原子(げんし、Atom)という言葉には以下の二つの異なった意味がある。
- 古代ギリシャのデモクリトスなどによって唱えられはじめた原子論という仮説[1]において想定されている究極の分割不可能な要素。哲学的な概念。仮説的な存在。
- 1900年代前半に発見された、物質の一構成単位。ひとつの中間単位。上述の概念「究極の分割不可能な単位」に相当すると、当時の科学者らの早合点によって一時代 誤認され、Atomと呼ばれるようになってしまったもの。(だが、現在は分割可能だと判っているので、すでに文字通りのAtom「分割不可能なもの」ではなく、ひとつの中間単位にすぎない、と知られているもの)
歴史
「物質」が、「極めて小さく不変の粒子」から成り立つという仮説・概念は紀元前400年ごろの古代ギリシアの哲学者、レウキッポスやデモクリトスに存在した。だが、この考えは当時あまり評価されたとは言えず、その後およそ二千年ほど間、大半の人々から忘れ去られていた。
19世紀初頭のイギリスの化学者ドルトンが、近代的な原子説を唱えた。彼は、化学反応の前後の物質の質量の変化に着目し、物質には単一原子(現在の原子)と複合原子(現在の分子)がある、との説を述べた。だが、当時の科学者の多くは物質に本当にそのような構成単位があるのか大いに疑っていた。科学者の共同体では「原子が存在するとは信じません」と言う科学者のほうが、むしろまともだと考えられていたという[2]
19世紀後半、ルートヴィヒ・ボルツマンは、気体を原子仮説で想定されている「原子」なるものの集合と考えれば、(当時知られていた)気体の特性の多くが説明できると考えた。「原子」なる仮説的存在が動き回っているとすると、温度や圧力の性質も説明しやすいし、蒸気機関において熱い気体がピストンを押すという仕事をすることも説明しやすかった。
20世紀初頭にラザフォードとソディが発見したウランの放射壊変は原子の概念を大きく変えた。原子は不変の粒子ではなくなったからである。これに先立つ陰極線の発見とあわせ、近代的な原子モデルを確立したのがトムソンである。彼のモデルはちょうど、ぶどうパンのように、正に帯電した「パン」の中にブドウのように電子が埋まっているというものだった。ついでラザフォードと長岡半太郎が独立に惑星系に似た原子モデルを考案した。ボーアは量子仮説に基づく電子の円軌道モデルを考案し、ゾンマーフェルトが電子の楕円軌道モデルに拡張した。
量子力学の発展に伴い、原子と電子の関係に関してはほぼ解明されてきているとも言えるが、原子核のことは今でもわからないことは多い。また、量子力学の発展に伴い、当初の原子論が暗黙裡に含んでいた素朴な図式・世界観(球状の何かの想定、モノが絶対的に実在しているという素朴な観念、つまり非確率論的に実在しているという素朴な観念)は、すでに崩れてしまったとも言え、物理学の理論全体としては、当初となえられていた原子論とはかなり異質なものになってきた、とも言える。
原子の構造
原子は、正の電荷を帯びた原子核と、負の電荷を帯びた電子から構成されるのだと考えられている。原子核はさらに陽子と電気的に中性な中性子から構成される(ただし大部分の水素原子は中性子を含まない)。陽子と中性子の個数の合計を質量数と呼ぶ。原子核の半径は原子の半径の約10万分の1と小さい[3]。
原子量
原子量とは、原子の相対的な質量を表す。比率を表す量であるため、原子量には単位を付けない。このような数を無次元数と呼ぶ。
質量数12の炭素原子である12C(炭素12)1個の質量を12.0000と定めた場合の他の元素の質量比である。整数値をとる質量数とは異なり、一般に小数になる。例えば、炭素の原子量は12.011であり、塩素の原子量は35.45である。これは多くの元素では、質量数の異なる原子(同位体)が存在し、存在比率もまちまちなためである。例えば塩素の場合35Clの存在比が約76%、37Clの存在比が24%となっているため、35×0.76+37×0.24という計算によって原子量の概数を求めることができる[4]。
原子と元素
原子とは、内部に持つ陽子と中性子の各個数の違いで区別される個々の粒子を指す。例えば炭素原子は中性子数の異なる12C、13C、14Cの3種類が存在する。一方元素は、中性子数に関わらず、ある特定の陽子数(原子番号)を持つ原子のグループを指す。例えば、「炭素は燃焼(酸素と結合)して二酸化炭素を生成する」と表現した場合の「炭素」や「酸素」は元素を意味する。
周期表
周期表(元素周期表)とは、元素を陽子の数と等しい原子番号の順に並べた表のこと。
化学的、物理的に似た性質の原子(元素)を見やすくするため、一定の数ごとに折り返してまとめてある。下表は代表的なものであるが、他にもらせん型や円錐型、ブロック型など複数の形式が考案されている。表の最上段には1~18の数字が振られている。これを元素の族と呼ぶ。それぞれの升目には原子番号と元素記号が記されている。実用性を高めるため原子量を元素記号の下に記述することが一般的である。この場合、安定同位体を持たない元素については既知の同位体の中で最も半減期の長いものや存在比の高いものの質量数をカッコ書きして記載する。また、色分けや記号類を用いて常温での相を表したり、遷移元素・半金属元素・人工放射性元素を表現することもある。
原子模型
原子の構造を、人間の頭脳でも把握しやすいように大胆にデフォルメし、簡単な図で表現してみたもの。右に示したボーアの原子模型が最も単純な形である。この図では酸素原子のうち最も存在量が多い16Oを表している。8個の電子、核内の8個の陽子と8個の中性子の存在を読み取ることができる。原子の化学的性質を説明する場合には、このモデルを大幅に拡張し、3次元空間に分布する電子雲を考慮に入れた模型が必要になる。
参考文献
脚注
- ^ あるいは世界観
- ^ デヴィッド・リンドリー『ボルツマンの原子』p.1
- ^ 注、ボーアモデルの図などは原子核の大きさは原子に対して数分の1程度なので、実態とはかけ離れたデフォルメである。原子核と電子の間には真空が広がっている、ともされ、かつてはボーアモデルのように、惑星系のイメージで軌道まで描いて理解されることも多かったが、最近では、原子核を電子雲が包むイメージで理解されることが多い。
- ^ 実際には原子核の結合エネルギーを除外する必要がある。
関連項目