広こう韻いん

『広こう韻いん』（こういん、旧きゅう字体じたい：廣こう韻いん）は、北きた宋そうの大中おおなか祥さち符ふ元年がんねん（1008年ねん）に陳ちん彭年（ちんほうねん）らが先行せんこうする『切きり韻いん』『唐から韻いん』を増ふえ訂ていして作つくった韻書いんしょ。正式せいしき名称めいしょうは『大だい宋そう重しげる修おさむ広こう韻いん』。

『切きり韻いん』系けい韻書いんしょの一ひとつであり、清きよし代だいに再さい発見はっけんされて以降いこう、古音こおんを知しるための重要じゅうような書しょとして利用りようされてきた。またベルンハルド・カールグレンによる中ちゅう古音こおんの復元ふくげんにも利用りようされた。『広こう韻いん』以前いぜんの切きり韻いん系けい韻書いんしょは長ながく失うしなわれていたが、第だい二に次じ大戦たいせん後ごに王仁わに昫『刊かん謬補欠ほけつ切きり韻いん』の完本かんぽんが発見はっけんされた。

成立せいりつ

北きた宋そうの真宗しんしゅうのとき、従来じゅうらいの韻書いんしょに誤あやまりが多おおく、科挙かきょの標準ひょうじゅんとして差さし支つかえがあったため、勅命ちょくめいによって『広こう韻いん』が作つくられた。

内容ないよう

『広こう韻いん』巻首かんしゅの記載きさいによれば26,194字じを収おさめ，注解ちゅうかい191,692字じに至いたる。ただしこれはひとつの字じが複数ふくすうの音おとを持もつときに重複じゅうふくして数かぞえており、異ことなり字数じすうは16,000字じほどであるという。5巻かんからなり、韻いん目めは平声ひょうしょう57韻いん（上平かみたいら声ごえ28韻いん、下平しもだいら声こえ29韻いん。平声ひょうしょうのみ上下じょうげに分わけるのは編纂へんさん上じょうの都合つごうにすぎず、音韻おんいん的てきには他たの三さん声こえと変かわらない）、上声じょうせい55韻いん、去声きょしょう60韻いん、入声にっしょう34韻いんの合計ごうけい206韻いんである。しかし、それと同時どうじに隣となり合あう2つないし3つの韻いんについて同どう用よう、つまり押韻おういんしても構かまわないという規定きていも設もうけられており、同どう用ようをひとつにまとめると平声ひょうしょう31・上声じょうせい30・去声きょしょう33・入声にっしょう19の113韻いんになる（ただしこの同どう用よう規定きていには『広こう韻いん』編纂へんさん時じより後のちの変更へんこうがはいっており、本来ほんらいは平声ひょうしょう32・上声じょうせい32・去声きょしょう34・入声にっしょう19の117韻いんであったという）。これは平水へいすい韻いんの106韻いんとそれほど変かわらない。

もとの『切きり韻いん』より13韻いん多おおいが、その内訳うちわけは

• 真ま韻いんに開口かいこうと合口あいくちの両方りょうほうが属ぞくしていたのを2つに分わけたため、「諄・準じゅん・稕・術じゅつ」が増加ぞうか
• 寒かん韻いんに開口かいこうと合口あいくちの両方りょうほうが属ぞくしていたのを2つに分わけたため、「桓・緩なる・換かわ・曷」が増加ぞうか
• 歌うた韻いんに開口かいこうと合口あいくちの両方りょうほうが属ぞくしていたのを2つに分わけたため、「戈ほこ・果はて・過か」が増加ぞうか
• 厳いむ韻いんに対応たいおうする上声じょうせいと去声きょしょうの韻いんがなかったのを追加ついかしたため「儼げん・釅」が増加ぞうか

である。最後さいごのものは8世紀せいきはじめの王おう仁ひとし昫による追加ついかであり、それ以外いがいはひとつの韻いんを開ひらけ合あいで分わけただけで音節おんせつの種類しゅるい自身じしんが増ふえたわけではないので（しかも同どう用ようなので分わけたもの同士どうしで押韻おういんしても構かまわない）、本質ほんしつ的てきな変化へんかではない。

反切はんせつに使つかわれている漢字かんじは、諱いみなを避さけるなどの特別とくべつな理由りゆうがあるものを除のぞいて基本きほん的てきに『切きり韻いん』のものを踏襲とうしゅうしており、そのために『広こう韻いん』を『切きり韻いん』の代用だいようとして使つかうことができる。しかし『切きり韻いん』の反切はんせつは『広こう韻いん』が作つくられた当時とうじの音おととは乖離かいりしていたため、各巻かくかんの末尾まつびに「新添にいぞえ類るい隔へだた更さら音おん和わ切きり」として、改訂かいていした反切はんせつを載のせている。そのほとんどは『切きり韻いん』の時代じだいには区別くべつのなかった重じゅう唇音しんおんと軽けい唇音しんおんに関かんするものである。たとえば支ささえ韻いん「卑」を「府ふ移うつり切きり」としているが、巻末かんまつでは「必移切きり」に直なおしている。

訓くん釈しゃくは『切きり韻いん』に比くらべるとかなり長ながくなっている。しかし固有名詞こゆうめいしや姓せいの由来ゆらいに関かんする説明せつめいに偏かたよっているきらいがあり、『集しゅう韻いん』の序じょで批判ひはんされている。

巻末かんまつに「双そう声ごえ重じゅう韻いん法ほう・六書りくしょ・八はち体たい・弁べん字じ五音ごいん法ほう・弁わきまえ十じゅう四声しせい例れい法ほう・弁わきまえ四声軽清重濁法」を載のせる。

問題もんだい点てん

『広こう韻いん』の反切はんせつはもとの『切きり韻いん』に基本きほん的てきに従したがってはいるものの、ところどころおかしな箇所かしょがある。たとえば脂あぶら韻いん「尸しかばね」が「式しき之の切せつ」になっているが、「之これ」は之これ韻いんの字じであり、正まさしくは「式しき脂あぶら切きり」でなければならない。これは『広こう韻いん』の時代じだいにすでに字じによっては脂あぶら韻いんと之これ韻いんがどちらかと同音どうおんになっていた場合ばあいがあったための誤あやまりである。また、各かく韻いんの終おわりの方ほうに例外れいがい的てきな反切はんせつが集中しゅうちゅうするが、これらはもとの『切きり韻いん』に対たいして新あらたに追加ついかしたための例外れいがいが集中しゅうちゅうしてなったものである（参照さんしょう：切きり韻いん考こう）。

テキスト

『広こう韻いん』は明あきら代だいには忘わすれ去さられていたが、顧炎武たけしが再さい発見はっけんしてその重要じゅうよう性せいが注目ちゅうもくされるようになった。しかし顧炎武ぶが発見はっけんした明あきら内ない府本ふもとは節略せつりゃく本ほんであり、顧炎武ぶの没後ぼつごにようやく本来ほんらいの『広こう韻いん』が発見はっけんされた。南みなみ宋そう刊本かんぽんに監かん本ほんである高こう宗はじめ本ほん・寧やすし宗むね本ほんと私家しか版ばんである南みなみ宋そう巾はば箱ばこ本ほんおよび「鉅宋広こう韻いん」と題だいする本ほんがある。宋そう本ほんをもとにした清きよし代だいの刊本かんぽんには沢さわ存そん堂本どうもと・曹楝亭てい本ほん（部分ぶぶん的てきに節略せつりゃく本ほんで補おぎなう）・古こ逸いっ叢書そうしょ本ほんがある。現在げんざいでは沢さわ存そん堂本どうもとを影印えいいんしてその上うえに周しゅう祖そ謨による校正こうせいを加くわえ、部首ぶしゅ索引さくいんを附ふしたものが広ひろく利用りようされている。

広こう韻いん206韻いん

平声ひょうしょう	上声じょうせい	去声きょしょう	入声にっしょう
上平かみたいら声ごえ
一いち東ひがし	一いち董ただし	一いち送おく	一いち屋や
二に冬ふゆ		二に宋そう	二に沃
三さん鍾	二に腫しゅ	三さん用よう	三さん燭しょく
四よん江え	三さん講こう	四よん絳	四よん覚さとし
五ご支ささえ	四よん紙し	五ご寘
六ろく脂あぶら	五ご旨むね	六ろく至いたり
七なな之これ	六ろく止とめ	七なな志こころざし
八はち微ほろ	七尾ななお	八はち未ひつじ
九きゅう魚さかな	八はち語ご	九きゅう御お
十じゅう虞おそれ	九きゅう麌	十じゅう遇ぐう
十じゅう一いち模も	十じゅう姥うば	十じゅう一いち暮くれ
十じゅう二に斉ひとし	十じゅう一いち薺なずな	十じゅう二に霽
		十じゅう三さん祭さい
		十じゅう四よん泰やすし
十じゅう三佳みか	十じゅう二に蟹かに	十じゅう五ご卦け
十じゅう四よん皆みな	十じゅう三さん駭	十じゅう六ろく怪かい
		十じゅう七なな夬
十じゅう五ご灰はい	十じゅう四よん賄まかない	十じゅう八はち隊たい
十じゅう六ろく咍	十じゅう五ご海うみ	十じゅう九きゅう代だい
		二に十じゅう廃はい
十じゅう七なな真しん	十じゅう六ろく軫	二に十じゅう一いち震ふるえ	五ご質しつ
十じゅう八はち諄	十じゅう七なな準じゅん	二に十じゅう二に稕	六ろく術じゅつ
十じゅう九きゅう臻			七なな櫛くし
二に十じゅう文ぶん	十じゅう八はち吻	二に十じゅう三さん問もん	八はち物ぶつ
二に十じゅう一いち欣	十じゅう九きゅう隠かくれ	二に十じゅう四よん焮	九きゅう迄まで
二に十じゅう二に元げん	二に十じゅう阮	二に十じゅう五ご願ねがい	十じゅう月がつ
二に十じゅう三さん魂たましい	二に十じゅう一いち混こん	二に十じゅう六ろく慁	十じゅう一いち没ぼつ
二に十じゅう四よん痕こん	二に十じゅう二に很	二に十じゅう七なな恨
二に十じゅう五ご寒かん	二に十じゅう三さん旱ひでり	二に十じゅう八はち翰	十じゅう二に曷
二に十じゅう六ろく桓	二に十じゅう四よん緩なる	二に十じゅう九きゅう換かわ	十じゅう三さん末まつ
二に十じゅう七なな刪	二に十じゅう五ご潸	三さん十じゅう諫	十じゅう五ご鎋
二に十じゅう八はち山やま	二に十じゅう六ろく産さん	三さん十じゅう一いち襉	十じゅう四よん黠
下平しもだいら声こえ
一いち先さき	二に十じゅう七なな銑ずく	三さん十じゅう二に霰	十じゅう六ろく屑くず
二に仙せん	二に十じゅう八はち獮	三さん十じゅう三さん線せん	十じゅう七なな薛
三さん蕭しょう	二に十じゅう九きゅう篠しの	三さん十じゅう四よん嘯
四よん宵よい	三さん十じゅう小しょう	三さん十じゅう五ご笑わらい
五ご肴さかな	三さん十じゅう一いち巧たくみ	三さん十じゅう六ろく效こう
六ろく豪ごう	三さん十じゅう二に晧	三さん十じゅう七なな号ごう
七なな歌うた	三さん十じゅう三さん哿	三さん十じゅう八箇はっか
八はち戈ほこ	三さん十じゅう四よん果はて	三さん十じゅう九きゅう過か
九きゅう麻あさ	三さん十じゅう五ご馬うま	四よん十じゅう禡
十じゅう陽ひ	三さん十じゅう六ろく養やしなえ	四よん十じゅう一いち漾	十じゅう八はち薬くすり
十じゅう一いち唐とう	三さん十じゅう七なな蕩とろけ	四よん十じゅう二に宕	十じゅう九きゅう鐸
十じゅう二に庚かのえ	三さん十じゅう八はち梗	四よん十じゅう三さん映うつ	二に十じゅう陌
十じゅう三さん耕こう	三さん十じゅう九きゅう耿	四よん十じゅう四よん諍いさかい	二に十じゅう一いち麦むぎ
十じゅう四よん清きよし	四よん十じゅう静せい	四よん十じゅう五ご勁	二に十じゅう二に昔むかし
十じゅう五ご青あお	四よん十じゅう一いち迥	四よん十じゅう六ろく径みち	二に十じゅう三さん錫すず
十じゅう六ろく蒸ふけ	四よん十じゅう二に拯	四よん十じゅう七なな證しょう	二に十じゅう四よん職しょく
十じゅう七なな登とう	四よん十じゅう三さん等とう	四よん十じゅう八はち嶝	二に十じゅう五徳ごとく
十じゅう八はち尤ゆう	四よん十じゅう四よん有ゆう	四よん十じゅう九きゅう宥なだめ
十じゅう九きゅう侯こう	四よん十じゅう五ご厚あつ	五ご十じゅう候こう
二に十じゅう幽かそけ	四よん十じゅう六ろく黝	五ご十じゅう一いち幼よう
二に十じゅう一いち侵おかせ	四よん十じゅう七なな寝ね	五ご十じゅう二に沁	二に十じゅう六ろく緝
二に十じゅう二に覃	四よん十じゅう八はち感かん	五ご十じゅう三さん勘かん	二に十じゅう七なな合ごう
二に十じゅう三さん談だん	四よん十じゅう九きゅう敢	五ご十じゅう四よん闞	二に十じゅう八はち盍
二に十じゅう四よん塩しお	五ご十じゅう琰	五ご十じゅう五ご豔	二に十じゅう九きゅう葉よう
二に十じゅう五ご添	五ご十じゅう一いち忝かたじけな	五ご十じゅう六ろく㮇	三さん十じゅう帖じょう
二に十じゅう六ろく咸	五ご十じゅう三さん豏	五ご十じゅう八はち陷おちい	三さん十じゅう一いち洽あまね
二に十じゅう七なな銜	五ご十じゅう四よん檻おり	五ご十じゅう九きゅう鑑かん	三さん十じゅう二に狎
二に十じゅう八はち厳げん	五ご十じゅう二に儼げん	五ご十じゅう七なな釅	三さん十じゅう三業さんぎょう
二に十じゅう九きゅう凡	五ご十じゅう五ご范	六ろく十じゅう梵	三さん十じゅう四よん乏とぼし

外部がいぶリンク

• 漢字かんじデータベース計画けいかく … 宋そう本ほん広こう韻いんのテキストデータ
• 韻いん典てん網もう … 沢さわ存そん堂本どうもと広ひろ韻いんの検索けんさくシステム （中国ちゅうごく語ご）