アルフレッド・ヒッチコック

サー・アルフレッド・ジョゼフ・ヒッチコック（英えい: Sir Alfred Joseph Hitchcock, KBE、1899年ねん8月がつ13日にち - 1980年ねん4月がつ29日にち）は、イギリスの映画えいが製作せいさく者しゃである。映画えいが史し上うえ最もっとも影響えいきょう力りょくのある映画えいが監督かんとくのひとりと見みなされており、イギリスとアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくでの60年ねんにわたるキャリアの中なかで50本ほん以上いじょうの長編ちょうへん映画えいがを監督かんとくした。ほとんどの作品さくひんがサスペンス映画えいがやスリラー映画えいがであり、革新かくしん的てきな映画えいが技法ぎほうや独自どくじの作風さくふうを使用しようし、「サスペンスの巨匠きょしょう」や「スリラーの神様かみさま」と呼よばれた。ほとんどの監督かんとく作品さくひんに小ちいさな役やくでカメオ出演しゅつえんしたことや、テレビ番組ばんぐみ『ヒッチコック劇場げきじょう』（1955年ねん - 1965年ねん）のホスト役やくを務つとめたことでも広ひろく知しられている。

アルフレッド・ヒッチコック Alfred Hitchcock
アルフレッド・ヒッチコック（1955年ねん）
本名ほんみょう	アルフレッド・ジョゼフ・ヒッチコック （英えい: Alfred Joseph Hitchcock）
生年月日せいねんがっぴ	(1899-08-13) 1899年ねん8月がつ13日にち
没ぼつ年月日ねんがっぴ	(1980-04-29) 1980年ねん4月がつ29日にち（80歳さい没ぼつ）
出生しゅっしょう地ち	イングランド エセックス（現在げんざいのウォルサム・フォレスト・ロンドン自治じち区く）、レイトンストーン
死没しぼつ地ち	アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく カリフォルニア州しゅうロサンゼルス、ベルエア
国籍こくせき	イギリス アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく（1955年ねん - ）
職業しょくぎょう	映画えいが監督かんとく、映画えいがプロデューサー、脚本きゃくほん家か
ジャンル	映画えいが、テレビドラマ
活動かつどう期間きかん	1919年ねん - 1979年ねん
配偶はいぐう者しゃ	アルマ・レヴィル（1926年ねん結婚けっこん）
著名ちょめいな家族かぞく	長女ちょうじょ：パトリシア・ヒッチコック（女優じょゆう）
公式こうしきサイト	alfredhitchcock.com
主おもな作品さくひん
『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』（1934年ねん） 『三さん十じゅう九きゅう夜や』（1935年ねん） 『バルカン超ちょう特急とっきゅう』（1938年ねん） 『レベッカ』（1940年ねん） 『海外かいがい特派とくは員いん』（1940年ねん） 『疑惑ぎわくの影かげ』（1943年ねん） 『白しろい恐怖きょうふ』（1945年ねん） 『汚名おめい』（1946年ねん） 『ロープ』（1948年ねん） 『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』（1951年ねん） 『ダイヤルMを廻まわせ!』（1954年ねん） 『裏窓うらまど』（1954年ねん） 『ハリーの災難さいなん』（1955年ねん） 『知しりすぎていた男おとこ』（1956年ねん） 『めまい』（1958年ねん） 『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』（1959年ねん） 『サイコ』（1960年ねん） 『鳥とり』（1963年ねん）
受賞じゅしょう アカデミー賞しょう アービング・G・タルバーグ賞しょう 1967年ねん ニューヨーク映画えいが批評ひひょう家か協会きょうかい賞しょう 監督かんとく賞しょう 1938年ねん『バルカン超ちょう特急とっきゅう』 AFI賞しょう 生涯しょうがい功労賞こうろうしょう 1979年ねん スリルを感かんじる映画えいがベスト100（第だい1位い） 2006年ねん『サイコ』 ミステリー映画えいがトップ10（第だい1位い） 2008年ねん『めまい』 英国えいこくアカデミー賞しょう フェローシップ賞しょう 1970年ねん ゴールデングローブ賞しょう セシル・B・デミル賞しょう 1971年ねん 生涯しょうがい功労賞こうろうしょう テレビ功労賞こうろうしょう 1957年ねん『ヒッチコック劇場げきじょう』 その他たの賞しょう 全米ぜんべい監督かんとく協会きょうかい賞しょう D・W・グリフィス賞しょう 1968年ねん

ヒッチコックのサイン。

ヒッチコックは当初とうしょ、電信でんしんケーブル会社かいしゃで技術ぎじゅつ者しゃや広告こうこくデザイナーとして働はたらき、1919年ねんにサイレント映画えいがの字幕じまくデザイナーとして映画えいが業界ぎょうかい入いりし、美術びじゅつ監督かんとくや助監督じょかんとくなどを経へて、1925年ねんに『快楽かいらくの園えん』で監督かんとくデビューした。最初さいしょの成功せいこうした映画えいが『下宿げしゅく人じん』（1927年ねん）で初はじめてサスペンス映画えいがを手てがけ、『恐喝きょうかつ』（1929年ねん）からトーキーに移行いこうした。1930年代ねんだいは『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』（1934年ねん）、『三さん十じゅう九きゅう夜や』（1935年ねん）、『バルカン超ちょう特急とっきゅう』（1938年ねん）などで高たかい成功せいこうを収おさめ、1939年ねんには映画えいがプロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックと契約けいやくを結むすんで渡米とべいし、その1本ほん目めとなる『レベッカ』（1940年ねん）はアカデミー賞しょう作品さくひん賞しょうに選えらばれた。1940年代ねんだいはセルズニックや他社たしゃで『疑惑ぎわくの影かげ』（1943年ねん）や『汚名おめい』（1946年ねん）などを撮とり、さらには独立どくりつプロダクションを設立せつりつして『ロープ』（1948年ねん）などを発表はっぴょうした。1950年代ねんだい以後いごはワーナー・ブラザース、パラマウント・ピクチャーズ、ユニバーサル・ピクチャーズなどの大手おおて映画えいがスタジオと契約けいやくを結むすび、プロデューサーを兼任けんにんして『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』（1951年ねん）、『裏窓うらまど』（1954年ねん）、『めまい』（1958年ねん）、『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』（1959年ねん）、『サイコ』（1960年ねん）、『鳥とり』（1963年ねん）などを発表はっぴょうし、高たかい評価ひょうかと興行こうぎょう的てき成功せいこうを収おさめた。その間あいだの1955年ねんにはアメリカ市民しみん権けんを取得しゅとくした。

ヒッチコックは映像えいぞうで観客かんきゃくの感情かんじょうを操作そうさし、サスペンスの不安ふあんや恐怖きょうふを盛もり上あげる演出えんしゅつや手法しゅほうを追求ついきゅうした。「ヒッチコック・タッチ」と呼よばれる独自どくじのスタイルやテーマは、登場とうじょう人物じんぶつの視線しせんで描えがくことで観客かんきゃくをのぞき行為こういをする役割やくわりにしたことや、犯人はんにんに間違まちがえられた男性だんせいと洗練せんれんされた金髪きんぱつ美女びじょが主人公しゅじんこうのプロット、サスペンスとユーモアの組合くみあわせ、マクガフィンの設定せってい、二に重じゅう性せいのテーマなどを特徴とくちょうとする。独自どくじのスタイルを持もつ映画えいが作家さっかとしてのヒッチコックの評価ひょうかは、1950年代ねんだいにフランスの映画えいが誌し『カイエ・デュ・シネマ』の若手わかて批評ひひょう家かにより確立かくりつされたが、それまでは単たんなる娯楽ごらく映画えいがを作つくる職人しょくにん監督かんとくと見みなされていた。ヒッチコックは生前せいぜんにさまざまな栄誉えいよを受うけており、1968年ねんに映画えいが芸術げいじゅつ科学かがくアカデミーからアービング・G・タルバーグ賞しょうを受賞じゅしょうし、亡なくなる4か月げつ前まえの1979年ねん12月には大だい英えい帝国ていこく勲章くんしょうを授与じゅよされた。今日きょうまでヒッチコックの作品さくひんは、さまざまな学術がくじゅつ的てき研究けんきゅうや批評ひひょうの対象たいしょうとなっている。

生涯しょうがい

初期しょきの人生じんせい：1899年ねん - 1919年ねん

幼少ようしょう期きと教育きょういく

ヒッチコックの生うまれた場所ばしょであるレイトンストーンのハイ・ロード517番地ばんち（ガソリンスタンドが建たっている所ところ）。右側みぎがわの建物たてものにはそれを記念きねんした『鳥とり』（1963年ねん）の壁画へきがが描えがかれている。

1899年ねん8月がつ13日にち、アルフレッド・ジョゼフ・ヒッチコック（以下いか、ヒッチコックと表記ひょうき）はイースト・ロンドン（当時とうじはエセックスの一部いちぶ）の郊外こうがい、レイトンストーンのハイ・ロード517番地ばんちに、鶏肉とりにく店てんと青果物せいかぶつの卸売おろしうり商しょうを営いとなむ父ちちのウィリアム・エドガー・ヒッチコックと、母ははのエマ・ジェーン・ヒッチコック（旧姓きゅうせいはホイーラン）の3人にんの子供こどもの末すえっ子ことして生うまれた。兄あに姉あねは9歳さい上じょうのウィリアム・ダニエル・ヒッチコックと、7歳さい上じょうのエレン・キャスリーン・ヒッチコック（愛称あいしょうはネリー）である。一家いっかは英国えいこく国教こっきょう会かいの信者しんじゃが多数たすうを占しめるイングランドでは少数しょうすう派はである、アイルランド系けいのローマ・カトリック教徒きょうとだった。

幼少ようしょう期きのヒッチコックは内向ないこう的てきでおとなしく、遊あそび友達ともだちもおらず、いつも自分じぶんで面白おもしろいことを考かんがえ出だしてはひとりで遊あそんでいた。その遊あそびというのは地図ちずや時刻じこく表ひょうを研究けんきゅうしたり、旅行りょこう案内あんない書しょを読よんだり、ロンドン市内しないを散歩さんぽしたりするというものだった。8歳さいになるまでにはロンドンを走はしる馬車ばしゃ鉄道てつどうの全線ぜんせんを制覇せいはし、さらにイギリスのほとんどの鉄道てつどう路線ろせんの時刻じこく表ひょうを暗唱あんしょうしてみせて家族かぞくを驚おどろかせた。他ほかにもロンドンの乗のり合あいバスの路線ろせん図ず、オリエント急行きゅうこうの駅名えきめい、定期ていき船せんの航路こうろとそれらの時刻じこく表ひょう、ニューヨークの地図ちずを暗記あんきしていた。家いえの壁かべには巨大きょだいな海図かいずを貼はり、そこに航行こうこう中ちゅうのイギリス商船しょうせんの日ひごとの位置いちをつけていた。

ヒッチコックは父ちちに「けがれなき小しょう羊ひつじくん」と呼よばれるほど行儀ぎょうぎが良よかったが、生活せいかつ全体ぜんたいに規律きりつと秩序ちつじょを求もとめる人物じんぶつだった父ちちから厳きびしいしつけを受うけた。後年こうねんにヒッチコックがマスコミや知人ちじんに好このんで繰くり返かえし話はなしたエピソードに、5歳さいか6歳さいぐらいの時ときに父ちちのしつけで警察けいさつ署しょの留置とめおき場じょうに入いれられたという話はなしがある。ヒッチコックは父ちちから手紙てがみを持もたされ、近ちかくの警察けいさつ署しょまで行いくように命めいじられたが、手紙てがみを読よんだ警察官けいさつかんに「わるい子こにはこうするんだよ」と言いわれ、数すう分間ふんかんだけ留置とめおき場じょうに閉とじ込こめられた。ヒッチコックはこの経験けいけんがきっかけで、生涯しょうがいにわたって警察けいさつや監獄かんごくに恐怖きょうふ心しんを抱いだくようになり、それは自身じしんの作品さくひんのモチーフとなって現あらわれた。

ヒッチコックが6歳さいの時とき、一家いっかはロンドン東部とうぶのライムハウスに引ひっ越こした。父ちちはサーモンレーンの130番地ばんちと175番地ばんちの2店舗てんぽを買かい取とり、それぞれフィッシュアンドチップス店みせと魚屋さかなやとして経営けいえいを始はじめ、一家いっかはフィッシュアンドチップス店てんの上うえ階かいで暮くらした。7歳さいの時ときには、イースト・エンドのポプラーにあるハウラ・ハウス修道院しゅうどういんに通かよい、そこで約やく2年間ねんかんの学業がくぎょうを修おさめた。伝記でんき作家さっかのパトリック・マクギリガンによると、その後ごヒッチコックはローマ・カトリックの機関きかんであるイエスの忠実ちゅうじつな仲間なかまが運営うんえいする修道院しゅうどういん学校がっこうに何なん回かいか通かよった可能かのう性せいがあるという。9歳さいの時ときには、ロンドン南部なんぶのバタシーにあるサレジオ会かいが運営うんえいする寄宿きしゅく学校がっこうに短期間たんきかんだけ入学にゅうがくした。

1910年ねん、一家いっかは再ふたたび転居てんきょしてステップニーに移うつった。11歳さいになったヒッチコックは同年どうねん10月がつ5日にち、スタンフォード・ヒルにあるイエズス会かいのグラマースクールの聖せいイグナチウス・カレッジの昼間ひるま部ぶに入学にゅうがくした。この学校がっこうは厳格げんかくな規律きりつで知しられ、1日にちの終おわりに教師きょうしたちが硬かたいゴム製せいの鞭むちを使つかって生徒せいとに体罰たいばつを与あたえていた。そのため生徒せいとは教師きょうしに罰ばっを宣告せんこくされると、1日にちが終おわるまでそれを受うけるという恐怖きょうふを覚おぼえながら過すごさなければならなかった。後年こうねんにヒッチコックは、こうした経験けいけんによって自分じぶんの中なかに「恐怖きょうふという感情かんじょうが育はぐくまれた」と述のべている。その一方いっぽうで規則きそくや教師きょうしや級友きゅうゆうに反抗はんこうし、司祭しさい館かんの庭にわにあった鶏にわとり小屋こやから卵たまごを盗ぬすんで宿舎しゅくしゃの窓まどにぶつけ、怒おこった神父しんぷたちには知しらないふりをした。そのためヒッチコックは周まわりから「コッキー（生意気なまいきの意い）」というあだ名なで呼よばれた。勉強べんきょう面めんでは優秀ゆうしゅうな生徒せいとであり、入学にゅうがく1年ねん目めの終おわりにはラテン語らてんご、英語えいご、フランス語ふらんすごおよび宗教しゅうきょう教育きょういくの成績せいせき優秀ゆうしゅう者しゃとして賞しょうを受うけた。ヒッチコック自身じしんは「だいたいクラスで4番ばんか5番ばんの成績せいせきだった」と述のべている。

電信でんしんケーブル社しゃ勤務きんむ

1913年ねん7月がつ25日にち、ヒッチコックは13歳さいで聖せいイグナチウス・カレッジを修了しゅうりょうし、正規せいきの教育きょういくにピリオドを打うった。ヒッチコックは両親りょうしんにエンジニアになりたいと言いい、ポプラーにある海洋かいよう技術ぎじゅつ専門せんもん学校がっこうのLondon County Council School of Engineering and Navigationの夜間やかんコースに入学にゅうがくし、力学りきがくや電子でんし工学こうがく、音響おんきょう学がく、航海こうかい術じゅつなどを学まなんだ。翌よく1914年ねん11月（1915年ねん初はじめの説せつもある）にはロンドンのW・T・ヘンリー電信でんしんケーブル社しゃに、敷設ふせつ予定よていの電気でんきケーブルの太ふとさやボルト数すうを測定そくていする営業えいぎょう部門ぶもんのテクニカルアドバイザーとして就職しゅうしょくし、週しゅう15シリングの給料きゅうりょうを得えた。その1か月げつ後ごの12月12日にち、父親ちちおやのウィリアム・エドガーが持病じびょうの肺気腫はいきしゅと腎臓じんぞう病びょうのため52歳さいで亡なくなり、兄あにのウィリアム・ダニエルが父ちちの経営けいえいした店みせを引ひき継ついだ。

そのうちヒッチコックは、エンジニアの仕事しごとが面白おもしろくないと感かんじるようになり、1915年ねんには仕事しごとをしながらロンドン大学だいがくのゴールドスミス・カレッジの美術びじゅつ学科がっかの夜間やかんコースに通かよい、イラストの勉強べんきょうをした。次第しだいにヒッチコックの関心かんしんは芸術げいじゅつの方ほうに移うつり、とくに映画えいがや演劇えんげきを盛さかんに見みるようになり、映画えいが技術ぎじゅつ専門せんもん紙しや映画えいが業界ぎょうかい紙しを愛読あいどくした。当時とうじのヒッチコックはイギリス映画えいがよりもアメリカ映画えいがの方ほうが好すきで、D・W・グリフィス監督かんとくの『國民こくみんの創そう生せい』（1915年ねん）と『イントレランス』（1916年ねん）に強つよい感銘かんめいを受うけたほか、チャールズ・チャップリンやバスター・キートン、ダグラス・フェアバンクス、メアリー・ピックフォードなどの作品さくひんを好このんで見みていた。

ヒッチコックがエンジニアとして働はたらいていた間あいだに第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせんが起おきていたが、開戦かいせんした当初とうしょにヒッチコックは若わか過すぎるという理由りゆうで軍隊ぐんたいに入はいることができず、1917年ねんに適正てきせい年齢ねんれいに達たっした時ときには「兵役へいえきに適てきさない」としてC3分類ぶんるい（「深刻しんこくな器質きしつ的てき疾患しっかんがなく、居住きょじゅう地ちの駐屯ちゅうとん地ちでの使用しよう条件じょうけんに耐たえられるが、座すわっての仕事しごとにのみ適てきしている」）を受うけた。そのためヒッチコックは王立おうりつ工兵こうへい連隊れんたいの士官しかん候補こうほ生せいとなり、会社かいしゃで働はたらきながら週末しゅうまつに訓練くんれんや演習えんしゅうに参加さんかした。伝記でんき作家さっかのジョン・ラッセル・テイラーによると、ハイド・パークでの実践じっせん的てきな演習えんしゅうの1つとして、巻まき脚絆きゃはんを着用ちゃくようする訓練くんれんがあったが、ヒッチコックは脚絆きゃはんを足あしに巻まき付つけることができず、何なん回かいやっても足首あしくびにずり落おちたという。一部いちぶの伝記でんき作家さっかは、戦争せんそうの残虐ざんぎゃく行為こういが神経質しんけいしつなヒッチコックにトラウマ的てきな経験けいけんを与あたえたと述のべている。

その後ご、ヒッチコックはイラストを学まなんでいたおかげで、ヘンリー電信でんしんケーブル社しゃの広告こうこく部門ぶもんに転属てんぞくし、会社かいしゃの広告こうこくパンフレットのイラストを描えがく仕事しごとをした。後年こうねんにヒッチコックは、この仕事しごとが「映画えいがに近ちかづくためのステップになった」と述のべている。1919年ねん6月がつには、会社かいしゃの従業じゅうぎょう員いんに6ペンスで販売はんばいされた社内しゃない誌し『ヘンリー・テレグラフ』の創刊そうかん編集へんしゅう者しゃとなり、いくつかの短編たんぺん小説しょうせつを寄稿きこうした。創刊そうかん号ごうに寄稿きこうした最初さいしょの短編たんぺん小説しょうせつ『Gas』は、若わかい女性じょせいがパリで男性だんせいの暴漢ぼうかんに襲おそわれるが、それは彼女かのじょが歯医者はいしゃでの治療ちりょう中ちゅうに見みた幻想げんそうだったという物語ものがたりで、伝記でんき作家さっかのドナルド・スポトーはこの作品さくひんから「若わかきヒッチコックが、読者どくしゃをあやつる技法ぎほうと恐怖きょうふをかもしだす術じゅつを本能ほんのう的てきに心得こころえていた」と述のべている。しかし、時間じかんが経たつにつれ、ヒッチコックは広告こうこくデザインの仕事しごとに飽あき始はじめ、週しゅう15シリングの給料きゅうりょうにも満足まんぞくしなくなった。

戦せん間あいだ期きのキャリア：1919年ねん - 1939年ねん

フェイマス・プレイヤーズ＝ラスキー

未完みかんの監督かんとく作品さくひん『第だい十じゅう三さん番ばん』（1922年ねん）を撮影さつえい中ちゅうのヒッチコック（右みぎのカメラ横よこにいる人物じんぶつ）。

ヒッチコックがまだヘンリー電信でんしんケーブル社しゃにいた頃ころ、アメリカの映画えいが会社かいしゃフェイマス・プレイヤーズ＝ラスキー（パラマウント・ピクチャーズの前身ぜんしん）はロンドン北部ほくぶのイズリントンにスタジオを開設かいせつし、その第だい1作さくにマリー・コレリの小説しょうせつが原作げんさくの『悪魔あくまの嘆なげき』を製作せいさく予定よていであると発表はっぴょうした。ヒッチコックはこのニュースを映画えいが業界ぎょうかい紙しで知しると興味きょうみをそそられ、会社かいしゃが募集ぼしゅうしていたサイレント映画えいがの字幕じまくデザイナーの仕事しごとに応募おうぼし、原作げんさく小説しょうせつに目めを通とおしたあと、会社かいしゃの広告こうこく部門ぶもんにいた同僚どうりょうの助たすけを借かりながらその字幕じまくデザインのサンプルを何なん枚まいか描えがいた。しかし、プロデューサーにサンプルを提出ていしゅつした頃ころには『悪魔あくまの嘆なげき』の製作せいさくは取とりやめとなり、代かわりに別べつの作品さくひん『最後さいごの審判しんぱん』（1920年ねん）と『青春せいしゅんの呼よび声ごえ』（1921年ねん）の製作せいさくが決定けっていしていた。ヒッチコックは雇やとってもらえるかもしれないという熱意ねついから、この2本ほんの字幕じまくデザインを2日にち以内いないに作成さくせいし、それがプロデューサーに気きに入いられて採用さいようされた。

ヒッチコックは当初とうしょ、パートタイムでフェイマス・プレイヤーズ＝ラスキーに雇やとわれ、ヘンリー電信でんしんケーブル社しゃで働はたらきながら字幕じまくデザインを作成さくせいし、仕事しごとの出来高できだかに応おうじて報酬ほうしゅうを受うけ取とった。1921年ねん4月がつにはフルタイムの従業じゅうぎょう員いんとなり、それに伴ともないヘンリー電信でんしんケーブル社しゃを辞職じしょくした。それから約やく2年間ねんかん、ヒッチコックは同社どうしゃの11本ほんの作品さくひんで字幕じまくデザインを作成さくせいし、時ときには字幕じまくをうまく使つかって内容ないようが良よくない映画えいがのスクリプトを手直てなおしして、映画えいがそのものの内容ないようを完全かんぜんに変かえたりもした。また、スタジオが人手ひとで不足ふそくだったことから、構図こうずやセットの絵えコンテを描えがくなど、担当たんとう以外いがいの仕事しごとをすることもあった。ヒッチコックはアメリカ人じんの従業じゅうぎょう員いんが多数たすうを占しめるこのスタジオで、自分じぶんの仕事しごとをこなしながらアメリカ流りゅうの映画えいが作づくりを学まなんだ。

しかし、1922年ねん夏なつにフェイマス・プレイヤーズ＝ラスキーはイズリントンのスタジオでの映画えいが製作せいさくを停止ていしし、空あいたスタジオは貸かしスタジオとなった。ヒッチコックは低てい賃金ちんぎんで長時間ちょうじかん労働ろうどうをしていたため解雇かいこを逃のがれ、他たの数すう人にんのスタッフとスタジオに留とどまった。この頃ころ、ヒッチコックはこのスタジオで自主じしゅ製作せいさくによる初はつ監督かんとく作品さくひん『第だい十じゅう三さん番ばん』（1922年ねん）の撮影さつえいを始はじめた。この作品さくひんはロンドンの低層ていそう階級かいきゅうを描えがいたコメディで、主演しゅえんのクレア・グリートが資金しきんを工面くめんしたにもかかわらず製作せいさく費ひは底そこをつき、未み完成かんせいのまま終おわった。1923年ねん初頭しょとうには俳優はいゆうのシーモア・ヒックスがイズリントンのスタジオを借かりて『いつも奥おくさんに話はなしなさい』（1923年ねん）を製作せいさく兼けん主演しゅえんしたが、当初とうしょの監督かんとくのヒュー・クロイスがヒックスとの意見いけんの対立たいりつで降板こうばんし、ヒックスが自みずから監督かんとくを務つとめることになったため、ヒッチコックがその演出えんしゅつを手伝てつだうことになり、2人ふたりで残のこりのシーンを撮影さつえいした。

ゲインズボロ・ピクチャーズ

ロンドンのイズリントンのゲインズボロ・ピクチャーズ跡地あとちにあるヒッチコックの彫像ちょうぞう。

1923年ねん夏なつ、映画えいがプロデューサーのマイケル・バルコンの独立どくりつプロダクションがイズリントンのスタジオで映画えいが製作せいさくを始はじめると、ヒッチコックはそこに雇やとわれ、グレアム・カッツ監督かんとくの『女おんな対たい女おんな』『白しろい影かげ』（1923年ねん）で助監督じょかんとくを務つとめたが、それ以外いがいにも脚本きゃくほんやセットデザインも担当たんとうし、バルコンから有能ゆうのうなスタッフと評価ひょうかされた。1924年ねん初はじめにバルコンがイズリントンのスタジオを買収ばいしゅうしてゲインズボロ・ピクチャーズを設立せつりつすると、ヒッチコックは同社どうしゃで引ひき続つづきカッツの『街まちの恋人こいびと形がた』（1924年ねん）、『与太者よたもの』『淑女しゅくじょの転落てんらく』（1925年ねん）で助監督じょかんとく、脚本きゃくほん、セットデザインを担当たんとうした。『与太者よたもの』はドイツの大手おおて映画えいが会社かいしゃウーファと共同きょうどう製作せいさくし、ポツダムのバーベルスベルク・スタジオで撮影さつえいされたが、ヒッチコックはドイツ滞在たいざい中ちゅうにF・W・ムルナウ監督かんとくの『最後さいごの人ひと』（1924年ねん）の撮影さつえいを見学けんがくし、その遠近えんきん法ほうを強調きょうちょうしたセットの作つくり方かたに感銘かんめいを受うけ、早速さっそく撮影さつえい中ちゅうの『与太者よたもの』のセットデザインに採とり入いれた。

1925年ねん、ゲインズボロ・ピクチャーズはミュンヘンに拠点きょてんがあるエメルカ社しゃと共同きょうどう製作せいさくで映画えいがを作つくることになり、バルコンはヒッチコックをその監督かんとくに抜擢ばってきした。助監督じょかんとくとして充分じゅうぶんな経験けいけんを積つんでいたヒッチコックは、自分じぶんから映画えいが監督かんとくになりたいと意思いし表明ひょうめいをしてもおかしくなかったが、当時とうじは脚本きゃくほんやセットデザインの仕事しごとに満足まんぞくし、監督かんとくになることは全まったく考かんがえていなかったという。同年どうねん夏なつ、ヒッチコックはミュンヘンに派遣はけんされ、初はつ監督かんとく作品さくひん『快楽かいらくの園えん』を撮影さつえいした。この作品さくひんは2組くみの男女だんじょの交錯こうさくした関係かんけいを描えがくメロドラマで、アメリカの人気にんき女優じょゆうのヴァージニア・ヴァリが主演しゅえんした。ロケはイタリアで行おこなわれたが、通関つうかん手続てつづきではフィルムストックが申告しんこく漏もれのため税関ぜいかんに没収ぼっしゅうされ、ジェノヴァでは現金げんきんが盗ぬすまれ、ほかにも予定よてい外がいの出費しゅっぴが重かさなるなどトラブルが続つづき、そのせいで製作せいさく費ひが不足ふそくし、俳優はいゆうやスタッフにお金かねを借かりることになった。同年どうねん夏なつの終おわりに撮影さつえいは終了しゅうりょうし、試写ししゃを見みたバルコンはその出来できに満足まんぞくした。

『山やま鷲わし』の宣伝せんでん写真しゃしんにおけるヒッチコック（カメラの右みぎ手前てまえで指ゆびを差さす人物じんぶつ）。その右みぎ隣となりは将来しょうらいの妻つまとなるスクリプターのアルマ・レヴィルである。

ヒッチコックはバルコンから、もう1本ほんドイツで英えい独どく合作がっさくを撮影さつえいする話はなしを持もちかけられ、1925年ねん秋あきにミュンヘンのスタジオとチロル地方ちほうのロケで監督かんとく第だい2作さく『山やま鷲わし』を撮影さつえいした。この作品さくひんは男おとこに追おい回まわされて山やまに逃にげ込こんだ女じょ教師きょうしが主人公しゅじんこうのメロドラマで、アメリカの人気にんき女優じょゆうニタ・ナルディが主演しゅえんしたが、ヒッチコックはこの作品さくひんを「最低さいていの映画えいが」と呼よんでいる。翌よく1926年ねん1月がつにヒッチコックはイギリスに戻もどり、その2か月げつ後ごには『快楽かいらくの園えん』の公開こうかい試写ししゃが行おこなわれた。『デイリー・エクスプレス』紙しはこの作品さくひんを「傑出けっしゅつした映画えいが」と呼よび、ヒッチコックのことを「巨匠きょしょうの頭脳ずのうを持もった新人しんじん」と評ひょうした。しかし、配給はいきゅう元もとのW&F映画えいが配給はいきゅう会社かいしゃは売うり物ものにならないとして『快楽かいらくの園えん』と『山やま鷲わし』の公開こうかいを拒否きょひし、監督かんとく3作さく目めの『下宿げしゅく人じん』の業界ぎょうかい向むけ試写ししゃ会かいが成功せいこうしたあとの1927年ねんにようやくイギリスで正式せいしき配給はいきゅうされた。その後ご、『山やま鷲わし』のフィルムはすべて紛失ふんしつし、作品さくひんについて残のこされているものはわずか6枚まいの写真しゃしんしかない。

1926年ねんに撮影さつえいした『下宿げしゅく人じん』は、ヒッチコックにとって初はつのサスペンス映画えいがである。この作品さくひんは切きり裂さきジャックを下敷したじきにしたベロック・ローンズの同名どうめい小説しょうせつが原作げんさくで、無実むじつの若わかい下宿げしゅく人じん（アイヴァー・ノヴェロ）が連続れんぞく殺人さつじん犯はんの疑うたがいをかけられるという物語ものがたりである。ヒッチコックはこの作品さくひんでさまざまな純粋じゅんすいな視覚しかく的てき工夫くふうを凝こらしており、例たとえば、女将おかみの上うえの部屋へやにいる下宿げしゅく人じんの足音あしおとの効果こうかを出だすために、ガラス板ばんの天井てんじょうの上うえを歩あるく下宿げしゅく人じんを真下ましたから撮影さつえいした。この作品さくひんには金髪きんぱつ女性じょせいや手錠てじょう、間違まちがえられた男おとこなど、後ごの作品さくひんで繰くり返かえし用もちいられるテーマやモチーフが登場とうじょうし、「ヒッチコック・タッチ」と呼よばれる独自どくじの作風さくふうを最初さいしょに示しめした作品さくひんとなった。後年こうねんにヒッチコックは、この作品さくひんを「正真正銘しょうしんしょうめいのヒッチコック映画えいがと言いえる最初さいしょの代物しろもの」と呼よんでいる。しかし、配給はいきゅう会社かいしゃは公開こうかいを拒否きょひしたため、ヒッチコックは若わかい知識ちしき人じんのアイヴァー・モンタギューの助たすけを借かりて作品さくひんに修正しゅうせいを加くわえ、1926年ねん9月がつに業界ぎょうかい向むけ試写ししゃ会かいを行おこなうと、『バイオスコープ』誌しに「イギリス映画えいが史上しじょうの最大さいだい傑作けっさく」と呼よばれるなど好評こうひょうを集あつめた。翌よく1927年ねん1月がつに公開こうかいされると商業しょうぎょう的てきにも成功せいこうを収おさめた。

1926年ねん12月2日にち、ヒッチコックはそれまでの3本ほんの監督かんとく作品さくひんで助監督じょかんとくや記録きろく係がかりを担当たんとうしたアルマ・レヴィルと、ロンドンのナイツブリッジにあるローマ・カトリックのブロンプトン・オラトリーで結婚けっこんし、ロンドンのクロムウェル・ロード153番地ばんちにある賃貸ちんたいアパートの最上階さいじょうかいで生活せいかつを始はじめた。夫婦ふうふはパリ、コモ湖みずうみ、サンモリッツで新婚しんこん旅行りょこうをしたが、それ以来いらい2人にんは事情じじょうの許ゆるすかぎり結婚けっこん記念きねん日びをサンモリッツで過すごすようにした。イギリスに戻もどったあと、ヒッチコックはバルコンとの間あいだに残のこる2本ほんの契約けいやくを消化しょうかするため、まず1927年ねん初はじめにアイヴァー・ノヴェロがコンスタンス・コリアと共同きょうどう執筆しっぴつした戯曲ぎきょくが原作げんさくの『ダウンヒル』を監督かんとくした。この作品さくひんは濡ぬれ衣ぎぬを着きせられた学生がくせい（ノヴェロ）が主人公しゅじんこうのメロドラマで、同年どうねん5月がつの『山やま鷲わし』の公開こうかいと同おなじ週しゅうに上映じょうえいされ、『キネマトグラフ・ウィークリー』紙しに「（映像えいぞう表現ひょうげんに優すぐれた）監督かんとくの個人こじん的てきな成功せいこう」と評ひょうされた。その次つぎにノエル・カワードの戯曲ぎきょくが原作げんさくのメロドラマ『ふしだらな女おんな』（1927年ねん8月がつ初はつ上映じょうえい、1928年ねん3月がつ公開こうかい）を監督かんとくしたが、不評ふひょうで興行こうぎょう的てきにも失敗しっぱいした。

ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズ

『リング』（1927年ねん）撮影さつえい時じのヒッチコック（最さい右みぎ）。同どう作さくのカメラマンのジャック・E・コックス（左ひだり）とはBIP時代じだいにコンビを組くんだ。

1927年ねん6月がつ、ヒッチコックは前月ぜんげつに撮影さつえいを終おえた『ふしだらの女おんな』を最後さいごにゲインズボロ・ピクチャーズを辞やめ、新あたらしく設立せつりつされたブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズ（BIP）と契約けいやくし、その拠点きょてんのエルストリー・スタジオに移うつった。BIPではゲインズボロと比くらべてより良よい条件じょうけんと高たかい独立どくりつ性せいが保証ほしょうされた。年俸ねんぽうはゲインズボロ時代じだいの約やく3倍ばいとなる1万まん3000ポンドとなり、当時とうじのイギリス映画えいが界かいで最もっとも高給こうきゅう取とりの監督かんとくとなった。スタジオから創造そうぞう的てきな自由じゆうを与あたえられたヒッチコックは、同社どうしゃ第だい1作さくを自身じしん初はつのオリジナル脚本きゃくほんで作つくることにした。その作品さくひん『リング』は同おなじ女性じょせいに恋こいをした2人ふたりのボクサーを描えがく三角さんかく関係かんけいものの恋愛れんあいドラマで、同年どうねん夏なつに撮影さつえいし、10月に公開こうかいされると肯定こうてい的てきな批評ひひょうを集あつめた。

1927年ねん秋あきにはイーデン・フィルポッツの戯曲ぎきょくの映画えいが化かで、妻つまを亡なくした農場のうじょう主ぬしの花嫁はなよめ探さがしを描えがくコメディ映画えいが『農夫のうふの妻つま』（1928年ねん3月がつ公開こうかい）を監督かんとくした。撮影さつえいはイギリス南部なんぶのデヴォンやサリーの田舎いなかで行おこなわれたが、その地ちの風景ふうけいやロンドンの喧騒けんそうから離はなれた静しずけさに魅力みりょくを感かんじたヒッチコックは、1928年ねんにサリーのギルフォードから4マイルに位置いちする村むらシャムリー・グリーンの近ちかくにあるチューダー様式ようしきの別荘べっそう「ウィンターズ・グレース」を2500ポンドで購入こうにゅうし、そこで家族かぞくと週末しゅうまつを過すごすようになった。この頃ころにヒッチコックはアメリカ風ふうのコメディ映画えいが『シャンパーニュ』を撮影さつえいしていたが、同年どうねん夏なつに公開こうかいされると批評ひひょう家かに「一いち晩ばん中ちゅう、雨あめにさらされたシャンペン」と言いわれるなどして酷評こくひょうされ、後年こうねんにヒッチコック自身じしんも「わたしの作品さくひんのなかで最低さいていのもの」と述のべている。

初はつのトーキー作品さくひんである『恐喝きょうかつ』（1929年ねん）でサウンドテストをするヒッチコックと主演しゅえんのアニー・オンドラ。

1928年ねん7月がつ7日にち、ヒッチコック夫妻ふさいの一人娘ひとりむすめであるパトリシア・アルマ・ヒッチコックが生うまれた。それから数すう週間しゅうかん後ごにはホール・ケインの小説しょうせつを映画えいが化かしたメロドラマ『マンクスマン』（1929年ねん1月がつ公開こうかい）を撮影さつえいしたが、これはヒッチコックの最後さいごのサイレント映画えいがとなり、翌よく1929年ねん初はじめに撮影さつえいした『恐喝きょうかつ』からトーキーの時代じだいが始はじまった。この作品さくひんはチャールズ・ベネットの戯曲ぎきょくの映画えいが化かで、自分じぶんを犯おかそうとした男性だんせいをナイフで殺害さつがいし、それが原因げんいんで見知みしらぬ男おとこに恐喝きょうかつされる女性じょせい（アニー・オンドラ）と、彼女かのじょを守まもる婚約こんやく者しゃの刑事けいじが主人公しゅじんこうのサスペンスである。最初さいしょはサイレント版ばんで撮影さつえいしていたが、その途中とちゅうで会社かいしゃからトーキー化かの話はなしが生しょうじたため、ヒッチコックはいくつかの部分ぶぶんを撮とり直なおしてトーキーにした。ヒッチコックは音おとという新あたらしい表現ひょうげん手段しゅだんの可能かのう性せいを追求ついきゅうし、例たとえば、主人公しゅじんこうの女性じょせいが殺人さつじんを犯おかした翌日よくじつの朝食ちょうしょくのシーンでは、日常にちじょう会話かいわに「ナイフ」という言葉ことばを繰くり返かえし強調きょうちょうして、女性じょせいの罪悪ざいあく感かんや恐怖きょうふ心しんを際立きわだたせた。1929年ねん7月がつに作品さくひんが公開こうかいされると、批評ひひょう家かから熱狂ねっきょう的てきな評価ひょうかを受うけ、商業しょうぎょう的てきにも『リング』以来いらいの成功せいこうを収おさめた。

1930年ねん初はじめ、ヒッチコックはイギリス初はつのミュージカル・コメディ映画えいが『エルストリー・コーリング』の数すうシーンだけを監督かんとくし、その次つぎにショーン・オケーシーの有名ゆうめいな戯曲ぎきょくが原作げんさくの『ジュノーと孔雀くじゃく』を撮影さつえいした。ヒッチコックはこれを会話かいわが多おおい非ひ映画えいが的てきな作品さくひんと見みなし、それ故ゆえに気乗きのりのしないまま仕事しごとに取とり組くんだが、同年どうねんに公開こうかいされると批評ひひょう家かに好意こうい的てきな評価ひょうかを受うけた。この頃ころ、多おおくのメディアからインタビューを受うけたヒッチコックは、自分じぶんの名前なまえを広ひろく宣伝せんでんする重要じゅうよう性せいを理解りかいし、ヒッチコックの広報こうほう活動かつどうを担になう小ちいさな会社かいしゃ「ヒッチコック・ベイカー・プロダクションズ」を設立せつりつした。5月にはヒッチコック作品さくひんでは珍めずらしい犯人はんにんさがしを描えがく謎なぞ解とき映画えいが『殺人さつじん!』（1930年ねん公開こうかい）を監督かんとくしたが、この作品さくひんはまだアフレコ技術ぎじゅつが確立かくりつしていない中なかでヨーロッパに売うり込こむため、同時どうじに英語えいご版ばんとドイツ語ご版はんで撮影さつえいされた。1930年ねん末まつから1931年ねん初頭しょとうにはジョン・ゴールズワージーの戯曲ぎきょくが原作げんさくで、成金なりきんと貴族きぞくの地主じぬしの土地とちをめぐる対立たいりつを描えがく『スキン・ゲーム』を撮影さつえいし、2月がつに公開こうかいされると好評こうひょうを博はくした。

1931年ねん、ヒッチコック一家いっかはカリブ海かりぶかいやアフリカなどを回まわる世界せかい一周いっしゅう旅行りょこうをした。ヒッチコックの次つぎの作品さくひん『リッチ・アンド・ストレンジ』は、その時ときの経験けいけんやアルマとの新婚しんこん旅行りょこうに触発しょくはつされた作品さくひんであり、スポトーは「公然こうぜんたる自伝じでんともいえる作品さくひん」と述のべている。それは大金たいきんを得えて世界せかい一周いっしゅう旅行りょこうに出でかけた夫婦ふうふを描えがくコメディドラマで、それまでに作つくったトーキー作品さくひんへの反動はんどうとしてセリフのあるシーンを全体ぜんたいの5分ぶんの1しか設もうけなかった。同年どうねん8月がつに撮影さつえいを終おえ、12月に公開こうかいされたが興行こうぎょう的てきに失敗しっぱいし、この作品さくひんを気きに入いっていたヒッチコックは失望しつぼうした。この頃ころのヒッチコックとBIPの関係かんけいは悪化あっかしたが、BIPの経営けいえい状態じょうたいも悪化あっかし、ヒッチコックの次つぎの作品さくひんでスリラーの舞台劇ぶたいげきをコメディ風ふうに映画えいが化かした『第だい十じゅう七なな番ばん』（1932年ねん7月がつ公開こうかい）は低てい予算よさんで作つくられた。この作品さくひんも失敗しっぱい作さくとなり、ヒッチコックは「批評ひひょう家かたちの注意ちゅういすらひかなかった」と述のべている。その次つぎもまた低てい予算よさんで『キャンバー卿きょうの夫人ふじんたち』（1932年ねん）の監督かんとくを命めいじられたが、作品さくひんに興味きょうみを示しめさなかったヒッチコックはプロデューサーだけを担当たんとうし、監督かんとくはベン・W・レヴィに任まかせた。そしてこの仕事しごとを最後さいごにBIPとの契約けいやくを終おえた。

ゴーモン・ブリティッシュ

『リッチ・アンド・ストレンジ』『第だい十じゅう七なな番ばん』の立たて続つづけの失敗しっぱいで不調ふちょうとなっていたヒッチコックは、BIPを去さったあとの1933年ねんにロンドン・フィルムのアレクサンダー・コルダと短期たんき契約けいやくを結むすび、『ジャングルの上うえを飛とぶ翼つばさ』の監督かんとくを予定よていしたが、資金しきんを調達ちょうたつすることができず、契約けいやくごと解消かいしょうとなった。その次つぎに独立どくりつ系けいプロデューサーのトム・アーノルドと契約けいやくを結むすび、ヨハン・シュトラウス2世せいが主人公しゅじんこうの音楽おんがく映画えいが『ウィンナー・ワルツ』を撮影さつえいしたが、この企画きかくははじめから絶望ぜつぼう的てきで、ヒッチコックは撮影さつえい中ちゅうに創作そうさく意欲いよくがわかなくなった。後年こうねんにヒッチコックは「とてもわたしの作品さくひんだなんておおっぴらに言いえた代物しろものじゃない」と述のべ、この時期じきを「最低さいていの時代じだい」と呼よんだ。作品さくひんは1934年ねん2月がつに公開こうかいされると、完全かんぜんな失敗しっぱい作さくと見みなされた。

『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』（1934年ねん）のポスター。

この作品さくひんの撮影さつえい中ちゅう、マイケル・バルコンがヒッチコックのもとを訪おとずれ、ヒッチコックがBIP時代じだいにチャールズ・ベネットと共同きょうどう執筆しっぴつした脚本きゃくほんを映画えいが化かする提案ていあんをした。ヒッチコックはこれを再起さいきのチャンスと考かんがえ、1934年ねんにバルコンが製作せいさく担当たんとう重役じゅうやくを務つとめていたゴーモン・ブリティッシュと5本ほんの映画えいがを作つくる契約けいやくを結むすび、ロンドン西部せいぶのシェパーズ・ブッシュにあるライム・グローブ・スタジオに移うつった。映画えいが化かを決きめた脚本きゃくほんは、同社どうしゃ第だい1作さくとして『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』の題名だいめいで監督かんとくすることになり、同年どうねん4月がつから5月がつにかけてベネットらとシナリオを作成さくせいし、5月から8月がつの間あいだに撮影さつえいした。この作品さくひんでヒッチコックは自身じしんが得意とくいとするサスペンスのジャンルへ復帰ふっきし、サスペンスとユーモアの組くみ合あわせという以後いごのヒッチコック作品さくひんの基本きほんとなるスタイルで、ある夫婦ふうふが大使たいしを暗殺あんさつする計画けいかくに巻まき込こまれる物語ものがたりを描えがいた。12月に公開こうかいされると大だいヒットし、批評ひひょう家かからも賞賛しょうさんされ、『デイリー・エクスプレス』誌しは「ヒッチコックは再ふたたびイギリスの監督かんとくの中なかでナンバーワンの座ざに躍おどり出でた」と書かいている。

この作品さくひんで名声めいせいを取とり戻もどしたヒッチコックは、作品さくひんの成功せいこうのおかげで自由じゆうに主題しゅだいを選えらぶことができるようになり、そこで自身じしんが好すきな作家さっかだったジョン・バカンのスパイ小説しょうせつ『三さん十じゅう九きゅう階段かいだん』に基もとづく『三さん十じゅう九きゅう夜や』を企画きかくした。ヒッチコックはベネットらと原作げんさくに自由じゆうに改変かいへんして脚本きゃくほんを作つくり、1935年ねん初はじめに撮影さつえいした。この作品さくひんも殺人さつじんに巻まき込こまれた男おとこ（ロバート・ドーナット）が、スパイや警察けいさつに追おわれながら自分じぶんの無実むじつを証明しょうめいするという物語ものがたりを、前作ぜんさくと同様どうようにユーモアとサスペンスを組くみ合あわせながら速はやいテンポで描えがいた。同年どうねん6月がつにイギリスで公開こうかいされると前作ぜんさく同様どうように高たかい成功せいこうを収おさめ、アメリカでもヒッチコック作品さくひんで過去かこ最高さいこうのヒット作さくとなった。

その次つぎにヒッチコックは、サマセット・モームの短編たんぺん小説しょうせつ集しゅう『アシェンデン』とそのいくつかのエピソードをもとにした戯曲ぎきょくが下敷したじきのスパイ映画えいが『間諜かんちょう最後さいごの日ひ』（1936年ねん5月がつ公開こうかい）を監督かんとくした。この作品さくひんは第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせん中ちゅうにドイツのスパイを殺害さつがいする任務にんむを受うけたイギリスのスパイスパイ（ジョン・ギールグッド）を主人公しゅじんこうにした物語ものがたりであるが、前ぜん2作さくのような成功せいこうを収おさめることはできなかった。同どう作さく完成かんせい後ごの1936年ねん1月がつ、ヒッチコックはベネットらとスイスでジョゼフ・コンラッドの小説しょうせつ『密偵みってい』が原作げんさくの『サボタージュ』の脚本きゃくほんを執筆しっぴつし、同年どうねん春はるに製作せいさくを開始かいしした。これは妻つま（シルヴィア・シドニー）に内緒ないしょで破壊はかい活動かつどうをするアナーキスト（オスカー・ホモルカ）を描えがいた作品さくひんで、同年どうねんに公開こうかいされると『バラエティ』誌しに「監督かんとくの巧だくみで熟練じゅくれんした技わざが、職人しょくにん的てきな手法しゅほうで作つくられた巧妙こうみょうなこの作品さくひんのあちこちで光ひかっている」と評ひょうされた。

ゲインズボロ・ピクチャーズへ復帰ふっき

1937年ねんにアメリカ料理りょうり店てんで食事しょくじをするヒッチコックたち（左ひだりからアルマ、秘書ひしょのジョーン・ハリソン、ヒッチコック、娘むすめのパトリシア）。

『サボタージュ』の完成かんせい後ご、ゴーモン・ブリティッシュは財政ざいせい的てき問題もんだいで製作せいさく部門ぶもんを閉鎖へいさし、今後こんごは単たんなる配給はいきゅう会社かいしゃになることを発表はっぴょうした。それによりヒッチコックは、同社どうしゃの子会社こがいしゃになっていた古巣ふるすのゲインズボロ・ピクチャーズと2本ほんの映画えいがを撮とる契約けいやくを結むすんだ。その1本ほん目めはジョセフィン・テイの小説しょうせつ『ロウソクのために一いちシリングを』が原作げんさくの『第だい3逃亡とうぼう者しゃ』（1937年ねん11月公開こうかい）で、1937年ねん3月がつまでにベネットらと脚本きゃくほんに取とり組くみ、5月に撮影さつえいを終おえた。この作品さくひんは殺人さつじん犯はんと疑うたがわれて警察けいさつに追おわれる無実むじつの男おとこの運命うんめいを描えがく犯罪はんざいスリラーで、『ニューヨーク・タイムズ』紙しには「静しずかな魅力みりょくを備そなえた映画えいが」と評ひょうされた。

同年どうねん8月がつには家族かぞくと休暇きゅうかのためアメリカへ旅行りょこうに出でたが、関係かんけい者しゃはこの旅行りょこうでアメリカの会社かいしゃと契約けいやくを結むすぶべきかどうか下見したみをするつもりだろうと推測すいそくした。実際じっさいにヒッチコックはイギリスの映画えいが産業さんぎょうの技術ぎじゅつ的てき制約せいやくや、自身じしんが過小かしょう評価ひょうかされていることを強つよく感かんじていた。そしてアメリカ旅行りょこう中ちゅう、ハリウッドの独立どくりつ系けい映画えいが会社かいしゃセルズニック・インターナショナル・ピクチャーズを率ひきいる映画えいがプロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックはヒッチコックに興味きょうみを示しめし、助手じょしゅにヒッチコックと会あうように指示しじした。9月に帰国きこくする時ときには、ヒッチコックはセルズニックのほか、RKOやMGMなどの大手おおて映画えいが会社かいしゃと契約けいやく交渉こうしょうを進すすめていた。

10月、ヒッチコックはゲインズボロ・ピクチャーズでの監督かんとく2本ほん目めとして、会社かいしゃ内ないで企画きかく倒たおれになっていたエセル・リナ・ホワイトの小説しょうせつ『車輪しゃりんは回まわる』が原作げんさくの脚本きゃくほん『バルカン超ちょう特急とっきゅう』を取とり上あげた。この作品さくひんは列車れっしゃ内ないで忽然こつぜんと姿すがたを消けした老ろう婦人ふじん（メイ・ウィッティ）を捜索そうさくするイギリス人じん女性じょせい（マーガレット・ロックウッド）が主人公しゅじんこうのサスペンスである。撮影さつえいは12月まで行おこなわれ、翌よく1938年ねん10月に公開こうかいされると高たかい成功せいこうを収おさめた。イギリスやアメリカの批評ひひょう家かにも賞賛しょうさんされ、『ヘラルド・トリビューン』紙しには「『バルカン超ちょう特急とっきゅう』は、セザンヌのキャンバスやストラヴィンスキーの楽譜がくふと同様どうように、監督かんとく一流いちりゅうの想像そうぞう力りょくと技量ぎりょうの産物さんぶつだ」と評ひょうされ、『ニューヨーク・タイムズ』にはその年としのベスト・ワンの作品さくひんと呼よばれた。また、ヒッチコックはこの作品さくひんで第だい4回かいニューヨーク映画えいが批評ひひょう家か協会きょうかい賞しょうの監督かんとく賞しょうを受賞じゅしょうした。

この作品さくひんに取とり組くんでいる間あいだも、ヒッチコックはセルズニックとの交渉こうしょうは続つづけられた。1938年ねん6月がつにヒッチコックは契約けいやくをまとめるため再ふたたびアメリカを訪おとずれ、7月がつ14日にちにセルズニックとの契約けいやく書しょに署名しょめいした。契約けいやくでは年としに1本ほんずつ、計けい4本ほんの映画えいがを撮とり、1本ほんあたり5万まんドルのギャラを受うけ取とることになっていた。契約けいやくが履行りこうされるのは1939年ねん4月がつからで、ヒッチコックはアメリカへ出発しゅっぱつするまでの間あいだ、チャールズ・ロートンとエーリッヒ・ポマーが設立せつりつした映画えいが製作せいさく会社かいしゃメイフラワー・プロダクションズのために、ダフニ・デュ・モーリエの海賊かいぞく冒険ぼうけん小説しょうせつが原作げんさくのコスチューム・プレイ『巌いわお窟くつの野獣やじゅう』を監督かんとくした。撮影さつえいは1938年ねん秋あきに行おこなわれたが、ヒッチコックは途中とちゅうで作品さくひんへの興味きょうみを失うしない、主演しゅえんのロートンが自分じぶんの演技えんぎのために撮影さつえいを何なん度ども中断ちゅうだんするのに苛立いらだった。1939年ねんに公開こうかいされると興行こうぎょう的てきに成功せいこうはしたものの、批評ひひょう家かには酷評こくひょうされ、『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』誌しには「この映画えいがは妙みょうに退屈たいくつで面白おもしろくない…型かたにはまった、気きの抜ぬけたメロドラマである」と批判ひはんされた。

ハリウッド初期しょき：1939年ねん - 1953年ねん

セルズニック・インターナショナル・ピクチャーズ

『レベッカ』（1940年ねん）のヒッチコック（中央ちゅうおう）とジョージ・サンダース（右みぎ）。

1939年ねん2月がつ、ヒッチコックはシャムリー・グリーンの別荘べっそうを処分しょぶんし、自宅じたくアパートの賃貸ちんたい契約けいやくを終了しゅうりょうさせた。ヒッチコックはイギリスを去さる前まえの数日すうじつ間あいだを母ははと過すごし、3月1日にちにアルマとパトリシア、秘書ひしょのジョーン・ハリソン、専属せんぞくのコックとメイド、そして2匹ひきの愛犬あいけんとともにアメリカに向むけてサウサンプトンからクイーン・メリー号ごうで出航しゅっこうした。その数日すうじつ後ごに一いち行ぎょうはニューヨークに到着とうちゃくし、しばらくマンハッタンに滞在たいざいしたあとにロサンゼルスへ移うつり、ウィルシャー大通おおどおり10331番地ばんちにあるアパートに住すんだが、その数すうか月げつ後ごにはベルエアのセント・クラウド・ロード609番地ばんちにあるキャロル・ロンバードが所有しょゆうする家いえに引ひっ越こした。アメリカに移住いじゅうしたばかりのヒッチコックは、毎週まいしゅう日曜日にちようびに家族かぞくと教会きょうかいのミサに出席しゅっせきし、定期ていき的てきにビバリーヒルズのレストランで食事しょくじをとるという生活せいかつを送おくった。

4月がつ10日とおか、ヒッチコックは正式せいしきにセルズニック・インターナショナル・ピクチャーズに雇やとわれた。その監督かんとく第だい1作さくには、当初とうしょタイタニック号ごう沈没ちんぼつ事故じこを題材だいざいにした作品さくひんが予定よていされていたが、セルズニックの意向いこうで流ながれ、代かわりにセルズニックが映画えいが化か権けんを購入こうにゅうしたダフニ・デュ・モーリエの小説しょうせつが原作げんさくの『レベッカ』を監督かんとくすることになった。この作品さくひんは19世紀せいきのイギリスの荘園しょうえんが舞台ぶたいで、先妻せんさいの思おもい出でに付つきまとわれた大だい富豪ふごう（ローレンス・オリヴィエ）に嫁とついだアメリカ娘むすめ（ジョーン・フォンテイン）が主人公しゅじんこうのゴシック・ロマンス風ふうの心理しんりスリラーである。ハリウッドではプロデューサーが映画えいが製作せいさくの主導しゅどう権けんを握にぎっていたが、この作品さくひんにもセルズニックの意向いこうや価値かち基準きじゅんが大おおきく反映はんえいされ、そんなセルズニックと芸術げいじゅつ性せいを追求ついきゅうするヒッチコックとの間あいだでたびたび軋轢あつれきが生しょうじた。その最初さいしょの出来事できごとは、6月がつ上旬じょうじゅんに提出ていしゅつした脚本きゃくほんが、原作げんさくの忠実ちゅうじつな映画えいが化かを求もとめるセルズニックに「小説しょうせつとして見事みごとに成功せいこうした作品さくひんを、ひねくれた俗悪ぞくあくな映画えいがにする気きはない」と拒否きょひされたことだった。

同年どうねん夏なつに脚本きゃくほんの修正しゅうせいが終おわり、9月がつ上旬じょうじゅんに撮影さつえいを始はじめたが、その最初さいしょの週しゅうに第だい二に次じ世界せかい大戦たいせんが勃発ぼっぱつし、ヒッチコックはイギリスにいる家族かぞくの身みを案あんじ、戦争せんそうに対たいする不安ふあんは映画えいが製作せいさくにも影響えいきょうを及およぼした。撮影さつえい中ちゅうもヒッチコックはセルズニックの干渉かんしょうに苛立いらだちを見みせ、作品さくひんが芸術げいじゅつ的てきに報むくわれなくなると不満ふまんを露あらわにした。スポトーはこの作品さくひんを「ヒッチコックの映画えいがというよりセルズニックの映画えいがである」と述のべているが、他たのヒッチコック作品さくひんに通つうじる独自どくじの視覚しかく的てきなタッチは維持いじされた。また、ヒッチコックは「カメラの中なかで編集へんしゅうする（最終さいしゅう的てきに編集へんしゅうされた画面がめんに使つかわれるシーンのみを撮影さつえいする手法しゅほう）」という手法しゅほうをとることで、セルズニックが編集へんしゅうで手てを加くわえられないようにした。1940年ねん3月がつに公開こうかいされたこの作品さくひんは、第だい13回かいアカデミー賞しょうで作品さくひん賞しょうを受賞じゅしょうし、セルズニックにオスカー像ぞうがもたらされた。ヒッチコックも自身じしん初はつの監督かんとく賞しょうにノミネートされ、作品さくひんはほかにも9部門ぶもんでノミネートされた。

他社たしゃでの活動かつどう

『レベッカ』の完成かんせい後ご、セルズニックはしばらくプロデューサーとしての活動かつどうを停止ていしし、契約けいやくした俳優はいゆうや監督かんとくを他社たしゃに貸かし出だすという方針ほうしんをとったため、ヒッチコックも1944年ねんまで他社たしゃに貸かし出だされて映画えいがを撮とることになり、セルズニックの下したにいる時ときよりも映画えいが作づくりの自由じゆう度どが高たかまった。ヒッチコックの次つぎの作品さくひん『海外かいがい特派とくは員いん』は独立どくりつ系けい映画えいがプロデューサーのウォルター・ウェンジャーに貸かし出だされて作つくった作品さくひんで、1940年ねん3月がつに脚本きゃくほんを作成さくせいし、同年どうねん夏なつまで撮影さつえいが行おこなわれたが、製作せいさく費ひはそれまでのヒッチコック作品さくひんで最高さいこう額がくの150万まんドルとなった。この作品さくひんは第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん直前ちょくぜんのロンドンに派遣はけんされたアメリカ人じん記者きしゃ（ジョエル・マクリー）が、ナチスのスパイの政治せいじ的てき陰謀いんぼうを突つき止とめるという物語ものがたりである。大戦たいせんへの不安ふあんを抱だいていたヒッチコックは、この作品さくひんであからさまにイギリスの参戦さんせんを支持しじし、結末けつまつにはアメリカの孤立こりつ主義しゅぎの撤回てっかいを求もとめる戦争せんそうプロパガンダの要素ようそを取とり入いれた。同年どうねん8月がつにユナイテッド・アーティスツの配給はいきゅうで公開こうかいされると成功せいこうを収おさめたが、この頃ころにヒッチコックはイギリスのメディアから、祖国そこくの戦争せんそう努力どりょくを助たすけるために帰国きこくしようとせず、アメリカで無事ぶじ安全あんぜんに仕事しごとをする逃亡とうぼう者しゃであると非難ひなんされ、心しんを傷きずつけられた。

1940年ねん8月がつ、ヒッチコックはカリフォルニア州しゅうスコッツバレー近ちかくにある200エーカーの土地とちを持もつ別荘べっそう「コーンウォール牧場ぼくじょう」を購入こうにゅうした。その翌月よくげつからはRKOに貸かし出だされて2本ほんの作品さくひんを監督かんとくしたが、その1本ほん目めの『スミス夫妻ふさい』は友人ゆうじんのキャロル・ロンバードに頼たのまれて監督かんとくを引ひき受うけた作品さくひんである。これは幸しあわせだが喧嘩けんかの絶たえない夫婦ふうふ（ロンバードとロバート・モンゴメリー）を描えがくスクリューボール・コメディで、アメリカ時代じだいの唯一ゆいいつのコメディ映画えいがとなったが、翌よく1941年ねん1月がつに公開こうかいされると興行こうぎょう的てき成功せいこうを収おさめた。2本ほん目めの『断崖だんがい』はフランシス・アイルズの小説しょうせつが原作げんさくで、夫おっと（ケーリー・グラント）を殺人さつじん者しゃと疑うたがい彼かれに殺ころされると思おもい込こむヒロイン（フォンテイン）が主人公しゅじんこうの心理しんりスリラーである。ヒッチコックははじめ、夫おっとが妻つまを殺害さつがいするという結末けつまつを考かんがえていたが、グラントのスターのイメージを損そこなうとしてハッピーエンドに変更へんこうさせられた。同年どうねん11月がつに公開こうかいされると批評ひひょう家かや観客かんきゃくから好意こうい的てきな評価ひょうかを受うけ、その年としのRKOの最もっとも収益しゅうえき性せいの高たかい作品さくひんとなった。第だい14回かいアカデミー賞しょうでは作品さくひん賞しょうなど3部門ぶもんでノミネートされ、フォンテインが主演しゅえん女優じょゆう賞しょうを受賞じゅしょうした。

1943年ねんのヒッチコック。

『断崖だんがい』の撮影さつえい中ちゅう、ヒッチコックは数すう人にんの脚本きゃくほん家かと自身じしんの着想ちゃくそうによる『逃走とうそう迷路めいろ』の脚本きゃくほんを執筆しっぴつした。この作品さくひんは破壊はかい工作こうさく員いんの疑うたがいをかけられた青年せいねん（ロバート・カミングス）が主人公しゅじんこうの物語ものがたりである。セルズニックはこの脚本きゃくほんをユニバーサル・ピクチャーズと契約けいやくしていたプロデューサーに売うり、ヒッチコックは同社どうしゃに貸かし出だされて監督かんとくすることになったが、その立場たちば上じょうキャスティングに口出くちだしできず、自分じぶんが望のぞまない俳優はいゆうを会社かいしゃから押おし付つけられた。撮影さつえいは1941年ねん12月から行おこなわれ、翌よく1942年ねん春はるに完成かんせいして公開こうかいされると商業しょうぎょう的てき成功せいこうを収おさめた。この時期じきにヒッチコックは、それまでの家いえの持もち主ぬしだったロンバードが飛行機ひこうきの墜落ついらく事故じこで死亡しぼうしたために新居しんきょを探さがすことになり、ベルエアのベラジオ・ロード10957番地ばんちにある広大こうだいな敷地しきちを持もつ家いえに引ひっ越こし、ここを亡なくなるまでの住すみかとした。

その次つぎにヒッチコックは、セルズニックの女性じょせい文芸ぶんげい部長ぶちょうの夫おっとが思おもいついたストーリーを基もとにした『疑惑ぎわくの影かげ』（1943年ねん1月がつ公開こうかい）を、ユニバーサルでの2作さく目めとして監督かんとくした。この作品さくひんは最愛さいあいの叔父おじ（ジョゼフ・コットン）を連続れんぞく殺人さつじん犯はんと疑うたがう若わかい娘むすめ（テレサ・ライト）が主人公しゅじんこうのスリラーで、ほとんどのシーンはスタジオ撮影さつえいではなく、物語ものがたりの舞台ぶたいであるカリフォルニア州しゅうサンタローザでロケ撮影さつえいをした。その撮影さつえい中ちゅうの1942年ねん9月がつ26日にち、ヒッチコックの母親ははおやのエマが79歳さいで病死びょうしした。ヒッチコックは母親ははおやについて公おおやけに話はなすことはなかったが、関係かんけい者しゃは彼かれが母親ははおやを賞賛しょうさんしていたと述のべている。その4か月げつ後ごには兄あにのウィリアムがパラアルデヒドの過剰かじょう摂取せっしゅのため52歳さいで亡なくなったが、兄弟きょうだいははあまり親密しんみつな関係かんけいではなかった。ヒッチコックは母ははと兄あにの死しに立たち会あうことはできなかったが、それを機きに肥満ひまん体型たいけいだった自みずからの健康けんこうを危惧きぐし、医師いしの助たすけを借かりて食事しょくじ療法りょうほうに取とり組くんだ。

1942年ねん11月、ヒッチコックはセルズニックの手配てはいで20世紀せいきフォックスに貸かし出だされ、同社どうしゃで2本ほんの作品さくひんを撮影さつえいすることになった。ヒッチコックはUボートに撃沈げきちんされた輸送ゆそう船せんの乗客じょうきゃくとナチスの将校しょうこうをめぐって救命きゅうめい艇ていの中なかだけで物語ものがたりが展開てんかいする作品さくひんを構想こうそうし、アーネスト・ヘミングウェイに脚本きゃくほんを依頼いらいしたが断ことわられ、次つぎにジョン・スタインベックに依頼いらいしたが2人ふたりの共同きょうどう作業さぎょうはうまくいかず、最終さいしゅう的てきにジョー・スワーリングと組くんで執筆しっぴつした。こうして脚本きゃくほんが作つくられた『救命きゅうめい艇てい』は、1943年ねん8月がつから11月の間あいだに撮影さつえいが行おこなわれた。セットはスタジオの巨大きょだいタンクに浮うかぶ救命きゅうめい艇ていの1つだけで、カメラを常つねにその中なかに据すえて撮影さつえいするという実験じっけん的てき手法しゅほうを試こころみた。1944年ねんに公開こうかいされるとさまざまな評価ひょうかを受うけ、一部いちぶの批評ひひょう家かはナチスを賞賛しょうさんしていると批判ひはんした。第だい17回かいアカデミー賞しょうでは監督かんとく賞しょうなど3部門ぶもんでノミネートされた。

戦争せんそうのためにみんな苦労くろうしているのに、わたしだけが何なにもしないわけにはいかない…兵役へいえきにつくには年としをとりすぎていたし、ふとりすぎていた。戦争せんそうにもいかず、戦争せんそうのためになんにもしないでいたら、きっとわたしはそのことでやましい気持きもちを抱いだきつづけることになるだろうと思おもった。

アルフレッド・ヒッチコック、イギリスで戦争せんそうプロパガンダ映画えいがを作つくった理由りゆうについて

1943年ねん12月、ヒッチコックは映画えいが製作せいさくで祖国そこくの戦争せんそう努力どりょくに貢献こうけんする必要ひつよう性せいを感かんじてイギリスに帰国きこくし、友人ゆうじんで情報じょうほう省しょう映画えいが部長ぶちょうのシドニー・バーンスタインの依頼いらいで、1944年ねん1月がつと2月がつにフランスのレジスタンス運動うんどうを描えがく短編たんぺんプロパガンダ映画えいが『闇やみの逃避行とうひこう』と『マダガスカルの冒険ぼうけん』の2本ほんを撮影さつえいした。いずれも亡命ぼうめいしたフランス人じん俳優はいゆうの劇団げきだんモリエール・プレイヤーズが出演しゅつえんしたフランス語ふらんすご作品さくひんであるが、プロパガンダに役立やくだたないとしてフランス国内こくないで正式せいしきに公開こうかいされることはなかった。同年どうねん6月がつと7月がつには、バースタインが製作せいさくしたナチス・ドイツの強制きょうせい収容しゅうよう所しょに関かんするドキュメンタリー『German Concentration Camps Factual Survey』にトリートメント・アドバイザーとして参加さんかした。この作品さくひんは1945年ねんの製作せいさく中ちゅうに棚上たなあげされ、1985年ねんまで未み発表はっぴょうとなっていた。また、1944年ねん10月がつにはセルズニックのスタジオで、アメリカの戦時せんじ国債こくさいの販売はんばいを促進そくしんするための2分ふん足たらずのプロパガンダ映画えいが『The Fighting Generation』を撮影さつえいした。

第だい二に次じ世界せかい大戦たいせん後ごのセルズニック

『白しろい恐怖きょうふ』（1945年ねん）について話はなし合あうヒッチコックとデヴィッド・O・セルズニック。2人ふたりの契約けいやく関係かんけいは1939年ねんから1947年ねんまで続つづいた。

ヒッチコックはイギリス滞在たいざい中ちゅう、精神せいしん病院びょういんが舞台ぶたいの小説しょうせつ『ドクター・エドワーズの家いえ』の映画えいが化か権けんを取得しゅとくし、1944年ねん3月がつにアメリカに戻もどるとそれを基もとにした『白しろい恐怖きょうふ』の脚本きゃくほんをベン・ヘクトと作成さくせいし、セルズニックの下したで作つくる2本ほん目めの作品さくひんとして監督かんとくした。この作品さくひんは精神せいしん分析ぶんせきを題材だいざいに扱あつかい、自分じぶんを人殺ひとごろしだと思おもい込こむ記憶きおく喪失そうしつの精神せいしん病院びょういんの院長いんちょう（グレゴリー・ペック）と、彼かれと恋こいに落おちた精神せいしん分析ぶんせき医い（イングリッド・バーグマン）を主人公しゅじんこうにして物語ものがたりが展開てんかいされ、サルバドール・ダリが夢ゆめのシーンをデザインした。撮影さつえいは同年どうねん7月がつから10月がつまで行おこなわれたが、その間あいだにセルズニックとの契約けいやくが更新こうしんされ、週給しゅうきゅうはそれまでの倍ばい以上いじょうとなる7500ドルになった。作品さくひんは1945年ねんに公開こうかいされ、800万まんドルの収益しゅうえきを上あげた。第だい18回かいアカデミー賞しょうでは作品さくひん賞しょうや監督かんとく賞しょうなど6部門ぶもんでノミネートされ、音楽おんがくを担当たんとうしたミクロス・ローザが作曲さっきょく賞しょうを受賞じゅしょうした。

この作品さくひんの完成かんせい後ご、ヒッチコックは何なん度どかイギリスへ行いき、バーンスタインと独立どくりつ系けい映画えいが製作せいさく会社かいしゃを設立せつりつするための打うち合あわせをした。その間あいだには再ふたたびヘクトと『汚名おめい』の脚本きゃくほんを作成さくせいしたが、セルズニックはこの作品さくひんを自分じぶんでは作つくらず、「監督かんとくヒッチコック＝脚本きゃくほんヘクト＝主演しゅえんバーグマン」のパッケージにしてRKOに50万まんドルで売うり、ヒッチコックがプロデューサーを兼任けんにんした。物語ものがたりはナチスのスパイの娘むすめ（バーグマン）と彼女かのじょに協力きょうりょくを求もとめるFBIの諜報ちょうほう員いん（グラント）を主人公しゅじんこうにして展開てんかいされるが、この作品さくひんで先見せんけんの明あかりのあるところは、ナチスがウラン鉱石こうせきを兵器へいき実験じっけんに使つかうという設定せっていを採用さいようしたことである。その設定せっていは広島ひろしま市しへの原子げんし爆ばく弾だん投下とうかよりも前まえの1945年ねん3月がつ、ヒッチコックとヘクトがカリフォルニア工科こうか大学だいがくのロバート・ミリカンを訪たずねたあとに脚本きゃくほんに書かき加くわえたが、そのためにヒッチコックは一時いちじ的てきに連邦れんぽう捜査そうさ局きょく（FBI）の監視かんし下かに置おかれた。撮影さつえいは同年どうねん10月がつから1946年ねん2月がつまで行おこなわれ、8月がつに公開こうかいされると興行こうぎょう的てき成功せいこうを収おさめ、批評ひひょう家かから高たかい評価ひょうかを受うけた。

その次つぎにヒッチコックはセルズニックの下もとで、ロバート・ヒチェンスの小説しょうせつが原作げんさくの法廷ほうていサスペンス『パラダイン夫人ふじんの恋こい』を監督かんとくしたが、これはセルズニックに無理むりに押おし付つけられた仕事しごとであり、作品さくひん的てきにもやる気きをそそられなかった。脚本きゃくほんはセルズニックが執筆しっぴつしたが、その日ひその日ひで書かき進すすめて撮影さつえい現場げんばに届とどけさせたため撮影さつえいはうまく進すすまず、おまけに作品さくひんに対たいするセルズニックの干渉かんしょうも増ふえた。ヒッチコックはそんなセルズニックのやり方かたが気きに食くわず、絶たえ間まない対立たいりつで心気しんき症しょうに悩なやまされた。さらにキャスティングにも悩なやまされ、とくに主人公しゅじんこうのイギリスの弁護士べんごし役やくのグレゴリー・ペックと下男げなん役やくのルイ・ジュールダンが役柄やくがらのイメージに合あわず、ミスキャストになってしまったことに弱よわり果はてた。撮影さつえいは1946年ねん12月から1947年ねん5月の間あいだに行おこなわれ、製作せいさく費ひは400万まんドルを超こえたが、これはヒッチコックのキャリアの中なかで2番目ばんめに高額こうがくな映画えいがとなった。同年どうねん大晦日おおみそかに公開こうかいされたが批評ひひょう家かの反応はんのうは悪わるく、『ニューヨーク・タイムズ』誌しには「陳腐ちんぷで冗長じょうちょう」と評ひょうされた。ヒッチコックはこの作品さくひんを最後さいごにセルズニックとの契約けいやくを終おわらせた。

独立どくりつとワーナー・ブラザース

ヒッチコックは、バーンスタインと新あたらしく設立せつりつした独立どくりつ系けい映画えいが製作せいさく会社かいしゃトランスアトランティック・ピクチャーズで監督かんとく兼けんプロデューサーとして映画えいが作づくりを始はじめ、自分じぶんの作つくりたいものが自由じゆうに作つくれるようになった。その第だい1作さくはヒッチコックの最初さいしょのカラー映画えいがとなる『ロープ』である。この作品さくひんは実際じっさいに起おきたレオポルドとローブによる殺人さつじん事件じけんを基もとにしたパトリック・ハミルトンの戯曲ぎきょくの映画えいが化かで、知的ちてきなスリルから友人ゆうじんを殺害さつがいした2人ふたりの青年せいねん（ジョン・ドールとファーリー・グレンジャー）を主人公しゅじんこうにしている。原作げんさく戯曲ぎきょくは舞台ぶたいの幕まくが上あがってから降おりるまでの実際じっさいの上演じょうえん時間じかんに即そくしてドラマを進行しんこうさせたが、ヒッチコックこれを映画えいがで見みせるため、「テン・ミニッツ・テイク」という実験じっけん的てきな撮影さつえい手法しゅほうを試こころみた。この手法しゅほうはカメラのマガジンに入はいるフィルム1巻かん分ぶん（1000フィート＝約やく10分ふん）ごとにワンショットで撮影さつえいし、ショットの切きれ目めを俳優はいゆうや小道具こどうぐのクローズアップでカモフラージュすることで、1本ほんの映画えいがをまるごとワンショットのように見みせた。しかし、ヒッチコックはこの手法しゅほうが「映画えいがはカット割わりとモンタージュが重要じゅうよう」だという自身じしんの方法ほうほう論ろんを否定ひていしていたため、「無意味むいみな狂くるったアイデアだった」と述のべている。作品さくひんは1948年ねんに公開こうかいされるとさまざまな批評ひひょうを集あつめたが、興行こうぎょう的てきには成功せいこうしなかった。

1948年ねん、ヒッチコックはイギリスでトランスアトランティック・ピクチャーズの監督かんとく2作さく目めとして、バーグマンが主演しゅえんのコスチューム・プレイ『山羊やぎ座ざのもとに』（1949年ねん9月がつ公開こうかい）を撮影さつえいしたが、この作品さくひんは興行こうぎょう的てきにも批評ひひょう的てきにも失敗しっぱいし、その後ごトランスアトランティック・ピクチャーズは活動かつどうを停止ていしした。この頃ころにヒッチコックはタレント・エージェント業ごうを行おこなうMCAの顧客こきゃくのひとりとなった。1949年ねん1月がつにはトランスアトランティック・ピクチャーズの2本ほんを配給はいきゅうしたワーナー・ブラザースと、自みずからがプロデューサーとして題材だいざいや配役はいやくなどを自由じゆうに選えらべるという条件じょうけんで、6年ねん半はんの間あいだに4本ほんの映画えいがを約やく100万まんドルの報酬ほうしゅうで作つくるという契約けいやくを結むすんだ。その第だい1作さくである『舞台ぶたい恐怖症きょうふしょう』はジェーン・ワイマンとマレーネ・ディートリッヒが主演しゅえんし、同年どうねん半なかばにイギリスのスタジオで撮影さつえいした。翌よく1950年ねん2月がつに作品さくひんが公開こうかいされたが、批評ひひょう家かの評価ひょうかは芳かんばしくなかった。

『私わたしは告白こくはくする』（1953年ねん）撮影さつえい時じのヒッチコック。

1949年ねん後半こうはんから1950年ねん初はじめにかけて、ヒッチコックは自由じゆうに題材だいざいを選えらべたにもかかわらず、創造そうぞう力りょくを思おもうように発揮はっきできずにいた。それでもヒッチコックは大おおきな富とみと国際こくさい的てき名声めいせいを築きずき、株かぶや石油せきゆの油井ゆせいの所有しょゆう、さらにはサンタクルーズに所有しょゆうする土地とちでワイン用ようのブドウを栽培さいばいして利益りえきを得えた。1950年ねん春はるにはパトリシア・ハイスミスの小説しょうせつ『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』を読よんで感銘かんめいを受うけ、自分じぶんのエージェントに映画えいが化か権けんの交渉こうしょうを指示しじした。ヒッチコックは脚本きゃくほんを書かくためにダシール・ハメットに近付ちかづいたが実現じつげんはせず、次つぎにレイモンド・チャンドラーを雇やとったが意見いけんが合あわず、9月にチャンドラーを仕事しごとから降おろし、ベン・ヘクトの助手じょしゅのチェンチ・オーモンドと新あたらしく脚本きゃくほんを書かき直なおした。『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』は列車れっしゃの中なかで見知みしらぬ男おとこ（ロバート・ウォーカー）から交換こうかん殺人さつじんを持もちかけられたテニス選手せんしゅ（グレンジャー）が主人公しゅじんこうのスリラー映画えいがである。撮影さつえいは同年どうねんのクリスマスまでに終おわり、1951年ねん6月がつ末まつに公開こうかいされると成功せいこうを収おさめ、マスコミはヒッチコックのことを「サスペンス・スリラーの巨匠きょしょう」と呼よんだ。

この作品さくひんの完成かんせい後ご、ヒッチコックは再ふたたび興味きょうみをそそられる企画きかくを見みつけることができず、新あたらしい作品さくひんが作つくれないのではないかと不安ふあんに駆かられたが、1952年ねん2月がつに妻つまの提案ていあんでポール・アンセルムの戯曲ぎきょく『わが二ふたつの良心りょうしん』が原作げんさくの『私わたしは告白こくはくする』の脚本きゃくほんに取とり組くんだ。この作品さくひんはローマ・カトリックの司祭しさい（モンゴメリー・クリフト）がゆるしの秘跡ひせきの守秘しゅひ義務ぎむにより、殺人さつじんを告白こくはくした男おとこのことを口外こうがいすることができず、自身じしんが殺人さつじん者しゃと疑うたがわれるという物語ものがたりである。撮影さつえいは8月がつから10月がつの間あいだに行おこなわれたが、ヒッチコックは主演しゅえんのクリフトの過度かどな飲酒いんしゅとメソッド演技えんぎが気きに入いらず、2人ふたりの協力きょうりょく関係かんけいはあまり上手うまくいかなかった。この作品さくひんはユーモアの要素ようそを欠かいたヒッチコックの数少かずすくないサスペンス映画えいがの1本ほんだったが、後年こうねんにヒッチコックはそれを間違まちがいと見みなした。1953年ねん2月がつに公開こうかいされると、『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』紙しの批評ひひょう家かに「本来ほんらいなら切きれ味あじの鋭するどいナイフのようなヒッチコックの演出えんしゅつが重苦おもくるしく、釈然しゃくぜんとしない状況じょうきょうで鈍にぶってしまっている」と評ひょうされた。

ヒッチコックはワーナー・ブラザースとの契約けいやくの最後さいごの作品さくひんとして、デイヴィッド・ダンカンの小説しょうせつ『ブランブル・ブッシュ』の映画えいが化かを企画きかくしたが、まもなくそれを諦あきらめ、1952年ねんにロンドンとニューヨークで上演じょうえんされて大だいヒットしたフレデリック・ノット原作げんさくの舞台劇ぶたいげき『ダイヤルMを廻まわせ!』の映画えいが化かに取とりかかった。物語ものがたりは若わかい妻つま（グレース・ケリー）の殺人さつじんを企くわだてて、別べつの人ひとに殺ころさせようとする元もとテニス選手せんしゅ（レイ・ミランド）が主人公しゅじんこうで、妻つまが自己じこ防衛ぼうえいから襲撃しゅうげき者しゃを殺ころしてしまうことで事態じたいは複雑ふくざつになる。撮影さつえいは1953年ねん7月がつから9月がつの間あいだに行おこなわれ、ヒッチコックは「35日間にちかんで撮とり上あげた」と述のべている。ワーナー・ブラザースはこの作品さくひんを当時とうじ流行りゅうこうした3D映画えいがとして作つくらせたが、1954年ねんに公開こうかいされた時ときには3D映画えいがの流行りゅうこうはすたれ、ほとんどの劇場げきじょうでは通常つうじょうの形かたちで上映じょうえいされた。

キャリアのピーク：1953年ねん - 1963年ねん

パラマウント・ピクチャーズ

『裏窓うらまど』（1954年ねん）撮影さつえい時じ。左ひだりからジェームズ・ステュアート、グレース・ケリー、ヒッチコック。

1953年ねん夏なつ、ヒッチコックは自身じしんのエージェントであるMCAのルー・ワッサーマンを介かいして、パラマウント・ピクチャーズと5本ほんの映画えいがを製作せいさくまたは監督かんとくし、その利益りえきに対たいする歩合ぶあいと作品さくひんの最終さいしゅう的てきな所有しょゆう権けんをヒッチコック側がわが持もつという契約けいやくを結むすんだ。その最初さいしょの作品さくひんはコーネル・ウールリッチの短編たんぺん小説しょうせつが原作げんさくの『裏窓うらまど』で、放送ほうそう作家さっかのジョン・マイケル・ヘイズに脚本きゃくほんを依頼いらいした。この作品さくひんは足あしを骨折こっせつして車椅子くるまいす生活せいかつを送おくる写真しゃしん家か（ジェームズ・ステュアート）が、双眼鏡そうがんきょうで向むかいのアパートの住人じゅうにんたちを観察かんさつするうち、そのうちの1部屋へやで殺人さつじんが行おこなわれたことに気付きづくという物語ものがたりで、前作ぜんさくに続つづいてグレース・ケリーがヒロインを演えんじた。撮影さつえいは順調じゅんちょうに進すすみ、スタッフや俳優はいゆうとの関係かんけいも良好りょうこうだった。ヒッチコックも機嫌きげんが良よく、以前いぜんのようなエネルギーと創作そうさくへの熱意ねついを取とり戻もどし、後年こうねんには「この頃ころは自分じぶんのバッテリーがほんとうにフルに充電じゅうでんされていると思おもった」と述のべている。1954年ねん8月がつに公開こうかいされると好評こうひょうを博はくし、公開こうかいから2年間ねんかんで興行こうぎょう収入しゅうにゅうは1000万まんドルを超こえた。第だい27回かいアカデミー賞しょうではヒッチコックが監督かんとく賞しょうにノミネートされた。

1954年ねん初はじめ、ヒッチコックはパラマウントの重役じゅうやくの勧すすめでデイヴィッド・ドッジの小説しょうせつが原作げんさくの『泥棒どろぼう成金なりきん』の製作せいさくを始はじめた。この作品さくひんは宝石ほうせき泥棒どろぼうの疑うたがいをかけられた元もと泥棒どろぼう（グラント）と、彼かれと恋こいしたアメリカ人じん女性じょせい（ケリー）が主人公しゅじんこうのロマンチックなサスペンスで、ビスタビジョンを使用しようしたワイドスクリーン映画えいがとして作つくられた。ヒッチコックは前作ぜんさくで組くんだヘイズと脚本きゃくほんを書かき、初夏しょかに物語ものがたりの舞台ぶたいとなるフランスのリヴィエラでロケ撮影さつえいをした。翌よく1955年ねん8月がつに公開こうかいされると北米ほくべいだけで450万まんドルの利益りえきを出だしたが、批評ひひょう家かの意見いけんは分わかれた。

1955年ねん、『ハリーの災難さいなん』の宣伝せんでんのためヒッチコックは初はつ来日らいにちした。江戸川えどがわ乱歩らんぽ、淀川よどがわ長治ながはる、植草うえくさ甚一じんいち、双葉ふたば十三郎じゅうざぶろうらとともに。

『泥棒どろぼう成金なりきん』の撮影さつえい中ちゅう、ヒッチコックはヘイズにジャック・トレヴァー・ストーリーの短編たんぺん小説しょうせつが原作げんさくの『ハリーの災難さいなん』の脚本きゃくほんを依頼いらいした。この作品さくひんはバーモント州しゅうの田舎いなかを舞台ぶたいに、ハリーの死しで罪ざいの意識いしきを感かんじた町まちの人ひとたちを描えがくブラック・コメディである。撮影さつえいは1954年ねん後半こうはんに行おこなわれ、1955年ねん10月がつに公開こうかいされた。ヒッチコックは日本にっぽんを含ふくむ世界せかい各地かくちを旅たびして宣伝せんでんに努つとめたが、フランス以外いがいの国くにでは客きゃく入いりは悪わるく、批評ひひょうも芳かんばしくなかった。

1955年ねん4月がつ20日はつか、ヒッチコックはロサンゼルス郡ぐん裁判所さいばんしょでアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくの市民しみん権けんを取得しゅとくした。それまでにはジェームズ・ステュアートとドリス・デイが主演しゅえんの次回じかい作さく『知しりすぎていた男おとこ』の脚本きゃくほんをヘイズと作成さくせいした。この作品さくひんは『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』のリメイクだが、プロットにはさまざまな変更へんこうを付つけ加くわえており、後年こうねんにヒッチコックは「最初さいしょのイギリス版ばん（『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』）はなにがしかの才能さいのうのあるアマチュアがつくった映画えいがだったが、リメークのアメリカ版ばん（『知しりすぎていた男おとこ』）はプロがつくった映画えいがだった」と述のべている。撮影さつえいは同年どうねん7月がつまでに行おこなわれ、1956年ねん5月に公開こうかいされると興行こうぎょう的てき成功せいこうを収おさめ、公開こうかいから1週間しゅうかんのうちにその年としのアメリカで最高さいこうの興行こうぎょう収入しゅうにゅうを出だした。

テレビへの進出しんしゅつ

『ヒッチコック劇場げきじょう』撮影さつえい時じのヒッチコック（1955年ねん）。

1955年ねん、ヒッチコックはワッサーマンから自身じしんのテレビシリーズを手てがけることを勧すすめられ、『知しりすぎていた男おとこ』の撮影さつえい完了かんりょう後ごにCBSとの間あいだで30分ぶんのテレビシリーズ『ヒッチコック劇場げきじょう』を作つくり、1エピソードにつき12万まん9000ドルのギャラを受うけ取とるという契約けいやくを結むすんだ。ヒッチコックはジョーン・ハリソンとシリーズを作つくるための製作せいさく会社かいしゃシャムリー・プロダクションを設立せつりつし、2人ふたりですべてのエピソードの原作げんさくと主題しゅだいを選定せんていした。製作せいさく総そう指揮しきは元もと秘書ひしょでいくつかの作品さくひんの脚本きゃくほんに参加さんかしたハリソンが担当たんとうし、ヒッチコックは製作せいさくと監修かんしゅうを担当たんとうしながら、毎回まいかい番組ばんぐみの前後ぜんごで口上こうじょうを述のべるホスト役やくとして出演しゅつえんした。『ヒッチコック劇場げきじょう』は1955年ねん10月がつ2日にちに放送ほうそう開始かいしし、7年間ねんかんにわたり放送ほうそうされたあと、1962年ねんから1965年ねんまでは1時じ間あいだ枠わくの『ヒッチコック・サスペンス』として放送ほうそうされた。ヒッチコックはこれらのシリーズで合あわせて18話わのエピソードを演出えんしゅつした。

『ヒッチコック劇場げきじょう』は非常ひじょうに収益しゅうえき性せいが高たかく、放送ほうそう当初とうしょから最もっとも人気にんきのある番組ばんぐみのひとつとなった。ヒッチコックもホスト役やくでの出演しゅつえんで認知にんち度どを高たかめ、その名なを最もっともポピュラーなものにした。番組ばんぐみのタイトルシークエンスは、シャルル・グノー作曲さっきょくの「操あやつり人形にんぎょうの葬送そうそう行進曲こうしんきょく」をテーマ曲きょくに、ヒッチコック自身じしんの手描てがきによる線画せんがの自画像じがぞうに横顔よこがおのシルエットがフレームインしてきておさまるという趣向しゅこうで、そのあとに始はじまるヒッチコックの口上こうじょうはユーモアにあふれ、ポーカーフェイスで飄々ひょうひょうとした語かたり口くちで喋しゃべるのが特徴とくちょう的てきだった。

ヒッチコックはテレビでの成功せいこうを受うけて、自身じしんの名前なまえを使用しようした短編たんぺん小説しょうせつ集しゅうをいくつか刊行かんこうした。その中なかには『テレビで演出えんしゅつすることができなかった物語ものがたり』『母親ははおやが私わたしに語かたらなかった物語ものがたり』というタイトルのものが含ふくまれていた。これらの本ほんはヒッチコック責任せきにん編集へんしゅうの名目めいもくで刊行かんこうされたが、自身じしんの署名しょめいによる序文じょぶんは別人べつじんが代作だいさくしており、ヒッチコックは名前なまえの使用しようだけで印税いんぜいを受うけ取とった。また、ヒッチコックは1956年ねんにHSD出版しゅっぱん社しゃから刊行かんこうされた犯罪はんざいと探偵たんてい小説しょうせつ専せん門もんの月刊げっかん雑誌ざっし『アルフレッド・ヒッチコックス・ミステリー・マガジン（AHMM）』にも自身じしんの名前なまえを使つかうことを許可きょかした。ヒッチコックの本ほんの外国がいこく語ご版ばんは年間ねんかん最大さいだい10万まんドルの収入しゅうにゅうをもたらしたが、さらに映画えいがの興行こうぎょう的てき成功せいこうやテレビ契約けいやくなどでも大おおきな利益りえきを獲得かくとくし、1956年ねんのヒッチコックの収入しゅうにゅうは400万まんドルを超こえた。

ヒッチコックの次つぎの監督かんとく映画えいがは『間違まちがえられた男おとこ』（1956年ねん12月公開こうかい）である。この作品さくひんは過去かこにワーナー・ブラザースと交かわしていた、同社どうしゃとの契約けいやく終了しゅうりょう後ごにギャラを貰もらわずに1本ほん映画えいがを監督かんとくするという約束やくそくを果はたすために作つくった作品さくひんである。それはマクスウェル・アンダーソンが1953年ねんに『ライフ』誌しに掲載けいさいした実話じつわを基もとにしており、ナイトクラブのミュージシャン（ヘンリー・フォンダ）が警察けいさつの軽率けいそつな判断はんだんによって強盗ごうとう犯はんにでっちあげられて逮捕たいほされ、裁判さいばんにかけられる姿すがたを描えがいている。撮影さつえいは1956年ねん3月がつから6月がつの間あいだに行おこなわれたが、ヒッチコックは実話じつわ通どおりに物語ものがたりを展開てんかいするため、マンハッタンなど実際じっさいに事件じけんが起おきた場所ばしょでロケ撮影さつえいを行おこない、ドキュメンタリー・タッチのモノクロ作品さくひんにすることでリアリティを高たかめた。しかし、その作風さくふうはヒッチコック作品さくひんとしては異色いしょくなものであり、従来じゅうらいの作品さくひんに見みられたユーモアや独特どくとくのスタイルに欠かけていたためにあまり評価ひょうかされなかった。その完成かんせい後ごの1956年ねん夏なつには、アフリカを舞台ぶたいにしたローレンス・ヴァン・デル・ポストの小説しょうせつ『フラミンゴの羽根はね』の映画えいが化かを企画きかくし、南みなみアフリカで撮影さつえい場所ばしょの視察しさつをしたが、製作せいさく費ひや原住民げんじゅうみんのエキストラの調達ちょうたつなどで問題もんだいが生しょうじたため企画きかくを放棄ほうきした。

『めまい』（1958年ねん）撮影さつえい時じのヒッチコックとキム・ノヴァク。

1957年ねん1月がつ、ヒッチコックは長年ながねん抱かかえていたヘルニアの悪化あっかで手術しゅじゅつを受うけた。3月には今度こんどは胆石たんせきの痛いたみに苦くるしみ、その除去じょきょ手術しゅじゅつを受うけた。体調たいちょうが回復かいふくすると、1956年ねん後半こうはんから次回じかい作さくに企画きかくしていたボワロー＝ナルスジャックのミステリー小説しょうせつ『死者ししゃの中なかから』が原作げんさくの『めまい』をパラマウント・ピクチャーズで製作せいさくし、9月から12月の間あいだにスタジオと北きたカリフォルニアのロケで撮影さつえいを行おこなった。物語ものがたりは高所こうしょ恐怖症きょうふしょうで警察けいさつを辞やめた元もと刑事けいじ（ステュアート）が主人公しゅじんこうで、自殺じさつを企くわだてた友人ゆうじんの妻つま（キム・ノヴァク）を救すくったのがきっかけで彼女かのじょに夢中むちゅうとなるが、その執着しゅうちゃくは悲劇ひげきにつながる。この作品さくひんは現代げんだいでは古典こてん的てき作品さくひんに位置付いちづけられているが、1958年ねんの公開こうかい当時とうじは興行こうぎょう的てきに成功せいこうせず、また賛辞さんじの批評ひひょうも少すくなく、『バラエティ』誌しの批評ひひょう家かには「テンポが遅おそすぎて長ながすぎる」と評ひょうされた。 2012年ねんに発表はっぴょうされたイギリスの映画えいが誌し『サイト・アンド・サウンド』による批評ひひょう家かの投票とうひょうでは、史上しじょう最高さいこうの映画えいがに選出せんしゅつされた。

ヒッチコックは『めまい』の次つぎに作つくる映画えいがとして、ハモンド・イネスの小説しょうせつ『メリー・ディア号ごうの遭難そうなん』の映画えいが化かを企画きかくし、そのためにMGMと契約けいやくを結むすんだ。ヒッチコックはアーネスト・レーマンと仕事しごとに取とり組くんだが、主題しゅだいが扱あつかいにくくて脚本きゃくほん作づくりがうまくいかず、レーマンにその代かわりに「ヒッチコック映画えいがの決定けってい版ばんをつくりたい」「ラシュモア山さんの大統領だいとうりょうたちの顔かおの上うえで大だい追跡ついせき場面ばめんを撮とりたい」と言いったことからオリジナル脚本きゃくほんの『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』を作つくることになり、レーマンは『めまい』のプリプロダクション中なかの1958年ねん8月がつから脚本きゃくほんに取とり組くみ始はじめた。この作品さくひんはスパイの陰謀いんぼうに巻まき込こまれ、全米ぜんべいを転々てんてんとしながら犯おかしてもいない殺人さつじんの容疑ようぎを晴はらすために奮闘ふんとうする広告こうこくマン（グラント）が主人公しゅじんこうのスパイ・スリラーで、構想こうそう通どおりにアメリカ時代じだいのヒッチコック作品さくひんを総括そうかつするような作品さくひんとなった。撮影さつえいは同年どうねん8月がつに開始かいしし、翌よく1959年ねん初はじめには編集へんしゅう作業さぎょうに入はいった。MGMの重役じゅうやくは136分ふんに及およぶ完成かんせい版ばんの上映じょうえい時間じかんが長ながすぎるとしてカットを要求ようきゅうしたが、ヒッチコックは契約けいやくで作品さくひんの最終さいしゅう決定けってい権けんを保証ほしょうされていたため、それを拒否きょひすることができた。1959年ねん8月がつのラジオシティ・ミュージックホールでの初はつ公開こうかいは成功せいこうし、公開こうかいから2週間しゅうかんで40万まんドルを超こえる興行こうぎょう収入しゅうにゅうを記録きろくした。

『サイコ』と『鳥とり』

『サイコ』（1960年ねん）撮影さつえい時じ。左ひだりからアンソニー・パーキンス、ヒッチコック、ジャネット・リー。

1959年ねん4月がつ、ヒッチコックは『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』の次回じかい作さくにヘンリー・セシル・レオンの小説しょうせつ『判事はんじに保釈ほしゃくなし』の映画えいが化かを企画きかくし、主演しゅえんにオードリー・ヘプバーンを予定よていしたが、実現じつげんには至いたらなかった。同年どうねん盛夏せいかまでには、実話じつわに基もとづくロバート・ブロックの小説しょうせつが原作げんさくの『サイコ』を代かわりの次回じかい作さくに決きめ、ジョセフ・ステファノに脚本きゃくほんを依頼いらいした。後年こうねんにヒッチコックは、原作げんさくの「シャワーを浴あびていた女おんなが突然とつぜん惨殺ざんさつされるというその唐突とうとつさ」だけで映画えいが化かに踏ふみ切きったと述のべている。しかし、パラマウントの重役じゅうやくは「母親ははおやの服ふくを着きて、騒さわぎを起おこす狂人きょうじんのばかばかしい話はなし」だとして映画えいが化かを渋しぶったため、ヒッチコック自身じしんが製作せいさく費ひを負担ふたんし、同社どうしゃが配給はいきゅうのみを行おこなうという条件じょうけんで製作せいさくが決定けっていした。ヒッチコックはできるだけ短期間たんきかんかつ低てい予算よさんで作品さくひんを完成かんせいさせるため、『ヒッチコック劇場げきじょう』で経験けいけんしたテレビの早はや撮とりの手法しゅほうとテレビのスタッフを活用かつようした。撮影さつえいは1959年ねん11月から1960年ねん1月がつの間あいだにレヴュー・スタジオで行おこなわれたが、ヒッチコックは作品さくひんの内容ないようが漏もれないようにするため撮影さつえいを極秘ごくひのうちに進すすめた。

ヒッチコックはこの作品さくひんのために、自みずからが出演しゅつえんする予告編よこくへんを作成さくせいしたり、内容ないようを口外こうがいしないように求もとめる広告こうこくを出だしたりして大おおがかりな宣伝せんでんキャンペーンを展開てんかいし、初はじめて映画えいが館かんで途中とちゅう入場にゅうじょうを禁止きんしする興行こうぎょう方針ほうしんを定さだめた。1960年ねん4月がつからはこの作品さくひんの宣伝せんでんとプレミアの出席しゅっせきのため、アルマと世界せかい一周いっしゅう旅行りょこうを兼かねて日本にっぽんや香港ほんこん、イタリア、フランスなどを訪おとずれた。6月に一般いっぱん公開こうかいされると批評ひひょう家かや観客かんきゃくの間あいだでさまざまな反響はんきょうを呼よび、その年としで最もっとも観客かんきゃくを動員どういんし、物議ぶつぎを醸かもした映画えいがとなった。製作せいさく費ひが約やく80万まんドルに対たいして、興行こうぎょう収入しゅうにゅうは1500万まんドルを記録きろくし、ヒッチコックのキャリアの中なかで最もっとも収益しゅうえき性せいが高たかい映画えいがとなった。公開こうかい当時とうじの批評ひひょう家かの多おおくは好意こうい的てきな批評ひひょうを与あたえなかったが、後のちにその意見いけんは翻ひるがえった。第だい33回かいアカデミー賞しょうでは5度目どめの監督かんとく賞しょうノミネートを受うけた。後年こうねんに『サイコ』は最もっとも有名ゆうめいなヒッチコック作品さくひんと言いわれ、とくにシャワールームでの殺人さつじんシーンは映画えいが史上しじょうの名めい場面ばめんに数かぞえられ、さまざまな研究けんきゅうや分析ぶんせきがなされた。

『鳥とり』（1963年ねん）の宣伝せんでん写真しゃしんのヒッチコック。

ヒッチコックは『サイコ』の次つぎ作さくとして、ロベール・トマの戯曲ぎきょく『罠わな』の映画えいが化かや、原爆げんばく投下とうかの使命しめいを帯おびた飛行ひこう士しが主人公しゅじんこうの『星ほしの村むら』、ディズニーランドを舞台ぶたいにしたサスペンス『盲目もうもくの男おとこ』を企画きかくしたが、いずれも実現じつげんはしなかった。1961年ねん8月がつ、ヒッチコックはすでに映画えいが化か権けんを購入こうにゅうしていたダフニ・デュ・モーリエの小説しょうせつ『鳥とり』の映画えいが化かを決きめ、原作げんさくからは「ある日ひ突然とつぜん、鳥とりが人間にんげんを襲おそう」というアイデアだけをいただき、エヴァン・ハンターと脚本きゃくほんを作成さくせいした。1962年ねん2月がつにはMCAの子会社こがいしゃとなったユニバーサル・ピクチャーズと5本ほんの映画えいがを作つくる契約けいやくを結むすび、スタジオ内ないの広々ひろびろとした専用せんようのオフィスに移転いてんした。それと同時どうじにヒッチコックはMCAとの契約けいやくで、自身じしんが所有しょゆうする『サイコ』と『ヒッチコック劇場げきじょう』のすべての権利けんりと引ひき換かえに、MCAの約やく15万まん株かぶを手てに入いれ、同社どうしゃで3番目ばんめの大だい株主かぶぬしになった。

『鳥とり』はユニバーサルとの契約けいやくの1本ほん目めであり、1962年ねん3月がつから7月がつの間あいだに撮影さつえいが行おこなわれた。主演しゅえんにはヒッチコックがテレビCMで見みかけた元もとモデルの新人しんじんティッピ・ヘドレンを起用きようしたが、後年こうねんにヘドレンは撮影さつえい中ちゅうにヒッチコックからセクハラを受うけていたことを明あきらかにした。ヘドレンの自伝じでんまたはスポトーの伝記でんきによると、ヒッチコックはヘドレンが男性だんせい俳優はいゆうと交流こうりゅうしたり触ふれたりすることを禁きんじたり、彼女かのじょだけに聞きこえるように卑猥ひわいなことを言いったり、スタッフに彼女かのじょの行動こうどうを見張みはらせたりしたという。『鳥とり』は1963年ねん3月がつに公開こうかいされ、興行こうぎょう収入しゅうにゅうは最初さいしょの数すうか月げつで1100万まんドルをあげたが、批評ひひょう家かと観客かんきゃくの意見いけんは賛否さんぴ両論りょうろんとなった。

キャリア後期こうき：1965年ねん - 1980年ねん

『マーニー』

『マーニー』（1964年ねん）撮影さつえい時じのヒッチコックとティッピ・ヘドレン。

『鳥とり』の次つぎの作品さくひんとなった『マーニー』は、ウィンストン・グレアムの同名どうめいの小説しょうせつが原作げんさくで、1960年ねんに出版しゅっぱんされた時ときに映画えいが化か権けんを手てに入いれていた。『鳥とり』撮影さつえい中ちゅうの1962年ねん3月がつには、すでに引退いんたいしてモナコ王妃おうひとなっていたグレース・ケリー主演しゅえんでこの作品さくひんを映画えいが化かすることを考かんがえていたが、ケリーとの交渉こうしょうは上手うまくいかず、代かわりにヘドレンを再ふたたび起用きようした。この作品さくひんは窃盗せっとう癖へきのある女性じょせい（ヘドレン）と、その異常いじょう性せいに魅みかれて彼女かのじょを愛あいする男性だんせい（ショーン・コネリー）が主人公しゅじんこうの心理しんり的てきなメロドラマである。ヒッチコックは脚本きゃくほんをハンターに依頼いらいしたが、のちにジェイ・プレッソン・アレンにまったく別べつのアプローチで改稿かいこうさせた。ヒッチコックはこの作品さくひんのために、愛犬あいけんの名前なまえにちなんで名付なづけた新あたらしい製作せいさく会社かいしゃジェフリー・スタンリー・プロダクションを設立せつりつし、1963年ねん9月がつに撮影さつえいを始はじめた

その撮影さつえい中ちゅう、ヒッチコックのヘドレンに対たいするセクハラはエスカレートした。ヘドレンによると、ヒッチコックはメイク部ぶに自分じぶんのためにヘドレンの顔かおをかたどったマスクを作つくらせるよう要求ようきゅうしたり、ヒッチコックの部屋へやと隣となりのヘドレンの控ひかえ室しつの間あいだに扉とびらを作つくって直接ちょくせつ行いき来きできるようにしたりしたという。スポトーによると、1964年ねん2月がつ末まつのある日ひには、ヒッチコックは控ひかえ室しつでヘドレンに性的せいてき関係かんけいを求もとめ、やがてヘドレンのキャリアを台無だいなしにすると脅迫きょうはくめいたことを言いったという。それ以来いらいヒッチコックはヘドレンに話はなしかけるのを拒こばみ、第三者だいさんしゃを通つうじてコミュニケーションをとった。そのうえ作品さくひんに対たいする興味きょうみも失しつくし、技術ぎじゅつ上じょうのディティールやスクリーン・プロセスやセットの使つかい方かたなどにも注意ちゅういを払はらわなくなった。

1964年ねん7月がつに作品さくひんは公開こうかいされたが、批評ひひょう家かの反応はんのうは概おおむね批判ひはん的てきで、その意見いけんの多おおくは技術ぎじゅつ的てきな稚拙ちせつさと異常いじょう心理しんりを極端きょくたんに単純たんじゅん化かした点てんの古臭ふるくささを指摘してきした。『ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン』誌しは「気きの毒どくなほど時代遅じだいおくれで、情なさけないほど愚直ぐちょく―まったくの期待きたいはずれである」と評ひょうした。作品さくひんは興行こうぎょう的てきにも失敗しっぱいし、スポトーはこの作品さくひんでヒッチコックが「大衆たいしゅうの支持しじを失うしなった」と述のべている。ある新聞しんぶんにはヒッチコックが「現代げんだいの観客かんきゃくの心しんをつかみそこなったばかりか、いっそう嘆なげかわしいことに、あのテクニックとユーモアまで失うしなってしまった」と書かき立たてられた。ユニバーサル・ピクチャーズからも失敗しっぱいを繰くり返かえさぬよう横槍よこやりが入はいり、この次つぎの作品さくひんに企画きかくしたジェームス・マシュー・バリーの戯曲ぎきょく『メアリー・ローズ』の映画えいが化かも、会社かいしゃの反対はんたいで実現じつげんしなかった。さらにジョン・バカンのスパイ小説しょうせつ『三さん人にんの人質ひとじち』の映画えいが化かや、イタリアの脚本きゃくほん家かコンビのアージェ＝スカルペッリのオリジナル・シナリオで『R・R・R・R』を撮とることも企画きかくしたが、これらも実現じつげんには至いたらずに終おわった。

キャリアの衰退すいたいと復活ふっかつ

晩年ばんねんのヒッチコック（1972年ねんにジャック・ミッチェルが撮影さつえい）

3本ほんの企画きかくが流ながれたあと、ヒッチコックはイギリスの外交がいこう官かんドナルド・マクリーンとガイ・バージェスがソ連それんに亡命ぼうめいした事件じけんをもとにしたスパイ・スリラー『引ひき裂さかれたカーテン』を作つくることに決きめた。1965年ねん5月がつにヒッチコックはブライアン・ムーアと脚本きゃくほんに取とり組くんだが、スクリプトにはいくつかの問題もんだいがあり、執筆しっぴつ作業さぎょうは7月がつに撮影さつえいを始はじめてからも続つづけられた。主演しゅえんにはユニバーサルの要求ようきゅうでポール・ニューマンとジュリー・アンドリュースを起用きようしたが、彼かれらに支払しはらわれた莫大ばくだいなギャラのせいで予算よさんは切きり詰つめられ、創作そうさく面めんにお金かねを使つかいたかったヒッチコックは2人ふたりのギャラと配役はいやくに不満ふまんを表明ひょうめいし、作品さくひんへのやる気きも失うしなった。1966年ねん夏なつに作品さくひんは公開こうかいされたが不評ふひょうを集あつめ、それまでのヒッチコック作品さくひんに見みられた上質じょうしつなサスペンスやウィットがなく、精彩せいさいを欠かいた作品さくひんと見みなされた。『タイム』誌しには「なんと、ヒッチコックがどんなに優すぐれたタッチを披露ひろうしても、もはや優すぐれたヒッチコック映画えいがはできないのだ」と評ひょうされた。

1966年ねん末まつ、ヒッチコックはイギリスの殺人さつじん犯はんネヴィル・ヒースを題材だいざいにした『狂乱きょうらんと万華鏡まんげきょう』を企画きかくし、旧友きゅうゆうのベン・W・レヴィにスクリプトの作成さくせいを手伝てつだわせた。この作品さくひんは偏執狂へんしゅうきょうで同性愛どうせいあい者しゃの殺人さつじん犯はんが主人公しゅじんこうにしていたが、ユニバーサルはその物議ぶつぎを醸かもす内容ないようと描写びょうしゃのために映画えいが化かを拒否きょひし、ヒッチコックは企画きかくを棚たなに上あげることになった。1967年ねんいっぱい、ヒッチコックは1本ほんも映画えいがを作つくることはなく、ほとんど自宅じたくに引ひきこもるような生活せいかつを送おくった。翌よく1968年ねん夏なつにはユニバーサルの提案ていあんで、レオン・ユリスの小説しょうせつに基もとづく冷戦れいせん時代じだいのスパイ・スリラー『トパーズ』を監督かんとくすることにしたが、ユリスが書かいた脚本きゃくほんは満足まんぞくのいくものではなく、サミュエル・テイラーに書かき直なおしを依頼いらいした。撮影さつえいはプリプロダクションが完全かんぜんに終おわらないうちに始はじまり、各かくシーンの撮影さつえいの2、3日にち前まえにそのシナリオを書かくという具合ぐあいで進すすめられた。1969年ねん12月に作品さくひんは公開こうかいされたが、観客かんきゃくや批評ひひょう家かからは失望しつぼうともいえる評価ひょうかを受うけ、ヒッチコック自身じしんも「みじめ作品さくひんだった」と述のべている。

1975年ねん夏なつにサンフランシスコで『ファミリー・プロット』（1976年ねん）を撮影さつえいするヒッチコック。

作品さくひんが3本ほん続つづけて失敗しっぱいしたヒッチコックは、1970年ねんに自身じしんをたてなおすための新あたらしい主題しゅだいを探さがし求もとめ、やっとロンドンで女性じょせいを襲おそう偏執狂へんしゅうきょうの連続れんぞく殺人さつじん犯はんを描えがくアーサー・ラ・バーンの小説しょうせつ『Goodbye Piccadilly, Farewell Leicester Square』が原作げんさくの『フレンジー』の監督かんとくを決定けっていし、『狂乱きょうらんと万華鏡まんげきょう』を思おもい起おこすような物語ものがたりを撮とることを表明ひょうめいした。脚本きゃくほんはアンソニー・シェーファーが執筆しっぴつし、1971年ねんにロンドンと近郊きんこうのパインウッド・スタジオで撮影さつえいされたが、ヒッチコックにとっては約やく20年ねんぶりのイギリスでの作品さくひんとなった。1972年ねんの第だい25回かいカンヌ国際映画祭かんぬこくさいえいがさいでの初はつ公開こうかいは成功せいこうし、ヒッチコックはスタンディングオベーションを受うけた。この作品さくひんは高たかい成功せいこうを収おさめ、北米ほくべいで650万まんドルの利益りえきを出だした。批評ひひょう家かにも晩年ばんねんのキャリアの傑作けっさくと見みなされ、ロジャー・イーバートは「サスペンスの巨匠きょしょう、昔むかしの調子ちょうしを取とり戻もどす」と述のべ、『タイム』誌しは「ヒッチコックはまだまだ好調こうちょう」と評ひょうした。

1973年ねん、全米ぜんべい各地かくちではヒッチコック作品さくひんの回顧かいこ上映じょうえいが行おこなわれ、ヒッチコック自身じしんもさまざまな栄誉えいよや称賛しょうさんを受うけるようになった。この年としにヒッチコックはヴィクター・カニングの小説しょうせつ『階段かいだん』の映画えいが化か権けんを購入こうにゅうし、アーネスト・レーマンと脚本きゃくほん執筆しっぴつを始はじめたが、その最中さいちゅうに心臓しんぞう発作ほっさを起おこし、ペースメーカーを付つけることになった。脚本きゃくほん執筆しっぴつは1年ねんを要ようし、最終さいしゅう的てきにタイトルは『ファミリー・プロット』に決定けっていした。会社かいしゃは主演しゅえんにジャック・ニコルソンとライザ・ミネリを提案ていあんしたが、ヒッチコックはスターに高たかいギャラを払はらうことを拒否きょひしたため、代かわりにバーバラ・ハリスとブルース・ダーンを起用きようした。撮影さつえいは1975年ねんに行おこなわれたが、その間あいだにヒッチコックは疲労ひろう困憊こんぱいし、関節かんせつ炎えんの痛いたみにも苦くるしみ、ポストプロダクションは別べつの人物じんぶつに任まかせた。1976年ねん4月がつに公開こうかいされると、多おおくの批評ひひょう家かから好意こうい的てきな評価ひょうかを受うけ、『ニューヨーク・タイムズ』誌しには「機知きちに富とんだ、肩かたのこらない愉快ゆかいな作品さくひん…ひさびさに楽たのしいヒッチコック作品さくひん」と評ひょうされた。

晩年ばんねんと死去しきょ

1976年ねん頃ごろのヒッチコック。

晩年ばんねんのヒッチコックは体力たいりょくが衰おとろえ、関節かんせつ炎えんで杖つえを必要ひつようとするほど歩行ほこうが困難こんなんになり、コルチゾン注射ちゅうしゃを受うけた。それでもヒッチコックは毎日まいにちオフィスに車くるまで行いき、次回じかい作さくに取とりかかろうとした。その作品さくひんはイギリス人じんの二に重じゅうスパイのジョージ・ブレイクの実話じつわに基もとづくロナルド・カークブライドの小説しょうせつ『みじかい夜よる』の映画えいが化かで、1977年ねんにジェイムズ・コスティガンに脚本きゃくほんを依頼いらいしたが、2人ふたりの協力きょうりょく関係かんけいはすぐに終おわった。次つぎにレーマンに脚本きゃくほんを依頼いらいし、その出来上できあがりに一いち度どは満足まんぞくしたが、1978年ねん秋あきには3人にん目めの脚本きゃくほん家かデヴィッド・フリーマンを雇やとって書かき直なおしをさせた。しかし、ヒッチコックは身体しんたいの衰弱すいじゃくで精神せいしん的てきに混乱こんらんし、アルコールを乱用らんようするようになった。友人ゆうじんのヒューム・クローニンによると、当時とうじのヒッチコックは「これまで以上いじょうに悲かなしんでいて、ひとりぼっちになっていた」という。

1979年ねん3月7日にち、ヒッチコックはアメリカン・フィルム・インスティチュート（AFI）から生涯しょうがい功労賞こうろうしょうを受賞じゅしょうした。受賞じゅしょう祝賀しゅくが会かいの模様もようはテレビ中継ちゅうけいされたが、ヒッチコックのスピーチは事前じぜんに収録しゅうろくしたもので、そのために1週間しゅうかん前まえからアルコールを断たって体調たいちょうを整ととのえていた。同年どうねん5月がつ、ヒッチコックは『みじかい夜よる』を作つくることを断念だんねんし、ユニバーサル・ピクチャーズのスタジオ内ないにある自分じぶんのオフィスを閉鎖へいさした。12月にはイギリス女王じょおうエリザベス2世せいにより1980年ねんの新年しんねん叙勲じょくん者しゃが発表はっぴょうされ、ヒッチコックは大だい英えい帝国ていこく勲章くんしょうのナイト・コマンダー（KBE）の勲くん位いを授与じゅよされた。ヒッチコックは健康けんこう状態じょうたいの悪化あっかのためロンドンでの式典しきてんに出席しゅっせきすることができなかったため、1980年ねん1月がつ3日にちにユニバーサル・ピクチャーズのスタジオで駐ちゅう米べい英国えいこく総領事そうりょうじから認証にんしょう書しょを受うけ取とった。そのあとに記者きしゃから「なぜ女王じょおう陛下へいかに認みとめてもらうのにこんなに時間じかんがかかったのか」と質問しつもんされると、ヒッチコックは「うっかり見落みおとされていたんでしょう」と答こたえた。

ヒッチコックは人生じんせいの最後さいごの数すうか月げつを、ベルエアの自宅じたくのベッドに寝ねたきりで過すごした。ヒッチコックが最後さいごに公おおやけに姿すがたを見みせたのは1980年ねん3月がつ16日にちのAFI生涯しょうがい功労こうろう者しゃの授賞じゅしょう式しきで、その年としの受賞じゅしょう者しゃを紹介しょうかいするための映像えいぞうに出演しゅつえんした。同年どうねん4月がつ29日にち午前ごぜん9時じ17分ふん、ヒッチコックは腎不全じんふぜんのため80歳さいで亡なくなった。翌日よくじつにビバリーヒルズのグッドシェパード・カトリック教会きょうかいで葬儀そうぎが行おこなわれ、ルー・ワッサーマンがスピーチを行おこない、フランソワ・トリュフォー、ジャネット・リー、カール・マルデン、ルイ・ジュールダン、メル・ブルックス、ティッピ・ヘドレンなど600人にんが参列さんれつした。ヒッチコックの遺体いたいは火葬かそうに付ふされ、5月がつ10日とおかに灰はいが太平洋たいへいようにまかれた。2000万まんドルと見積みつもられたヒッチコックの財産ざいさんは、妻つまのアルマと娘むすめのパトリシア、そして3人にんの孫娘まごむすめに遺贈いぞうされた。

作風さくふう

ヒッチコックはキャリアを通とおして、主おもにサスペンスまたはスリラーのジャンルに位置付いちづけられる作品さくひんを監督かんとくした。キャリア初期しょきにあたる1920年代ねんだいのサイレント映画えいが時代じだいから1930年代ねんだい前半ぜんはんのトーキー時代じだいにかけては、サスペンスやスリラー以外いがいにもメロドラマやコメディ、文芸ぶんげい映画えいがなどのジャンルも手てがけているが、『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』以後いごは『スミス夫妻ふさい』を除のぞく全ぜん作品さくひんがサスペンスまたはスリラーである。ヒッチコックの作品さくひんには「ヒッチコック的てきなもの」「ヒッチコックらしさ」が読よみ取とれるほどの独自どくじのスタイルやテーマ、サスペンスの演出えんしゅつ技巧ぎこう、モチーフが見みられ、それらは「ヒッチコック・タッチ」と呼よばれている。この作風さくふうは『下宿げしゅく人じん』で確立かくりつし、サイレントからトーキーにかけてさまざまな映画えいが的てき実験じっけんや技法ぎほうの実験じっけんを試こころみながら独自どくじのスタイルを追求ついきゅうし、ハリウッドに移うつるまでにひとつの芸術げいじゅつ的てき様式ようしきとして完成かんせいされた。ヒッチコック自身じしんは「イギリス時代じだいのわたしの仕事しごとはわたしの映画えいが的てき本能ほんのうを刺激しげきし、よびさまし、育成いくせいした…イギリス時代じだいは映画えいが的てき感覚かんかくを解放かいほうし、アメリカ時代じだいは映画えいが的てき思考しこうを充実じゅうじつさせたと言いってもいいかもしれない」と述のべている。

影響えいきょう

『下宿げしゅく人じん』（1927年ねん）はドイツ表現ひょうげん主義しゅぎ映画えいがの影響えいきょうを強つよく受うけた作品さくひんであり、それは影かげを強調きょうちょうした照明しょうめいなどに見みられる。

ヒッチコックは初期しょきの映画えいが製作せいさく者しゃであるジョルジュ・メリエス、D・W・グリフィス、アリス・ギイの影響えいきょうを受うけたと述のべている。1920年代ねんだいにはセルゲイ・エイゼンシュテイン監督かんとくの『戦艦せんかんポチョムキン』（1925年ねん）やフセヴォロド・プドフキン監督かんとくの『母はは』（1926年ねん）などのソビエト・モンタージュ派はの作品さくひんを見みて、モンタージュの技術ぎじゅつを学まなんだ。さらにルイス・ブニュエル監督かんとくのシュルレアリスム映画えいが『アンダルシアの犬いぬ』（1928年ねん）をはじめ、ルネ・クレール監督かんとくの『幕間まくあい』、ジャン・コクトー監督かんとくの『詩人しじんの血ち』（1930年ねん）など、1920年代ねんだい後半こうはんから1930年ねん頃ごろのフランスのアヴァンギャルド映画えいがの影響えいきょうも受うけている。ヒッチコックがサスペンス映画えいがを撮とるようになったのは、自身じしんが愛読あいどくしたエドガー・アラン・ポーの小説しょうせつの影響えいきょうが大おおきく、「わたしはどうしても自分じぶんが映画えいがの中なかでやろうとしたことと、ポーが小説しょうせつの中なかでしたことを、くらべたくなってしまう」と述のべている。

1920年代ねんだいのドイツ表現ひょうげん主義しゅぎ映画えいがも、ヒッチコックの作品さくひんに大おおきな影響えいきょうを与あたえた。ドイツ表現ひょうげん主義しゅぎ映画えいがは、独特どくとくのキアロスクーロや編集へんしゅう技法ぎほう、奇抜きばつな構図こうずやアングルなどの視覚しかく的てき効果こうかの強つよいスタイルで、第だい一いち次じ世界せかい大戦たいせん後ごの混乱こんらんした社会しゃかいや不安ふあんを表現ひょうげんしたことで知しられ、ヒッチコックはそれらの作品さくひんから1シーンの中なかで緊張きんちょう感かんを作つくり出だす方法ほうほう、画面がめん内ないに強つよい印象いんしょうを与あたえる表現ひょうげんを生うみ出だす要素ようそ、光ひかりと影かげや人物じんぶつとセットの関係かんけいの扱あつかい方かたなど、多おおくのことを学まなび取とった。ヒッチコックは1920年代ねんだいの助監督じょかんとく時代じだいにドイツで仕事しごとをした時ときに表現ひょうげん主義しゅぎ映画えいがを学まなんだが、とくにF・W・ムルナウの作品さくひんから強つよい影響えいきょうを受うけており、彼かれの作品さくひんから移動いどう撮影さつえいやキアロスクーロを学まなび、後年こうねんには「言葉ことばなしで物語ものがたりを語かたることを学まなんだのはムルナウからでした」と述のべている。実際じっさいにヒッチコックのモノクロ作品さくひんでは、必要ひつよう以上いじょうに影かげを強調きょうちょうして、不安ふあんや恐怖きょうふ感かんを盛もり上あげる表現ひょうげん主義しゅぎ的てきな照明しょうめい効果こうかを採とり入いれており、その技法ぎほうは「ヒッチコック・シャドゥ」と呼よばれた。また、『汚名おめい』『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』『サイコ』などの後期こうきモノクロ作品さくひんでは、表現ひょうげん主義しゅぎ的てきな不安定ふあんていでゆがんだイメージを与あたえる映像えいぞうを採とり入いれている。

サスペンスの演出えんしゅつ

『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』（1959年ねん）では、トウモロコシ畑はたけで主人公しゅじんこうが農薬のうやく散布さんぷ用よう飛行機ひこうきに追おわれるシーンや、ラシュモア山さんでのクライマックスなど、サスペンスを高たかめる状況じょうきょうが次々つぎつぎに展開てんかいされるが、その物語ものがたりの随所ずいしょにはユーモアが織おり込こまれている。

「サスペンスの巨匠きょしょう」と呼よばれたヒッチコックは、映像えいぞうの特性とくせいを活用かつようしてサスペンスを高たかめる手法しゅほうを追究ついきゅうした。ヒッチコックはサスペンスの基本きほん的てき要素ようそを不安ふあんや恐怖きょうふなどのエモーションと見みなし、それを強つよく感かんじさせるドラマチックなシチュエーションを作つくり、それを作品さくひん中ちゅうで持続じぞくさせることで、観客かんきゃくに緊張きんちょう感かんを与あたえ続つづけることを映画えいが作づくりの鉄則てっそくとした。このようなシチュエーションを作つくるために、ヒッチコックはリアリティにこだわったり、物語ものがたりの辻褄つじつまを合あわせるために必要ひつようなシーンを付つけたりすることはせず、例たとえ不自然ふしぜんでデタラメだと思おもわれても、あり得えないようなことや偶然ぐうぜんの連続れんぞくからプロットを組くみ立たてた。また、緊張きんちょうが持続じぞくするサスペンスの中なかに適度てきどなユーモアを入いれることで恐怖きょうふを和やわらげ、緊張きんちょうとリラックスを並置へいちさせた。

ヒッチコックのサスペンスは、観客かんきゃくにだけ知しらされる状況じょうきょうとそれを知しらない登場とうじょう人物じんぶつの行動こうどうとの間あいだのギャップによって生うまれる。ヒッチコックは「観客かんきゃくがすべての事実じじつを知しったうえで、はじめてサスペンスの形式けいしきが可能かのうになる」と主張しゅちょうし、あらかじめ犯人はんにんや犯行はんこうを示しめしたり、観客かんきゃくにだけこれから登場とうじょう人物じんぶつの身みに起おきる恐怖きょうふの状況じょうきょうを告知こくちしたりして物語ものがたりを展開てんかいした。『ライフ』誌しのインタビューでは、「10分ふん後ごに爆発ばくはつする時限じげん爆ばく弾だんが仕掛しかけられた部屋へやで3人にんの男おとこが無駄話むだばなしをする」というシチュエーションを例れいに出だしてこのサスペンス演出えんしゅつを説明せつめいした。それによると、観客かんきゃくも登場とうじょう人物じんぶつも爆ばく弾だんのことを知しらない場合ばあい、くだらない会話かいわが10分間ふんかん続つづいたあとに爆発ばくはつが起おき、それで観客かんきゃくを驚おどろかせるだけで終おわってしまうが、観客かんきゃくにだけ10分ふん後ごに爆発ばくはつすることを知しらせた場合ばあいは、ヒッチコック曰いわく「爆発ばくはつ寸前すんぜんになって一人ひとりの男おとこが『ここを出でよう』というと、観客かんきゃくの誰だれもがそうしてくれと願ねがう。ところが別べつの男おとこが『いや、ちょっと待まて。まだコーヒーが残のこってる』と引ひき留とめる。観客かんきゃくは心しんの中なかで嘆息たんそくをつき、頼たのむから出でていってくれとハラハラする」という緊迫きんぱく感かんのあるシチュエーションが生うまれるという。

こうしたサスペンス演出えんしゅつを実践じっせんした主おもな作品さくひんに『知しりすぎていた男おとこ』と『サボタージュ』が挙あげられる。『知しりすぎていた男おとこ』では演奏えんそう会かいで重要じゅうよう人物じんぶつを暗殺あんさつする計画けいかくを立たてた一味いちみが殺ころし屋やに、シンバルが打うち鳴ならされる瞬間しゅんかんに撃うてと教おしえ、そのレコードを繰くり返かえし聞きかせるシーンがあるが、映画えいが評論ひょうろん家かの双葉ふたば十三郎じゅうざぶろうはそれが「観客かんきゃくが先さきに覚おぼえてしまうぐらい丁寧ていねいである」といい、演奏えんそう会かいのシーンになると「観客かんきゃくはどこで撃うつかがわかっているので、演奏えんそうの進行しんこうにつれてぐんぐんとサスペンスがたかまってゆく」と述のべている。『サボタージュ』では少年しょうねんが包つつみの中なかに時限じげん爆ばく弾だんが仕込しこまれていることを知しらずにそれを持もち運はこぶシーンがあるが、ヒッチコックは街頭がいとうの時計とけいを何なん度ども写うつして爆発ばくはつの時刻じこくが迫せまっていることを観客かんきゃくに知しらせ、そこに少年しょうねんが道草みちくさを食くったり、少年しょうねんの乗のるバスが信号しんごうで進すすまなかったりするシーンを入いれることで、観客かんきゃくの緊迫きんぱく感かんを盛もり上あげている。

ヒッチコックはサスペンスの緊迫きんぱく感かんを持もたせるために、さまざまな事柄ことがらを登場とうじょう人物じんぶつの視線しせんから描えがき、観客かんきゃくを登場とうじょう人物じんぶつに同化どうか（観客かんきゃくが登場とうじょう人物じんぶつの身みに置おかれ、その人物じんぶつの気持きもちになって見みてしまうように仕向しむけること）させた。そのような効果こうかを与あたえるために、ヒッチコックはカメラで人物じんぶつを真正面ましょうめんからクローズアップでとらえ、切きり返かえして人物じんぶつの視線しせんから対象たいしょうをとらえるという演出えんしゅつを行おこなった。『裏窓うらまど』『サイコ』『マーニー』などでは、観客かんきゃくと人物じんぶつの視線しせんを一致いっちさせることで、観客かんきゃくをのぞき行為こういをする登場とうじょう人物じんぶつの共犯きょうはん者しゃとなる役割やくわりに置おいた。とくに『裏窓うらまど』では望遠鏡ぼうえんきょうでのぞき見みをする主人公しゅじんこうのクローズアップとその視線しせんから対象たいしょうをとらえた映像えいぞうを交互こうごにつなぎ、観客かんきゃくの見みているものと主人公しゅじんこうの見みているものを同おなじにすることで、観客かんきゃくをのぞき行為こういをする主人公しゅじんこうの立場たちばに置おき、彼かれに感情かんじょう移入いにゅうできるような趣向しゅこうにしている。

ヒッチコックは多おおくの作品さくひんに「マクガフィン」と呼よばれるプロット・デバイスを採とり入いれている。マクガフィンはサスペンスを生うみ出だすプロットを展開てんかいするためのきっかけとして便宜上べんぎじょう設もうけられたアイテムであり、登場とうじょう人物じんぶつにとっては重要じゅうようらしいものであっても、作つくり手しゅのヒッチコックや観客かんきゃくにとっては何なんの意味いみのないものである。マクガフィンの主おもな例れいは、『三さん十じゅう九きゅう夜や』の国家こっか機密きみつの戦闘せんとう機きの技術ぎじゅつ、『バルカン超ちょう特急とっきゅう』の暗号あんごう文ぶんを潜ひそませたメロディ、『海外かいがい特派とくは員いん』の講和こうわ条約じょうやくの秘密ひみつ条項じょうこう、『汚名おめい』のワイン瓶びんの中なかのウラニウム、『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』のマイクロフィルムやカプランという名なの架空かくうのスパイである。ヒッチコック作品さくひんのマクガフィンは、物語ものがたりの中なかで主人公しゅじんこうや敵てきが追おい求もとめるものであるが、それ以上いじょうの重要じゅうよう性せいや意味いみはなく、それ自体じたいが何なにであるかは作品さくひんの途中とちゅうや終盤しゅうばんでそれとなく明あかされるだけである。

テーマ

『ロープ』（1948年ねん）では二に重じゅう性せいのテーマが扱あつかわれており、完全かんぜん犯罪はんざいを試こころみた2人ふたりの若者わかものとそれを告発こくはつする教師きょうしが、分身ぶんしん同士どうしのような存在そんざいとして描えがかれている。

ヒッチコックが繰くり返かえし用もちいたテーマに、「間違まちがえられた男おとこ（無実むじつの罪つみを着きせられる男おとこ）」が挙あげられる。それは無実むじつの男性だんせい主人公しゅじんこうが突然とつぜん身みに覚おぼえのない事件じけんに巻まき込こまれ、その犯人はんにんと間違まちがわれ、警察けいさつやスパイに追おわれながら、無実むじつを証明しょうめいするために真犯人しんはんにんや謎なぞを探さがし求もとめるという物語ものがたりで展開てんかいされる場合ばあいが多おおく、その例れいは『三さん十じゅう九きゅう夜や』『第だい3逃亡とうぼう者しゃ』『逃走とうそう迷路めいろ』『泥棒どろぼう成金なりきん』『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』などに見みられる。ヒッチコックはこのテーマを多用たようした理由りゆうについて、「観客かんきゃくにより強つよい強烈きょうれつな危機きき感かんをひき起おこすから」と述のべている。映画えいが評論ひょうろん家かの筈見はずみ有弘ありひろは、このテーマの見方みかたを変かえると「アイデンティティを失うしなった人物じんぶつがそれをとりもどそうとする旅たびが主題しゅだいといえる」と述のべている。間違まちがえられた男おとこの物語ものがたりでは、主人公しゅじんこうがさまざまな場所ばしょを移動いどうしながら犯人はんにんを追おうというシチュエーションをとるが、その場所ばしょは有名ゆうめいな観光かんこう地ちや施設しせつであることが多おおく、それを単たんに背景はいけいとしてだけでなく、サスペンスを高たかめるためにその地ちの特色とくしょくを生いかして使用しようした。

もうひとつの頻出ひんしゅつするテーマとして、秩序ちつじょと混沌こんとんとの間あいだで分裂ぶんれつした人格じんかくのせめぎ合ごういがあり、それは「二に重じゅう性せい（ダブル）」という概念がいねんで知しられている。二に重じゅう性せいは主人公しゅじんこうと犯人はんにんのふたりが、同おなじ人物じんぶつの表ひょうと裏うらであることや、二に重じゅう人格じんかくもしくは分身ぶんしん同士どうしであることを示しめしており、その例れいは『疑惑ぎわくの影かげ』の叔父おじと姪めい、『ロープ』の2人ふたりの犯人はんにんの若者わかものと教師きょうし、『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』のガイとブルーノなどに見みられる。トリュフォーも「殺人さつじん犯はんと濡ぬれ衣ぎぬを着きせられた無実むじつの人間にんげんは表裏一体ひょうりいったいの関係かんけいにある」と述のべ、そこからヒッチコック作品さくひんに「人間にんげんの聖せいなる面めんと罪つみある面めんとの葛藤かっとう」という主題しゅだいを見出みいだしている。また、トリュフォーは間違まちがえられた男おとこの主人公しゅじんこうも「潜在せんざい的てきに犯意はんいを持もった人間にんげん」であると主張しゅちょうし、そこからヒッチコック作品さくひんに一貫いっかんして原罪げんざいや罪悪ざいあく感かんのモチーフが見みられると指摘してきしている。

ヒッチコックはホモセクシュアリティの主題しゅだいを扱あつかったことで知しられ、少すくなくとも10本ほんの作品さくひんにその微妙びみょうな言及げんきゅうが見みられる。とくにホモセクシュアルを描えがいた作品さくひんとして頻繁ひんぱんに指摘してきされるのが『殺人さつじん!』『ロープ』『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』の3本ほんであり、エリック・ロメールとクロード・シャブロルによると、『殺人さつじん!』では道徳どうとく的てき観点かんてんから、『ロープ』では現実げんじつ主義しゅぎ的てき観点かんてんから、『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』では精神せいしん分析ぶんせき的てき観点かんてんから、それぞれホモセクシュアリティの問題もんだいを描えがいているという。映画えいが批評ひひょう家かのロビン・ウッドによると、ヒッチコックはキャリアの中なかでゲイの俳優はいゆうと仕事しごとを共ともにしていたにもかかわらず、ホモセクシュアリティに対たいして複雑ふくざつな感情かんじょうを持もっていたという。クィア映画えいが研究けんきゅう者しゃの菅野かんの優香ゆかも、ヒッチコックを「ホモセクシュアルに対たいして複雑ふくざつかつ矛盾むじゅんする反応はんのうを示しめし続つづけた作家さっか」であると主張しゅちょうし、ホモセクシュアリティに関かんするヒッチコックの反応はんのうは「ホモフォビア（同性愛どうせいあい嫌悪けんお）とホモエロティシズムが奇妙きみょうに混まじりあう両義りょうぎ的てきなもの」であると述のべている。

スパイの諜報ちょうほうや、精神病せいしんびょう質しつの傾向けいこうがあるキャラクターによる殺人さつじんも、ヒッチコック作品さくひんでよく取とり扱あつかわれるテーマである。悪役あくやくや殺人さつじん者しゃは、知的ちてきで人間にんげん的てき魅力みりょくのある友好ゆうこう的てきな人物じんぶつとして描えがかれることが多おおく、ヒッチコックはそれが「映画えいがのドラマの緊張きんちょうをささえる重要じゅうような条件じょうけん」と述のべている。いくつかの作品さくひんでは、観客かんきゃくが悪役あくやくや殺人さつじん者しゃの立場たちばに身みを置おいてしまうように描えがいている。ヒッチコックが子供こども時代じだいから抱だいた警察けいさつに対たいする怖こわれは、しばしば作品さくひんに現あらわれるモチーフでもある。ヒッチコックは多おおくの作品さくひんで警察けいさつを好意こうい的てきに扱あつかわず、大抵たいていは無実むじつの主人公しゅじんこうを追おっかけたり、真相しんそうを話はなしても信用しんようしなかったり、事件じけんのカギを何なにも掴つかめなかったりするなど、頼たよれない存在そんざいとして描えがいている。その警察けいさつが使つかう手錠てじょうは、警察けいさつへの恐怖きょうふや奪うばわれた自由じゆうの象徴しょうちょうとして、多おおくの作品さくひんで用もちいた小道具こどうぐである。これ以外いがいに頻出ひんしゅつする小道具こどうぐには、カオスや人間にんげんの破滅はめつの象徴しょうちょうとして登場とうじょうする鳥とり（その例れいは『第だい3逃亡とうぼう者しゃ』『サボタージュ』『鳥とり』などに見みられる）や、皮肉ひにくな効果こうかを出だすために殺人さつじんや不気味ぶきみさと結むすび付つけるようにして登場とうじょうする料理りょうり（その例れいは『ロープ』『フレンジー』に見みられる）がある。

撮影さつえい・編集へんしゅう技法ぎほう

『めまい』（1958年ねん）ではドリーズームを使用しようして、高所こうしょ恐怖症きょうふしょうの主人公しゅじんこうが下したを見みた時ときにめまいを覚おぼえる瞬間しゅんかんを表現ひょうげんした。

ヒッチコックはカメラが全景ぜんけいをとらえてから対象たいしょうに接近せっきんしていくトラックアップという移動いどう撮影さつえい法ほうを多用たようした。その有名ゆうめいな使用しよう例れいは、『第だい3逃亡とうぼう者しゃ』のダンスホールの全景ぜんけいから犯人はんにんのドラマーの顔かおへと接近せっきんするまでをワンショットでとらえたクレーンショット、『汚名おめい』の俯瞰ふかんで写うつした大広間おおひろまの全景ぜんけいからイングリッド・バーグマンの手てに握にぎられた鍵かぎのクローズアップへと接近せっきんするワンショット、『サイコ』の町まちの全景ぜんけいから情事じょうじが行おこなわれているホテルの窓まどへと接近せっきんする導入どうにゅう部ぶのショットである。トリュフォーはこの撮影さつえい法ほうによる「最もっとも遠とおくから最もっとも近ちかくへ、最大さいだいから最小さいしょうへ」という表現ひょうげんの仕方しかたが、ヒッチコック映画えいがの法則ほうそくのひとつであると述のべている。こうした移動いどう効果こうかの応用おうようとして、『めまい』ではカメラをトラックバックさせながらズームアップすることで、めまいを覚おぼえるような歪いがんだ映像えいぞうを表現ひょうげんするドリーズーム（めまいショット）という技法ぎほうを創出そうしゅつした。

ヒッチコックはキャリアを通つうじて、さまざまな映像えいぞう合成ごうせい技術ぎじゅつを使用しようした。イギリス時代じだいの作品さくひんでは、鏡かがみとミニチュアを使つかって人物じんぶつが大おおきなセットの中なかを動うごき回まわっているような映像えいぞう効果こうかを出だすシュフタン・プロセスを採とり入いれ、『恐喝きょうかつ』の大だい英えい博物館はくぶつかんでの追跡ついせきシーンや、『暗殺あんさつ者しゃの家いえ』のロイヤル・アルバート・ホールでのシーンなどに使用しようした。リア・プロジェクション（スクリーン・プロセス）をよく使用しようしたことでも知しられたが、この技法ぎほうは主おもに群衆ぐんしゅうシーン、列車れっしゃや自動車じどうしゃなどのシーン、『海外かいがい特派とくは員いん』の飛行機ひこうきの墜落ついらくや『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』のメリーゴーランドの暴走ぼうそうなどのスペクタクルなシーンで使用しようされている。また、『逃走とうそう迷路めいろ』『裏窓うらまど』『めまい』の人物じんぶつが高所こうしょから転落てんらくするシーンなどでは、トラベリング・マットによる背景はいけいと映像えいぞうを合成ごうせいする技術ぎじゅつを使用しようした。この技術ぎじゅつでは合成ごうせい画面がめんの輪郭りんかくに青あおみがかったしみが出でてしまうという欠点けってんがあったが、『鳥とり』ではそれを解決かいけつするためにウォルト・ディズニー・スタジオが開発かいはつした新あたらしい合成ごうせい技術ぎじゅつナトリウム・プロセスを採とり入いれ、鳥とりが人間にんげんを襲おそうシーンの合成ごうせい画面がめんで使用しようした。

編集へんしゅう技法ぎほうでは、異ことなる場所ばしょで撮とられたシーンを交互こうごにつなぐカットバックを、サスペンスを盛もり上あげる技法ぎほうとして多用たようした。似にたような形かたちのもの同士どうしや、同おなじような動うごきをしたもの同士どうしでショットをつなぐマッチカットも多用たようしており、その例れいは『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』で主人公しゅじんこうがヒロインを崖がけから引ひき上あげると、寝台しんだい列車れっしゃ内ないのショットに切きり替かわるというラストシーンや、『サイコ』でジャネット・リーの瞳ひとみと排水はいすい孔あなをディゾルブでつないだシーンに見みられる。また、トラッキングショットを使つかわずに連続れんぞく的てきなジャンプカットで焦点しょうてん距離きょりを変化へんかさせることで、対象たいしょうに近ちかづいたり離はなれたりするアキシャルカットも多用たようしており、その有名ゆうめいな使用しよう例れいとして『鳥とり』で眼めをくりぬかれた農夫のうふの死体したいを大だい中小ちゅうしょうのショットで近ちかづいて見みせるシーンが挙あげられる。

女性じょせいの描写びょうしゃ

『めまい』（1958年ねん）でキム・ノヴァクが演えんじたヒロインは、ヒッチコックが好このむ金髪きんぱつのクールな女性じょせいの典型てんけい例れいである。

ヒッチコックの女性じょせいの描写びょうしゃは、さまざまな学術がくじゅつ的てき議論ぎろんの対象たいしょうとなってきた。フェミニスト映画えいが理論りろん家いえのローラ・マルヴィは1975年ねんに発表はっぴょうした論文ろんぶん「視覚しかく的てき快楽かいらくと物語ものがたり映画えいが」で「男性だんせいのまなざし」という概念がいねんを紹介しょうかいし、ヒッチコック作品さくひんにおける観客かんきゃくの視線しせんは、異性愛者いせいあいしゃの男性だんせい主人公しゅじんこうの視線しせんと同おなじであるとし、そこから男性だんせい観客かんきゃくが女性じょせいの登場とうじょう人物じんぶつをのぞき見みるという視覚しかく的てき快楽かいらくが提供ていきょうされていると述のべている。菅野かんのはヒッチコックの女性じょせいの描えがき方かたについて、「単たんに美的びてき対象たいしょうとするだけでなく、その不安ふあん、苦痛くつう、恐怖きょうふを女性じょせい観客かんきゃくが後味あとあじの悪わるさをもって感知かんちするように仕向しむけた」と述のべている。

ヒッチコック作品さくひんのヒロインには、多おおくの作品さくひんで何なん度ども繰くり返かえして描えがかれる特徴とくちょう的てきなタイプが存在そんざいする。それは「クール・ブロンド」と呼よばれる、洗練せんれんされた金髪きんぱつのクールな美女びじょである。クール・ブロンドの女性じょせいたちは知的ちてきな雰囲気ふんいきを持もち、表面ひょうめんは冷ひえたそうで慎つつましやかに装よそおっているが、内面ないめんには燃もえたぎるような情熱じょうねつや欲情よくじょうを秘ひめている。映画えいが評論ひょうろん家かの山田やまだ宏一こういちは、彼女かのじょたちがセックスを好このみ、結婚けっこん相手あいてをつかまえることにかけては本能ほんのう的てきに天才てんさい的てきであると指摘してきしているが、ヒッチコック自身じしんはこうしたヒロインたちの行動こうどう原理げんりを「マンハント（亭主ていしゅ狩かり）」と定義ていぎし、多おおくの作品さくひんにヒロインが結婚けっこんに向むけて男性だんせいを誘惑ゆうわくするプロットを採とり入いれている。

『泥棒どろぼう成金なりきん』（1955年ねん）でクール・ブロンドのヒロインを演えんじたグレース・ケリーは、ヒッチコックの理想りそうの女性じょせい像ぞうに最もっとも合致がっちする女優じょゆうだった。

ヒッチコックはヒロイン役やくに、クール・ブロンドのイメージに合致がっちする金髪きんぱつの女優じょゆうを好このんで起用きようした。例たとえば、『三さん十じゅう九きゅう夜や』『間諜かんちょう最後さいごの日ひ』のマデリーン・キャロル、『レベッカ』『断崖だんがい』のジョーン・フォンテイン、『白しろい恐怖きょうふ』『汚名おめい』『山羊やぎ座ざのもとに』のイングリッド・バーグマン、『ダイヤルMを廻まわせ!』『裏窓うらまど』『泥棒どろぼう成金なりきん』のグレース・ケリー、『知しりすぎていた男おとこ』のドリス・デイ、『めまい』のキム・ノヴァク、『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』のエヴァ・マリー・セイント、『サイコ』のジャネット・リー、『鳥とり』『マーニー』のティッピ・ヘドレンである。とくにグレース・ケリーは、ヒッチコックが求もとめる理想りそう的てきな女性じょせいのイメージに最もっとも合致がっちする女優じょゆうであり、ヒッチコックは彼女かのじょのイメージを「雪ゆきをかぶった活火山かっかざん（外側そとがわは冷つめたいが、内面ないめんは燃もえたぎっている女おんなという意味いみ）」と表現ひょうげんした。

ヒッチコック作品さくひんに登場とうじょうする女性じょせいたちは、しばしば危険きけんな状況じょうきょうや恐怖きょうふのどん底ぞこに陥おちいったり、事件じけんに巻まき込こまれたり、時ときには死しに追おいやられるなどして酷ひどい目めに遭あうことが多おおい。その描写びょうしゃのために一部いちぶ識者しきしゃからは女性じょせいの価値かちを見下みくだしていると批判ひはんされたが、これに対たいしてスポトーは、むしろヒッチコックは女性じょせいを『汚名おめい』や『裏窓うらまど』のヒロインのように、愛あいのために進すすんで多おおくの危険きけんを冒おかす勇敢ゆうかんな人物じんぶつとして描えがいていると主張しゅちょうしている。山田やまだも、女性じょせいたちは事件じけんに巻まき込こまれると逃にげるのではなく、事件じけんの核心かくしんに迫せまり、犯人はんにんを刺激しげきして犯罪はんざいを誘発ゆうはつさせ、その結果けっか事件じけんを解決かいけつへと導みちびいていると指摘してきしている。

このような女性じょせいの描えがき方かたには、ヒッチコックの女性じょせいの好このみが反映はんえいされている。ヒッチコックは「私わたし自身じしんに関かんして言いえば、自分じぶんの性的せいてき魅力みりょくをいっぺんに晒さらしけ出だしてしまわない女性じょせいが好すきだ。つまり、人ひとを惹ひきつける特徴とくちょうがあまり表ひょうに出でないような人ひとが好すき」と述のべている。トリュフォーのインタビューでは、「わたしたちの求もとめている女おんなのイメージというのは、上流じょうりゅう階級かいきゅうの洗練せんれんされた女おんな、真しんの淑女しゅくじょでありながら、寝室しんしつに入はいったとたんに娼婦しょうふに変貌へんぼうしてしまうような、そんな女おんなだ」と述のべているが、トリュフォーはその好このみが「かなり特殊とくしゅ」で「個性こせい的てきな発想はっそう」であると述のべている。ヒッチコック作品さくひんの女性じょせいに金髪きんぱつが多おおいのも、ヒッチコックが金髪きんぱつ女性じょせいを好このんだからであるが、スポトーによると、『快楽かいらくの園えん』のヴァージニア・ヴァリや『下宿げしゅく人じん』のジューン・トリップなどのブルネットの女優じょゆうは、ヒッチコックの意向いこうで金髪きんぱつに変かえられたという。その一方いっぽうで、ヒッチコックはマリリン・モンローやブリジット・バルドーのようなセックスをむき出だしにしたグラマー女優じょゆうを「繊細せんさいさを欠かいていて、まるでニュアンスがない」と言いって好このまなかった。

カメオ出演しゅつえん

詳細しょうさいは「アルフレッド・ヒッチコックのカメオ出演しゅつえん一覧いちらん」を参照さんしょう

『バルカン超ちょう特急とっきゅう』（1938年ねん）で駅えきのホームを歩あるく乗客じょうきゃくの1人ひとりとしてカメオ出演しゅつえんしたヒッチコック。

ヒッチコックは自分じぶんの作品さくひんにワンショットだけ小ちいさな役やくでカメオ出演しゅつえんしたことで知しられている。ヒッチコックのカメオ出演しゅつえんは、『下宿げしゅく人じん』で不足ふそくしていたエキストラを補充ほじゅうするために自身じしんが出演しゅつえんする必要ひつように迫せまられたことがきっかけで、新聞しんぶん社しゃの編集へんしゅう室しつで背せを向むけて座すわる人ひととして出演しゅつえんしたことから始はじまった。それ以来いらい、ヒッチコック曰いわく「まったくのお遊あそびのつもり」で、30本ほん以上いじょうの作品さくひんに通行人つうこうにんや乗客じょうきゃくなどの役やくどころで顔かおを出だした。例たとえば、『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』では大おおきなコントラバスを抱かかえて列車れっしゃに乗のり込こむ人ひと、『ダイヤルMを廻まわせ!』では同窓会どうそうかいの記念きねん写真しゃしんに写うつる人ひと、『裏窓うらまど』では作曲さっきょく家かの部屋へやで時計とけいのねじを巻まく人ひと、『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』ではバスに乗のり遅おくれる人ひと、『鳥とり』ではペットショップから2匹ひきの子犬こいぬを連つれて出でてくる人ひと、『ファミリー・プロット』ではガラスに映うつるシルエットとして出演しゅつえんした。カメオ出演しゅつえんはヒッチコックのユーモア精神せいしんのあらわれであり、その名前なまえと顔かおを有名ゆうめいなものにした。作品さくひんの中なかでヒッチコックの姿すがたを探さがすことは観客かんきゃくの楽たのしみになったが、そのせいで物語ものがたりに集中しゅうちゅうできなくなるのを防ふせぐため、後年こうねんの作品さくひんには最初さいしょの数すう分ふんで出演しゅつえんするように心こころがけた。

製作せいさく方法ほうほう

『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』のラシュモア山さんでの撮影さつえいにおけるヒッチコック（1959年ねん）。

ヒッチコックの作品さくひんは娯楽ごらく文学ぶんがくや大衆たいしゅう小説しょうせつを原作げんさくとしたものが多おおいが、それを映画えいが化かする時ときは小説しょうせつの文学ぶんがく性せいにとらわれず、自分じぶんが気きに入いった基本きほん的てきなアイデアだけを採用さいようし、あとは自分じぶんの感性かんせいに合あうように内容ないようを作つくり変かえた。脚本きゃくほんを自分じぶんだけで書かくことは少すくなく、大抵たいていは他たの脚本きゃくほん家かと一緒いっしょに執筆しっぴつしたが、脚本きゃくほん家かとして自分じぶんの名前なまえをクレジットタイトルに出だすことはしなかった。ヒッチコックと何なん度どもコンビを組くんだ主おもな脚本きゃくほん家かには、サイレント映画えいが時代じだいのエリオット・スタナード、イギリス時代じだいのチャールズ・ベネット、ヒッチコックの元もと秘書ひしょのジョーン・ハリソン、アメリカ時代じだいのベン・ヘクトやジョン・マイケル・ヘイズがいる。ヒッチコックは脚本きゃくほんについて「よきにつけ、あしきにつけ、全体ぜんたいをわたしなりにつくりあげなければならない」と述のべているが、筈見はずみによると、ヒッチコックが個性こせいのはっきりした一流いちりゅう脚本きゃくほん家かと仕事しごとを共ともにしたにもかかわらず、完成かんせいした作品さくひんはまったくヒッチコックのものになっているという。

脚本きゃくほんが完成かんせいすると、すぐに撮影さつえいに取とりかかるのではなく、1ショットごとにキャラクターの設定せっていやアクション、カメラの位置いちなどをスケッチした詳細しょうさいな絵えコンテを作成さくせいし、撮影さつえい前まえまでに頭あたまの中なかで作品さくひんの全体ぜんたい像ぞうができあがっているようにした。ヒッチコックはこうした紙かみの上うえですべてのシーンを視覚しかく化かする作業さぎょうを、実際じっさいに撮影さつえいを行おこなうことよりも重要じゅうような作業さぎょうと見みなした。そのため紙しの上うえで映画えいがが完成かんせいすると、ヒッチコックの仕事しごとは終おわったも同然どうぜんとなり、撮影さつえいは単たんにすべてを具現ぐげん化かするだけの作業さぎょうとなった。映画えいが全体ぜんたいを頭あたまの中なかに入いれていたため、撮影さつえい中ちゅうに脚本きゃくほんを見みたり、カメラを覗のぞき込こんだりすることはしなかった。製作せいさくスタッフには自分じぶんの気きに入いった人物じんぶつや、自分じぶんが望のぞむことを理解りかいしている人物じんぶつを起用きようした。その主おもなスタッフに、イギリス時代じだいのカメラマンのジャック・E・コックス、アメリカ時代じだいにチームを組くんだカメラマンのロバート・バークス、編集へんしゅう技師ぎしのジョージ・トマシーニ、衣裳いしょうデザイナーのイーディス・ヘッド、作曲さっきょく家かのバーナード・ハーマン、タイトル・デザイナーのソウル・バスがいる。

ヒッチコックは「俳優はいゆうなんてのは家畜かちくと同おなじだ」と発言はつげんしたことで知しられている。ヒッチコックは俳優はいゆうを映画えいがの素材そざいの一部いちぶと見みなし、俳優はいゆうの個性こせいや演技えんぎ力りょくは求もとめず、カメラの前まえで演技えんぎらしいことをしないよう求もとめた。ヒッチコックはトリュフォーに「（俳優はいゆうは）いつでも監督かんとくとカメラの意いのままに映画えいがのなかに完全かんぜんに入はいりこめるようでなければならない。俳優はいゆうはカメラにすべてをゆだねて、カメラが最高さいこうのタッチを見みいだし、最高さいこうのクライマックスをつくりだせるようにしてやらなければならない」と述のべている。実際じっさいにマーガレット・ロックウッドやアン・バクスターは、撮影さつえい中ちゅうにヒッチコックが最小限さいしょうげんの指示しじしか与あたえず、俳優はいゆうの演技えんぎにあまり注意ちゅういを払はらわなかったと証言しょうげんしている。また、ジェームズ・メイソンは、ヒッチコックが俳優はいゆうを「アニメ化かされた小道具こどうぐ」と見みなしていたと述のべている。ヒッチコックはお気きに入いりの俳優はいゆうと何なん度ども仕事しごとを共ともにしており、その主おもな俳優はいゆうに4本ほんの作品さくひんに主演しゅえんしたジェームズ・ステュアートとケーリー・グラント、3本ほんの作品さくひんでヒロインを演えんじたイングリッド・バーグマンとグレース・ケリー、出演しゅつえん回数かいすうが最多さいたの6本ほんのレオ・G・キャロルがいる。

人物じんぶつ

妻つまと娘むすめ

ヒッチコックと家族かぞく（1955年ねん）。左上ひだりうえから反はん時計とけい回まわりに、娘むすめのパトリシア、孫まごのテリー、ヒッチコック、孫まごのメアリ・オコンネル、妻つまのアルマ、義理ぎりの息子むすこ（パトリシアの夫おっと）のジョゼフ・E・オコンネル。

ヒッチコックはフェイマス・プレイヤーズ＝ラスキー時代じだいの1921年ねんに、将来しょうらいの妻つまとなるアルマ・レヴィルと初はじめて出会であった。アルマはヒッチコックと1日にち違ちがいで生うまれ、16歳さい頃ごろから編集へんしゅう技師ぎしやスクリプターとして働はたらいていた。ヒッチコックは1923年ねんからアルマと仕事しごとを共ともにし、翌よく1924年ねんにベルリンで『与太者よたもの』を撮影さつえいしたあと、イギリスへ戻もどる船上せんじょうでアルマに婚約こんやくし、それから2年ねん後ごに結婚けっこんした。2人ふたりは1980年ねん4月がつにヒッチコックが亡なくなるまで連つれ添そったが、その2年ねん後ごの1982年ねん7月がつ6日にちにアルマも後ごを追おうように亡なくなっている。

ヒッチコックはアルマのことを、「人柄ひとがらは快活かいかつで、表情ひょうじょうが曇くもることは決けっしてない。しかも有効ゆうこうな助言じょげんを惜おし気きもなく与あたえるとき以外いがいには無駄口むだぐちを一切いっさいきかない」と述のべている。アルマはヒッチコックの映画えいが作づくりの最もっとも身近みぢかな協力きょうりょく者しゃであり、いくつかの夫おっとの作品さくひんで脚本きゃくほんや編集へんしゅう、スクリプトを担当たんとうした。ヒッチコックは映画えいが製作せいさくのあらゆる点てんでアルマの意見いけんを重視じゅうしし、彼女かのじょに脚本きゃくほんや最終さいしゅう編集へんしゅうの助言じょげんを求もとめたり、配給はいきゅう前まえの完成かんせい作品さくひんの最終さいしゅうチェックをさせたりした。ヒッチコックとアルマは相性あいしょうの良よい夫婦ふうふだったが、夫婦ふうふと親したしい人物じんぶつが述のべているように、2人ふたりは夫おっとと妻つまというよりも仕事しごと上じょうのパートナーの間柄あいだがらだった。また、カール・マルデンは、ヒッチコックがアルマを精神せいしん安定あんてい剤ざいのような存在そんざいと見みなし、すべてのことを彼女かのじょでバランスをとっていたと述のべている。ヒッチコックはAFI生涯しょうがい功労賞こうろうしょうの受賞じゅしょうスピーチで、アルマを「わたしに最もっとも大おおきな愛情あいじょうと理解りかいと勇気ゆうきをあたえてくれ、終始しゅうし変かわらぬ協力きょうりょくを惜おしまなかった4人にん…一人ひとりは映画えいがの編集へんしゅう者しゃ、一人ひとりはシナリオライター、一人ひとりはわたしの娘むすめのパット（パトリシア）の母親ははおや、一人ひとりは家庭かてい料理りょうりに最もっとも見事みごとな奇跡きせきをおこなった類るいいまれなる料理人りょうりにんです。この4人にんの名前なまえはアルマ・レヴィルといいます」と称となえた。

1928年ねんに生うまれたパトリシア・アルマ・ヒッチコックは、ヒッチコックとアルマの一人娘ひとりむすめである。パトリシアは女優じょゆうになり、ヒッチコック作品さくひんにも『舞台ぶたい恐怖症きょうふしょう』で端役はやく、『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』で主人公しゅじんこうの恋人こいびとの妹いもうと役やく、『サイコ』でジャネット・リーの会社かいしゃの同僚どうりょう役やくで出演しゅつえんしたほか、『ヒッチコック劇場げきじょう』にもいくつかのエピソードに出演しゅつえんした。また、『ヒッチコック・ミステリー・マガジン』の副ふく編集へんしゅう長ちょうも務つとめた。パトリシアは1952年ねんにアメリカの実業じつぎょう家かのジョゼフ・E・オコンネルと結婚けっこんし、2人ふたりの間あいだにはヒッチコックの孫娘まごむすめにあたるメアリ・オコンネル（1953年ねん4月がつ17日にち生せい）、テレサ（1954年ねん7月がつ2日にち生せい）、キャスリーン（1959年ねん2月がつ27日にち生せい）が生うまれた。

性格せいかく・趣味しゅみ嗜好しこう・体型たいけいなど

テニスを楽たのしむ若わかき日ひのヒッチコック（1920年代ねんだい）。

ヒッチコックは生来せいらい、内気うちきであまり人じんと付つき合あいたがらない人物じんぶつだった。アメリカ時代じだいもパーティーに出席しゅっせきしたりするなどの社交しゃこう的てきなことには興味きょうみがなく、パーティーではしばしばテーブルで眠ねむり込こんでしまうことがあったという。ヒッチコックは若わかい頃ころから、さまざまな恐おそるべきことが突如とつじょとして自分じぶんの身みにふりかかることを恐おそれ、常つねに最悪さいあくの事態じたいを予期よきしてそれに備そなえていた。その一方いっぽうでヒッチコックはいたずらをするのが大好だいすきで、それは単純たんじゅんなからかい程度ていどのものから、相手あいてに大おおきな迷惑めいわくをかける酷ひどいものまで様々さまざまだった。例たとえば、ロンドンでディナー・パーティーをした時ときには、青あおい食たべ物ものを見みたことがないという理由りゆうで、提供ていきょうされた食たべ物もののすべてを青色あおいろに染そめたという。またある時ときには、友人ゆうじんのジェラルド・デュ・モーリエに派手はでな仮装かそうをさせて自宅じたくのパーティーに招まねいたが、モーリエ以外いがいの客きゃくは全員ぜんいん黒くろの蝶ちょうネクタイを付つけて正装せいそうしており、一人ひとりだけ仮装かそうをしてきたモーリエに恥はじをかかせるといういたずらを仕掛しかけた。

ヒッチコックはあまり贅沢ぜいたくを好このまず、比較的ひかくてき質素しっそな生活せいかつを送おくった。服装ふくそうも地味じみで、ダークブルーのスーツと白しろいワイシャツ、ネクタイを着用ちゃくようした。秩序ちつじょと習慣しゅうかんを重おもんじたヒッチコックは、毎日まいにちこの同おなじ服ふくを着用ちゃくようしており、衣類いるいダンスにはまったく同おなじスーツが6着ちゃく、同おなじ靴くつが6足そく、同おなじネクタイが10本ほん、同おなじワイシャツが15枚まい、同おなじ靴下くつしたが15足そく入はいっていたという。ヒッチコックの唯一ゆいいつで最大さいだいの贅沢ぜいたくは食事しょくじであり、定期ていき的てきに食通しょくつう好このみの珍味ちんみを調達ちょうたつしたり、毎月まいつきイギリスからベーコンやドーバー産さんの舌した平目ひらめを空輸くうゆで取とり寄よせ、それをロサンゼルスの燻製くんせい保蔵やすぞう処理しょり会社かいしゃに借かりたスペースに山やまのように貯蔵ちょぞうしたりするなど、料理りょうりや食材しょくざいにこだわる美食びしょく家かとして知しられた。日本にっぽんに二に度ど訪おとずれた際さいにはいずれももっぱら松坂まつさか牛うしのビーフステーキを食たべていた。ワイン好すきとしても知しられ、自宅じたくのワイン貯蔵ちょぞう室しつにはたくさんの年代ねんだい物ぶつのワインを置おいていた。1960年ねんにはフランスのディジョンで行おこなわれたブルゴーニュワイン・フェスティバルで利きき酒しゅの名手めいしゅであることを示しめす綬章じゅしょうを贈おくられた。また、パウル・クレーやジョルジュ・ルオー、ラウル・デュフィ、モーリス・ユトリロ、モーリス・ド・ヴラマンクなどの画家がかの作品さくひんを収集しゅうしゅうした。

サスペンス映画えいがを多数たすう手てがけたヒッチコックは、子供こどもの時ときから犯罪はんざいや異常いじょうで悪質あくしつな行動こうどうに対たいして高たかい関心かんしんを示しめし、休やすみの日ひにはロンドンの中央ちゅうおう刑事けいじ裁判所さいばんしょ（オールド・ベイリー）で殺人さつじん事件じけんの公判こうはんを見学けんがくしてノートに記録きろくしたり、スコットランドヤードの犯罪はんざい博物館はくぶつかんを何なん度ども訪おとずれたりした。1937年ねんに家族かぞくとアメリカへ観光かんこう旅行りょこうした時ときも、ロウアー・マンハッタンの警察けいさつに立たち寄より、面めん通どおしを見学けんがくしたり、収監しゅうかん手続てつづきや尋問じんもんなどの専門せんもん的てきな問題もんだいに夢中むちゅうになるなど、観光かんこうには相応そうおうしからぬことをして妻つまを当惑とうわくさせたという。スポトーは「恐怖きょうふをあつかう芸術げいじゅつ家かのなかにも、ヒッチコックほど犯罪はんざいについて該博がいはくな知識ちしきをもっている人ひとはほとんどいない」と述のべている。また、10代のころから広ひろく小説しょうせつを読よむようになったが、愛読あいどくしたのはエドガー・アラン・ポー、G・K・チェスタトン、ジョン・バカンなどの推理すいり小説しょうせつやサスペンス小説しょうせつだった。

ヒッチコックは子供こどもの時ときから肥満ひまん体型たいけいであり、1939年ねん末まつには体重たいじゅうが約やく165キロに達たっし、太ふとり過すぎで背中せなかの痛いたみに苦くるしんだ。ヒッチコックの普段ふだんの食事しょくじはローストチキンにボイルドハム、ポテト、野菜やさい料理りょうり、パン、ワイン1瓶びん、サラダ、デザート、そしてブランデーだったが、1943年ねんには食事しょくじ療法りょうほうを試こころみ、朝あさと昼ひるはブラックコーヒーだけ、夕食ゆうしょくは小ちいさなステーキとサラダだけを食たべた。その結果けっか、約やく50キロの減量げんりょうに成功せいこうし、それを記念きねんに残のこすため『救命きゅうめい艇てい』のカメオ出演しゅつえんとして、減量げんりょう前ぜんと後ごの写真しゃしんを劇げき中ちゅうに登場とうじょうする新聞しんぶんのやせ薬やくの広告こうこくで使用しようした。このころのヒッチコックは現実げんじつに136キロから91キロに減量げんりょうした矢先やさきであり、ヒッチコックによると、この映画えいがを見みた肥満ひまん体型たいけいの人ひとたちから、このやせ薬やくの入手にゅうしゅ方法ほうほうを教おしえて欲ほしいという内容ないようの手紙てがみが殺到さっとうしたという。しかし、減量げんりょうを続つづけるのは難むずかしく、1950年ねんまでに体重たいじゅうは元もとに戻もどり、それどころか前まえよりもさらに体重たいじゅうが増ふえてしまった。それでもヒッチコックの肥満ひまん体型たいけいは、自作じさくへのカメオ出演しゅつえんや『ヒッチコック劇場げきじょう』のホスト役やくを通つうじて自身じしんのトレードマークとなり、山田やまだ宏一こういちは「チャップリンの放浪ほうろう紳士しんしのスタイルと同おなじくらい有名ゆうめいになった」とさえ述のべている。

評価ひょうかと影響えいきょう

ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにあるヒッチコックの星ほし。

ヒッチコックは、映画えいが史しの中なかで最もっとも偉大いだいな映画えいが監督かんとくのひとりと見みなされている。アメリカの社会しゃかい学者がくしゃカミール・パーリアは、「私わたしはヒッチコックをピカソ、ストラヴィンスキー、ジョイス、プルーストと同等どうとうの位置いちにおく」と述のべている。伝記でんき作家さっかのジョン・ラッセル・テイラーは、ヒッチコックを「世界せかいで最もっとも広ひろく認識にんしきされている人物じんぶつ」と呼よび、映画えいが批評ひひょう家かのロジャー・イーバートは「映画えいがの世紀せいきの前半ぜんはんでおそらく最もっとも重要じゅうような人物じんぶつである」と述のべている。ヒッチコックは名前なまえで観客かんきゃくを動員どういんできる数少かずすくない監督かんとくであり、作品さくひんの多おおくは商業しょうぎょう的てきに高たかい成功せいこうを収おさめ、アメリカ時代じだいの作品さくひんだけでも1億おく5000万まんドル以上いじょうの興行こうぎょう収入しゅうにゅう（インフレ調整ちょうせい後ご）を記録きろくした。

ヒッチコック作品さくひんのうち、『裏窓うらまど』『めまい』『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』『サイコ』の4本ほんは、アメリカン・フィルム・インスティチュートが選出せんしゅつした「アメリカ映画えいがベスト100」（1998年ねん）と「アメリカ映画えいがベスト100（10周年しゅうねんエディション）」（2007年ねん）の両方りょうほうにランクインされた。1992年ねんに『サイト・アンド・サウンド』が批評ひひょう家かの投票とうひょうで選出せんしゅつした「トップ10映画えいが監督かんとく」のリストでは4位いにランクされた。2002年ねんに同誌どうしが発表はっぴょうした史上しじょう最高さいこうの監督かんとくのリストでは、批評ひひょう家かのトップ10の投票とうひょうで2位い、監督かんとくのトップ10の投票とうひょうで5位いにランクされた。同年どうねんには『MovieMaker』により「史上しじょう最もっとも影響えいきょう力りょくのある映画えいが監督かんとく」に選出せんしゅつされ、2007年ねんには『デイリー・テレグラフ』による批評ひひょう家かの投票とうひょうで「イギリスで最もっとも偉大いだいな映画えいが監督かんとく」に選えらばれた。そのほか、1996年ねんに『エンターテインメント・ウィークリー』が選出せんしゅつした「50人にんの最高さいこうの監督かんとく」で1位い、2000年ねんに『キネマ旬報きねまじゅんぽう』が著名ちょめい人じんの投票とうひょうで選出せんしゅつした「20世紀せいきの映画えいが監督かんとく 外国がいこく編へん」で1位い、2005年ねんに『エンパイア』が発表はっぴょうした「史上しじょう最高さいこうの監督かんとくトップ40」で2位い、2007年ねんに『Total Film』が発表はっぴょうした「100人にんの偉大いだいな映画えいが監督かんとく」で1位いにランクされた。

批評ひひょう・研究けんきゅう史し

映画えいがデビューしてから長ながい間あいだ、ヒッチコックはイギリスやアメリカの英語えいご圏けんである程度ていどの商業しょうぎょう的てき成功せいこうを収おさめていたにもかかわらず、大方おおかたの映画えいが批評ひひょう家かからは器用きようなエンターテインメント作品さくひんを作つくる職人しょくにん的てきな監督かんとくと見みなされ、ストーリーテリングやテクニックは評価ひょうかされても、それ以上いじょうの芸術げいじゅつ性せいを持もつ映画えいが作家さっかとしては正当せいとうに評価ひょうかされてこなかった。とくに1930年代ねんだいにかけてのイギリスでは、知識ちしき人じんたちが映画えいがを芸術げいじゅつではなく下層かそう階級かいきゅう向むけの娯楽ごらくと見みなして軽蔑けいべつし、映画えいが批評ひひょう家かたちもドイツやソ連それんの芸術げいじゅつ映画えいがを賞賛しょうさんする一方いっぽうで、ハリウッドなどの娯楽ごらく映画えいがを軽視けいしする傾向けいこうがあったため、その状況じょうきょう下かで娯楽ごらく映画えいがを作つくり続つづけたヒッチコックはジョン・グリアソンなどの見識けんしきある映画えいが人じんや批評ひひょう家かから「独創どくそう性せいを欠かいている」「うぬぼれている」などと批判ひはんされた。例たとえば、1936年ねんにアーサー・ヴェッセロは、ヒッチコックのことを「すぐれた職人しょくにん」と呼よび、視覚しかく的てきなテクニックを評価ひょうかしながらも、「ヒッチコックの映画えいがを全体ぜんたいとして見みた場合ばあい、知的ちてきな内容ないようが乏とぼしいためにまとまりがないと感かんじざるをえず、それゆえ失望しつぼうがつきまとう」と述のべた。アメリカ時代じだいに移うつってからの約やく10年間ねんかんも真剣しんけんな批評ひひょうや研究けんきゅうの対象たいしょうになることは少すくなく、英語えいご圏けんの映画えいが批評ひひょうはアメリカ時代じだいよりもイギリス時代じだいの作品さくひんを好このむ風潮ふうちょうが支配しはい的てきとなり、1944年ねんにジェームズ・エイジーはヒッチコックの「凋落ちょうらく」が批評ひひょう家かの間あいだで囁ささやかれているとさえ述のべた。

作家さっか主義しゅぎ批評ひひょうを展開てんかいしたフランソワ・トリュフォーは、ヒッチコックを映画えいが作家さっかとして称賛しょうさんした。

そんなヒッチコックの評価ひょうかが大おおきく変化へんかしたのは、1951年ねんに創刊そうかんされたフランスの映画えいが誌し『カイエ・デュ・シネマ』（以下いか、カイエ誌しと表記ひょうき）の若手わかて映画えいが批評ひひょう家かであるエリック・ロメール、クロード・シャブロル、フランソワ・トリュフォー、ジャン＝リュック・ゴダールなどが、ヒッチコックを擁護ようごまたは顕揚けんようする批評ひひょうを書かき始はじめてからのことである。彼かれらは作家さっか主義しゅぎと呼よばれる批評ひひょう方針ほうしんを打うち出だし、ヒッチコックを独自どくじの演出えんしゅつスタイルや一貫いっかんした主題しゅだいを持もつ「映画えいが作家さっか（auteur）」として、同おなじく娯楽ごらく映画えいがの職人しょくにん監督かんとくと見みなされていたハワード・ホークスとともに高たかく評価ひょうかし、「ヒッチコック＝ホークス主義しゅぎ」を自称じしょうして盛さかんにヒッチコック論ろんを掲載けいさいした。これをきっかけにフランスでは、カイエ誌しの批評ひひょう家かを中心ちゅうしんとするヒッチコック支持しじ者しゃとその批判ひはん者しゃとの間あいだで、芸術げいじゅつ家かとしてのヒッチコックの評価ひょうかをめぐる大おおきな論争ろんそうが起おきた。

1954年ねんにカイエ誌しはヒッチコック特集とくしゅう号ごうを組くみ、トリュフォーやシャブロル、アンドレ・バザンによるヒッチコックへの取材しゅざい記事きじなどを掲載けいさいした。1957年ねんにはロメールとシャブロルが共著きょうちょで世界せかい初はつのヒッチコック研究けんきゅう書しょ『ヒッチコック』を刊行かんこうし、これまでカイエ誌しの批評ひひょう家かによって盛さかんに論ろんじられていた、秘密ひみつと告白こくはくや堕罪と救済きゅうさいなどのカトリック的てきなヒッチコック作品さくひんの主題しゅだいを真まっ向こうから分析ぶんせきした。ロメールとシャブロルはこの本ほんの掉尾ちょうびで、ヒッチコックを「全ぜん映画えいが史しの中なかで最もっとも偉大いだいな、形式けいしきの発明はつめい者しゃの一人ひとりである。おそらくムルナウとエイゼンシュテインだけが、この点てんに関かんして彼かれとの比較ひかくに耐たえる。（中略ちゅうりゃく）ここでは、形式けいしきは内容ないようを飾かざるのではない。形式けいしきが内容ないようを創造そうぞうするのだ。ヒッチコックのすべてがこの定式ていしきに集約しゅうやくされる」と評ひょうした。この本ほんはヒッチコックが批評ひひょうや研究けんきゅうの対象たいしょうとして本格ほんかく的てきに取とり上あげられる大おおきなきっかけとなった。

カイエ誌しの批評ひひょう家かがヒッチコックを称揚しょうようして以来いらい、映画えいが批評ひひょう家かの間あいだではヒッチコックの仕事しごとを評価ひょうかしようとする動うごきが広ひろまった。1960年代ねんだいから英語えいご圏けんでも、作家さっか主義しゅぎの影響えいきょうを受うけた映画えいが批評ひひょう家かを中心ちゅうしんに、映画えいが作家さっかとしてのヒッチコックをめぐる批評ひひょうが進展しんてんした。イギリスでは、1965年ねんにロビン・ウッドが同国どうこくで初はつのヒッチコック研究けんきゅう書しょ『Hitchcock’s Films』を刊行かんこうした。ウッドはヒッチコックをめぐる批評ひひょう的てき議論ぎろんが英語えいご圏けんで普及ふきゅうするのに重要じゅうような貢献こうけんを果はたしたが、ゲイ・レズビアン映画えいが批評ひひょうの先駆せんく者しゃでもあるウッドは、その観点かんてんからのヒッチコック作品さくひんの分析ぶんせきでも先鞭せんべんをつけた。アメリカでは、1962年ねんにニューヨーク近代きんだい美術館びじゅつかん（MoMA）で行おこなわれたヒッチコックの回顧かいこ上映じょうえいに合あわせて刊行かんこうされたモノグラフの著者ちょしゃであるピーター・ボグダノヴィッチや、長年ながねんにわたりヒッチコックを支持しじしたアンドリュー・サリスなどが、いち早はやくヒッチコックの作家さっか性せいを高たかく評価ひょうかした批評ひひょう家かとして知しられる。

こうしたヒッチコックの批評ひひょうや研究けんきゅうの世界せかい的てきな進展しんてんを後押あとおししたのが、1966年ねんに英えい仏ふつ2か国こく語ごで同時どうじ刊行かんこうされたトリュフォーによるヒッチコックへのインタビュー集成しゅうせい『Le Cinéma selon Alfred Hitchcock』（英語えいご版ばんは『Hitchcock/Truffaut』、邦訳ほうやくは『映画えいが術じゅつ ヒッチコック/トリュフォー』のタイトルで1981年ねん初版しょはん刊行かんこう）である。この本ほんはヒッチコックの63歳さいの誕生たんじょう日びにあたる1962年ねん8月がつ13日にちから8日間にちかんにわたり、ユニバーサル・ピクチャーズのスタジオで計けい50時じ間あいだかけて行おこなわれたインタビューを書籍しょせき化かしたもので、当時とうじまでに作つくられたヒッチコックの作品さくひんの演出えんしゅつや技法ぎほうなどを1本ほんずつ詳細しょうさいに検証けんしょうしている。この本ほんはヒッチコック研究けんきゅうにおけるバイブルとなり、映画えいが作家さっかとしてのヒッチコックの評価ひょうかの確立かくりつに最大さいだいの貢献こうけんを果はたしただけでなく、今日きょうまで「映画えいがの教科書きょうかしょ」と見みなされる名著めいちょとして知しられている。

以後いご、ヒッチコックをめぐる学問がくもん的てき議論ぎろんや研究けんきゅうは活発かっぱつになり、社会しゃかい・政治せいじ批評ひひょう、構造こうぞう主義しゅぎ、精神せいしん分析ぶんせき学がく、フェミニズム、映画えいが史し研究けんきゅうなど、さまざまな立場たちばから多様たようかつ緻密ちみつな研究けんきゅうが行おこなわれるようになった。フェミニスト映画えいが理論りろんの立場たちばでは、1975年ねんにローラ・マルヴィがその先駆せんく的てき論文ろんぶん『視覚しかく的てき快楽かいらくと物語ものがたり映画えいが』でヒッチコック作品さくひんを議論ぎろんの中心ちゅうしんに取とり上あげ、それ以来いらいヒッチコック作品さくひんは理論りろんの定式ていしきとその映画えいが批評ひひょうの実践じっせんにおいて常つねに中心ちゅうしん的てきな対象たいしょうであり続つづけた。精神せいしん分析ぶんせき学がくの立場たちばでは、1988年ねんに哲学てつがく者しゃのスラヴォイ・ジジェクがジャック・ラカンの精神せいしん分析ぶんせき学がくを基盤きばんにヒッチコック作品さくひんを分析ぶんせきした研究けんきゅう書しょを刊行かんこうした。ヒッチコックの死後しご数すう十じゅう年ねんが経過けいかしてからも、その作品さくひんは現代げんだいの学者がくしゃや批評ひひょう家かの間あいだで大おおきな関心かんしんを呼よび、伝記でんき作家さっかのジーン・アデアは「今日きょうでもヒッチコックは、おそらく映画えいが史しの中なかで最もっとも研究けんきゅうされた監督かんとくである」と述のべている。ヒッチコック作品さくひんをさまざまな視点してんから分析ぶんせきするエッセイや本ほんは市場いちばにたくさん出回でまわっており、マクギリガンも「ヒッチコックは他たのどの映画えいが監督かんとくよりも多おおくの本ほんが書かかれている」と述のべている。

レガシー

ヒッチコックが住すんでいたロンドンのクロムウェル・ロード153番地ばんちに設置せっちされたブルー・プラーク。

ヒッチコックは「サスペンスの巨匠きょしょう」、日本にっぽんでは「スリラーの神様かみさま」などと呼よばれ、それまで低級ていきゅうなジャンルと見みなされていたサスペンス映画えいがやスリラー映画えいがのイメージを変かえ、芸術げいじゅつ的てきな1つのジャンルとして認みとめさせた。映画えいが評論ひょうろん家かの山田やまだ宏一こういちは、「ヒッチコックはサスペンスとかスリラーとか呼よばれるジャンルの基本きほんとなる映画えいが的てきプロットや映画えいが的てき手法しゅほうをほとんど案出あんしゅつし、完成かんせいさせた」と述のべている。とくに『サイコ』はスラッシャー映画えいがのジャンルを創出そうしゅつし、『鳥とり』はディザスター映画えいがのジャンルにおける1つのパターンを作つくった。アデアは「アルフレッド・ヒッチコックは、20世紀せいきのほとんどの間あいだで世界せかい映画えいがの巨人きょじんだった。彼かれの遺産いさんは21世紀せいきにも重要じゅうような痕跡こんせきを残のこし続つづけている」と述のべている。

ヒッチコックの作品さくひんは世界せかいの多おおくの映画えいが人じんに影響えいきょうを与あたえ、映画えいが評論ひょうろん家かの須賀すか隆たかしは「作つくり手しゅが意識いしきしなくてもヒッチコックの影響えいきょうの痕跡こんせきが認みとめられる」と述のべている。ヒッチコックのサスペンス映画えいがの演出えんしゅつスタイルやプロットを模倣もほうした作品さくひんも多おおく作つくられ、このジャンルで注目ちゅうもく作さくが出でると「ヒッチコック的てき」「ヒッチコック風ふう」という表現ひょうげんで紹介しょうかいされることもある。こうしたヒッチコックかぶれともいえるような作品さくひんや監督かんとくは「ヒッチコッキアン」と呼よばれる。ヒッチコック作品さくひんを真似まねした主おもな作品さくひんには『シャレード』（1963年ねん、スタンリー・ドーネン監督かんとく）、『暗くらくなるまで待まって』（1967年ねん、テレンス・ヤング監督かんとく）、『ハンキー・パンキー』（1982年ねん、シドニー・ポワチエ監督かんとく）などが挙あげられる。また、1977年ねんにメル・ブルックスは、ヒッチコックの題材だいざいや設定せっていなどを片かたっ端ぱしからパロディ化かしたコメディ映画えいが『メル・ブルックス/新しんサイコ』を製作せいさくした。

カイエ誌しの批評ひひょう家かからヌーヴェルヴァーグの監督かんとくとなったトリュフォーやシャブロルの作品さくひんにも、ヒッチコックの影響えいきょうが見みられる。トリュフォーは『黒衣くろごの花嫁はなよめ』（1968年ねん）や『暗くらくなるまでこの恋こいを』（1969年ねん）などでヒッチコックを意識いしきしたサスペンス映画えいがを手てがけ、シャブロルは『二に重じゅうの鍵かぎ』（1959年ねん）、『女鹿めが』（1968年ねん）、『肉屋にくや』（1969年ねん）などのサスペンス映画えいがでヒッチコック的てきな主題しゅだいと演出えんしゅつを繰くり返かえした。1970年代ねんだい以後いごのハリウッドの映画えいが監督かんとくたちも、ヒッチコックを主おもなインスピレーションの源みなもとの1つとして引用いんようまたは言及げんきゅうしている。ブライアン・デ・パルマはキャリア初期しょきの作品さくひん『悪魔あくまのシスター』（1972年ねん）、『愛あいのメモリー』（1976年ねん）、『殺ころしのドレス』（1980年ねん）などでヒッチコックの影響えいきょうを受うけており、ヒッチコックを「映画えいが文法ぶんぽうのパイオニア」と呼よんだ。スティーヴン・スピルバーグは『ジョーズ』（1975年ねん）などでヒッチコック作品さくひんの手法しゅほうを引用いんようした。ほかにもマーティン・スコセッシ、ジョン・カーペンター、ポール・バーホーベン、デヴィッド・フィンチャー などがヒッチコックの影響えいきょうを受うけている。

1985年ねん、ヒッチコックはイギリス初はつの映画えいが人じんの郵便ゆうびん切手きっての肖像しょうぞうに選えらばれた。1998年ねん8月がつ3日にちにはアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく郵便ゆうびん公社こうしゃが限定げんてい版ばんの郵便ゆうびん切手きってシリーズ「Legends of Hollywood」の1つとして、ヒッチコックの肖像しょうぞうを印刷いんさつした32セント切手きってを発行はっこうした。1999年ねんにはヒッチコックの生誕せいたん100周年しゅうねんを記念きねんして、ニューヨーク近代きんだい美術館びじゅつかんで展覧てんらん会かいと現存げんそんするすべての映画えいがの上映じょうえいが行おこなわれた。 2012年ねん、ヒッチコックはアーティストのピーター・ブレイクがデザインした『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の新あたらしいバージョンのジャケットに、他たのイギリスの文化ぶんか的てきアイコンとともに登場とうじょうした。ロンドンにはヒッチコックを記念きねんする3つのブルー・プラークが設置せっちされており、マダム・タッソー館かんの3つの分館ぶんかんにはヒッチコックの蝋ろう人形にんぎょうが展示てんじされている。

ヒッチコックのすべての作品さくひんは世界中せかいじゅうで著作ちょさく権けん保護ほごされており（アメリカ時代じだいの一部いちぶ作品さくひんはパブリックドメインである）、アメリカ時代じだいの作品さくひんを中心ちゅうしんに正規せいき版ばんのホームビデオは広ひろく販売はんばいされている。しかし、イギリス時代じだいの作品さくひんは著作ちょさく権けん保護ほごされているにもかかわらず、パブリックドメインであるという誤解ごかいが広ひろまり、日本にっぽんを含ふくむ多おおくの国くにで海賊版かいぞくばんのホームビデオが出回でまわっている。ヒッチコックの作品さくひんは今日きょうまでテレビでも頻繁ひんぱんに放送ほうそうされており、アメリカのAMCやターナー・クラシック・ムービーズなどのチャンネルのプログラムの基礎きそとなっている。2012年ねんには英国えいこく映画えいが協会きょうかいが現存げんそんする9本ほんのヒッチコックのサイレント映画えいがをデジタル修復しゅうふくし、翌よく2013年ねんに「The Hitchcock 9」と題だいしてブルックリン音楽おんがくアカデミーで初はつ上映じょうえいされ、2017年ねんには日本にっぽんでも上映じょうえいされた。

フィルモグラフィー

詳細しょうさいは「アルフレッド・ヒッチコックのフィルモグラフィー」を参照さんしょう

ヒッチコックが監督かんとくした長編ちょうへん映画えいがは53本ほん存在そんざいし、そのうちイギリス時代じだいの作品さくひんは23本ほんで、残のこる30本ほんはアメリカ時代じだいの作品さくひんである。それ以外いがいにもヒッチコックは、未完みかんの作品さくひんや共同きょうどう監督かんとく作品さくひん、数すう本ほんの短編たんぺん映画えいがを監督かんとくした。監督かんとく以外いがいにも、キャリア初期しょきを中心ちゅうしんに字幕じまくデザイナー、美術びじゅつ監督かんとく、助監督じょかんとく、プロデューサーなどを務つとめた作品さくひんがある。また、『ヒッチコック劇場げきじょう』などのテレビシリーズでは約やく20本ほんのエピソードを演出えんしゅつした。アメリカ国立こくりつフィルム登録とうろく簿ぼには、『レベッカ』（1940年ねん）、『疑惑ぎわくの影かげ』（1943年ねん）、『汚名おめい』（1946年ねん）、『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』（1951年ねん）、『裏窓うらまど』（1954年ねん）、『めまい』（1958年ねん）、『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』（1959年ねん）、『サイコ』（1960年ねん）、『鳥とり』（1963年ねん）の9本ほんの監督かんとく作品さくひんが登録とうろくされている。

監督かんとくした長編ちょうへん映画えいが

• 快楽かいらくの園えん（1925年ねん）
• 山やま鷲わし（1926年ねん）
• 下宿げしゅく人じん（1927年ねん）
• ダウンヒル（1927年ねん）
• ふしだらな女おんな（1927年ねん）
• リング（1927年ねん）
• 農夫のうふの妻つま（1928年ねん）
• シャンパーニュ（1928年ねん）
• マンクスマン（1929年ねん）
• 恐喝きょうかつ（1929年ねん）
• ジュノーと孔雀くじゃく（1930年ねん）
• 殺人さつじん!（1930年ねん）
• スキン・ゲーム（1931年ねん）
• リッチ・アンド・ストレンジ（1931年ねん）
• 第だい十じゅう七なな番ばん（1932年ねん）
• ウィンナー・ワルツ（1934年ねん）
• 暗殺あんさつ者しゃの家いえ（1934年ねん）
• 三さん十じゅう九きゅう夜や（1935年ねん）
• 間諜かんちょう最後さいごの日ひ（1936年ねん）
• サボタージュ（1936年ねん）
• 第だい3逃亡とうぼう者しゃ（1937年ねん）
• バルカン超ちょう特急とっきゅう（1938年ねん）
• 巌いわお窟くつの野獣やじゅう（1939年ねん）
• レベッカ（1940年ねん）
• 海外かいがい特派とくは員いん（1940年ねん）
• スミス夫妻ふさい（1941年ねん）
• 断崖だんがい（1941年ねん）
• 逃走とうそう迷路めいろ（1942年ねん）
• 疑惑ぎわくの影かげ（1943年ねん）
• 救命きゅうめい艇てい（1944年ねん）
• 白しろい恐怖きょうふ（1945年ねん）
• 汚名おめい（1946年ねん）
• パラダイン夫人ふじんの恋こい（1947年ねん）
• ロープ（1948年ねん）
• 山羊やぎ座ざのもとに（1949年ねん）
• 舞台ぶたい恐怖症きょうふしょう（1950年ねん）
• 見知みしらぬ乗客じょうきゃく（1951年ねん）
• 私わたしは告白こくはくする（1953年ねん）
• ダイヤルMを廻まわせ!（1954年ねん）
• 裏窓うらまど（1954年ねん）
• 泥棒どろぼう成金なりきん（1955年ねん）
• ハリーの災難さいなん（1955年ねん）
• 知しりすぎていた男おとこ（1956年ねん）
• 間違まちがえられた男おとこ（1956年ねん）
• めまい（1958年ねん）
• 北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ（1959年ねん）
• サイコ（1960年ねん）
• 鳥とり（1963年ねん）
• マーニー（1964年ねん）
• 引ひき裂さかれたカーテン（1966年ねん）
• トパーズ（1969年ねん）
• フレンジー（1972年ねん）
• ファミリー・プロット（1976年ねん）

受賞じゅしょう

アービング・G・タルバーグ賞しょうを受賞じゅしょうした時ときのヒッチコック（1968年ねん）。右みぎはプレゼンターのロバート・ワイズ。

ヒッチコックはアカデミー賞しょうの監督かんとく賞しょうに5回かいノミネートされた（『レベッカ』『救命きゅうめい艇てい』『白しろい恐怖きょうふ』『裏窓うらまど』『サイコ』）が、1度ども受賞じゅしょうすることはなかった。ヒッチコックはそのことについて「わたしはいつも花嫁はなよめの付添つきそい役やくで、けっして花嫁はなよめにはなれない」と述のべている。『レベッカ』では作品さくひん賞しょうを受賞じゅしょうしたが、受賞じゅしょう者しゃは監督かんとくのヒッチコックではなくプロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックだったため、ヒッチコックがオスカー像ぞうを手てにしたわけではなかった。1968年ねんには映画えいが芸術げいじゅつ科学かがくアカデミーから「プロデューサー個人こじんが長期ちょうきにわたり上質じょうしつの作品さくひんを製作せいさくしてきたこと」を称たたえる特別とくべつ賞しょうのアービング・G・タルバーグ賞しょうを授与じゅよされた。

1960年ねん2月がつ8日にち、ヒッチコックは映画えいが産業さんぎょうとテレビ放送ほうそう産業さんぎょうへの貢献こうけんにより、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームで2つの星ほしを獲得かくとくした。1964年ねん3月がつ7日にちにはアメリカの映画えいが製作せいさく者しゃ協会きょうかいから「アメリカ映画えいが史しへの貢献こうけん」に対たいしてマイルストーン賞しょうを授与じゅよされ、1966年ねん8月がつ8日にちにはイギリスの映画えいがテレビ技術ぎじゅつ者しゃ協会きょうかいの名誉めいよ会員かいいんに推挙すいきょされた。1968年ねんには全米ぜんべい監督かんとく協会きょうかいから生涯しょうがい功労賞こうろうしょうにあたるD・W・グリフィス賞しょうを受賞じゅしょうした。1971年ねんには英国えいこく映画えいがテレビ芸術げいじゅつアカデミーからフェローシップ賞しょうを贈おくられ、翌よく1972年ねんにはハリウッド外国がいこく人じん映画えいが記者きしゃ協会きょうかいからゴールデングローブ賞しょうの生涯しょうがい功労賞こうろうしょうにあたるセシル・B・デミル賞しょうを授与じゅよされた。また、1974年ねんにリンカーン・センター映画えいが協会きょうかいのチャップリン賞しょうを受賞じゅしょうし、1979年ねんにはアメリカン・フィルム・インスティチュートの生涯しょうがい功労賞こうろうしょうを受賞じゅしょうした。

ヒッチコックは映画えいが賞しょう以外いがいにもさまざまな栄誉えいよと称号しょうごうを受うけた。1963年ねんにはサンタクララ大学だいがくから名誉めいよ博士はかせ号ごうを受うけた。1968年ねん6月9日にちにはカリフォルニア大学だいがくサンタクルーズ校こうからも「映画えいが界かいにおけるすばらしい業績ぎょうせき」に対たいして名誉めいよ博士はかせ号ごうを贈おくられた。1969年ねん9月5日にちにはフランスの芸術げいじゅつ文化ぶんか勲章くんしょうを贈おくられ、その2年ねん後ごの1971年ねん1月がつ14日にちにはレジオンドヌール勲章くんしょうの5等級とうきゅうにあたるシュヴァリエをパリの式典しきてんで受章じゅしょうした。1972年ねん6月がつ6日にちにはコロンビア大学ころんびあだいがくから人文じんぶん科学かがくの名誉めいよ博士はかせ号ごうを授与じゅよされた。1979年ねん12月には大だい英えい帝国ていこく勲章くんしょうの2等級とうきゅうにあたるナイト・コマンダー（KBE）の称号しょうごうを授さづけられた。

アルフレッド・ヒッチコックの主おもな映画えいが賞しょうの受賞じゅしょうとノミネートの一覧いちらん

賞しょう	対象たいしょう年ねん	部門ぶもん	作品さくひん	結果けっか	出典しゅってん
ニューヨーク映画えいが批評ひひょう家か協会きょうかい賞しょう	1938年ねん	監督かんとく賞しょう	『バルカン超ちょう特急とっきゅう』	受賞じゅしょう
アカデミー賞しょう	1940年ねん	作品さくひん賞しょう	『レベッカ』	受賞じゅしょう
			『海外かいがい特派とくは員いん』	ノミネート
		監督かんとく賞しょう	『レベッカ』	ノミネート
	1941年ねん	作品さくひん賞しょう	『断崖だんがい』	ノミネート
	1944年ねん	監督かんとく賞しょう	『救命きゅうめい艇てい』	ノミネート
	1945年ねん	作品さくひん賞しょう	『白しろい恐怖きょうふ』	ノミネート
		監督かんとく賞しょう		ノミネート
	1954年ねん	監督かんとく賞しょう	『裏窓うらまど』	ノミネート
	1960年ねん	監督かんとく賞しょう	『サイコ』	ノミネート
全米ぜんべい監督かんとく協会きょうかい賞しょう	1951年ねん	長編ちょうへん映画えいが監督かんとく賞しょう	『見知みしらぬ乗客じょうきゃく』	ノミネート
	1954年ねん	長編ちょうへん映画えいが監督かんとく賞しょう	『裏窓うらまど』	ノミネート
	1956年ねん	長編ちょうへん映画えいが監督かんとく賞しょう	『ハリーの災難さいなん』	ノミネート
	1958年ねん	長編ちょうへん映画えいが監督かんとく賞しょう	『めまい』	ノミネート
	1959年ねん	長編ちょうへん映画えいが監督かんとく賞しょう	『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』	ノミネート
	1960年ねん	長編ちょうへん映画えいが監督かんとく賞しょう	『サイコ』	ノミネート
英国えいこくアカデミー賞しょう	1955年ねん	総合そうごう作品さくひん賞しょう	『裏窓うらまど』	ノミネート
	1956年ねん	総合そうごう作品さくひん賞しょう	『ハリーの災難さいなん』	ノミネート
プライムタイム・エミー賞しょう	1956年ねん	監督かんとく賞しょう（ドラマ・シリーズ部門ぶもん）	「ペラム氏しの事件じけん」（『ヒッチコック劇場げきじょう』）	ノミネート
		司会しかい者しゃ・ホスト賞しょう	-	ノミネート
	1957年ねん	男性だんせい司会しかい者しゃ賞しょう	-	ノミネート
	1959年ねん	監督かんとく賞しょう（ドラマ・シリーズ部門ぶもん）	「凶器きょうき」（『ヒッチコック劇場げきじょう』）	ノミネート
ゴールデングローブ賞しょう	1957年ねん	テレビ功労賞こうろうしょう	-	受賞じゅしょう
	1972年ねん	作品さくひん賞しょう（ドラマ部門ぶもん）	『フレンジー』	ノミネート
		監督かんとく賞しょう		ノミネート
サン・セバスティアン国際こくさい映画えいが祭さい	1958年ねん	シルバー・シェル賞しょう	『めまい』	受賞じゅしょう
	1959年ねん	シルバー・シェル賞しょう	『北きた北西ほくせいに進路しんろを取とれ』	受賞じゅしょう
ベンガル映画えいがジャーナリスト協会きょうかい賞しょう	1964年ねん	外国がいこく監督かんとく賞しょう	『鳥とり』	受賞じゅしょう
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞しょう	1969年ねん	監督かんとく賞しょう	『トパーズ』	受賞じゅしょう

ヒッチコックを描えがいた映画えいが作品さくひん

• ヒッチコック Hitchcock（2012年ねん、演えんじ：アンソニー・ホプキンス） - 『サイコ』の製作せいさく舞台裏ぶたいうらと妻つまアルマとの関係かんけいを描えがく伝記でんき映画えいが。
• ザ・ガール ヒッチコックに囚とらわれた女おんな The Girl（2012年ねん、演えんじ：トビー・ジョーンズ） - ヒッチコックによるヘドレンに対たいするセクハラを描えがいた伝記でんき映画えいが。
• グレース・オブ・モナコ 公おおやけ妃ひの切きり札ふだ Grace of Monaco（2014年ねん、演えんじ：ロジャー・アシュトン＝グリフィス） - グレース・ケリーの伝記でんき映画えいがで、ヒッチコックが『マーニー』の主演しゅえんをケリーにオファーすることが描えがかれている。

ドキュメンタリー作品さくひん

• アルフレッド・ヒッチコック、自作じさくを語かたる The Men Who Made the Movies: Alfred Hitchcock（1973年ねん） - ヒッチコックのインタビューを収録しゅうろく。
• ドキュメント アルフレッド・ヒッチコック〜天才てんさい監督かんとくの横顔よこがお Hitchcock: Shadow of a Genius（1999年ねん）
• ヒッチコック/トリュフォー Hitchcock/Truffaut（2015年ねん） - 『映画えいが術じゅつ ヒッチコック/トリュフォー』を題材だいざいにした作品さくひん。
• I AM アルフレッド・ヒッチコック I Am Alfred Hitchcock（2021年ねん）

脚注きゃくちゅう

参考さんこう文献ぶんけん

• 河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ編集へんしゅう部ぶ 編へん『ヒッチコック 完全かんぜんなる殺人さつじん”芸術げいじゅつ”家か』河出書房新社かわでしょぼうしんしゃ〈KAWADE夢ゆめムック〉、2018年ねん11月。ISBN 978-4309979601。 
• ドナルド・スポトー『ヒッチコック 映画えいがと生涯しょうがい』 上じょう、勝かち矢や桂子けいこ 他た訳やく、早川書房はやかわしょぼう、1988年ねん6月がつ。ISBN 978-4152033536。 
• ドナルド・スポトー『ヒッチコック 映画えいがと生涯しょうがい』 下した、勝かち矢や桂子けいこ 他た訳やく、早川書房はやかわしょぼう、1988年ねん6月がつ。ISBN 978-4152033543。 
• ドナルド・スポトー『アート・オブ・ヒッチコック 53本ほんの映画えいが術じゅつ』関せき美冬みふゆ 訳やく、キネマ旬報社きねまじゅんぽうしゃ、1994年ねん3月がつ。ISBN 978-4873760766。 
• タニア・モドゥレスキ『知しりすぎた女おんなたち ヒッチコック映画えいがとフェミニズム』加藤かとう幹郎みきお 他た訳やく、青土おうづち社しゃ、1992年ねん11月。ISBN 978-4791752232。 
• 筈見はずみ有弘ありひろ 編へん『ヒッチコックを読よむ やっぱりサスペンスの神様かみさま!』フィルムアート社しゃ〈ブック・シネマテーク〉、1980年ねん7月がつ。ISBN 978-4845980321。 
• 筈見はずみ有弘ありひろ『ヒッチコック』講談社こうだんしゃ〈講談社こうだんしゃ現代新書げんだいしんしょ〉、1986年ねん6月がつ。ISBN 978-4061488199。 
• ロバート・A・ハリス、マイケル・S・ラスキー『アルフレッド・ヒッチコック』日笠ひかさ千晶ちあき 訳やく、シンコーミュージック・エンタテイメント〈シネマ・スター・ライブラリー〉、1995年ねん11月。ISBN 978-4401615285。 
• アルフレッド・ヒッチコック、フランソワ・トリュフォー『定本ていほん 映画えいが術じゅつ ヒッチコック/トリュフォー』山田やまだ宏一こういち、蓮實はすみ重彦しげひこ 訳わけ、晶文社しょうぶんしゃ、1990年ねん12月。ISBN 978-4794958181。 
• アルフレッド・ヒッチコック 著ちょ、シドニー・ゴットリーブ 編へん『ヒッチコック映画えいが自身じしん』鈴木すずき圭介けいすけ 訳わけ、筑摩書房ちくましょぼう〈リュミエール叢書そうしょ〉、1999年ねん10月がつ。ISBN 978-4480873132。 
• 山田やまだ宏一こういち『ヒッチコック映画えいが読本とくほん』平凡社へいぼんしゃ、2016年ねん12月。ISBN 978-4582282634。 
• スティーブン・レベロ『アルフレッド・ヒッチコック&ザ・メイキング・オブ・サイコ』白夜書房びゃくやしょぼう、1990年ねん10月がつ。ISBN 978-4893671899。 
• エリック・ロメール、クロード・シャブロル『ヒッチコック』木村きむら建けん哉、小河原おがわらあや 訳やく、インスクリプト、2015年ねん1月がつ。ISBN 978-4900997516。 
• 『Hitch;The Art of Suspense アルフレッド・ヒッチコックの世界せかい』ネコ・パブリッシング〈NEKO CINEMA BOOK ACADEMIC SERIES〉、2000年ねん3月がつ。ISBN 978-4873661957。 
• Ackroyd, Peter (2017) [2015] (ポーランド語ご). Alfred Hitchcock. Zysk i S-ka. ISBN 978-8365521798. https://books.google.pl/books/about/Alfred_Hitchcock.html?id=427FBwAAQBAJ&redir_esc=y 
• Adair, Gene (2002). Alfred Hitchcock: Filming Our Fears. New York: Oxford University Press. ISBN 978-0195119671. https://books.google.pl/books?redir_esc=y&hl=ja&id=9xeWbQA6GDUC&redir_esc=y 
• Duncan, Paul (2003). Alfred Hitchcock: Architect of Anxiety, 1899–1980. Taschen. ISBN 978-3822815915 
• Kapsis, Robert E. (1992). Hitchcock: The Making of a Reputation (illustrated ed.). University of Chicago Press 
• Leitch, Thomas (2002). The Encyclopedia of Alfred Hitchcock. Checkmark Books. ISBN 978-0-8160-4387-3 
• McGilligan, Patrick (2003). Alfred Hitchcock: A Life in Darkness and Light. New York: Regan Books. ISBN 978-0060393229. https://archive.org/details/alfredhitchcockl00mcgi 
  • McGilligan, Patrick (2005) (ポーランド語ご). Alfred Hitchcock: Życie w ciemności i pełnym świetle. Twój Styl. ISBN 978-8371635052. https://books.google.pl/books/about/Alfred_Hitchcock.html?id=Ij7rAAAACAAJ&redir_esc=y 
• Ryall, Tom (2000). Alfred Hitchcock and the British Cinema. Bloomsbury Publishing. ISBN 978-0567534163 
• Sloan, Jane (1995). Alfred Hitchcock: A Filmography and Bibliography. Oakland: University of California Press. ISBN 978-0520089044 
• Taylor, John Russell (1996). Hitch: The Life and Times of Alfred Hitchcock. New York: Da Capo Press. ISBN 978-0306806773. https://books.google.co.jp/books?redir_esc=y&hl=ja&id=nv2qYcGJqt8C&redir_esc=y 
• Whitty, Stephen (2016). The Alfred Hitchcock Encyclopedia. Lanham and London: Rowman & Littlefield. ISBN 978-1442251595 
• Wood, Robin (2002). Hitchcock's Films Revisited (2nd ed.). New York: Columbia University Press. ISBN 978-0231126953 

関連かんれん文献ぶんけん

• 植草うえくさ甚一じんいち『ヒッチコック万まん歳さい!』晶文社しょうぶんしゃ〈植草うえくさ甚一じんいちスクラップブック〉、新装しんそう版ばん2004年ねん10月がつ。ISBN 978-4794925626。※初版しょはんは1976年ねん9月がつ。
• 梶原かじはら和男かずお『ヒッチコックヒロイン』芳賀はが書店しょてん〈シネアルバム〉、1991年ねん5月がつ。ISBN 978-4826101295。
• スラヴォイ・ジジェク『ヒッチコックによるラカン 映画えいが的てき欲望よくぼうの経済けいざい』露崎つゆさき俊和としかず他た訳やく、トレヴィル〈エコノミー〉、1994年ねん7月がつ。ISBN 978-4845709045。
• 野沢のざわ一馬かずま『ヒッチコック完全かんぜん読破どくは』シネマハウス、2001年ねん4月がつ。ISBN 978-4434009273。
• 橋本はしもと勝まさる『ヒッチコック・ゲーム ようこそヒッチコック映画えいが館かんへ』キネマ旬報社きねまじゅんぽうしゃ、1998年ねん12月。ISBN 978-4873762241。
• 山田やまだ宏一こういち、和田わだ誠まこと『ヒッチコックに進路しんろを取とれ』草くさ思おもえ社しゃ、2009年ねん7月がつ。ISBN 978-4794217226。
• 『世界せかいの映画えいが作家さっか12 アルフレッド・ヒッチコック』キネマ旬報社きねまじゅんぽうしゃ、1971年ねん9月がつ。
• 『アルフレッド・ヒッチコックを楽たのしむ スリラーの神様かみさま』近代映画社きんだいえいがしゃ〈スクリーン・デラックス〉、2006年ねん11月。ISBN 978-4764821132。

外部がいぶリンク

• alfredhitchcock.com（英語えいご）
• Alfred Hitchcock - IMDb（英語えいご）
• Alfred Hitchcock - オールムービー（英語えいご）
• Alfred Hitchcock - 英国えいこく映画えいが協会きょうかいScreenonline （英語えいご）
• Alfred Hitchcock - TCM Movie Database（英語えいご）
• アルフレッド・ヒッチコック - allcinema
• アルフレッド・ヒッチコック - KINENOTE
• 『ヒッチコック』 - コトバンク