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時枝ときえだ誠記もとき

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時枝ときえだ 誠記もとき
人物じんぶつ情報じょうほう
生誕せいたん (1900-12-06) 1900ねん12月6にち
日本の旗 日本にっぽん東京とうきょう
死没しぼつ (1967-10-27) 1967ねん10月27にち(66さいぼつ
日本の旗 日本にっぽん東京とうきょう
出身しゅっしんこう 東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく文学部ぶんがくぶ国文こくぶん
配偶はいぐうしゃ 桂子けいこ高藤たかとう太一郎たいちろう次女じじょ
両親りょうしん ちち時枝ときえだ誠之せいし
はは:きく
子供こども 長女ちょうじょ京子きょうこ
次女じじょ牧子まきこ
学問がくもん
時代じだい 昭和しょうわ
研究けんきゅう分野ぶんや 日本語にほんごがく
研究けんきゅう機関きかん きょうしろ帝国ていこく大学だいがく
東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく
早稲田大学わせだだいがく
国立こくりつ国語こくご研究所けんきゅうじょ
おも指導しどう学生がくせい 尾崎おざきともこう[ちゅう 1]
古田ふるたひがしついたち
鈴木すずき一彦かずひこなど
学位がくい 文学ぶんがく博士はかせ
特筆とくひつすべき概念がいねん 言語げんご過程かていせつ
時枝ときえだ文法ぶんぽう
主要しゅよう作品さくひん #著述ちょじゅつ
影響えいきょうけた人物じんぶつ 鈴木すずき[ちゅう 2]
上田うえだ万年かずとし
橋本はしもと進吉しんきち
影響えいきょうあたえた人物じんぶつ 福田ふくだひさしそん
三浦みうらつとむ
吉本よしもと隆明たかあきなど
学会がっかい 国語こくご学会がっかい
おも受賞じゅしょうれき せいよん
くんとう瑞宝章ずいほうしょう
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時枝ときえだ 誠記もとき(ときえだ もとき、1900ねん明治めいじ33ねん12月6にち - 1967ねん昭和しょうわ42ねん10月27にち)は、日本にっぽん国語こくご学者がくしゃ学位がくいは、文学ぶんがく博士はかせ東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく論文ろんぶん博士はかせ・1943ねん)(学位がくい論文ろんぶん言語げんご過程かていせつ成立せいりつとその展開てんかい」)。東京大学とうきょうだいがく名誉めいよ教授きょうじゅ

生涯しょうがい[編集へんしゅう]

横浜よこはま正金しょうきん銀行ぎんこうサンフランシスコ支店してんちょうつとめた時枝ときえだ誠之せいしとして東京とうきょう神田かんだまれる[5]

暁星ぎょうせい中学校ちゅうがっこうだいろく高等こうとう学校がっこうげん岡山大学おかやまだいがく)をて、1925ねん東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく文学部ぶんがくぶ国文こくぶん卒業そつぎょう卒業そつぎょう論文ろんぶんは「日本にっぽんける言語げんご意識いしき発達はったつおよ言語げんご研究けんきゅう目的もくてき方法ほうほう[6]1943ねん学位がくい論文ろんぶん言語げんご過程かていせつ成立せいりつとその展開てんかい」で東京とうきょう帝国ていこく大学だいがくより文学ぶんがく博士はかせ学位がくい取得しゅとく[7]

1925ねん旧制きゅうせいだい東京とうきょう市立しりつ中学校ちゅうがっこうげん東京都立上野高等学校とうきょうとりつうえのこうとうがっこう教諭きょうゆ1927ねんきょうしろ帝国ていこく大学だいがく助教授じょきょうじゅ同年どうねんまつ語学ごがく研究けんきゅうほう研究けんきゅう目的もくてきイギリスドイツフランスアメリカ各国かっこく留学りゅうがく[5]1929ねん帰任きにんあいだもなくして結婚けっこん[5]1933ねんきょうじょう帝国ていこく大学だいがく教授きょうじゅ1943ねん東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく文学部ぶんがくぶ国語こくごがく国文学こくぶんがくだいいち講座こうざ教授きょうじゅ

1948ねん国立こくりつ国語こくご研究所けんきゅうじょ評議ひょうぎいん[5]1949ねん国語こくご審議しんぎかい委員いいん[5]1954ねん国語こくご学会がっかい代表だいひょう理事りじ1961ねん東京とうきょう大学だいがく定年ていねん退官たいかんして同大どうだい名誉めいよ教授きょうじゅとなり、早稲田大学わせだだいがく教授きょうじゅ就任しゅうにん[ちゅう 3]墓所はかしょ青山あおやま霊園れいえん

業績ぎょうせき[編集へんしゅう]

明治めいじ以前いぜん国語こくごがく検討けんとうから欧州おうしゅう言語げんごがくへの批判ひはん研究けんきゅうすすめ、「言語げんご過程かていせつ」とばれる独自どくじ学説がくせつ建設けんせつし、近代きんだい国語こくごがく分野ぶんやあらたな展開てんかいをもたらした[9][10][11]。これらの成果せいかもとづいて形成けいせいした国語こくごがくは「時枝ときえだ国語こくごがく」として有名ゆうめいで、これにもとづいた文法ぶんぽう理論りろんは「時枝ときえだ文法ぶんぽう」としてられている。また、言語げんご教育きょういくもととする国語こくご教育きょういく振興しんこう戦後せんご国語こくご学界がっかい再建さいけんにも尽力じんりょくした[12]

時枝ときえだ言語げんごかんは、思想しそう哲学てつがく文学ぶんがく演劇えんげきなどの各界かくかいにもおよんでいる。イデオロギーらない保守ほしゅ思想しそう演劇えんげき思想しそうなどを展開てんかいした福田ふくだひさしそん[ちゅう 4]言語げんご体系たいけい影響えいきょうあたえたこと指摘してきされている[14][15]。また、ソビエト連邦れんぽう言語げんご政策せいさくへの言及げんきゅうから、三浦みうらつとむとおして吉本よしもと隆明たかあき影響えいきょうあたえたことられている[16][17]。さらに実存じつぞん主義しゅぎ構造こうぞう主義しゅぎ対立たいりつには、ソシュール対応たいおうしたことにより、対抗たいこう理論りろん位置付いちづけるうごきがられている[18]

研究けんきゅう分野ぶんや[編集へんしゅう]

当時とうじ国語こくごがくは、歴史れきしてきかつ文献ぶんけんがくてき研究けんきゅう主流しゅりゅうであったが、時枝ときえだ自身じしんは、言語げんご理論りろん研究けんきゅう真正面ましょうめんからんだ。時枝ときえだ幕末ばくまつ以後いごにおける日本語にほんごとらかたが、日本にっぽん伝来でんらいした西欧せいおう言語げんごかんもとづいていることに不満ふまんかんじ、明治めいじ以前いぜん国語こくご学者がくしゃにおける態度たいど意識いしきについて探索たんさくすることを、おのれ研究けんきゅう出発しゅっぱつてんとして、日本語にほんご独自どくじ見方みかたもとめていったのである[9][11][19][20][21]。その研究けんきゅう実証じっしょうてき研究けんきゅうというよりも、基本きほんてき理論りろん樹立じゅりつするという方向ほうこうにあるため、研究けんきゅう分野ぶんや国語こくごがくのほぼぜん領域りょういきにまたがる[21]。また、東大とうだい退官たいかんしたのち時枝ときえだは「言語げんご生活せいかつ」の体系たいけいてき記述きじゅつ企図きとしていたが、本人ほんにん早世そうせいしたことにより中絶ちゅうぜつされた[21]

言語げんごかん[編集へんしゅう]

時枝ときえだ生涯しょうがいとおして、ソシュールの言語げんごかんを「『言語げんご構成こうせいかん』にもとづく言語げんご理論りろんである」と批判ひはんした[22]。そして、それに対立たいりつする命題めいだいとして「言語げんご過程かていせつ」を位置いちづけると同時どうじに、これこそが日本にっぽん伝統でんとうてき言語げんごかんであることを主張しゅちょうした。時枝ときえだ指摘してきするソシュールの言語げんごかんたいする理解りかいかたについては議論ぎろんがあり、それぞれの言語げんごかんかんする比較ひかく研究けんきゅうもなされているほか、「言語げんご過程かていせつにはフッサール現象げんしょうがく影響えいきょう垣間見かいまみえる」として、日本にっぽんにおける現象げんしょうがく受容じゅよう枠組わくぐみでとらえられることもある[22][23]

朝鮮ちょうせんにおける時枝ときえだ[編集へんしゅう]

時枝ときえだ植民しょくみん朝鮮ちょうせん日本語にほんご普及ふきゅうにも関与かんよし、すめらぎみん政策せいさく時期じきには「韓国かんこく併合へいごうという歴史れきしてき一大いちだい事実じじつ」の完成かんせい名目めいもくとして、朝鮮ちょうせんじんたい朝鮮ちょうせん完全かんぜんなる廃棄はいき日本語にほんご母語ぼごもと[24]、さらにその具体ぐたいてき方策ほうさくとして朝鮮ちょうせんじん女性じょせいへの日本語にほんご教育きょういく重点的じゅうてんてきおこなうことをうったえた[25]安田やすだ敏朗としろう時枝ときえだ弟子でしなか朝鮮ちょうせんにおけるすめらぎみん教育きょういく関与かんよした森田もりた梧郎がいたとしるしている[26]

栄典えいてん[編集へんしゅう]

1967ねん昭和しょうわ42ねん)10がつ27にち - せいよんくんとう瑞宝章ずいほうしょう[27]

著述ちょじゅつ[編集へんしゅう]

書籍しょせき[編集へんしゅう]

たんちょ[編集へんしゅう]

共著きょうちょ[編集へんしゅう]

編集へんしゅう[編集へんしゅう]

共編きょうへん[編集へんしゅう]

監修かんしゅう[編集へんしゅう]

  • 国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん言語げんご本質ほんしつ国語こくご教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい1かん〉、1958ねん6がつNCID BN04834480全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:48007080 
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん音声おんせい理論りろん教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい2かん〉、1958ねん10がつNCID BN04834742全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう: 
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん表記ひょうきほう理論りろん教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい3かん〉、1958ねん7がつNCID BN04834913全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:48007082 
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん語彙ごい理論りろん教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい4かん〉、1958ねん4がつNCID BN02481765全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:48007083 
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん文法ぶんぽう理論りろん教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい5かん〉、1958ねん8がつNCID BN04835075全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:48007084 
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん談話だんわ文章ぶんしょう理論りろん教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい6かん〉、1958ねん2がつNCID BN04835199全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:48007085 
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん言語げんご生活せいかつ理論りろん教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい7かん〉、1958ねん5がつNCID BN04835304全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:48007086 
    • 熊沢くまさわりゅう倉沢くらさわ栄吉えいきちばんくらあつしよし永野ながのけん滑川なめかわ道夫みちお増淵ますぶち恒吉つねきち へん文学ぶんがく教育きょういく西尾にしおみのる時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう朝倉書店あさくらしょてん国語こくご教育きょういくのための国語こくご講座こうざ だい8かん〉、1958ねん11月。 NCID BN04835381全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:48007087 
  • 講座こうざ 現代げんだい
    • 森岡もりおか健二けんじ永野ながのけん宮地みやじひろし市川いちかわたかし へん現代げんだい概説がいせつ時枝ときえだ誠記もとき遠藤えんどうよしみもと監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 現代げんだい だい1かん〉、1963ねん12月。 NCID BN0219979X全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55006076 
    • 森岡もりおか健二けんじ永野ながのけん宮地みやじひろし市川いちかわたかし へん現代げんだい成立せいりつ時枝ときえだ誠記もとき遠藤えんどうよしみもと監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 現代げんだい だい2かん〉、1964ねん3がつNCID BN06242904全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55006077 
    • 森岡もりおか健二けんじ永野ながのけん宮地みやじひろし市川いちかわたかし へん読解どっかい鑑賞かんしょう時枝ときえだ誠記もとき遠藤えんどうよしみもと監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 現代げんだい だい3かん〉、1964ねん4がつNCID BN06266979全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55006078 
    • 森岡もりおか健二けんじ永野ながのけん宮地みやじひろし市川いちかわたかし へん表現ひょうげん方法ほうほう時枝ときえだ誠記もとき遠藤えんどうよしみもと監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 現代げんだい だい4かん〉、1964ねん2がつNCID BN06580361全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55006079 
    • 森岡もりおか健二けんじ永野ながのけん宮地みやじひろし市川いちかわたかし へん文章ぶんしょう文体ぶんたい時枝ときえだ誠記もとき遠藤えんどうよしみもと監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 現代げんだい だい5かん〉、1963ねん11月。 NCID BN06581218全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55006080 
    • 森岡もりおか健二けんじ永野ながのけん宮地みやじひろし市川いちかわたかし へん口語文こうごぶんほう問題もんだいてん時枝ときえだ誠記もとき遠藤えんどうよしみもと監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 現代げんだい だい6かん〉、1964ねん1がつNCID BN05821225全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55006081 
  • 講座こうざ 日本語にほんご文法ぶんぽう
    • 松村まつむらあきら森岡もりおか健二けんじ宮地みやじひろし鈴木すずき一彦かずひこ へん文法ぶんぽうろん展開てんかい時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 日本語にほんご文法ぶんぽう だい1〉、1968ねん1がつNCID BN04386710全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55007794 
    • 松村まつむらあきら森岡もりおか健二けんじ宮地みやじひろし鈴木すずき一彦かずひこ へん文法ぶんぽう体系たいけい時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 日本語にほんご文法ぶんぽう だい2〉、1967ねん11月。 NCID BN04386947全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55007795 
    • 松村まつむらあきら森岡もりおか健二けんじ宮地みやじひろし鈴木すずき一彦かずひこ へん品詞ひんし各論かくろん時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 日本語にほんご文法ぶんぽう だい3〉、1967ねん10がつNCID BN0438697X全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55007796 
    • 松村まつむらあきら森岡もりおか健二けんじ宮地みやじひろし鈴木すずき一彦かずひこ へん文法ぶんぽう指導しどう方法ほうほう時枝ときえだ誠記もとき監修かんしゅう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 日本語にほんご文法ぶんぽう だい4〉、1967ねん12月。 NCID BN04387021全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55007797 
    • 松村まつむらあきら森岡もりおか健二けんじ宮地みやじひろし鈴木すずき一彦かずひこ へん『シンポジウム時枝ときえだ文法ぶんぽう明治めいじ書院しょいん講座こうざ 日本語にほんご文法ぶんぽう 別巻べっかん〉、1968ねん5がつNCID BN04387076全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:55007798 

作品さくひんしゅう[編集へんしゅう]

論文ろんぶん[編集へんしゅう]

博士はかせ論文ろんぶん[編集へんしゅう]

  • 言語げんご過程かていせつ成立せいりつとその展開てんかい」、東京とうきょう帝国ていこく大学だいがく、1943ねん6がつ2にちNAID 500000491086 

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ 時枝ときえだを「先師せんし」あるいは「先生せんせい」とんでいる[1]
  2. ^ 時枝ときえだは朖の『かつ断続だんぞく』を「ほんきょ宣長のりなが富士ふじたに成章しげあきだい活用かつよう研究けんきゅう統合とうごうしたもの」とかんがえ、二分にぶんする伝統でんとうてき区別くべつ品詞ひんし分類ぶんるいじょう明確めいかくした功績こうせきしゃとして、朖をたか評価ひょうかした[2]。なお、このほか大国おおくに隆正たかまさ音義おんぎ言霊ことだま学派がくは評価ひょうかしている[3][4]
  3. ^ 1964ねんまで日本にっぽん大学だいがく講師こうし兼任けんにんした[8]
  4. ^ 福田ふくだちゅう時代じだいおしであり、国語こくご問題もんだい協議きょうぎかいではとも役員やくいんつとめた[13]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ 尾崎おざきともこう (2012), pp. 3–4.
  2. ^ 坪井つぼい美樹みき (2016), pp. 70–71.
  3. ^ 山東さんとういさお (2007), p. 86.
  4. ^ 山東さんとういさお (2011), pp. 79–80.
  5. ^ a b c d e 鈴木すずき一彦かずひこ (1968a), p. 136.
  6. ^ 鈴木すずき一彦かずひこ (1968b), p. 137.
  7. ^ 博士はかせろん文書ぶんしょデータベース
  8. ^ 鈴木すずき一彦かずひこ (1968a), p. 137.
  9. ^ a b 山東さんとういさお (2002), pp. 27–34.
  10. ^ 山東さんとういさお (2020), p. 34.
  11. ^ a b 山東さんとういさお (2007), pp. 84–85.
  12. ^ 山東さんとういさお (2020), pp. 36–37.
  13. ^ わたし國語こくご教室きょうしつ』より 時枝ときえだ推薦すいせんぶん後記こうき”. 國語こくご問題もんだい協議きょうぎかい. 2023ねん9がつ5にち閲覧えつらん
  14. ^ 岡本おかもと英敏ひでとし (2014), pp. 61–72.
  15. ^ 浜崎はまざき洋介ようすけ (2011)だいさんしょう福田ふくだひさしそん時枝ときえだ誠記もとき――「言語げんご過程かていせつ」をめぐって)
  16. ^ 会報かいほうだい4ごう書評しょひょう 田中たなか克彦かつひこ『「スターリン言語げんごがく精読せいどく』(岩波書店いわなみしょてん、2000ねん)(小林こばやしきよし”. www.venus.dti.ne.jp. 早稲田わせだ言語げんご研究けんきゅうかい. 2023ねん9がつ5にち閲覧えつらん
  17. ^ 山東さんとういさお (2020), p. 36.
  18. ^ 松中まつなか完二かんじ (2008), pp. 49–109.
  19. ^ 山東さんとういさお (2001), pp. 9–11.
  20. ^ 山東さんとういさお (2011), pp. 76–77.
  21. ^ a b c 山東さんとういさお (2020), p. 35.
  22. ^ a b 山東さんとういさお (2020), pp. 35–36.
  23. ^ ソシュール言語げんごがく意味いみろんてきさい検討けんとう 松中まつなか完二かんじちょ”. www.hituzi.co.jp. 2023ねん9がつ4にち閲覧えつらん
  24. ^ 朝鮮ちょうせんける国語こくご実践じっせんおよ研究けんきゅう諸相しょそう」p12、時枝ときえだ誠記もときちょ、1943ねん
  25. ^ 朝鮮ちょうせんにおける国語こくご政策せいさくおよ国語こくご教育きょういく将来しょうらい」p62、時枝ときえだ誠記もときちょ、1942ねん
  26. ^ 安田やすだ敏朗としろう (1998), p. 146.
  27. ^ 官報かんぽうだい12277ごう、1967ねん昭和しょうわ42ねん)11月16にち、p.11

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

著書ちょしょ
論文ろんぶん
  • 山東さんとういさお言語げんご意識いしき日本語にほんご研究けんきゅう」『日本語にほんごがくだい20かんだい8ごう明治めいじ書院しょいん、2001ねん7がつ、6-14ぺーじ 
  • 山東さんとういさお「【日本語にほんごがく時枝ときえだ誠記もとき国語こくごがく』」『日本語にほんごがくだい26かんだい5ごう明治めいじ書院しょいん、2007ねん4がつ、84-86ぺーじ 
  • 山東さんとういさおわたしすすめるこのいちさつ(だい27かい)『国語こくごがく時枝ときえだ誠記もときちょ】」『日本語にほんごがくだい30かんだい8ごう明治めいじ書院しょいん、2011ねん7がつ、76-82ぺーじ 
  • 山東さんとういさお時枝ときえだ誠記もとき」『日本語にほんごがくだい39かんだい1ごう明治めいじ書院しょいん、2020ねん3がつ、34-37ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ時枝ときえだ誠記もとき博士はかせ年譜ねんぷ」『国語こくごがくだい72ごう国語こくご学会がっかい、1968ねん3がつ、136-137ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ時枝ときえだ誠記もとき博士はかせ著述ちょじゅつ目録もくろくならびに研究けんきゅうれき」『国語こくごがくだい72ごう国語こくご学会がっかい、1968ねん3がつ、137-144ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(1)」『日本語にほんごがくだい4かんだい1ごう明治めいじ書院しょいん、1985ねん1がつ、99-102ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(2)」『日本語にほんごがくだい4かんだい7ごう明治めいじ書院しょいん、1985ねん7がつ、131-134ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(3)」『日本語にほんごがくだい4かんだい8ごう明治めいじ書院しょいん、1985ねん8がつ、103-105ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(4)」『日本語にほんごがくだい4かんだい9ごう明治めいじ書院しょいん、1985ねん9がつ、125-128ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(5)」『日本語にほんごがくだい4かんだい10ごう明治めいじ書院しょいん、1985ねん10がつ、86-90ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(6)」『日本語にほんごがくだい4かんだい11ごう明治めいじ書院しょいん、1985ねん11月、120-123ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(7)」『日本語にほんごがくだい4かんだい12ごう明治めいじ書院しょいん、1985ねん12月、84-86ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(8)」『日本語にほんごがくだい5かんだい2ごう明治めいじ書院しょいん、1986ねん2がつ、97-100ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(9)」『日本語にほんごがくだい5かんだい3ごう明治めいじ書院しょいん、1986ねん3がつ、109-111ぺーじ 
  • 鈴木すずき一彦かずひこ「【日本語にほんご学者がくしゃ列伝れつでん時枝ときえだ誠記もときでん(10)」『日本語にほんごがくだい5かんだい4ごう明治めいじ書院しょいん、1986ねん4がつ、80-84ぺーじ 
  • 坪井つぼい美樹みき鈴木すずき」『日本語にほんごがくだい35かんだい4ごう明治めいじ書院しょいん、2016ねん4がつ、68-71ぺーじ 
  • 松中まつなか完二かんじ時枝ときえだ服部はっとり論争ろんそうさい考察こうさつ(3)言語げんご研究けんきゅう原点げんてんてき問題もんだいとして」『敬愛大学けいあいだいがく研究けんきゅう論集ろんしゅうだい74ごう敬愛大学けいあいだいがく経済けいざい学会がっかい、2008ねん12月、49-109ぺーじ 

関連かんれん文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • 根来ねごろつかさ時枝ときえだ誠記もとき研究けんきゅう言語げんご過程かていせつ明治めいじ書院しょいん、1985ねん5がつ
  • 根来ねごろつかさ時枝ときえだ誠記もとき研究けんきゅう国語こくご教育きょういく明治めいじ書院しょいん、1988ねん11月
  • 猿田さるた知之ともゆき日本にっぽん言語げんご思想しそう笠間かさま書院しょいん笠間かさま叢書そうしょ260〉、1993ねん11月。ISBN 4305102609
  • 川島かわしま正平しょうへい言語げんご過程かていせつ研究けんきゅう』リーベル出版しゅっぱん、1999ねん10がつISBN 4897985897
  • 松中まつなか完二かんじ『ソシュール言語げんごがく意味いみろんてきさい検討けんとうひつじ書房しょぼう、2018ねん7がつISBN 9784894767775
  • 仁田にった義雄よしお国語こくご問題もんだい日本語にほんご文法ぶんぽう研究けんきゅう』ひつじ書房しょぼう、2021ねん12月。ISBN 9784823411144

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]