この項目 こうもく では、漫画 まんが 全般 ぜんぱん について説明 せつめい しています。日本 にっぽん の漫画 まんが については「日本 にっぽん の漫画 まんが 」をご覧 らん ください。
漫画 まんが (まんが、英語 えいご : comic (コミック ) / 複数 ふくすう 形 がた :英語 えいご : comics (コミックス )、cartoon 、manga)は、狭義 きょうぎ では笑 わら い を企図 きと した絵 え をいい、「戯画 ぎが (カリカチュア )」の概念 がいねん と近 ちか い。広義 こうぎ では、必 かなら ずしも笑 わら いを目的 もくてき としない「劇画 げきが 」「ストーリー漫画 まんが 」「落書 らくが き 」「アニメ 」なども含 ふく み、幅広 はばひろ い意味 いみ を持 も つ。マンガという表記 ひょうき も漢字 かんじ 以上 いじょう に広 ひろ く使 つか われており、特 とく に漫の字 じ がユーモアを想起 そうき させることから、広義 こうぎ で用 もち いる場合 ばあい はその傾向 けいこう がある。
日本 にっぽん では明治 めいじ 時代 じだい に輸入 ゆにゅう された"comic"、"cartoon"[注 ちゅう 1] の日本語 にほんご 訳 わけ として「漫画 まんが 」という言葉 ことば を北澤 きたざわ 楽天 らくてん や今泉 いまいずみ 一瓢 いっぴょう が使用 しよう したことに始 はじ まって以後 いご 、漫画 まんが はcomicと同義 どうぎ として扱 あつか われるようになり、その意味 いみ での「漫画 まんが 」が昭和 しょうわ 初期 しょき に普及 ふきゅう し、現代 げんだい における漫画 まんが という語 かたり へ定着 ていちゃく するようになった[1] [2] 。本 ほん 項 こう では、日本 にっぽん の漫画 まんが のみではなく、漫画 まんが 全般 ぜんぱん について説明 せつめい する。
ウィンザー・マッケイ 『Little Sammy Sneeze』(1905年 ねん )
漫画 まんが は、現時 げんじ 性 せい と線上 せんじょう 性 せい とが複 ふく 合 あわ した一連 いちれん の絵 え である。現時 げんじ 性 せい とは「そのすべてを一望 いちぼう して把握 はあく できること」、線上 せんじょう 性 せい とは「流 なが れの中 なか で部分 ぶぶん をたどり、把握 はあく していくこと」である。法隆寺 ほうりゅうじ の落書 らくが き のような卑俗 ひぞく な笑 わら いから、フランス革命 かくめい 前夜 ぜんや のビラ のような体制 たいせい への嘲笑 ちょうしょう であったり、また時 とき に、ゴヤ のような人間 にんげん 存在 そんざい を揺 ゆ るがす鋭 するど いブラックユーモア であったりする。その歴史 れきし は長 なが く、時代 じだい ・地域 ちいき ・社会 しゃかい 層 そう によりさまざまな形 かたち で存在 そんざい してきた。その形式 けいしき はきわめて多様 たよう であり、厳格 げんかく な定義 ていぎ はほとんど意味 いみ をなさない。
漫画 まんが は、簡略 かんりゃく 化 か と事象 じしょう の抽象 ちゅうしょう 化 か が特徴 とくちょう とされる。現代 げんだい 漫画 まんが は、映画 えいが などの影響 えいきょう を受 う けて20世紀 せいき に世界 せかい 的 てき に発展 はってん した、ストーリーのある「コマ 割 わ り漫画 まんが 」のcomics(コミック)と、「一 いち コマ漫画 まんが 」のcartoon(カートゥーン)に分類 ぶんるい することができる[3] 。
視覚 しかく 情報 じょうほう を絵 え として提示 ていじ する(文章 ぶんしょう による説明 せつめい ではない)。
絵 え は話 はなし の展開 てんかい を動的 どうてき に描写 びょうしゃ し、情報 じょうほう の本質 ほんしつ 部分 ぶぶん を占 し める(挿絵 さしえ とは異 こと なる)。
聴覚 ちょうかく 情報 じょうほう は人物 じんぶつ のセリフは文字 もじ として、音 おと が擬音 ぎおん として表現 ひょうげん される。ただし、音楽 おんがく は擬音 ぎおん ではなく絵 え やコマ の行間 ぎょうかん のようなもので表現 ひょうげん される場合 ばあい が多 おお い。
コマ やフキダシ など独特 どくとく の形式 けいしき を持 も っている。
漫画 まんが では情景 じょうけい や人物 じんぶつ の動作 どうさ などは情報 じょうほう 伝達 でんたつ の際 さい に、その絵 え を提示 ていじ することで表現 ひょうげん されることがある。視覚 しかく 芸術 げいじゅつ の一 いち 分野 ぶんや に位置 いち づけられるが、1つの画面 がめん で完結 かんけつ しない「時間 じかん の継起 けいき 性 せい 」において、時間 じかん の一瞬 いっしゅん を切 き り取 と った(近代 きんだい 以降 いこう の)絵画 かいが とは区別 くべつ する傾向 けいこう があり、1つの画面 がめん (フレーム)がコマを指 さ すのか紙面 しめん を指 さ すのか不 ふ 確定 かくてい なところに、フレームが1つしかない映画 えいが との区別 くべつ がなされる。
本 ほん 記事 きじ においては漫画 まんが と表記 ひょうき されているが、「マンガ 」や「まんが 」と表記 ひょうき される場合 ばあい 、これらの表記 ひょうき は意図 いと 的 てき に用 もち いられている場合 ばあい もある。ただし個々 ここ の評論 ひょうろん 家 か や研究 けんきゅう 者 しゃ によって定義 ていぎ は異 こと なる。
漫画 まんが と他 た のメディアの比較 ひかく
メディア
視覚 しかく 情報 じょうほう の表現 ひょうげん
聴覚 ちょうかく 情報 じょうほう の表現 ひょうげん
画像 がぞう の連続 れんぞく 性 せい
漫画 まんが
絵 え を提示 ていじ
声 こえ は文字 もじ 化 か 音 おと は擬音 ぎおん
動的 どうてき
絵本 えほん
絵 え の提示 ていじ と文章 ぶんしょう での説明 せつめい
声 こえ は文字 もじ 化 か 音 おと は文章 ぶんしょう 表現 ひょうげん か擬音 ぎおん
静的 せいてき ・挿絵 さしえ 的 てき
小説 しょうせつ
文章 ぶんしょう のみで説明 せつめい (挿絵 さしえ が入 はい る場合 ばあい がある)
声 こえ は文字 もじ 化 か 音 おと は文章 ぶんしょう 表現 ひょうげん か擬音 ぎおん
なし(挿絵 さしえ は静的 せいてき )
オーディオドラマ
音声 おんせい のみで説明 せつめい
声 こえ も音 おと も直接 ちょくせつ 提示 ていじ
なし
映画 えいが ・アニメ・ドラマ
映像 えいぞう を直接 ちょくせつ 提示 ていじ
声 こえ も音 おと も直接 ちょくせつ 提示 ていじ テロップによって表現 ひょうげん されることもある
動的 どうてき ・実 じつ 時間 じかん 的 てき
紙芝居 かみしばい
絵 え を提示 ていじ
声 こえ は読 よ み手 て の発声 はっせい 音 おと は読 よ み手 て の発声 はっせい による文章 ぶんしょう 表現 ひょうげん か擬音 ぎおん
静的 せいてき ・挿絵 さしえ 的 てき
絵画 かいが ・イラスト
絵 え を提示 ていじ
なし
静的 せいてき
「漫画 まんが 」という言葉 ことば は、字義 じぎ 的 てき には「気 き の向 む くままに漫然 まんぜん と描 えが いた画 が 」という意味 いみ である。語源 ごげん はよくわかっていないが、随筆 ずいひつ を意味 いみ する漢語 かんご 「漫筆 まんぴつ 」が「漫筆 まんぴつ 画 が 」を経 へ て「漫画 まんが 」になったとする説 せつ と、「漫画 まんが (まんかく)」という名 な のヘラサギに由来 ゆらい するとの説 せつ がある。江戸 えど 時代 じだい には、山東 さんとう 京伝 きょうでん (『四 よん 時 じ 交加』、1798年 ねん )[4] や浮世絵 うきよえ 師 し の葛飾 かつしか 北斎 ほくさい (北斎 ほくさい 漫画 まんが 初版 しょはん 、文化 ぶんか 11年 ねん (1814年 ねん ))[5] の作品 さくひん の序文 じょぶん や題名 だいめい で、用語 ようご 「漫画 まんが 」が「絵 え による随筆 ずいひつ 」「戯画 ぎが 風 ふう のスケッチ」という意味 いみ で使用 しよう されている[6] 。
明治 めいじ 時代 じだい になると、今泉 いまいずみ 一瓢 いっぴょう が"caricature"や"cartoon"の訳語 やくご として「漫画 まんが 」を用 もち いた。北澤 きたざわ 楽天 らくてん は"comic"の訳語 やくご として「漫画 まんが 」を使用 しよう し、以降 いこう はこの意味 いみ が「漫画 まんが 」のもっとも一般 いっぱん 的 てき な用法 ようほう として定着 ていちゃく した。
英語 えいご でコマ割 わ り漫画 まんが を意味 いみ するcomics (コミック)は、ギリシャ語 ご で「喜劇 きげき 」を意味 いみ するΚωμικός (コーミコス)から派生 はせい した、「滑稽 こっけい な」を意味 いみ する形容詞 けいようし comicに由来 ゆらい する言葉 ことば である(現代 げんだい のギリシャ語 ご でも、同 おな じ語源 ごげん を持 も ち、おそらくは英語 えいご の影響 えいきょう をも受 う けた用語 ようご Κόμικς (コーミクス)が、漫画 まんが の意味 いみ で使 つか われている)。初期 しょき の漫画 まんが の多 おお くはほぼ同 おな じサイズのコマを一 いち 列 れつ に並 なら べたものであり、また、ほとんどは滑稽 こっけい な内容 ないよう を扱 あつか っていたために、これらのジャンルにはcomic strip (コミック・ストリップ 、滑稽 こっけい な端切 はぎ れ)という呼 よ び名 な が与 あた えられた。それらを一 いち 冊 さつ の冊子 さっし にまとめたものはcomic book (コミック・ブック 、滑稽 こっけい な本 ほん )と呼 よ ばれ、それが短縮 たんしゅく されてcomicとなった。しかしながら、漫画 まんが が深刻 しんこく なテーマを取 と り扱 あつか うようになると、それらに冠 かん されたcomicという名 な は混乱 こんらん をもたらし、 これを嫌 きら ったアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく の漫画 まんが 家 か ウィル・アイズナー はsequential art (シーケンシャル・アート、「連続 れんぞく された絵画 かいが 」の意味 いみ )という呼 よ び名 な を導入 どうにゅう した。なお、英語 えいご のcomicはアイズナーが代替 だいたい 語 ご としてsequential artという用語 ようご を提案 ていあん したことからも分 わ かる通 とお り、原則 げんそく 的 てき には複数 ふくすう のコマで構成 こうせい される漫画 まんが のみを指 さ す用語 ようご である。英語 えいご では一 いち コマ漫画 まんが はcartoon (カートゥーン )あるいはpanel(パネル)と呼 よ ばれる。現代 げんだい の英語 えいご のcartoonという用語 ようご が、もっぱらanimated cartoon(アニメーション作品 さくひん )を指 さ す言葉 ことば として使 つか われるようになったため、印刷 いんさつ 媒体 ばいたい の上 うえ での一 いち コマ漫画 まんが であることを強調 きょうちょう したいときは、printed cartoonと表記 ひょうき される。
英語 えいご のcomicという言葉 ことば はヨーロッパ諸国 しょこく へも輸出 ゆしゅつ され、ドイツ語 ご のComic (コミーク)やロシア語 ご のКомикс などの呼 よ び名 な は、英語 えいご のcomicに由来 ゆらい する。オランダ語 ご ではおもにstrip が漫画 まんが の呼 よ び名 な として使 つか われている。ただし、ドイツ語 ご でも漫画 まんが に対 たい して自国 じこく 語 ご 由来 ゆらい のBildergeschichte (ビルダーゲシヒテ、絵 え の物語 ものがたり )という言葉 ことば が使 つか われることがある。
一方 いっぽう 、漫画 まんが に対 たい して英語 えいご のcomicとは異 こと なる呼 よ び名 な を持 も つ言語 げんご 圏 けん も多数 たすう あり、フランス やベルギー といったフランス語 ふらんすご 圏 けん ではbande dessinée (バンド・デシネ )が使 つか われている。これは「絵 え の描 えが かれた帯 おび 」という意味 いみ で[7] 、英語 えいご のcomic stripと同様 どうよう に、漫画 まんが のコマの配列 はいれつ について言及 げんきゅう した言葉 ことば である。
フィンランド語 ご のsarjakuva (サルヤクヴァ、「連結 れんけつ した(sarja)」+「画像 がぞう (kuva)」)も、やはり同様 どうよう の意味 いみ の言葉 ことば である。
スペイン語 ご では、アメリカンコミックのようなストーリー性 せい のあるものはそのままcomic (コミック) 、もっと軽 かる い、どちらかといえば子供 こども 向 む けのものはtebeo (テベオ、単語 たんご の由来 ゆらい は後述 こうじゅつ **) 、風刺 ふうし 画 が 、戯画 ぎが のようなものはhistorieta (イストリエタ)[8] 、viñeta (ビニェータ)、caricatura (カリカトゥーラ)などと呼 よ ばれる。近年 きんねん スペインでは絵 え やストーリーのスタイルが日本 にっぽん の漫画 まんが から大 おお きな影響 えいきょう を受 う けている作品 さくひん 群 ぐん はそのままmanga (マンガ) と呼 よ ばれ、2012年 ねん には王立 おうりつ スペイン語 ご アカデミー編纂 へんさん のスペイン語 ご 辞書 じしょ 第 だい 23版 はん にも外来 がいらい 語 ご として記載 きさい されるようになった。
tebeo (テベオ)は1917年 ねん にバルセロナ で創刊 そうかん された長寿 ちょうじゅ 漫画 まんが 雑誌 ざっし TBO に由来 ゆらい する。TBO はスペイン語 ご のte veo(私 わたし は君 きみ を見 み る)からつけられたタイトルである。
イタリア語 ご では漫画 まんが はfumetto (フメット)と呼 よ ばれる。これはイタリア語 ご で「煙 けむり 」を表 あらわ すfumo(フーモ)に由来 ゆらい する言葉 ことば で、漫画 まんが のフキダシの形 かたち からこの呼 よ び名 な が生 う まれた。fumettoの複数 ふくすう 形 がた はfumetti(フメッティ)であるが、この言葉 ことば はアメリカではイタリアの漫画 まんが よりも、むしろ写真 しゃしん を用 もち いた漫画 まんが を表 あらわ す言葉 ことば として使 つか われている。
中国 ちゅうごく 語 ご 圏 けん や韓国 かんこく 語 ご 圏 けん では、日本 にっぽん から輸出 ゆしゅつ された「漫画 まんが 」の表記 ひょうき のそれぞれの現地 げんち 発音 はつおん による「漫画 まんが 」(台湾 たいわん と香港 ほんこん では「漫畫 まんが 」)(マンホア )や만화 (マンファ )という呼 よ び名 な を使 つか う。
エスペラント語 ご では漫画 まんが 一般 いっぱん を指 さ す言葉 ことば として、bildo(画像 がぞう )とliteraturo(文学 ぶんがく )を組 く み合 あ わせた言葉 ことば bildliteraturo (ビルドリテラツロ)が作 つく られたが、日本 にっぽん 風 ふう の漫画 まんが に関 かん してはmangao (マンガーオ)と表記 ひょうき することもある。
日本 にっぽん では、一般 いっぱん に「漫画 まんが 」「マンガ」「まんが」「コミック」などと呼称 こしょう されている。古 ふる い呼 よ び方 かた としては、日本 にっぽん 初 はつ の漫画 まんが 雑誌 ざっし ジャパン・パンチ に由来 ゆらい する「ポンチ」という名 な が明治 めいじ から大正 たいしょう 年間 ねんかん にかけて使用 しよう されていた[9] 。その名残 なごり で、出版 しゅっぱん 業 ぎょう などビジネス界 かい では、漫画 まんが 絵 え のことを「ポンチ絵 ぽんちえ 」とも呼称 こしょう している(製造 せいぞう 業 ぎょう ではポンチ絵 ぽんちえ はラフ(簡単 かんたん な絵 え の概略 がいりゃく 構想 こうそう 図 ず )の類似 るいじ 表現 ひょうげん である)。詳細 しょうさい は「日本 にっぽん の漫画 まんが 」項 こう を参照 さんしょう 。
漫画 まんが 発祥 はっしょう の時期 じき と場所 ばしょ については、おもに漫画 まんが の定義 ていぎ に依存 いぞん する多数 たすう の異 こと なった説 せつ が存在 そんざい する。
戯画 ぎが 的 てき 漫画 まんが ・落書 らくが きは、その大衆 たいしゅう 的 てき 性格 せいかく から(また時 とき に体制 たいせい 批判 ひはん 的 てき な内容 ないよう から)、美術 びじゅつ が権力 けんりょく 者 しゃ や宗教 しゅうきょう に従事 じゅうじ していた古代 こだい や中世 ちゅうせい には、積極 せっきょく 的 てき に残 のこ される努力 どりょく はされなかった。それゆえに作例 さくれい がかなり限 かぎ られてくる。日本 にっぽん の現存 げんそん する最古 さいこ の漫画 まんが の作例 さくれい では、法隆寺 ほうりゅうじ に残 のこ された漫画 まんが が挙 あ げられる。古代 こだい エジプトの漫画 まんが としては、権力 けんりょく 者 しゃ を動物 どうぶつ 化 か して表現 ひょうげん した漫画 まんが が存在 そんざい している。これは壁画 へきが や壷 つぼ 絵 え などが複数 ふくすう 残 のこ されている。古代 こだい ギリシア でも、壷 つぼ 絵 え には多 おお くの戯画 ぎが 的 てき 表現 ひょうげん を見出 みいだ すことができるが、古代 こだい 世界 せかい で多 おお くの漫画 まんが が残 のこ されているのはポンペイ である。この古代 こだい ローマ 時代 じだい の地方 ちほう 都市 とし は、ある日 ひ 突然 とつぜん に火山 かざん の噴火 ふんか によって町 まち が灰 はい に埋 うず もれたことから、普通 ふつう では残 のこ ることのないようなごくごく日常 にちじょう 的 てき な絵画 かいが や漫画 まんが の類 るい まで残 のこ されている。これらは偶然 ぐうぜん に残 のこ されたこと、庶民 しょみん 的 てき 性格 せいかく 、おおらかな性 せい の表現 ひょうげん といった点 てん で似 に ている。
また、宗教 しゅうきょう において写本 しゃほん 画 が のごくごく目立 めだ たない部分 ぶぶん に落書 らくが きがあったり、後期 こうき 中世 ちゅうせい を通 つう じて大量 たいりょう に流布 るふ していた木版 もくはん 画 が には、民衆 みんしゅう 的 てき ユーモアを確認 かくにん することができる。日本 にっぽん の仏典 ぶってん の端 はし には、写 うつし 学生 がくせい の気晴 きば らしと思 おも われる漫画 まんが などがみられる。ゴシック末期 まっき の、たとえばショーンガウアーやボッスの作品 さくひん には、さまざまな戯画 ぎが 的 てき 世界 せかい が見 み られる。宗教 しゅうきょう 関連 かんれん では、仏教 ぶっきょう では釈迦 しゃか 一代記 いちだいき 曼荼羅 まんだら が描 えが かれた。これは、釈迦 しゃか の両親 りょうしん から、象 ぞう の夢 ゆめ による妊娠 にんしん に始 はじ まって、出家 しゅっけ 、涅槃 ねはん までを、中央 ちゅうおう の釈迦 しゃか を中心 ちゅうしん に、左下 ひだりした から反 はん 時計 とけい 回 まわ りに展開 てんかい したものである。一方 いっぽう 、キリスト教 きりすときょう では、イエス の物語 ものがたり を語 かた り継 つ ぐことが信仰 しんこう の中心 ちゅうしん となったこともあり、十字架 じゅうじか の道 みち (Via Crucis)が多 おお くの教会 きょうかい の内部 ないぶ (巡礼 じゅんれい に倣 なら うために、各 かく 柱 はしら の下 した )に描 えが かれた。これは、イエスの死刑 しけい 宣告 せんこく から復活 ふっかつ まで、14コマ+1コマで描 えが くものであり、イエスやピラト、マリア、シモン、ベロニカなどのキャラクターが定型 ていけい 的 てき に描 えが かれる。これらを原点 げんてん として、仏教 ぶっきょう でも、キリスト教 きょう でも、さまざまな時間 じかん 的 てき な物語 ものがたり が、絵 え や彫刻 ちょうこく 、ステンドグラスのコマ、ないし連続 れんぞく 的 てき 展開 てんかい によって説明 せつめい される形式 けいしき が確立 かくりつ されていた。ただし、当時 とうじ の民衆 みんしゅう は文字 もじ が読 よ めない場合 ばあい が多 おお かったために、説明 せつめい は宗教 しゅうきょう 家 か の活弁 かつべん によって補 おぎな われる必要 ひつよう があった。
ルネサンス美術 びじゅつ は、きわめて多様 たよう な作例 さくれい を残 のこ している。特 とく に16世紀 せいき 以降 いこう は、美術 びじゅつ に従事 じゅうじ するものは個性 こせい 的 てき であることが優 すぐ れていると考 かんが えられ、そのために表現 ひょうげん の幅 はば が広 ひろ げられた。レオナルド・ダ・ヴィンチ は奇妙 きみょう ・奇 き 怪 かい なものに非常 ひじょう に関心 かんしん を示 しめ し、彼 かれ の手 て 稿 こう には多 おお くの戯画 ぎが が残 のこ されている。レオナルドの興味 きょうみ はマニエリスム を予感 よかん させる。そしてまた、民衆 みんしゅう 的 てき な笑 わら いのセンスが、芸術 げいじゅつ 的 てき な形 かたち に現 あらわ れた時代 じだい でもあった。後期 こうき ルネサンスやマニエリスムには、下卑 げび た笑 わら い、エロティックなもの、世相 せそう 批判 ひはん 的 てき なもの、そういったまるでフランソワ・ラブレー の世界 せかい が、美術 びじゅつ に展開 てんかい し、枚挙 まいきょ に暇 ひま がない。それは漫画 まんが と密 みつ に通 つう じている。代表 だいひょう 的 てき な美術家 びじゅつか としては、ピーテル・ブリューゲル (父 ちち )、ジャック・カロ 、ジュリオ・ロマーノ 、ルーカス・クラーナハ (父 ちち )などがいる。カロや、クラーナハの場合 ばあい 、当時 とうじ 飛躍 ひやく 的 てき に発展 はってん しつつあった印刷 いんさつ 技術 ぎじゅつ との関連 かんれん においても重要 じゅうよう である。
ウィリアム・ホガースによる連作 れんさく 『The Rake's Progress(道楽者 どうらくもの のなりゆき)』(1733年 ねん )の最後 さいご の一 いち 枚 まい
「コミック・アートの歴史 れきし 」を著 あらわ したR.セービンは、漫画 まんが は本質 ほんしつ 的 てき に印刷 いんさつ 媒体 ばいたい と関連 かんれん づけられているという主張 しゅちょう の下 した に、印刷 いんさつ 術 じゅつ の発明 はつめい により漫画 まんが の形式 けいしき が具体 ぐたい 化 か されたとの見解 けんかい に立 た っている。したがって、印刷 いんさつ 術 じゅつ に先立 さきだ つすべての漫画 まんが のバリエーションは、あくまで漫画 まんが の先行 せんこう 形式 けいしき であり、漫画 まんが の系譜 けいふ に属 ぞく するものとはみなせないとするのが、セービンの見解 けんかい であった。
漫画 まんが の形式 けいしき を備 そな えているとみなせる、現在 げんざい 残 のこ されている初期 しょき の作品 さくひん はフランシス・バーローによる『A True Narrative of the Horrid Hellish Popish Plot(恐 おそれ るべき地獄 じごく のようなカトリック陰謀 いんぼう 事件 じけん についての真実 しんじつ の物語 ものがたり )』(1682年 ねん )である。これは、コマ絵 え の連続 れんぞく で経緯 けいい が描 えが かれ、セリフはフキダシによって表現 ひょうげん されている。その後 ご 、同様 どうよう の形式 けいしき を持 も つものはいくつも発表 はっぴょう されているが、エディ・キャンベルは「それらの作品 さくひん は漫画 まんが というよりも、風刺 ふうし 画 が の連作 れんさく ではないか」と反論 はんろん している。この時期 じき の特筆 とくひつ すべき制作 せいさく 者 しゃ としては、トマス・ローランドソン 、ジャン・ヴァンデルフフト、ジェームズ・ギルレイ 、ジョージ・クルックシャンク がいる。ローランドソンとギルレイの作品 さくひん の中 なか には、フキダシを導入 どうにゅう しているものも見 み られる。
それらの中 なか でも、当時 とうじ の政治 せいじ を風刺 ふうし したローランドソンの1784年 ねん の作品 さくひん 『The loves of the fox and the badger, or the coalition wedding』は、キャプション、フキダシ、きちんと展開 てんかい するコマ形式 けいしき を備 そな えたうえに、思考 しこう 表現 ひょうげん のフキダシも持 も ち、コマ漫画 まんが のプロトタイプであるとみなされ、このローランドソンの作品 さくひん は、絵 え 物語 ものがたり の連続 れんぞく 表現 ひょうげん としてのコマ漫画 まんが 形式 けいしき の普及 ふきゅう を促進 そくしん したといえる[10] 。
ロドルフ・テプフェール による絵 え 物語 ものがたり 『Histoire de monsieur Jabot(ジャボ氏 し 物語 ものがたり )』(1833年 ねん )
スイス のロドルフ・テプフェール は、19世紀 せいき 前半 ぜんはん の漫画 まんが 史 し における重要 じゅうよう 人物 じんぶつ である。コマ絵 え とその下 した に添 そ えられた文 ぶん からなるテプフェールによる一連 いちれん の作品 さくひん は、ヨーロッパとアメリカのさまざまな地域 ちいき で出版 しゅっぱん された(ただし、この作品 さくひん にはフキダシは用 もち いられていない)。当時 とうじ の著作 ちょさく 権 けん 法 ほう の不在 ふざい により海賊 かいぞく 出版 しゅっぱん されたこれらの翻訳 ほんやく 版 ばん は、両 りょう 大陸 たいりく で漫画 まんが という形式 けいしき を持 も つ作品 さくひん のための市場 いちば を整 ととの えた[11] 。
1845年 ねん に、テプフェールは著書 ちょしょ 『Essai de Physiognomonie(人相 にんそう 学 がく エッセイ)』の中 なか で、彼 かれ の考 かんが えを形式 けいしき づけている。「絵 え 物語 ものがたり を構築 こうちく し、しばしば澱 おり となって沈 しず んでいる素材 そざい から可能 かのう 性 せい を余 あま さず引 ひ き出 だ してやるのに、名匠 めいしょう の業 ごう を身 み につける必要 ひつよう はない。絵 え 物語 ものがたり の構築 こうちく は、単 たん に鉛筆 えんぴつ 画 が で軽佻 けいちょう 浮薄 ふはく なカリカチュアを描 えが き出 だ すことではない。また、単 たん に世間 せけん の噂 うわさ 話 ばなし を物語 ものがたり にすることでも、駄洒落 だじゃれ を絵画 かいが 化 か することでもない。あなたは実際 じっさい にある種 しゅ の演劇 えんげき を発明 はつめい し、企画 きかく に沿 そ った形 かたち で部品 ぶひん を配置 はいち し、全体 ぜんたい を満足 まんぞく な形 かたち に整 ととの えねばならない。ただジョークを書 か き綴 つづ ったり、対句 ついく を繰 く り返 かえ したりするだけでは駄目 だめ なのだ。それが優 すぐ れたものであるにせよ、劣 おと ったものであるにせよ、真面目 まじめ なものであるにせよ、馬鹿 ばか げたものであるにせよ、狂 くる ったものであるにせよ、正常 せいじょう なものであるにせよ、あなたは『本 ほん 』を作 つく るのである」[12]
美術 びじゅつ 史家 しか エルンスト・ゴンブリッチ は、テプフェールを新 あら たな絵画 かいが 言語 げんご の発明 はつめい 者 しゃ として認識 にんしき している。これは読者 どくしゃ 自身 じしん の想像 そうぞう 力 りょく によって補 おぎな われる、省略 しょうりゃく された表現 ひょうげん 形式 けいしき であった。
デイヴィド・カンズル(アメリカ)やティエリ・グルンステン(フランス)などの漫画 まんが 史 し の研究 けんきゅう 者 しゃ によれば、テプフェールは現代 げんだい 的 てき な意味 いみ でのコマ漫画 まんが (コミック・ストリップ 、バンド・デシネ )という表現 ひょうげん 形式 けいしき を事実 じじつ 上 じょう 発明 はつめい した人 ひと として評価 ひょうか され、「コマ漫画 まんが の父 ちち 」とも呼 よ ばれている。
ジョン・リーチ (英語 えいご 版 ばん ) による風刺 ふうし 漫画 まんが 『Substance and Shadow(実体 じったい と影 かげ )』(1843年 ねん )
19世紀 せいき には、新聞 しんぶん 紙上 しじょう での風刺 ふうし 漫画 まんが が人気 にんき を博 はく した。1841年 ねん 、イギリスで風刺 ふうし 漫画 まんが 雑誌 ざっし 『パンチ 』が創刊 そうかん された。1843年 ねん に、『パンチ』は当時 とうじ フレスコ画 が の下絵 したえ (カートゥーン)展示 てんじ 会 かい を行 おこな っていたイギリスの国会 こっかい 議事堂 ぎじどう を揶揄 やゆ して、誌上 しじょう に掲載 けいさい された風刺 ふうし 漫画 まんが を「カートゥーン (cartoon)」と名付 なづ けた。この用語 ようご は漫画 まんが を表 あらわ す一般 いっぱん 的 てき な英語 えいご となり、現代 げんだい でも使 つか われている。同種 どうしゅ の風刺 ふうし 漫画 まんが 雑誌 ざっし として、ヨーロッパ 大陸 たいりく ではドイツの『フリーゲンデ・ブレッター』やフランスの『シャリバリ』があり、アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく では『ジャッジ』と『パック』が人気 にんき を博 はく していた。
1865年 ねん に、ドイツでヴィルヘルム・ブッシュによる『マックスとモーリッツ 』が新聞 しんぶん 紙上 しじょう で発表 はっぴょう された。この絵 え 物語 ものがたり は漫画 まんが の重要 じゅうよう な先駆 せんく 作品 さくひん であると考 かんが えられている。この頃 ころ から中国 ちゅうごく では漫画 まんが の形式 けいしき が整 ととの い始 はじ め、1927年 ねん には完成 かんせい した。
1884年 ねん にイギリスで雑誌 ざっし 形式 けいしき により出版 しゅっぱん された『アリー・スローパーの半休 はんきゅう 日 び 』は、特定 とくてい の主人公 しゅじんこう (アリー・スローパー)による最初 さいしょ の連載 れんさい 漫画 まんが として評価 ひょうか されている。1890年 ねん には、イギリスでさらに2冊 さつ の漫画 まんが 雑誌 ざっし 『コミック・カッツ』と『イラストレーテッド・チップス』が登場 とうじょう した。これらの漫画 まんが はアメリカでも新聞 しんぶん 連載 れんさい された。これらの作品 さくひん により、定期 ていき 刊行 かんこう 雑誌 ざっし としてのブリティッシュ・コミックの伝統 でんとう が確立 かくりつ された。
一般 いっぱん 的 てき な基準 きじゅん による、特定 とくてい の登場 とうじょう 人物 じんぶつ が登場 とうじょう する最初 さいしょ の成功 せいこう した連載 れんさい 漫画 まんが は、アメリカのリチャード・F・アウトコールトによる連載 れんさい 一 いち コマ漫画 まんが 『ホーガンズ・アレイ 』(1896年 ねん )か、ドイツ系 けい アメリカ移民 いみん のルドルフ・ダークスによる連載 れんさい コマ漫画 まんが 『カッツェンジャマー・キッズ』(1897年 ねん )であった[13] 。『ホーガンズ・アレイ』の主人公 しゅじんこう であるイエロー・キッドの人気 にんき は連載 れんさい された新聞 しんぶん の売 う り上 あ げ拡大 かくだい に貢献 こうけん し、そのほかの連載 れんさい 漫画 まんが の誕生 たんじょう を促 うなが した。この漫画 まんが ブームは、大衆 たいしゅう 芸術 げいじゅつ としての漫画 まんが の始 はじ まりを示 しめ すものであった。
アメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく において漫画 まんが を示 しめ す用語 ようご である「コミックス(comics)」は、ユーモラス な物語 ものがたり を特徴 とくちょう とした初期 しょき のコミック・ストリップ (新聞 しんぶん 漫画 まんが )に用 もち いられた形容詞 けいようし 「滑稽 こっけい な(comic)」に由来 ゆらい する。
1929年 ねん に、アクション漫画 まんが である『バック・ロジャーズ』と『ターザン 』の連載 れんさい 開始 かいし により、コミックはその分野 ぶんや を拡大 かくだい し始 はじ めた。さらに多 おお くの漫画 まんが が誕生 たんじょう するうちに、「コミックス」という用語 ようご は、やがて作品 さくひん の内容 ないよう よりも形式 けいしき を指 さ す用語 ようご となっていった。また、同年 どうねん にはベルギー の新聞 しんぶん 『ル・ヴァンティエーム・シェクル(20世紀 せいき 新聞 しんぶん )』付録 ふろく の白黒 しろくろ 漫画 まんが で、タンタンの冒険 ぼうけん が初 はつ 登場 とうじょう した[14] 。タンタンの物語 ものがたり は1929年 ねん に『タンタンソビエトへ』の一 いち 冊 さつ にまとめられ、ユーロピアン・コミックスのコミック・アルバムの形式 けいしき で出版 しゅっぱん された。
そのほかにも、1929年 ねん には新聞 しんぶん 漫画 まんが を再版 さいはん した『ザ・ファニーズ』が出版 しゅっぱん されている。この漫画 まんが はアメリカ合衆国 あめりかがっしゅうこく においてニューススタンドで発売 はつばい された、最初 さいしょ の4色 しょく 印刷 いんさつ の漫画 まんが として評価 ひょうか されており、タブロイド判 たぶろいどばん のサイズで印刷 いんさつ されていた。この判 はん 型 がた は当時 とうじ の新聞 しんぶん の日曜 にちよう 版 ばん と混同 こんどう されやすく、売 う り上 あ げを伸 の ばせなかったため、36号 ごう で廃刊 はいかん となった。
現在 げんざい のアメリカン・コミックス形式 けいしき で出版 しゅっぱん された最初 さいしょ の漫画 まんが は、日曜 にちよう 版 ばん のタブロイド判 たぶろいどばん サイズを半分 はんぶん にした判 はん 型 がた による『ファニーズ・オンパレード 』であった。ニューヨークのイースタン・カラー・プリンティング社 しゃ で働 はたら いていたハリー・L・ウィルデンバーグとマックス・C・ゲインズにより、広告 こうこく 用 よう の景品 けいひん として1933年 ねん に出版 しゅっぱん されたこの雑誌 ざっし の成功 せいこう は、同種 どうしゅ の景品 けいひん 雑誌 ざっし 出版 しゅっぱん の呼 よ び水 みず となった。やがてゲインズは余 あま った雑誌 ざっし に10セントの価格 かかく を表示 ひょうじ したカバーをかけて、ニューススタンドで販売 はんばい することを思 おも いつき、それらをすべて売 う り切 き った。これにより、イースタン社 しゃ はニューススタンドで販売 はんばい される漫画 まんが 雑誌 ざっし 『フェイマス・ファニーズ』を1934年 ねん 5月 がつ に創刊 そうかん した。
1935年 ねん までの漫画 まんが は、主 おも に当時 とうじ のパルプ雑誌 ざっし に影響 えいきょう された独自 どくじ の素材 そざい を利用 りよう していたが、このころから漫画 まんが 外 がい の素材 そざい が漫画 まんが に用 もち いられるようになった。ウィル・アイズナー は漫画 まんが 外 がい の素材 そざい を漫画 まんが に持 も ち込 こ んだ漫画 まんが 家 か であり、漫画 まんが 外 がい の素材 そざい を漫画 まんが に適用 てきよう すべく改良 かいりょう し、漫画 まんが の文法 ぶんぽう を発明 はつめい したことにより高 たか く評価 ひょうか されている。アイズナーにより案出 あんしゅつ された漫画 まんが の手法 しゅほう としては、場面 ばめん を突然 とつぜん に切 き り替 か える「ジャンプ・カット 」などがある。
アメリカでは1938年 ねん に、『アクション・コミックス 』第 だい 1号 ごう でスーパーマン が初 はつ 登場 とうじょう し、アメリカン・コミックス の黄金 おうごん 時代 じだい と呼 よ ばれる期間 きかん が到来 とうらい した[15] 。また同年 どうねん にベルギーでは、バンド・デシネ の特徴 とくちょう である週刊 しゅうかん 形式 けいしき の漫画 まんが 雑誌 ざっし 『スピルー 』が創刊 そうかん された[14] 。しかし第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 後 のち に俗悪 ぞくあく コミックへの反対 はんたい 運動 うんどう が激化 げきか し、これを受 う けて1954年 ねん にコミックス倫理 りんり 規定 きてい 委員 いいん 会 かい が設立 せつりつ されて「トータルデザスター(総 そう 破壊 はかい )」と呼 よ ばれる厳 きび しい規制 きせい が導入 どうにゅう された結果 けっか 、アメリカの漫画 まんが 産業 さんぎょう は衰退 すいたい 期 き に入 はい り、一時 いちじ スーパーヒーロー のジャンル以外 いがい の漫画 まんが はほとんど発行 はっこう されなくなった[16] 。具体 ぐたい 的 てき には、警察 けいさつ は絶対 ぜったい 悪 わる く描 えが かない、教会 きょうかい へ行 い かないようなヒーローはダメ、教師 きょうし を馬鹿 ばか にするようなヒーローもダメ、離婚 りこん や離婚 りこん 家庭 かてい を肯定 こうてい 的 てき に描 えが かない、セックスもバイオレンスも、そういう感覚 かんかく を刺激 しげき する表現 ひょうげん は禁止 きんし というものである[17] 。
アメリカでは、第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 期 き 以降 いこう 、高等 こうとう 教育 きょういく を受 う けておらず社会 しゃかい 経験 けいけん が少 すく ない新兵 しんぺい 向 む けの副読本 ふくどくほん として、任務 にんむ 中 ちゅう の注意 ちゅうい 点 てん や生活 せいかつ 規範 きはん などを解説 かいせつ した漫画 まんが が軍 ぐん 主導 しゅどう で多数 たすう 企画 きかく され、ウィル・アイズナー などのコミック作家 さっか が請 う け負 お っていた(英語 えいご 版 ばん 記事 きじ 「PS 」参照 さんしょう )[注 ちゅう 2] 。
日本 にっぽん では、第 だい 二 に 次 じ 世界 せかい 大戦 たいせん 後 ご の漫画 まんが の表現 ひょうげん 技法 ぎほう がのちの漫画 まんが 家 か たちに大 おお きな影響 えいきょう を与 あた え、現在 げんざい まで日本 にっぽん の漫画 まんが の表現 ひょうげん 技法 ぎほう として定着 ていちゃく している[18] 。日本 にっぽん の漫画 まんが の歴史 れきし については、「日本 にっぽん の漫画 まんが 」「日本 にっぽん の漫画 まんが の歴史 れきし 」項 こう を参照 さんしょう 。
世界 せかい 各国 かっこく で漫画 まんが は発行 はっこう されているが、なかでも日本 にっぽん ・アメリカ ・フランス の3か国 こく は独自 どくじ のアートスタイルと市場 いちば を持 も つ[19] 。
アメリカン・コミックス は、新聞 しんぶん 漫画 まんが であるコミック・ストリップ と、大手 おおて 出版 しゅっぱん 社 しゃ からコミック・ブック 形式 けいしき で発行 はっこう されるメインストリーム・コミック、そして独立 どくりつ 系 けい 出版 しゅっぱん 社 しゃ のオルタナティヴ・コミック とに分 わ かれる[20] 。スーパーヒーロー もののコミックに代表 だいひょう され[21] 、アメリカ国内 こくない でもその認識 にんしき が強 つよ い[22] 。コミック・ブックはカラーが中心 ちゅうしん である[23] 。
フランスの漫画 まんが はバンド・デシネ と総称 そうしょう され、これにはフランスのみならず、ベルギー漫画 まんが などフランス語 ふらんすご 圏 けん 諸国 しょこく のものが含 ふく まれる[24] 。フランスでは「第 だい 9の芸術 げいじゅつ 」と呼 よ ばれることもあり、エンターテイメント性 せい の高 たか いものが中心 ちゅうしん ではあるが、技巧 ぎこう や芸術 げいじゅつ 性 せい の高 たか いものも存在 そんざい する[25] 。
世界 せかい 的 てき にはカラーが主流 しゅりゅう であるが、日本 にっぽん の漫画 まんが はおもにモノクロ で描 えが かれ[26] 、独特 どくとく のデフォルメされた絵柄 えがら や表現 ひょうげん 技法 ぎほう 、ストーリーの長 なが さ、そして老若男女 ろうにゃくなんにょ すべてを対象 たいしょう とする読者 どくしゃ 層 そう の広 ひろ さと、ジャンルの多様 たよう 性 せい に特徴 とくちょう があるとされる[27] 。
そのほかの国家 こっか の漫画 まんが については、中国 ちゅうごく の漫画 まんが 、香港 ほんこん の漫画 まんが 、台湾 たいわん の漫画 まんが (中国語 ちゅうごくご 版 ばん ) 、韓国 かんこく の漫画 まんが 、フィリピンの漫画 まんが 、マレーシアの漫画 まんが 、インドの漫画 まんが 、トルコの漫画 まんが の各 かく 記事 きじ を参照 さんしょう のこと。
産業 さんぎょう としての漫画 まんが の市場 いちば 規模 きぼ は、日本 にっぽん が突出 とっしゅつ して大 おお きく、他国 たこく の数 すう 倍 ばい 以上 いじょう の規模 きぼ を持 も っている。アメコミ・マンガ・バンドデシネなどすべての漫画 まんが を含 ふく めた2008年度 ねんど の漫画 まんが の売 う り上 あ げは、日本 にっぽん が4,483億 おく 円 えん 、アメリカが281億 おく 円 えん 、フランスが246億 おく 円 えん と推定 すいてい されており、そのほかの国 くに はさらに小 ちい さなものとなっている[20] 。その後 ご は日本 にっぽん が伸 の び悩 なや む一方 いっぽう で世界 せかい 的 てき には市場 いちば は伸長 しんちょう し、2017年度 ねんど には日本 にっぽん 39億 おく ドル、アメリカ10億 おく ドル、中国 ちゅうごく 8億 おく ドルの順 じゅん となっている[28] 。日本 にっぽん では出版 しゅっぱん 物 ぶつ の3分 ぶん の1を漫画 まんが が占 し めるほど大 おお きな地位 ちい を占 し めているが、1995年 ねん 以降 いこう 漫画 まんが の売 う り上 あ げは長期 ちょうき 低落 ていらく 傾向 けいこう にある[29] 。ただし2020年 ねん にはCOVID-19のパンデミック による巣 す ごもり需要 じゅよう の急 きゅう 拡大 かくだい や、電子 でんし 書籍 しょせき 需要 じゅよう の急増 きゅうぞう 、そして「鬼 おに 滅 めつ の刃 は 」の大 だい ヒットによって減少 げんしょう 傾向 けいこう が一転 いってん し、前年 ぜんねん 比 ひ 23.0%増 ぞう の6,126億 おく 円 えん となって過去 かこ 最大 さいだい の売上 うりあげ 高 だか を記録 きろく した[30] 。
漫画 まんが は単体 たんたい のみならず、アニメ や映画 えいが のコンテンツ供給 きょうきゅう 源 げん としても重要 じゅうよう である[29] 。これは日本 にっぽん のみならず、アメリカンコミックや中国 ちゅうごく [31] においても同様 どうよう の傾向 けいこう がみられる[20] 。
日本 にっぽん では漫画 まんが 家 か 1人 にん か作画 さくが とシナリオの2人 ふたり にアシスタント が補助 ほじょ するスタイルで制作 せいさく され、作家 さっか 個人 こじん の才能 さいのう に依存 いぞん するという意識 いしき が強 つよ いが、近年 きんねん ではアニメーション制作 せいさく やアメリカン・コミックス のようにプロット、シナリオ、ネーム、下書 したが き、背景 はいけい 、彩色 さいしき などを分業 ぶんぎょう 化 か したスタジオ形式 けいしき で制作 せいさく される例 れい もある[32] 。
^ 日本 にっぽん 漫画 まんが 家 か 協会 きょうかい の英 えい 称 しょう はTHE JAPAN CARTOONISTS ASSOCIATIONであり、マンガ大賞 たいしょう の英 えい 称 しょう もCartoon grand prizeである。
^ 同様 どうよう に銃器 じゅうき の取 と り扱 あつか いなどを解説 かいせつ する学習 がくしゅう アニメも企画 きかく され、ディズニー などが請 う け負 お っていた。これらは終戦 しゅうせん 後 ご には廃 すた れており、幼児 ようじ 教育 きょういく 向 む けのみが残 のこ っている。
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