論ろん語義ごぎ疏

『欽定きんてい四よん庫こ全書ぜんしょ』経けい部ぶ八はち「論語ろんご集しゅう解かい義ぎ疏」

『論ろん語義ごぎ疏』（ろんごぎそ）は、南朝なんちょう梁りょうの儒学じゅがく者しゃである皇すめらぎ侃ただしによる『論語ろんご』の注釈ちゅうしゃく書しょ。全ぜん10巻かん。『論語ろんご集しゅう解かい義ぎ疏』とも呼よばれる。また、略りゃくして『論語ろんご疏』『論ろん語義ごぎ』と呼よばれる場合ばあいもある。

概要がいよう

漢かん・魏たかしの頃ころ、包つつみ咸・馬うま融とおる・鄭てい玄げん・王おう粛ら多おおくの学者がくしゃによって『論語ろんご』の注釈ちゅうしゃくが制作せいさくされ、魏ぎの何なに晏らは彼かれらの解釈かいしゃくを引用いんようしながら『論語ろんご集しゅう解かい』を編纂へんさんした。この『論語ろんご集しゅう解かい』を出発しゅっぱつ点てんにし、晋すすむ代だいの諸家しょかの注釈ちゅうしゃくを集あつめたのが江こう煕ひろしの『集あつまり注ちゅう』である。皇すめらぎ侃ただしは、江こう煕ひろしの本ほんを利用りようしながら、新あらたな『論語ろんご』の注釈ちゅうしゃく書しょとして『論ろん語義ごぎ疏』を編纂へんさんした。

『論ろん語義ごぎ疏』は、体裁ていさいとしては『論語ろんご集しゅう解かい』の注釈ちゅうしゃくとセットの形かたちで解釈かいしゃくが附ふされているが、その内容ないようは『論語ろんご集しゅう解かい』に忠実ちゅうじつに従したがった解釈かいしゃくと、『論語ろんご集しゅう解かい』の解釈かいしゃくには関かかわらない説せつ（または『論語ろんご集しゅう解かい』に批判ひはん的てきな説せつ）の二に種類しゅるいがあり、必かならずしも『論語ろんご集しゅう解かい』の説せつを忠実ちゅうじつになぞるわけではない。

経書けいしょに対たいする義ぎ疏は、南北なんぼく朝あさ時代じだいに数多かずおおく作つくられたが、完本かんぽんとして現存げんそんするのは唯一ゆいいつ『論ろん語義ごぎ疏』だけであり、義よし疏の研究けんきゅうを進すすめる上うえで重要じゅうような資料しりょうである。さらに、『論ろん語義ごぎ疏』の中なかには既すでに失うしなわれた皇すめらぎ侃ただし以前いぜんの注釈ちゅうしゃくが多おおく保存ほぞんされているため、研究けんきゅう資料しりょうとしての価値かちは非常ひじょうに高たかい。

「論語ろんごの注釈ちゅうしゃく」も参照さんしょう

特徴とくちょう

『論ろん語義ごぎ疏』の内容ないよう面めんの特徴とくちょうについて、 曲きょく阜師範しはん大学だいがく教授きょうじゅの高尚こうしょう榘は以下いかの四よん点てんを挙あげる。

1. 「経けいー疏」「注ちゅうー疏」の解釈かいしゃく形式けいしきを採とる。
2. 魏ぎ晋すすむの玄げん学がくの影響えいきょうを受うけ、道家みちや思想しそうによって経文きょうもんを解釈かいしゃくする場合ばあいがある。
3. 皇すめらぎ侃ただし以前いぜんの多数たすうの学者がくしゃの説せつを引用いんようする。
4. 首肯しゅこうに値あたいする正ただしい説せつを示しめす場合ばあいも多おおい。

より詳細しょうさいには、喬たかし秀しゅう岩がんが以下いかの三さん点てんを挙あげて説明せつめいしている。

1. 多おおくが前人ぜんじんの説せつの因襲いんしゅうに出でる。
2. 科か段だんという方法ほうほうを用もちいて経文きょうもんを解釈かいしゃくする。
3. 前人ぜんじんの説せつをよく整理せいりし、その際さいに取捨選択しゅしゃせんたくを加くわえることがある。

皇すめらぎ侃ただしの「科か段だん」とは、論語ろんごの二に十じゅう篇へんが並ならぶ順序じゅんじょの理由りゆうを説明せつめいすること、一いち篇へんの中なかを章しょうに分わけて理解りかいすること、そして一章いっしょうの中なかを段だんに分わけて理解りかいすることの三さん層そうからなり、前後ぜんごのつながりを強つよく意識いしきして解釈かいしゃくを行おこなう点てんに特色とくしょくがある。

伝来でんらい

中国ちゅうごくにおける亡ほろび佚

『論ろん語義ごぎ疏』は、梁はり代だいに成なり書しょしたのちに広ひろく流通りゅうつうし、『隋ずい書しょ』経籍けいせき志こころざし、『旧きゅう唐とう書しょ』経籍けいせき志こころざし、『新しん唐とう書しょ』芸文げいぶん志こころざしなどの正史せいしの目録もくろくに記録きろくされるほか、北きた宋そう前期ぜんきの『崇たかし文ぶん総そう目め』、南みなみ宋そう前期ぜんきの『群ぐん斎とき読書どくしょ志こころざし』『中興ちゅうこう館かん閣かく書目しょもく』『遂とげ初はつ堂どう書目しょもく』などに著録ちょろくされている。しかし、南みなみ宋そう後期こうきの『直ちょく斎とき書しょ録ろく解題かいだい』には記録きろくされておらず、南みなみ宋そう頃ごろに失うしなわれたとされている。

失うしなわれた要因よういんの一ひとつは、999年ねん（北きた宋そう真宗しんしゅうの時とき）、邢昺によって『論語ろんご正義まさよし』が編纂へんさんされたことにある。『論語ろんご正義まさよし』は、『論ろん語義ごぎ疏』を下敷したじきにしながら、『五経ごきょう正義まさよし』を切きり貼はりしながら作つくられたものであるが、この成立せいりつによって『論ろん語義ごぎ疏』は顧かえりみられなくなり、印刷いんさつされる機会きかいを得えることがなかった。

なお、敦煌とんこう文献ぶんけんからは『論ろん語義ごぎ疏』の一部いちぶが発見はっけんされており、現在げんざいフランス国立こくりつ図書館としょかんに保存ほぞんされている。

日本にっぽんにおける保存ほぞん

京都きょうと大学だいがく附属ふぞく図書館としょかん蔵ぞう
清家きよいえ文庫ぶんこに保存ほぞんされている、清原きよはら良りょう賢けんによって伝写でんしゃされた『論ろん語義ごぎ疏』。日本にっぽんで保存ほぞんされた抄本しょうほんの一いち例れい。

一方いっぽう、日本にっぽんにおいては重要じゅうような地位ちいを保たもち続つづけたため、脈々みゃくみゃくと継承けいしょうされ、抄本しょうほん（写本しゃほん）・刊本かんぽんともに多種たしゅのものが現存げんそんする。

『論ろん語義ごぎ疏』は、寛平かんぺい三さん年ねん（891年ねん）以前いぜんに成立せいりつした『日本にっぽん国見くにみ在ざい書目しょもく録ろく』に記録きろくされており、遅おそくとも九きゅう世紀せいき末まつには日本にっぽんに伝来でんらいしていた。また、『論ろん語義ごぎ疏』の引用いんようは他た書しょにも見みえ、そのうち『令れい集しゅう解かい』の引ひく『古記こき』に引用いんようされていることから、奈良なら時代じだいには伝来でんらいしていたとする説せつもある。読者どくしゃとしては、藤原ふじわら頼よりゆき長ちょうの『台たい記き』の康治こうじ元年がんねん（1142年ねん）の記事きじに、彼かれが22日間にちかんで読よみ終おえたことが記録きろくされている。

抄本しょうほん

2015年ねんの実践女子大学じっせんじょしだいがく教授きょうじゅ影山かげやま輝國てるくにの調査ちょうさによれば、『論ろん語義ごぎ疏』の抄本しょうほんには、現在げんざいの所在しょざいが明あきらかな抄本しょうほんが36種しゅ、不明ふめいなものが27種しゅある。これらはいずれも日本にっぽんで筆写ひっしゃされたものであるが、古ふるいものは室町むろまち時代ときよまで遡さかのぼり、たいへん貴重きちょうである。以下いかに記しるす種々しゅじゅの版本はんぽん、標しるべ点てん本ほんも、その源流げんりゅうは全すべてこれらの抄本しょうほんにある。

日本にっぽんで筆写ひっしゃされた抄本しょうほんには全すべてに邢昺『論語ろんご正義まさよし』が書かき加くわえられていることから、どれほど旧来きゅうらいの『論ろん語義ごぎ疏』の形式けいしきを留とめているのかという点てんには問題もんだいがある。

版本はんぽん

江戸えど時代じだいに入はいると、上うえの抄本しょうほんに基もとづいて、種々しゅじゅの『論ろん語義ごぎ疏』の木版もくはん本ほん（和わ刻こく本ほん）が刊行かんこうされた。特とくに著名ちょめいなものは、荻生おぎゅう徂徠そらい門下もんかの根本ねもと武たけし夷えびすが、足利あしかが学校がっこう蔵くらの室町むろまち写本しゃほんを底本ていほんにしながら、他た本ほんとの校勘こうかんを加くわえて刊かん刻こくしたものである。これが清きよしに逆ぎゃく輸入ゆにゅうされて、鮑あわび廷博の「知ち不足ふそく斎とき叢書そうしょ」、また『四よん庫こ全書ぜんしょ』に収録しゅうろくされた。ここにおいて、中国ちゅうごくにおいても本書ほんしょの存在そんざいが知しられることとなった。

なお、『四よん庫こ全書ぜんしょ』に収録しゅうろくされる際さい、『論ろん語義ごぎ疏』八はち佾篇に書かかれていた異い民族みんぞくの君主くんしゅを劣おとった存在そんざいとみなす解釈かいしゃくが、異い民族みんぞくの君主くんしゅである清朝せいちょうに問題もんだい視しされたらしく、内容ないようが一部いちぶ改変かいへんされている。

大正たいしょう時代じだいには、武内たけうち義雄よしおらの手てによって、室町むろまち抄本しょうほんや根本こんぽん本ほんなどを基礎きそとして活字かつじ本ほんが作つくられた。現在げんざい中国ちゅうごくで刊行かんこうされている『論ろん語義ごぎ疏』の標しるべ点てん本ほんは、この本ほんを底本ていほんにしている。

2020年ねん発見はっけんの中国ちゅうごく写本しゃほん

2020年ねん、6〜7世紀せいき初はじめに中国ちゅうごくで書かかれたと見みられる写本しゃほんの一部いちぶ（子こ罕篇の一部いちぶと郷党きょうとう篇へんの全体ぜんたい）が日本にっぽんで確認かくにんされた。この写本しゃほんは、2017年ねんに慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがくが古書こしょ店てんから購入こうにゅうし、2018年ねん以降いこう調査ちょうさを進すすめてきたものである。字体じたいから、隋ずい以前いぜんの写本しゃほんであり、遣や隋ずい使し、または遣唐使けんとうしによって日本にっぽんにもたらされたものだと考かんがえられている。また古代こだいの藤原ふじわら氏し印しるしが押おされていることや、藤原ふじわら貞さだ幹みきの『好古こうこ雑記ざっき』には壬生みぶ家かが所蔵しょぞうしていたという記載きさいがあることから、日本にっぽんに長ながく伝来でんらいしてきた書物しょもつであると言いえる。

この本ほんは、『論語ろんご』の伝つて世よ最古さいこの写本しゃほんであるとともに、仏典ぶってん以外いがいのまとまった紙かみの写本しゃほんでは現存げんそん最古さいこ級きゅうとされている。また、中国ちゅうごくで書写しょしゃされた本ほんであり、邢昺『論語ろんご正義まさよし』が混まじっていないという点てんで、上記じょうきの日本にっぽん抄本しょうほんとは一線いっせんを画かくしている。

参考さんこう文献ぶんけん

• 影山かげやま輝國てるくに『『論語ろんご』と孔子こうしの生涯しょうがい』中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ〈中公叢書ちゅうこうそうしょ〉、2016年ねん。ISBN 9784120048166。 NCID BB20993957。 
• 喬たかし秀しゅう岩がん『義よし疏學衰亡すいぼう史し論ろん』萬まん卷かん樓ろう圖書としょ〈經學けいがく研究けんきゅう叢書そうしょ・經學けいがく史し研究けんきゅう叢くさむら刊かん, 009〉、2013年ねん。ISBN 9789577398031。 NCID BB13206473。 
• 高尚こうしょう榘『論ろん語義ごぎ疏』中華ちゅうか書しょ局きょく〈中國ちゅうごく思想しそう史し資料しりょう叢くさむら刊かん〉、2013年ねん。ISBN 9787101092967。 
• 髙田宗むね平ひらめ『日本にっぽん古代こだい『論ろん語義ごぎ疏』受容じゅよう史しの研究けんきゅう』塙はなわ書房しょぼう、2015年ねん。ISBN 9784827312768。 NCID BB18631964。 
• 高橋たかはし均ひとし『論ろん語義ごぎ疏の研究けんきゅう』創そう文ぶん社しゃ〈東洋とうよう學がく叢書そうしょ〉、2013年ねん。ISBN 9784423192689。 NCID BB11696280。 
• 橋本はしもと秀美ひでみ『『論語ろんご』 : 心しんの鏡かがみ』岩波書店いわなみしょてん〈書物しょもつ誕生たんじょう : あたらしい古典こてん入門にゅうもん〉、2009年ねん。ISBN 9784000282949。 NCID BA9148065X。 

関連かんれん項目こうもく

• 論語ろんご
• 論語ろんごの注釈ちゅうしゃく
• 義ぎ疏
• 十じゅう三さん経けい注疏ちゅうそ

外部がいぶリンク

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