この項目 こうもく では、キリスト友 とも 会 かい について説明 せつめい しています。シリアル を製造 せいぞう する企業 きぎょう については「クエーカーオーツカンパニー 」をご覧 らん ください。
クエーカー (英 えい : Quaker )は、キリスト教 きりすときょう プロテスタント の一派 いっぱ であるキリスト友 とも 会 かい (キリストゆうかい、Religious Society of Friends , フレンド派 は とも)に対 たい する一般 いっぱん 的 てき な呼称 こしょう である[ 1] 。友 とも 会 かい は、17世紀 せいき にイングランド で設立 せつりつ された宗教 しゅうきょう 団体 だんたい である。
清教徒 せいきょうと 革命 かくめい (イングランド内戦 ないせん )の中 なか で発生 はっせい した宗派 しゅうは で、教会 きょうかい の制度 せいど 化 か ・儀式 ぎしき 化 か に反対 はんたい し、霊的 れいてき 体験 たいけん を重 おも んじる[ 1] 。この派 は の人 ひと びとが神秘 しんぴ 体験 たいけん にあって身 み を震 ふる わせる(quake)ことからクエーカー(震 ふる える人 ひと )と俗称 ぞくしょう されるようになった[ 1] 。会員 かいいん 自身 じしん はこの言葉 ことば を使 つか わずに友 とも 会 かい 徒 と (Friends )と自称 じしょう している。クエーカーという名称 めいしょう は、創始 そうし 者 しゃ ジョージ・フォックス に対 たい して判事 はんじ が使 つか った言葉 ことば に由来 ゆらい する。
フレンド派 は の歴史 れきし 上 じょう 重要 じゅうよう な場所 ばしょ 「Pendle Hill」
キリスト友 とも 会 かい (-ゆうかい)は一般 いっぱん にクエーカー または友 とも 会 かい 徒 と として知 し られ、17世紀 せいき にイングランド で作 つく られた宗教 しゅうきょう 団体 だんたい である。クエーカーは歴史 れきし 的 てき 平和 へいわ 教会 きょうかい のひとつとされ、世界 せかい 各地 かくち に集会 しゅうかい がある。イングランドで始 はじ まり、クエーカーの教義 きょうぎ は、主 おも にアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく 、ケニア 、ボリビア といった国々 くにぐに に広 ひろ まっていった。クエーカー教徒 きょうと が集中 しゅうちゅう しているアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく 東部 とうぶ ペンシルベニア州 しゅう フィラデルフィア のようなところがあるが、相対 そうたい 的 てき に信者 しんじゃ の数 かず は少 すく ない(全 ぜん 世界 せかい で約 やく 60万 まん 人 にん 、内訳 うちわけ は北米 ほくべい 約 やく 12万 まん 人 にん 、英国 えいこく 約 やく 4万 まん 人 にん )。
友 とも 会 かい には全 ぜん 信者 しんじゃ に向 む けた経典 きょうてん や正式 せいしき な教義 きょうぎ 箇条 かじょう のようなものはないが、信者 しんじゃ 間 あいだ にある一定 いってい 範囲 はんい の教義 きょうぎ 的 てき な合意 ごうい はみられる。最 もっと も中心 ちゅうしん にある考 かんが えは、内 うち なる光 ひかり である。この内 うち なる光 ひかり はそれぞれの信者 しんじゃ に力 ちから を導 みちび き、数 すう 通 とお りの方法 ほうほう で理解 りかい されているものであるが、教団 きょうだん 内 ない の様々 さまざま な分派 ぶんぱ に受 う け入 い れられている。
内 うち なる光 ひかり の信仰 しんこう は、証言 しょうげん (Witness「信仰 しんこう 的 てき 証 あか し」の意 い )と呼 よ ぶ幾 いく つかの主要 しゅよう 概念 がいねん の発展 はってん につながっている。証言 しょうげん には平和 へいわ 、男女 だんじょ ・民族 みんぞく の平等 びょうどう 、質素 しっそ な生活 せいかつ 、個人 こじん が誠実 せいじつ であり続 つづ けることなどがある。詳細 しょうさい は下記 かき に述 の べる通 とお りである。
ジョージ・フォックス、クエーカーの創立 そうりつ 者 しゃ で初期 しょき の指導 しどう 者 しゃ の一人 ひとり
初期 しょき のクエーカーにつけられた様々 さまざま な呼称 こしょう は今 いま でも言及 げんきゅう されることがある。例 れい として以下 いか があげられる。
求道 きゅうどう 者 しゃ (Seekers )
聖者 せいじゃ (Saints )
光 ひかり の子 こ (Children of the light )
真理 しんり の友 とも (Friends of the Truth )
クエーカー(Quakers )
キリスト友 とも 会 かい (Religious Society of Friends )
友 とも 会 かい (Society of Friends )
初期 しょき のクエーカーは自 みずか らを背教 はいきょう の時代 じだい の後 のち の真 しん のキリスト教会 きょうかい を回復 かいふく するものと考 かんが えていた。そのため、この時期 じき 自 みずか らを単 たん に聖者 せいじゃ または光 ひかり の子 こ と呼 よ んでいた。もう一 ひと つの公 おおやけ の名称 めいしょう は、真理 しんり の友 とも であり、真 しん の状態 じょうたい を示 しめ す「内 うち なる光 ひかり 」として初期 しょき のクエーカーの教義 きょうぎ の中心 ちゅうしん 点 てん を反映 はんえい していた。
「クエーカー」という名称 めいしょう は、ジョージ・フォックス 師 し がダービーのベネット判事 はんじ に神 かみ 名 めい 冒涜 ぼうとく 罪 ざい で裁 さば かれた1650年 ねん に初 はじ めて使 つか われた。フォックスの手記 しゅき に依 よ ると、ベネットは「私 わたし たちが神 かみ の言葉 ことば でわが身 み を震 ふる わせた故 ゆえ にクエーカーと呼 よ んだ」。(ここでフォックスは「神 かみ の言葉 ことば 」でキリストを表 あらわ そうとしている。)確 たし かに初期 しょき の友 とも 会 かい は、会合 かいごう で体 からだ を震 ふる わせ振動 しんどう させ、聖書 せいしょ に現 あらわ れる現象 げんしょう である「振動 しんどう 」を守 まも ることに多 おお くの論説 ろんせつ を割 さ いている。会員 かいいん には(フォックスを含 ふく めて)この呼 よ び名 な を嫌 いや がる人 ひと がいるが、それにもかかわらず、定着 ていちゃく し始 はじ めた。「光 ひかり の子供 こども たち」として知 し られるようになる1654年 ねん のレスターシャー の会合 かいごう の後 のち に明 あき らかに試 こころ みられたが、定着 ていちゃく しなかった。
キリスト友 とも 会 かい (Religious Society of Friends )はだいぶ後 ご の18世紀 せいき に使 つか われるようになる。今日 きょう 、この名 な は正式 せいしき 名称 めいしょう として残 のこ っているが、因 ちな みに「クエーカー」は明確 めいかく にするためによく付 つ け加 くわ えられている。会員 かいいん にはreligious という言葉 ことば に反対 はんたい してフレンド会 かい (Society of Friends )を名乗 なの る人 ひと もいる。年会 ねんかい のような最大 さいだい のクエーカー組織 そしき では「キリスト友 とも 会 かい 」を使 つか うものの、この理由 りゆう から月 つき 会 かい ではreligious を使 つか わないところも多 おお い。
ウィリアム・ペン、ペンシルベニア州 しゅう の創設 そうせつ 者 しゃ
クエーカーの活動 かつどう は、1650年代 ねんだい 初 はじ めに清教徒 せいきょうと 革命 かくめい を経 へ て成立 せいりつ したイングランド共和 きょうわ 国 こく で始 はじ まった。ジョージ・フォックスが創始 そうし 者 しゃ で、少 すく なくとも初期 しょき に最 もっと も重要 じゅうよう な役割 やくわり を果 は たしたと考 かんが えられる。
1647年 ねん にフォックスが布教 ふきょう を開始 かいし 、信者 しんじゃ を増 ふ やしたクエーカーは共和 きょうわ 国 こく から異端 いたん 扱 あつか いされ、しばしば弾圧 だんあつ された。内 うち なる光 ひかり の考 かんが えが涜神 とくしん だとして逮捕 たいほ されたり、ピューリタン の礼拝 れいはい を妨害 ぼうがい したりなど、信者 しんじゃ が共和 きょうわ 国 こく に逮捕 たいほ ・投獄 とうごく される例 れい が頻繁 ひんぱん に起 お こった。背景 はいけい には護国 ごこく 卿 きょう オリバー・クロムウェル が考 かんが える宗教 しゅうきょう 政策 せいさく とクエーカーが相容 あいい れないという事情 じじょう があった。独立 どくりつ 派 は ・長老 ちょうろう 派 は ・バプテスト を中心 ちゅうしん とした国家 こっか 教会 きょうかい 制度 せいど の実現 じつげん を目指 めざ し、プロテスタント諸 しょ 宗派 しゅうは の緩 ゆる やかな統合 とうごう を進 すす めながら、クエーカーなど他 た の宗派 しゅうは は良心 りょうしん の自由 じゆう を重視 じゅうし しつつ政府 せいふ に反抗 はんこう しない限 かぎ り存続 そんぞく を認 みと めるという、クロムウェルの制限 せいげん された自由 じゆう をクエーカーが認 みと めないため両者 りょうしゃ の確執 かくしつ は収 おさ まらなかった。クロムウェルの自由 じゆう のための抵抗 ていこう を容認 ようにん する姿勢 しせい とクエーカーの平和 へいわ 主義 しゅぎ が合 あ わないことも対立 たいりつ の1つになっていた。
なお、思想 しそう 的 てき にクロムウェルと対立 たいりつ していたクエーカーたちだったが、クロムウェル本人 ほんにん には好 こう 印象 いんしょう を抱 だ いていて、フォックスを含 ふく めて彼 かれ と会 あ った人々 ひとびと は信仰 しんこう 問題 もんだい では一 いち 歩 ほ も譲 ゆず らない姿勢 しせい と相手 あいて の話 はなし をよく聞 き く寛容 かんよう な姿勢 しせい を書 か き残 のこ している。とりわけフォックスは度々 たびたび クロムウェルと会 あ い宗教 しゅうきょう について議論 ぎろん を交 か わし、1658年 ねん にも臨終 りんじゅう 間際 まぎわ のクロムウェルに招 まね かれているが、重体 じゅうたい のため医者 いしゃ に面会 めんかい を断 ことわ られている。
活動 かつどう が拡大 かくだい すると、反対 はんたい と迫害 はくがい を受 う けはじめた。クロムウェル亡 な き後 あと の王政 おうせい 復古 ふっこ でクエーカーはクラレンドン法典 ほうてん で取 と り締 し まり対象 たいしょう となり、1688年 ねん の名誉 めいよ 革命 かくめい および翌 よく 1689年 ねん の寛容 かんよう 法 ほう (英語 えいご 版 ばん ) でこの状態 じょうたい から脱 だっ し信仰 しんこう を認 みと められたが、公職 こうしょく には就 つ けなかったため実業 じつぎょう 界 かい へ身 み を投 とう じたり、人道 じんどう ・博愛 はくあい 主義 しゅぎ を通 とお して社会 しゃかい 改革 かいかく に尽 つ くす方 ほう を選 えら んだ。
クエーカーはイギリスの島々 しまじま だけでなく植民 しょくみん 地 ち でも投獄 とうごく され、殴打 おうだ された。マサチューセッツ湾 わん では信仰 しんこう を捨 す てなかったために処刑 しょけい されたクエーカーもいる(最 もっと も有名 ゆうめい なのは、メアリ・ダイアー である)。ペンシルベニア州 しゅう はウィリアム・ペン が1681年 ねん にクエーカーが安全 あんぜん に暮 く らし信仰 しんこう を守 まも れる安住 あんじゅう の地 ち として作 つく り上 あ げた。迫害 はくがい にもかかわらず、活動 かつどう は急速 きゅうそく に強 つよ く結 むす びついた組織 そしき に成長 せいちょう した。
19世紀 せいき 、イギリスでは全体 ぜんたい として結 むす びつきが依然 いぜん 強 つよ かったとはいえ、アイルランド とアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく の友 とも 会 かい 徒 と は、分裂 ぶんれつ していった。
1827年 ねん 、エリアス・ヒックスは普遍 ふへん 的 てき 救済 きゅうさい の信仰 しんこう を提唱 ていしょう したため追放 ついほう された。が、翌年 よくねん ヒックスに共感 きょうかん する多 おお くの友 とも 会 かい 徒 と が年会 ねんかい に類似 るいじ した会合 かいごう を開 ひら いて分派 ぶんぱ していった(ヒックス派 は という)。ヒックスに従 したが わなかったクエーカーは、正統 せいとう 派 は と呼 よ ばれている。
アメリカの正統 せいとう 派 は は、イングランドのジョゼフ・ジョン・ガーニー (英語 えいご 版 ばん ) とロードアイランド州 しゅう のジョン・ウィルバー (英語 えいご 版 ばん ) の大陸 たいりく を跨 また いだ論争 ろんそう に明 あ け暮 く れた。ガーニーは聖書 せいしょ の権威 けんい を強調 きょうちょう し、他 た のキリスト教団 きょうだん と密接 みっせつ に活動 かつどう することを好 この んだ。反対 はんたい にウィルバーは第 だい 一 いち に聖霊 せいれい (例 たと えば内 うち なる光 ひかり )の権威 けんい を守 まも ろうとし、聖職 せいしょく 者 しゃ が聖霊 せいれい に導 みちび かれる友 とも 会 かい の伝統 でんとう を弱体 じゃくたい 化 か していると考 かんが えた。ウィルバーは1842年 ねん に審問 しんもん により年会 ねんかい から追放 ついほう された。続 つづ く数 すう 十 じゅう 年 ねん 、ウィルバー派 は とガーニー派 は が多数 たすう 現 あらわ れた。
ジョエル・ビーンは自分 じぶん の仲間 なかま たちに忍 しの び寄 よ る過激 かげき な福音 ふくいん 主義 しゅぎ に反対 はんたい する正統 せいとう 派 は であった。アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく 西部 せいぶ に新 あたら しいクエーカーの組織 そしき を結成 けっせい した。「ビーン派 は 」あるいは独立 どくりつ 派 は は、「普遍 ふへん 的 てき キリスト中心 ちゅうしん 主義 しゅぎ 」を掲 かか げるヒック派 は とウィルバー派 は を合 あ わせたものに似 に ている。
多 おお くの宗教 しゅうきょう 団体 だんたい 同様 どうよう 、現在 げんざい のキリスト友 とも 会 かい は進化 しんか や変異 へんい 、分裂 ぶんれつ を経 へ ていくつかの分派 ぶんぱ に分 わ かれている。
イギリス では友 とも 会 かい の歴史 れきし を通 つう じて高度 こうど の組織 そしき 的 てき な結合 けつごう が見 み られる。各地 かくち の友 とも 会 かい の集会 しゅうかい は、準備 じゅんび 集会 しゅうかい と呼 よ ばれている。数箇所 すうかしょ で月 つき 会 かい が行 おこな われ、その月 つき 会 かい で月例 げつれい の事務 じむ 会 かい が行 おこな われる。全国 ぜんこく の月 つき 会 かい の代表 だいひょう 者 しゃ によって年 とし に一 いち 度 ど 「年会 ねんかい 」が開 ひら かれる。また一 いち 年 ねん を通 とお して社会 しゃかい 活動 かつどう などの年会 ねんかい の仕事 しごと を遂行 すいこう する受難 じゅなん のための集会 しゅうかい (Meeting for Suffering)が常時 じょうじ 活動 かつどう 執行 しっこう 部 ぶ の役割 やくわり をしている。これはもともと迫害 はくがい 期 き に収監 しゅうかん された信徒 しんと の残 のこ された家族 かぞく の厚生 こうせい を守 まも るために作 つく られた委員 いいん 会 かい であるが、現在 げんざい まで存続 そんぞく し事実 じじつ 上 じょう 米国 べいこく のフレンズ奉仕 ほうし 団 だん に相当 そうとう する活動 かつどう をしている。
アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく の友 とも 会 かい は、イギリス以上 いじょう に細分 さいぶん 化 か されているが、依然 いぜん 共通 きょうつう 点 てん が多 おお い。礼拝 れいはい の形態 けいたい には2種類 しゅるい あり、礼拝 れいはい 式次第 しきしだい (プログラム)のある集会 しゅうかい (Programmed Meetings)とない集会 しゅうかい (沈黙 ちんもく 集会 しゅうかい 、静粛 せいしゅく 集会 しゅうかい ) (Unprogrammed Meeting)の2つがある。このような違 ちが いは、米国 べいこく における友 とも 会 かい 歴史 れきし 的 てき 分派 ぶんぱ に由来 ゆらい している。
プログラムのない集会 しゅうかい (静粛 せいしゅく 集会 しゅうかい )の方 ほう の最小 さいしょう 単位 たんい は、集会 しゅうかい (Meeting) または月 つき 会 かい (Monthly Meeting) と呼 よ ばれ通常 つうじょう 日曜日 にちようび ごとの礼拝 れいはい を行 おこな っている。こうした集会 しゅうかい は、礼拝 れいはい に決 き められた礼典 れいてん の次第 しだい がないため「プログラムなし」と呼 よ ばれている。誰 だれ かが語 かた り始 はじ めるまで沈黙 ちんもく を保 たも つことになっている。聖職 せいしょく 者 しゃ はいないが、様々 さまざま な委員 いいん 会 かい や役職 やくしょく が、他 た 宗派 しゅうは では聖職 せいしょく 者 しゃ が行 おこな うような重要 じゅうよう な役割 やくわり を果 は たすことが可能 かのう である。こうした人々 ひとびと は、牧 まき 会 かい 監督 かんとく 会 かい 、牧 まき 会 かい 評議 ひょうぎ 会 かい 、集会 しゅうかい 書記 しょき 、長老 ちょうろう 、重心 じゅうしん 会友 かいゆう (Weighty Friends)と呼 よ ばれることが多 おお い。通常 つうじょう 書記 しょき は聖職 せいしょく 者 しゃ に相当 そうとう する管理 かんり 業務 ぎょうむ をこなせる人 ひと が任命 にんめい される。数箇所 すうかしょ の月 つき 会 かい は、季 き 節 ぶし 会 かい と呼 よ ばれる地域 ちいき 会合 かいごう を形成 けいせい し、更 さら に通常 つうじょう 年会 ねんかい と呼 よ ばれる大 おお きな会合 かいごう を形成 けいせい する。
プログラムのある会派 かいは は、友 とも 会 かい 徒 と 教会 きょうかい (Friends Church) と呼 よ ばれることが多 おお い。通常 つうじょう 牧師 ぼくし を置 お いており、いわゆる按手礼 れい を受 う けた聖職 せいしょく 者 しゃ でなく平 ひら 信徒 しんと の牧 まき 会 かい 担当 たんとう 者 しゃ であるが、正式 せいしき の牧 まき 会 かい ・神学 しんがく 教育 きょういく を受 う けている場合 ばあい が多 おお い(ちなみにクエーカーの神学校 しんがっこう はインディアナのアーラム・カレッジにあるアーラム神学校 しんがっこう Earlham School of Religionである。)。牧師 ぼくし の仕事 しごと は、礼拝 れいはい の進行 しんこう と賛美 さんび 歌 か ・礼拝 れいはい ・説教 せっきょう ・牧 まき 会 かい カウンセリングなどである。プロテスタント 教会 きょうかい に似 に ているが、多 おお くは沈黙 ちんもく の時間 じかん のプログラムなしの方式 ほうしき を一部 いちぶ 取 と り入 い れている。
プログラムのあるクエーカー教会 きょうかい は、プロテスタントの主流 しゅりゅう 派 は に類似 るいじ しているが、多 おお くのクエーカーは、自分 じぶん たちの教義 きょうぎ をプロテスタントでもカトリック でもなくキリスト教 きりすときょう 第 だい 3の道 みち と考 かんが えている。現在 げんざい のクエーカーの信仰 しんこう は幅広 はばひろ く、信者 しんじゃ の中 なか にはキリスト教徒 きりすときょうと を自認 じにん している者 もの から、無 む 神 かみ 論 ろん 的 てき 傾向 けいこう (nontheistic)をもつ者 もの など様々 さまざま であるが、少 すく なくとも北米 ほくべい ・英国 えいこく では大 だい 多数 たすう がキリスト教 きりすときょう の中 なか でもリベラルな傾向 けいこう を持 も っている。
友 とも 会 かい 徒 と の集会 しゅうかい には上記 じょうき の中間 ちゅうかん のような会合 かいごう もある。
世界 せかい で友 とも 会 かい 徒 と の手 て で学校 がっこう が多 おお く作 つく られている。
全国 ぜんこく あるいは地域 ちいき ごとの組織 そしき は、年次 ねんじ 会合 かいごう と呼 よ ばれている。
幾 いく つかの年次 ねんじ 会合 かいごう は更 さら に大 おお きな組織 そしき (友 とも 会 かい 徒 と 総会 そうかい (FGC)、友 とも 会 かい 徒 と 連合 れんごう 会議 かいぎ (FUM)、国際 こくさい 福音 ふくいん 友 とも 会 かい 徒 と (EFI)の3長老 ちょうろう 会 かい )に属 ぞく している。(各 かく 団体 だんたい はアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく で最大 さいだい の組織 そしき である。)FGCは最 もっと もリベラル な解釈 かいしゃく を採 と る団体 だんたい であり、EFIは最 もっと も保守 ほしゅ 的 てき な団体 だんたい である。FUMは3つの中 なか では最大 さいだい の団体 だんたい である。それぞれ独立 どくりつ した月例 げつれい 会 かい がある一方 いっぽう で、更 さら に大 おお きな組織 そしき に加 くわ わる月例 げつれい 会 かい がある。
友 とも 会 かい 徒 と 世界 せかい 諮問 しもん 委員 いいん 会 かい (FWCC)は様々 さまざま な友 とも 会 かい 徒 と 団体 だんたい を緩 ゆる やかに結 むす びつける国際 こくさい 組織 そしき である。FWCCは1937年 ねん の世界 せかい 友 とも 会 かい 徒 と 会議 かいぎ (アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく ペンシルベニア州 しゅう スウォースモア)で「世界 せかい の友 とも 会 かい 徒 と 同士 どうし の更 さら なる理解 りかい を深 ふか めるべく最大限 さいだいげん 諮問 しもん 活動 かつどう を(特 とく に合同 ごうどう 会議 かいぎ と相互 そうご 訪問 ほうもん の奨励 しょうれい と目的 もくてき にむけて指導 しどう する研究 けんきゅう と活動 かつどう の収集 しゅうしゅう と配布 はいふ により)行 おこな うべく」設置 せっち された。約 やく 70の年次 ねんじ 会合 かいごう と支部 しぶ から任命 にんめい された約 やく 175人 にん が、3年 ねん おきにトリーニアルズで相互 そうご の連携 れんけい を深 ふか める目的 もくてき で集 あつ まっている。FWCCは世界 せかい で最 もっと も多様 たよう 性 せい のある友 とも 会 かい 徒 と を目指 めざ している。
様々 さまざま な連合 れんごう 組織 そしき にワシントン に拠点 きょてん を置 お くロビー活動 かつどう 団体 だんたい 友 とも 会 かい 徒 と 全 ぜん 国立 こくりつ 法 ほう 委員 いいん 会 かい (FCNL)、アメリカフレンズ奉仕 ほうし 団 だん (AFSC)のような奉仕 ほうし 団 だん が数 すう 団体 だんたい 、クエーカー国連 こくれん 事務所 じむしょ 、クエーカー平和 へいわ と社会 しゃかい 福祉 ふくし 、友 とも 会 かい 徒 と ボーイ(ガール)スカウト委員 いいん 会 かい もある。
フォックスたち初期 しょき のクエーカー伝道 でんどう 師 し は、全 すべ ての人 ひと に神父 しんぷ ・牧師 ぼくし や聖餐 せいさん による取 と り次 つ ぎがなくても神 かみ が現 あらわ れると信 しん じていた。フォックスは手記 しゅき に「キリストは人々 ひとびと を導 みちび き給 たま うために遣 つか わされた」と記 しる した。
友 とも 会 かい はよく「神 かみ は全 すべ ての人 ひと に現 あらわ れる」、「内 うち なる光 ひかり 」、「内 うち なるキリスト」、「内 うち なるキリストの聖霊 せいれい 」などの多 おお くの言葉 ことば でい表 いあらわ してきた。友 とも 会 かい は皆 みな が「神 かみ の具現 ぐげん 」を拒 こば んでいると信 しん じているから、クエーカーの道 みち の多 おお くは、内 うち なる指導 しどう が語 かた ることを聞 き くことに重点 じゅうてん が置 お かれている。アイザック・ペニントンは1670年 ねん に記 しる している。「キリストの声 こえ を聞 き き、書 か いたものを読 よ んでも十分 じゅうぶん ではないが、私 わたし の根本 こんぽん 、生活 せいかつ 、起源 きげん をキリストに感 かん じるには、十分 じゅうぶん である。」
クエーカーの信仰 しんこう はよく神秘 しんぴ 主義 しゅぎ といわれるが、2つの理由 りゆう から他 た の神秘 しんぴ 主義 しゅぎ とは異 こと なっている。
まずクエーカーの神秘 しんぴ 論 ろん は、主 しゅ として個人 こじん より集団 しゅうだん を対象 たいしょう にしている。プログラムなしのクエーカーの集会 しゅうかい は、集団 しゅうだん 神秘 しんぴ 主義 しゅぎ が現 あらわ れる場所 ばしょ 、すなわち参加 さんか 者 しゃ 全員 ぜんいん が共 とも に聖霊 せいれい の声 こえ に耳 みみ を傾 かたむ ける場 ば であると考 かんが えられている。
次 つぎ にクエーカーの神秘 しんぴ 主義 しゅぎ は、直接 ちょくせつ 外部 がいぶ に現 あらわ れることを強調 きょうちょう する。この世 よ から逃避 とうひ するのではなく、クエーカーの神秘 しんぴ 論 ろん は、個人 こじん の神秘 しんぴ 主義 しゅぎ をこの世 よ における現実 げんじつ の行動 こうどう に転化 てんか する。行動 こうどう は次々 つぎつぎ と更 さら に大 おお きな精神 せいしん 的 てき な理解 りかい に(全体 ぜんたい として個人 こじん と集会 しゅうかい で)導 みちび いていく。クエーカーは導 みちび きとして特別 とくべつ な行動 こうどう を取 と る聖霊 せいれい の呼 よ びかけに言及 げんきゅう する。ジョン・ウールマンは(この場合 ばあい 、奴隷 どれい 制度 せいど 廃止 はいし 運動 うんどう )個人 こじん や集団 しゅうだん がどのように世界 せかい を遍 あまね く良 よ い方向 ほうこう に変 か えてゆけるかの一 いち 例 れい である。この過程 かてい で聖霊 せいれい は新 あたら しい方法 ほうほう で自身 じしん を表 あらわ し、集団 しゅうだん の神秘 しんぴ 主義 しゅぎ を示 しめ している。
初期 しょき の友 とも 会 かい は、キリストは神 かみ の言葉 ことば (聖書 せいしょ ではない)であると信 しん じていて、例 たと えばロバート・バークレイに依 よ ると聖書 せいしょ の言葉 ことば は、「泉 いずみ の告白 こくはく であって、泉 いずみ そのものでなく、従 したが ってあらゆる真理 しんり と知識 ちしき の根源 こんげん をなすものでもいまだ信仰 しんこう と礼法 れいほう の十分 じゅうぶん な基本形 きほんけい と考 かんが えるべきではない。」(『弁 べん 証 しょう 』)
しかし初期 しょき の友 とも 会 かい はキリストは聖書 せいしょ を否定 ひてい する方法 ほうほう で導 みちび くことは決 けっ してないだろうと信 しん じ、聖書 せいしょ を作 つく ることは、数 すう 多 おお くの論争 ろんそう を引 ひ き起 お こす聖霊 せいれい に対 たい し今日 きょう よりも見下 みくだ していた。
後 のち に聖書 せいしょ が教 おし えていると思 おも われることと友 とも 会 かい が聖霊 せいれい にどのように導 みちび かれていると信 しん じるかという論争 ろんそう が、起 お こり始 はじ めた。友 とも 会 かい 徒 いたずら にこうした論争 ろんそう で聖書 せいしょ は信 しん ずべきものであり、事実 じじつ 上 じょう 聖霊 せいれい が決 けっ して聖書 せいしょ と相反 あいはん する方向 ほうこう に導 みちび くことは決 けっ してないだろうとする初期 しょき の友 とも 会 かい との明白 めいはく な信仰 しんこう をなすと決定 けってい する者 もの がいた。例 たと えば1887年 ねん のリッチモンド宣言 せんげん は、その他 た のことに触 ふ れて、「聖書 せいしょ と相反 あいはん する」いかなる行為 こうい も、聖霊 せいれい が直接 ちょくせつ 導 みちび く場合 ばあい でも、単 たん なる妄想 もうそう と思 おも わなければならないと宣言 せんげん した。今日 きょう 福音 ふくいん 派 は 友 とも 会 かい 徒 と は聖書 せいしょ は信 しん ずべきもので、個人 こじん 的 てき な指導 しどう は、教義 きょうぎ と矛盾 むじゅん するなら相容 あいい れないものであると信 しん じている。
別 べつ の友 とも 会 かい 徒 と は、一部 いちぶ はリベラル・プロテスタンティズムのような運動 うんどう の高揚 こうよう で、事実 じじつ 聖書 せいしょ と相反 あいはん する方法 ほうほう で導 みちび くことは可能 かのう で、そのような場合 ばあい 、聖書 せいしょ の言葉 ことば が方向 ほうこう を示 しめ してくれると考 かんが えた。依然 いぜん として他 た の友 とも 会 かい 徒 と は聖書 せいしょ を完全 かんぜん に拒否 きょひ し(あるいは無視 むし し始 はじ め)、そのために多 おお くの容認 ようにん 派 は の友 とも 会 かい 徒 と (大抵 たいてい は非 ひ プログラム派 は )にキリスト教徒 きりすときょうと でない友 とも 会 かい 徒 と が出現 しゅつげん することとなる。
しかしながら、ほとんど全 すべ ての現代 げんだい の友 とも 会 かい 徒 と が、内 うち なる光 ひかり に継続 けいぞく 的 てき に導 みちび かれる必要 ひつよう を信 しん じている。従 したが って神 かみ の啓示 けいじ は、聖書 せいしょ に制約 せいやく されず、今日 きょう でさえ続 つづ いていて、この教義 きょうぎ は「継続 けいぞく 的 てき 啓示 けいじ 」(continuing revelation )として知 し られている。この解釈 かいしゃく から証言 しょうげん (または信仰 しんこう 的 てき 証 あか し)として知 し られることになる共通 きょうつう の信仰 しんこう 形態 けいたい が出現 しゅつげん した。(詳細 しょうさい は証言 しょうげん を参照 さんしょう のこと。)
クエーカーは信仰 しんこう 箇条 かじょう のない宗教 しゅうきょう である。ジョージ・フォックスは神学 しんがく 者 しゃ を「観念論 かんねんろん 者 しゃ 」として追放 ついほう し、現代 げんだい のクエーカーは、他 た の多 おお くの宗派 しゅうは より神学 しんがく について頭 あたま を痛 いた めることは少 すく ない。このことが友 とも 会 かい 徒 と のあいだに、原理 げんり 主義 しゅぎ から新 しん 世代 せだい の普遍 ふへん 主義 しゅぎ まで幅広 はばひろ い神学 しんがく 理解 りかい を可能 かのう にしている。クエーカーは終末 しゅうまつ より現世 げんせい に忠実 ちゅうじつ であろうとする。
友 とも 会 かい は聖霊 せいれい の声 こえ がある時点 じてん で完結 かんけつ してしまうことは不可能 ふかのう で、歴史 れきし が示 しめ すように神 かみ の啓示 けいじ が続 つづ いていると考 かんが えている。形式 けいしき 的 てき な教義 きょうぎ は、更 さら なる進展 しんてん の障害 しょうがい となるものである。
初期 しょき の友 とも 会 かい 徒 と は、神聖 しんせい が個人 こじん の生活 せいかつ の(生活 せいかつ 全般 ぜんぱん が神聖 しんせい である)全 すべ てに現 あらわ れると考 かんが え、どんな特別 とくべつ な儀式 ぎしき や聖餐 せいさん 式 しき を行 おこな うことも必要 ひつよう ないと信 しん じた。そのため、入会 にゅうかい の儀式 ぎしき として洗礼 せんれい は行 おこな わなかったし、礼拝 れいはい の方法 ほうほう は、正統 せいとう 派 は のキリスト教徒 きりすときょうと からは異端 いたん とみなされた。友 とも 会 かい 徒 と もどんな食 た べ物 もの も聖餐 せいさん 式 しき を行 おこな えることは信 しん じている。
クエーカーの生活 せいかつ で多 おお く見 み られる通 とお り、質素 しっそ な生活 せいかつ を実践 じっせん することは、時 とき を越 こ えて行 おこな われてきたが、クエーカーの思想 しそう を形作 かたちづく る基本 きほん となっている。こうした基本 きほん は現在 げんざい 質素 しっそ ・平等 びょうどう ・誠実 せいじつ の証言 しょうげん となっている。友 とも 会 かい 徒 と は話 はなし をするときと同様 どうよう に衣服 いふく と外見 がいけん に質素 しっそ を実践 じっせん している。
クエーカーは3つの関心事 かんしんじ (華美 かび を求 もと める虚栄 きょえい と優越 ゆうえつ 、最新 さいしん の衣装 いしょう を着 き ようとする迎合 げいごう 、流行 りゅうこう を追 お い求 もと め装飾 そうしょく 品 ひん に金 かね を使 つか う浪費 ろうひ を避 さ けること)と呼 よ んで無地 むじ の服 ふく を着 き ていた。ある時代 じだい にはこの質素 しっそ を実践 じっせん することで、容易 ようい に友 とも 会 かい 徒 と を区別 くべつ することができた。多 おお くの人 ひと は今 いま もクエーカーというと男性 だんせい はつばの広 ひろ い帽子 ぼうし に鼠色 ねずみいろ か茶色 ちゃいろ の服 ふく 、女性 じょせい は無地 むじ の服 ふく とボンネットを連想 れんそう する。こうした明確 めいかく な実践 じっせん は、今日 きょう ではほとんどのクエーカーが行 おこな っていないが、基本 きほん はまさしく今 いま まで通 とお りクエーカーには重要 じゅうよう であり、ほとんどの友 とも 会 かい 徒 と は、新 あたら しい方法 ほうほう で日々 ひび 暮 く らしている。
質素 しっそ に話 はな すことは、また別 べつ の関心事 かんしんじ (正直 しょうじき に、身分 みぶん 差別 さべつ することなく異教 いきょう の名残 なごり のないよう真実 しんじつ を話 はな すこと)と呼 よ んでいる。こうした基本 きほん 姿勢 しせい は、宣誓 せんせい の言葉 ことば を並 なら べ立 た てるよりも明言 めいげん し、値切 ねぎ らず、尊称 そんしょう の使用 しよう を避 さ けて二人称 ににんしょう 代名詞 だいめいし を使 つか い、月 つき の名前 なまえ (Januaryなど)や通常 つうじょう の曜日 ようび の名称 めいしょう を使 つか わず、番号 ばんごう を使 つか って実践 じっせん した(たとえば「日曜日 にちようび 」といわず、「第 だい 一 いち 日 にち 」というなど)。
クエーカーの平等 びょうどう 主義 しゅぎ については平等 びょうどう の証言 しょうげん を参照 さんしょう のこと。
初期 しょき のクエーカーの思想 しそう は、当時 とうじ としては驚 おどろ くべき男女 だんじょ 平等 びょうどう を信 しん じるなど強 つよ い内面 ないめん 的 てき な平等 びょうどう 主義 しゅぎ の思想 しそう があった。男女 だんじょ は礼拝 れいはい で語 かた るのに対等 たいとう の権限 けんげん が保障 ほしょう されていた。ジョージ・フォックスの妻 つま マーガレット・フェルは、夫 おっと のようにクエーカー運動 うんどう の初期 しょき には冊子 さっし を数 すう 冊 さつ 発行 はっこう する声 こえ であり学者 がくしゃ であった。
現代 げんだい の友 とも 会 かい 徒 と が受 う け継 つ ぐ特徴 とくちょう に、役職 やくしょく と地位 ちい を否定 ひてい する点 てん がある。例 たと えば、インディアナ州 しゅう リッチモンド (Richmond, Indiana )のクエーカーの大学 だいがく アーラム大学 だいがく (Earlham College )で、教授 きょうじゅ と理事 りじ は、「教授 きょうじゅ 」や「博士 はかせ 」を付 つ けずに学生 がくせい から個人 こじん 名 めい で呼 よ ばれている。子供 こども たちもクエーカーの間 あいだ では大人 おとな を名前 なまえ で呼 よ ぶことが広 ひろ く行 おこな われている。
この節 ふし については誠実 せいじつ の証明 しょうめい を参照 さんしょう のこと。
初期 しょき の友 とも 会 かい 徒 と は人間 にんげん の扱 あつか い方 かた がイエスの言葉 ことば の要点 ようてん と考 かんが えていた。他人 たにん と正直 しょうじき に接 せっ することが、嘘 うそ を吐 は かないことよりもっと意味 いみ のあることだと感 かん じていた。友 とも 会 かい 徒 と は今 いま も使 つか う言葉 ことば に全 まった く嘘 うそ 偽 いつわ りがなくても他人 たにん を欺 あざむ かないということは大事 だいじ なことではないと考 かんが えている。初期 しょき の友 とも 会 かい 徒 と は誰 だれ かが常 つね に事実 じじつ を述 の べると信 しん じて法廷 ほうてい でさえ宣誓 せんせい を拒 こば み、宣誓 せんせい は別 べつ の方法 ほうほう で行 おこな おうとした。
無地 むじ の服装 ふくそう と喋 しゃべ り方 かた の実践 じっせん は、「変 か わった人 ひと たち」として知 し らしめているが、現代 げんだい のクエーカーは、ほとんどの場合 ばあい 衣装 いしょう と喋 しゃべ り方 かた は他 た の人 ひと と変 か わらなくなっている。
クエーカーの言葉 ことば 遣 づか いとして有名 ゆうめい なものは、単数 たんすう 2人称 にんしょう としてyouではなくthou (所有 しょゆう 格 かく thy/thine、目的 もくてき 格 かく thee、日本語 にほんご 訳 やく すると「汝 なんじ 」)を使 つか うというものである。もともとこれらの表現 ひょうげん はドイツ語 ご の親 おや 称 しょう 2人称 にんしょう 単数 たんすう duと同 どう 起源 きげん で、古 こ 英語 えいご や中 ちゅう 英語 えいご では盛 さか んに使 つか われていたが(たとえばウィリアム・シェイクスピア の戯曲 ぎきょく ではthouが盛 さか んに使 つか われる)、その後 ご の英語 えいご の発展 はってん の中 なか でもともとは2人称 にんしょう 複数 ふくすう であり、単数 たんすう 形 がた としては敬称 けいしょう として使 つか われていたyouが2人称 にんしょう 一般 いっぱん で使 つか われるようになったため、thouは一般 いっぱん 的 てき には廃 すた れていったのに対 たい し、クエーカー教徒 きょうと は平等 びょうどう 主義 しゅぎ の立場 たちば から親 おや 称 しょう であるthouを使 つか い続 つづ けてきたのである。とは言 い え、現代 げんだい ではもはや非 ひ クエーカー教徒 きょうと にとってはthouが古語 こご の響 ひび きしか持 も たないことから、現代 げんだい ではクエーカー教徒 きょうと も、非 ひ クエーカー教徒 きょうと と喋 しゃべ る場合 ばあい にはyouを一般 いっぱん 的 てき に使 つか っている。
クエーカーの証言 しょうげん は、信仰 しんこう の伝統 でんとう 的 てき な表明 ひょうめい 方法 ほうほう である。証言 しょうげん は公 おおやけ に文書 ぶんしょ 化 か されていないが、クエーカーの神 かみ と世界 せかい との接 せっ し方 かた の共通 きょうつう の集大成 しゅうたいせい といえる。証言 しょうげん は相互 そうご に関係 かんけい があるので、一 いち 度 ど に簡単 かんたん に成立 せいりつ できるものではなく、首尾 しゅび 一貫 いっかん している。
歴史 れきし 的 てき にみると、すべて友 とも 会 かい 徒 と がすべての証言 しょうげん に同時 どうじ に一致 いっち したわけではない。例 たと えば、友 とも 会 かい 徒 と は初 はじ めてアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく の奴隷 どれい 制 せい に反対 はんたい した人々 ひとびと の一部 いちぶ だが(1773年 ねん にジャーマンタウンの月 つき 会 かい が反対 はんたい を議決 ぎけつ した記録 きろく があるが、多 おお くの友 とも 会 かい 徒 と はその後 ご も奴隷 どれい を保有 ほゆう し続 つづ けた。
証言 しょうげん の内容 ないよう は増 ふ えているとはいえ(Quaker Testimonies leaflet (英文 えいぶん )を参照 さんしょう のこと)、友 とも 会 かい 徒 と の教義 きょうぎ 同様 どうよう に一般 いっぱん に受 う け入 い れられているのは次 つぎ の通 とお りである。
平和 へいわ 主義 しゅぎ
誠実 せいじつ の証言 しょうげん
平等 びょうどう の証言 しょうげん
質素 しっそ の証言 しょうげん
平和 へいわ 主義 しゅぎ は最 もっと も静 しず かな証言 しょうげん で、友 とも 会 かい 徒 と の証言 しょうげん としても一番 いちばん よく知 し られている。暴力 ぼうりょく は常 つね に誤 あやま りであるという信念 しんねん は、今日 きょう も認 みと められていて、多 おお くの良心 りょうしん 的 てき 兵役 へいえき 拒否 きょひ 者 もの 、非 ひ 暴力 ぼうりょく の提唱 ていしょう 者 しゃ 、反戦 はんせん 活動 かつどう 家 か は、友 とも 会 かい 徒 いたずら である。平和 へいわ 主義 しゅぎ ゆえにたびたび友 とも 会 かい は歴史 れきし 上 じょう 平和 へいわ 教会 きょうかい のひとつとみなされてきた。1947年 ねん 、ノーベル平和 へいわ 賞 しょう を受賞 じゅしょう し、アメリカフレンズ奉仕 ほうし 団 だん とイギリスのフレンズ協議 きょうぎ 会 かい が受 う け取 と った。
日本 にっぽん では「良心 りょうしん 的 てき 軍事 ぐんじ 費 ひ 拒否 きょひ の会 かい 」を結成 けっせい し、軍事 ぐんじ 費 ひ 分 ぶん の税金 ぜいきん 支払 しはら いを拒否 きょひ した石谷 いしがや 行 こう (いしたに・すすむ、1931年 ねん - 2002年 ねん 、教育 きょういく 学者 がくしゃ 、法政大学 ほうせいだいがく 名誉 めいよ 教授 きょうじゅ )らが知 し られる。
真実 しんじつ の証言 しょうげん でも知 し られる誠実 せいじつ の証明 しょうめい の個人 こじん の生活 せいかつ の中心 ちゅうしん に神 かみ として現 あらわ れ、神 かみ 以外 いがい のもの(所有 しょゆう 物 ぶつ や他人 たにん からの尊敬 そんけい 、原理 げんり やその他 た のものの信仰 しんこう )を否定 ひてい している。友 とも 会 かい 徒 と にとって誠実 せいじつ であることはほかのことをしたい挑戦 ちょうせん と衝動 しょうどう があっても聖霊 せいれい の導 みちび きに従 したが うことを選択 せんたく することである。
この証言 しょうげん は非 ひ 会 かい 徒 と との関係 かんけい で正直 しょうじき で公平 こうへい であることを友 とも 会 かい 徒 いたずら に求 もと めてきた。友 とも 会 かい 徒 と が寄与 きよ することで非 ひ 会 かい 徒 いたずら に適切 てきせつ な信用 しんよう を与 あた えその行動 こうどう に対 たい して責任 せきにん を持 も つことでもあった。
友 とも 会 かい 徒 と は全 すべ ての人 ひと は神 かみ から見 み て平等 びょうどう に作 つく られていると考 かんが えている。全 すべ ての人 ひと は同 おな じ神 しん の一 いち 撃 げき でできているから、平等 びょうどう に扱 あつか われる価値 かち がある。友 とも 会 かい 徒 と は重要 じゅうよう な役職 やくしょく に女性 じょせい を初 はじ めて就 つ け女性 じょせい の権利 けんり を向上 こうじょう させた人々 ひとびと であり、奴隷 どれい 制 せい 反対 はんたい の運動 うんどう を指導 しどう し、初 はじ めて精神病 せいしんびょう 者 しゃ と囚人 しゅうじん に人間 にんげん 的 てき な扱 あつか いを行 おこな った人々 ひとびと の一員 いちいん であった。
18世紀 せいき にロンドン の集会 しゅうかい で説教 せっきょう する女性 じょせい
友 とも 会 かい 徒 と にとって質素 しっそ であることは、一般 いっぱん に物 もの の所有 しょゆう と関連 かんれん し、地味 じみ の意味 いみ であることも珍 めずら しくなかった。友 とも 会 かい 徒 と は伝統 でんとう 的 てき に贅沢 ぜいたく をするより生活 せいかつ に必要 ひつよう なものの所有 しょゆう に制限 せいげん を加 くわ えてきた。最近 さいきん ではこの証明 しょうめい は生態 せいたい 系 けい にも広 ひろ がりを見 み せることも多 おお く、地球 ちきゅう 資源 しげん は公平 こうへい に分 わ け、それ以上 いじょう は使 つか うべきではないとしている。
友 とも 会 かい 徒 と の集会 しゅうかい 場 じょう (マンチェスター )
友 とも 会 かい 徒 と にとって礼拝 れいはい とは、日曜 にちよう ごとの普段 ふだん の礼拝 れいはい だけでなく、月例 げつれい の事務 じむ 会 かい 、結婚 けっこん 、葬儀 そうぎ など教会 きょうかい の機能 きのう は全 すべ て礼拝 れいはい の形式 けいしき で行 おこな う。クエーカーの礼拝 れいはい は、「プログラムされたもの」と「プログラムされていないもの」の2つが主 おも なものとなる。
「プログラムされていない」形式 けいしき は、友 とも 会 かい 徒 と にとって伝統 でんとう 的 てき な形式 けいしき であり、イギリス、アイルランド、オーストラリア 、ニュージーランド 、カナダ 、日本 にっぽん などで今 いま も行 おこな われている。「プログラムされていない」形式 けいしき では、友 とも 会 かい 徒 と は神 かみ の言葉 ことば を共 とも に「期待 きたい して待 ま つ」時間 じかん となる。会 かい 徒 と は沈黙 ちんもく して待 ま つ。一人 ひとり が集 あつ まった信徒 しんと と神 かみ の言葉 ことば を共有 きょうゆう できると感 かん じたら、立 た ち上 あ がり、共有 きょうゆう する(その人 ひと が「神職 しんしょく 」になる)。伝統 でんとう 的 てき に神 かみ の言葉 ことば 、証明 しょうめい 、神職 しんしょく 、演説 えんぜつ は用意 ようい されていないもので、友 とも 会 かい 徒 と は神 かみ のものであれ個人 こじん のものであれ、会員 かいいん の間 あいだ では霊感 れいかん の源 みなもと を解 と き放 はな つと言 い われている。時 とき に会合 かいごう は静 しず かなまま終 お わり、時 とき に数 すう 人 にん が話 はな し出 だ すこともある(「感 かん 話 ばなし 」)。感 かん 話 ばなし は聖書 せいしょ 朗読 ろうどく や証 あかし 、賛美 さんび 歌 か 歌唱 かしょう (無 む 伴奏 ばんそう )など様々 さまざま である。話 はなし の内容 ないよう は参加 さんか 者 しゃ がどのように感 かん じるかとは無関係 むかんけい である。通常 つうじょう 礼拝 れいはい は1時 じ 間 あいだ 程度 ていど で終 お わる(集 あつ まる人 ひと によって長短 ちょうたん はあるが)。
「プログラムされていない」形式 けいしき の礼拝 れいはい は、最初 さいしょ に入室 にゅうしつ した会 かい 徒 と が座 すわ り、他 た の会 かい 徒 と が静 しず かに入室 にゅうしつ すると、すぐに始 はじ まるとされている。礼拝 れいはい は事前 じぜん に決 き められた当番 とうばん (通常 つうじょう は「長老 ちょうろう 」)が近隣 きんりん の人 ひと と握手 あくしゅ して終 お わりになる。一人 ひとり が(通常 つうじょう 「集会 しゅうかい 書記 しょき 」)が立 た ち上 あ がり他 ほか の人 ひと と挨拶 あいさつ を交 か わした後 のち 、参加 さんか 者 しゃ 全員 ぜんいん が近隣 きんりん の人 ひと と握手 あくしゅ をする。多 おお くの集会 しゅうかい ではその後 ご でコーヒーか紅茶 こうちゃ が出 だ され、友人 ゆうじん や訪問 ほうもん 者 しゃ と交 まじ わりお喋 しゃべ りをする時間 じかん が設 もう けられる。
「プログラムのある」形式 けいしき は、19世紀 せいき のアメリカで自然 しぜん 崇拝 すうはい の機運 きうん が再興 さいこう した時期 じき にクエーカーに改宗 かいしゅう した人々 ひとびと のために始 はじ められた。友 とも 会 かい 徒 と 教会 きょうかい の礼拝 れいはい は、アメリカのプロテスタントの形式 けいしき に似 に ている。決 き まって聖書 せいしょ の朗読 ろうどく と賛美 さんび 歌 か 、牧師 ぼくし の説教 せっきょう がある。イギリスと英 えい 連邦 れんぽう 国 こく (カナダ・オーストラリアなど)とアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく 東北 とうほく 地区 ちく 以外 いがい のほとんどの友 とも 会 かい 徒 と は、この形式 けいしき で礼拝 れいはい している場合 ばあい が多 おお いようである。
集会 しゅうかい によっては「プログラムされた」形式 けいしき に準 じゅん じた礼拝 れいはい を行 おこな うところもあり、「プログラムされていない」形式 けいしき に賛美 さんび 歌 か と聖書 せいしょ 朗読 ろうどく のような要素 ようそ を取 と り入 い れている。
違 ちが う形式 けいしき の礼拝 れいはい があることは、アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく のクエーカーに「静粛 せいしゅく 礼拝 れいはい 」はリベラル、「プログラム派 は 」は保守 ほしゅ 的 てき という神学 しんがく 上 じょう の対立 たいりつ を齎 もたら しているとはいえ、厳密 げんみつ に分 わ けられるものではない。イギリスではアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく のような分裂 ぶんれつ はなかったため、「プログラムされていない」形式 けいしき が続 つづ いている。その結果 けっか 、イギリスの年会 ねんかい には更 さら に幅広 はばひろ い信仰 しんこう 理解 りかい の多様 たよう 性 せい が見 み られる。
夫婦 ふうふ が結婚 けっこん を決 き める友 とも 会 かい 徒 と の会合 かいごう は、伝統 でんとう 的 てき に結婚 けっこん の意思 いし 表示 ひょうじ をする場 ば になっている。友 とも 会 かい 徒 と の伝統 でんとう 的 てき な結婚式 けっこんしき は、他 た の礼拝 れいはい と似 に た形式 けいしき で行 おこな い、非 ひ 友 とも 会 かい 徒 と から見 み ると非常 ひじょう に異質 いしつ な点 てん が多 おお くある。クエーカーの結婚式 けっこんしき は、礼拝 れいはい と同 おな じ作法 さほう で行 おこな われる、つまり式 しき を取 と り仕切 しき り結婚 けっこん を認 みと める神父 しんぷ や上級 じょうきゅう 者 しゃ はいない。新郎 しんろう 新婦 しんぷ は今 いま も昔 むかし も神 かみ と人間 にんげん が見 み つめる前 まえ で結婚 けっこん する。
地域 ちいき ごとの業務 ぎょうむ の決定 けってい は、月々 つきづき の「業務 ぎょうむ 関係 かんけい 礼拝 れいはい 会 かい 」または単 たん に「業務 ぎょうむ 会合 かいごう 」で行 おこな われている。業務 ぎょうむ のための会合 かいごう は、礼拝 れいはい の形式 けいしき であり、決定 けってい 事項 じこう は全 すべ て聖霊 せいれい の導 みちび きにより調和 ちょうわ しているゆえに行 おこな われる(「調和 ちょうわ 」または「会合 かいごう の合理 ごうり 性 せい 」という)。
議決 ぎけつ はしない。その代 か わりに、業務 ぎょうむ 会合 かいごう は教団 きょうだん のために神 かみ が意図 いと するところを得 え ようとする。会合 かいごう の参加 さんか 者 しゃ は、各自 かくじ の中 なか で神 かみ の意志 いし を聴 き こうとし、導 みちび きがあれば、会衆 かいしゅう と分 わ かち合 あ おうとする。それぞれが他人 たにん の貢献 こうけん に注意深 ちゅういぶか く耳 みみ を傾 かたむ ける。
全員 ぜんいん が「前進 ぜんしん した」と感 かん じれば決定 けってい がなされる。時折 ときおり 問題 もんだい 点 てん を保留 ほりゅう する友 とも 会 かい 徒 と がいるが、こうした会 かい 徒 と は、全体 ぜんたい の調和 ちょうわ に組 くみ しないが、グループの決定 けってい に反対 はんたい するわけではない。他 ほか にも何 なん 人 にん かが依然 いぜん 反対 はんたい していても調和 ちょうわ に達 たっ する可能 かのう 性 せい があるが、反対 はんたい 意見 いけん も考慮 こうりょ されて会合 かいごう は進 すす み、会合 かいごう の意義 いぎ は明 あき らかである。
友 とも 会 かい 徒 と の業務 ぎょうむ は、実務 じつむ 的 てき ではないように感 かん じる。手順 てじゅん は失敗 しっぱい と遅滞 ちたい があっても、できる限 かぎ りうまくやっている。決定 けってい がなされるまでに問題 もんだい 点 てん は全 すべ て明 あき らかになり、教団 きょうだん は決定 けってい の準備 じゅんび が完了 かんりょう する。会合 かいごう で決 き めるということは、極端 きょくたん に違 ちが う決定 けってい があっても、350年 ねん 以上 いじょう キリスト友 とも 会 かい の中核 ちゅうかく をなしてきた。クエーカー指揮 しき の決定 けってい は、近年 きんねん 世俗 せぞく 社会 しゃかい で用 もち いられるようになって来 き た。(合意 ごうい 形成 けいせい (Consensus decision-making )を参照 さんしょう のこと。)
クエーカーの葬儀 そうぎ も、礼拝 れいはい の形式 けいしき で行 おこな う。友 とも 会 かい 徒 と は礼拝 れいはい に集 あつ まり、故人 こじん の思 おも い出 で を語 かた り合 あ う。特 とく に参列 さんれつ 者 しゃ が多 おお いと、葬儀 そうぎ は1時間 じかん 以上 いじょう 掛 か かることが多 おお い。葬儀 そうぎ ではクエーカーなりの方法 ほうほう で故人 こじん の思 おも い出 で となるものが配 くば られ、大抵 たいてい はほとんどの人 ひと へのお別 わか れの品 しな になる。家族 かぞく は墓碑銘 ぼひめい の「質素 しっそ 」に関係 かんけい ある証明 しょうめい を多 おお くの集会 しゅうかい に参加 さんか して再 さい 確認 かくにん する。
前列 ぜんれつ 左 ひだり から板垣 いたがき 母子 ぼし 、メアリ・ハリス・モリス、ミス・ヘーンズ、後列 こうれつ 左 ひだり から北村 きたむら 透谷 とうこく 、ウィスター・モリス、ジョセフ・コサンド
1885年 ねん にキリスト友 とも 会 かい 婦人 ふじん 外国 がいこく 伝道 でんどう 協会 きょうかい から最初 さいしょ の宣教師 せんきょうし 、ジョセフ・コサンド が派遣 はけん された。
戦後 せんご の日本 にっぽん においてはGHQ のボナー・フェラーズ 准 じゅん 将 しょう が熱心 ねっしん なクエーカー教徒 きょうと で、日本 にっぽん でのクエーカーの布教 ふきょう 活動 かつどう に精力 せいりょく を注 そそ いだ。また、信徒 しんと のエリザベス・ヴァイニング は、後 のち に天皇 てんのう となる皇太子 こうたいし ・上皇 じょうこう 明仁 あきひと の家庭 かてい 教師 きょうし を務 つと めた。
日本 にっぽん では「キリスト友 とも 会 かい 日本 にっぽん 年会 ねんかい 」が組織 そしき され、東京 とうきょう 都 と (港 みなと 区 く 、新宿 しんじゅく 区 く )・茨城 いばらき 県 けん (水戸 みと 市 し 、土浦 つちうら 市 し 、下妻 しもづま 市 し )・大阪 おおさか 府 ふ (高槻 たかつき 市 し )の3都府県 とふけん で計 けい 6か所 しょ の月 つき 会 かい が組織 そしき されている。また、系列 けいれつ の中学校 ちゅうがっこう ・高校 こうこう (普 ひろし 連 れん 土 ど 学園中 がくえんなか 学校 がっこう ・高等 こうとう 学校 がっこう )や社会 しゃかい 福祉 ふくし 施設 しせつ 、幼稚園 ようちえん などが設立 せつりつ されている。礼拝 れいはい 形式 けいしき は「プログラムされていない」ものであり、神学 しんがく 的 てき には極 きわ めてリベラルで平和 へいわ 主義 しゅぎ 的 てき である。聖書 せいしょ 研究 けんきゅう 会 かい や平和 へいわ に関 かん する学習 がくしゅう 会 かい なども定期 ていき 的 てき に行 おこ なっている。
日本人 にっぽんじん 信徒 しんと としては、上述 じょうじゅつ の石谷 いしがや 行 こう や新渡戸 にとべ 稲造 いなぞう らが著名 ちょめい である。
主 おも な執筆 しっぴつ 者 しゃ 名 めい の50音 おと 順 じゅん 。
発行 はっこう 年 ねん 順 じゅん 。
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