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アロウズ・A10

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
アロウズ・A10
アロウズ・A10B
カテゴリー F1
コンストラクター アロウズ
デザイナー ロス・ブラウン
先代せんだい アロウズ・A9
後継こうけい アロウズ・A11
主要しゅようしょもと[1]
シャシー カーボンファイバー モノコック
サスペンション(まえ ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド ダンパー
サスペンション( ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド ダンパー
エンジン メガトロン, 1,499 cc (91.5 cu in), 直列ちょくれつ4気筒きとう, ターボ, ミッドエンジン, たて
1987ねん: 4.0 Bar turbo limited
1988ねん: 2.5 Bar turbo limited
トランスミッション ヒューランドせい 5そく MT
燃料ねんりょう カストロール
タイヤ グッドイヤー
主要しゅよう成績せいせき
チーム USF&G アロウズ
ドライバー 17. イギリスの旗 デレック・ワーウィック
18. アメリカ合衆国の旗 エディ・チーバー
コンストラクターズタイトル 0
ドライバーズタイトル 0
初戦しょせん 1987ねんブラジルグランプリ
出走しゅっそう優勝ゆうしょう表彰台ひょうしょうだいポールFラップ
320100
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アロウズ・A10 (Arrows A10) は、アロウズ1987ねん1988ねんのF1世界せかい選手権せんしゅけん参戦さんせんよう開発かいはつしたフォーミュラ1カー設計せっけいロス・ブラウン最高さいこう成績せいせきは3

開発かいはつ経緯けいい

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BMW1986ねんをもってエンジン供給きょうきゅう停止ていし発表はっぴょうしたため、アロウズはメインスポンサーのUSF&Gともちょく4エンジンの供給きょうきゅう継続けいぞく要請ようせいし、メガトロンのバッジネームで供給きょうきゅうされることが決定けっていした。メガトロンはUSF&Gのトップであるジョン・J・シュミットにより設立せつりつされ、エンジンはスイスのエンジンチューナー、ハイニー・マーダードイツばん完全かんぜんまかされメンテナンスされる体制たいせいつくった。BMWはアロウズ(メガトロン)には一切いっさいたずさわらず、ブラバムに供給きょうきゅうされるエンジンにのみかかわった。

ドライバーは4ねん在籍ざいせきしたティエリー・ブーツェンベネトン・フォーミュラ移籍いせきしたため、ブラバムからデレック・ワーウィック加入かにゅう出資しゅっししゃであるアメリカ企業きぎょうUSF&Gからの希望きぼうもありアメリカじんドライバー、エディ・チーバーとコンビをみ、とも表彰台ひょうしょうだい経験けいけん経験けいけん重視じゅうしのドライバー起用きようとなった。

1987ねんシーズン

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1987ねんはメインスポンサーに前年ぜんねんまでサブスポンサーだったアメリカ企業きぎょうUSF&Gが就任しゅうにんし、前年ぜんねんまでバークレイのベージュだったアロウズのチームカラーがあかるいしろへと変更へんこうされた[2]

主任しゅにんデザイナーがわったことから、A10はアロウズのぜんかたA9を継承けいしょうしていないまったくの新型しんがたとしてつくられたが、ロス・ブラウンの前作ぜんさくであるハース・ローラ・THL2とは全体ぜんたいてきひくいスタイルをち、エンジンカウルのひくさやそのうえすロールバーなどがTHL2より継承けいしょうされている。フロントノーズはTHLとちがって偏平へんぺいなスタイリングとなり、前後ぜんごおおきなウイングでちょく4ターボエンジンのパワーをかすコンセプトであった[3]

ドライバーからはコーナリング性能せいのう良好りょうこうだったとするコメントがおおく、ワーウィックは「シャシーはいい、エンジンにはもうちょっと頑張がんばってほしい(サンマリノGP)[4]」、チーバーも「シャシーはパーフェクト。このマシンのハンドリングは本当ほんとう素晴すばらしいよ。エンジンのガスケットすこよわいのががかり(モナコGP)[5]」とべA10をこう評価ひょうかした。だい5せんデトロイトGPでもチーバーはせん連続れんぞくとなる予選よせん6グリッドを獲得かくとくするはやさをせ、決勝けっしょうでもベネトンテオ・ファビウィリアムズ・ホンダネルソン・ピケを3あらそちゅうる(最終さいしゅう結果けっかはウィング破損はそんにより6)など、A10は力強ちからづよいパフォーマンスをつづけた[6]

翌年よくねんへの準備じゅんびとしてイタリアGPまえには2.5バール仕様しようのターボでじつはしテストを開始かいし[7]だい12せんポルトガルではフロントウィングとサスペンションダンパーに翌年よくねん仕様しよう先行せんこうして実戦じっせん投入とうにゅうした。だい14せんメキシコGPではワーウィックが決勝けっしょうでタイヤバリアにはげしくぶつかるクラッシュにい、一時いちじうしなうほどからだ衝撃しょうげきけたが、A10のカーボンモノコックがそれ以上いじょうのダメージをふせいだ。ワーウィックはレース最終さいしゅうコーナーの途中とちゅうなにかがこわれて、どんどんタイヤバリアへとマシンがいはじめた瞬間しゅんかんはもう本当ほんとうぬかとおもった。A10が頑丈がんじょうなおかげですくわれ、いまこうしてしゃべれてるんだ。」と感謝かんしゃべた[8]

賞賛しょうさんされたハイライトは、チーバーがマクラーレン・TAGアラン・プロストと3あらそいのバトルを披露ひろうし、ワーウィックもシフトリンケージがこわれるまで後方こうほうからせまフェラーリミケーレ・アルボレートついはしをしのぎつづけるこうレースを展開てんかいした[9]モナコGPと、イギリスGPの決勝けっしょうレースで2だいそろってベネトンのティエリー・ブーツェンをバトルのすえるのに成功せいこう会場かいじょうかせたことだった[10]

メガトロン・エンジンのトラブルはおおく、ワーウィックが5かい、チーバーも5かいエンジン(ターボふくむ)トラブルでレースをうしなった。これは当初とうしょはアロウズのみが使つかうことになっていたメガトロン・ターボが、シーズン開幕かいまく急遽きゅうきょリジェにも供給きょうきゅうされることになったことでチューンを担当たんとうするハイニ・マーダー(多数たすう自然しぜん吸気きゅうきDFZエンジンのチューンも担当たんとうした)のマンパワーをえてしまったこともその要因よういんであった。

シーズン通算つうさんでアロウズ・A10は11ポイントを獲得かくとくし、コンストラクターズランキング7となった。ワーウィックが3ポイント、チーバーが8ポイントをげた。予選よせん対戦たいせん成績せいせきではワーウィック9しょう、チーバー7しょうとほぼ互角ごかくであった。

1988ねんシーズン

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1988ねんおおくのチームが翌年よくねんからのターボエンジン禁止きんしそなえて3.5リッター自然しぜん吸気きゅうきエンジン搭載とうさいし、ターボぜいかずらしていた。そのなかでアロウズはレギュレーションによりターボきゅうあつが2.5バールと制限せいげんつよめられたメガトロン・ターボをむA10Bで参戦さんせんした。

メガトロン・ターボエンジンは前年ぜんねんちがいアロウズのみの独占どくせん使用しようとなった。フロントウィングはベネトンた1まいがたでミニフラップがいタイプが継続けいぞくされたが、その角度かくど形状けいじょうはよりベネトンにたカイトウイングとなっていた[11]。それ以外いがいの、幅広はばひろひらべったいノーズやエンジンカウルなど外見がいけんじょう変化へんか昨年さくねんからほぼく、カラーリングもリアウイングつばさはしばん変更へんこうがあっただけでUSF&Gのホワイトを基調きちょうとした[12]

開幕かいまくせんブラジルから好調こうちょうで、ワーウィックが3になったロータス・ホンダネルソン・ピケのすぐ背後はいごせまり4入賞にゅうしょう。「2.5バールされたほうがA10にはってる。4バール仕様しようよりかなりあつかいやすくなった。4ねんまえっていた最高さいこうのエンジン、ルノーV6ターボっているような最高さいこうのフィーリングだった」とレースちゅうのマシン状態じょうたいかた[13]、シーズンへの期待きたいたかまった。しかしだい2せんおこなわれたイモラや、だい11せんスパのような燃費ねんぴきびしいコースでメガトロン・ちょく4ターボはくるしみ、最強さいきょうエンジンとされたホンダ・V6ターボのような燃費ねんぴ自信じしんつターボエンジンとの性能せいのう痛感つうかんすることとなった[14]

ターボチャージャーさい大過たいかきゅうあつが2.5バールに制限せいげんされたのをけて、FIAより支給しきゅうされたポップオフバルブが、規定きていきゅうあつ以下いかひらいてしまうトラブルも頻発ひんぱつし、レース終了しゅうりょうタンクない燃料ねんりょうがまだかなりのこっていたこともあったという。同様どうようのトラブルはきゅうあつ制限せいげんくわえられた1987ねんから存在そんざいしており(当時とうじは4バール規定きていであったが、なかには3.2前後ぜんこうひらいてしまう粗悪そあくなスプリングを使用しようしたものもあった)、当時とうじのライバルであったホンダ・エンジンやフェラーリ・エンジンはすでに解決かいけつていたものの、メガトロン・エンジンはこのとしのイタリアGP前後ぜんこうまで解決かいけつさく見出みいだすことが出来できなかった。

燃費ねんぴをそれほどにしなくてもいコースではターボ・パワーの有効ゆうこうせいかされ、だい4せんメキシコGPではワーウイックとチーバーがマクラーレン・ホンダの2だいとフェラーリ2だい位置いちでタイヤとタイヤがたりあうような終始しゅうしはげしい5-6あらそいをひろげ、0.4びょうほろ決着けっちゃくするダブル入賞にゅうしょうたした。このバトルは賞賛しょうさんされ、ワーウィックも「チーバーとすごい接近せっきんせん出来できて、とてもたのしかったよ。みんなはレースがおわったら二人ふたりいをはじめるとおもってたらしいけどね!」と笑顔えがおかたり、チーバーも「最高さいこうたのしいバトルだった。こんなに充実じゅうじつかんたのしいレースはなんねんぶりだろうか」とコメントし[15]、A10Bのベストレースのひとつとなった。イタリアGPでは初日しょにちから抜群ばつぐんさい高速こうそく好調こうちょうさで、同年どうねん席巻せっけんしていたマクラーレン・ホンダよりはや最高さいこうそくぜんセッションで記録きろくしパドックの話題わだいをさらった。予選よせん結果けっかでもマクラーレン・ホンダ、フェラーリにぎ3れつグリッドをA10Bの2だい確保かくほし、ワーウィックはどうシーズンのF1最高さいこう記録きろくとなる315.49km/hのトップスピードをのこした[16]。このラップは「ちょうどブーツェンのスリップを完璧かんぺき使つかえるタイミングになっていて、どこまでってしまうのかとおもうくらいびた。最高さいこうのラップだった。」とその瞬間しゅんかんべている。予選よせんでそのはやさをうしろからたというフェラーリのアルボレートは「今回こんかいのアロウズには簡単かんたんかれてしまったけど、あのエンジンが本当ほんとうに2.5バールだったらかなり意外いがいだ!」とのジョークでそのはやさを表現ひょうげんした。このイタリアGPは決勝けっしょうもチーバーが3となり表彰台ひょうしょうだいち、ワーウィックは0.582びょうの4であった。

一方いっぽうでテクニカルコースでA10Bは苦戦くせんし、ハンガリーGPでは2だいともにブレーキに問題もんだいかかつづけ、リアのブレーキパッドを完全かんぜん使つかってしまいリタイアしていたが、まだレースは60%も消化しょうかしておらず勝負しょうぶけんたなかった。

ワーウィックは17ポイントをげドライバーズランキング8、チーバーは6ポイントで12であった。予選よせん対戦たいせん成績せいせきではワーウィック12しょう、チーバー4しょうとくにシーズン後半こうはんはタイムおおきくなっていた。チームはA10Bで前年ぜんねんより好調こうちょうなシーズンとなり、けい23ポイントを獲得かくとく。ロータス・ホンダをやぶってのコンストラクターズランキング4獲得かくとく成功せいこうえるシーズンとなった。ワーウィックはイタリアGPで、チーバーも最終さいしゅうせんオーストラリアGPでアロウズとの契約けいやく延長えんちょう発表はっぴょうよく1989ねんも「いぶしぎんコンビ」が継続けいぞくされることがまった[17]

スペック

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シャーシ

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エンジン

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記録きろく

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スペック

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シャーシ

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エンジン

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記録きろく

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  • コンストラクターズランキング4
  • ドライバーズランキング7(デレック・ワーウィック)
  • ドライバーズランキング12(エディ・チーバー)

F1におけるぜん成績せいせき

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(key) (太字ふとじポールポジション

とし チーム/シャシー エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 ポイント 順位じゅんい
1987ねん アロウズ
A10
メガトロン S4TC
S4 t/c
G BRA
ブラジルの旗
SMR
サンマリノの旗
BEL
ベルギーの旗
MON
モナコの旗
DET
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
西ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
AUT
オーストリアの旗
ITA
イタリアの旗
POR
ポルトガルの旗
ESP
スペインの旗
MEX
メキシコの旗
JPN
日本の旗
AUS
オーストラリアの旗
11 7
デレック・ワーウィック Ret 11 Ret Ret Ret Ret 5 Ret 6 Ret Ret 13 10 Ret 10 Ret
エディ・チーバー Ret Ret 4 Ret 6 Ret Ret Ret 8 Ret Ret 6 8 4 9 Ret
1988ねん アロウズ
A10B
メガトロン L4T
S4 t/c
G BRA
ブラジルの旗
SMR
サンマリノの旗
MON
モナコの旗
MEX
メキシコの旗
CAN
カナダの旗
DET
アメリカ合衆国の旗
FRA
フランスの旗
GBR
イギリスの旗
GER
ドイツの旗
HUN
ハンガリーの旗
BEL
ベルギーの旗
ITA
イタリアの旗
POR
ポルトガルの旗
ESP
スペインの旗
JPN
日本の旗
AUS
オーストラリアの旗
23 5
デレック・ワーウィック 4 9 4 5 7 Ret Ret 6 7 Ret 5 4 4 Ret Ret Ret
エディ・チーバー 8 7 Ret 6 Ret Ret 11 7 10 Ret 6 3 Ret Ret Ret Ret

参照さんしょう

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  1. ^ Arrows A10 Stats F1
  2. ^ Team & Driver アロウズ・メガトロン FUJI TVオフィシャルF1ハンドブック 47-48ぺーじ フジテレビ出版しゅっぱん/扶桑社ふそうしゃ 1987ねん7がつ6にち発行はっこう
  3. ^ パーフェクトファイル ARROWS グランプリ・エクスプレス '87ブラジルGPごう 20ぺーじ 山海さんかいどう 1987ねん4がつ30にち発行はっこう
  4. ^ Close Up デレック・ワーウィック(アロウズ) グランプリ・エクスプレス '87サンマリノGPごう 6ぺーじ 1987ねん5がつ20日はつか発行はっこう
  5. ^ Close Up エディ・チーバー(アロウズ) グランプリ・エクスプレス '87モナコGPごう 4ぺーじ 1987ねん6がつ15にち発行はっこう
  6. ^ RACE LIVE グランプリ・エクスプレス '87デトロイトGPごう 4-5ぺーじ 1987ねん7がつ10日とおか発行はっこう
  7. ^ TECHNICAL FILE イモラでワーウィックが2.5バールのメガトロンをテスト開始かいし グランプリ・エクスプレス '87イタリアGPごう 5ぺーじ 1987ねん9がつ25にち発行はっこう
  8. ^ だいクラッシュでレースは中断ちゅうだん グランプリ・エクスプレス '87メキシコGPごう 4-5ぺーじ 1987ねん11月5にち発行はっこう
  9. ^ レース中盤ちゅうばん主役しゅやくはアロウズの2だい グランプリ・エクスプレス '87モナコGPごう 7ぺーじ 1987ねん6がつ15にち発行はっこう
  10. ^ RACE 波乱はらんきる後方こうほう集団しゅうだん グランプリ・エクスプレス '87イギリスGPごう 6-7ぺーじ 1987ねん8がつ5にち発行はっこう
  11. ^ '88ぜんチーム紹介しょうかい USF&G ARROWS グランプリ・エクスプレス '88開幕かいまく直前ちょくぜんGPごう 36ぺーじ 1988ねん4がつ8にち発行はっこう
  12. ^ USF&G Arrows Megatron F1日本にっぽんグランプリ公式こうしきプログラム 43ぺーじ 鈴鹿すずかサーキットランド 1988ねん10がつ発行はっこう
  13. ^ はやさはあるがなやむアロウズ グランプリ・エクスプレス '88ブラジルGPごう 26ぺーじ 1988ねん4がつ23にち発行はっこう
  14. ^ LIVE REPORT アロウズは燃費ねんぴわるさで7と9はいるのがやっと グランプリ・エクスプレス '88サンマリノGPごう 7ぺーじ 1988ねん5がつ23にち発行はっこう
  15. ^ LIVE REPORT 明暗めいあんけたターボぜい グランプリ・エクスプレス '88メキシコGPごう 5ぺーじ・7ぺーじ 1988ねん6がつ18にち発行はっこう
  16. ^ 予選よせんLIVE REPORT ア然あぜんとするアロウズのはやさ グランプリ・エクスプレス '88イタリアGPごう 25ぺーじ 1988ねん10がつ1にち発行はっこう
  17. ^ 来年らいねんのアロウズは体制たいせい現状げんじょう維持いじ決定けってい グランプリ・エクスプレス '88オーストラリアGPごう 29ぺーじ 1988ねん12月3にち発行はっこう