ゆる

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
皇帝こうていマルクス・アウレリウスが、勝利しょうり征服せいふくしたてきぞくたいして寛恕かんじょしめしている(ローマのカピトリーノ美術館びじゅつかん

ゆるしとは、ねがいをききいれること、許可きょかすること(ゆるし・聴し)、または、つみ過失かしつ無礼ぶれいなどをとがめないこと(ゆる)を意味いみする[1]

心理しんりがくにおいてゆるし(en:forgiveness)は、当初とうしょ不当ふとうあつかわれたとかんじたものが、けた侵害しんがいについての気持きもちと態度たいど変化へんか経験けいけんし、いきどお復讐ふくしゅうなどの否定ひていてき感情かんじょうを(それが正当せいとうされうるとしても)える、一連いちれん意図いとてきかつ自発じはつてき過程かてい意味いみする[2][3][4]。ただし、ゆるしが否定ひていてき感情かんじょうから肯定こうていてき態度たいどへのわり(つまり侵害しんがいしゃ良好りょうこうでいるのをのぞちからをつけること)をどれだけ含意がんいするかについては、理論りろん意見いけんことなっている[5][6][7]

ゆるしは、大目おおめること(ゆるしが必要ひつようよぎった行為こうい見逃みのがすこと)や、免責めんせき侵害しんがいしゃ行為こういこたえせめせないこと)、忘却ぼうきゃく(その侵害しんがいについて意識いしきからのぞくこと)、恩赦おんしゃ裁判官さいばんかんなど社会しゃかい代表だいひょうしゃにより認知にんちされた侵害しんがいについてあたえられる)、和解わかい関係かんけい修復しゅうふく)、とはことなる[5]

心理しんりがく[編集へんしゅう]

心理しんりがく概念がいねんそして美徳びとくとしてのゆるしの効用こうようは、宗教しゅうきょう思想しそうや・社会しゃかい科学かがく医学いがくにおいて探求たんきゅうされてきた。ゆるしはたんに、みずからをゆるすこともふくめたゆるひと観点かんてん[8]と、ゆるされるひと観点かんてんから、またはゆるひとゆるされるひととの関係かんけいせいにおいて、考慮こうりょされることもある。ゆるしは殆んどの場合ばあい修復しゅうふくてき司法しほう見込みこみがなくとも、侵害しんがいしゃがわ応答おうとうがなくともあたえられる(たとえば、連絡れんらくがつかないひとんだひとゆるすことはできる)。実際じっさいには不当ふとうあつかったひとからゆるされるために、侵害しんがいしゃなんらかの自認じにんや・謝罪しゃざいもうたり、まさゆるしをもとめたりすることが必要ひつよう場合ばあいもある[5]

ゆるしのかたり相手あいてわってもちいられうる、そしてひと文化ぶんかにより様々さまざま解釈かいしゃくされる。これが人間にんげん関係かんけいのコミュニケーションにおいてとりわけ重要じゅうようなのは、ゆるしがコミュニケーションのかぎとなる要素ようそであり、個人こじん・カップル・グループ全体ぜんたいとしての進歩しんぽになるからである。すべての当事とうじしゃともゆるうつもりでいれば、関係かんけい維持いじされうる。 「ゆるしの先例せんれい把握はあくし、ゆるしの生理せいり探究たんきゅうし、よりゆるせるように人々ひとびと教育きょういくすることはみな我々われわれがこのかたりについて共通きょうつう意義いぎつことを示唆しさするのである。」[9]

宗教しゅうきょう[編集へんしゅう]

おおくの宗教しゅうきょうにはゆるしにかんするおしえがふくまれており、これらのおしえのおおくがゆるしについての多様たよう今日きょうへの伝承でんしょう実践じっせんもとになる基礎きそあたえている。宗教しゅうきょう教義きょうぎ哲学てつがく学派がくはには、ひとみずからの欠点けってんわるあるしゅかみゆるしを見出みいだ必要ひつようせい重視じゅうししているものもあれば、ひとたがいのゆるしを実践じっせんする必要ひつようせい重視じゅうししているものもある、またしかしひとおよかみゆるしを殆んどあるいはまった区別くべつしていないものもある。

政治せいじにおけるゆる[編集へんしゅう]

社会しゃかいてき政治せいじてき規模きぼでのゆるしには、まった私的してきかつ宗教しゅうきょうてき領域りょういきでの「ゆる」がふくまれている。「ゆるし」の概念がいねんは、政治せいじ分野ぶんやにおいては例外れいがいてきだと一般いっぱんかんがえられている。しかしハンナ・アーレントは、「ゆるちから」が公的こうてき問題もんだいにおいて意義いぎつとかんがえている。哲学てつがくしゃ彼女かのじょは、ひとかえしのつかぬこと直面ちょくめんしても、ゆるしによって個人こじんてきそして集団しゅうだんてき対処たいしょ能力のうりょく発揮はっきされるとしんじている[10]

社会しゃかい学者がくしゃの Benoît Guillou は、1994ねん民族みんぞく虐殺ぎゃくさつのルワンダでなされたゆるしの対話たいわとその実践じっせんについての調査ちょうさで、「ゆるし」のかたりきわめて多義たぎてきであり、またこの概念がいねんいちじるしく政治せいじてき性格せいかくつことを例示れいじした。その著作ちょさく結論けつろんとしてかれは、一方いっぽうでは曖昧あいまいかたりもちいられるのを、他方たほうではゆるしをかいして社会しゃかいてききずな修復しゅうふくされる条件じょうけんを、より理解りかいするために、ゆるしの4つの類型るいけい提示ていじしている[11]

哲学てつがくしゃウラジミール・ジャンケレヴィッチは、ホロコーストなどのナチス・ドイツによるユダヤじんへの犯罪はんざいについて、人間にんげん限界げんかいえた場合ばあいゆるしの対象たいしょうとならず、犯罪はんざいとしての時効じこうもないと主張しゅちょうした[12]

哲学てつがくしゃジャック・デリダは、ゆるせるものをゆるすことは人々ひとびとができることであるとジャンケレヴィッチに異議いぎとなえた[13]。ただし、これは本当ほんとうゆるしではなく、本当ほんとうゆるしとは、無条件むじょうけんゆるしであり、これは不可能ふかのうであるが、ゆるしがもとめるのはまさに不可能ふかのうなことをおこなうことであると主張しゅちょうした[13]。またデリダは、北京ぺきん大学だいがくでの講演こうえんさい日本にっぽん中国ちゅうごく歴史れきし認識にんしき問題もんだいは、んだ犠牲ぎせいしゃにしかゆるせるかどうかをめる権利けんりはないので、ゆるしの問題もんだいではないとかたった[14]日本にっぽん謝罪しゃざいしたのち和解わかいすべきかという質問しつもんたいしては、それは外交がいこう政治せいじ問題もんだいであり、条件じょうけんつきのゆるしの問題もんだいであり、純粋じゅんすいゆるしの問題もんだいではなく、日本にっぽん中国ちゅうごく国民こくみん政府せいふめることであるとかたった[14]

法律ほうりつにおけるゆる[編集へんしゅう]

犯罪はんざいにおける加害かがいしゃ被害ひがいしゃが、犯罪はんざいによるがいから修復しゅうふくしていく方法ほうほうを、修復しゅうふくてき司法しほうぶ。加害かがいしゃ被害ひがいしゃがともに正義まさよし実感じっかんできるか、被害ひがいしゃ加害かがいしゃあいだ関係かんけい念頭ねんとういているか、将来しょうらいけたみがおこなわれていることなどがかぎとなる[15]

また、特定とくてい文脈ぶんみゃくにおいて forgiveness は、債務さいむローン義務ぎむによるあらゆる請求せいきゅうやその請求せいきゅう免除めんじょまたは放棄ほうきするための、法律ほうりつ用語ようごとなる[16][17]

ニューエイジ[編集へんしゅう]

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

参照さんしょう[編集へんしゅう]

  1. ^ [1]goo辞書じしょ:デジタル大辞泉だいじせん小学館しょうがくかん
  2. ^ Doka, Kenneth (2017). Grief is a journey. Atria Books. pp. 14–16. ISBN 978-1476771519 
  3. ^ Hieronymi, Pamela (2001ねん5がつ). “Articulating an Uncomprimising Forgiveness”. pp. 1–2. 2020ねん1がつ18にち閲覧えつらん
  4. ^ North, Joanna (1998). Exploring Forgiveness (1998). University of Wisconsin. pp. 20–21. ISBN 0299157741 
  5. ^ a b c American Psychological Association. Forgiveness: A Sampling of Research Results.”. pp. 5–8 (2006ねん). 2011ねん6がつ26にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2009ねん2がつ7にち閲覧えつらん
  6. ^ What Is Forgiveness? Archived 2013-11-14 at the Wayback Machine. The Greater Good Science Center, University of California, Berkeley
  7. ^ Field, Courtney; Zander, Jaimie; Hall, Guy (September 2013). “'Forgiveness is a present to yourself as well': An intrapersonal model of forgiveness in victims of violent crime” (英語えいご). International Review of Victimology 19 (3): 235–247. doi:10.1177/0269758013492752. ISSN 0269-7580. 
  8. ^ Graham, Michael C. (2014). Facts of Life: ten issues of contentment. Outskirts Press. p. 268. ISBN 978-1-4787-2259-5 
  9. ^ Lawler-Row, Kathleen A.; Scott, Cynthia A.; Raines, Rachel L.; Edlis-Matityahou, Meirav; Moore, Erin W. (2007-06-01). “The Varieties of Forgiveness Experience: Working toward a Comprehensive Definition of Forgiveness”. Journal of Religion and Health 46 (2): 233–248. doi:10.1007/s10943-006-9077-y. ISSN 1573-6571. 
  10. ^ Hannah Arendt, Condition de l’homme moderne, Paris, en:Calmann-Lévy,‎
  11. ^ Benoît Guillou, Le pardon est-il durable ? Une enquête au Rwanda, Paris, François Bourin” (2014ねん). 2016ねん11月5にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2016ねん12月13にち閲覧えつらん
  12. ^ おうまえちょ中国ちゅうごくんだ現代げんだい思想しそう―サルトルからデリダ、シュミット、ロールズまで』講談社こうだんしゃ選書せんしょメチエ,2011ねん.p124-125.
  13. ^ a b おうまえ中国ちゅうごくんだ現代げんだい思想しそう講談社こうだんしゃ.p125.
  14. ^ a b おうまえ中国ちゅうごくんだ現代げんだい思想しそう講談社こうだんしゃ.p126.
  15. ^ ハワード・ゼア ちょ西村にしむら春夫はるお; 細井ほそい洋子ようこ; 高橋たかはし則夫のりおかん やく修復しゅうふくてき司法しほうとはなにか : 応報おうほうから関係かんけい修復しゅうふくへ』新泉しんいずみしゃ、2003ねん
  16. ^ Debt Forgiveness Archived 2013-10-31 at the Wayback Machine. OECD, Glossary of Statistical Terms (2001)
  17. ^ Loan Forgiveness Archived 2013-11-13 at the Wayback Machine. Glossary, U.S. Department of Education

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]