科挙かきょに関かんする誤解ごかい

[八はち股また文ぶんと五言ごごん排はい律りつ](/?p=9880)の続つづきだが、

[明代あきよ初期しょきの八はち股また文ぶんについて](http://ci.nii.ac.jp/search?q=%E6%98%8E%E4%BB%A3%E5%88%9D%E6%9C%9F%E3%81%AE%E5%85%AB%E8%82%A1%E6%96%87%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6&range=0&count=&sortorder=&type=0)
に非常ひじょうに詳くわしく述のべてあるが、ごく概略がいりゃくを言いえば、明あきら末清すえきよ初はつの学者がくしゃ・顧炎武ぶは、

> 経けい義ぎの文ぶん、流俗りゅうぞく、之これを八はち股またと言いう。蓋けだし成なり化か以後いごに始はじまる。天てん順じゅん以前いぜんは経けい義ぎの文ぶん、伝つて注ちゅうを敷衍ふえんするに過すぎず。或あるいは対たいにし、或あるいは散ちにし、初はじめは定式ていしき無なし。

と明確めいかくに記しるしている。
つまり、明あかり初はつには、そもそも八はち股また文ぶんなどというものはなかった。
しかし、
wikipedia 「八はち股また文ぶん」には、

> 洪ひろし武たけ帝みかどは軍師ぐんしの劉りゅう基はじめとはかって、科挙かきょには朱子しゅしの解説かいせつによる四書ししょを主眼しゅがんとした。これは洪ひろし武たけ帝みかどや劉りゅう基はじめが朱子学しゅしがくを奉ほうじており、この学派がくはが四書ししょを重視じゅうししていたためである。こうして宋そう題だいと代かわって難解なんかいな教典きょうてんである五経ごきょうは二にの次つぎとされた。そして明朝みんちょう期きの受験生じゅけんせいは答案とうあんの書かき方かたとして、八はち股また文ぶんが指定していされた。

などと書かかれている。
これでは、明あかりの高祖こうそ朱しゅ元もと璋あきらが軍師ぐんし劉りゅう基はじめと計はかって朱子学しゅしがくに基もとづいて四書ししょを八はち股また文ぶんで課かしたと読よめる。
まったく意味いみが違ちがってくる。

四書ししょを科挙かきょに用もちいたのは、朱しゅ元もと璋あきらも劉りゅう基はじめも、おそらく朱子しゅしも、初等しょとうテクストとしてであり、出題しゅつだい範囲はんいを限定げんていするためである。それを韻文いんぶんで書かこうと対句ついくで書かこうと散文さんぶんで書かこうと明あかり初はつでは自由じゆうであった。つまり当初とうしょの意図いととしては、何なにか形式けいしき張はった文章ぶんしょう題だいを出だしたわけではない。ごく妥当だとうな、まっとうな問題もんだいが出だされたのに過すぎない。

日本にっぽんでも試験しけん問題もんだいというものは、だんだん受験じゅけんテクニックを駆使くししないと解とけないような難解なんかいなものになりやすく、その弊害へいがいをのぞくために「ゆとり教育きょういく」というものが生うまれ、「ゆとり教育きょういく」ではダメだというのでまた難むずかしくなる。同おなじようなことが王朝おうちょう交替こうたいのたびに科挙かきょでも起おきたのは当然とうぜんだ。

劉りゅう基はじめという人ひとの漢詩かんしも少すこし読よんでみたが、どちらかと言いえば学者がくしゃというより、自由じゆうな文人ぶんじんという感かんじを受うける。八はち股また文ぶんというものを考案こうあんして受験生じゅけんせいに課かしたというのは、まずあり得えないだろう。

またwikipedia「科挙かきょ」には

> 「ただ読書どくしょのみが尊たっとく、それ以外いがいは全すべて卑いやしい」（万般ばんぱん皆みな下品げひん、惟おもんみ有ゆう読書どくしょ高だか）という風潮ふうちょうが、科挙かきょが廃止はいしされた後のちの20世紀せいき前半ぜんはんになっても残のこっていた。科挙かきょ官僚かんりょうは、詩作しさくや作文さくぶんの知識ちしきを持もつ事ことを最大さいだいの条件じょうけんとして、経済けいざいや治山ちさん治水ちすいなど実務じつむや国民こくみん生活せいかつには無能むのう・無む関心かんしんである事ことを自慢じまんする始末しまつであった。こういった風潮ふうちょうによる政府せいふの無能力むのうりょく化かも、欧米おうべい列強れっきょうの圧力あつりょくが増ますにつれて深刻しんこくな問題もんだいとなって来きた。

> 中国ちゅうごくが植民しょくみん地ち化かを避さけるために近代きんだい化かを欲ほっするならば、直接ちょくせつは役やくにたない古典こてんの暗記あんきと解釈かいしゃくに偏かたよる科挙かきょは廃止はいしされねばならなかったのである。

などと書かいてある。
しかし、「儒林外史がいし」などを読よんだだけで明あきらかなように、
「詩作しさくや作文さくぶん」にばかりうつつを抜ぬかすような官僚かんりょうがそんなにいただろうか。
むしろそれは、科挙かきょに合格ごうかくできなかった遁世とんせい文人ぶんじんたちの戯画ぎがに近ちかいのではないか。
普通ふつうに科挙かきょに合格ごうかくして、普通ふつうに国政こくせいに腐心ふしんした政治せいじ家かたちもたくさんいた。
それは清朝せいちょうの歴史れきしを調しらべれば、明あきらかだ。

科挙かきょが有害ゆうがいであったことは間違まちがいないが、あまりにも多おおくの責任せきにんを科挙かきょに負おわせるのも、
やはり責任せきにん逃のがれに過すぎない。
おそらく多おおくは清朝せいちょうを不当ふとうにおとしめようとした近代きんだい中国ちゅうごくや、
日本にっぽんの左翼さよく学者がくしゃたちの決きめつけなのではなかろうか。
そのようなステレオタイプが wikipedia にも溢あふれているとすれば、非常ひじょうに憂うれうことである。

受験じゅけんテクニックの加熱かねつは、往々おうおうにして、受験じゅけん産業さんぎょうや受験生じゅけんせいや教師きょうしや父母ちちははらによって助長じょちょうされるものだ。
必かならずしも大学だいがく教員きょういんや国くにの官僚かんりょうがのぞんでそうなっているのではない。
日本にっぽんの現状げんじょうを観察かんさつしただけでもわかるだろう。
五言ごごん排はい律りつという格式張かくしきばった中世ちゅうせいの形式けいしきが、清朝せいちょう末期まっきに、
本来ほんらいは自由じゆうな作文さくぶん題だいだった四書ししょ題だいにいつの間まにか潜もぐり込こんで、
定型ていけい化かしていき、それが八はち股また文ぶんとなったのだ。
つまり責任せきにんの多おおくは民衆みんしゅうの側がわにあるに違ちがいない。