北畠きたばたけ顕家あきいえ

日本にっぽん古典こてん文学ぶんがく大系たいけいの「神かみ皇すめらぎ正統せいとう記き」の解説かいせつに載のっている、後醍醐天皇ごだいごてんのうへの顕あらわ家かの上奏じょうそう文ぶんがなかなか面白おもしろいので、一部いちぶ記しるす。

> 一切いっさいの奢侈しゃしを断たち、しかる後のちに宮室きゅうしつを卑(ひく)くし、もって民みんを阜(たか)くし、仁徳天皇にんとくてんのうの余よ風ふうを追ついひ、
礼儀れいぎを節ふしして俗ぞくを淳じゅん(あつ)くし、延喜えんぎ聖ひじり主ぬし(醍醐天皇だいごてんのう)の旧きゅう格かくに帰きせば、垂たれ拱して海内かいだい、子このごとく来きたり、
征せいせずして遠方えんぽう賓まろうど服ふくせん。

> 朝廷ちょうていに拝趨はいすうし、帷幄いあくに昵近ちかし、朝あさ々暮くれ々竜顔りゅうがんに咫尺しせきし、年々歳々ねんねんさいさい鴻おおとり慈を戴仰するの輩やから、たとひその身みを尽つくすとも、いかでか皇すめらぎ恩おんを報ほうぜん。ここに国家こっか乱逆らんぎゃくし、宸襟しんきん聊（やすらか）ならず。或あるいは乗じょう輿こしを海外かいがいに移うつされ、或あるいは行宮あんぐうを山中さんちゅうに構へらる。人臣じんしんと作さく(な)りて、忠義ちゅうぎを竭(つく)すはこの時ときなり。しかれども、忠ちゅうを存そんし義ぎを守まもるものは幾許いくばくぞや。無事ぶじの日ひ、大だい禄ろくを貪婪どんらん（たんらん）し、艱難かんなんの時とき、逆徒ぎゃくとに屈こごめ伏ふす。乱心らんしん賊子ぞくしにあらずして何なぞや。罪つみ死しして余あまりあり。かくのごときの族ぞく、何なにを以もって新しん恩おんを荷負においせんや。

21才さいの顕あらわ家かがほんとうにこんな過激かげきな文章ぶんしょうを天皇てんのうに奉たてまつったのであろうか。
しかし親房ちかふさが書かいたにしてはあまりに文言もんごんが若わかい。
神かみ皇すめらぎ正統せいとう記きの本文ほんぶんはここまで苛烈かれつではない。

> 東奥ひがしおくの境さかい、纔(わずか）に皇すめらぎ化かに靡なびく。これすなわち最初さいしょ鎮を置おくの効こうなり。西府にしふに於おいては、更さらにその人ひとなし。逆徒ぎゃくと敗走はいそうの日ひ、擅（ほしいまま）にかの地ちを履ふみ、諸しょ軍ぐんを押領して、再ふたたび帝都ていとを陥おちいる。

これはおそらく、承久じょうきゅうの乱らんを戦たたかった北条ほうじょう泰やすし時じの思想しそうに近ちかいものだろう。

顕あらわ家かは陸奥みちのく国こくで鎮守ちんじゅ府ふ将軍しょうぐんになったので、八幡やはた太郎たろうや奥州おうしゅう藤原ふじわら氏しの事跡じせきを目まの当あたりにしたのだろうと思おもう。
父親ちちおや房ぼうはどちらかと言いえば京都きょうとのお公家くげさんだったのではないか。
しかし顕あらわ家かは17才さいで陸奥みちのくに下くだり、公家くげらしからぬ過激かげき思想しそうに目覚めざめたのかもしれん。
その顕あらわ家かの思想しそうが逆ぎゃくに父ちちの親房ちかふさが影響えいきょうを受うけた可能かのう性せいもありえよう。

こういう東国とうごくの雰囲気ふんいきというのは京都きょうとにいては決けっしてわかるまい。