デーテ 10. ガエータの戦たたかい

　シチリア独立どくりつ派はたちは、王おうを擁立ようりつして、あくまでも北きたイタリア政府せいふに抵抗ていこうするかまえを崩くずさない。彼かれらはシチリアやナポリの山岳さんがく地帯ちたいに竄匿（ざんとく）した。王おうフランチェスコと王妃おうひマリア・ゾフィーが、ナポリを脱出だっしゅつして、ローマの南みなみに位置いちするティレニア海うみに面めんした港町みなとちょうガエータへ海路かいろ入はいったと知しると、多おおくの戦士せんしたちがガエータ要塞ようさいに集結しゅうけつした。

　王妃おうひマリアの姉あねエリーザベトはフランツ・ヨーゼフの妻つま、つまりオーストリア皇后こうごうだった（エリーザベトとマリアは、いずれもバイエルン王家おうけの傍系ぼうけいであるバイエルン公こうマクシミリアン・ヨーゼフと、バイエルン王女おうじょルドヴィカの間あいの子こ）。マリアはしきりにオーストリアに救援きゅうえんを請こうたが、フランツ・ヨーゼフは北きたイタリアの敗北はいぼくに懲こりて、動うごこうとはしない。マリアは要塞ようさいの中なかでみずから傷病しょうびょう兵へいを看護かんごし、食料しょくりょうを分わけ与あたえて、ブルボン家かを護まもる「戦たたかう王妃おうひ」としてけなげに献身けんしんした。

　ガエータ要塞ようさいは海うみに突つき出だした地峡ちきょうの先さきの岩山いわやまに作つくられた頑丈がんじょうな砦とりでで、当時とうじ欧州おうしゅう随一ずいいちの難攻不落なんこうふらくの城塞じょうさいとして名高なだかかった。ティレニア海うみに洗あらわれそそり立たつ断崖だんがいに取とり囲かこまれており、ピエモンテ艦隊かんたいの海うみからの砲撃ほうげきでは、ほとんど損傷そんしょうを与あたえられない。チャルディーニ・ガリバルディ連合れんごう軍ぐんによって地峡ちきょう側がわから激はげしい爆ばく撃げきが加くわえられたが、四よんヶ月かげつ間あいだ落おとすことができなかった。爆裂ばくれつ弾だんの砲撃ほうげきによって火薬かやく庫こが爆発ばくはつするなどして、多おおくの死傷ししょう者しゃが出でた。何なん度ども休戦きゅうせんや講和こうわ交渉こうしょうが行おこなわれたが、しかし、籠城ろうじょう兵へいの戦意せんいがゆるぐことはなかった。最終さいしゅう的てきに、フランス皇后こうごうウージェニーから王妃おうひマリア宛あてに送おくられた書簡しょかんによって、王おうと妃ひは王国おうこく退去たいきょを決意けついし、降伏ごうぶくすることになった。

　こうして両りょうシチリア王国おうこくはガリバルディがマルサラに密航みっこうしてから10ヶ月かげつ、ナポリが落おちてから5ヶ月かげつ、とうとう滅亡めつぼうした。王おう党派とうはの残党ざんとうが立たて籠こもったチヴィテッラ要塞ようさいも、王国おうこく滅亡めつぼうの1ヶ月かげつ後ごには陥落かんらくした。

　サヴォイア公こう兼けんピエモンテ公こう兼けんサルディーニャ王おうヴィットーリオ・エマヌエーレ二に世せいはイタリア王おうに即位そくい。首都しゅとはピエモンテのトリノとした。ヴェネツィアやローマ教皇きょうこう領りょうなどが漏もれたが、ともかくもここにイタリアの統一とういつがなった。これらの一連いちれんの戦役せんえきは現在げんざいでは第だい2次じイタリア統一とういつ戦争せんそうと呼よばれる。最大さいだいの功労こうろう者しゃカヴールは、激務げきむのため、戦役せんえき中ちゅうからずっと不眠症ふみんしょうに悩なやまされていたが、統一とういつ後ごわずか3ヶ月かげつで、マラリアとおぼしき病びょうに罹かかった。功こう成なり名めいを遂とげやっと50歳さいになったばかりで急逝きゅうせいした。

　ガエータ攻略こうりゃくに功績こうせきがあったチャルディーニ将軍しょうぐんはなんとガエータの領主りょうしゅ、つまりガエータ公こう(Duca di Gaeta)に叙じょせられ、ナポリに進駐しんちゅうして、政情せいじょう不安ふあんな南みなみイタリアの治安ちあん維持いじにあたった。今いまや事実じじつ上じょう、10万まん人にんにもふくれあがったイタリア国軍こくぐんの主力しゅりょくはここナポリ駐屯ちゅうとん軍ぐんなのである。

　ナポリやシチリアの山岳さんがく地帯ちたいにはギャングかマフィアまがいの残党ざんとうがなおも立たてこもっていた。俺おれはそれからもずっとチャルディーニ将軍しょうぐんのもとで傭兵ようへいを続つづけていくこともできたのかもしれんが、将軍しょうぐんによる民衆みんしゅうの弾圧だんあつは凄惨せいさんを極きわめた。我々われわれはかつて入いれ替かわり立たち替かわり住民じゅうみんを搾取さくしゅした両りょうシチリア王国おうこく歴代れきだい君主くんしゅと何なんら違ちがわない。南みなみイタリアのナポリやブリンディシまで北きたから鉄道てつどうが延のびても、産業さんぎょう革命かくめいやブルジョア革命かくめいの恩恵おんけいにナポリ人じんやシチリア人じんは無縁むえんで、北きたイタリアの大だい資本しほんが南みなみイタリア人民じんみんを搾取さくしゅする構図こうずは変かわらなかった。

　俺おれは、かつて両りょうシチリア王国おうこくでブルボン家かの王おうの親衛隊しんえいたいをしていたスイス人じんらと、今こんガエータ公こうチャルディーニの下したで傭兵ようへいとして働はたらいている自分じぶんの境遇きょうぐうがまったく同おなじものであることに、絶望ぜつぼうした。我々われわれは貧乏びんぼうなスイスという国くにから金かねで雇やとわれてこの貧乏びんぼうな南みなみイタリアに来きて、俺おれたち同様どうよう貧乏びんぼうな現地げんち住民じゅうみんらを弾圧だんあつする手先てさきになっているのだ。それが我々われわれスイス人じんの宿業しゅくごうなのか。これからも未来永劫みらいえいごうそんなことを繰くり返かえすのか。なんともやりきれない。俺おれは、自みずからの意思いしで除隊じょたいすることにした。

　その後ごの戦争せんそうは、俺おれには直接ちょくせつ関係かんけいないわけだが、ガリバルディはローマ、ヴェネツィアを回復かいふくする戦たたかいをあきらめず、再ふたたびシチリアに私兵しへいを募つのった。あの、テアーノの和解わかいとはいったいなんだったんだろうね。ガリバルディは、王おうの前まえで、中世ちゅうせいの騎士きしみたいな気分きぶんになってしまっただけなんじゃないかなあ。それで後あとで、ほんとうにやりたいことはこんなことじゃあなかったのに、と悔くやんだのかもしれない。

　ガエータ公こうチャルディーニはガリバルディとカラーブリアのアスプロモンテで衝突しょうとつし、ガリバルディは敗やぶれ負傷ふしょうする。ガリバルディは懲こりないやつでその後ご何なん度どもローマに進軍しんぐんしようとした。ガリバルディを支持しじする愛国あいこく者しゃもたくさんいたのだ。彼かれをイタリア民族みんぞく主義しゅぎの体現たいげん者しゃであったと言いうのはたやすいだろうがね。実体じったいはマフィアの親分おやぶん、秘密ひみつ結社けっしゃの棟梁とうりょうみたいなやつだったんだろうよ。カヴール閣かく下か亡なき後あとイタリア王国おうこくの首相しゅしょうは頻繁ひんぱんに交代こうたいし、共和きょうわ派はや南みなみイタリアの独立どくりつ派はの動うごきも活発かっぱつだった。閣かく下かの僚友りょうゆうでもあったナポレオン三さん世せいも大おおいにイタリアの先行さきゆきを危惧きぐしたのだったが、結局けっきょくローマもヴェネツィアもその後ご「自然しぜんと」イタリア王国おうこくに編入へんにゅうされ、イタリア統一とういつ戦争せんそうは収束しゅうそくしていった。

　アルプスの山やまの中なかで育そだった俺おれには、ナポリは日差ひざしに溢あふれた南国なんごく、温暖おんだんで、傭兵ようへいの報酬ほうしゅうとしてもらった金かねがたっぷりあったから、当面とうめん暮くらしに困こまらなかった。しかし俺おれは、失踪しっそうした弟おとうとのことを思おもい出だした。俺おれはやはりドムレシュクに戻もどり、農園のうえんを再興さいこうしなきゃならん。そうしたら弟おとうとも戻もどってきて、また元通もとどおり、昔むかしのように仲良なかよくやっていけるだろうと思おもった。

　それで俺おれは、サン・ベルナール峠とうげを越こえて生うまれ故郷こきょうに戻もどった。そんなとき、町まちの盛さかり場ばで出会であったのがフローニ、そう、おまえの母かあさんだ。

　俺おれはフローニに、ナポリの話はなしを面白おもしろおかしく聞きかせた。もともと俺おれはお調子ちょうし者しゃで、その頃ころの俺おれは羽振はぶりも良よかったし、フローニはたちまち俺おれの話はなしに夢中むちゅうになった。フローニはスイスを嫌きらっていて、海外かいがいに憧あこがれていて、俺おれと結婚けっこんすればスイスを離はなれてアメリカに行いけると思おもい込こんだ。

　フローニは俺おれにアメリカに連つれて行いってくれとせがんだ。俺おれは、弟おとうとのことが気きがかりでいったんは断ことわった。しかしフローニはしつこく俺おれに迫せまった。「そんな家いえを見捨みすてて飛とび出だした弟おとうとのことなんかほっときなさい、あなたはあなたでやりたいようにやれば良よいのよ、」と。フローニに説得せっとくされ、だんだんと俺おれも新天地しんてんちに渡わたるのは悪わるくないと思おもい始はじめた。

　それで俺おれは彼女かのじょの望のぞみを叶かなえてやることにした。彼女かのじょと結婚けっこんし、ドムレシュクの地所じしょなどすべて処分しょぶんし、ナポリに移うつり住すんだ。俺おれは軍隊ぐんたいにいたとき工兵こうへいだったから、大工だいくの技術ぎじゅつはあった。俺おれは船大工ふなだいくになろうと考かんがえた。この大だい航海こうかい時代じだい、ここナポリで造船ぞうせんの仕事しごとをすれば大儲おおもうけできると思おもったからだ。それで店みせをかまえて、弟子でしや使用人しようにんも雇やとい、手持てもちの金かねを元手もとでに工場こうじょうの経営けいえいを始はじめた。そうしていよいよ資金しきんが十分じゅうぶんに貯たまったらアメリカに渡わたろうと考かんがえていたのだが、ナポリというところは、人間にんげんの気性きしょうが北きたイタリアやスイスとはずいぶん違ちがっていてなあ。どうにも商売しょうばいがうまく行いかないし、使用人しようにんもいうことをきかない。いつの間まにか借金しゃっきんだけが増ふえていき、お前まえや妻つまを養やしなうこともできないくらいに落おちぶれてしまった。

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