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さかい利彦としひこ

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さかい としひこ

さかい 利彦としひこ
生誕せいたん 1871ねん1がつ15にち明治めいじ3ねん11月25にち
日本の旗 日本にっぽん 豊前ぶぜんこくなかぐん長井ながいしゅ永大えいだいざか村松むらまつざか
げん福岡ふくおかけん京都きょうとぐんみやこまち犀川さいがわ大坂おおさか松坂まつさか
死没しぼつ (1933-01-23) 1933ねん1がつ23にち(62さいぼつ
日本の旗 日本にっぽん 東京とうきょう東京とうきょう麹町こうじまち
げん東京とうきょう千代田ちよだこうじまち
墓地ぼち 横浜よこはま總持寺そうじじ
国籍こくせき 日本の旗 日本にっぽん
出身しゅっしんこう だいいち高等こうとう中学校ちゅうがっこう
職業しょくぎょう 東京とうきょうかい議員ぎいん
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さかい 利彦としひこ(さかい としひこ、1871ねん明治めいじ3ねん1がつ15にち旧暦きゅうれき11月25にち[1]) - 1933ねん昭和しょうわ8ねん1がつ23にち[1])は、日本にっぽん社会しゃかい主義しゅぎしゃ思想家しそうか歴史れきし共産きょうさん主義しゅぎしゃ著述ちょじゅつ小説しょうせつごう枯川こせん別名べつめいは、貝塚かいづか しぶろく

生涯しょうがい

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新聞しんぶん記者きしゃとして

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平民へいみんしゃ社屋しゃおく左隅ひだりすみ扇子せんすっているのが幸徳こうとく秋水しゅうすい中央ちゅうおう紋付もんつきてステッキをっているのがさかい(1904ねん8がつ撮影さつえい)。

さかい没落ぼつらく士族しぞく三男さんなんとして、豊前ぶぜんこくなかぐん長井ながいしゅ永大えいだいざか村松むらまつざかげん福岡ふくおかけん京都きょうとぐんみやこまち犀川さいがわ大坂おおさか松坂まつさか)にまれる。旧制きゅうせい豊津とよつ中学校ちゅうがっこう首席しゅせき卒業そつぎょうして上京じょうきょう進学しんがく予備校よびこうであった共立きょうりつ学校がっこうにて受験じゅけん英語えいごまなんだのちにだいいち高等こうとう中学校ちゅうがっこう入学にゅうがくするが、学費がくひ滞納たいのうして除籍じょせき処分しょぶんされる。除籍じょせき大阪おおさか福岡ふくおか新聞しんぶん記者きしゃ教員きょういんとしてつとめながら文学ぶんがく世界せかいてるべく、小説しょうせつ執筆しっぴつはじめる。その同郷どうきょう末松すえまつ謙澄けんちょう招待しょうたい東京とうきょうもうけられたもう利家としいえ編輯へんしゅうしょで「ぼうちょう回天かいてん」の編纂へんさん従事じゅうじし、同僚どうりょう山路やまじ愛山あいざんらと親交しんこうふかめる。

その日本にっぽんはつのゴシップとされる「まんあさほう」の記者きしゃとして活躍かつやくし、社会しゃかい改良かいりょう主義しゅぎ主張しゅちょうする論説ろんせつ言文げんぶん一致いっちたい普及ふきゅうはか一方いっぽうで、社主しゃしゅ黒岩涙香くろいわるいこう同僚どうりょう内村うちむら鑑三かんぞう幸徳こうとく秋水しゅうすいらと理想りそうだん結成けっせいして社会しゃかい主義しゅぎ思想しそう共鳴きょうめいし、非戦論ひせんろんとなえる。しかし、まんあさほうにち戦争せんそうさいして非戦論ひせんろんから主戦しゅせんろん路線ろせん転換てんかんしたために内村うちむら幸徳こうとくとも退社たいしゃして「平民へいみんしゃ」を開業かいぎょうし、週刊しゅうかん平民へいみん新聞しんぶん」を発行はっこうして非戦論ひせんろん社会しゃかい主義しゅぎ運動うんどう開始かいしする。

さかいはその週刊しゅうかん平民へいみん新聞しんぶんだい53ごう1904ねん明治めいじ37ねん)11月13にち)に幸徳こうとくとのともやくで「共産党きょうさんとう宣言せんげん」を翻訳ほんやくして掲載けいさいした。これは、サミュエル・ムーアがやくした英語えいごやくからの重訳じゅうやくであったが、これが日本にっぽんにおける最初さいしょ共産党きょうさんとう宣言せんげん翻訳ほんやくであった。

社会しゃかい主義しゅぎ活動かつどう

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1905ねん明治めいじ38ねん)、さかい社会しゃかい主義しゅぎ機関きかん直言ちょくげん」にエスペラントかんする記事きじ掲載けいさいし、その翌年よくねん発足ほっそくした日本にっぽんエスペラント協会きょうかい評議ひょうぎいん就任しゅうにんした。同年どうねんには日本にっぽん社会党しゃかいとう結成けっせいして評議ひょうぎいん幹事かんじとなり[2]日本にっぽん社会しゃかい主義しゅぎ運動うんどう指導しどうしゃとして活躍かつやく開始かいしした。

1908ねん明治めいじ41ねん)の赤旗あかはた事件じけんで2ねんじゅう禁固刑きんこけいけるが、その入獄にゅうごくちゅうに「大逆だいぎゃく事件じけん幸徳こうとく事件じけん)」が発生はっせいし、まんあさほう同僚どうりょうだった幸徳こうとくが1911ねん明治めいじ44ねん)1がつ処刑しょけいされる。さかい獄中ごくちゅうにいたためなんのがれたが、出獄しゅつごく社会しゃかい主義しゅぎのいわゆる「ふゆ時代じだい」を売文ばいぶんしゃ設立せつりつしてごし、雑誌ざっし「へちまのはな」(1914ねん1がつ27にち - 1915ねん8がつ、19ごうおわりかん)や後継こうけいしん社会しゃかい」の編集へんしゅう発行はっこうをはじめとする事業じぎょうおこなって生活せいかつかてとするとともに、全国ぜんこく社会しゃかい主義しゅぎしゃとの連絡れんらく維持いじした。

政界せいかい

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後列こうれつひだりから、山川やまかわひとし守田もりた有秋ゆうしゅう森近もりちか運平うんぺいさかい利彦としひこ佐藤さとうさとる
ちゅうれつひだりからいちにんおいて、さかいため少女しょうじょ時代じだいさかい真柄まがら山川やまかわつま大須賀おおすが里子さとこ
ひだりからさかいため利彦としひこの2番目ばんめつま)、さかい利彦としひこさかい真柄まがら利彦としひこと1番目ばんめつま美知子みちことのあいだにまれた)。1919ねんごろ撮影さつえい
1929ねん

1918ねん大正たいしょう7ねん)の黎明会れいめいかいげにかかわり[3]かいしたしくなった高畠たかはた素之もとゆきとは黎明会れいめいかいのライバル・ろうそうかい会員かいいんでもあった。1920ねん大正たいしょう9ねん)には日本にっぽん社会しゃかい主義しゅぎ同盟どうめい結成けっせいするが、翌年よくねんには活動かつどう禁止きんしされてしまう。

さかい1922ねん大正たいしょう11ねん)に、山川やまかわひとし荒畑あらはた寒村かんそんらとだいいち共産党きょうさんとう結成けっせい参加さんかするものの、山川やまかわらに同調どうちょうして離脱りだつし、のち労農ろうのうくみする。その東京とうきょう無産むさんとう結成けっせいして活動かつどうつづけ、1929ねん昭和しょうわ4ねん)に東京とうきょうかい議員ぎいん当選とうせんした[4]。このあいだにはすうおおくの翻訳ほんやくつうじて、欧米おうべい社会しゃかい主義しゅぎ思想しそう社会しゃかい運動うんどうロシア革命かくめい動向どうこうユートピア文学ぶんがくをはじめとする西洋せいよう文学ぶんがく紹介しょうかいにつとめた。

晩年ばんねん

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1931ねん昭和しょうわ6ねん)2がつ11にち福岡ふくおかけん行橋ゆくはしまちの簔干精米せいまいしょ寺子屋てらこやしき農民のうみん学校がっこう開校かいこうした[5]が、同年どうねん12がつ脳出血のうしゅっけつたおれてからは療養りょうよう生活せいかつはいった。翌年よくねん7がつはいると病状びょうじょう悪化あっかし、治療ちりょうなどの影響えいきょうからとき凶暴きょうぼうとなったため青山あおやまのう病院びょういん入院にゅういん朝日新聞あさひしんぶん発狂はっきょうして入院にゅういん報道ほうどうしたが、荒畑あらはた寒村かんそんらの抗議こうぎけて訂正ていせいしたという)[6]し、翌月よくげつには退院たいいんした。しかし1933ねん昭和しょうわ8ねん)1がつ容体ようだい悪化あっかし、東京とうきょうこうじまち自宅じたく死去しきょ、62さいぼつ戒名かいみょう枯川こせんあん利彦としひこどう居士こじ[7]

著作ちょさく

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  • 継母けいぼ根性こんじょう さかい枯川こせん 図書としょ出版しゅっぱん 1893.8
  • はだかおとこ さかい利彦としひこ (枯川こせん) 博文ひろぶみどう 1893.10
  • はだかのごうさん さかい枯川こせん 藤谷ふじたに長吾ちょうご 1895.9
  • やぶ羽織はおり さかい枯川こせん 駸々しんしんどう 1896.1
  • 周布すふ政之助まさのすけ さかい利彦としひこ 博文ひろぶみかん 1900.8(のち1915ねんにも、馬屋うまやはらせんいち出版しゅっぱんじんとして「さかい枯川こせん名義めいぎ出版しゅっぱん
  • 普通ふつうぶん 言文げんぶん一致いっち さかい利彦としひこ (枯川こせん) 内外ないがい出版しゅっぱん協会きょうかい 1901.7
  • 家庭かてい夜話やわ さかい利彦としひこ (枯川こせん) 内外ないがい出版しゅっぱん協会きょうかい 1902、1903
  • 枯川こせん随筆ずいひつ 内外ないがい出版しゅっぱん協会きょうかい 1903 (家庭かてい文学ぶんがく)
  • 家庭かていしん風味ふうみ さかい利彦としひこ (枯川こせん) 内外ないがい出版しゅっぱん協会きょうかい 1904.12
  • 半生はんせいはか さかい枯川こせん 平民へいみん書房しょぼう 1905.8
  • 婦人ふじん問題もんだい 金尾かなお文淵ぶんえんどう 1907.8
  • 社会しゃかい主義しゅぎ綱要こうよう さかい利彦としひこ (枯川こせん)、森近もりちか運平うんぺい にわとりごえどう 1907.11
  • 人間にんげん発生はっせい歴史れきし 有楽うらくしゃ 1907 (平民へいみん科学かがく)
  • 文章ぶんしょう速達そくたつほう 実業じつぎょう世界せかいしゃ 1915 のち講談社こうだんしゃ学術がくじゅつ文庫ぶんこ
  • ねこのあくび 松本まつもと商会しょうかい出版しゅっぱん 1919
  • ねこ百日咳ひゃくにちぜき アルス 1919
  • 唯物ゆいぶつ史觀しかん立場たちばから 三田みた書房しょぼう 1919.8
  • マルクスつたえ 山川やまかわひとし共著きょうちょ だいあぶみかく 1920 (レツド・カヴア叢書そうしょ)
  • 男女だんじょ争闘そうとう さかえがわどう書店しょてん 1920
  • 恐怖きょうふ闘争とうそう歓喜かんき 聚英かく 1920 (社会しゃかい問題もんだい批判ひはん叢書そうしょ)
  • 火事かじ半鐘はんしょう 三徳さんとくしゃ 1921
  • 楽天らくてん囚人しゅうじん 丙午ひのえうま出版しゅっぱんしゃ 1921
  • べい泥棒どろぼう 三徳さんとくしゃ 1922
  • 社会しゃかい主義しゅぎ学説がくせつ大要たいよう 建設けんせつしゃ同盟どうめい出版しゅっぱん 1922 (建設けんせつしゃパンフレット)
  • 男女だんじょ関係かんけい発達はったつ 三徳さんとくしゃ 1922 (民衆みんしゅう科学かがく叢書そうしょ)
  • 一休いっきゅう和尚おしょう 東雲しののめどう書店しょてん 1922
  • 労農ろうのうロシアの資源しげん貿易ぼうえき 上田うえだ茂樹しげき共著きょうちょ 実業じつぎょう世界せかいしゃ 1925
  • 現代げんだい社会しゃかい生活せいかつ不安ふあん疑問ぎもん 文化ぶんか学会がっかい出版しゅっぱん 1925 (社会しゃかい問題もんだい叢書そうしょ)
  • 社会しゃかい主義しゅぎ学説がくせつ大要たいよう 無産むさんしゃ 1925 (無産むさんしゃパンフレット)
  • 弁証法べんしょうほうてき唯物ゆいぶつろん 無産むさんしゃ 1926 (無産むさんしゃパンフレット)
  • 社会しゃかい主義しゅぎ婦人ふじんかん 山川やまかわ菊栄きくえ共著きょうちょ 上西かみにし書店しょてん 1926
  • ロシヤ革命かくめいじゅういちがつななにち 無産むさんしゃ 1926 (無産むさんしゃパンフレット)
  • 監獄かんごく学校がっこう しろあげしゃ 1926
  • さかい利彦としひこでん 改造かいぞうしゃ 1926 のちちゅう公文こうぶん
  • 天文てんもん地文ちぶん みなみそう書院しょいん 1927 (無産むさんしゃ自由じゆう大学だいがく
  • とうなし行脚あんぎゃ 改造かいぞうしゃ 1928
  • さくらくに地震じしんくに 現代げんだいユウモア全集ぜんしゅう刊行かんこうかい 1928
  • ねこくびつり 白星しろぼししゃ 1929
  • 社会しゃかい主義しゅぎとはなに労農ろうのう出版しゅっぱんしゃ 1930 (労農ろうのうパンフレツト)
  • 貧富ひんぷせん男女だんじょせん 中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ 1930
  • 無産むさんとうぜん合同ごうどう 共同きょうどう戦線せんせんとう (単一たんいつ無産むさんとう)の意義いぎ 労農ろうのう出版しゅっぱんしゃ 1931.1 (労農ろうのうパンフレット)
  • 荒畑あらはた寒村かんそん白柳しらやなぎ秀湖しゅうこ大森おおもり義太郎よしたろう山川やまかわひとしへんさかい利彦としひこ全集ぜんしゅうぜん6かん中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ、1933ねん5がつ-10がつ
  • さかい利彦としひこ全集ぜんしゅうぜん6かん川口かわぐち武彦たけひこへん法律文化社ほうりつぶんかしゃ、1970ねん9がつ-1971ねん8がつ
  • 鈴木すずき裕子ゆうこへんさかい利彦としひこ女性じょせい論集ろんしゅう』、さんいち書房しょぼう、1983ねん5がつ
  • 堀切ほりきりとしだかへん解題かいだいさかい利彦としひこ』(平民へいみんしゃ資料しりょうセンター監修かんしゅう平民へいみんしゃひゃくねんコレクション』だい2かん)、ろんそうしゃ、2002ねん12月。ISBN 4-8460-0354-X

翻訳ほんやく

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  • ひゃくねんしん社会しゃかい ベラミー 平民へいみんしゃ 1904
  • 労働ろうどう問題もんだい エミール・ゾラ 春陽しゅんようどう 1904.4
  • 理想郷りそうきょう ヰリアム・モリス 平民へいみんしゃ 1904.12
  • 小説しょうせつ しょうさくら新吉しんきちオリヴァー・トウィストヂッケンス 公文こうぶん書院しょいん 1912.5
  • ひと超人ちょうじん シヨー 丙午ひのえうま出版しゅっぱんしゃ 1913
  • 自由じゆう社會しゃかい男女だんじょ關係かんけい カアペンター 東雲しののめどう書店しょてん 1915.12
  • 女性じょせい中心ちゅうしんせつ レスター・ウオード 山川やまかわ菊栄きくえともやく 牧民ぼくみんしゃ 1916
  • 社会しゃかい主義しゅぎになったら エドワード・ベラミー 文化ぶんか学会がっかい 1920
  • 唯物ゆいぶつ史観しかん解説かいせつ ヘルマン・ゴルテル だいあぶみかく 1920 (レツド・カヴア叢書そうしょ)
  • りつ(ジェルミナール) エミイル・ゾラ アルス 1921
  • 人間にんげん発生はっせいあと ヰルヘルム・ベルシエ 三徳さんとくしゃ書店しょてん 1921 (民衆みんしゅう科学かがく叢書そうしょ)
  • 空想くうそうてき科学かがくてき社会しゃかい主義しゅぎ エンゲルス だいあぶみかく 1921
  • 労働ろうどう資本しほん マルクス 無産むさんしゃ 1922 (無産むさんしゃパンフレット)
  • 世界せかい社会しゃかい主義しゅぎ運動うんどう現勢げんせい レードラ アルス 1922
  • スパイ アプトン・シンクレア こころざし津野つの又郎またろうどもやく 天佑てんゆうしゃ 1923
  • 社會しゃかい主義しゅぎ倫理りんりがく カルル・カウツキー 丙午ひのえうま出版しゅっぱんしゃ 1923.6
  • 空想くうそうから科学かがく空想くうそうてき科学かがくてき社会しゃかい主義しゅぎ エンゲルス しろあげしゃ 1924
  • 国際こくさい労働ろうどう組合くみあい運動うんどう 革命かくめい主義しゅぎてき潮流ちょうりゅう改良かいりょう主義しゅぎてき潮流ちょうりゅう ロソヴスキー しろあげしゃ 1925
  • 石炭せきたんおう シンクレヤ しろあげしゃ 1925
  • ホワイト・フアング しろきば ジヤツク・ロンドン くさむらぶんかく 1925
  • 共産きょうさんせいより資本しほんせいまで 生産せいさん方法ほうほう歴史れきしてきしょう観察かんさつ ハインドマン 共生きょうせいかく 1926
  • 左翼さよく小児しょうにびょう レーニン 無産むさんしゃ 1926 (無産むさんしゃパンフレット)
  • 利潤りじゅん出処しゅっしょ マルクス 無産むさんしゃ 1926 (無産むさんしゃパンフレツト)
  • そこうごく アプトン・シンクレヤ しろあげしゃ 1926
  • 唯物ゆいぶつろん宗教しゅうきょう思想しそう エンゲルス しろあげしゃ 1927
  • 野性やせい呼声よびごえ Jack London くさむらぶんかく 1928
  • 経済けいざいがく入門にゅうもん ちん労働ろうどう資本しほん価値かち価格かかく利潤りじゅん マルクス はくようしゃ 1930
  • 共産きょうさん主義しゅぎとはぞや マルクス、エンゲルス しろあげしゃ 1931.6
  • 社会しゃかい主義しゅぎ進化しんかろん マルクスせつとダアヰンせつとの関係かんけい パンネコック あきらこう書院しょいん 1947

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ a b 東京とうきょうどう年鑑ねんかん編輯へんしゅうへん出版しゅっぱん年鑑ねんかん 昭和しょうわ9年版ねんばん東京とうきょうどう、1934ねん6がつ、pp.56-57
  2. ^ ひかりだい1かんだい8ごう, ひかり雑誌ざっししゃ, 1906ねん3がつ5にち6ぺーじ
  3. ^ 黒岩くろいわ比佐子ひさこ『パンとペン―社会しゃかい主義しゅぎしゃさかい利彦としひこと「売文ばいぶんしゃ」のたたかい』講談社こうだんしゃ, 2010ねん
  4. ^ 東京とうきょうかい事務じむきょく へん東京とうきょう市会しかい』 7かん東京とうきょうかい事務じむきょく、1938ねん466ぺーじ 
  5. ^ 東京とうきょう朝日新聞あさひしんぶん
  6. ^ 荒畑あらはた寒村かんそん自伝じでん岩波いわなみ文庫ぶんこ、1975ねん)p288-291。
  7. ^ 岩井いわいひろし作家さっか臨終りんじゅう墓碑ぼひ事典じてん』(東京とうきょうどう出版しゅっぱん、1997ねん)151ぺーじ

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 大田おおた英昭ひであきさかい利彦としひこの「家庭かていろん親密しんみつせい社会しゃかい主義しゅぎ」、『倫理りんりがく年報ねんぽうだい53しゅう、2004ねん3がつ
  • 大田おおた英昭ひであきさかい利彦としひこにおける非戦論ひせんろん形成けいせい―その平和へいわてき秩序ちつじょかん暴力ぼうりょく批判ひはん」、『初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうだい17ごう、2004ねん11月。
  • 大森おおもりかほる『捨石すていし埋草うめくさきて-さかい利彦としひこむすめ近藤こんどう真柄まがら』、だいいち書林しょりん、1992ねん6がつ
  • 岡本おかもとひろし幸徳こうとく秋水しゅうすいさかい利彦としひこ」、田中たなかひろしへん近代きんだい日本にっぽんのジャーナリスト』、御茶おちゃみず書房しょぼう、1987ねん2がつ
  • 荻野おぎの富士夫ふじお社会しゃかい主義しゅぎ運動うんどう展開てんかいさかい利彦としひことボルシェビズム」、鹿野かの政直まさなお由井ゆい正臣まさおみへん近代きんだい日本にっぽん統合とうごう抵抗ていこうだい3かん(1911ねんから1931ねんまで)、日本にっぽん評論ひょうろんしゃ、1982ねん4がつ
  • 尾原おはら宏之ひろゆきさかい利彦としひこの「ユートピア」-明治めいじ社会しゃかい主義しゅぎにおける「理想りそう」のいち断面だんめん」、『初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうだい18ごう、2005ねん11月。
  • 川上かわかみあきらただしさかい利彦としひこ山川やまかわひとしがみた中国ちゅうごく」、『初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうだい14ごう、2001ねん
  • 川口かわぐち武彦たけひこ日本にっぽんマルクス主義まるくすしゅぎ源流げんりゅうさかい利彦としひこ山川やまかわひとし』、ありえす書房しょぼう、1983ねん4がつ
  • 川口かわぐち武彦たけひこさかい利彦としひこ生涯しょうがいじょうした社会しゃかい主義しゅぎ協会きょうかい出版しゅっぱんきょく、1992ねん6がつ / 1993ねん2がつ
  • 木下きのした比呂美ひろみ近代きんだいてき婦人ふじん家庭かていろん展開てんかいさかい利彦としひこ中心ちゅうしんとして」、『歴史れきし評論ひょうろんだい446ごう、1987ねん6がつ
  • 黒岩くろいわ比佐子ひさこ『パンとペン―社会しゃかい主義しゅぎしゃさかい利彦としひこと「売文ばいぶんしゃ」のたたかい』、講談社こうだんしゃ、2010ねん
  • しょう正路まさじよしやすしさかい利彦としひこしん出生しゅっしょうとそのげん風景ふうけい」、『西日本にしにほん文化ぶんかだい326ごう、1996ねん11月。
  • しょう正路まさじよしやすしさかい利彦としひこ農民のうみん労働ろうどう学校がっこういち)-農村のうそん社会しゃかい運動うんどう諸相しょそう」、『部落ぶらく解放かいほう・ふくおか』だい105ごう、2002ねん3がつ
  • しょう正路まさじよしやすしさかい利彦としひこ農民のうみん労働ろうどう学校がっこう周辺しゅうへん(そのニ)―『ツバメかん』=常設じょうせつ校舎こうしゃ建設けんせつ運動うんどう」、『初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうだい17ごう、2004ねん11月。
  • しょう正路まさじよしやすしさかい利彦としひこ農民のうみん労働ろうどう学校がっこうよん)-だいさん講義こうぎ内容ないよう検討けんとう」、『部落ぶらく解放かいほう・ふくおか』だい121ごう、2006ねん3がつ
  • しょう正路まさじよしやすし「『さかい利彦としひこでん』-豊前ぶぜんじん心情しんじょう代弁だいべん」、『ふるほん九州きゅうしゅうだい4ごう、2007ねん1がつ
  • 近藤こんどう真柄まがら『わたしの回想かいそうちちさかい利彦としひこどう時代じだいひとびと』じょう、ドメス出版しゅっぱん、1981ねん11月。
  • 志村しむらただしあきらさかい利彦としひこ週刊しゅうかん平民へいみん新聞しんぶん』」、土屋つちや礼子あやこ編著へんちょ近代きんだい日本にっぽんメディア人物じんぶつ創始そうししゃ経営けいえいしゃへん』、ミネルみねるァ書房ぁしょぼう、2009ねん6がつ
  • ぜに昕怡「大正たいしょう社会しゃかい主義しゅぎ思想しそうにおける「階級かいきゅう」とナショナリズムの問題もんだいさかい利彦としひこ雑誌ざっししん社会しゃかい』を中心ちゅうしんに」、『同志社どうししゃ法学ほうがくだい294ごうだい55かん3ごう)、2003ねん9がつ
  • はやし尚男ひさお評伝ひょうでんさかい利彦としひこ》-そのひと思想しそう』、オリジン出版しゅっぱんセンター、1987ねん4がつ
  • 久井くい英輔えいすけ明治めいじ後期こうきにおける社会しゃかい改良かいりょう家庭かてい改良かいりょうと「中等ちゅうとう社会しゃかい」-『まんあさほう』『家庭かてい雑誌ざっしとうにおけるさかい利彦としひこ中心ちゅうしんに」、『日本にっぽん社会しゃかい教育きょういく学会がっかい紀要きようだい45ごう、2009ねん
  • 山泉やましみずすすむさかい利彦としひこ佐竹さたけ音次郎おとじろうのことなど-さかい利彦としひこ社会しゃかい主義しゅぎしゃとしての出発しゅっぱつ」、『初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうだい11ごう、1998ねん12月。
  • 山泉やましみずすすむ平民へいみんしゃ時代じだいせん源流げんりゅう』、ろんそうしゃ、2003ねん
  • 山田やまだ眞實まなみさかい利彦としひこのモリス評価ひょうか」、『同志社大学どうししゃだいがく英語えいごえい文学ぶんがく研究けんきゅうだい39ごう、1985ねん12月。
  • さかい枯川こせん」『近代きんだい文学ぶんがく研究けんきゅう叢書そうしょだい34かん昭和女子大学しょうわじょしだいがく近代きんだい文学ぶんがく研究けんきゅうしつ、1971ねん7がつ
  • 初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうだい10ごう特集とくしゅうさかい利彦としひこ)、初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうかい、1997ねん9がつ
  • 初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうだい11ごうしょう特集とくしゅうさかい利彦としひこ)、初期しょき社会しゃかい主義しゅぎ研究けんきゅうかい、1998ねん12月。

外部がいぶリンク

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