(Translated by https://www.hiragana.jp/)
「進化論」の版間の差分 - Wikipedia コンテンツにスキップ

進化しんかろん」のはんあいだ差分さぶん

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除さくじょされた内容ないよう 追加ついかされた内容ないよう
149ぎょう: 149ぎょう:


==「進化しんか」「evolution」というかたり==
==「進化しんか」「evolution」というかたり==
進化しんかろん人文じんぶん社会しゃかい科学かがくにおいては[[優生ゆうせいがく]]に利用りようされてきた。進化しんかろん引用いんようして「もっとつよものでももっとかしこものでもなく、変化へんかできるものすぐれている」というような俗説ぞくせつひろめられているが、実際じっさいには1963ねんにアメリカの経営けいえい学者がくしゃレオン・メギンソンが、ダーウィンの『たね起源きげん』をんだ感想かんそう論文ろんぶんなかいたものである<ref>[https://www.tokyo-np.co.jp/article/37932 自民じみんTwitter炎上えんじょう注目ちゅうもく 「ダーウィンの進化しんかろん」とは:東京とうきょう新聞しんぶん TOKYO Web]</ref>。

[[英語えいご]]の evolution というかたり元来がんらい[[ラテン語らてんご]]起原きげんで、内側うちがわんでおいたものを外側そとがわ展開てんかいすることを意味いみしており、現在げんざいでも「展開てんかい」の意味いみ使つかわれる。最初さいしょにこの概念がいねん生物せいぶつがく援用えんようされたのは、[[発生はっせい生物せいぶつがく|発生はっせいがく]]の[[ぜんなりせつ]]においてであり、[[発生はっせい (生物せいぶつがく)|個体こたい発生はっせい]]にさいして「あらかじめ用意よういされた個体こたい構造こうぞう展開てんかい生成せいせいする」プロセスをしていた。今日きょう日本語にほんごで「進化しんか」と翻訳ほんやくされるような[[系統けいとう発生はっせい]]のプロセスをかたりとしての evolution は、個体こたい発生はっせいのこの概念がいねん系統けいとう発生はっせいたいして援用えんようしたものである。みずからの進化しんかろんにおいてさだめられた方向ほうこうへの「進歩しんぽ」を意図いとしていなかったチャールズ・ダーウィンは、当初とうしょかれ自身じしんはこのかたり積極せっきょくてき採用さいようしていない。
[[英語えいご]]の evolution というかたり元来がんらい[[ラテン語らてんご]]起原きげんで、内側うちがわんでおいたものを外側そとがわ展開てんかいすることを意味いみしており、現在げんざいでも「展開てんかい」の意味いみ使つかわれる。最初さいしょにこの概念がいねん生物せいぶつがく援用えんようされたのは、[[発生はっせい生物せいぶつがく|発生はっせいがく]]の[[ぜんなりせつ]]においてであり、[[発生はっせい (生物せいぶつがく)|個体こたい発生はっせい]]にさいして「あらかじめ用意よういされた個体こたい構造こうぞう展開てんかい生成せいせいする」プロセスをしていた。今日きょう日本語にほんごで「進化しんか」と翻訳ほんやくされるような[[系統けいとう発生はっせい]]のプロセスをかたりとしての evolution は、個体こたい発生はっせいのこの概念がいねん系統けいとう発生はっせいたいして援用えんようしたものである。みずからの進化しんかろんにおいてさだめられた方向ほうこうへの「進歩しんぽ」を意図いとしていなかったチャールズ・ダーウィンは、当初とうしょかれ自身じしんはこのかたり積極せっきょくてき採用さいようしていない。


[[19世紀せいき]]ごろは、'''進化しんか'''は'''進歩しんぽ'''と同義どうぎであった。そのころの[[ヨーロッパ]]では[[フランス革命かくめい]]や[[啓蒙けいもう思想しそう]]などの普及ふきゅうによって、人間にんげん社会しゃかい発展はってんのさなかであり、おおくのひとがそれが生物せいぶつ進化しんかおなじものであると主張しゅちょうしていた。それはかみによる創造そうぞう原点げんてんこそが最高さいこう状態じょうたいで、[[歴史れきし]]のプロセスはそこからの堕落だらくによるかみからの離反りはんであるととらえる[[キリストきょう]]てき生命せいめい史観しかんのもたらす不安ふあんからの救済きゅうさい思想しそうでもあった。[[20世紀せいき]]には、社会しゃかいてき文化ぶんかてき変化へんか進歩しんぽ厳密げんみつ同義どうぎであるというかんがかたおおくの社会しゃかい科学かがくしゃかられられないものとなっている。また現在げんざいでは一般いっぱんてきに、ダーウィンの進化しんか説明せつめい解釈かいしゃくについても、生物せいぶつ変化へんか進歩しんぽとはことなるものとしてとらえられている。
[[19世紀せいき]]ごろは、'''進化しんか'''は'''進歩しんぽ'''と同義どうぎであった。そのころの[[ヨーロッパ]]では[[フランス革命かくめい]]や[[啓蒙けいもう思想しそう]]などの普及ふきゅうによって、人間にんげん社会しゃかい発展はってんのさなかであり、おおくのひとがそれが生物せいぶつ進化しんかおなじものであると主張しゅちょうしていた。それはかみによる創造そうぞう原点げんてんこそが最高さいこう状態じょうたいで、[[歴史れきし]]のプロセスはそこからの堕落だらくによるかみからの離反りはんであるととらえる[[キリストきょう]]てき生命せいめい史観しかんのもたらす不安ふあんからの救済きゅうさい思想しそうでもあった。
進化しんかろんは[[優生ゆうせいがく]]に利用りようされてきた。進化しんかろん引用いんようして「もっとつよものでももっとかしこものでもなく、変化へんかできるものすぐれている」というような俗説ぞくせつひろめられているが、実際じっさいには1963ねんにアメリカの経営けいえい学者がくしゃレオン・メギンソンが、ダーウィンの『たね起源きげん』をんだ感想かんそう論文ろんぶんなかいたものである<ref>[https://www.tokyo-np.co.jp/article/37932 自民じみんTwitter炎上えんじょう注目ちゅうもく 「ダーウィンの進化しんかろん」とは:東京とうきょう新聞しんぶん TOKYO Web]</ref>。
[[20世紀せいき]]後半こうはんには、社会しゃかいてき文化ぶんかてき変化へんか進歩しんぽ厳密げんみつ同義どうぎであるというかんがかたおおくの社会しゃかい科学かがくしゃかられられないものとなっている。また現在げんざいでは一般いっぱんてきに、ダーウィンの進化しんか説明せつめい解釈かいしゃくについても、生物せいぶつ変化へんか進歩しんぽとはことなるものとしてとらえられている。


19世紀せいき以降いこうは、'''進化しんか'''とったときは、社会しゃかい文化ぶんかのそれでなく、'''生物せいぶつ進化しんか'''をす。この生物せいぶつ進化しんかとは、ある生物せいぶつ集団しゅうだんがある世代せだいからつぎ世代せだいわるときの[[アリル頻度ひんど]]の変化へんか意味いみする。それは、簡単かんたんえば、すなわちチャールズ・ダーウィンの自然しぜん選択せんたくのアイデアにもとづくたね進化しんかろんそのものでもある。「進化しんか」は、たん事実じじつ記述きじゅつするかたりぎないのであって、それ自体じたい価値かち判断はんだんふくむわけでなく、その意味いみで「進歩しんぽ」とはことなるのである。にもかかわらず、進化しんか進歩しんぽ混同こんどう事実じじつ規範きはん混同こんどうはしばしばられ、後述こうじゅつするソーシャル・ダーウィニズムもその誤解ごかい産物さんぶつであった。
19世紀せいき以降いこうは、'''進化しんか'''とったときは、社会しゃかい文化ぶんかのそれでなく、'''生物せいぶつ進化しんか'''をす。この生物せいぶつ進化しんかとは、ある生物せいぶつ集団しゅうだんがある世代せだいからつぎ世代せだいわるときの[[アリル頻度ひんど]]の変化へんか意味いみする。それは、簡単かんたんえば、すなわちチャールズ・ダーウィンの自然しぜん選択せんたくのアイデアにもとづくたね進化しんかろんそのものでもある。「進化しんか」は、たん事実じじつ記述きじゅつするかたりぎないのであって、それ自体じたい価値かち判断はんだんふくむわけでなく、その意味いみで「進歩しんぽ」とはことなるのである。にもかかわらず、進化しんか進歩しんぽ混同こんどう事実じじつ規範きはん混同こんどうはしばしばられ、後述こうじゅつするソーシャル・ダーウィニズムもその誤解ごかい産物さんぶつであった。

2024ねん6がつ14にち (金)きん 11:55時点じてんにおけるはん

進化しんかろん(しんかろん、えい: theory of evolution)とは、生物せいぶつ進化しんかしたものだとする提唱ていしょう、または進化しんかかんする様々さまざま研究けんきゅう議論ぎろんのことである[1]

生物せいぶつ不変ふへんのものではなく長期間ちょうきかんかけて次第しだい変化へんかしてきた、という仮説かせつ学説がくせつ)にもとづいて、現在げんざいられる様々さまざま生物せいぶつすべてその過程かていのなかでまれてきたとする説明せつめい理論りろんぐんである。進化しんかこっているということをみとめる判断はんだんと、進化しんかのメカニズムを説明せつめいする理論りろんという2つの意味いみがある。なお、生物せいぶつがくにおける「進化しんか」は純粋じゅんすいに「変化へんか」を意味いみするものであって「進歩しんぽ」を意味いみせず、価値かち判断はんだんについて中立ちゅうりつてきである。

進化しんか実証じっしょうむずかしい現象げんしょうであるが(現代げんだいでは)生物せいぶつがくのあらゆる分野ぶんやから進化しんか裏付うらづける証拠しょうこ提出ていしゅつされている[2][3][4][5]詳細しょうさいは、進化しんか項目こうもく参照さんしょうのこと)。

初期しょき進化しんかろんは、ダーウィンの仮説かせつられるように、画期的かっきてきではあったが、事実じじつかどうか検証けんしょうするのに必要ひつよう証拠しょうこ十分じゅうぶんいままに主張しゅちょうされていためんもあった。だが、その議論ぎろんなか進化しんかろんまれて改良かいりょうされつつある。現代げんだいてき進化しんかろん単一たんいつ理論りろんではない。それは適応てきおうたね分化ぶんか遺伝いでんてき浮動ふどうなど進化しんか様々さまざま現象げんしょう説明せつめい予測よそくするおおくの理論りろん総称そうしょうである。現代げんだい進化しんか理論りろんでは、「生物せいぶつ遺伝いでんてき形質けいしつ世代せだいなか変化へんかしていく現象げんしょう」だとかんがえられている。

ほんこうでは進化しんか思想しそう進化しんか理論りろん進化しんか生物せいぶつがく歴史れきし社会しゃかい宗教しゅうきょうとのかかわりについて概説がいせつする。

なお、生物せいぶつがくにおいて「進化しんかろん」の名称めいしょう適切てきせつではないため、「進化しんかがく」という名称めいしょう変更へんこうすべきだとの指摘してきがある[6][7]

進化しんかろん歴史れきし

中世ちゅうせい以前いぜん進化しんか思想しそう

古代こだいギリシア哲学てつがくしゃアナクシマンドロス生命せいめいうみなか発展はってんし、のちに地上ちじょう移住いじゅうしたと主張しゅちょうした。エンペドクレス超自然ちょうしぜんてき生命せいめい誕生たんじょうろんじ、自然しぜん選択せんたく類似るいじした概念がいねんいている。中国ちゅうごくではそう進化しんか思想しそうっていた。ジョセフ・ニーダムれば、道教どうきょうははっきりとたね不変ふへんせい否定ひていし、道教どうきょう哲学てつがくしゃ生物せいぶつことなる環境かんきょうおうじたことなる特徴とくちょうっていると推測すいそくした。かれらは自然しぜんたいして、当時とうじ西洋せいよう静的せいてき視点してんとは対照たいしょうてきに「恒常こうじょうてき変化へんか」をいだした。古代こだいローマ哲学てつがくしゃルクレティウスはギリシアのエピクロス主義しゅぎもとづいていかなる超自然ちょうしぜんてき干渉かんしょうもなしで宇宙うちゅう地球ちきゅう生命せいめい人間にんげんとその社会しゃかい発展はってんするとろんじた。

ローマにがれたギリシアの進化しんか思想しそうマ帝国まていこく没落ぼつらくきょううしなわれたが、イスラムの科学かがくしゃ哲学てつがくしゃ影響えいきょうあたえた。イスラムの学者がくしゃ哲学てつがくしゃ詳細しょうさい進化しんか推測すいそくしたのは9世紀せいきのAl-Jahizであった。かれ生物せいぶつ生存せいぞんのチャンスと環境かんきょう影響えいきょうかんがえ、「生存せいぞんのための努力どりょく」を記述きじゅつした。Ibn Miskawayhは蒸気じょうきからみず鉱物こうぶつ植物しょくぶつ動物どうぶつ、そして類人猿るいじんえんからひとへとすす生命せいめい発展はってん歴史れきしいた。イブン・アル・ハイサム進化しんかろん称賛しょうさんするほんいた。学者がくしゃたちアブー・ライハーン・アル・ビールーニーナスィールッディーン・トゥースィーイブン=ハルドゥーンらも進化しんか思想しそうについて議論ぎろんした。かれらのほんルネサンス以降いこうラテン語らてんご翻訳ほんやくされてヨーロッパにまれた。

18世紀せいき-19世紀せいき前半ぜんはん

ルネ・デカルト機械きかいろん宇宙うちゅう機械きかいのようなものとなす科学かがく革命かくめいうながした。しかしゴットフリート・ライプニッツヨハン・ゴットフリート・ヘルダーのようなどう時代じだい進化しんか思想家しそうか進化しんか基本きほんてき精神せいしんてき過程かていだとなした。1751ねんピエール・ルイ・モーペルテュイはより唯物ゆいぶつろんてき方向ほうこうかたむいた。かれ繁殖はんしょく世代せだい交代こうたいあいだきる自然しぜん修正しゅうせいについていた。これは自然しぜん選択せんたくちかい。18世紀せいき後半こうはんのフランスの自然しぜん哲学てつがくしゃビュフォンはいわゆる「たね」は原型げんけいから分離ぶんり環境かんきょう要因よういんによってさいだった特徴とくちょうったものだとかんがえた。かれはライオン、ヒョウ、トラ、ねこ祖先そせん共有きょうゆうするかもれず、200しゅのほ乳類にゅうるいが38の祖先そせん由来ゆらいするとろんじた。かれはその祖先そせん自然しぜん発生はっせいし、内的ないてき要因よういんによって進化しんか方向ほうこう制限せいげんされているとかんがえた。ジェームズ・バーネットひと環境かんきょう要因よういんによって霊長れいちょうるいから誕生たんじょうしたのではないかとかんがえた。チャールズ・ダーウィンの祖父そふエラズマス・ダーウィンは1796ねん著書ちょしょ『ズーノミア』ですべての温血動物おんけつどうぶつひとつのきたいと由来ゆらいするといた。1802ねんにはすべての生物せいぶつ粘土ねんどから発生はっせいした有機物ゆうきぶつ由来ゆらいするとべた。またせい選択せんたくつうじる概念がいねんにも言及げんきゅうしていた。

ジョルジュ・キュビエは1796ねん現生げんなまのゾウと化石かせきのゾウのちがいを発表はっぴょうした。かれマストドンマンモス現生げんなまのいかなる生物せいぶつともことなると結論けつろんし、絶滅ぜつめつかんするなが議論ぎろん終止符しゅうしふった。1788ねんにはジェームズ・ハットン非常ひじょうながあいだ連続れんぞくてきはたら漸進ぜんしんてき地質ちしつプロセスを詳述しょうじゅつした。1811ねんにはキュビエとアレクサンドル・ブロンニャールはそれぞれパリ周辺しゅうへん地質ちしつについて研究けんきゅう発表はっぴょうし、地球ちきゅう先史せんし時代じだい研究けんきゅう先駆さきがけとなった。

1840年代ねんだいまでに地球ちきゅう膨大ぼうだい地質ちしつがくてき時間じかんおおまかにあきらかになっていた。1841ねんジョン・フィリップスおも動物どうぶつしょうもとづいて古生代こせいだい中生代ちゅうせいだい新生代しんせいだい区分くぶんした。このようなあらたな視点してんはセジウィックやウィリアム・バックランドのようなイギリスの保守ほしゅてき地質ちしつ学者がくしゃからもれられた。しかしキュビエは生命せいめい発展はってん歴史れきし度重たびかさなる天変地異てんぺんちいによる生物せいぶつしょうえと天変地異てんぺんちいせつとなえた。さらにその支持しじしゃ天変地異てんぺんちいつづあらたな創造そうぞうによるとかんがえた。バックランドのようなイギリスの地質ちしつ学者がくしゃなか自然しぜん神学しんがく支持しじしゃはキュビエの激変げきへんせつ聖書せいしょ洪水こうずいのエピソードをむすびつけようとした。1830ねんから33ねんにかけてチャールズ・ライエルは『地質ちしつがく原理げんり』をあらわし、激変げきへんせつ代替だいたい理論りろんとして斉一せいいつせつ提唱ていしょうした。ライエルは実際じっさい地層ちそう天変地異てんぺんちいよりも、現在げんざい観察かんさつされているようなおだやかな変化へんか非常ひじょうなが時間じかんかさなってきたとかんがえるほう上手うま説明せつめいできるとろんじた。ライエルは進化しんか反対はんたいしたが、かれ斉一せいいつせつ膨大ぼうだい地球ちきゅう年齢ねんれいという概念がいねんはチャールズ・ダーウィンら以降いこう進化しんか思想家しそうかつよ影響えいきょうした。

ラマルクの進化しんかろん

ジャン=バティスト・ラマルク

ジャン=バティスト・ラマルクは、最初さいしょ生物せいぶつ進化しんかするというかんがえをみとめていなかったが、脊椎動物せきついどうぶつ分類ぶんるい研究けんきゅうすすめるうち、19世紀せいきになって、生物せいぶつなん物質ぶっしつから自然しぜん発生はっせいによってしょうじるとかんがえ、著書ちょしょ動物どうぶつ哲学てつがく』で進化しんか学説がくせつ発表はっぴょうした。

ラマルクは進化しんかのしくみについて、使用しよう使用しようによって器官きかん発達はったつもしくは退化たいかし、そういった獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでんする。したがって非常ひじょうなが時間じかんたならば、それは生物せいぶつ構造こうぞう変化へんかさせる、つまり進化しんかするとかんがえた。ラマルクのこのせつもちい不用ふようせつぶが、生物せいぶつにとって適切てきせつ形質けいしつ進化しんかするという意味いみでは適応てきおうせつかんがえてよい。かれは、進化しんかつね単純たんじゅん生物せいぶつから複雑ふくざつ生物せいぶつへと発展はってんしていくような、一定いってい方向ほうこうをもつ必然ひつぜんてき目的もくてきろんてき過程かていだとかんがえた。複雑ふくざつ生物せいぶつ大昔おおむかし発生はっせいし、単純たんじゅん生物せいぶつ最近さいきん発生はっせいした途中とちゅう段階だんかいのもので、やがて複雑ふくざつ生物せいぶつ変化へんかしていくとかんがえた。生前せいぜんかれとなえる進化しんか機構きこうには賛同さんどうられなかったが、ダーウィンはパンジェネシスというかんがえで獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでん自説じせつもうとしたし、ネオラマルキストを自称じしょうする科学かがくしゃたちは、RNAからDNAのぎゃく転写てんしゃにその科学かがくてき説明せつめいあたえようとすることがられている。

現在げんざいではそのせつ否定ひていてき研究けんきゅうしゃおおいものの、ラマルクの仮説かせつ科学かがくてき手続てつづきによって検証けんしょうされる最初さいしょ進化しんかろんであり、そのことにかんして異論いろんをもたれることはない。

ラマルク以降いこう進化しんかろん

イギリスの解剖かいぼう学者がくしゃロバート・グラントはラマルクの「生物せいぶつ変移へんいろん学派がくは影響えいきょうけた。グラントに影響えいきょうあたえたもう一人ひとりエティエンヌ・ジョフロワ・サンティレール様々さまざま動物どうぶつ解剖かいぼうがくてき特徴とくちょうあい同性どうせいボディプラン類似るいじろんじ、これはキュビエとのあいだはげしい論争ろんそうこした。グラントはたね変化へんか進化しんかについてエラズマス・ダーウィンとラマルクのかんがえを証明しょうめいするために海洋かいよう生物せいぶつ解剖かいぼうがく研究けんきゅうおこな権威けんいとなった。ケンブリッジ大学けんぶりっじだいがくわか学生がくせいであったチャールズ・ダーウィンはグラントにくわわって海洋かいよう生物せいぶつ調査ちょうさおこなった。1826ねん匿名とくめい記事きじがラマルクの進化しんか思想しそう称賛しょうさんした。このときはじめて現在げんざいてき意味いみで「進化しんか」が使つかわれた。

1844ねんにスコットランドの出版しゅっぱん業者ぎょうしゃロバート・チェンバース匿名とくめいで『創造そうぞう自然しぜん痕跡こんせき』を出版しゅっぱんした。これは幅広はばひろ関心かんしんはげしい論争ろんそうこした。このほん太陽系たいようけい地球ちきゅう生命せいめい進化しんか提案ていあんした。かれ化石かせき記録きろく人間にんげんつながる上昇じょうしょうしめしており、動物どうぶつ主流しゅりゅうはずれたえだだとろんじた。進化しんかさだめられた法則ほうそく発現はつげんであるとするてんでグラントのより過激かげき唯物ゆいぶつろんよりおだやかであったが、人間にんげん動物どうぶつむすけたことはおおくの保守ほしゅ激怒げきどさせた。『痕跡こんせき』にかんする公的こうてき議論ぎろん進歩しんぽてき進化しんかかんふくんでおり、これはダーウィンの認識にんしきつよ影響えいきょうした。キュビエはたね不変ふへんであると主張しゅちょうつづけ、ラマルクとサンティレールを攻撃こうげきした。キュビエの主張しゅちょう科学かがくてき地位ちいたかさは「たね不変ふへんせい」が科学かがくかい主流しゅりゅうでありつづけるたすけとなった。

イギリスでは自然しぜん神学しんがくちからつづけていた。ウィリアム・ペイリー時計とけい職人しょくにんのアナロジーで有名ゆうめいな『自然しぜん神学しんがく』は一部いちぶはエラズマス・ダーウィンのたね変化へんかたいしてかれた。地質ちしつ学者がくしゃ自然しぜん神学しんがくれており、バックランドやアダム・セジウィックはラマルク、グラント、『痕跡こんせき』の進化しんか思想しそう攻撃こうげきした。聖書せいしょ地質ちしつがく批判ひはんしたライエルもたね不変ふへんであるとかんがえていた。ルイ・アガシーリチャード・オーウェンのような思想家しそうかたね創造そうぞうぬししん反映はんえいしており不変ふへんだとかんがえていた。かれらは化石かせき記録きろく同様どうように、発生はっせいパターンのたねあいだ類似るいじせいにも気付きづいていたが、かみ行為こうい一部いちぶだとかんがえていた。オーウェンはあい同性どうせい研究けんきゅうからかみ創造そうぞうした「原型げんけい」が一連いちれん類似るいじしゅすのだとかんがえた。ダーウィンはオーウェンのあい同性どうせい研究けんきゅう自分じぶん理論りろん発展はってんもちいた。『痕跡こんせき』がこした論争ろんそうかんがえの性急せいきゅう公表こうひょうおもいとどまらせた。

チャールズ・ダーウィンの進化しんかろん

チャールズ・ダーウィン自然しぜん選択せんたくによる進化しんか理論りろん提案ていあんした。

チャールズ・ダーウィンは、1831ねんから1836ねんにかけてビーグルごう地球ちきゅう一周いっしゅうする航海こうかいをおこなった。航海こうかいちゅう各地かくち動物どうぶつしょう植物しょくぶつしょうちがいからたね不変ふへんせい疑問ぎもんかんじ、ライエルの『地質ちしつがく原理げんり』をんだ。そして地層ちそう同様どうよう動植物どうしょくぶつにも変化へんかがあり、大陸たいりく変化へんかによってあたらしい生息せいそく出来でき動物どうぶつがその変化へんか適応てきおうしたのではないかとおもった。1838ねんマルサスの『人口じんこうろん』を自然しぜん選択せんたくせつおもいついたと自伝じでんにはかれている。ハト品種ひんしゅ改良かいりょうについての研究けんきゅうでさらにかんがえがまとまっていった。

1858ねんアルフレッド・ウォレスがダーウィンにおくった手紙てがみ自然しぜん選択せんたくせつ同様どうよう理論りろんかれていたことにおどろき、自然しぜん選択せんたくによる進化しんか理論りろん共同きょうどう発表はっぴょうしたダーウィンはさらに執筆しっぴつちゅうであった『自然しぜん選択せんたく』とだいされた大著たいちょ要約ようやくをまとめ、1859ねん11月24にちに『たね起源きげん』として出版しゅっぱんした。

たね起源きげん』のなかでは、現在げんざいの「進化しんか」を用語ようごとして、あらかじめ内在ないざいてき用意よういされた構造こうぞう展開てんかい出現しゅつげん意味いみする"evolution"ではなく、「変更へんこうともな由来ゆらい」(Descent with modification)というかたり使つかっている(evolutionの原義げんぎについてはした項目こうもく参照さんしょうのこと)。また自然しぜん選択せんたく(natural selection)、存在そんざいつづけるための努力どりょく(struggle for existence、現在げんざいでは通常つうじょう生存せいぞん競争きょうそうやくされる)、そしてはんではウォレスの提言ていげん自然しぜん選択せんたくをわかりやすく説明せつめいするかたりとしてハーバート・スペンサー適者生存てきしゃせいぞん使用しようした(生存せいぞん競争きょうそう適者生存てきしゃせいぞん誤解ごかいまねきやすいために近年きんねんではもちいられない)。これらの要因よういんによって環境かんきょう適応てきおうした形質けいしつ獲得かくとくしたたね分岐ぶんきし、多様たようたねしょうじると説明せつめいした。

  • ダーウィンのせつ重要じゅうよう部分ぶぶんは、自然しぜん淘汰とうた自然しぜん選択せんたくせつばれるものである。それは以下いかのようなかたち説明せつめいされる。
    • 生物せいぶつがもつ性質せいしつは、同種どうしゅであっても個体こたいあいだちがいがあり、そのうちの一部いちぶおやからつたえられたものである。
    • 環境かんきょう収容しゅうようりょくつね生物せいぶつ繁殖はんしょくりょくよりもちいさい。そのため、まれたのすべてが生存せいぞん繁殖はんしょくすることはなく、性質せいしつちがいにおうじて次世代じせだいのこ期待きたいしょうじる。つまり有利ゆうり形質けいしつったものがよりおおくののこす。
    • それが保存ほぞんされ蓄積ちくせきされることによって進化しんかこる。
  • 生物せいぶつ地理ちりてき分布ぶんぷや、異性いせいあいだきる選択せんたくであるせい選択せんたくについても説明せつめいした。
  • 当時とうじDNA遺伝いでん仕組しくみについてはられていなかったので、変異へんい原因げんいん遺伝いでんについてはうまく説明せつめいできなかった。ダーウィンの遺伝いでん理論りろんパンジェネシスパンゲンせつ)とばれ、獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでん当時とうじ主流しゅりゅうであった融合ゆうごう遺伝いでんみとめていた。また発生はっせい進化しんか明確めいかく区別くべつしていなかった。
  • 変異へんいはランダムなものであるとかんがえた。ここでうランダムとは「規則きそくせいまったい」と意味いみではない。ダーウィンは変異へんいについて確実かくじつなことをべられるような知識ちしきなにっていなかった。変異へんいがランダムであるとは、変異へんいそれ自体じたいには進化しんか方向ほうこうせいめるちから内在ないざいしないと意味いみである。
  • 進化しんか進歩しんぽとはちがうものだと認識にんしきし、特定とくてい方向ほうこうせいがない偶然ぐうぜん変異へんいによる機械きかいろんてきなものだとした。
  • 自然しぜん跳躍ちょうやくしない」という言葉ことばで、進化しんか漸進ぜんしんてきであると主張しゅちょうした。これは「進化しんか一定いってい速度そくどすすむ」こと意味いみしない。文字通もじどお跳躍ちょうやくてき進化しんか否定ひていするのみである。進化しんかちいさな遺伝いでんてき変異へんい蓄積ちくせきによってきる。その結果けっかとして、からだぶしすう変化へんかのようなおおきな形態けいたいてき変化へんかきる可能かのうせいはあるが、のうなどがいち世代せだいでできることはない。
  • ひとつあるいは少数しょうすう祖先そせんがた生物せいぶつからぜん生物せいぶつ誕生たんじょうした。そしてひとつのたねふたつにかれる過程かていたね分化ぶんかんだが、たね分化ぶんかのメカニズムにかんしてはふか追求ついきゅうしなかった。

ダーウィンは、進化しんか概念がいねんおおくの観察かんさつれい実験じっけんによる傍証ぼうしょうなどの実証じっしょうてき成果せいかによって、進化しんかろん仮説かせつ段階だんかいから理論りろんにまでたかめたのである。

ウォレスはせい選択せんたくせつみとめず非適応ひてきおうてきおもわれる形質けいしつたとえばクジャクのはね)も自然しぜん選択せんたく説明せつめいしようとこころみたが、これは現在げんざい優良ゆうりょう遺伝子いでんしせつちか説明せつめいであった。またウォレスは人間にんげんたか知性ちせい精神せいしんてき能力のうりょくかみのようなちょう自然しぜんてき存在そんざい干渉かんしょうによるものだとかんがえた。

自然しぜん選択せんたくせつ代替だいたい理論りろん

ダーウィンの進化しんか理論りろんおおくの批判ひはん反論はんろんけたが、おおくの支持しじ次第しだい影響えいきょうひろげていった。この影響えいきょうはその自然しぜん科学かがく枠外わくがいにまでひろがった。しかし進化しんか駆動くどうする原因げんいんとして自然しぜん選択せんたくせつ承認しょうにん時間じかんがかかった。ジュリアン・ハクスリーはこの時期じきを「ダーウィンの黄昏たそがれ」とんだ。19世紀せいき後半こうはん以降いこう自然しぜん選択せんたくせつ代替だいたい理論りろんとして当時とうじ有力ゆうりょくされた代表だいひょうてきなものは有神論ゆうしんろんてき進化しんかろんネオラマルキズムていこう進化しんかせつ跳躍ちょうやくせつである。

有神論ゆうしんろんてき進化しんかろん

有神論ゆうしんろんてき進化しんかろんかみ生物せいぶつ進化しんか介入かいにゅうしたとかんがえた。これはアメリカでダーウィンをつよ支持しじした植物しょくぶつ学者がくしゃエイサ・グレイによってひろめられた。しかしこのかんがえは、当時とうじ学問がくもんてき生産せいさんてきとみなされ、1900ねんごろには議論ぎろんされなくなった。

このかんがかた現代げんだいのインテリジェント・デザイナーろんがれている。

ていこう進化しんかせつ

ていこう進化しんかせつはより完全かんぜん方向ほうこうかって直線ちょくせんてき生物せいぶつ進化しんかするという概念がいねんである。このかんがえも19世紀せいきにはかなりの支持しじしゃがおり、アメリカの生物せいぶつ学者がくしゃヘンリー・フェアフィールド・オズボーンがその代表だいひょうである。ていこう進化しんかせつとく生物せいぶつ学者がくしゃあいだ人気にんきがあり、かれらは20世紀せいきなかばまで化石かせき記録きろく段階だんかいてき安定あんていした方向ほうこうせいしめしているとかんがえていた。

跳躍ちょうやくせつ

トマス・ハクスリー

跳躍ちょうやくせつあたらしいたねおおきな突然変異とつぜんへんい結果けっかとして出現しゅつげんするというかんがえである。ダーウィンの強力きょうりょく支援しえんしゃであったトマス・ハクスリーも「自然しぜん飛躍ひやくしない」というダーウィンの主張しゅちょう疑問ぎもんていし、跳躍ちょうやくてき進化しんか先験的せんけんてき排除はいじょすべきではないとかんがえた。アーガイルこうなど当時とうじ進化しんかろん支持しじしゃおおくも跳躍ちょうやくせつ支持しじした。ユーゴー・ド・フリース、ウィリアム・ベイトソン、そしてトーマス・ハント・モーガンも経歴けいれき初期しょきには跳躍ちょうやくろんしゃだった。これは突然変異とつぜんへんいせつ発見はっけん基盤きばんとなった。

20世紀せいき

遺伝子いでんし発見はっけん突然変異とつぜんへんいせつ

1865ねん発表はっぴょうされたメンデルの法則ほうそくは、当時とうじ重要じゅうようせいまった理解りかいされなかったが、1900ねんさい発見はっけんされてひろ支持しじた。メンデル遺伝子いでんしかんするせつでは、遺伝子いでんしおや生活せいかつとはなん関係かんけいもなくまった変化へんかせずに子孫しそんわたしされるため、進化しんか否定ひていする理論りろんかんがえられた。

突然変異とつぜんへんいは、ド・フリースによって発見はっけんされた。これによって遺伝いでんがくからも遺伝子いでんし変化へんかしょうじる可能かのうせい、つまり進化しんか可能かのうせいみとめられた。しかしド・フリースは自然しぜん選択せんたくとは無関係むかんけい突然変異とつぜんへんいによってあたらしいたねしょうじ、しょうじたたねあいだ自然しぜん選択せんたくこるという跳躍ちょうやくせつ一種いっしゅである突然変異とつぜんへんいせつ提唱ていしょうした。

この発見はっけんたねない個体こたい量的りょうてき形質けいしつとその統計とうけい関心かんしんっていたピアソンウェルドン代表だいひょうされる生物せいぶつ測定そくていがくものと、ド・フリース、ベイトソン代表だいひょうされる不連続ふれんぞくてき変異へんい重視じゅうしするメンデル遺伝いでん学者がくしゃあいだはげしい対立たいりつこした。

T.H.モーガン突然変異とつぜんへんいせつたしかめようとキイロショウジョウバエ実験じっけんおこなった。モーガンの研究けんきゅう染色せんしょくたいせつ提唱ていしょうつながると同時どうじに、突然変異とつぜんへんい直接ちょくせつ新種しんしゅすことはまずないとかんがえられるようになった。そして個体こたい遺伝いでんてき変化へんかしょうじさせ、自然しぜん選択せんたくはたら遺伝いでんてき多様たようせい増加ぞうかさせる原因げんいんであることが判明はんめいした。

集団しゅうだん遺伝いでんがく総合そうごうせつ成立せいりつ

1930年代ねんだい確立かくりつされた集団しゅうだん遺伝いでんがくは、生物せいぶつ測定そくていがくとメンデル遺伝いでんがくあいだ不一致ふいっち連続れんぞくてき形質けいしつ不連続ふれんぞく遺伝子いでんしという問題もんだい一貫いっかんして説明せつめい可能かのうであることをしめした。また遺伝子いでんし頻度ひんど変化へんか進化しんかかんがえ、その要因よういん説明せつめい努力どりょくそそがれた。

ロナルド・フィッシャー生物せいぶつ統計とうけいがく統計とうけい手法しゅほう遺伝いでんがくむすけた。J・B・S・ホールデン実際じっさい野外やがい自然しぜん選択せんたくはたらいていることをみとめた。シーウォル・ライト遺伝いでんてき浮動ふどう適応てきおう景観けいかん概念がいねん提唱ていしょうし、しょう集団しゅうだんにおける選択せんたく浮動ふどう効果こうか調しらべた。エルンスト・マイヤーしゅ分化ぶんかのメカニズムを解明かいめいし、おおくのたね分化ぶんか地理ちりてき隔離かくりされた個体こたいぐんきると主張しゅちょうした。

こうしたあらたな学問がくもん分野ぶんや確立かくりつ研究けんきゅう進展しんてんによって、ダーウィンの自然しぜん選択せんたくせつ基本きほんにしつつ、集団しゅうだん遺伝いでんがく系統けいとう分類ぶんるいがく生物せいぶつがく生物せいぶつ地理ちりがく生態せいたいがくなどの成果せいかれて生物せいぶつ形質けいしつ進化しんか説明せつめいすることが主流しゅりゅうになった。これを総合そうごうせつネオダーウィニズム)とぶ。

総合そうごうせつかかわった生物せいぶつがくものおおく、となえたせつすこしずつことなる。総合そうごうせつ批判ひはんする論者ろんしゃは、総合そうごうせつなか特定とくてい意見いけん総合そうごうせつなして批判ひはんしていることがおおい。

ネオ・ラマルキズム

伝統でんとうてき総合そうごうせつでは、生物せいぶつ進化しんか偶然ぐうぜんしょうじる突然変異とつぜんへんいゆだねられており、自然しぜん選択せんたく有利ゆうり突然変異とつぜんへんいしょうじなければ意味いみをなさない。このことに納得なっとくできない研究けんきゅうしゃが、生物せいぶつ自身じしん進化しんか方向ほうこうめているはずだというせつすことが再三さいさんあった。とくに、なが期間きかん変化へんか生物せいぶつ学者がくしゃなどにそのれいおおい。そのようなかんがえをネオ・ラマルキズムう。

ネオラマルキズムは獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでん進化しんかもっと重要じゅうようなメカニズムとなし、ダーウィンを批判ひはんしたイギリスの作家さっかサミュエル・バトラーや、ドイツの生物せいぶつ学者がくしゃエルンスト・ヘッケル、アメリカの生物せいぶつ学者がくしゃエドワード・コープらに支持しじされた。獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでんはヘッケルの反復はんぷくせつ一部いちぶであった。ネオラマルキズムの批判ひはんしゃたとえばアルフレッド・ウォレスとアウグスト・ヴァイスマンは獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでん強固きょうこ証拠しょうこいち提示ていじされていないと指摘してきした。この批判ひはんにもかかわらず、獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでんは19世紀せいき後半こうはんから20世紀せいき序盤じょばんでもっとも人気にんきのあるせつのままだった。

ていこう進化しんかせつとなえたアイマーがこの代表だいひょうである。かれ化石かせき記録きろくて、生物せいぶつ内在ないざいするちから原因げんいんで、適応てきおうてきかどうかとは無関係むかんけい一定いってい方向ほうこう進化しんかこると主張しゅちょうした。今西いまにし錦司きんじ進化しんかろんにもその傾向けいこうがある。

アウグスト・ヴァイスマンは、19世紀せいき後半こうはん生殖せいしょく細胞さいぼうからだ細胞さいぼうけ、次世代じせだい形質けいしつ遺伝いでんさせることができるのは生殖せいしょく細胞さいぼうだけで、からだ細胞さいぼう獲得かくとくした形質けいしつ遺伝いでんしないと主張しゅちょうし、獲得かくとく形質けいしつ遺伝いでんとなえるネオ・ラマルキズムを批判ひはんした。また、分子ぶんし遺伝いでんがくてき知識ちしきからも、こうしたせつ否定ひていされている。

分子生物学ぶんしせいぶつがく登場とうじょう

20世紀せいきなかばには分子生物学ぶんしせいぶつがく興隆こうりゅうした。分子生物学ぶんしせいぶつがく遺伝子いでんし化学かがくてき性質せいしつあきらかにし、DNAの配列はいれつとそれらが遺伝いでんてき暗号あんごう関連かんれん解明かいめいするみちひらいた。とくタンパク質たんぱくしつ電気でんきおよげどうやプロテインシーケンスなどの強力きょうりょく技術ぎじゅつ発展はってんすすんだ。1960年代ねんだい初頭しょとう生化学せいかがくしゃライナス・ポーリングエミール・ズッカーカンドル分子ぶんし時計とけいせつ提唱ていしょうした。ふたつのたねあいどうタンパク質たんぱくしつ配列はいれつ差異さいは、ふたつのたね分化ぶんかしてからの時間じかんしめしているかもれない。1969ねんまでに木村きむらせいやそのほかの分子生物学ぶんしせいぶつがくしゃ分子ぶんし時計とけい理論りろんてき基礎きそ確立かくりつした。そして、すくなくとも分子ぶんしレベルでは、だい部分ぶぶん突然変異とつぜんへんい有害ゆうがいでもなくやくちもせず、遺伝いでんてき浮動ふどう自然しぜん選択せんたくよりも遺伝子いでんし頻度ひんど変動へんどう重要じゅうよう役割やくわりたすと主張しゅちょうした。またこの分野ぶんや集団しゅうだん遺伝いでんがく分子ぶんしデータの利用りようをもたらした。

1960年代ねんだい初頭しょとうから、分子生物学ぶんしせいぶつがく進化しんか生物せいぶつがく伝統でんとうてき視点してんたいする脅威きょういなされた。指導しどうてき進化しんか生物せいぶつ学者がくしゃとくにエルンスト・マイヤー、テオドシウス・ドブジャンスキーG.G.シンプソンらは分子ぶんしてきなアプローチが、とく自然しぜん選択せんたくとのかかわりについて(あるいはかかわらないことについて)非常ひじょう懐疑かいぎてきだった。分子ぶんし時計とけい中立ちゅうりつせつ非常ひじょう論争ろんそうてきで、浮動ふどう選択せんたく相対そうたいてき重要じゅうようせいかんする議論ぎろんは1980年代ねんだいまでつづいた。

中立ちゅうりつ進化しんか

現在げんざいはそもそも突然変異とつぜんへんいわれたゲノムじょう変異へんいはランダムではなく、DNAの修復しゅうふく機構きこう複製ふくせい機構きこうざした、方向ほうこうせいのある変異へんいであるという理解りかいがされつつある。たとえば大野おおのいぬい複製ふくせいにおける遺伝子いでんし重複じゅうふく進化しんかたす役割やくわりき、古澤ふるさわみつる岡崎おかざきフラグメントによるDNA複製ふくせいにおいて、一方いっぽうくさり突然変異とつぜんへんいかくりつたかいという均衡きんこう進化しんかろんとなえるなどられている。また、個体こたいすう動態どうたい変動へんどうともな創始そうししゃ効果こうかビンくび効果こうか個体こたいぐん周辺しゅうへん進化しんかきやすいとった生物せいぶつ社会しゃかい集団しゅうだんにおける動的どうてき平衡へいこう着目ちゃくもくしたものや、スチュアート・カウフマンのように自己じこ組織そしきによる形質けいしつ形成けいせい重視じゅうししたせつもある。こういった議論ぎろん下敷したじきになっているのは、1968ねん発表はっぴょうされた木村きむらせい中立ちゅうりつ進化しんかせつである。

中立ちゅうりつせつは、変異へんい自体じたい生物せいぶつにとって有利ゆうりなものはすくなく、実際じっさい生物せいぶつにとって有利ゆうりでも不利ふりでもない中立ちゅうりつてきなものがおおいが、それが遺伝いでんてき浮動ふどうによって偶然ぐうぜんひろまることでも進化しんか中立ちゅうりつ進化しんか)がこるとかんがえ、適応てきおう進化しんかについては自然しぜん選択せんたく原動力げんどうりょくになるとかんがえる。モーガンも、中立ちゅうりつせつかんがえを1932ねん提唱ていしょうしたとわれている。

中立ちゅうりつせつ現在げんざい進化しんかがくでは非常ひじょう重要じゅうよう位置いちめる。たとえばたね分化ぶんかきた時期じき調しらべる分子ぶんし時計とけいはゲノムの自然しぜん選択せんたくはたらいていない部分ぶぶん注目ちゅうもくするため、中立ちゅうりつせつ理論りろんてき根拠こんきょとしている。近年きんねん発達はったつした分子生物学ぶんしせいぶつがくのDNA研究けんきゅうによって、生物せいぶつのDNAにきざまれている遺伝いでん情報じょうほう類似るいじせいをもとに生物せいぶつ進化しんか系統けいとう構築こうちくする研究けんきゅうすすめられている(分子ぶんし系統けいとう進化しんかがく)。

20世紀せいき後半こうはん

遺伝子いでんし中心ちゅうしん視点してん

1960年代ねんだい中頃なかごろに、ジョージ・ウィリアムス生物せいぶつ適応てきおうを「たね存続そんぞくのため」と説明せつめいする立場たちば批判ひはんし、ぐん選択せんたく論争ろんそうこした。そのような説明せつめい進化しんかにおける遺伝子いでんし中心ちゅうしん視点してんによってえられ、W.D.ハミルトンG.R.プライスジョン・メイナード=スミスらの血縁けつえん選択せんたくせつ集約しゅうやくされた。この視点してんリチャード・ドーキンスの1976ねん影響えいきょうりょくのある著書ちょしょ利己りこてき遺伝子いでんし』で概説がいせつされた。古典こてんてきぐん選択せんたく非常ひじょう制限せいげんされた状況じょうきょうでしかきえないことがしめされたが、そのでより洗練せんれんされたあたらしいバージョン(マルチレベル選択せんたくせつ)が提案ていあんされた。

1973ねんリー・ヴァン・ヴェーレンはルイス・キャロルから引用いんようした「あか女王じょおう仮説かせつ」を提案ていあんした。あるしゅ生物せいぶつ進化しんかすれば、それにかかわるほか生物せいぶつとく捕食ほしょくしゃしょくしゃ)も対抗たいこう適応てきおう発達はったつさせ進化しんかつづける。このような視点してん進化しんかてき軍拡ぐんかく競走きょうそうばれる。ハミルトン、ウィリアムズらはこのかんがえが有性ゆうせい生殖せいしょく進化しんかにも応用おうようできるかもれないとかんがえた。有性ゆうせい生殖せいしょくによってもたらされる遺伝いでんてき多様たようせいは、生活せいかつたまきみじか急速きゅうそく進化しんかする寄生きせい生物せいぶつへの抵抗ていこう維持いじすることができ、そのために遺伝子いでんし中心ちゅうしん視点してんからは無駄むだおおいはずの有性ゆうせい生殖せいしょく一般いっぱんてきになりうる。遺伝子いでんし中心ちゅうしん視点してんはダーウィンのせい選択せんたくせつよみがえらせ、近年きんねんでは雌雄しゆうあいだ対立たいりつ親子おやこ対立たいりつ、イントラゲノミックコンフリクトに焦点しょうてんてられている。

社会しゃかい生物せいぶつがく

W.D.ハミルトンの血縁けつえん選択せんたく研究けんきゅう社会しゃかい生物せいぶつがく行動こうどう生態せいたいがく)の登場とうじょう寄与きよした。利他りたてき行動こうどう存在そんざいはダーウィンの時代じだいから進化しんか理論りろんからは説明せつめい困難こんなんであるとかんがえられていた。1964ねん論文ろんぶんはこの問題もんだい解決かいけつおおきく前進ぜんしんさせた。昆虫こんちゅうにおける社会しゃかいせい繁殖はんしょくしない個体こたい存在そんざい)だけでなく、様々さまざま利他りたてき行動こうどう血縁けつえん選択せんたくせつ説明せつめいできる。利他りたてき行動こうどう説明せつめいする理論りろんはさらにつづいた。そのうちいくつかは(進化しんかてき安定あんてい戦略せんりゃく互恵ごけいてき利他りた主義しゅぎ)はゲーム理論りろん由来ゆらいする。1975ねんE.O.ウィルソン影響えいきょうりょくがあり、非常ひじょう論争ろんそうてきでもある著作ちょさく社会しゃかい生物せいぶつがく:あらたなる総合そうごう』を出版しゅっぱんした。そのほんでウィルソンは進化しんか理論りろん人間にんげんふくおおくの動物どうぶつ利他りたてきいを説明せつめいできるとろんじた。スティーヴン・ジェイ・グールドリチャード・ルウォンティンふく批判ひはんしゃは、社会しゃかい生物せいぶつがく人間にんげん行動こうどうかんする遺伝いでんてき要因よういん影響えいきょう誇張こちょうしていると批判ひはんした。またその主張しゅちょうはイデオロギーてき偏見へんけんふくんでおり科学かがくではないと批判ひはんした。そのような批判ひはんにもかかわらず社会しゃかい生物せいぶつがく研究けんきゅうつづいた。1980年代ねんだい以降いこうダーウィン・メダルクラフォードしょう生物せいぶつ科学かがく部門ぶもん受賞じゅしょうしゃ半分はんぶん以上いじょうがこの分野ぶんや研究けんきゅうしゃめられる。

この分野ぶんや研究けんきゅうしゃ一部いちぶ行動こうどうかかわる遺伝子いでんしけ、分子生物学ぶんしせいぶつがくとの交流こうりゅううながした。その結果けっか生物せいぶつ社会しゃかい行動こうどう分子ぶんしてき基盤きばん解明かいめいする分子ぶんし生態せいたいがくというあらたな分野ぶんや誕生たんじょうつながった。

遺伝子いでんし水平すいへい遺伝いでん

細菌さいきんがく初期しょき進化しんか理論りろんでは無視むしされていた。これは細菌さいきんとく原核げんかく生物せいぶつでの形態けいたいてき特徴とくちょう欠如けつじょと、たね概念がいねん十分じゅうぶんととのっていなかったことが原因げんいんであった。現在げんざい進化しんか研究けんきゅうしゃはよりすぐれた微生物びせいぶつ生理学せいりがく微生物びせいぶつ生態せいたいがく理解りかいっている。これらの研究けんきゅう微生物びせいぶつ完全かんぜん予想よそうとはことなるレベルの多様たようせいがあきらかになっており、それは微生物びせいぶつ地球ちきゅう生命せいめいとして支配しはいてきであることをしめしている。微生物びせいぶつ進化しんか研究けんきゅうとく重要じゅうよう発見はっけんは1959ねん日本にっぽんつかった遺伝子いでんし水平すいへい伝播でんぱである。バクテリアのことなるたねあいだおこなわれる遺伝いでん物質ぶっしつ伝達でんたつ薬剤やくざいたいせい進化しんか研究けんきゅうにおいて重要じゅうよう役割やくわりたした。近年きんねんではゲノムにかんする理解りかい進展しんてんし、遺伝いでん物質ぶっしつ水平すいへい伝播でんぱがすべての生物せいぶつ進化しんか重要じゅうよう役割やくわりたしたことが示唆しさされている。とくに、細胞さいぼうしょう器官きかん起源きげん説明せつめいする細胞さいぼうない共生きょうせいせつ一部いちぶとして遺伝子いでんし水平すいへい伝播でんぱかく生物せいぶつにおいても重要じゅうようなステップであった。

進化しんか発生はっせい生物せいぶつがく

1980年代ねんだいと1990年代ねんだいには総合そうごうせつ詳細しょうさい研究けんきゅう注目ちゅうもくした。進化しんか生物せいぶつがくへの構造こうぞう主義しゅぎてき視点してんはスチュアート・カウフマンやブライアン・グッドウィンのような生物せいぶつ学者がくしゃからもたらされた。かれらはサイバネティクス一般いっぱんシステム理論りろんからアイディアをれて、発生はっせい過程かていにおける自己じこ組織そしき機構きこう強調きょうちょうし、進化しんかにも直接ちょくせつ作用さようする要因よういんであるとべた。スティーヴン・ジェイ・グールドは発達はったつ過程かていにおける器官きかんごとの成長せいちょうりつ相対そうたいてきが、進化しんかにおけるあたらしいボディプランの起源きげんとなるのではないかとかんがえ、初期しょき進化しんか理論りろん概念がいねんであったヘテロクロニーをよみがえらせた。遺伝いでん学者がくしゃリチャード・ルウォンティンはある生物せいぶつ適応てきおう最初さいしょから最後さいごまでおな選択せんたくあつ産物さんぶつとして誕生たんじょうするのではなく、適応てきおう偶然ぐうぜん産物さんぶつとして誕生たんじょうすることがあるのではないかとかんがえ1979ねん影響えいきょうりょくのある論文ろんぶんいた。そのような構造こうぞう付帯ふたいてき変化へんかかれらはスパンドレルとんだ。のちにグールドとヴルバはそのような過程かていられるあたらしい適応てきおう構造こうぞうそと適応てきおうんだ。

発生はっせいかんする分子ぶんしてきなデータは1980年代ねんだいから90年代ねんだいにかけて急速きゅうそく蓄積ちくせきされた。それは動物どうぶつ形態けいたいてき多様たようせい動物どうぶつしゅごとにことなったタンパク質たんぱくしつによってもたらされるのではなく、おおくの動物どうぶつしゅ共通きょうつうしたわずかな一連いちれんタンパク質たんぱくしつによってこされていることをあきらかにした。それらのタンパク質たんぱくしつ発生はっせいてきな「ツールキット」としてられるようになった。このような視点してん系統けいとう発生はっせいがく生物せいぶつがく比較ひかく発生はっせいがく影響えいきょうあたえ、進化しんか発生はっせい生物せいぶつがく(エボ-デボ)とあらたな分野ぶんやした。この分野ぶんや現在げんざい表現ひょうげんがた発達はったつてき可塑かそせい注目ちゅうもくしている。

たとえばカンブリア爆発ばくはつ基礎きそてき動物どうぶつのボディプランの登場とうじょうは、部分ぶぶんてきには環境かんきょう変化へんかともなってきた細胞さいぼう同士どうし固有こゆう組織そしき原因げんいんで、そのあとの自然しぜん選択せんたくによって定着ていちゃくしたかもれないと示唆しさされた。このようなアイディアは複数ふくすう著者ちょしゃによって論文ろんぶんしゅう『Origination of Organismal Form』として出版しゅっぱんされた。

進化しんか理論りろん発展はってん

ダーウィンが提案ていあんした進化しんか理論りろんなかで、共通きょうつう祖先そせんからの進化しんか集団しゅうだんない変異へんい変化へんかによってしょうじる進化しんかたね分化ぶんか分岐ぶんきによる生物せいぶつ多様たようせい適応てきおう進化しんかにおける自然しぜん選択せんたく役割やくわり現在げんざい進化しんかがくにおいてもるぎのない枠組わくぐみとなっている。一方いっぽう20世紀せいき中盤ちゅうばん進化しんかがくくわわった中立ちゅうりつせつ分岐ぶんき系統けいとうがくあらたな証拠しょうこ提供ていきょうし、自然しぜん選択せんたくはたらかないランダムな進化しんか過程かていのメカニズムをあきらかにしようとしている。

現在げんざい集団しゅうだん遺伝いでんがく生態せいたいがく生物せいぶつ地理ちりがく生物せいぶつがくなどの総合そうごうてき分野ぶんやとして発展はってんしてきた進化しんかがくは、さらに、分子生物学ぶんしせいぶつがく進化しんかゲノムがく(Evolutionary Genomics)、進化しんか医学いがくなど、様々さまざま分野ぶんや進展しんてんみながら、確立かくりつされた科学かがくいち分野ぶんやとして発展はってんしている。近年きんねん発表はっぴょうされる様々さまざま報告ほうこく機構きこう提唱ていしょうなどは、基本きほんてきにダーウィンのかんがえたおおまかな進化しんか枠組わくぐみを基盤きばんとして、さらに発展はってんさせる方向ほうこうすすんでいる。 しかし、一部いちぶ学者がくしゃはダーウィニズムやネオダーウィニズムを原理げんり主義しゅぎであるとかんがえており、科学かがくではないと見解けんかいがある。[8]

進化しんか」「evolution」というかたり

英語えいごの evolution というかたり元来がんらいラテン語らてんご起原きげんで、内側うちがわんでおいたものを外側そとがわ展開てんかいすることを意味いみしており、現在げんざいでも「展開てんかい」の意味いみ使つかわれる。最初さいしょにこの概念がいねん生物せいぶつがく援用えんようされたのは、発生はっせいがくぜんなりせつにおいてであり、個体こたい発生はっせいさいして「あらかじめ用意よういされた個体こたい構造こうぞう展開てんかい生成せいせいする」プロセスをしていた。今日きょう日本語にほんごで「進化しんか」と翻訳ほんやくされるような系統けいとう発生はっせいのプロセスをかたりとしての evolution は、個体こたい発生はっせいのこの概念がいねん系統けいとう発生はっせいたいして援用えんようしたものである。みずからの進化しんかろんにおいてさだめられた方向ほうこうへの「進歩しんぽ」を意図いとしていなかったチャールズ・ダーウィンは、当初とうしょかれ自身じしんはこのかたり積極せっきょくてき採用さいようしていない。

19世紀せいきころは、進化しんか進歩しんぽ同義どうぎであった。そのころヨーロッパではフランス革命かくめい啓蒙けいもう思想しそうなどの普及ふきゅうによって、人間にんげん社会しゃかい発展はってんのさなかであり、おおくのひとがそれが生物せいぶつ進化しんかおなじものであると主張しゅちょうしていた。それはかみによる創造そうぞう原点げんてんこそが最高さいこう状態じょうたいで、歴史れきしのプロセスはそこからの堕落だらくによるかみからの離反りはんであるととらえるキリスト教きりすときょうてき生命せいめい史観しかんのもたらす不安ふあんからの救済きゅうさい思想しそうでもあった。

進化しんかろん優生ゆうせいがく利用りようされてきた。進化しんかろん引用いんようして「もっとつよものでももっとかしこものでもなく、変化へんかできるものすぐれている」というような俗説ぞくせつひろめられているが、実際じっさいには1963ねんにアメリカの経営けいえい学者がくしゃレオン・メギンソンが、ダーウィンの『たね起源きげん』をんだ感想かんそう論文ろんぶんなかいたものである[9]

20世紀せいき後半こうはんには、社会しゃかいてき文化ぶんかてき変化へんか進歩しんぽ厳密げんみつ同義どうぎであるというかんがかたおおくの社会しゃかい科学かがくしゃかられられないものとなっている。また現在げんざいでは一般いっぱんてきに、ダーウィンの進化しんか説明せつめい解釈かいしゃくについても、生物せいぶつ変化へんか進歩しんぽとはことなるものとしてとらえられている。

19世紀せいき以降いこうは、進化しんかったときは、社会しゃかい文化ぶんかのそれでなく、生物せいぶつ進化しんかす。この生物せいぶつ進化しんかとは、ある生物せいぶつ集団しゅうだんがある世代せだいからつぎ世代せだいわるときのアリル頻度ひんど変化へんか意味いみする。それは、簡単かんたんえば、すなわちチャールズ・ダーウィンの自然しぜん選択せんたくのアイデアにもとづくたね進化しんかろんそのものでもある。「進化しんか」は、たん事実じじつ記述きじゅつするかたりぎないのであって、それ自体じたい価値かち判断はんだんふくむわけでなく、その意味いみで「進歩しんぽ」とはことなるのである。にもかかわらず、進化しんか進歩しんぽ混同こんどう事実じじつ規範きはん混同こんどうはしばしばられ、後述こうじゅつするソーシャル・ダーウィニズムもその誤解ごかい産物さんぶつであった。

現在げんざい日本にっぽんにおいて、一般いっぱんてきに「進化しんか」という言葉ことば使つかわれている場合ばあい学術がくじゅつてき厳密げんみつな「進化しんか」ではなく「進歩しんぽ・グレードアップ」というニュアンスでもちいられ、本来ほんらいの「進化しんか」もそうであるかのように誤解ごかいされている。俗流ぞくりゅう進化しんかろんひろまっていることから⽇本⼈間⾏動進化しんか学会がっかいは2020ねんに「『⾃然の状態じょうたい』を、『あるべき状態じょうたいだ』もしくは『のぞましい状態じょうたいだ』とする⾃然主義しゅぎてき誤謬ごびゅう」とする声明せいめいした[10]

進化しんかろん自然しぜん科学かがく

情報じょうほう科学かがく情報じょうほう工学こうがく数学すうがく電子でんし工学こうがく

医学いがく精神せいしん医学いがく

地球ちきゅう科学かがく史学しがく

進化しんかろん人文じんぶん社会しゃかい科学かがく

社会しゃかい進化しんかろん

19世紀せいき後半こうはんにハーバート・スペンサーは自然しぜん選択せんたくせつ社会しゃかい適用てきようして、最適さいてきしゃ生存せいぞんによって社会しゃかい理想りそうてき状態じょうたいへと発達はったつしていくという社会しゃかい進化しんかろんとなえ、ヘッケル国家こっかあいだ競争きょうそうにより、社会しゃかい発達はったつしていくという社会しゃかい進化しんかろんとなえた。スペンサーは生物せいぶつ下等かとうから高等こうとうへと進歩しんぽしていくというラマルクをたか評価ひょうかしていたとわれており、進化しんか目的もくてき方向ほうこうせいはないとかんがえるダーウィニズムではないとおもわれる。その主張しゅちょう優生ゆうせいがくともことなる。そのれいによくあげられるナチズム進化しんかろん原理げんり原則げんそくとは対立たいりつしており、関連付かんれんづけるのは不可能ふかのうである。

以下いかのナチズムの主張しゅちょう進化しんかろんとはまった相容あいいれない。

  • 人為じんいてき民族みんぞく絶滅ぜつめつし、固定こていする→分化ぶんか多様たようせい変異へんい否定ひてい
  • 優等ゆうとう人種じんしゅであるアーリアじん劣等れっとう人種じんしゅであるユダヤじん生殖せいしょくでは前者ぜんしゃ形質けいしつ後者こうしゃおとってしまう→適者生存てきしゃせいぞん否定ひてい
  • 進化しんか原動力げんどうりょく意志いし適応てきおう順応じゅんのうなどの否定ひてい

20世紀せいき後半こうはんには、エドワード・オズボーン・ウィルソンがその著作ちょさく社会しゃかい生物せいぶつがく』(1975)のなかで、進化しんかろんてき社会しゃかい生物せいぶつがく将来しょうらい人間にんげんについての社会しゃかい科学かがくおおきな影響えいきょうおよぼすだろうという展望てんぼうべて、だい論争ろんそうをひきおこした。その初期しょき批判ひはんのなかには、ウィルソンや社会しゃかい生物せいぶつがく主張しゅちょうをナチズムにむすびつけたものもみられたが、論争ろんそうつうじて、そうした批判ひはん誤解ごかいにもとづくものであることが次第しだいにあきらかになった。この論争ろんそう経緯けいいについては、社会しゃかい学者がくしゃウリカ・セーゲルストローレがその著作ちょさく真理しんり擁護ようごしゃたち』(邦訳ほうやく社会しゃかい生物せいぶつがく論争ろんそう』)のなかで詳細しょうさいかつバランスよくまとめている。

進化しんかろん宗教しゅうきょう

創造そうぞうろん聖書せいしょクルアーンといった経典きょうてんない創造そうぞうぬしによる創造そうぞう主張しゅちょうする。創造そうぞうろんについてはおおくのせつがあるため、項目こうもく参照さんしょうのこと。

生物せいぶつ進化しんかする」というテーゼは現在げんざいでは学会がっかい科学かがくてき仮説かせつとしてれられているが、宗教しゅうきょうくにによっては信仰しんこうてき社会しゃかいてきれられているとはかぎらず、アメリカには進化しんかろん裁判さいばんれいがある。アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく南部なんぶなどいくつかのしゅうでは、プロテスタント一部いちぶ根強ねづよ聖書せいしょ主義しゅぎ立場たちばから進化しんかろん否定ひていされている。ケンタッキーしゅうには、進化しんかろん否定ひていする創造そうぞう博物館はくぶつかんてられている。

カトリック教会きょうかいでは1996ねん10月にローマ教皇きょうこうヨハネ・パウロ2せいが、「進化しんかろん仮説かせつ以上いじょうのもので、肉体にくたい進化しんかろんみとめるが、人間にんげんたましいかみ創造そうぞうされたもの」だとべた。つまり、人間にんげん精神せいしん活動かつどう源泉げんせんたるたましい出現しゅつげんは、進化しんかろんてき過程かていとは関係かんけいないとする限定げんていつきで、進化しんかろんをキリストきょう矛盾むじゅんしないものとみとめた。1950ねんかいみことのりフマニ・ゲネリス」(en:Humani generis)でも、生物せいぶつとしての肉体にくたい起源きげん研究けんきゅうであるかぎりは許容きょようされているが、このかいみことのり時点じてんでは、進化しんかろん証明しょうめい学説がくせつとされ否定ひていてきあつかわれており、進化しんかろんすで実証じっしょうされたものとしてあつか立場たちば批判ひはんされている[11][12]。1958ねん刊行かんこうされたフランシスコかいやく創世そうせい』の解説かいせつでは、進化しんかろんあやまりであることがあきらかになった、という記述きじゅつがなされている[13]。そのヨハネ・パウロ2せいつぎ教皇きょうこうベネディクト16せいは「進化しんかろんすべてのいにこたえていない」と否定ひていてき認識にんしきしめした。しかしさらにつぎ教皇きょうこうフランシスコは「かみは、自然しぜん法則ほうそくしたがって進化しんかするように生物せいぶつ創造そうぞうした」と進化しんかろん創造そうぞうろん矛盾むじゅんしない見解けんかいしめした[14]

近年きんねんアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくのいくつかのしゅうにおいて、創造そうぞうろん明確めいかく学校がっこう教育きょういくまれようとしている。1980年代ねんだいには裁判さいばん創造そうぞうろん理科りか教育きょういくへのみをきんずる判決はんけつされた。そのために、「かみによる創造そうぞう科学かがくてき解明かいめいする」運動うんどう創造そうぞう科学かがくとしてがった。しかし創造そうぞう科学かがく創造そうぞうろん同様どうよう科学かがくではなく宗教しゅうきょうであるという連邦れんぽう裁判所さいばんしょ判決はんけつくだされた。 べい世論せろん調査ちょうさ企業きぎょうギャラップ(Gallup)が2010ねん2がつ11にち発表はっぴょうした調査ちょうさ結果けっかによると、進化しんかろんしんじているとこたえた米国べいこくじんは40%であり、過去かこ10年間ねんかんおこなわれた調査ちょうさにおいても、44-47%のひとが、かみ過去かこ1まんねんほどのあいだに、人間にんげん現在げんざいのようなかたち創造そうぞうしたとしんじているとこたえている。

その創造そうぞう科学かがく運動うんどうは、宇宙うちゅう生命せいめい設計せっけい創造そうぞうした存在そんざいみとめるインテリジェント・デザインせつ(IDせつ)をおおやけ教育きょういくれようとするうごきがある。インテリジェント・デザインでは、きわめて精妙せいみょう生物せいぶつ細胞さいぼう器官きかんのしくみをれいげて、「複雑ふくざつ細胞さいぼうからなる生体せいたい組織そしき進化しんかによってひとりでにできあがったとはかんがえられない。したがって創造そうぞうさいしては『高度こうど知性ちせい』によるデザインが必要ひつようであった」といった主張しゅちょうがなされている。また創造そうぞう科学かがく同様どうよう創造そうぞうろん科学かがくてき根拠こんきょたせようとこころみているが、運動うんどう中心ちゅうしんは「くさび戦術せんじゅつ」とばれるものである。これはインテリジェント・デザインの科学かがくてき妥当だとうせい立証りっしょうするのではなく、進化しんかろん不十分ふじゅうぶんてん、まだ説明せつめいできない生物せいぶつ現象げんしょう強調きょうちょうする。ジョージ・W・ブッシュは「平等びょうどうのために進化しんかろんのみならずインテリジェント・デザインも学校がっこう理科りか時間じかんおしえるべきだ」とべたが、翌日よくじつ報道ほうどうかん撤回てっかいした。2005ねん11月、カンザスしゅう教育きょういく委員いいんかい多数決たすうけつ結果けっかIDせつ立場たちばり、進化しんかろんを「問題もんだいおお理論りろん」としておしえる科学かがく教育きょういく基準きじゅん採決さいけつした。この決定けっていにあたり、IDせつ支持しじする創造そうぞう科学かがくしゃたちを批判ひはんするためにつくられたパロディ「そらぶスパゲッティ・モンスター教団きょうだん」が登場とうじょうし、ネット世論せろんおおいにかせた。インテリジェント・デザインはペンシルベニアしゅうドーバー学区がっくにおける裁判さいばんで、宗教しゅうきょうであり科学かがくではないと指摘してきされた。

保守ほしゅてきイスラム教いすらむきょうでも進化しんかろん否定ひていされる。イスラーム原理げんり主義しゅぎ方針ほうしんをとるアラブ イスラーム学院がくいんのウェブサイトには進化しんかろん否定ひていする文章ぶんしょう掲載けいさいされている[15]実態じったい変態へんたいちかいとえるポケットモンスター進化しんかハラームあつかいをけ、カードを交換こうかんして収集しゅうしゅうするポケモンカードゲームのあそかたがイスラムできんじられる賭博とばくにあたるとされたこともあわせて、保守ほしゅてきなイスラム諸国しょこくではポケモンのゲームやグッズの販売はんばい制限せいげんおこなわれるにいたった。くわしくはポケットモンスター#関連かんれん事件じけん批判ひはんの「イスラム諸国しょこく」のらん参照さんしょうトルコエルドアン政権せいけんは2017ねん公立こうりつ学校がっこう義務ぎむ教育きょういく課程かてい進化しんかろんおしえないことをめた。「進化しんかろん理解りかいには哲学てつがくてき素養そよう必要ひつようで、児童じどう生徒せいとにはむずかぎる」との理由りゆうげているが、世俗せぞく主義しゅぎものからは批判ひはんている[16]

なお、イスラムけいしん宗教しゅうきょうバハイきょうアブドゥル・バハー書簡しょかんなか進化しんかろん否定ひていしている[17]

エホバの証人しょうにん明確めいかく進化しんかろん否定ひていしている。

創造そうぞうろんにおいては、生物せいぶつ遺伝いでんによる変化へんかみとめられている。たとえば、いろくろひとからはくろ子供こどもまれ、たかひと子供こどもたかくなることがおおいとか、トラライオン共通きょうつう先祖せんぞち、一方いっぽうしまのある個体こたいぐんかれ、一方いっぽうはたてがみをもつ個体こたいぐんかれたので、両者りょうしゃ姿すがたており、先祖せんぞおなじであろうとか、その程度ていどかんがかたみとめている。(つまり創造そうぞうせつるが、現生げんなま生物せいぶつすうひゃくまんしゅいち創造そうぞうされたのではなく、ある程度ていど共通きょうつう先祖せんぞにさかのぼりうるとしているのである。エホバの証人しょうにんは、すべての陸上りくじょう生物せいぶつノア時代じだいだい洪水こうずいによってすべほろびたとしんじており、ノアのはこぶねせられたひとつがいずつのみがのこったとしんじている。その場合ばあい哺乳類ほにゅうるいだけでも4000しゅ以上いじょうもある、すべての陸上りくじょう動物どうぶついち種類しゅるいずつ、大型おおがたタンカー程度ていどおおきさのはこぶねせることなど、物理ぶつりてき不可能ふかのうである。よって、すべてのたねいちつがいずつせたのではなく、ある程度ていど共通きょうつう先祖せんぞにあたる動物どうぶつたちすうひゃくしゅいちつがいずつせたのであるとしていて、現生げんなま動物どうぶつはそれらの子孫しそんたちであるとしている。ただしその場合ばあい、たかだか5000ねんのうちに任意にんいすうひゃくしゅいちつがいずつの動物どうぶつたちが、現在げんざいられるだけの多様たようせい個体こたいすうえていることになり、むしろ進化しんかろんしゃ以上いじょうに、はや速度そくどでのたね変化へんか支持しじしていることになる。)ただしそのような変化へんかは「進化しんか」ではないとし、たとえば、魚類ぎょるい両生類りょうせいるいに、爬虫類はちゅうるい鳥類ちょうるいになるといった構造こうぞう器官きかん根本こんぽんからわるような進化しんか否定ひていしている。(ただし、そのような変化へんか進化しんか境界きょうかいせん明確めいかくにはしていない。)

法輪ほうりんこうでは、進化しんかろん否定ひてい中国共産党ちゅうごくきょうさんとう批判ひはんむすびつけて展開てんかいされており「だい紀元きげん時報じほう」には進化しんかろん否定ひていする記事きじ掲載けいさいされている[18]

このようにアブラハムけい中心ちゅうしんとしてしょ宗教しゅうきょうからの反対はんたいけてきた歴史れきしのある進化しんかろんであるが、オカルトニューエイジ分野ぶんやでは教義きょうぎそのものへのみがおこなわれてきた。意識いしき霊的れいてき性質せいしつれいせい)の進歩しんぽ向上こうじょうを「進化しんか」と呼称こしょうするのが代表だいひょうてきれいである。ルドルフ・シュタイナー[19]ブラヴァツキー夫人ふじんのように、著書ちょしょのなかで神秘しんぴがくてき教義きょうぎもとづいた人類じんるい進化しんか過程かていしるした人物じんぶつもいる[20]

生物せいぶつ学者がくしゃなかには敬虔けいけん信仰しんこうつものもおり、その一部いちぶ生物せいぶつ進化しんかかみ創造そうぞう過程かていなしている。このなかには遺伝いでん学者がくしゃテオドシウス・ドブジャンスキー、現代げんだいでは分子生物学ぶんしせいぶつがくしゃフランシス・コリンズなどがげられる。また一部いちぶかみろんしんじ、生物せいぶつ進化しんか信仰しんこう両立りょうりつさせている。

進化しんかろん学説がくせつ概念がいねん

脚注きゃくちゅう

  1. ^ 岩波いわなみ生物せいぶつがく辞典じてんだい4はん
  2. ^ リドレー, マーク しる松永まつなが俊男としお野田のだ春彦はるひこきしゆかり やく「だれが進化しんかうたがうのか」、チャーファス, ジェレミーへん へん生物せいぶつ進化しんか 最近さいきん話題わだいばいふうかん〈ライフサイエンス教養きょうよう叢書そうしょ9〉、1984ねん原著げんちょ1982ねん)。ISBN 4563039276 
  3. ^ Ridley, Mark (2004). Evolution. Blackwell Publishing. ISBN 1405103450 
  4. ^ Barton,Nikolas H., Briggs,Derek E.G., Eisen,Jonathan A., Goldstein,David B. & Patel,Nipam H. ちょ宮田みやたたかし星山ほしやま大介だいすけ やく進化しんか 分子ぶんし個体こたい生態せいたいけい』メディカル・サイエンス・インターナショナル、2009ねん原著げんちょ2007ねん)。ISBN 9784895926218 
  5. ^ ドーキンス, リチャード しる垂水たるみ雄二ゆうじ やく進化しんか存在そんざい証明しょうめい早川書房はやかわしょぼう、2009ねん原著げんちょ2009ねん)。ISBN 9784152090904 
  6. ^ 2003ねん11がつごう科学かがく』1がつごう巻頭かんとうごと 石川いしかわみつる放送大学ほうそうだいがく(生物せいぶつがく)・東京とうきょう大学だいがく名誉めいよ教授きょうじゅ
  7. ^ シリーズ進化しんかがく編者へんしゃ言葉ことば 岩波書店いわなみしょてん
  8. ^ 養老ようろう孟司たけし茂木もき健一郎けんいちろう原理げんり主義しゅぎえて」『スルメをてイカがわかるか!』角川書店かどかわしょてん、2003ねん、p.100-124ぺーじ 
  9. ^ 自民じみんTwitter炎上えんじょう注目ちゅうもく 「ダーウィンの進化しんかろん」とは:東京とうきょう新聞しんぶん TOKYO Web
  10. ^ 「ダーウィンの進化しんかろん」にかんして流布るふする⾔説についての声明せいめい ⽇本⼈間⾏動進化しんか学会がっかい
  11. ^ 『フマニ・ジェネリス』せいピオじゅうせいかいによるわけ副題ふくだいやセクションめい部分ぶぶん原文げんぶんにはない)
  12. ^ バチカン公式こうしきサイトない英語えいごばんテキスト
  13. ^ フランシスコかいやく聖書せいしょ創世そうせい」(1958ねん12月発行はっこう)にされた 創世そうせい解説かいせつ には「しかしながら、科学かがくしゃかんがす「歴史れきし」は、往々おうおうにしてあやまっていることがある。とく人間にんげん進化しんかについては、のちあやまりであることが判明はんめいした。」とある
  14. ^ かみ生物せいぶつ進化しんかするようつくった」 げんマ法王まほうおう肯定こうてい 朝日新聞あさひしんぶん2014ねん10がつ30にち1232ふん
  15. ^ イスラームは、進化しんかろんについてどうかんがえているのでしょうか?
  16. ^ “トルコの学校がっこうえる「進化しんかろん」 はんイスラムだから?世俗せぞく反発はんぱつ. 『朝日新聞あさひしんぶん朝刊ちょうかん. (2017ねん7がつ24にち). http://www.asahi.com/articles/DA3S13052560.html 
  17. ^ だいよん 人間にんげん起源きげん能力のうりょく状態じょうたいについて
  18. ^ とう文化ぶんか解体かいたいだい2しょう(16)「進化しんかろん注入ちゅうにゅうは、かみろん闘争とうそう哲学てつがく普及ふきゅうのため」
  19. ^ 高橋たかはしいわおわけ『アカシャ年代ねんだいより』国書刊行会こくしょかんこうかい、1994ねん
  20. ^ 大田おおた俊寛としひろ現代げんだいオカルトの根源こんげん - れいせい進化しんかろんひかりやみ筑摩書房ちくましょぼう〈ちくま新書しんしょ〉、2013ねんISBN 978-4-480-06725-8 

関連かんれん項目こうもく