルター; 徳善とくぜん義和よしかず やく『キリストしゃ自由じゆうきょうぶんかん 2011ねんISBN 9784764266919

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ または『キリストしゃ自由じゆうについて』。
  2. ^ a b c "キリストしゃ自由じゆう". 日本にっぽんだい百科全書ひゃっかぜんしょ(ニッポニカ). コトバンクより2020ねん7がつ11にち閲覧えつらん
  3. ^ ルター & 山内やまうち やく 1983, p. 104.
  4. ^ ルター & 山内やまうち やく 1983, p. 105.
  5. ^ ルター & 山内やまうち やく 1983, pp. 105–106.
  6. ^ a b 『キリストしゃ自由じゆう昭和しょうわ38ねん
  7. ^ "キリストしゃ自由じゆう". 世界せかいだい百科ひゃっか事典じてん だいはん. コトバンクより2020ねん7がつ11にち閲覧えつらん
  8. ^ ルター & 山内やまうち やく 1983, p. 106.
  9. ^ ルター & 山内やまうち やく 1983, p. 24.
  10. ^ ルター & 山内やまうち やく 1983, p. 107.
  11. ^ ルター & 山内やまうち やく 1983, p. 108.

関連かんれん項目こうもく

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