剣けん菱ひし

小説しょうせつに書かいてしまうとどうでもいいことまでくよくよと気きになるものであり、
フィクションなんだから、頼よりゆき山陽さんようは通説つうせつどおりに大だい酒飲さけのみという書かき方かたをしても別べつに誰だれも怒おこるまい。
今更いまさら、山陽さんようは下戸げこでしたという設定せっていにしては一いちから書かき直なおさなくてはならないからしないが、
どうも調しらべれば調しらべるほど頼よりゆき山陽さんようはさほど酒さけ好すきではなかったように思おもわれる。
幕末ばくまつのころに暴あばれた頼よりゆき三樹みき三郎さぶろうが酒豪しゅごうであったので、父ちちの山陽さんようにそのイメージが投なげ映うつされているのかもしれん。
ならそれはそれで面白おもしろいことだと思おもう。

岩波いわなみ文庫ぶんこ『頼よりゆき山陽さんよう詩抄ししょう』にも酒さけを飲のむ詩しは出でてこない。
李り白しろやオマル・ハイヤームみたいにのべつに酒さけを飲のんでいるのではない。

頼よりゆき山陽さんようが剣けん菱ひしを飲のんだのはほぼ間違まちがいないと思おもうが、
それ以外いがいの銘柄めいがらや酒造しゅぞうについてはよくわからん。
個人こじんが所有しょゆうしている書簡しょかんに書かいてあるとか、
頼よりゆき家かに伝つたわる史料しりょうにあるとか、
頼よりゆき山陽さんよう全集ぜんしゅうに書かいてあるなどと言いわれると不ふ勉強べんきょうな私わたしはご免まぬかれなさいというしかないのだが、
剣けん菱ひしなどの酒さけの銘柄めいがらを詩しに詠よんで広告塔こうこくとうになった、などということは、
絶対ぜったい無ないとは言いい切きれないが、あんまり考かんがえにくい。
そういうことはいかにも三樹みき三郎さぶろうあたりがやりそうなことで、
それとごっちゃになっているのではなかろうか。

剣けん菱ひしは伊丹いたみの酒さけか灘なだの酒さけかということについても諸説しょせつあるが、
剣けん菱ひしは江戸えど初期しょきから将軍家しょうぐんけの御用ごよう酒しゅ、御膳ごぜん酒しゅであって、
下くだり酒さけの最さいたるものであった。
頼よりゆき山陽さんようが広報こうほうしなくてもすでに十分じゅうぶんに有名ゆうめいな酒さけであったろう。

となると、伊丹いたみの他ほかの酒造しゅぞうに先駆さきがけて回漕かいそうに便利べんりなように灘なだに工場こうじょうを作つくったと考かんがえるのが自然しぜん。
本家ほんけは伊丹いたみにありながら工場こうじょうは灘なだにあった、
それが大正たいしょう時代じだいに本社ほんしゃごと灘なだに移うつった、
という辺あたりが真相しんそうなんじゃないかと思おもうが、
ググっただけではそこまでわからん。
江戸えどの人間にんげんが剣けん菱ひしは灘なだの酒さけだと思おもっても全然ぜんぜん不思議ふしぎではない。

ていうかまあ小説しょうせつを書かき直なおすまでの間違まちがいではないような気きがする。