郡ぐん崩くずれ

郡ぐん崩くずれ（こおりくずれ）は、大勢おおぜいの隠かくれキリシタンが検挙けんきょされた事件じけん。大村おおむら郡ぐん崩くずれとも。明あかり暦れき3年ねん（1657年ねん）に、肥前ひぜん国こく大村おおむら藩はんの郡村こおりむら（郡川こおりがわを中心ちゅうしんとした、松原まつばら村むら・竹松たけまつ村むら・福重ふくしげ村むらなどの地域ちいき。現げん・大村おおむら市し）で発生はっせいした。

大村おおむらのキリシタン

かつて大村おおむらの地ちは、永えい禄ろく6年ねん（1563年ねん）に領主りょうしゅの大村おおむら純忠すみただが重臣じゅうしんたちとともに洗礼せんれいを受うけたことをきっかけにキリスト教きりすときょうが広ひろまり、領内りょうない各地かくちに教会きょうかいが建設けんせつされた。

しかし、豊臣とよとみ秀吉ひでよしのバテレン追放ついほう令れいや慶長けいちょう19年ねん（1614年ねん）の江戸えど幕府ばくふの禁教きんきょう令れいが出だされた後のちは、大村おおむら領りょう内ないでは厳きびしい弾圧だんあつと処刑しょけいが繰くり返かえされてきた。

発覚はっかくと大量たいりょう検挙けんきょ

長崎ながさき酒屋さかや町まちに住すむ指物屋さしものや池尻いけじり理さとし左衛門さえもんが、マリアの聖せい画像がぞうを拝おがませて「よか御代みよ」到来とうらいを予言よげんして世直よなおしの説法せっぽうをする老女ろうじょがいるということを町まち乙おつ名めいを通つうじて長崎ながさき奉行ぶぎょう所しょに注進ちゅうしんし、郡村こおりむら矢や次じ（やつぎ）の農民のうみん・兵へい作さくが明あかり暦れき3年ねん10月がつ11日にち夜よるに捕縛ほばくされたことが始はじまりだった。兵へい作さくが姉あね婿むこの理り左衛門さえもんに、「郡村こおりむらの矢や次じに、天草あまくさ四郎しろうに勝まさるような神童しんどうが現あらわれ、老婆ろうばとともに萱かや瀬せ村むら（かやぜむら）久ひさし良原よしはら（きゅうらばら）の岩穴いわあなにキリストの絵像えぞうを祀まつって、不思議ふしぎな術じゅつを説といている。その評判ひょうばんを聞きいて多おおくの人々ひとびとが密ひそかに集あつまって信仰しんこうしているので、聴聞ちょうもんに行いかないか」と誘さそったことが発端ほったんで、当時とうじの長崎ながさき奉行ぶぎょう・黒川くろかわ正直まさなおが大村おおむら藩はんに通告つうこくしたことで取とり調しらべが始はじまった。

郡村こおりむらを中心ちゅうしんに萱かや瀬せ村むら（現げん・大村おおむら市し黒木くろき町まち他た）や江こう串くし村むら・千綿ちわた村むら（現げん・東彼杵ひがしそのぎ郡ぐん東彼杵ひがしそのぎ町まち内うち）、松原まつばら、彼杵そのぎなど広範囲こうはんいにわたる調査ちょうさが行おこなわれ、11月15日にちにはキリシタン90名めいを摘発てきはつしたことが幕府ばくふに報告ほうこくされた。報賞ほうしょう金きん目当めあての訴人そにんが現あらわれたこともあって、翌よく万治まんじ元年がんねん（1658年ねん）7月がつ10日とおかまでに603人にんの逮捕たいほ者しゃを出だした。さらに9月18日にちにはキリシタンであった大村おおむら純じゅん頼よりゆきの妹いもうと・賢けん孝こう院いんの召めし使つかいら5人にんが捕とらえられ、長崎ながさきで斬首ざんしゅされたので総計そうけい608人にんとなる。

逮捕たいほ者しゃの多おおくは農民のうみんで、中なかには1歳さい、2歳さいの幼児ようじもいた。大村おおむら藩はんの吟味ぎんみでは、彼かれらのキリシタン入信にゅうしんの動機どうきは、終末しゅうまつ観念かんねんをともなう来世らいせ救済きゅうさい願望がんぼうだけでなく、病気びょうき直なおしのような現世げんせい利益りえきへの期待きたいもあったという。

しかし、キリシタンである村人むらびとを全すべて処罰しょばつしてしまうと領民りょうみんがいなくなってしまうため、この事件じけんが大村おおむら藩はんの存亡そんぼうにかかわると考かんがえた黒川くろかわのはからいで検挙けんきょは打うち切きられ、領内りょうないの仏教ぶっきょう化かを進すすめることでキリシタンの撲滅ぼくめつを図はかることとなった。黒川くろかわともう1人ひとりの長崎ながさき奉行ぶぎょうである甲斐かい庄しょう正せい述じゅつは、おおよその目安めやすとしてキリシタン100人にんのうち、1割わりは牢ろうに残のこし、1割わりは村むらに返かえし、8割わりは斬罪ざんざいにするぐらいの「心持こころもち」をもって対応たいおうしたいと、老中ろうじゅうたちに報告ほうこくしている。

キリシタンの処罰しょばつ

検挙けんきょされたキリシタンは、多人数たにんずうだったため大村おおむらの牢ろうには209人にんを残のこし、長崎ながさきへ160人にん、平戸ひらどに92人にん、島原しまばらに69人にん、佐賀さがへ78人にんに分散ぶんさんして投獄とうごくされた。捕縛ほばくされた者ものたちの処分しょぶんは、取とり調しらべ中ちゅうに牢死ろうしした78人にんの他ほかは、

• 斬罪ざんざい 411人にん
• 保釈ほしゃく 99人にん
• 永えい牢ろう 20人にん

と決きめられた。大村おおむらでは万治まんじ元年がんねん7月がつ27日にち（西暦せいれき1658年ねん8月がつ25日にち）に、放ひ虎とら原ばらの処刑しょけい場じょうで131人にんが斬首ざんしゅ刑けいになった。首くびは、獄門ごくもん所しょで約やく1ヵ月かげつ間あいださらされた後のち、胴体どうたいと首くびはそれぞれ500メートル離はなれた場所ばしょに葬ほうむられた。これは、処刑しょけいされた者ものたちが、キリシタンの妖術ようじゅつで、首くびと胴体どうたいがつながって生いき返かえることを恐おそれたためと言いわれる。大村おおむら以外いがいでは、長崎ながさきで123人にん、佐賀さがで37人にん、平戸ひらどで64人にん、島原しまばらでは56人にんが処刑しょけいされた。そのうち長崎ながさきで13人にん、佐賀さがで3人にんが「吊つるし殺ごろし」にされ、それ以外いがいは全員ぜんいん斬首ざんしゅされた。

長崎ながさきに住すむオランダ商館しょうかん員いんは、この大だい規模きぼな殉教じゅんきょうに対たいして、「全能ぜんのうの神かみがこの国くにの人々ひとびとのかたくなな心しんを和やわらげ、哀あわれな人ひとたちを助たすけたまわんことを」と書かき綴つづっている。

永えい牢ろうとなった者ものには10歳さいから13歳さいの幼おさない子供こどもたちもいた。11歳さいで入牢にゅうろうした娘むすめが64年ねん後ごの享とおる保ほ7年ねん（1722年ねん）に75歳さいで亡なくなったという例れいもある。

事件じけん後ごの大村おおむら藩はんの対応たいおう

事件じけん後ご、家中いえじゅうの者ものや領民りょうみんの子孫しそんが不孝ふこう不忠ふちゅうの罪つみに問とわれないよう、日ひごろの行動こうどうまで監視かんししなければならないとされ、そのため大村おおむら藩はんでは特とくに厳重げんじゅうに宗教しゅうきょう統制とうせいが徹底てっていされることになった。

藩はん内ないの在地ざいち家臣かしん団だんからキリスト教きょうを信仰しんこうしないことを誓ちかった起請文きしょうもんを提出ていしゅつさせ、キリシタンの発生はっせいを未然みぜんに防止ぼうしするため27ヵ条かじょうからなる村むら々制せい法ほうを制定せいてい。キリシタン遺物いぶつ・墓碑ぼひなどは全すべて破壊はかいされ、当時とうじ中止ちゅうしされていた絵え踏が再開さいかいした。五ご人組にんぐみ連座れんざによる厳格げんかくなキリシタン取とり締しまりが実施じっしされ、類るい族ぞく改あらため制度せいどによって殉教者じゅんきょうしゃの子孫しそんは生涯しょうがい監視かんしされることとなった。その後ごも徹底的てっていてきに取とり締しまりが行おこなわれたため、外海そとめ、平島ひらしま、浦上うらかみ4ヵ村かそんをのぞいて、大村おおむらから潜伏せんぷくキリシタンはいなくなったと言いわれる。

これにより同どう藩はんでは「切支丹きりしたん」を取とり締しまるという名目めいもくで、キリスト教きょうに限かぎらず怪あやしいと見込みこんだ宗教しゅうきょう活動かつどう全般ぜんぱんも規制きせいの対象たいしょうとするようになっていった。

寛政かんせい9年ねん（1797年ねん）、福江ふくえ藩はん主おもの五島ごしま盛運せいうんの要望ようぼうにより大村おおむら藩主はんしゅ大村おおむら純じゅん尹いんは外海そとめ地方ちほうの農民のうみんを移住いじゅうさせることとなった。同地どうちに住すむ隠かくれキリシタン（潜伏せんぷくキリシタン）たちの多おおくは、人口じんこう増加ぞうかを抑おさえるための間あいだ引びき制度せいどを嫌きらったこと、キリシタンの取とり締しまりが大村おおむらほど厳きびしくないということから、福江ふくえ藩はんの五島列島ごとうれっとうへと移住いじゅうしていった。なお、五島ごしまに移住いじゅうしたキリシタンたちの子孫しそんは、明治めいじ時代じだいに五島ごしま崩くずれで弾圧だんあつを受うけることとなる。

史跡しせき

大村おおむら潜伏せんぷくキリスト教徒きりすときょうと殉教じゅんきょう顕彰けんしょう碑ひ / 日本にっぽん二に百ひゃく五ご福ぶく者しゃ殉教じゅんきょう顕彰けんしょう碑ひ

昭和しょうわ43年ねん（1968年ねん）に、福ぶく者しゃに列れっせられた205人にんの100年ねんを記念きねんして、放ひ虎とら原げん斬罪ざんざい所しょ跡あとに建立こんりゅう。毎年まいとし9月がつに、大村おおむら殉教じゅんきょう祭さいを行おこなっている。

獄門ごくもん所しょ跡あと / 晒さらし首くびの場所ばしょ

大村おおむら市松いちまつ並なみ1丁目ちょうめ。斬首ざんしゅされたキリシタンたちの首くびが20日間にちかんさらされた場所ばしょで、昔むかしは街道かいどう沿ぞいにあった。平和へいわの聖母せいぼマリア像ぞうが建立こんりゅうされている。

首くび塚づか跡あと

大村おおむら市し原口はらぐち町まち公民館こうみんかん前まえ。同地どうちに祈いのりの像ぞうと殉教じゅんきょう顕彰けんしょう碑ひが建立こんりゅう。

胴どう塚づか跡あと

大村おおむら市し桜馬場さくらのばば2丁目ちょうめ、桜馬場さくらのばば交差点こうさてん付近ふきん。首くび塚づか跡あとと同様どうよう、祈いのりの像ぞうと殉教じゅんきょう顕彰けんしょう碑ひが建立こんりゅうされている。

妻つま子別こわかれの石いし

大村おおむら市し杭出津くいでつ3丁目ちょうめ。刑場けいじょうに引ひかれていく処刑しょけい者しゃと親族しんぞくが最後さいごの別わかれをしたと伝つたえられる場所ばしょ。涙なみだ石せきとも呼よばれ、かつては6個こあった。

仏ふつの谷たに / 耶蘇やそ（ヤソ）谷たに

大村おおむら市し中岳なかだけ町まち。萱かや瀬せダムの北西ほくせいの山林さんりん一帯いったいの、中腹ちゅうふくにある岩穴いわあな。黒丸くろまる郷きょうの六ろく左衛門さえもんの祖母そぼが密ひそかにキリストの絵像えぞうを祀まつり、ここを根城ねじろに布教ふきょうをしていたといわれる場所ばしょ。「殉教者じゅんきょうしゃのルーツを調しらべる会かい」によって発見はっけんされ、確認かくにんされた。

今村いまむら刑場けいじょう跡あと

島原しまばら市し。白土しらち湖こから脇道わきみちに入はいったところにある。郡ぐん崩くずれで検挙けんきょされたキリシタンのうち56人にんが処刑しょけいされた場所ばしょで、供養くよう塔とうが1基き立たっている。他たにナワロ神父しんぷや、ジャノネ神父しんぷ、11人にんのキリシタンもここで処刑しょけいされた。

参考さんこう文献ぶんけん

• 『潜伏せんぷくキリシタン 江戸えど時代じだいの禁教きんきょう政策せいさくと民衆みんしゅう』 大橋おおはし幸泰ゆきやす著ちょ 講談社こうだんしゃ選書せんしょメチエ ISBN 978-4-06-258577-4
• 『西にし九州きゅうしゅう キリシタンの旅たび』 小崎おざき登のぼり明あきら著しる 聖母せいぼの騎士きし社しゃ ISBN 978-4-88216-094-6
• 『長崎ながさきのキリシタン』 片岡かたおか弥吉やきち著ちょ 聖母せいぼの騎士きし社しゃ ISBN 978-4-88216-044-1
• 『長崎ながさき奉行ぶぎょうの歴史れきし 苦悩くのうする官僚かんりょうエリート』 木村きむら直樹なおき著しる 角川かどかわ選書せんしょ ISBN 978-4-04-703574-4
• 『日本にっぽんキリスト教きりすときょう史し』五野井ごのい隆史たかし著しる 吉川弘文館よしかわこうぶんかん ISBN 4-642-07287-X
• 『長崎ながさき県けんの歴史れきし』 瀬野せの精一郎せいいちろう・新川しんかわ登のぼり亀男かめお・佐伯さえき弘次ひろじ・五野井ごのい隆史たかし・小宮こみや木代きしろ良りょう 山川やまかわ出版しゅっぱん社しゃ ISBN 978-4-634-32421-3
• 『キリシタン』 H・チーリスク監修かんしゅう 太田おおた淑子としこ編へん 東京とうきょう堂どう出版しゅっぱん ISBN 4-490-20379-9
• 『長崎ながさきと天草てんぐさの教会きょうかいを旅たびして 教会きょうかいのある集落しゅうらくとキリシタン史跡しせき』 繁しげる延のべあづさ著ちょ マイナビ出版しゅっぱん ISBN 978-4-8399-5544-1
• 『日本にっぽんキリシタン迫害はくがい史し 一村いちむら総そう流罪るざい3,394人にん』 津山つやま千恵ちえ著ちょ 三さん一いち書房しょぼう ISBN 4-380-95229-0
• 『カクレキリシタンの実像じつぞう 日本人にっぽんじんのキリスト教きりすときょう理解りかいと受容じゅよう』 宮崎みやざき賢太郎けんたろう著しる 吉川弘文館よしかわこうぶんかん ISBN 978-4-642-08100-9
• 『長崎ながさきの教会きょうかい』 文ぶん：吉田よしださらさ JTBパブリッシング ISBN 978-4-533-10676-7
• 『長崎ながさき県けんの歴史れきし散歩さんぽ』 長崎ながさき県けん高等こうとう学校がっこう教育きょういく研究けんきゅう会かい・地ち歴れき公民こうみん部会ぶかい歴史れきし分科ぶんか会かい編へん 山川やまかわ出版しゅっぱん社しゃ ISBN 4-634-24642-2
• 『旅たびする長崎ながさき学がく4 キリシタン文化ぶんかⅣ』 長崎ながさき文献ぶんけん社しゃ ISBN 978-4-88851-113-1
• 『国史こくし大だい辞典じてん』2巻かん 吉川弘文館よしかわこうぶんかん ISBN 4-642-00502-1
• 『長崎ながさき県けん大だい百科ひゃっか事典じてん』 長崎新聞社ながさきしんぶんしゃ
• 『日本にっぽん宗教しゅうきょう事典じてん』 弘文こうぶん堂どう ISBN 4-335-16007-0
• 『長崎ながさき県けんの地名ちめい 日本にっぽん歴史れきし地名ちめい大系たいけい43』 平凡社へいぼんしゃ