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文民ぶんみん統制とうせい

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
アメリカぐん司令しれいかん交代こうたいしきにてゴードン・イングランド英語えいごばん海軍かいぐん長官ちょうかん敬礼けいれいしてむかえるジョン・ナスマン英語えいごばん海軍かいぐん大将たいしょう (みぎはし) とウイリアム・ファロン英語えいごばん海軍かいぐん大将たいしょう海軍かいぐん長官ちょうかん海軍かいぐんしょう国防総省こくぼうそうしょううち部局ぶきょく)の文民ぶんみんによるちょうであり、海軍かいぐん海兵かいへいたい指揮しきく。海軍かいぐん長官ちょうかんおなじく文民ぶんみんである国防こくぼう長官ちょうかんしたぞくする(2005ねん2がつ18にち)。

文民ぶんみん統制とうせい(ぶんみんとうせい、シビリアン・コントロール英語えいご: civilian control of the military)とは、文民ぶんみんたる政治せいじ軍隊ぐんたい統制とうせいするというせいぐん関係かんけい意味いみする。

概要がいよう

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文民ぶんみん統制とうせい(シビリアンコントロール、英語えいごCivilian Control Over the Military)とは、民主みんしゅ主義しゅぎこくにおける軍事ぐんじたいする政治せいじ優先ゆうせんまたは軍事ぐんじりょくたいする民主みんしゅ主義しゅぎてき統制とうせいをいう。すなわち、主権しゅけんしゃである国民こくみん選挙せんきょ選出せんしゅつした国民こくみん代表だいひょうつうじて、軍事ぐんじたいして最終さいしゅうてき判断はんだん決定けっていけんつという国家こっか安全あんぜん保障ほしょう政策せいさくにおける民主みんしゅ主義しゅぎ基本きほん原則げんそくである[ちゅう 1]政治せいじ統制とうせいPolitical control)や文民ぶんみん優越ゆうえつcivilian supremacy)とうこともある。一般いっぱんてきぐん最高さいこう指揮しきかん首相しゅしょう大統領だいとうりょうとされるが、これはあくまでもぐんたいする関係かんけいであって、シビリアン・コントロールの主体しゅたい立法府りっぽうふ国会こっかい議会ぎかい)そして究極きゅうきょくてきには国民こくみんである[1]。このため欧米おうべいでは、本質ほんしつ的確てきかく表現ひょうげんするポリティカル・コントロール(政治せいじてき統制とうせい)あるいは民主みんしゅてき統制とうせい・デモクラティックコントロールという表現ひょうげん使つかうことが一般いっぱんてきになりつつある。

民主みんしゅ主義しゅぎこくにおいて戦争せんそう平和へいわ問題もんだい国民こくみん生命せいめい身体しんたい安全あんぜん自由じゆう直結ちょっけつするさい重要じゅうよう問題もんだいであるので、主権しゅけんしゃである国民こくみん国民こくみん代表だいひょうつうじてこれを判断はんだん決定けっていする必要ひつようがある[2]

シビリアンコントロールにおいては職業しょくぎょうてき軍事ぐんじ組織そしき軍事ぐんじアドバイスをおこない、これをけて国民こくみん代表だいひょう総合そうごうてき見地けんちから判断はんだん決定けっていし、その決定けってい軍事ぐんじ組織そしき実施じっしするということが原則げんそくとなる。国防こくぼう安全あんぜん保障ほしょう政策せいさく基本きほんてき判断はんだん決定けってい選挙せんきょ選出せんしゅつされた国民こくみん代表だいひょうおこなう。これはかれらが軍人ぐんじん文官ぶんかん官僚かんりょうより優秀ゆうしゅうということではく、国民こくみん代表だいひょうという正当せいとうせい体現たいげんするからである。そしてなによりも国民こくみん代表だいひょう国民こくみんたいして説明せつめい責任せきにんち、したがって国民こくみんかれらの決定けってい不服ふふくがあれば、選挙せんきょつうじてかれらを排除はいじょ出来できるからである。

シビリアンコントロールのしたほう支配しはい民主みんしゅ主義しゅぎ政治せいじ過程かてい尊重そんちょうする観点かんてんから、軍事ぐんじ組織そしき構成こうせいいんはあくまで軍事ぐんじ専門せんもんとしての役割やくわりとくし、政治せいじ判断はんだんえてらないとされる。軍事ぐんじ組織そしき予断よだんおこなわずせいかく情報じょうほう開示かいじし、国会こっかい国民こくみん)に判断はんだん決定けっていあおいで国会こっかい国民こくみん)の決定けってい確実かくじつ正確せいかく執行しっこうする役割やくわりとくする。将兵しょうへい任官にんかんにおいて議会ぎかい大統領だいとうりょう元首げんしゅまた立法りっぽう国民こくみんたいする忠誠ちゅうせい宣誓せんせいもとめられる。

一般いっぱんてき軍事ぐんじてき組織そしき構成こうせいいん国民こくみん1人ひとりとして投票とうひょうけん行使こうしする。しかしシビリアン・コントロールのした軍事ぐんじてき組織そしき政治せいじてき中立ちゅうりつせい党派とうはせいたもつべきものとされ、軍事ぐんじてき組織そしき構成こうせいいん政治せいじてき活動かつどうおこない、政治せいじてき意思いし表明ひょうめいおこな場合ばあいはまず軍務ぐんむするべきものとされる[ちゅう 2][ちゅう 3][ちゅう 4][ちゅう 5]

文民ぶんみん統制とうせい国民こくみん世論せろん

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戦前せんぜん日本にっぽん文民ぶんみん統制とうせい喪失そうしつしたのは、とき政権せいけんもとめたからではく、内容ないよう自体じたい国家こっか意思いし最高さいこう決定けっていけん意味いみでの主権しゅけん天皇てんのうにあるという明治めいじ時代じだいから政府せいふ議会ぎかい暗黙あんもく了解りょうかいだった。美濃部みのべ達吉たつきち貴族きぞくいん議員ぎいんによる天皇てんのう機関きかんせつ[3]排撃はいげきすることで、与党よとうとなって主導しゅどうけんにぎろうとした野党やとう立憲りっけん政友せいゆうかいとマスコミにあふられた国民こくみん世論せろんが、とき岡田おかだ内閣ないかく国会こっかいがい天皇てんのう機関きかんせつたいする政府せいふ見解けんかいせまって国体こくたい明徴めいちょう声明せいめいさせたことできているとの見解けんかいがある[4]

文民ぶんみん統制とうせい分類ぶんるい

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ハーバード大学だいがくサミュエル・P・ハンティントンによれば、文民ぶんみん統制とうせいにはおおきく2つの形態けいたい存在そんざいする。だいいちに「主体しゅたいてき文民ぶんみん統制とうせい」であり、文民ぶんみん軍隊ぐんたいへの影響えいきょうりょく最大さいだいすることによって、軍隊ぐんたい政治せいじ完全かんぜん従属じゅうぞくさせ、統制とうせいするというものである。しかしこれは政治せいじ軍事ぐんじ指導しどうしゃとなる必要ひつようがあるため、軍隊ぐんたい専門せんもんてき能力のうりょく低下ていかさせることになり、結果けっかてき安全あんぜん保障ほしょう体制たいせいあやうくする危険きけんせいがある。もう一方いっぽうに「客体かくたいてき文民ぶんみん統制とうせい」がある。これは文民ぶんみん軍隊ぐんたいへの影響えいきょうりょく最小さいしょうすることによって、軍隊ぐんたい政治せいじから独立どくりつし、軍隊ぐんたいをより専門せんもん集団しゅうだんにするというものである。こうすれば軍人ぐんじん専門せんもんすることに専念せんねんすることができ、政界せいかい介入かいにゅうする危険きけんせいや、軍隊ぐんたい能力のうりょく低下ていかすることをけることができる。また現代げんだい戦争せんそう非常ひじょう高度こうど複雑ふくざつしているため、階級かいきゅう上下じょうげわず専門せんもんてき分野ぶんや技能ぎのうった職業しょくぎょう軍人ぐんじん必要ひつようとされている。

文民ぶんみん統制とうせい必要ひつようせい

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シカゴ大学だいがくモーリス・ジャノヴィッツ適切てきせつ文民ぶんみん統制とうせい必要ひつようせい役割やくわりせいぐん関係かんけいにおける軍隊ぐんたいへの有効ゆうこうせい有事ゆうじ即応そくおうせい判断はんだん国際こくさい情勢じょうせいへの対応たいおう市民しみん軍務ぐんむとの関係かんけい程度ていど決定けっていすることにあるとろんじた。また適切てきせつ文民ぶんみん統制とうせいのために文民ぶんみん以下いかのことをおこなうべきであるとべた。

  1. 軍事ぐんじ目標もくひょう実行じっこう可能かのうなものに限定げんていすること。
  2. 政治せいじ目的もくてき合致がっちした軍事ぐんじドクトリンを形成けいせいすること。
  3. 軍隊ぐんたいにおける専門せんもんせいおよび専門せんもんてき自尊心じそんしんをよりたかめること。
  4. 民主みんしゅてき政治せいじ制度せいど正統せいとうせい気風きふうたかめること。

以上いじょうもとづいて文民ぶんみん政治せいじ軍隊ぐんたい仕事しごとしん理解りかいしてその責任せきにん評価ひょうかすることと軍人ぐんじん認識にんしきすることによって政治せいじ統制とうせいしたがうのであると結論けつろんしている。

民主みんしゅ体制たいせいとの整合せいごう

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政治せいじ選挙せんきょにより国民こくみん信託しんたくけており、政治せいじ失敗しっぱいをしたとしても、その政治せいじえらんだ国民こくみんにも責任せきにんがあるといえる。あまりにも戦争せんそう指導しどうひどければ議会ぎかいによって不信任ふしんにんけられるか、選挙せんきょ落選らくせんするであろう。しかし、軍人ぐんじん国民こくみん選挙せんきょえらばれたわけではない、ただの官吏かんりである。 クーデターなどの手段しゅだん軍人ぐんじん政権せいけんにぎり、政治せいじ指導しどう失敗しっぱいした場合ばあい国民こくみん自分じぶんたちがえらんだわけでもなくえる手段しゅだんもない指導しどうしゃのためにだい災厄さいやくをこうむることになる。国民こくみん主権しゅけんしゃである民主みんしゅ国家こっかでは文民ぶんみん統制とうせい維持いじせいぐん関係かんけい原則げんそくであって、民主みんしゅこく軍人ぐんじん政治せいじ外交がいこう干渉かんしょうせず、国民こくみん選挙せんきょえらんだ政治せいじ指導しどうふくし、軍務ぐんむ精励せいれいすることがもとめられる。

ぎゃくいち事件じけんとき大衆たいしゅうから将校しょうこうたちへの寛恕かんじょもとめる請願せいがんがあり、結果けっかとしてあま処分しょぶんませたことが軍規ぐんきゆるませ、軍人ぐんじん驕慢きょうまんゆるして二・二六事件ににろくじけんにつながった。政治せいじ軍人ぐんじん反乱はんらんたいしては断固だんことして鎮圧ちんあつし、徹底てっていして調査ちょうさ処分しょぶんして軍部ぐんぶ独裁どくさい阻止そしすることただしいという主張しゅちょうもある。

帝国ていこく憲法けんぽう選挙せんきょ制度せいどにおいては職業しょくぎょう軍人ぐんじんおよ召集しょうしゅうされたもの選挙せんきょけんおよ被選挙権ひせんきょけん)が停止ていしされていた[5]戦後せんごにおいては自衛じえいかんもまた大衆たいしゅうであり国民こくみんであって、一般いっぱんへいもまた政治せいじてき意見いけん表明ひょうめいすることをさまたげられることはないが、任官にんかんさいして議会ぎかい元首げんしゅ立法りっぽう国民こくみんたいしてった忠誠ちゅうせい宣誓せんせいもとづく統制とうせいける。なお石破いしばしげるはこうかたっている。

政治せいじには党派とうはせいが、思想しそうには排他はいたせいがつきものであり、実力じつりょく部隊ぶたいであるぐんがこれに関与かんよすることは少数しょうすうへの弾圧だんあつ少数しょうすう意見いけん抑圧よくあつという民主みんしゅ主義しゅぎにとっての根幹こんかんかかわる重大じゅうだい影響えいきょうおよぼす。それゆえ幅広はばひろ思想しそうまな政治せいじてき中立ちゅうりつたも努力どりょく必要ひつようであり、めれば政治せいじかかわらず軍務ぐんむ精励せいれいすることが必要ひつようなのであるとする[6] — 2008ねん11がつ10日とおか公式こうしきブログより

国家こっか戦略せんりゃくせい

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政治せいじ軍事ぐんじ素人しろうとであるが、軍人ぐんじん政略せいりゃく外交がいこうまたとく近代きんだいせん遂行すいこうするについて不可欠ふかけつ経済けいざい産業さんぎょう財政ざいせいについて素人しろうとであり、戦争せんそう外交がいこう延長えんちょうである以上いじょう戦争せんそう大局たいきょく判断はんだん政略せいりゃく戦略せんりゃく外交がいこう、そして開戦かいせん講和こうわについては政治せいじ最終さいしゅうてき判断はんだんくだすべき事項じこうである。文民ぶんみん統制とうせい確立かくりつすることは、戦争せんそう大局たいきょく左右さゆうする段階だんかいでの軍人ぐんじん独断どくだんや(ただし、切迫せっぱくした状況じょうきょうでの現場げんば指揮しきかん即断そくだんは、事前じぜんしめされた範囲はんいにおいてある程度ていどみとめられている)、クーデターなどに歯止はどめをけるうえきわめて有効ゆうこう方法ほうほうであり、政治せいじ軍隊ぐんたい腐敗ふはい癒着ゆちゃくける意味いみでもきわめて重要じゅうよう制度せいどである。

各国かっこく文民ぶんみん統制とうせい歴史れきしてき経緯けいい

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歴史れきしじょうおおくのおう貴族きぞくなどの支配しはいしゃ政治せいじであると同時どうじ軍人ぐんじんでもあった。主権しゅけん国家こっか体制たいせい成立せいりつする以前いぜんぜん近代きんだいでは、かならずしも治安ちあん維持いじする警察けいさつ機能きのう国防こくぼうにな軍事ぐんじ機能きのう明確めいかく峻別しゅんべつされるものではなく、武力ぶりょく軍事ぐんじりょくつね独占どくせんてき掌握しょうあくしておくことは政治せいじてき権力けんりょく維持いじのためにも必要ひつようであった。また、外交がいこう発展はってんする近代きんだいまでは安全あんぜん保障ほしょう重要じゅうようせいいま以上いじょうたかかったためであるとかんがえられる。同時どうじ軍隊ぐんたい組織そしき発展はってん途上とじょうであり、軍事ぐんじ戦略せんりゃく作戦さくせん戦術せんじゅつかんする理論りろん体系たいけいととのっておらず、兵器へいき原始げんしてきなものであったために専門せんもんてき知識ちしき技能ぎのうがなくとも作戦さくせん部隊ぶたい指揮しきかんとしての仕事しごとがこなせたこともおおきな要因よういんである。古代こだい中国ちゅうごくでは軍師ぐんしばれる役職やくしょく存在そんざいし、君主くんしゅ将軍しょうぐんたい軍政ぐんせいわず様々さまざまなアドバイスをおこなっていた。

近世きんせい以降いこう戦争せんそう高度こうど複雑ふくざつ軍事ぐんじかんして専門せんもんてき知識ちしき技能ぎのう人材じんざい確保かくほ軍隊ぐんたい急務きゅうむになってきたため、近代きんだいからは士官しかん学校がっこう教育きょういくけた士官しかん指揮しきかんとなり、かく兵科へいか教育きょういくけた下士官かしかんへいによる職業しょくぎょう軍人ぐんじん構成こうせいされたぐん変化へんかしていった。同時どうじ軍隊ぐんたいのこっていた王族おうぞく貴族きぞくといった政治せいじ勢力せいりょく軍隊ぐんたいから排除はいじょすることが指揮しき統率とうそつ合理ごうり必要ひつようである、ということが職業しょくぎょう軍人ぐんじんたちから主張しゅちょうされるようになり、軍政ぐんせい分離ぶんりすすんだ。これが軍隊ぐんたい専門せんもんすすめ、現代げんだい文民ぶんみん統制とうせい基本形きほんけいとなっている。

欧州おうしゅう

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文民ぶんみん統制とうせい17世紀せいきから18世紀せいきイギリスにおいて登場とうじょうした。中世ちゅうせい国王こくおう軍事ぐんじりょく乱用らんようクロムウェル独裁どくさい政治せいじ影響えいきょうから国王こくおう常備じょうびぐん危険きけんするこえたかまり、議会ぎかい国王こくおう権力けんりょく闘争とうそうおこなわれたなか1688ねん名誉めいよ革命かくめい翌年よくねん権利けんり章典しょうてんによって、議会ぎかい軍隊ぐんたい統制とうせいすることによって国王こくおう権限けんげん弱体じゃくたいさせようとした。しかし議会ぎかいはその意思いし決定けってい多大ただい時間じかんがかかり、また軍事ぐんじかんする決定けってい事項じこう膨大ぼうだいであるために軍隊ぐんたい仕事しごとがしばしばとどこおり、結局けっきょく議会ぎかい軍隊ぐんたい指揮しき監督かんとくけん国王こくおう返還へんかんした。1727ねん責任せきにんないかくせい発足ほっそくして陸軍りくぐん大臣だいじんえらばれたが、軍隊ぐんたいそう司令しれいかん人事じんじけん統帥とうすいけん国王こくおうにあったため、陸軍りくぐん大臣だいじん軍事ぐんじ政策せいさくかんする権限けんげんのみ委託いたくされており、二元にげんてき管轄かんかつのこっていた。

本格ほんかくてきせいぐん関係かんけい問題もんだいかびがったのは19世紀せいきはいり、プロフェッショナル将校しょうこうだん台頭たいとうしてきたことに起因きいんする。プロイセン王国おうこく将校しょうこうであったカール・フォン・クラウゼヴィッツが、自著じちょ戦争せんそうろん』のなかで、「政治せいじ目的もくてきであって戦争せんそう手段しゅだんである」とべて政治せいじ軍事ぐんじたいする優越ゆうえつろんじ、そのうえで「戦争せんそうがそれ自身じしん法則ほうそく事実じじつは、プロフェッショナルの職業しょくぎょう軍人ぐんじん外部がいぶから邪魔じゃまされずにこの法則ほうそくにしたがって専門せんもん技術ぎじゅつ発展はってんさせることがみとめられることを要求ようきゅうする。」として軍事ぐんじ専門せんもん組織そしきとしての軍隊ぐんたい確立かくりつ要求ようきゅうした。これが現代げんだい文民ぶんみん統制とうせい原型げんけいである。また同時どうじ効率こうりつてき軍事ぐんじ政治せいじ統制とうせいにおくために、「武官ぶかん入閣にゅうかくさせるべきである」とろんじた。しかしクラウゼヴィッツの理論りろん後世こうせい研究けんきゅうしゃたちによって「政治せいじ軍事ぐんじ行動こうどう奉仕ほうしさせるために、武官ぶかん入閣にゅうかくさせるべきである」と誤解ごかいされた。

だい世界せかい大戦たいせんときドイツアドルフ・ヒトラーイタリアベニート・ムッソリーニ、またソ連それんヨシフ・スターリン文民ぶんみん立場たちば戦争せんそう指導しどうおこなった(ただ戦争せんそう本格ほんかくすると、それぞれ陸軍りくぐんそう司令しれいかん元帥げんすい首席しゅせきソ連邦それんぽう元帥げんすいとして軍隊ぐんたい地位ちい階級かいきゅうみずからに付与ふよし、公式こうしき軍服ぐんぷく着用ちゃくようすることおおかった)。しかし、これらの全体ぜんたい主義しゅぎ国家こっかではそもそも国政こくせい一般いっぱん国民こくみん参与さんよする機会きかいいちじるしく制限せいげんされていたこと、軍事ぐんじりょく体制たいせい維持いじ利用りようされぐんによる弾圧だんあつ市民しみん殺害さつがいおこなわれるなど「軍事ぐんじたいする主権しゅけんしゃ国民こくみん優位ゆうい」という文民ぶんみん統制とうせい意義いぎおおきくそこなわれた。そのためドイツ国防こくぼうぐんによるヒトラー暗殺あんさつ計画けいかくのように、文民ぶんみん政権せいけん武力ぶりょく打倒だとうしてでも民主みんしゅ主義しゅぎ復活ふっかつさせようというくわだてがこるにいたった。

米国べいこく

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アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく軍隊ぐんたい創設そうせつした当初とうしょから強力きょうりょく常備じょうびぐんたないことをかかげ、その統帥とうすいけん伝統でんとうてき文民ぶんみん政治せいじゆだねてきた。合衆国がっしゅうこく憲法けんぽうにおいては大統領だいとうりょう軍隊ぐんたい最高さいこう指揮しきかんであるとさだめており、大統領だいとうりょう軍隊ぐんたい統帥とうすいし、軍隊ぐんたい維持いじおよび宣戦せんせん布告ふこく議会ぎかい権限けんげんであるとさだめられている。軍部ぐんぶ各省かくしょう長官ちょうかん次官じかん長官ちょうかん補佐ほさなどの文民ぶんみん主要しゅようポストにくわえ、佐官さかん以上いじょう将校しょうこう[7][ちゅう 6]任命にんめい昇進しょうしん上院じょういん同意どういのもとで大統領だいとうりょうによっておこなわれる。

南北戦争なんぼくせんそうにおいてもリンカーン大統領だいとうりょう戦争せんそう指導しどうおこなった。このさいに、大統領だいとうりょうによる軍事ぐんじ指揮しきとしての大統領だいとうりょうれいをもってして、交戦こうせん地域ちいき占領せんりょう地域ちいきのみならず銃後じゅうご市民しみん自由じゆうけん財産ざいさんけんおおきく制約せいやくされ、そのおおくが合衆国がっしゅうこく最高裁判所さいこうさいばんしょ合憲ごうけん判決はんけつにより大統領だいとうりょう権限けんげんとしてみとめられた。だい世界せかい大戦たいせんにおいても大統領だいとうりょう統帥とうすいけん徹底てっていという意味いみでの文民ぶんみん統制とうせい機能きのうしており、フランクリン・ルーズベルト大統領だいとうりょうは、ウィリアム・リーヒ統合とうごう参謀さんぼう本部ほんぶ議長ぎちょうとの協議きょうぎつうじて戦争せんそう指導しどうおこなった。

大戦たいせん空軍くうぐん陸軍りくぐんから独立どくりつさせ国防総省こくぼうそうしょう発足ほっそくしたさいに、海軍かいぐん出身しゅっしん国防こくぼう長官ちょうかん空軍くうぐん対立たいりつしたすえ病気びょうき辞任じにんし、後任こうにん陸軍りくぐん出身しゅっしん国防こくぼう長官ちょうかん海軍かいぐん対立たいりつし、その結果けっかとして海軍かいぐん長官ちょうかん辞任じにんすうめい海軍かいぐん将官しょうかん解任かいにんされる「提督ていとくたちの反乱はんらん」がこっている。

朝鮮ちょうせん戦争せんそうどきにおいては、朝鮮ちょうせん国連こくれんぐん司令しれいかんであったダグラス・マッカーサー軍事ぐんじてき合理ごうりせいから、核兵器かくへいき使用しようふくめた中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくへの攻撃こうげき具申ぐしんするが、トルーマン大統領だいとうりょうは、中国ちゅうごくへの攻撃こうげきは、軍事ぐんじめんからは必要ひつようかもしれないが、全体ぜんたいてき国際こくさい情勢じょうせい観点かんてんから不利益ふりえきとなりうるとかんがえて却下きゃっかした。しかし、却下きゃっかされたのちも、マッカーサーは政府せいふからの緘口かんこう指示しじはんして外部がいぶけて主張しゅちょうつづけたため、トルーマンはこれを文民ぶんみん統制とうせい違反いはんとみなしてマッカーサーを罷免ひめん英語えいごばんした。

ベトナム戦争せんそう議会ぎかい権限けんげんぞくする宣戦せんせん布告ふこくずに大統領だいとうりょう判断はんだんでなしくずしに拡大かくだいしたため、のち議会ぎかいは1973ねん戦争せんそう権限けんげんほう制定せいていして大統領だいとうりょうぐん指揮しきけん一定いってい制約せいやくもうけている。ベトナム戦争せんそうでは、現地げんちそう司令しれいかんウェストモーランドが「政治せいじがガイダンスをしめさないために軍人ぐんじん政治せいじ介入かいにゅうせざるをなかった」として国家こっか戦略せんりゃく不在ふざいのために軍事ぐんじ作戦さくせん目的もくてき曖昧あいまいしていたとべており、また当時とうじだい7空軍くうぐん司令しれいかん政府せいふ指令しれいを30かいやぶっていたことにしめされるように、つね文民ぶんみん統制とうせい効率こうりつてき機能きのうしていたわけではない。

社会しゃかい主義しゅぎ諸国しょこく

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2019ねん10がつ中国ちゅうごく建国けんこく70周年しゅうねん軍事ぐんじパレードで中国共産党ちゅうごくきょうさんとうはたかかげる中国人ちゅうごくじんみん解放かいほうぐん

マルクス・レーニン主義しゅぎてき理解りかいにおいて、文民ぶんみん統制とうせい共産党きょうさんとう指導しどうぐんしたがうことを意味いみし、とう政治せいじてき決定けっていあるいは政治せいじてき目的もくてき実現じつげんのため、ぐんとう服属ふくぞくするものとされる(おおくの社会しゃかい主義しゅぎこく憲法けんぽうには「共産党きょうさんとう指導しどうてき役割やくわり」が明記めいきされている)。そのため政治せいじ将校しょうこう制度せいどのようなとう指導しどうせい確実かくじつ実施じっしされる仕組しくみがととのえられていた。中国ちゅうごく人民じんみん解放かいほうぐんソビエト連邦れんぽう赤軍せきぐん革命かくめい戦争せんそうちゅうとう軍隊ぐんたいとして発足ほっそくし、とうぐんのままで国軍こくぐん代役だいやくたすものであるため、とうぐん直接ちょくせつ指揮しきする。ただし赤軍せきぐんは1946ねん国軍こくぐんソビエト連邦れんぽうぐん改組かいそされている。

ソ連それんぐん最高さいこう司令しれいかんソ連それん共産党きょうさんとう書記しょきちょうであり、書記しょきちょう軍事ぐんじだけでなく、経済けいざいなどあらゆる政治せいじてき権限けんげんっていた。また、とう書記しょきちょう国防こくぼう会議かいぎ議長ぎちょうねていた[8]

中国ちゅうごく人民じんみん解放かいほうぐん最高さいこう司令しれいかん中国共産党ちゅうごくきょうさんとう中央ちゅうおう軍事ぐんじ委員いいんかい主席しゅせき基本きほんてき中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく中央ちゅうおう軍事ぐんじ委員いいんかい主席しゅせきねる)であり、政治せいじじょう最高さいこう実力じつりょくしゃくポストとみなされている。おおむねとう最高さいこうしゃね、1989ねんからは中国共産党ちゅうごくきょうさんとう中央ちゅうおう委員いいんかいそう書記しょきしょく兼務けんむする慣行かんこうがある。例外れいがいてきに、最高さいこう実力じつりょくしゃであった時代じだい鄧小ひらたは、とう国家こっか最高さいこうポストにはかず、中央ちゅうおう軍事ぐんじ委員いいんかい主席しゅせきとう中央ちゅうおう顧問こもん委員いいんかい主任しゅにんにのみいていた。

きむ日成いるそん時代じだい朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこくではとうぐん指導しどうする原則げんそくつらぬかれていたが、きむ正日じょんいる時代じだい逆転ぎゃくてんし、ぐんとう政府せいふたいして優越ゆうえつするというさきぐん政治せいじ理念りねんかかげられるようになった。きむただしおん時代じだいになると、それまでの最高さいこう指導しどう機関きかん国防こくぼう委員いいんかい国務こくむ委員いいんかい改組かいそするなど、変化へんかられる。朝鮮ちょうせん労働党ろうどうとう中央ちゅうおう軍事ぐんじ委員いいんかい朝鮮ちょうせん労働党ろうどうとう規約きやくだい27じょう規定きていされており、同国どうこく軍事ぐんじ組織そしきである朝鮮人民軍ちょうせんじんみんぐんおよ同国どうこくすべての武力ぶりょく組織そしき掌握しょうあくしている[9]中央ちゅうおう軍事ぐんじ委員いいんかい委員いいんちょうは、どうとうそう書記しょき同国どうこく最高さいこう指導しどうしゃ

トルコ共和きょうわこく

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トルコは戦時せんじにおいての文民ぶんみん統制とうせい存在そんざいしない。 すなわち、平時へいじ文民ぶんみん統制とうせいけるが、戦時せんじにおいては中央ちゅうおう政府せいふ強権きょうけん発揮はっきされる。トルコ陸軍りくぐんNATO加盟かめい国内こくないでトップクラスの兵力へいりょくおよ近代きんだい装甲そうこう兵器へいき保有ほゆうしており、だいいち大戦たいせん終結しゅうけつから建国けんこくいたるまでの経緯けいいから、つよ政治せいじてき発言はつげんりょくっており、戦略せんりゃくじょう要衝ようしょうとしてつねにある程度ていど緊張きんちょうかんって任務にんむたる。また青年せいねん男子だんしには現在げんざいいたるまで徴兵ちょうへい制度せいど運用うんようされており、スイスぐんのような国民こくみん皆兵かいへい思想しそうによるじゅう武装ぶそう永世えいせい中立ちゅうりつ国家こっかではないが、NATO機構きこうぐんにとって非常ひじょう重要じゅうよう役割やくわりになっている。

日本にっぽんにおける文民ぶんみん統制とうせい

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2015ねん3がつ6にち、「文民ぶんみん統制とうせいかんする政府せいふ統一とういつ見解けんかい」では「文民ぶんみん統制とうせい(シビリアンコントロール)とは、民主みんしゅ主義しゅぎ国家こっかにおける軍事ぐんじたいする政治せいじ優先ゆうせん意味いみするものであり、くに文民ぶんみん統制とうせいは、国会こっかいにおける統制とうせい内閣ないかく国家こっか安全あんぜん保障ほしょう会議かいぎふくむ)による統制とうせいとともに、防衛ぼうえいしょうにおける統制とうせいがある。そのうち、防衛ぼうえいしょうにおける統制とうせいは、文民ぶんみんである防衛ぼうえい大臣だいじん自衛隊じえいたい管理かんり運営うんえいし、統制とうせいすることであるが、防衛ぼうえいふく大臣だいじん防衛ぼうえい政務せいむかんひとし政治せいじ任用にんようしゃ補佐ほさのほか、内部ないぶ部局ぶきょく文官ぶんかんによる補佐ほさも、この防衛ぼうえい大臣だいじんによる文民ぶんみん統制とうせいたすけるものとして重要じゅうよう役割やくわりたしている。文民ぶんみん統制とうせいにおける内部ないぶ部局ぶきょく文官ぶんかん役割やくわりは、防衛ぼうえい大臣だいじん補佐ほさすることであり、内部ないぶ部局ぶきょく文官ぶんかん部隊ぶたいたい指揮しき命令めいれいをするという関係かんけいにはない。」としている[10][11]

文民ぶんみん統制とうせい文官ぶんかん統制とうせい

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日本にっぽんにおける文民ぶんみん統制とうせい根拠こんきょは、いわゆる芦田あしだ修正しゅうせいにより自衛じえいため軍隊ぐんたい保持ほじ想定そうていされたことにより導入どうにゅうされた大臣だいじん文民ぶんみん規定きてい憲法けんぽう66じょう2こう)がある。また日本にっぽんさい軍備ぐんびにおいて、警察けいさつ予備よびたい保安庁ほあんちょう防衛庁ぼうえいちょう自衛隊じえいたい創設そうせつされていく過程かていでの関連かんれん法令ほうれいによっても補完ほかんされてきた[12][13][14]

これらの法令ほうれいもとづく制度せいどなかには、「文官ぶんかん官僚かんりょう)が武官ぶかん部隊ぶたい)を統制とうせいする」という本来ほんらい文民ぶんみん統制とうせいとはことなる制度せいどふくまれていた。のち文官ぶんかん統制とうせい文官ぶんかん優位ゆうい)とばれるこの制度せいどは、さい軍備ぐんび中枢ちゅうすうになっていくきゅう内務省ないむしょう官僚かんりょう(とくに警察けいさつ官僚かんりょう)がきゅう軍人ぐんじん復帰ふっきさせたい政治せいじ勢力せいりょくおさ過程かていで、文官ぶんかんみずからを部隊ぶたい自衛じえいかん(≒職業しょくぎょう軍人ぐんじん)の上位じょうい配置はいちするかたちつくられた[15]。このような日本にっぽん独自どくじ制度せいどつくられたのは、文民ぶんみん統制とうせい意味いみただしく理解りかいされなかったためであった[16]。その55ねん体制たいせいにおいて左派さは勢力せいりょく存在そんざいおおきく、防衛ぼうえい問題もんだいそのものがろんじることをけられたため、このようななか恣意しいてき制度せいどながらく温存おんぞんされることとなった。しかし、冷戦れいせん構造こうぞう崩壊ほうかい以降いこうは、自衛隊じえいたい役割やくわり増大ぞうだいするにつれてぎた文官ぶんかん統制とうせい見直みなおしもすすみ、現在げんざいではそのだい部分ぶぶん廃止はいしされている[17][18]

シビリアンコントロールにおける「シビリアン」とは、日本語にほんごやく文民ぶんみん、つまり選挙せんきょつうじて民主みんしゅてき正当せいとうせい正統せいとうせい)を担保たんぽされた一般いっぱん国民こくみん代表だいひょうたる政治せいじ大臣だいじんクラス)のことをすのであり、職業しょくぎょう軍人ぐんじんではないからといって防衛ぼうえいしょう事務じむかん(背広せびろぐみ)をふくめた文官ぶんかん官僚かんりょう次官じかん以下いか)のことをすわけではない[ちゅう 7]元来がんらい政治せいじ選挙せんきょとうによる選抜せんばつ)・行政ぎょうせい専門せんもん試験しけん能力のうりょくによる選抜せんばつ)という二分にぶんろんしたでは、軍人ぐんじん自衛じえいかん)も事務じむかんとも行政ぎょうせい領域りょういきぞくする以上いじょう民主みんしゅ主義しゅぎ制度せいどする国家こっかにおいては、双方そうほうとも政治せいじによる民主みんしゅてき行政ぎょうせい統制とうせいしたかれるべきものである。しかしながら、かねてから日本にっぽん防衛ぼうえいしょう(ちょう)においては、防衛ぼうえい大臣だいじん(ちょう長官ちょうかん)のしたに、防衛ぼうえい参事官さんじかんがおかれ、「防衛ぼうえいしょう所掌しょしょう事務じむかんする基本きほんてき方針ほうしん策定さくていについて防衛ぼうえい大臣だいじん補佐ほさする」というおおきな権限けんげんあたえられてきた[19]。そして、官房かんぼうちょう局長きょくちょう防衛ぼうえい参事官さんじかんをもっててるものとされ[20]幕僚監部ばくりょうかんぶ作成さくせいするしょ計画けいかくたいする指示しじ承認しょうにんならびに、幕僚監部ばくりょうかんぶたいする一般いっぱんてき監督かんとくについて、防衛ぼうえい大臣だいじん補佐ほさする権限けんげんあたえられてきた[21]戦後せんご日本にっぽんにおいては、行政ぎょうせい事務じむ分担ぶんたん管理かんり原則げんそくもとで、行政ぎょうせい官庁かんちょうとしての各省かくしょう大臣だいじん担当たんとう行政ぎょうせい事務じむかんするおおきな決定けっていけん内閣ないかく制度せいどじょうあたえられていたにもかかわらず、実態じったいとしては、政務次官せいむじかん制度せいど機能きのうさら55ねん体制たいせいにおいて派閥はばつ均衡きんこうもとづく短期たんきローテーション人事じんじ慣習かんしゅうするという「かるくてうす大臣だいじん運用うんようがなされてきた。このため文民ぶんみん統制とうせい実質じっしつさせるためにも「かるくてうす大臣だいじん」の周囲しゅういを「かためる」必要ひつようがあったわけであるが、その「かたやく」として政治せいじ任用にんようされたもの就任しゅうにんさせるのではなく、高級こうきゅう事務じむかん就任しゅうにんさせるという制度せいどがなされたのが、上述じょうじゅつした防衛ぼうえい参事官さんじかん制度せいどである。この意味いみにおいて、防衛ぼうえいしょうちょう)の高級こうきゅう事務じむかんには、行政ぎょうせいかんわくえたきわめて政治せいじてき役割やくわりが、実態じったいめんのみならずそもそも制度せいどてきにも期待きたいされており、ぎゃくにいえば、そこには「政治せいじたる大臣だいじんが「行政ぎょうせいかんたる高級こうきゅう事務じむかん行政ぎょうせい統制とうせいする、という発想はっそうられなかった。このため、制度せいどてき慣習かんしゅうてき内局ないきょく幕僚監部ばくりょうかんぶより優位ゆういち、いわゆる「ぶんかん優位ゆうい」、ないし「文民ぶんみん統制とうせい」ではなく「ぶんかん統制とうせい」の傾向けいこうつとの指摘してきがある[ちゅう 8][ちゅう 9][ちゅう 10]。2003ねん3がつ5にち当時とうじ国務大臣こくむだいじん石破いしばしげるは「シビリアンコントロールの主体しゅたいというものは、第一義だいいちぎてきにはあくまでわたしども選挙せんきょによってえらばれたものなのだということは間違まちがえてはいけない。」とべている[22]

このように「ぶんかん統制とうせい」の象徴しょうちょうとされてきた防衛ぼうえい参事官さんじかん制度せいどではあるが、「文民ぶんみん統制とうせいではなくぶんかん統制とうせいであり弊害へいがいがある」と指摘してきするこえが、武官ぶかんたる制服せいふくぐみ自衛じえいかん)のみならず文民ぶんみんたる石破いしばしげる防衛ぼうえい大臣だいじん当時とうじとうからもがり、2009ねん制度せいど廃止はいしあらたに内局ないきょく官僚かんりょう文官ぶんかん)の官房かんぼうちょうかく局長きょくちょうほかに、自衛じえいかん武官ぶかん)の統合とうごう幕僚ばくりょうちょう陸上りくじょう幕僚ばくりょうちょう海上かいじょう幕僚ばくりょうちょう航空こうくう幕僚ばくりょうちょう情報じょうほう本部ほんぶちょう参加さんかする防衛ぼうえい会議かいぎ設置せっちされた。

さらに2015ねんには、防衛ぼうえい大臣だいじん制服せいふくぐみトップの統合とうごう幕僚ばくりょうちょうりくうみそらかく幕僚ばくりょうちょう指示しじするさい内局ないきょく官僚かんりょう官房かんぼうちょう局長きょくちょう大臣だいじん補佐ほさすることを明記めいきしていることで、内局ないきょく背広せびろぐみ文官ぶんかん)が制服せいふくぐみ自衛じえいかん)より優位ゆういにあると解釈かいしゃくされてきた、もうひとつの「ぶんかん統制とうせい」の象徴しょうちょうとされる防衛ぼうえいしょう設置せっちほうだい12じょう改正かいせいする方針ほうしんかためた。この改正かいせいにより統合とうごう幕僚ばくりょうちょう制服せいふくぐみトップによる防衛ぼうえい大臣だいじんたいする直接ちょくせつ補佐ほさ明記めいきされた自衛隊じえいたいほうとの統合とうごうせいはかられることになる[23]。また、おなじく「ぶんかん統制とうせい」の象徴しょうちょうとされてきた官僚かんりょう組織そしきである内局ないきょく運用うんよう企画きかくきょく廃止はいしし、幹部かんぶ自衛じえいかん構成こうせいされた統合とうごう幕僚監部ばくりょうかんぶ自衛隊じえいたい運用うんよう作戦さくせんのこと)を一元化いちげんかする[24][25]。これについて中谷なかたにはじめ防衛ぼうえい大臣だいじんは、「政策せいさくてき見地けんちから背広せびろぐみ官僚かんりょう文官ぶんかん)が、軍事ぐんじてき見地けんちから制服せいふくぐみ自衛じえいかん武官ぶかん)が対等たいとう大臣だいじん補佐ほさすることで文民ぶんみん統制とうせい強化きょうかつながる」として歓迎かんげいした[26]。そして同年どうねん6がつ10日とおか改正かいせい防衛ぼうえいしょう設置せっちほう参議院さんぎいんほん会議かいぎ自民党じみんとう公明党こうめいとう維新いしんとうなどの賛成さんせい多数たすう可決かけつ成立せいりつした[27]

他国たこくにおける文官ぶんかん統制とうせい文官ぶんかん優位ゆうい)の事例じれいとしては、古代こだい中国ちゅうごくにおいて、科挙かきょ合格ごうかくした官僚かんりょう文官ぶんかん)が、軍人ぐんじんけの試験しけんたけ科挙かきょ)で登用とうようされた武官ぶかん優越ゆうえつしており、おな位階いかいでも文官ぶんかん武官ぶかんたいする命令めいれいけんっていた。

文民ぶんみん統制とうせい公務員こうむいん政治せいじてき行為こうい

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日本にっぽんでは軍事ぐんじ官僚かんりょう一般いっぱんしょく国家こっか公務員こうむいん同等どうとう政治せいじてき行為こうい禁止きんしされている[28] が、法的ほうてき規制きせい経緯けいいについてはそれぞれの歴史れきしてき背景はいけいやその合意ごうい導入どうにゅう経緯けいいことなっている。

現行げんこう国家こっか公務員こうむいん制度せいどにおいては、一般いっぱんしょく政治せいじてき行為こうい広範こうはん禁止きんし制限せいげんされている。これは米国べいこくのハッチほう(Hatch Political Activities Act,1939,as Amended)を導入どうにゅうしたもので、当初とうしょ制定せいていされた国家こっか公務員こうむいんほう昭和しょうわ22ねん法律ほうりつだい120ごう)は、寄付きふきんとう要求ようきゅうとう行為こういのみにかぎ政治せいじてき行為こうい制限せいげんし、その違反いはん行為こういたいする罰則ばっそく規定きていさだめていなかった。のち「いちゼネスト」など官公庁かんこうちょう労働ろうどう運動うんどうたかまりをけた連合れんごうこく最高さいこう司令しれいかんダグラス・マッカーサー芦田あしだひとし首相しゅしょうてに書簡しょかんおくり、国家こっか公務員こうむいんほう全面ぜんめんてき改正かいせい指示しじした経緯けいいによるものである(⇒政治せいじてき行為こうい沿革えんかくこう参照さんしょう)。一方いっぽうせいぐん分離ぶんり目的もくてきとした日本国にっぽんこく憲法けんぽうだい66じょう文民ぶんみん規定きていは、極東きょくとう委員いいんかい要請ようせいでGHQからつよ要求ようきゅうがあり憲法けんぽう草案そうあん追加ついかされたという経緯けいいによる。

政府せいふ職員しょくいん政治せいじてき中立ちゅうりつせい議論ぎろんは19世紀せいきになされ、米国べいこくでは1877ねんヘイズ大統領だいとうりょう行政ぎょうせい命令めいれいはしはっし、クリーブランド大統領だいとうりょうの1877ねん行政ぎょうせい命令めいれいT・ルーズベルト大統領だいとうりょうの1907ねん6がつ3にち行政ぎょうせい命令めいれいがれた。やがて1930年代ねんだいのニューディール政策せいさく以降いこう行政ぎょうせい機関きかん職員しょくいんすう、その権限けんげん急激きゅうげき拡大かくだいしたことを背景はいけいに1939ねんのハッチほう制定せいていいたった[29]

歴史れきし

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戦前せんぜん戦中せんちゅう

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戦前せんぜん日本にっぽんにおいてはドイツ参考さんこうにして陸海りくかいぐん統帥とうすいけん天皇てんのうにあると帝国ていこく憲法けんぽうさだめられ、統帥とうすいけん独立どくりつした存在そんざいであった。帝国ていこく憲法けんぽうにおける内閣ないかく議会ぎかい天皇てんのう補弼ほひつ協賛きょうさんのための機関きかんであり、文民ぶんみん統制とうせい基礎きそとしては非常ひじょうあやういものであった。日本にっぽんせいぐん関係かんけいロンドン海軍かいぐん軍縮ぐんしゅく会議かいぎにおける統帥とうすいけん干犯かんぱん問題もんだいられるように、たびたび政治せいじ軍事ぐんじ乖離かいり問題もんだいとなった。ゴーストップ事件じけんのようなささいな事件じけんにおいてもせいぐん関係かんけい問題もんだいとなり、また民族みんぞく主義しゅぎ青年せいねん将校しょうこうだんが、いち事件じけん二・二六事件ににろくじけんこすと、ぐん天皇てんのう大権たいけんにのみふくし、文民ぶんみん政治せいじ従属じゅうぞくしない実態じったい露呈ろていした。

1937ねん昭和しょうわ12ねんささえ事変じへんにちちゅう戦争せんそう)の発生はっせいともなって大本営だいほんえい設置せっちされたが、大本営だいほんえい頂点ちょうてん天皇てんのうであり首相しゅしょうではなく、また議会ぎかい内閣ないかく関与かんよしなかった。せいぐん関係かんけい大本営だいほんえい政府せいふ連絡れんらく会議かいぎ設置せっちして維持いじされ、天皇てんのう政府せいふ首脳しゅのう意向いこう沿って政府せいふ方針ほうしん範囲はんいない軍事ぐんじ戦略せんりゃくてる体裁ていさいをとった。太平洋戦争たいへいようせんそうだい東亜とうあ戦争せんそうちゅう1944ねんには、陸軍りくぐん大臣だいじん東條とうじょう英機ひできおよ海軍かいぐん大臣だいじん嶋田しまだ繁太郎しげたろうがそれぞれ参謀さんぼう総長そうちょう軍令ぐんれい総長そうちょう兼任けんにんした。東條とうじょう嶋田しまだりょう現役げんえき軍人ぐんじんであったことをもって、統帥とうすいけん暴走ぼうそうとするろんもあるが、まさしくは政府せいふ統帥とうすい一体化いったいか政府せいふ指導しどうせい確保かくほはかったものである。実際じっさい陸海りくかいぐん大臣だいじん総長そうちょう兼職けんしょくしたものであり、当時とうじからすでに、軍政ぐんせい軍令ぐんれい混淆こんこう違憲いけんであるとの批判ひはん根強ねづよくあった。なお、この体制たいせいサイパンとう陥落かんらくによって東條とうじょう人気にんきがるとさき槍玉やりだまげられ、東條とうじょう内閣ないかく末期まっきには陸相りくしょう参謀さんぼう総長そうちょううみしょう軍令ぐんれい総長そうちょうふたた分離ぶんりされた。その小磯こいそ内閣ないかく鈴木すずき貫太郎かんたろう内閣ないかくでも陸海りくかいぐん大臣だいじん総長そうちょう兼任けんにん実現じつげんしていない。

戦後せんご

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日本国にっぽんこく憲法けんぽう審議しんぎしただい90かい帝国ていこく議会ぎかい制憲せいけん議会ぎかい)では、だい9じょうかんして芦田あしだ修正しゅうせいおこなわれたが、この修正しゅうせいにより自衛じえい(self-defence)を口実こうじつとした軍隊ぐんたい(armed forces)保有ほゆう可能かのうせいがある[30]危惧きぐかんじた極東きょくとう委員いいんかい芦田あしだ修正しゅうせいれるわりにcivilian条項じょうこうれるようにもとめた。日本国にっぽんこく憲法けんぽうだい66じょうに「内閣ないかく総理そうり大臣だいじんその国務大臣こくむだいじんは、文民ぶんみんでなければならない」と規定きていされているため、歴代れきだい内閣ないかく総理そうり大臣だいじん国務大臣こくむだいじんには文民ぶんみん就任しゅうにんしている。自衛じえいかんふくめて現職げんしょく自衛隊じえいたいいんことみとめられない(防衛ぼうえいしょう職員しょくいん防衛ぼうえい事務次官じむじかんからいち職員しょくいんいたるまで、大臣だいじんふく大臣だいじん政務せいむかんおよび一部いちぶ職員しょくいん以外いがい全員ぜんいん自衛隊じえいたいいんである)。

なお、自衛隊じえいたいいん防衛大学校ぼうえいだいがくこう防衛医科大ぼうえいいかだい学校がっこうおよ高等こうとう工科こうか学校がっこう生徒せいと宣誓せんせいには「政治せいじてき活動かつどう関与かんよせず」の文言もんごんがある。

戦後せんご日本にっぽんのシビリアンコントロールはきゅう内務ないむ官僚かんりょう主体しゅたい防衛庁ぼうえいちょう内局ないきょく軍国ぐんこく主義しゅぎ復活ふっかつおさえるために、きゅう陸海りくかいぐん出身しゅっしんしゃ主体しゅたいりくうみそら幕僚監部ばくりょうかんぶさえけて管理かんり統制とうせいする「文民ぶんみん統制とうせい」ならぬ「文官ぶんかん統制とうせい」と揶揄やゆされるような状態じょうたいながつづいていた。

きゅう内務ないむ官僚かんりょう警察けいさつ官僚かんりょう出身しゅっしんで、のち防衛ぼうえい事務次官じむじかんつとめた丸山まるやまのぼる防衛庁ぼうえいちょうのシビリアンコントロールについて、防衛庁ぼうえいちょう内局ないきょく高官こうかんでありながら批判ひはんてきており、「(きゅう内務ないむ官僚かんりょうは)軍国ぐんこく主義しゅぎさえるのはおれたちだという、そういう意気込いきごみをってはいってきたのじゃないかな。たとえば、制服せいふくんで、ほしかずおお制服せいふくまえたせておいて、こっちはつくえうえあしをのせてくとかね。それが内局ないきょくのコントロールなのだ、というふうにられておった。」とべている。また、当時とうじ防衛庁ぼうえいちょう内局ないきょく制服せいふくぐみさえることだけに腐心ふしんし、本来ほんらいりょくれるべき課題かだいである日米にちべい防衛ぼうえい協力きょうりょく日米にちべい共同きょうどう作戦さくせんかんしての内容ないよう丸山まるやまいわく「なにもない、からっぽ」なまま放置ほうちされ、日米にちべいあいだ協議きょうぎから防衛庁ぼうえいちょうされるかたち外務省がいむしょう主導しゅどうしておこなわれていたことかんして危機ききかんいていた[31]

三島みしま由紀夫ゆきおは『げき』において、自衛じえいかんらにたいし、「しょかん任務にんむあずかへられなければなにもできぬといふ。しかししょかんあずかへられる任務にんむは、かなしいかな、最終さいしゅうてきには日本にっぽんからはないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主みんしゅてき軍隊ぐんたいほん姿すがたである、といふ。しかしえいべいのシヴィリアン・コントロールは、軍政ぐんせいかんする財政ざいせいじょうのコントロールである。日本にっぽんのやうに人事じんじけんまでだつはれて去勢きょせいされ、変節へんせつつねなき政治せいじあやつられ、党利とうり党略とうりゃく利用りようされることではない」とべている。

1963ねん防衛庁ぼうえいちょう統合とうごう幕僚ばくりょう会議かいぎ事務じむきょく朝鮮半島ちょうせんはんとう有事ゆうじ日本にっぽん波及はきゅうする事態じたい想定そうていし、自衛隊じえいたい防衛ぼうえい出動しゅつどう戦時せんじ立法りっぽうなどを「昭和しょうわ38年度ねんど統合とうごう防衛ぼうえい図上ずじょう研究けんきゅう」として研究けんきゅうした。2ねん日本にっぽん社会党しゃかいとうげ、当時とうじ佐藤さとう栄作えいさく首相しゅしょうらされていなかったため、野党やとうは「制服せいふくぐみ独走どくそう」などとして追及ついきゅうし、防衛庁ぼうえいちょうは「政府せいふ計画けいかく方針ほうしん決定けっていするためではなく、たんなる研究けんきゅうだ。研究けんきゅう結果けっかなんらかの措置そち必要ひつようなら防衛庁ぼうえいちょう長官ちょうかん要望ようぼうおこなわれ、長官ちょうかんがその処理しょり判断はんだんする。文民ぶんみん統制とうせい確保かくほされている」との見解けんかいしめした。(三矢みつや研究けんきゅう[32]

1978ねん当時とうじ統合とうごう幕僚ばくりょう会議かいぎ議長ぎちょう栗栖くりすひろししん週刊しゅうかんのインタビューで「(日本にっぽん奇襲きしゅう攻撃こうげきけた場合ばあい自衛隊じえいたいの)現地げんち部隊ぶたいはやむにやまれず、ちょう法規ほうきてき行動こうどうをとることになるでしょう。法律ほうりつがないからなにもできないなどとっちゃいられないような事態じたい将来しょうらいこりえる。」と発言はつげんした。有事ゆうじ法制ほうせい必要ひつようせい指摘してきするものだったが、当時とうじ金丸かねまるしん防衛庁ぼうえいちょう長官ちょうかんは「真意しんいはともあれ、自衛隊じえいたい現行げんこう法制ほうせい無視むしして行動こうどうする可能かのうせいがあるかのごとき誤解ごかいあたえる。」として議長ぎちょう解任かいにんし、栗栖くりす勧奨かんしょう退職たいしょくおうじた(懲戒ちょうかい処分しょぶんおこなわれていない。)[32]

1992ねん陸上りくじょう自衛隊じえいたい高射こうしゃ学校がっこう戦史せんし教官きょうかんだった柳内やないしんさくさん週刊しゅうかんに、「(政治せいじ腐敗ふはいを)るにはどのような手段しゅだんがあるか。革命かくめいかクーデターしかありません」と自衛隊じえいたいによるクーデターを容認ようにんするかのような論文ろんぶん寄稿きこうした。防衛庁ぼうえいちょうは「品位ひんいたも義務ぎむ違反いはんした」として、懲戒ちょうかい免職めんしょく処分しょぶんとした[32]

2008ねん当時とうじ田母神たもかみ俊雄としお航空こうくう幕僚ばくりょうちょうアパグループ懸賞けんしょう論文ろんぶん応募おうぼし、賞金しょうきん300まんえん最優秀さいゆうしゅうしょう受賞じゅしょうした。「日本にっぽん侵略しんりゃく国家こっかであったのか」とだいした論文ろんぶんは「いまなおだい東亜とうあ戦争せんそうくに侵略しんりゃくがアジア諸国しょこくがたくるしみをあたえたとおもっているひとおおい。しかし、わたしたちはおおくのアジア諸国しょこくだい東亜とうあ戦争せんそう肯定こうていてき評価ひょうかしていることを認識にんしきしておく必要ひつようがある」と主張しゅちょう。またにちちゅう戦争せんそうについて「くに蒋介石しょうかいせきによりにちちゅう戦争せんそうきずりまれた被害ひがいしゃ」、日米にちべい戦争せんそうについても「日本にっぽん戦争せんそうきずりむためアメリカによって慎重しんちょう仕掛しかけられたワナだったことが判明はんめいしている」などの指摘してきをした。その過去かこ植民しょくみん支配しはい侵略しんりゃくへの「ふか反省はんせい」を表明ひょうめいした1995ねん村山むらやま談話だんわはんする内容ないようであり、田母神たもかみ防衛ぼうえいしょう内規ないきはんし、論文ろんぶん発表はっぴょうについて事前じぜんとどをしていなかったとして、当時とうじ浜田はまだやすしいち防衛ぼうえいしょう更迭こうてつ決定けっていした[33]

政府せいふ立場たちば

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昭和しょうわ45ねん4がつ7にち 衆議院しゅうぎいんほん会議かいぎにおいて佐藤さとう榮作えいさく内閣ないかく総理そうり大臣だいじんが「シビリアンコントロールについておたずねがありましたが、もうすまでもなく、自衛隊じえいたい政治せいじ優先ゆうせんのシビリアンコントロールの原則げんそくつらぬかれております。そしてその背景はいけいには、戦前せんぜんにが経験けいけんがあることをわすれてはなりません。現在げんざい自衛隊じえいたいのシビリアンコントロールは、国会こっかい統制とうせい内閣ないかく統制とうせい防衛庁ぼうえいちょう内部ないぶにおける文官ぶんかん統制とうせいおよ国防こくぼう会議かいぎ統制とうせいによるよっつのめんから構成こうせいされておりまして、制度せいどとして確立かくりつされているものでございまして、このてんでは不安ふあんはない、かようにわたしおもいます。」とべている。

昭和しょうわ63ねん2がつ23にち 衆議院しゅうぎいん予算よさん委員いいんかいにおいて竹下たけしたのぼる内閣ないかく総理そうり大臣だいじんが「シビリアンコントロールの原則げんそくでございますが、わたしは、防衛ぼうえい政策せいさくとう立案りつあんするさいに、まず内局ないきょく制服せいふくとのいろいろなはないがあって、内局ないきょくというものが制服せいふくをコントロールするともうしますか、そういう機能きのうがまず第一義だいいちぎてきにあるではないか。その今度こんど内閣ないかく一体いったい責任せきにん予算よさん編成へんせいをしたりあるいは防衛ぼうえい基本きほん政策せいさく議論ぎろんして決定けっていする、そこがまたひとつの機関きかんであるとおもいますが、それをより重要じゅうよう位置いちづけるところにかつての国防こくぼう会議かいぎいま安全あんぜん保障ほしょう会議かいぎというものがあるんじゃないかというふうにおもいます。」とべている。

平成へいせい9ねん01がつ30にち 参議院さんぎいん予算よさん委員いいんかいにおいて橋本はしもと龍太郎りゅうたろう内閣ないかく総理そうり大臣だいじんが「たしかにわたしは、いままでシビリアンコントロールという言葉ことば誤解ごかいされ、内局ないきょく同行どうこうなしに制服せいふく幹部かんぶひとたちがたとえば国会こっかいあるいは総理そうり官邸かんていれないといった雰囲気ふんいき議員ぎいん在職ざいしょくのころにはあったのかなとあらためておもいました。わたしいまそういう空気くうきえようといたしております。そして、そうえようとしていることは統幕とうばく議長ぎちょうあるいはさん幕僚ばくりょうちょうたちにはけとめていただいているとおもいます。これが定着ていちゃくてきるかどうかわかりません。しかし、そういう努力どりょくはいたしていくつもりでありますし、またシビリアンコントロールというのは、内局ないきょくがそばにいることが、そして発言はつげんをコントロールすることがシビリアンコントロールだとはわたしおもっていない。」とべている。

平成へいせい10ねん4がつ2にち 衆議院しゅうぎいん安全あんぜん保障ほしょう委員いいんかいにおいて久間くま章生あきお防衛庁ぼうえいちょう長官ちょうかんが「内部ないぶ部局ぶきょく自衛隊じえいたいをコントロールするという、それがシビリアンコントロールだとはおもいません。シビリアンコントロールといいますのは、さきほどいましたように、わたし認識にんしきでは、政治せいじ軍事ぐんじたいして優先ゆうせんするということで、防衛庁ぼうえいちょう長官ちょうかん自衛隊じえいたいたいしてそれをコントロールする、そのときに内部ないぶ部局ぶきょくというのはあくまで防衛庁ぼうえいちょう長官ちょうかん補佐ほさする役割やくわりにすぎないのじゃないか、そういうふうにおもっております。ようするに、防衛庁ぼうえいちょう長官ちょうかんがコントロールし、あるいはそのうえ総理そうり大臣だいじんはじめとする内閣ないかくがコントロールし、さらには国会こっかいがコントロールする、これがいわゆるシビリアンコントロールの基本きほんではないかというふうにおもっているわけでございます。」とべている。

平成へいせい27ねん3がつ6にち 衆議院しゅうぎいん予算よさん委員いいんかいにおいて中谷なかたにはじめ防衛ぼうえいしょうが「文民ぶんみん統制とうせい(シビリアンコントロール)とは、民主みんしゅ主義しゅぎ国家こっかにおける軍事ぐんじたいする政治せいじ優先ゆうせん意味いみするものであり、くに文民ぶんみん統制とうせいは、国会こっかいにおける統制とうせい内閣ないかく国家こっか安全あんぜん保障ほしょう会議かいぎふくむ。)による統制とうせいとともに、防衛ぼうえいしょうにおける統制とうせいがある。そのうち、防衛ぼうえいしょうにおける統制とうせいは、文民ぶんみんである防衛ぼうえい大臣だいじんが、自衛隊じえいたい管理かんり運営うんえいし、統制とうせいすることであるが、防衛ぼうえいふく大臣だいじん防衛ぼうえい大臣だいじん政務せいむ官等かんとう政治せいじ任用にんようしゃ補佐ほさのほか、内部ないぶ部局ぶきょく文官ぶんかんによる補佐ほさも、この防衛ぼうえい大臣だいじんによる文民ぶんみん統制とうせいたすけるものとして重要じゅうよう役割やくわりたしている。文民ぶんみん統制とうせいにおける内部ないぶ部局ぶきょく文官ぶんかん役割やくわりは、防衛ぼうえい大臣だいじん補佐ほさすることであり、内部ないぶ部局ぶきょく文官ぶんかん部隊ぶたいたい指揮しき命令めいれいをするという関係かんけいにはない。」とべ、政府せいふ統一とういつ見解けんかいしめした[34]。ほか、どう委員いいんかいにおいて安倍晋三あべしんぞう内閣ないかく総理そうり大臣だいじんが「文民ぶんみん統制とうせい内部ないぶ部局ぶきょく文官ぶんかん役割やくわりについての政府せいふ基本きほんてきかんがかた、これは不動ふどうかんがかたでございますが、ただいま中谷なかたに大臣だいじんから答弁とうべんしたとおりでございます。」「これは防衛ぼうえいしょう大臣だいじんとして中谷なかたに大臣だいじん答弁とうべんし、そして総理そうり大臣だいじんとしていま答弁とうべんをまさに追認ついにんした、追認ついにんというか、これは統一とういつした見解けんかいでございまして、総理そうり大臣だいじんとして、いわば内閣ないかく代表だいひょうして答弁とうべんをしているわけでございますから、当然とうぜん政府せいふかんがかたでございまして、これはいままでのかんがかたわりがないということでございます。」とべている[34]

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ アメリカのノース・カロライナ大学だいがくのリチャード・コーン教授きょうじゅによれば、シビリアン・コントロールの定義ていぎは、“In the theory and concept, civilian control is simple. Every decision of government, in peace and in war -- all choices about national security -- are made or approved by officials outside the professional armed forces: in democracies, by civilian officials elected by the people or appointed by those who are elected. In principle, civilian control is absolute and all-encompassing. In principle, no decision or responsibility falls to the military unless expressly or implicitly delegated to it by civilian leaders.”とされる。 Kohn, Richard H. 1997. “An Essay on Civilian Control of the Military”. 参照さんしょう。(http://www.unc.edu/depts/diplomat/AD_Issues/amdipl_3/kohn.html) なおKohn, Richard H. 1997. “How Democracies Control the Military”, Journal of Democracy, October 1997, Volume 8, Number 4.参照さんしょう
  2. ^ ハンチントンによると、“The concept of an impartial, nonpartisan, objective career service, loyally serving whatever administration or you party was in power, became the ideal for the military profession.” Huntington, Samuel. P. 1957. The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations. Cambridge, MA, and London: Belknap Press of Harvard University Press., Chapter 9: The American Military Profession, p.259.とされ、 また、ノース・カロライナ大学だいがくのコーン教授きょうじゅによると、“Therefore civilian control requires a military establishment trained, committed, and dedicated to political neutrality, that shuns under all circumstances any interference with the constitutional functioning or legitimate process of government, that identifies itself as the embodiment of the people and the nation, and that defines into its professionalism unhesitating loyalty to the system of government and obedience to whomever exercises legal authority.”Kohn, Richard H. An Essay on Civilian Control of the Military. 1997(http://www.unc.edu/depts/diplomat/AD_Issues/amdipl_3/kohn.html)とされる。
  3. ^ 武力ぶりょくという直接的ちょくせつてきかつ危険きけん実力じつりょく保持ほじする軍隊ぐんたい警察けいさつ機構きこうにおいては、歴史れきしてきには結社けっしゃ自由じゆう団結だんけつけん公務員こうむいんたいする規制きせいなかでもとくつよ法的ほうてき否定ひていされている。
  4. ^ 自衛隊じえいたいいん政治せいじてき行為こういについては厳格げんかく禁止きんしされている。たとえばテレビ・ラジオ・公衆こうしゅう面前めんぜんなどでおおやけ政治せいじてき目的もくてきゆうする意見いけんべることは自衛隊じえいたいほう61じょう自衛隊じえいたいほう施行しこうれい86じょう・87じょうちゅう:これは国家こっか公務員こうむいんほうだい102じょうだい1こう人事院じんじいん規則きそく14-7(政治せいじてき行為こうい)だい6こう11とほぼ同等どうとう規定きてい)により禁止きんしされている。(⇒政治せいじてき行為こうい)
  5. ^ 政治せいじてき意見いけん表明ひょうめい可否かひ関連かんれんした具体ぐたいてき議論ぎろんいちれいとして、たとえば日本にっぽんにおける議論ぎろんとしてだい12かい自衛隊じえいたいいん倫理りんり審査しんさ会議かいぎごとろく [1]がある。一方いっぽうアメリカにおける議論ぎろんとして、“Military Folks and Politics: What You Can and Cannot Do” by Rod Powers (http://usmilitary.about.com/csmilitarylaw1/a/milpolitics.htm)参照さんしょう
  6. ^ 尉官いかん上院じょういん同意どういずに大統領だいとうりょう任命にんめいする。
  7. ^ 「シビリアン」とは、文民ぶんみん統制とうせい文脈ぶんみゃく使つかわれるとき、一般いっぱんてき広義こうぎ)には「軍人ぐんじんではないもの」の意味いみであり、さらに民主みんしゅ主義しゅぎ諸国しょこくかんして使つかわれる場合ばあい、「選挙せんきょえらばれた国民こくみん代表だいひょう政治せいじ)」の意味いみとなる。“The term ‘civilian’ on the other hand, merely refers to what is nonmilitary.” Huntington, Samuel. P. 1957. The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations. Cambridge, MA, and London: Belknap Press of Harvard University Press., Chapter 4, p.89、サミュエル・P・ハンティントン、『軍人ぐんじん国家こっか』、だい4しょうはら書房しょぼう、1979ねん参照さんしょう。また、“In theory, civilian control is simple: All decisions of government, including national security, are to be made or approved by officials outside the professional armed forces, in democracy, by popularly elected officeholders or their appointees.” Kohn, Richard H. 1997. “How Democracies Control the Military”, Journal of Democracy, October 1997, Volume 8, Number 4, p.142.参照さんしょう
  8. ^ 文民ぶんみん統制とうせいは、本来ほんらい政治せいじ軍事ぐんじあいだ関係かんけいであるにもかかわらず、戦後せんご日本にっぽんでは、防衛ぼうえい政策せいさく過程かていが「文官ぶんかん優位ゆうい」、すなわち官僚かんりょう軍人ぐんじんあいだ展開てんかいされてきた、との指摘してきについて、廣瀬ひろせ克哉かつや官僚かんりょう軍人ぐんじん岩波書店いわなみしょてん、1989 p.263 参照さんしょう。「文官ぶんかん優位ゆうい」は、政治せいじてき責任せきにんたない職業しょくぎょうてき文官ぶんかんによる統制とうせいみ、文民ぶんみん統制とうせい障害しょうがいになるとの指摘してきについて、宮崎みやざき弘毅こうき防衛ぼうえいほう防衛庁ぼうえいちょう中央ちゅうおう機構きこう(その1)」『国防こくぼう』26かん6ごう、1977.6 p.103 参照さんしょう一方いっぽう、「文官ぶんかん優位ゆうい」を、防衛ぼうえい大臣だいじん補佐ほさするための「文官ぶんかんスタッフ優位ゆうい制度せいど」ととらえ、戦後せんご日本にっぽん特殊とくしゅ事情じじょうに、その成立せいりつ要因よういんみとめる見解けんかいについて、古川ふるかわじゅん歴史れきしとしての防衛ぼうえいほう」『法律ほうりつ時報じほう』56かん6ごう、1984.5 p.39 参照さんしょう。なお、いわゆる「文官ぶんかん統制とうせいがたシビリアン・コントロールについて、鈴木すずきしげる自衛隊じえいたい統合とうごう運用うんよう統合とうごう幕僚ばくりょう組織そしき機能きのう強化きょうかをめぐる経緯けいい中心ちゅうしんに― 」『レファレンス』平成へいせい18ねん7がつごう、p.126 参照さんしょう。( https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/999822
  9. ^ 米国べいこく国防省こくぼうしょうにおいては、国防こくぼう長官ちょうかん以下いか国防こくぼうふく長官ちょうかん国防こくぼう次官じかん国防こくぼう次官補じかんほいたるまで、幅広はばひろ政治せいじ任用にんようおこなわれている。大統領だいとうりょう指名しめいし、上院じょういん承認しょうにんて、任命にんめいする。National Defense Research Institute (U.S.) (Author), Cheryl Y. Marcum (Editor), Department of Defense Political Appointments: Positions and Process, RAND Corporation, May 2001, Chapter 2, p.5 参照さんしょう、および、Title 10 of the United States Code, Subtitle A, Part I, Chapter 4 参照さんしょう。Political appointees constitute the heart of civilian leadership in the Pentagon. Individuals who are appointed by the President and confirmed by the U.S. Senate occupy a total of 45 positions in the top echelons of the Department of Defense (DoD), including the Office of the Secretary of Defense (OSD) and the military departments – up from 12 a half-century ago. うえDepartment of Defense Political Appointments: Positions and Process, Summary, p.xi 参照さんしょうhttp://rand.org/pubs/monograph_reports/MR1253/ において、うえDepartment of Defense Political Appointments: Positions and ProcessかくChapterの全文ぜんぶんが、PDFで参照さんしょう可能かのうです。http://www.access.gpo.gov/uscode/title10/subtitlea_parti_chapter4_.html において、Title 10 of the United States Code, Subtitle A, Part I, Chapter 4 のかく条文じょうぶん参照さんしょう可能かのうです。
  10. ^ ハンチントンは、アメリカの陸軍りくぐんしょう海軍かいぐんしょう国防省こくぼうしょう歴史れきしてき分析ぶんせきつうじ、大統領だいとうりょう長官ちょうかんぐん行政ぎょうせい部局ぶきょく関係かんけいについて、3つのモデルを指摘してきしている。(1) 『均衡きんこうがたモデル(The Balanced Pattern)』:ハンチントンは、大統領だいとうりょうした国防こくぼう長官ちょうかんが、防衛ぼうえい行政ぎょうせい部局ぶきょくぐんとをバランス(均衡きんこう)させつつ、政治せいじてき裁量さいりょうけん発揮はっきする、いわゆる均衡きんこうがたモデルが、シビリアン・コントロールを実効じっこうせいあるものにすると指摘してきしている。均衡きんこうがたモデルにおいては、かく部門ぶもん責任せきにん明確めいかくされる。大統領だいとうりょう国防こくぼう長官ちょうかん政治せいじあつかい、軍事ぐんじ組織そしき軍事ぐんじ専念せんねんし、行政ぎょうせい部局ぶきょく行政ぎょうせい専念せんねんする。The balanced pattern assigns to the President a purely political function… Beneath him is the secretary, also a purely political figure, responsible for the entire military organization. Below the secretary, the hierarchy divides into military and administrative components… This balanced pattern of organization tends to maximize military professionalism and civilian control. Civilian and military responsibilities are clearly distinguished, and the latter are subordinated to the former. The President and the secretary handle political matters; the military chief military matters; and the staff or bureau chief administrative matters… Administrative and military interests are balanced by the secretary under the authority of the President. Samuel P. Huntington, 1957, The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations. Cambridge, MA, and London: Belknap Press of Harvard University Press., Chapter 7, p.187 参照さんしょう。(2) 『同格どうかくがたモデル(The Coordinate Scheme)』:同格どうかくがたモデルにおいては、大統領だいとうりょうした長官ちょうかん防衛ぼうえい行政ぎょうせいのみをあつかい、他方たほうぐんそう司令しれいかん大統領だいとうりょう直属ちょくぞくして軍事ぐんじ統括とうかつする。この場合ばあいぐんそう司令しれいかん政治せいじてき決定けっていをもになうようになり、軍事ぐんじへの専念せんねんさまたげられる。It (the coordinate system) tends, however, to undermine civilian control. The scope of the authority of the military chief is limited to military matters, but the level of his authority with direct access to the President involves him in political issues. Samuel P. Huntington, The Soldier and the State, Chapter 7, p.188 参照さんしょう。(3) 『垂直すいちょくがたモデル(The Vertical Pattern)』:垂直すいちょくがたモデルにおいては、大統領だいとうりょう長官ちょうかん参謀さんぼうちょう行政ぎょうせい部局ぶきょくが、垂直すいちょくてき組織そしきされ、参謀さんぼうちょうぐん行政ぎょうせい部局ぶきょく両者りょうしゃ統括とうかつする。この場合ばあい参謀さんぼうちょうは、軍事ぐんじ行政ぎょうせい両方りょうほうあつかうため、軍事ぐんじへの専念せんねんさまたげられる。また、長官ちょうかんがおかざりとなり、参謀さんぼうちょう政治せいじまねく。On the other hand, he (the military chief) supervises all the activities of the department below the secretary and, consequently, may be able to reduce the secretary to a figurehead. By combining in his own person political and administrative responsibilities, as well as functions of military command, the military chief transgresses his competence. Samuel P. Huntington, The Soldier and the State, Chapter 7, p.189 参照さんしょう。ハンチントンの3つのモデルについて、Samuel P. Huntington, The Soldier and the State, Chapter 7, p.186参照さんしょう。なお、廣瀬ひろせ克哉かつや官僚かんりょう軍人ぐんじん岩波書店いわなみしょてん、1989 p.60 参照さんしょう

出典しゅってん

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  1. ^ “Civilian control allows a nation to base its values, institutions, and practices on ‘the popular will’ rather than on the choices of military leaders, whose outlook by definition focuses on the need for internal order and external security.” Richard Kohn, “How Democracies Control the Military”, the Journal of Democracy, Vol.8, No.4, October 1997, p.141
  2. ^ Desch,MichaelC (1999). Civilian control of the military : the changing security environment. Johns Hopkins University Press. p. 4. ISBN 0801860598. "The objective of civilian control is not just to produce good military policy. Civilian control of the military, like the separation of powers among the civilian branches of the U.S. government, was clearly a compromise between increased military and political effectiveness and the preservation of domestic liberty." 
  3. ^ 内容ないようではく、天皇陛下てんのうへいかたいして報道ほうどう機関きかん国民こくみん誤解ごかいされやすい「機関きかん」という表現ひょうげん使つかっていることを政権せいけんもとめる野党やとうなどがねらわれてきた。臓器ぞうきなどを意味いみする「器官きかん」であれば問題もんだいかったとわれている。
  4. ^ 増田ますだ(1998)
  5. ^ 衆議院しゅうぎいん議員ぎいん選挙せんきょほう明治めいじ22ねんだい15じょう改正かいせい明治めいじ33ねん12じょう)。なお貴族きぞくいん議員ぎいん現役げんえき軍人ぐんじんであるものは、現役げんえきちゅう登院とういんしないのが慣例かんれいになっていたとされる(『事典じてん 昭和しょうわせん前期ぜんき日本にっぽん』P.38)。
  6. ^ 石破いしばしげるオフィシャルブログ2008ねん11がつ10日とおか
  7. ^ 10 U.S. Code § 531 - Original appointments of commissioned officers Cornell Law School Legal Information Institute
  8. ^ フルシチョフ首相しゅしょうによるジューコフ元帥げんすい更迭こうてつ(1958ねん)、ソコロフスキー参謀さんぼう総長そうちょうおよびコーネフ・ワルシャワ条約じょうやく機構きこうぐん最高さいこう司令しれいかん解任かいにん(1961ねん)など、共産党きょうさんとうによるソ連それんぐんたいする文民ぶんみん統制とうせいについて、Desch, Michael C. 1999.Civilian Control of the Military: The Changing Security Environment. Boltimore: Johns Hopkins University Press., Chapter 4 および同書どうしょNotes参照さんしょう
  9. ^ 朝鮮ちょうせん労働党ろうどうとう中央ちゅうおう軍事ぐんじ委員いいんかいについて Archived 2010ねん10がつ6にち, at the Wayback Machine.
  10. ^ 文民ぶんみん統制とうせいかんする政府せいふ統一とういつ見解けんかい読売新聞よみうりしんぶん 2015ねん3がつ7にち 東京とうきょう朝刊ちょうかん 政治せいじ 04ぺーじ
  11. ^ 文民ぶんみん統制とうせい政府せいふ統一とういつ見解けんかい 防衛ぼうえいしょうほう改正かいせいあん提出ていしゅつ官僚かんりょう指揮しきはせず」 制服せいふくぐみ背広せびろぐみ対等たいとうに”. 日本経済新聞にほんけいざいしんぶん. (2015ねん3がつ7にち). https://www.nikkei.com/article/DGKKASFS06H70_W5A300C1PP8000/ 2021ねん4がつ27にち閲覧えつらん 
  12. ^ 自衛隊じえいたいほう7じょう内閣ないかく総理そうり大臣だいじんは、内閣ないかく代表だいひょうして自衛隊じえいたい最高さいこう指揮しき監督かんとくけんゆうする。」など
  13. ^ 鈴木すずきしげる(2006)p127より
  14. ^ 山田やまだ邦夫くにお(2007) 2にち本国ほんごく憲法けんぽう文民ぶんみん統制とうせい(1)文民ぶんみん規定きてい制定せいてい過程かてい、3戦後せんご日本にっぽん文民ぶんみん統制とうせい(1)一般いっぱんてき制度せいどとしての文民ぶんみん統制とうせい
  15. ^ 真田さなだしょうつよし(2010) 2警察けいさつ予備よびたい創設そうせつと「文官ぶんかん優位ゆういシステム」の発生はっせい
  16. ^ 真田さなだしょうつよし(2010)『文民ぶんみん統制とうせいについての誤解ごかい,つまり(りゃく)としてとらえたことが,「日本にっぽんがた文民ぶんみん統制とうせい」ともばれる「文官ぶんかん優位ゆういシステム」のまれた原因げんいんであり,通説つうせつである。』※ 彦谷ひこたに貴子たかこだい11しょう 冷戦れいせん日本にっぽんせいぐん関係かんけい添谷そえだによししゅう田所たどころ昌幸まさゆきへん日本にっぽんひがしアジア構想こうそう慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがく出版しゅっぱんかい,2004 ねん,314 ぺーじ
  17. ^ 真田さなだしょうつよし(2010) p151 および 4冷戦れいせん終結しゅうけつ訓令くんれい9ごう廃止はいし
  18. ^ 西川にしかわ吉光よしみつ(2005)
  19. ^ 防衛ぼうえいしょう設置せっちほう7じょう2こう
  20. ^ 防衛ぼうえいしょう設置せっちほう9じょう2こう
  21. ^ 防衛ぼうえいしょう設置せっちほう12じょう
  22. ^ 参議院さんぎいん予算よさん委員いいんかい 2003(平成へいせい15)ねん3がつ5にちだい1小泉こいずみ内閣ないかく国務大臣こくむだいじん石破いしばしげるくん)シビリアンコントロールというのは、もう委員いいん案内あんないのとおり、戦前せんぜん日本にっぽんにはなかったおはなしで、占領せんりょうぐんがシビリアンコントロールをれろとわれて、なになんですかその言葉ことばはということでだい議論ぎろんになったようなものだそうでございます。ようは、よく政治せいじ軍事ぐんじたいする優越ゆうえつというふうにわれます。…(りゃく)…くわえてもうげますと、まさしく政治せいじ軍事ぐんじたいする優越ゆうえつではあるのですけれども、それは政治せいじ軍事ぐんじはなしであって、背広せびろ制服せいふくをということではないのだろう。それが時々ときどき文官ぶんかん統制とうせいという言葉ことばになってあらわれることがあります。しかし、シビリアンコントロールの主体しゅたいというものは、第一義だいいちぎてきにはあくまでわたしども選挙せんきょによってえらばれたものなのだということは間違まちがえてはいけない、わたしはそのように理解りかいをいたしておるところでございます。
  23. ^ 制服せいふくぐみ背広せびろぐみ対等たいとう文民ぶんみん統制とうせい不変ふへんほう改正かいせい YOMIURI ONLINE 2015ねん2がつ26にち
  24. ^ 防衛ぼうえいしょう設置せっちほう改正かいせい文民ぶんみん統制とうせい強化きょうか背広せびろぐみ優位ゆうい」の誤解ごかい払拭ふっしょく
  25. ^ [ 防衛ぼうえいしょう背広せびろぐみ優位ゆうい転換てんかん文官ぶんかん統制とうせい規定きてい廃止はいしへ]岐阜ぎふ新聞しんぶん 2015ねん2がつ21にち
  26. ^ 背広せびろぐみ優位ゆうい規定きてい廃止はいし中谷なかたに防衛ぼうえいしょう文民ぶんみん統制とうせい強化きょうかにつながる」 ロイター 2015ねん2がつ24にち
  27. ^ 2015ねん6がつ11にち中日新聞ちゅうにちしんぶん朝刊ちょうかん2めん
  28. ^ 日本にっぽんでは自衛じえいかんかんしては、自衛隊じえいたいほう61じょうおよび自衛隊じえいたいほう施行しこうれい86じょう、87じょう国家こっか公務員こうむいんについては国家こっか公務員こうむいんほうだい102じょうだい1こう人事院じんじいん規則きそく14-7(政治せいじてき行為こうい)だい6こう11でそれぞれ政治せいじてき行為こうい規制きせいされているが、文言もんごん一部いちぶ相違そういをのぞきおなじものである。なお、予備よび自衛じえいかん即応そくおう予備よび自衛じえいかん予備よび自衛じえいかんかんしては、自衛隊じえいたいほうだい75じょうだい75じょうの8・だい75じょうの13により、政治せいじてき行為こうい禁止きんし訓練くんれん招集しょうしゅう命令めいれいによって招集しょうしゅうされている期間きかん限定げんていされている。
  29. ^ 竹尾たけおたかし「アメリカにおけるHatch Act (Political Activities Act)改正かいせい(いちきゅうきゅうさんねん)の背景はいけい(内田うちだ 文昭ふみあき先生せんせい,佐藤さとう つかさ先生せんせい,望月もちづき礼二れいじろう先生せんせい退職たいしょく記念きねんごう)」『神奈川かながわ法学ほうがくだい37かんだい1ごう神奈川大学かながわだいがく、2004ねん、1-140ぺーじNAID 110004617760 
  30. ^ 国立こくりつ国会図書館こっかいとしょかん、「日本国にっぽんこく憲法けんぽう誕生たんじょう」、4-11 きょくひがし委員いいんかい文民ぶんみん条項じょうこう,極東きょくとう委員いいんかいだい27かい総会そうかい議事ぎじろく」1946ねん9がつ21にち
  31. ^ 「インタビュー・丸山まるやまのぼる 日米にちべい安保あんぽからっぽである」(インタビュアー:田原たはら総一朗そういちろう) 『諸君しょくん!文芸春秋ぶんげいしゅんじゅう、1979ねん10がつごう
  32. ^ a b c 基礎きそからわかる「文民ぶんみん統制とうせい」=特集とくしゅう 読売新聞よみうりしんぶん 2008ねん11月14にち 東京とうきょう朝刊ちょうかん 解説かいせつ 12ぺーじ
  33. ^ 田母神たもかみ航空こうくう幕僚ばくりょうちょう更迭こうてつ侵略しんりゃくぎぬ論文ろんぶん発表はっぴょう内規ないき違反いはんで/政府せいふ 読売新聞よみうりしんぶん 2008ねん11月1にち 東京とうきょう朝刊ちょうかん いちめん 01ぺーじ
  34. ^ a b だい189かい国会こっかい 予算よさん委員いいんかい だい15ごう平成へいせい27ねん3がつ6にち金曜日きんようび)) 衆議院しゅうぎいん 2017/08/22閲覧えつらん

参考さんこう文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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