松平まつだいら忠敏ただとし

凡例はんれい松平まつだいら忠敏ただとし
時代じだい	江戸えど時代じだい後期こうき - 明治めいじ時代じだい
生誕せいたん	文政ぶんせい元年がんねん（1818年ねん）
死没しぼつ	明治めいじ15年ねん（1882年ねん）
改名かいめい	春之はるゆき丞すすむ（幼名ようみょう）→親おや年ねん→忠ちゅう年ねん→忠敏ただとし
別名べつめい	帯刀たいとう、源みなもと七郎しちろう（通称つうしょう）
戒名かいみょう	松まつ巌いわお院いん殿どの温ぬる誉ほまれ厚あつ賢けん忠敏ただとし大だい居士こじ
墓所はかしょ	東京とうきょう都と江東こうとう区くの正覚しょうがく院いん→台東たいとう区く谷中たになか霊園れいえん
官位かんい	従したがえ五ご位い下か主税しゅぜい助すけ、上総かずさ介かい
幕府ばくふ	江戸えど幕府ばくふ講こう武たけ所しょ剣術けんじゅつ教授きょうじゅ方かた、; 講こう武たけ所しょ剣術けんじゅつ師範しはん役やく並なみ、清水しみず小普請こぶしん支配しはい
主君しゅくん	徳川とくがわ家定いえさだ→家茂いえもち→慶喜よしのぶ
氏族しぞく	長沢ながさわ松平まつへい家か
父母ちちはは	父ちち：松平まつだいら親ちかし芳かおる、養父ようふ：松平まつだいら忠ただし道どう
兄弟きょうだい	忠道ちゅうどう、忠敏ただとし
子こ	養子ようし：忠徳ただのり
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松平まつだいら忠敏ただとし（まつだいらただとし）は、江戸えど時代じだい後期こうきの旗本はたもと。長沢ながさわ松平まつへい家か18代だい当主とうしゅ。通称つうしょうの主税しゅぜい助すけ（ちからのすけ）^{[注釈ちゅうしゃく 1]}、官かん名めいの上総かずさ介かいで知しられる。

生涯しょうがい

長沢ながさわ松平まつへい家かは、江戸えど時代じだい初期しょきに11代だい当主とうしゅの松平まつだいら忠ただし輝てるの不行跡ふぎょうせきおよび無む嗣子ししによって断絶だんぜつしていたが、忠ちゅう輝てるには娘むすめがおり、分家ぶんけの松平まつだいら直信なおのぶを婿むこに迎むかえて名跡みょうせきを継つがせた。ただし江戸えど幕府ばくふはこの継承けいしょうを認みとめず、長沢ながさわ松平まつへい家かとして認みとめられたのは享とおる保ほ4年ねん（1719年ねん）になってからであった。忠敏ただとしはこの長沢ながさわ松平まつへい家か16代だい当主とうしゅ・松平まつだいら親ちかし芳かおる（愛之助あいのすけ）の三男さんなんとして文政ぶんせい元年がんねん（1818年ねん）に三河みかわ国こく長沢ながそ村むら（現在げんざいの愛知あいち県けん豊川とよかわ市し）に誕生たんじょう。後のちに兄あに・忠道ちゅうどうの養子ようしとなって家督かとくを継ついだ^[1]。

講こう武たけ所しょ教授きょうじゅ方かた

幼少ようしょうより柳やなぎ剛つよし流りゅう剣術けんじゅつを直井なおい秀しげる堅けんに師事しじしたという（岡田おかだ寄よせ良りょうの門人もんじんともいわれるが、岡田おかだは文政ぶんせい9年ねん（1826年ねん）没ぼつなので無理むりがある）。『大だい日本にっぽん剣道けんどう史し』によれば伊庭いば秀しげる業ぎょうにも学まなんだというが、門人もんじんになったというほどではないらしい^[1]。後のちに自分じぶんの足跡あしあとについて記しるした『道みちのこと草くさ』によれば天保てんぽう13年ねん（1842年ねん）に江戸えどへ出でたという。

安政あんせい3年ねん（1856年ねん）、迫せまり来くる外国がいこく勢力せいりょくに脅威きょういを感かんじた幕府ばくふが、国防こくぼう策さくの一環いっかんとして武芸ぶげい訓練くんれん機関きかんとして講こう武たけ所しょを開設かいせつするにあたり、剣術けんじゅつ教授きょうじゅ方かたに任命にんめいされた^[2]。ただし忠敏ただとしは、講こう武たけ所しょは結局けっきょく個人こじんの武技ぶぎを鍛きたえるのみで、日本にっぽんの武士ぶしは砲術ほうじゅつ訓練くんれんなど団体だんたい行動こうどうの規律きりつを求もとめられる近代きんだい的てき軍隊ぐんたい訓練くんれんは向むかないとして、講こう武たけ所しょ自体じたいには否定ひてい的てきな見方みかたをしていた^[3]。

浪士ろうし組ぐみとの関かかわり

文久ぶんきゅう2年ねん12月9日にち（1863年ねん 1月がつ28日にち）、講こう武たけ所しょ剣術けんじゅつ教授きょうじゅ方かた兼任けんにんのまま、浪士ろうし取扱とりあつかいに任命にんめいされ、寄合よりあい席せきとなり300俵ひょうを給付きゅうふされる^[4]。翌よく文久ぶんきゅう3年ねん（1863年ねん）正月しょうがつ14日にちには剣術けんじゅつ師範しはん役やく並なみに昇進しょうしんし、諸しょ大夫たいふ（五ご位い）上総かずさ介かいに任にんぜられて80人にん扶持ふちとなった^[5]。この浪士ろうし取扱とりあつかいとは、庄内しょうない藩はんの郷士ごうし清河きよかわ八郎はちろうの献策けんさくにより、14代だい将軍しょうぐん・徳川とくがわ家茂いえもちの230年ねんぶりの上洛じょうらくに伴ともない、治安ちあんが乱みだれる京都きょうとの警備けいびを担当たんとうさせるために浪人ろうにんを集あつめて浪士ろうし組ぐみを結成けっせいしようとした企画きかくの責任せきにん者しゃである。しかし、何なんらかの理由りゆうにより同月どうげつ26日にちに浪士ろうし取扱とりあつかいを辞職じしょくし、鵜殿うどの長ちょう説せつ（鳩翁きゅうおう）に交代こうたいした。結局けっきょく、清河きよかわらの策略さくりゃくによりこの浪士ろうし組ぐみは京都きょうとで尊王そんのう攘夷じょういの先鋒せんぽうとなることを宣言せんげんして江戸えどへ帰還きかん（このときの脱退だったい者しゃが後のちに新選しんせん組ぐみとなる）。その後ご4月がつ13日にちに江戸えどで清河きよかわが幕臣ばくしんの佐々木ささき只三郎たださぶろうらに暗殺あんさつされると、翌よく4月がつ14日にち松平まつだいら忠敏ただとしは浪士ろうし取扱とりあつかいに復帰ふっきした^[2]。浪士ろうしたちは改あらためて新しん徴ちょう組ぐみとして組織そしきされることになり、同月どうげつ21日にち忠敏ただとしは新しん徴ちょう組ぐみ支配しはいを命めいじられる。しかしこれも同年どうねん11月がつ22日にちに辞任じにんした。

その後ご

翌よく元治もとはる元年がんねん（1864年ねん）9月がつ、幕府ばくふによって発はっせられた第だい一いち次じ長州ちょうしゅう征伐せいばつにおいて、征討せいとう総督そうとくに任にんぜられた前まえ尾張おわり藩はん主あるじ徳川とくがわ慶勝よしかつの手てに加くわわるため、講こう武たけ所しょの剣術けんじゅつ師範しはん役やく並なみを辞職じしょく。しかしこの時ときの長州ちょうしゅう征伐せいばつは参謀さんぼう西郷さいごう隆盛たかもりの交渉こうしょうと、長州ちょうしゅう藩はんの恭順きょうじゅんにより戦せんには至いたらなかった。大政奉還たいせいほうかん後ごの慶応けいおう4年ねん（1868年ねん）2月がつ4日にちには清水しみず小普請こぶしん支配しはい（2000石せき）を命めいじられたが、同月どうげつ16日にちには辞任じにんした^[2]。

また忠敏ただとしは和歌わかにも堪能かんのうであったといい、伊達だて千広ちひろの歌集かしゅう『随ずい縁えん集しゅう』の評者ひょうしゃの一人ひとりになっている。若わかい頃ころは平田ひらた篤胤あつたねにも学まなんだといい、また若わかき日ひの勝かつ海舟かいしゅうに和歌わかの手てほどきをしたのも忠敏ただとしだという^[2]。明治維新めいじいしん後こうは御歌所おうたどころの歌道かどう御用ごよう掛かけとなり、御歌所おうたどころ所長しょちょうの高崎たかさき正風まさかぜと諍いさかいになったとき、高崎たかさきを投なげ飛とばしたという。

明治めいじ15年ねん（1882年ねん）、死去しきょ。

創作そうさくにおける松平まつだいら忠敏ただとし

松平まつだいら忠敏ただとしは実際じっさいに剣けんを取とって闘たたかう剣豪けんごうタイプの人ひとというよりは官僚かんりょう的てきな旗本はたもとであり、後のちに新選しんせん組ぐみにつながる浪士ろうし組ぐみに関かかわった経歴けいれきがあるといっても、短期間たんきかんで辞任じにんしており、近藤こんどう勇いさむらとの接点せってんもほとんどない。しかし「柳やなぎ剛つよし流りゅうの使つかい手て」「講こう武たけ所しょの師範しはん役やく」「新選しんせん組ぐみの前身ぜんしんである浪士ろうし組ぐみの取締役とりしまりやく」という経歴けいれきから、後世こうせいには相当そうとうな腕うでの剣客けんかくとしての虚名きょめいが広ひろがるようになる。講こう武たけ所しょ自体じたい、継つぐ家いえのない旗本はたもとの次男じなん・三男さんなんなど柄えの良よくない連中れんちゅうが集つどい、講こう武たけ所しょ風ふうと呼よばれた刀かたなの拵こしらえや髷まげの形かたちなどの新奇しんき性せいが喧伝けんでんされたこともあり、その教授きょうじゅ方かた・師範しはん役やくであった主税しゅぜい助すけ（忠敏ただとし）も、破天荒はてんこうな剣豪けんごうとしてのイメージが増幅ぞうふくされていく。また、その過程かていで主税しゅぜい助すけが徳川とくがわ忠長ただながの忘わすれ形見がたみとされる松平まつだいら長七ちょうしち郎ろうの子孫しそんであるという誤伝ごでんも生しょうじた。

流ながれ泉いずみ小史しょうし（「剣豪けんごう」という語かたりの生うみの親おや）の書籍しょせき『幕末ばくまつ実説じっせつ剣豪けんごう秘ひ聞』で、若わかき日ひの松平まつだいら主税ちから助すけらが、江戸えどで心しん形がた刀がたな流りゅうの達人たつじんであった松浦まつうら静しず山さん（肥前ひぜん平戸ひらど藩はん主おも）に懲こらしめられて佩刀はかせを奪うばわれ、天保てんぽう9年ねん（1838年ねん）の義士ぎし祭さいで静しず山さんが刀かたなを返かえしたという逸話いつわを紹介しょうかいしているが、上記じょうきのように主税ちから助じょ本人ほんにんが天保てんぽう13年ねんに江戸えどに出でたと記しるしており、静しず山さんはその前年ぜんねんの天保てんぽう12年ねん（1841年ねん）に死去しきょしているのでこの話はなしはフィクションである。

大正たいしょう・昭和しょうわ期きの時代じだい小説しょうせつなどでは、松平まつだいら主税ちから助すけはまさに上記じょうきのイメージで扱あつかわれ、様々さまざまな作品さくひんに登場とうじょうする。大佛だいぶつ次郎じろうの小説しょうせつ『鞍馬あんば天狗てんぐ』シリーズの『御用ごよう盗ぬすめ異聞いぶん』では、主人公しゅじんこうで勤王きんのうの志士ししである鞍馬あんば天狗てんぐの宿敵しゅくてきとして佐幕さばく派はの剣客けんかく「松平まつだいら主税ちから之の介かい」が登場とうじょう^[6]。吉川よしかわ英治えいじの小説しょうせつ『貝殻かいがら一平いっぺい』（昭和しょうわ4年ねん（1929年ねん） - 昭和しょうわ5年ねん（1930年ねん）大阪おおさか朝日新聞あさひしんぶん連載れんさい）では「松平まつだいら主税ちから介かい」、司馬しば遼りょう太郎たろうの小説しょうせつ『奇妙きみょうなり八郎はちろう』（昭和しょうわ38年ねん（1963年ねん））では「松平まつだいら主税ちから助すけ」の名なで登場とうじょうし、いずれも松平まつだいら長七ちょうしち郎ろうの子孫しそんとされた。

新選しんせん組ぐみを題材だいざいにしたNHK 大河たいがドラマ『新選しんせん組ぐみ!』（平成へいせい16年ねん（2004年ねん））では「松平まつだいら主税ちから助すけ（のち上総かずさ介かい）」は、主人公しゅじんこうの近藤こんどう勇いさむの身分みぶんが低ひくいことを軽蔑けいべつしたり、浪士ろうし組ぐみの応募おうぼ数すうのあまりの多おおさに卒倒そっとうするふりをして辞任じにんし責任せきにんを逃のがれるなど、日和見ひよりみがちで俗物ぞくぶつ的てきな小役人こやくにんとして描えがかれた。