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現代げんだい思想しそう

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現代げんだい思想しそう(げんだいしそう)、あるいは、現代げんだい哲学てつがく(げんだいてつがく、えい: contemporary philosophy)とは、20世紀せいきなか以降いこうにあらわれた西洋せいよう哲学てつがく思想しそうのこと。おおきくえいべいけん分析ぶんせき哲学てつがくとドイツ・フランスけん大陸たいりく哲学てつがくけられる。

えいべいけんでは、論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎ分析ぶんせき哲学てつがく発展はってんし、これは日常にちじょう言語げんご学派がくは理想りそう言語げんご学派がくは人工じんこう言語げんご学派がくはとにかれた。ドイツでは、フッサール現象げんしょうがくディルタイ解釈かいしゃくがく、その2つを時間じかんろんうえ統合とうごうしようとこころみたマルティン・ハイデッガー現象げんしょうがくてき解釈かいしゃくがく基礎きそてき存在そんざいろんおおくの学問がくもん分野ぶんや影響えいきょうあたえた。

フランス現代げんだい思想しそうでは、ドイツ発祥はっしょう現象げんしょうがく承継しょうけいする過程かてい実存じつぞん主義しゅぎおこった。そのソシュールとする構造こうぞう主義しゅぎおこり、実存じつぞん主義しゅぎすたれていったが、さらにこれにたいする反動はんどうとしてポスト構造こうぞう主義しゅぎおこるというおおきなながれがある。このようなおおきなながれはやがて相互そうご影響えいきょうあたはじめる。

さらにドイツでは、ヘーゲルの弁証法べんしょうほう基礎きそに、マルクス主義まるくすしゅぎ哲学てつがく科学かがく統合とうごうし、非合理ひごうりてき社会しゃかいからの人間にんげん解放かいほう目指めざフランクフルト学派がくは批判ひはん理論りろんが、分析ぶんせき哲学てつがく実証じっしょう主義しゅぎであると批判ひはんして対立たいりつしていたが、戦後せんごいわゆる「実証じっしょう主義しゅぎ論争ろんそう」をて、えいべいけん分析ぶんせき哲学てつがく研究けんきゅう成果せいかれるながれができた。ぎゃくに、えいべいけんでも、大陸たいりく哲学てつがく研究けんきゅう成果せいかれ、ポストモダン潮流ちょうりゅうけたカルチュラル・スタディーズポストコロニアリズムなどのあらたな学問がくもんながれがでてきた。

現代げんだい思想しそう先駆せんくしゃたち[編集へんしゅう]

ニーチェ
マルクス
フロイト
画像がぞうひだりから)大陸たいりく哲学てつがく先駆せんくしゃとされるニーチェマルクスフロイトの3にん

19世紀せいき後半こうはんから20世紀せいき前半ぜんはんにかけてのすうにん哲学てつがくしゃ思想家しそうか現代げんだい思想しそうおおきな影響えいきょうあたえた人物じんぶつとして列挙れっきょされる。20世紀せいきなかえいべい哲学てつがくでは分析ぶんせき哲学てつがく支配しはいてきになるが、ヨーロッパでは、ゴットロープ・フレーゲバートランド・ラッセルルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインらを先駆せんくしゃとする論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎ運動うんどうはじまっていた。論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎれば、論理ろんりがく数学すうがく真理しんりトートロジーつねしんとなる論理ろんり命題めいだい)であり、科学かがく真理しんり実験じっけんてき検証けんしょうできる。倫理りんりがく美学びがく神学しんがく形而上学けいじじょうがくおよび存在そんざいろん主張しゅちょうふく主張しゅちょうはどれも意味いみがないとした(この理論りろん検証けんしょう理論りろんばれた)。アドルフ・ヒトラーナチスとう勃興ぼっこうにより、おおくの実証じっしょう主義しゅぎしゃドイツからイギリスやアメリカにのがれ、その年月としつきではアメリカにおける分析ぶんせき哲学てつがく支配しはい補強ほきょうすることになった。

大陸たいりく哲学てつがくでは、ニーチェマルクスフロイトの3めいがよく名前なまえがるが、には、フッサールソシュールなども重要じゅうようされる[注釈ちゅうしゃく 1]

分析ぶんせき哲学てつがく大陸たいりく哲学てつがく分岐ぶんき[編集へんしゅう]

カント
フレーゲ
フッサール
画像がぞうひだりから)カントフレーゲフッサール。この3にん分析ぶんせき哲学てつがく大陸たいりく哲学てつがく分岐ぶんきてんつくった。

サイモン・クリッチリーによれば、分析ぶんせき哲学てつがく大陸たいりく哲学てつがく分岐ぶんき地点ちてんふたつあるとされている。ひとつはイマヌエル・カント哲学てつがくたいするとおりの反応はんのう評価ひょうかであり、えいべい哲学てつがくは『純粋じゅんすい理性りせい批判ひはん』の成功せいこうした「認識にんしきろん」に、大陸たいりく哲学てつがくは『判断はんだんりょく批判ひはん』の「実践じっせん」にそれぞれつよ関心かんしんった。

もうひとつはフランツ・ブレンターノらの心理しんり主義しゅぎたいする二人ふたり哲学てつがくしゃことなった反応はんのうで、そのうちの一人ひとり大陸たいりく哲学てつがくのフッサールであり、もう一人ひとり分析ぶんせき哲学てつがくフレーゲである。この二人ふたりからそれぞれの哲学てつがくながれは分岐ぶんきし、ダメットはそれをフッサールを黒海こっかいそそドナウがわに、フレーゲを北海ほっかいそそラインがわたとえている。フッサールの影響えいきょう今日きょう大陸たいりく哲学てつがくのみならず、えいべい哲学てつがくにもひろおよんでいるが、フッサールは、数学すうがく論理ろんりがく基礎きそ生物せいぶつがくてき心理しんりがくてき過程かていもとめようとする心理しんり主義しゅぎこと意味いみ思想しそうまでも表象ひょうしょうととらえることにつよ反対はんたいしていたが、このてんはフレーゲも同様どうようであった。しかし、両者りょうしゃは、意味いみ思想しそうという論理ろんりてきなものと心理しんりてきなものを厳密げんみつ区別くべつするというてんにおいて共通きょうつうしていたが、フレーゲは、心理しんりてきなものから論理ろんりてきなものの領域りょういきまもるという関心かんしんから、言語げんご表現ひょうげん内包ないほう意味いみ)が外延がいえん指示しじ対象たいしょう)を決定けっていするとかんがえて現在げんざい分析ぶんせき哲学てつがく基礎きそつくった。これにたいし、フッサールは、心理しんりてきなものと論理ろんりてきなものがどのように相互そうご影響えいきょうあたえるのかという関心かんしんから、ノエシス / ノエマの関係かんけい解明かいめいかい、現象げんしょうがく創始そうしすることになったのである。

哲学てつがく専門せんもんしょく[編集へんしゅう]

フッサールとフレーゲは、ともに数学すうがく基礎きそろんという専門せんもんてき技術ぎじゅつてき議論ぎろんにかかわりながら、自己じこ思想しそう確立かくりつしていったのであるが、当時とうじは、アインシュタインの相対性理論そうたいせいりろん量子力学りょうしりきがくいちじるしい発達はったつ象徴しょうちょうされるように「科学かがく世紀せいき」とばれるほど科学かがく発達はったつした時代じだいであった。ドイツでは、教育きょういく研究けんきゅう一体化いったいかという革命かくめいてき発想はっそうしたがってベルリン大学だいがく創設そうせつされると、イギリス・フランスに近代きんだいおくれるドイツの産業さんぎょう形成けいせいささえ、歴史れきしがく社会しゃかいがく教育きょういくがく民俗みんぞくがくなどあらたな学問がくもん分野ぶんや次々つぎつぎしょうじ、数学すうがく物理ぶつりがく化学かがくなど既存きそん学問がくもん分野ぶんや急速きゅうそく発展はってんげ、今日きょう大学だいがく基本きほんてきしょ分野ぶんやがほぼその骨格こっかくあらわすことになった時代じだいでもあった。教養きょうようとしての学問がくもんから職業しょくぎょうとしての学問がくもんという転換てんかんたしたドイツの大学だいがくは、各国かっこくのモデルとなり、各国かっこく専門せんもんしょくとしての学者がくしゃ集団しゅうだんしょうじたのである。このような当時とうじ背景はいけい事情じじょうは、哲学てつがくにも当然とうぜんのことながらおおきな影響えいきょうあたえ、従来じゅうらい哲学てつがくいち分野ぶんやであった論理ろんりがく数学すうがく心理しんりがくなどなどが独立どくりつ学問がくもん分野ぶんやとして分離ぶんりしていっただけでなく、歴史れきしがく影響えいきょうけて、厳密げんみつ批判ひはん資料しりょうもちいて研究けんきゅうする哲学てつがく哲学てつがく主要しゅよういち分野ぶんやとされるようになると、たとえば、ヘーゲルのように、一生いっしょうをかけて自分じぶん哲学てつがく体系たいけい一人ひとり完成かんせいさせるというようなことは不可能ふかのういちじるしく困難こんなんになり、多数たすう学者がくしゃ共同きょうどうで、ヘーゲル全集ぜんしゅう発行はっこうするというように哲学てつがく専門せんもんしょくしていった。また、哲学てつがく当時とうじ科学かがく発展はってんともない、学際がくさいてきになり、科学かがく哲学てつがくなどあらたな哲学てつがく分野ぶんや発達はったつなどにおうじて、その内容ないよう専門せんもんてき技術ぎじゅつてきなものになっていったのである。このような傾向けいこうは、とくえいべい哲学てつがくにおける分析ぶんせき哲学てつがくにおいて顕著けんちょになり、この傾向けいこう徹底てっていさせた理想りそう言語げんご学派がくはんだ。

分析ぶんせき哲学てつがく[編集へんしゅう]

フレーゲ
ラッセル
ウィトゲンシュタイン
画像がぞうひだりから)フレーゲラッセルウィトゲンシュタイン。この3にん論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎ先駆せんくしゃとなり、ウィトゲンシュタインの前期ぜんき思想しそう後期こうき思想しそうたいする反応はんのう分析ぶんせき哲学てつがくふたつにかった。

20世紀せいき初頭しょとうゴットロープ・フレーゲバートランド・ラッセルによって記号きごうろん理学りがく成立せいりつすると、哲学てつがく専門せんもんしょくという時代じだい背景はいけいしたスコットランド常識じょうしき学派がくは成果せいかなど様々さまざま影響えいきょうけ、これを吸収きゅうしゅうしていった分析ぶんせき哲学てつがくのうち、前期ぜんきウィトゲンシュタインの『論理ろんり哲学てつがく論考ろんこう』の影響えいきょうけた潮流ちょうりゅう論理ろんりがくてき人工じんこう言語げんご重視じゅうしして論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎ運動うんどうおこし、人工じんこう言語げんご学派がくは(ideal language philosophy 理想りそう言語げんご学派がくは)を形成けいせいしたのであるが、これとはせい反対はんたい後期こうきウィトゲンシュタインの『哲学てつがく探究たんきゅう』の影響えいきょうけた潮流ちょうりゅう日常にちじょう言語げんご重視じゅうしして日常にちじょう言語げんご学派がくは形成けいせいした。

W・V・O・クワイン論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎしゃではなかったが、哲学てつがく知識ちしき明晰めいせきさを追求ついきゅう世界せかい理解りかいすることでは、科学かがくかたならべてくべきという見解けんかいおなじだった。クワインはその論文ろんぶん経験けいけん主義しゅぎの2つのドグマ(教義きょうぎ)』で論理ろんり実証じっしょう主義しゅぎしゃ知識ちしき分析ぶんせき総合そうごう区別くべつ批判ひはんし、正当せいとう整合せいごうせつである「信念しんねんクモくも」、ホーリズム提唱ていしょうした。クワインの認識にんしきろんでは、孤独こどく場合ばあい如何いかなる経験けいけんこらないので、あらゆる信念しんねんあるいは経験けいけん全体ぜんたいむすびつけられる知識ちしきたいして実際じっさい全体ぜんたいてきなアプローチがある、としている。クワインは翻訳ほんやく不完全性ふかんぜんせい理論りろん一部いちぶとして「ガヴァガイ」 (gavagai) という言葉ことばしたことでも有名ゆうめいである[1]

クワインのハーバード大学だいがくおしソール・クリプキは、分析ぶんせき哲学てつがく影響えいきょうおおきくけた。クリプキは、ブライアン・ライターおこなった調査ちょうさで、過去かこ200年間ねんかんもっと重要じゅうよう哲学てつがくしゃ10すぐるはいっていた[2]。クリプキは4つの哲学てつがく論文ろんぶんとくられている。すなわち、(1) 様相ようそうろん理学りがく関係かんけいろん理学りがくのためのクリプキ意味いみろんかれがまだ10代のあいだ開始かいししたいくつかの論文ろんぶん掲載けいさいされた)、(2) 1970ねんプリンストン大学ぷりんすとんだいがくおこなった講義こうぎ名指なざしと必要ひつようせい」(1972ねんと1980ねん出版しゅっぱん言語げんご哲学てつがくさい構築こうちくし「形而上学けいじじょうがく再度さいど尊敬そんけいできるものにした」)、(3) ウィトゲンシュタインの哲学てつがく解釈かいしゃく[3]、 (4) 真理しんりろん、である。また集合しゅうごうろんについても重要じゅうよう貢献こうけんたした。

クワインのハーバード大学だいがくでのもう1人ひとりおしデイヴィド・ケロッグ・ルイスは、ブライアン・ライターがおこなった調査ちょうさで、20世紀せいきもっと偉大いだい哲学てつがくしゃ一人ひとりはいっている[4]論議ろんぎんだ様相ようそう実在じつざいろん提案ていあんられており、具体ぐたいてき因果いんがてき孤立こりつした可能かのう世界せかい無限むげんにあり、そのなかひとつが我々われわれ世界せかいだと主張しゅちょうしている[5]。これら可能かのう世界せかい様相ようそうろん理学りがく分野ぶんやてくる。

トーマス・クーン科学かがく科学かがく哲学てつがく分野ぶんや広範こうはん業績ぎょうせきのこした重要じゅうよう哲学てつがくしゃかつ著作ちょさくだった。その有名ゆうめい著作ちょさく科学かがく革命かくめい構造こうぞう』は学術がくじゅつ文献ぶんけん引用いんようされることがおおい。クーンはこのなかで、科学かがくしゃあらたにくべきパズルを見付みつけるのでことなる「パラダイム」(理論りろんてき枠組わくぐみ)をとおって前進ぜんしんし、問題もんだいたいするかい見付みつけるための苦闘くとうひろがると世界せかいかんにシフトがこるとし、これを「パラダイム・シフト」と名付なづけた[6]。その功績こうせき知識ちしき社会しゃかいがくにおけるマイルストーンかんがえられている。

大陸たいりく哲学てつがく[編集へんしゅう]

西欧せいおうマルクス主義まるくすしゅぎ[編集へんしゅう]

ひだりからじゅんに)ホルクハイマーアドルノ背後はいごハーバーマス

だい世界せかい大戦たいせん以後いご世界せかいは、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく中心ちゅうしんとする西側にしがわ世界せかいと、ソビエト連邦れんぽう共和きょうわこく中心ちゅうしんとする東側ひがしがわ世界せかい対立たいりつする冷戦れいせん時代じだいはいっていった。このことは、西にしドイツとひがしドイツに分裂ぶんれつ余儀よぎなくされたドイツの思想しそうかい決定的けっていてき影響えいきょうあたえた。西欧せいおうマルクス主義まるくすしゅぎしゃは、ソ連それんがたマルクス主義まるくすしゅぎマルクス・レーニン主義しゅぎ、その後継こうけいとしてのスターリン主義しゅぎ)にたいして、異論いろん批判ひはんてき立場たちばものすくなくなかったが、最初さいしょ西欧せいおうがたマルクス主義まるくすしゅぎ提示ていじしたのは哲学てつがくものルカーチだった。ドイツのフランクフルト学派がくはばれるマルクス主義まるくすしゅぎしゃたちは、アドルノホルクハイマー筆頭ひっとうに、ソ連それんがたマルクス主義まるくすしゅぎのみならず、西洋せいよう文明ぶんめいにおける伝統でんとうてき理論りろん批判ひはんし、かかる理論りろんした全体ぜんたい主義しゅぎ批判ひはんする「批判ひはん理論りろん」とばれるあたらしいマルクス主義まるくすしゅぎ展開てんかいした。これは、ヘーゲルの弁証法べんしょうほう基礎きそに、マルクス主義まるくすしゅぎ哲学てつがく科学かがく統合とうごうし、非合理ひごうりてき社会しゃかいからの人間にんげん解放かいほう目指めざすというものであり、フロイトの精神せいしん分析ぶんせき応用おうようする。批判ひはん理論りろんは、まず、デカルトてき主観しゅかん客観きゃっかんこう対立たいりつ前提ぜんていとしている伝統でんとうてき理論りろん批判ひはんする。このような対立たいりつ図式ずしき支配しはいされる客体かくたいとしての自然しぜん分析ぶんせきして観念かんねんする。そのため、学問がくもん分析ぶんせきされる対象たいしょうごとに分断ぶんだんされ、専門せんもん技術ぎじゅつしていくが、しょ学問がくもんは、人間にんげん解放かいほう目指めざすという目的もくてきのため統合とうごうされなければならないのである。また、伝統でんとう理論りろん世界せかい支配しはいされる客体かくたいとして自然しぜん総体そうたいとみるため、現状げんじょう追認ついにんのためのイデオロギーとして機能きのうする。ゆえに、世界せかいは、マルクス主義まるくすしゅぎてき観点かんてんから、具体ぐたいてき自然しぜんたいして労働ろうどうくわえてつくられたところの歴史れきしてき社会しゃかいてきなものの総体そうたいとして把握はあくされなければならない。さらに、批判ひはん理論りろんマルクス主義まるくすしゅぎ批判ひはんする。魔術まじゅつからの解放かいほう合理ごうり目指めざした近代きんだいてき啓蒙けいもう弁証法べんしょうほう起源きげんは、マルクスが主張しゅちょうしたような階級かいきゅう対立たいりつではなく、人間にんげん自然しぜんとの生存せいぞんけた闘争とうそうである。したがって、伝統でんとうてき理論りろん信頼しんらいしてきた理性りせいなま従属じゅうぞくする道具どうぐてきなものにすぎない。ゆえに、近代きんだいてき理性りせい伝統でんとう社会しゃかい全体ぜんたい主義しゅぎみちびいたしん犯人はんにんなのであるとする。

実存じつぞん主義しゅぎ[編集へんしゅう]

サルトル[編集へんしゅう]

サルトル

フランス実存じつぞん主義しゅぎサルトルは、主著しゅちょ存在そんざい現象げんしょうがくてき存在そんざいろんこころ』(1943ねん)において、いままさにきている自分じぶん自身じしん存在そんざいである実存じつぞん中心ちゅうしんとする存在そんざいろん展開てんかいした。サルトルの思想しそうは、とくかみろんてき実存じつぞん主義しゅぎばれ、自身じしん講演こうえん実存じつぞん主義しゅぎはヒューマニズムであるか」において、プラトン・アリストテレスに起源きげんゆうする「本質ほんしつ存在そんざい事実じじつ存在そんざい先立さきだつ」という伝統でんとうてき形而上学けいじじょうがくのテーゼを逆転ぎゃくてんして実存じつぞん本質ほんしつ先立さきだ主張しゅちょうし、人間にんげん自由じゆうというけいしょせられている」べた。もし、すべてがであり、そのから一切いっさい万物ばんぶつ創造そうぞうしたかみ存在そんざいするならば、かみかみ自身じしん創造そうぞうするものがなにであるかを、あらかじめわきまえているはずである。ならば、あらゆるものは現実げんじつ存在そんざいするまえに、かみによってせんだって本質ほんしつ決定けっていされているということになる。この場合ばあいは、創造そうぞうぬしであるかみ存在そんざいすることが前提ぜんていになっているので、「本質ほんしつ存在そんざい先立さきだつ」ことになる。しかし、サルトルはそのような一切いっさい創造そうぞうするかみがいないのだとしたらどうなるのか、とう。創造そうぞうかみ存在そんざいしないというならば、あらゆるものはその本質ほんしつを(かみに)決定けっていされることがないまま、現実げんじつ存在そんざいしてしまうことになる。この場合ばあいは、「実存じつぞん本質ほんしつ先立さきだつ」ことになり、これが人間にんげんかれている根本こんぽんてき状況じょうきょうなのだとサルトルは主張しゅちょうするのである。サルトルにとって、現象げんしょうがくによって把握はあくされるそく自存じそんざいたい自存じそんざい唐突とうとつ根拠こんきょ関係かんけいは、即時そくじ存在そんざい幻影げんえいてき存在そんざい根拠こんきょになっている。いずれにせよ、そこでは現象げんしょうがく還元かんげんない存在そんざいとしての実存じつぞん問題もんだいにされている。

メルロ=ポンティ[編集へんしゅう]

メルロ=ポンティは、後期こうきフッサールの生活せいかつ世界せかい焦点しょうてんてて、これをえようとした。かれは、『知覚ちかく現象げんしょうがく』(1945ねん)において、知覚ちかく身体しんたい中心ちゅうしんえて幻影げんえい現象げんしょう分析ぶんせきし、自然しぜん主義しゅぎ観念論かんねんろん批判ひはんする。その前提ぜんていとなる、デカルトてきなコギトにとって「わたし身体しんたい」は世界せかい対象たいしょうひとつであり、かりに、そのような前提ぜんていただしいとすれば、わたし意識いしきが、客観きゃっかんてきにないあしかゆみをかんじることはないはずである。かれは、デカルトてき伝統でんとうぐサルトルのようにたい自主じしゅたいそく客体かくたい明確めいかく二分にぶんすることにあやまりがあり、両者りょうしゃ不可分ふかぶん融合ゆうごうてき統一とういつのうちにとらえられるべきであると主張しゅちょうする。主体しゅたいでも客体かくたいでもあると同時どうじ主体しゅたいでも客体かくたいでもないきれひらき中心ちゅうしんである両義りょうぎてき存在そんざい、それが身体しんたいである。生理せいりてき反射はんしゃでさえ、きた身体しんたい環境かんきょうたいしてゆうする全体ぜんたいてき態度たいど意味いみ把握はあくともなうし、その全体ぜんたいせいけっしてわたし反省はんせいてき意識いしき還元かんげんくされることはない。わたし世界せかいあいだ身体しんたいによる関係かんけいは、全体ぜんたいてき構造こうぞうであるばかりでなく、時間じかんてき発展はってんする構造こうぞうでもある。かれにとってそく存在そんざいたい自存じそんざい対立たいりつは、以上いじょうのような構造こうぞうゆうする、より一層いっそうふか媒介ばいかい所産しょさんなのである。このようなメルロ=ポンティの身体しんたいろんはフロイトと容易よういむすびつく。このような構造こうぞうかんする理論りろん身体しんたいろん適用てきようされるだけでなく、これをえて社会しゃかい個人こじん関係かんけい拡張かくちょうされるまではそれほどの時間じかんようしなかったのである。

構造こうぞう主義しゅぎ[編集へんしゅう]

ソシュール
レヴィ=ストロース
画像がぞうひだり構造こうぞう主義しゅぎ先駆せんくしゃとされるソシュール、(画像がぞうみぎ構造こうぞう主義しゅぎしゃ提唱ていしょうしゃレヴィ=ストロース

存在そんざい』によって、一躍いちやく時代じだい寵児ちょうじとなったサルトルは、その、『弁証法べんしょうほうてき理性りせい批判ひはん』(1960ねん)において、実存じつぞん主義しゅぎマルクス主義まるくすしゅぎ内部ないぶ包摂ほうせつすることによって、史的してき唯物ゆいぶつろんさい構成こうせいし、ヘーゲル-マルクスてき歴史れきし主義しゅぎとデカルト-フッサールてき人間にんげん主義しゅぎとの統合とうごう主張しゅちょうするようになったが、その、サルトルとクロード・レヴィ=ストロース論争ろんそうをきっかけに、マルクスの上部じょうぶ構造こうぞう / 下部かぶ構造こうぞう生産せいさんりょく / 生産せいさん関係かんけいといった構造こうぞうてきしょ概念がいねん実体じったいされていること、また、デカルト-フッサールてき近代きんだいてき主体しゅたい思想しそう前提ぜんていとして実体じったいしていることを批判ひはんし、構造こうぞう主義しゅぎ台頭たいとうするようになった。

ポスト構造こうぞう主義しゅぎ・ポストモダニズム[編集へんしゅう]

リオタール

1966ねんストラスブール大学だいがくはしはっした学生がくせい運動うんどうはフランス全土ぜんど拡大かくだいし、いわゆる五月ごがつ革命かくめいがおこると、あろうことか本来ほんらい労働ろうどうしゃがわにあるはずのフランス共産党きょうさんとう (PCF) がストライキをさえみ、当時とうじ左翼さよく文化ぶんかじんもこれを支持しじし、マルクス主義まるくすしゅぎへの民衆みんしゅう幻滅げんめつ後押あとおし、マルクス主義まるくすしゅぎくずおれとも近代きんだいてき主体しゅたいという概念がいねん前提ぜんていに、積極せっきょくてき政治せいじ参加さんか肯定こうていしたサルトルの実存じつぞん主義しゅぎ運命うんめいともにすることとなった。五月ごがつ革命かくめい結果けっかは、左翼さよく勢力せいりょく民衆みんしゅう支持しじうしない、保守ほしゅ勢力せいりょくによる安定あんていてき政治せいじ・ハイテクを背景はいけいにした大量たいりょう消費しょうひ社会しゃかい実現じつげん準備じゅんびしたのである。

そして、実存じつぞん主義しゅぎマルクス主義まるくすしゅぎ批判ひはんしてきた構造こうぞう主義しゅぎにも批判ひはんしょうはじめる。構造こうぞう主義しゅぎは、主体しゅたいたる人間にんげん無意識むいしきてき普遍ふへんてき構造こうぞう規定きていされていると主張しゅちょうし、現象げんしょう背後はいごにある構造こうぞう分析ぶんせきすることによって、あるシステムの内的ないてき文法ぶんぽうをとりだすことができ、かくシステムはそれにしたがって作用さようする。そこでは、あらゆるものが予想よそう可能かのうになり、偶然ぐうぜんせい創造そうぞうせいといったものが排除はいじょされてしまうのである。

いわゆるポスト構造こうぞう主義しゅぎ論者ろんしゃとされるしゃたちは、構造こうぞう主義しゅぎのもつ、構造こうぞう静的せいてき普遍ふへんてきなものとし、差異さい排除はいじょする傾向けいこうたいして、それは西洋せいよう中心ちゅうしんロゴス中心ちゅうしん主義しゅぎであるとして異議いぎもうてたのである。デリダによると人間にんげん言葉ことばロゴス)によって世界せかいすべてを構造こうぞうできるという発想はっそう自体じたい実存じつぞん主義しゅぎマルクス主義まるくすしゅぎ同様どうよう西欧せいおう形而上学けいじじょうがくからせておらず、構造こうぞう主義しゅぎによって形而上学けいじじょうがく解体かいたいしようというこころみもまた形而上学けいじじょうがくにすぎないと批判ひはんし、だつ構築こうちくによる階層かいそうてきこう対立たいりつ批評ひひょうする。ミシェル・フーコーは、当初とうしょ構造こうぞう主義しゅぎしゃとみられていたが、権力けんりょく構造こうぞうあばくことにより、西欧せいおうてき理性りせい絶対ぜったいてき真理しんり否定ひていしていることから、ポスト構造こうぞう主義しゅぎしゃとみられるようになった。

そのような状況じょうきょうにおいて、リオタールは、『ポストモダンの条件じょうけん』(1979ねん)をあらわしたが、かれによれば、「ポストモダンとはおおきな物語ものがたり終焉しゅうえん」なのであった。「ヘーゲルてきイデオロギー闘争とうそう歴史れきしわる」とったコジェーヴつよ影響えいきょうけたかんがかたである。まさにマルクス主義まるくすしゅぎのような壮大そうだいなイデオロギーの体系たいけいおおきな物語ものがたり)はわり、高度こうど情報じょうほう社会しゃかいにおいてはメディアによる記号きごう象徴しょうちょう大量たいりょう消費しょうひおこなわれる、とされた。このかんがかた沿えば、“ポストモダン”とは、民主みんしゅ主義しゅぎ科学かがく技術ぎじゅつ発達はったつによるひとつの帰結きけつえる、ということだった。

このような文脈ぶんみゃくにおけるおおきな物語ものがたり近代きんだい=モダンに特有とくゆうの、あるいはすくなくともそこにおいて顕著けんちょなものとなったものとして批判ひはんてき俎上そじょうげられたものとしては、自立じりつてき理性りせいてき主体しゅたいという理念りねん整合せいごうてき網羅もうらてき体系たいけいせい、その等質とうしつてき還元かんげん主義しゅぎてき要素ようそ道具どうぐてき理性りせいによる世界せかい抽象ちゅうしょうてき客体かくたい中心ちゅうしん周縁しゅうえんといったいちめんてき階層かいそうなど、合理ごうりてきでヒエラルキーてき思考しこう態度たいどたいする再考さいこう中心ちゅうしんとしつつも、重点じゅうてん論者ろんしゃによってさまざまであった。したがって、ポスト・モダニズムの内容ないよう論者ろんしゃ文脈ぶんみゃくによってそうとうことなり、明確めいかく定義ていぎはないといってよいが、それは近代きんだいてき主体しゅたい可能かのうとした理性りせい、ロゴスといった西洋せいよう伝統でんとうてき概念がいねんたいする異議いぎふくむ、懐疑かいぎ主義しゅぎてきはん基礎きそづけ主義しゅぎてき思想しそうないし政治せいじてき運動うんどうというおおまかな特徴とくちょうをもつということができる。その意味いみたんなる学説がくせつ思想しそうではなく、より実践じっせんてき意図いとをも包含ほうがんするムーブメントといえるのである。それは左翼さよくなき社会しゃかい大量たいりょう消費しょうひ社会しゃかいにおいて、自由じゆう享楽きょうらく享受きょうじゅしながらも、はん権力けんりょくはん権威けんいであるつづけるためのわりない逃走とうそうなのである。

冷戦れいせんわりと思想しそう大衆たいしゅう[編集へんしゅう]

冷戦れいせんわり、1991ねんソ連それん解体かいたいすると、「おおきな物語ものがたり」であったマルクス主義まるくすしゅぎ物語ものがたりとしてだけではなく、現実げんじつ終焉しゅうえんげたかのようにえた。のこったのは、高度こうど資本しほん主義しゅぎ社会しゃかいにおいて、大量たいりょう消費しょうひつづける社会しゃかいであり、無数むすうの「ちいさな物語ものがたり」であった。そこでは、専門せんもんによって高度こうど技術ぎじゅつてきなものになった哲学てつがく大衆たいしゅうによって商品しょうひんとして消費しょうひされるようにいたったのである。ほぼ時期じきおなじくしてポスト構造こうぞう主義しゅぎ・ポストモダニズムは急激きゅうげき衰退すいたいしていった。

カルチュラル・スタディーズとポストコロニアリズム[編集へんしゅう]

1980年代ねんだいカルチュラル・スタディーズポストコロニアリズムという2つの思想しそう潮流ちょうりゅうがほぼどう時期じき発生はっせいし、相互そうご影響えいきょうあたえつつ発展はってんしていった。カルチュラル・スタディーズは、リチャード・ホガードが初代しょだい所長しょちょうとなったバーミンガム大学だいがく現代げんだい文化ぶんか研究けんきゅうセンター (CCCS: Centre for Contemporary Cultural Studies) を起源きげんひとつとし、スチュアート・ホールディック・ヘブディジポール・ギルロイらの活動かつどうによって発展はってんし、各国かっこくひろまっていっていった。ホガードは、大学だいがく卒業そつぎょうしばらくのあいだアダルト・エディケーション(日本にっぽんでいうところの夜間やかん学校がっこうるいするもの)で教鞭きょうべんをとっていたことがあるが、このことに象徴しょうちょうされるように、カルチュラル・スタディーズの面々めんめんは、英国えいこく高等こうとう教育きょういく大衆たいしゅう文化ぶんか関係かんけい直面ちょくめんし、その問題もんだい分析ぶんせきにあたった。そのため文芸ぶんげい批評ひひょう分析ぶんせき対象たいしょうとするだけでなく、そのなかでも、いわゆる高級こうきゅう文化ぶんかのみならずサブカルチャー大衆たいしゅう文化ぶんか)をもがかりにするてん特徴とくちょうがある。大衆たいしゅう文化ぶんかはなせないメディアろん駆使くしし、比較ひかく文学ぶんがく文化ぶんか人類じんるいがく社会しゃかいがく政治せいじがくむすびつきながら展開てんかいしていった。

ポストコロニアリズムは、エドワード・サイードあらわした『オリエンタリズム』(1978ねん)を嚆矢こうしとする。サイードは、ミシェル・フーコー影響えいきょうけつつ、だい世界せかい大戦たいせん植民しょくみんだった地域ちいき次々つぎつぎ独立どくりつたしていき、また、戦後せんご人文じんぶんがく研究けんきゅう中心ちゅうしんとなったアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくで、おおくのマイノリティーのせい三世さんぜ大学だいがく学位がくいをとるようになった時代じだい背景はいけいに、西洋せいよう中心ちゅうしん主義しゅぎてき言説げんせつによっていかにオリエント(ほんちょ問題もんだいとされているのは東洋とうようではなく中東ちゅうとうアラブ)が構築こうちくされ、それがいかに権力けんりょくむすびついているのかを分析ぶんせきしたのである。ポスト構造こうぞう主義しゅぎ、ポストモダニズムの影響えいきょうした文化ぶんか人類じんるいがく社会しゃかいがく歴史れきしがく文学ぶんがくむすびつきながら展開てんかいし、マハトマ・ガンジー魯迅ろじんなどの西洋せいよう思想しそうひかりてようとしたのである。

現代げんだいリベラリズム[編集へんしゅう]

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく設立せつりつされた当時とうじ社会しゃかい政治せいじへの関心かんしんがアメリカの哲学てつがく支配しはいしていたが、分析ぶんせき哲学てつがくしゃたち認識にんしきろんてき問題もんだい言語げんご科学かがくかんする問題もんだい概念がいねんおもあつかっていたため、アメリカの哲学てつがくにおいて1970年代ねんだいまであまり社会しゃかい政治せいじといった「実践じっせん」の問題もんだいには十分じゅうぶん関心かんしんはらわれていなかったが、冷戦れいせんわりとほぼ時期じきおなじくして政治せいじ社会しゃかいたいする関心かんしん回帰かいきする潮流ちょうりゅうまれる。

1971ねんジョン・ロールズはその著書ちょしょ正義せいぎろん』を出版しゅっぱんした。このほんでは社会しゃかい契約けいやくろんいち形態けいたいもとづくロールズの「公正こうせいさとしての正義せいぎかん披瀝ひれきした。ロールズはかれ概念がいねん原点げんてん説明せつめいするために「無知むちのベール」と概念がいねん機構きこう利用りよう提案ていあんした[7]。ロールズの哲学てつがくでは、原初げんしょ状態じょうたいトマス・ホッブズ自然しぜん状態じょうたいたいする相互そうご関係かんけいである。この原初げんしょ状態じょうたいでは、ひと無知むちのベールのかげにあるとわれ、それはひとそれぞれの性格せいかく気付きづかず、人種じんしゅ宗教しゅうきょうとみなどの社会しゃかいにおける位置いち気付きづかせないようにしている。公正こうせい原則げんそくはこの原初げんしょ状態じょうたいにあるあいだ分別ふんべつのあるひとによってえらばれる。公正こうせいの2つの原則げんそく平等びょうどう自由じゆう原則げんそく社会しゃかいおよび経済けいざいてき不平等ふびょうどう分布ぶんぷ支配しはいする原則げんそくである。ここからロールズは格差かくさ原理げんりしたが配分はいぶん公正こうせい仕組しくみをろんじ、社会しゃかいおよび経済けいざいてき不平等ふびょうどうすべては最小さいしょう利点りてんのある最大さいだい恩恵おんけいであらねばならないとっている[8]

自由じゆう意志いしろんしゃロバート・ノージックはロールズのかんがえを政府せいふによる過度かど統治とうち権利けんり侵害しんがい促進そくしんしているとなし、1974ねんに『アナーキー・国家こっか・ユートピア』を出版しゅっぱんした。このほんでは、最小さいしょう国家こっかろんじ、個人こじん自由じゆう防衛ぼうえいしている。政府せいふ役割やくわり警察けいさつ保護ほご国家こっか防衛ぼうえいおよび裁判所さいばんしょ管理かんり限定げんていし、現代げんだい政府せいふによって通常つうじょうおこなわれているほか任務にんむ、すなわち教育きょういく社会しゃかい保障ほしょう福祉ふくし等々とうとうは、宗教しゅうきょう団体だんたい慈善じぜん団体だんたいなど自由じゆう市場いちば運営うんえいされる民間みんかん組織そしきってわられるべきだと主張しゅちょうしている[9]。ノージックはその見解けんかい公正こうせいさの授権理論りろん主張しゅちょうし、もし社会しゃかいだれもが獲得かくとく移行いこうおよび調整ちょうせい原則げんそくしたがってその所有しょゆうぶつ獲得かくとくするならば、その配分はいぶん如何いか不公平ふこうへいであろうともけのパターンは公正こうせいであるとしている。公正こうせいさの授権理論りろんは「分配ぶんぱい公正こうせいさが実際じっさいにある歴史れきしてき状況じょうきょうによって決定けっていされるが(終局しゅうきょく状態じょうたい理論りろん反対はんたい)、もっと一生懸命いっしょうけんめいはたらいたものあるいはもっとまえあたいするもの一番いちばんまえられることを保証ほしょうする如何いかなるパターンとも関係かんけいたない」と主張しゅちょうしている[10]

アラスデア・マッキンタイアはイギリスでまれ教育きょういくけたが、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくに40年間ねんかんほど生活せいかつばたらいた。マッキンタイアは古代こだいギリシアにおいて提唱ていしょうされた道徳どうとくろんであるとく倫理りんりがくかんする関心かんしん再生さいせいさせた功績こうせきのある[11][12]卓越たくえつしたトマス・アクィナス主義しゅぎ政治せいじ哲学てつがくしゃかんがえられている。「現代げんだい哲学てつがく現代げんだい生活せいかつ理路りろ整然せいぜんとした道徳どうとくほう欠如けつじょによって特徴付とくちょうづけられ、この世界せかい大半たいはん個人こじんはその人生じんせい意味いみある目的もくてきかんく、純粋じゅんすい社会しゃかいけている」と主張しゅちょうしている[13]。マッキンタイアはこのような状態じょうたいただすための適切てきせつ方法ほうほう個人こじん適切てきせつ美徳びとく獲得かくとくできる純粋じゅんすい政治せいじてき社会しゃかいもどることであるとかんがえている。

学術がくじゅつてき哲学てつがくとはべつに、政治せいじ社会しゃかい関心かんしん公民こうみんけん運動うんどうマーティン・ルーサー・キング・ジュニア著作ちょさく中心ちゅうしんてき話題わだいになった。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ ぬき成人せいじんはニーチェ、マルクス、フロイトの3にんを「現代げんだい思想しそうさんすべりょうぬき成人せいじん図解ずかい雑学ざつがく 哲学てつがくナツメしゃ、2001ねん8がつ30にち、pp.126-127)」として紹介しょうかいしており、湯浅ゆあさたけしおとこ(『面白おもしろいほどよくわかる現代げんだい思想しそうのすべて―人間にんげんの“”の可能かのうせい構想こうそうりょくさぐる』日本文芸社にほんぶんげいしゃ、2003ねん1がつISBN 978-4537251319)もおなじ3にん影響えいきょう重要じゅうようしている。今村いまむら仁司ひとし三島みしま憲一けんいち鷲田わしだ清一せいいち野家のや啓一けいいち矢代やしろあずさらの共著きょうちょ(『現代げんだい思想しそう源流げんりゅう講談社こうだんしゃ、2003ねん6がつ11にちISBN 978-4062743518)ではニーチェ、マルクス、フロイト、フッサールの4にんげられている。しょうばん修平しゅうへい現代げんだい思想しそうあつかううえで前置まえおきとしてニーチェ、フロイト、ソシュールについてべている(小坂こさか修平しゅうへい図解ずかい雑学ざつがく 現代げんだい思想しそう』ナツメしゃ、2004ねん4がつ7にちISBN 4-8163-3682-6)。

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ "UNDERSTANDING QUINE'S THESES OF INDETERMINACY" by Nick Bostrom Retrieved September 7, 2009
  2. ^ Brian Leiter, "The last poll about philosophers for awhile--I promise!" [1] (March 7, 2009) and "So who *is* the most important philosopher of the past 200 years?" [2] (March 11, 2009), Leiter Reports: A Philosophy Blog.
  3. ^ 1982. Wittgenstein on Rules and Private Language: an Elementary Exposition. Cambridge, Mass.: Harvard University Press. ISBN 0-674-95401-7. Sets out his interpretation of Wittgenstein aka Kripkenstein.
  4. ^ "Let's Settle This Once and For All: Who Really Was the Greatest Philosopher of the 20th-Century?" Retrieved on July 29, 2009
  5. ^ "David K. Lewis" - Princeton University Department of Philosophy Retrieved on September 7, 2009
  6. ^ "Thomas Kuhn" at the SEP Retrieved on September 7, 2009
  7. ^ "Philosophy: John Rawls vs. Robert Nozick" Retrieved September 7, 2009
  8. ^ "Distributive Justice" at SEP Retrieved December 18, 2009
  9. ^ "Robert Nozick (1938-2002)" at the Internet Encyclopedia of Philosophy Retrieved September 7, 2009
  10. ^ "Robert Nozick" at IEP Retrieved January 5, 2010
  11. ^ "The Virtues of Alasdair MacIntyre"Retrieved on September 7, 2009
  12. ^ "Virtue Ethics" at SEP Retrieved on September 7, 2009
  13. ^ "Political Philosophy of Alasdair MacIntyre" at IEP.com Retrieved December 22, 2009

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • H・グロックナー『ヨーロッパの哲学てつがく その史的してき考察こうさつ上中かみなか井上いのうえ昌一しょういちやく早稲田大学わせだだいがく出版しゅっぱん、1965ねん - 1968ねん、ASIN: B000JAC6AI、: B000JA9ASE、: B000JA54ZM
  • 現代げんだい思想しそう現代げんだい思想しそうの109にん青土おうづちしゃ、1978ねん
  • 今村いまむら仁司ひとし三島みしま憲一けんいち鷲田わしだ清一せいいち野家のや啓一けいいち矢代やしろあずさ現代げんだい思想しそう源流げんりゅう講談社こうだんしゃ、2003ねん6がつ11にちISBN 4062743515
  • なかただし昌樹まさき清家きよいえ竜介りゅうすけ北田きただあきらだい藤本ふじもとはじめいさむ毛利もうり嘉孝よしたか現代げんだい思想しそう入門にゅうもん―グローバル時代じだいの「思想しそう地図ちず」はこうなっている!』PHP研究所けんきゅうじょ、2007ねん
  • サイモン・クリッチリー『ヨーロッパ大陸たいりく哲学てつがく佐藤さとうとおるわけ野家のや啓一けいいち解説かいせつ岩波書店いわなみしょてん、2004ねん ISBN 4000268724

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]