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ロード・ウォリアーズ

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
ザ・ロード・ウォリアーズ
 
ひだりからアニマル、マネージャーのエラリングホーク(1987ねん
タッグチーム
メンバー ロード・ウォリアー・ホーク
ロード・ウォリアー・アニマル
ポール・エラリングマネージャー
名称めいしょう
  • ザ・ロード・ウォリアーズ
  • ザ・リージョン・オブ・ドゥーム
  • LOD
  • LOD2000
ホームタウン イリノイしゅうシカゴ
デビュー 1983ねん
解散かいさん 2003ねん
団体だんたい

ザ・ロード・ウォリアーズThe Road Warriors)は、プロレスタッグチーム、ユニットである。アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくプロレスラーであるロード・ウォリアー・ホークロード・ウォリアー・アニマル日本にっぽんでは、各々おのおのホーク・ウォリアー、アニマル・ウォリアーと呼称こしょうされた)によって結成けっせいされた。

べつ名義めいぎとして、ザ・リージョン・オブ・ドゥームThe Legion of Doom略称りゃくしょうLOD)のユニットめいでも活動かつどうした。入場にゅうじょうテーマきょくブラック・サバスの『IRON MAN』。

概要がいよう[編集へんしゅう]

それぞれ「クラッシャー・フォン・ヘイグ」「ザ・ロード・ウォリアー」のリングネームでデビューしていたマイク・ヘグストランドジョー・ロウリネイティスが、1983ねんNWAジョージア地区ちくジム・バーネット主宰しゅさいジョージア・チャンピオンシップ・レスリング)のレスラーけんブッカーだったオレイ・アンダーソンのブッキングでタッグを結成けっせいマネージャーにはプロレスラーを引退いんたいしたポール・エラリングく。当初とうしょはエラリングがひきいていたバズ・ソイヤージェイク・ロバーツキングコング・バンディザ・スポイラーアーン・アンダーソンヒール軍団ぐんだんリージョン・オブ・ドゥーム」の一員いちいんとしてデビューした。

タッグ結成けっせいに、ヘグストランドはロード・ウォリアー・ホーク、ロウリネイティスはロード・ウォリアー・アニマルとリングネームをあらため、タッグのチームめい1981ねん公開こうかいされた映画えいがMad Max 2: The Road Warrior』の世界せかいかんからザ・ロード・ウォリアーズ名付なづけられ、外見がいけんのイメージもどう映画えいが登場とうじょうするあらくれもの踏襲とうしゅう[1]はつ来日らいにちには「シカゴ用心棒ようじんぼうをしていた」「貧困ひんこん時代じだいにはネズミべていた」「スラムゴミ箱ごみばこあさっていたところをエラリングにスカウトされた」などと宣伝せんでんされた。

初期しょきコスチューム(1983ねん

結成けっせい当初とうしょのコスチュームはサングラスにレザーのベストや制帽せいぼうけた暴走ぼうそうぞくスタイルだったが[2]のち両者りょうしゃともかおにペイントをほどこし、頭髪とうはつをアニマルは「モヒカン」、ホークはそれとたいすように「ぎゃくモヒカンり」にした。これはホークのかおやさしすぎるのをカバーするためだったという。また、フェイスペイントはビル・ワット提案ていあんほどこされた[3]入場にゅうじょう巨大きょだいとげいたアメリカンフットボールのプロテクターをコスチュームに、サードロープのしたからすべむようにリングインし、コールもけずにそのままあばまわ試合しあいおおかった。しかし、ファイトスタイル自体じたいはあまり凶器きょうき攻撃こうげきなどはおこなわない正統せいとうなもので、ヒールのポジションにありながら、次第しだいにファンの支持しじ獲得かくとく。ヒールとベビーフェイス融合ゆうごうさせたスタイルの確立かくりつ成功せいこうする。試合しあいつねびょうころせ勝利しょうりであり(かれらの試合しあい時間じかんは(3ぶんを180びょうのように)びょう単位たんい実況じっきょうされていた)、そのインパクトと存在そんざいかんから圧倒的あっとうてき人気にんき獲得かくとくするようになった。

ホーク&アニマル(1986ねん

1983ねんにジョージア地区ちくでデビュー、NWAナショナル・タッグ王座おうざ通算つうさん3かい獲得かくとく1984ねんからはAWA移籍いせき当初とうしょはジョージア時代じだい同様どうようにヒールのポジションだったが、人気にんきたかまりベビーフェイスに転向てんこう。そのジム・クロケット・プロモーションズWCWのリングにもがり、日本にっぽんには全日本ぜんにほんプロレスしん日本にっぽんプロレスSWSWJプロレス来日らいにちWWFげん:WWE)に参戦さんせんしたさいは、NWAジョージア時代じだいのユニットめいであるリージョン・オブ・ドゥームを名乗なのった(当時とうじ、WWFにはおなじく「ウォリアー」をリングネームとするアルティメット・ウォリアーだいスターとして活躍かつやくしていたため、ビンス・マクマホンがチームめい変更へんこう要請ようせいしたという)[4]。そののアメリカプロレスかい激変げきへんけ、NWA、AWA、WWFのさんだいメジャー団体だんたい世界せかいタッグ王座おうざ制覇せいはした史上しじょう唯一ゆいいつのタッグチームとなった。

アニマルの途中とちゅう欠場けつじょう解散かいさんさい結成けっせい紆余曲折うよきょくせつて、いずれのリングでもだい活躍かつやくしたが2003ねんにホークが急死きゅうししたため、事実じじつじょう解散かいさんとなった。そのアニマルは、2005ねんハイデンライクをパートナーに新生しんせいリージョン・オブ・ドゥーム(LOD2005)を結成けっせいWWEタッグ王座おうざ獲得かくとくしている。

2011ねん、ホークとアニマルのオリジナル・ロード・ウォリアーズで初代しょだいマネージャーのエラリングとともWWE殿堂でんどうむかえられた。

日本にっぽんでの活躍かつやく[編集へんしゅう]

ホーク、アニマル、エラリング(1985ねん

テレビ東京てれびとうきょう世界せかいのプロレス』にて活躍かつやくわたったことから[5]以前いぜんから来日らいにち待望たいぼうされていた。1985ねん3月7にちはつ来日らいにち当日とうじつ成田空港なりたくうこうおこなわれた記者きしゃ会見かいけんには、プロレスマスコミだけでなく一般いっぱん週刊しゅうかん取材しゅざいけた[2]天龍てんりゅう源一郎げんいちろうかれらのはつ来日らいにち直前ちょくぜんに、『世界せかいのプロレス』の解説かいせつつとめていた門馬もんま忠雄ただおに「ロード・ウォリアーズをりたいので『世界せかいのプロレス』のテープをしてほしい」とげ、門馬もんまから番組ばんぐみのテープをりたという[6]よく3がつ8にち全日本ぜんにほんプロレス激闘げきとう! エキサイティング・ウォーズ』の船橋ふなばし大会たいかいにおいて、アニマル浜口はまぐちキラー・カーンのタッグチームを3ふん39びょうやぶ[7]衝撃しょうげきてき日本にっぽんデビューをかざる。はつ来日らいにちのギャラは『週刊しゅうかんプロレス』『週刊しゅうかんゴング』『東京とうきょうスポーツ』によれば、マネージャーのポール・エラリングわせて1週間しゅうかんで3まんドルだったとされる(ブルーザー・ブロディしん日本にっぽんプロレス移籍いせきは、かれらの厚遇こうぐうたいする不満ふまんによるものともされる)[8]

以降いこう暴走ぼうそう戦士せんし」「ちょう怪力かいりき暴走ぼうそうぞく」などの異名いみょうでマネージャーのエラリングをともなって全日本ぜんにほんプロレスを主戦しゅせんじょうとし、ジャンボ鶴田つるた天龍てんりゅう谷津たにつ嘉章よしあきらを相手あいて激闘げきとう展開てんかい。「びょうころせ」といえるほど短時間たんじかん勝負しょうぶめたり、勝敗しょうはい度外視どがいしして暴走ぼうそうし、やりたい放題ほうだいでリングをのちにしたりすることもめずらしくなかった(漫画まんが作品さくひんプロレス・スターウォーズ』では、現実げんじつ以上いじょう怪物かいぶつてきなタッグチームとしてえがかれた)。アメリカでのスケジュールが多忙たぼうだったため、世界せかい最強さいきょうタッグ決定けっていリーグせんへの出場しゅつじょう実現じつげんしなかったものの、全日本ぜんにほんプロレスへの来日らいにち1989ねん3がつまでつづいた。

1990ねん7がつしん日本にっぽんプロレスにはつ参戦さんせん以降いこうWWF参戦さんせんてホークは1992ねん11月よりしん日本にっぽんプロレスを主戦しゅせんじょうとし、欠場けつじょうちゅうだったアニマルにわりパワー・ウォリアーしんパートナーに「ヘルレイザーズ」を結成けっせい。その、ホーク、パワー、復帰ふっきしたアニマルの3にんで「トリプル・ウォリアーズ」を名乗なのった。

1999ねん5月には全日本ぜんにほんプロレスに復帰ふっきして、ジャイアント馬場ばば追悼ついとう興行こうぎょうとなった東京とうきょうドーム大会たいかい出場しゅつじょう。アニマルの実弟じっていジョニー・エースくわえての6にんタッグマッチにおいて、小橋こはし健太けんた秋山あきやまじゅんハクシーのトリオをやぶった[9]

2001ねん12月にはZERO-ONE大阪城おおさかじょうホール大会たいかいげき』に出場しゅつじょう大谷おおやすすむ二郎じろう&田中たなかすすむから勝利しょうりおさめている[10]

2003ねん3月と7がつにはWJプロレス参戦さんせん[11]同年どうねん10がつ19にちにホークが死去しきょしており、7がつ参戦さんせんがホーク&アニマルの "オリジナル" ロード・ウォリアーズとしての最後さいご来日らいにちとなった。

年表ねんぴょう[編集へんしゅう]

ミッドナイト・エクスプレスとのスキャフォールド・マッチ(1986ねん

サポートメンバー[編集へんしゅう]

獲得かくとくタイトル[編集へんしゅう]

アニマル&ホーク
ヘルレイザーズ(ホーク&パワー)
LOD2005(アニマル&ハイデンライク)

入場にゅうじょうテーマ[編集へんしゅう]

影響えいきょうのタッグチーム[編集へんしゅう]

その活躍かつやくにあやかり、1980年代ねんだい中盤ちゅうばんから後半こうはんにかけて、ロード・ウォリアーズの影響えいきょうけたギミックのタッグチームが各地かくち誕生たんじょうした。

デモリッション・アックス(マスクド・スーパースターとしてられるビル・イーディー)とデモリッション・スマッシュ(クラッシャー・クルスチェフ、リポマンなどでられるバリー・ダーソウ)のコンビ。ウォリアーズとの契約けいやく難航なんこうしていたWWFが1987ねん独自どくじにプロデュースした、WWFオリジナルのタッグユニットである。のちにアックスにわりデモリッション・クラッシュ(ブライアン・アダムス)が加入かにゅう当初とうしょヒールとしてWWFに登場とうじょうしたが、マネージャーミスター・フジ仲間割なかまわれしてからはベビーフェイス転向てんこうし、下記かきのパワーズ・オブ・ペインなどと抗争こうそう展開てんかい。しかしウォリアーズがWWFに移籍いせきしてくると、ふたたびフジと結託けったくしてヒールターンし、ウォリアーズのライバルとしてこうそうひろげた。もともと実力じつりょくしゃ同士どうしのギミックチェンジによって誕生たんじょうしたチームだけに、たんなるコピーばんまらない実績じっせきのこした。
  • パワーズ・オブ・ペイン [44]
ザ・バーバリアン大相撲おおずもう出身しゅっしんのコンガ・ザ・バーバリアン)とザ・ウォーロードのコンビ。元々もともとはNWAでウォリアーズのフェイクばんとして本家ほんけこうそう展開てんかいしていた。上記じょうきのデモリッションのライバルとしてWWFにかれたが、本家ほんけウォリアーズもWWFに移籍いせきしてくるとチームを解散かいさんしてシングルに転向てんこう。バーバリアンはボビー・ヒーナンをマネージャーに毛皮けがわのコスチュームをまとった野人やじんギミックに、ウォーロードはスリックをマネージャーによろいけたけん闘士とうしギミックに変身へんしんしたが、徐々じょじょにフェイドアウト。
  • アメリカン・スターシップ [45]
コヨーテ(スコット・ホール)とイーグル(ダニー・スパイビー)のコンビ。1984ねん10月にNWAミッドアトランティック地区ちく(MACW)結成けっせいされ、中西部ちゅうせいぶNWAセントラル・ステーツ地区ちく(SCW)にも出場しゅつじょうした。顔面がんめんペイントはほどこさず髪型かみがたもロングであるなどビジュアルめんでは従来じゅうらいのタッグチームとわらなかったものの、リングネームをふくめチームコンセプトはウォリアーズの影響えいきょうにあった。MACWではイライジャ・アキーム&カリーム・モハメッドのザンブイ・エクスプレスと抗争こうそう[46]、SCWではのちミッドナイト・ロッカーズ結成けっせいするマーティ・ジャネッティ&ショーン・マイケルズとも対戦たいせんしたが[47]おおきな活躍かつやくたすことなく解散かいさん。その、ホールはAWA、スパイビーはWWFへ転出てんしゅつした。
  • フリーダム・ファイターズ / ブレード・ランナーズ [48]
ジャスティス / ロック(ジム・ヘルウィッグ)とフラッシュ / スティング(スティーブ・ボーデン)のコンビ。1985ねん11月にメンフィスCWAにてジャスティス&フラッシュのフリーダム・ファイターズとして結成けっせいされる。1986ねん3月よりロック&スティングのブレード・ランナーズに改名かいめいしてビル・ワット主宰しゅさいのUWFに登場とうじょうしたが、キャリア不足ふそくもあって短命たんめいわった。チーム解散かいさん、ヘルウィッグはフリッツ・フォン・エリック主宰しゅさいのWCWAをてWWF、ボーデンはUWF残留ざんりゅうてNWA(WCW)に転戦てんせんし、それぞれシングルの世界せかい王座おうざ獲得かくとくすることになる。

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • アニマル・ウォリアー、アンドリュー・ウィリアム・ライト『ロード・ウォリアーズ 破滅はめつ絶頂ぜっちょう東邦とうほう出版しゅっぱん、2011ねんISBN 4809409511 

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Laurinaitis, Joe "Animal"; Wright, Andrew William (2011). The Road Warriors: Danger, Death and the Rush of Wrestling. Medallion Media Group. p. 369. ISBN 9781605421537. オリジナルのOctober 1, 2021時点じてんにおけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20211001200348/https://books.google.com/books?id=hFFPAwAAQBAJ&pg=PA369 2018ねん12がつ10日とおか閲覧えつらん 
  2. ^ a b 【プロレス蔵出くらだ写真しゃしんかん追悼ついとうアニマルさん 37ねんまえ結成けっせい当初とうしょのロード・ウォリアーズ東京とうきょうスポーツ 2020ねん9がつ27にち
  3. ^ 『ロード・ウォリアーズ 破滅はめつ絶頂ぜっちょう、P88。
  4. ^ 『ロード・ウォリアーズ 破滅はめつ絶頂ぜっちょう、P290-291。
  5. ^ 週刊しゅうかんプロレスSPECIAL 日本にっぽんプロレス事件じけん vol.2』P74-P76(2014ねんスボすぼル・マガジン社るまがじんしゃISBN 9784583621876
  6. ^ 暴走ぼうそう戦士せんし”アニマル・ウォリアーさんく ザ・ロード・ウォリアーズの「ダブルインパクト」は圧巻あっかんだった【門馬もんま忠雄ただおコラム】中日ちゅうにちスポーツ 2020ねん10がつ3にち
  7. ^ AJPW 85 Gekitoh! Exciting Wars - Tag 13”. Cagematch.net. 2023ねん5がつ3にち閲覧えつらん
  8. ^ 週刊しゅうかんプロレスSPECIAL 日本にっぽんプロレス事件じけん vol.27』P14(2016ねんスボすぼル・マガジン社るまがじんしゃISBN 9784583624839
  9. ^ AJPW Giant Baba Memorial Show”. Cagematch.net. 2019ねん12月2にち閲覧えつらん
  10. ^ ZERO-ONE Shingeki IV”. Cagematch.net. 2019ねん12月2にち閲覧えつらん
  11. ^ The WJ matches fought by Road Warrior Animal in 2003”. Wrestlingdata.com. 2020ねん7がつ18にち閲覧えつらん
  12. ^ a b c d NWA National Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2007ねん12月18にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2011ねん6がつ15にち閲覧えつらん
  13. ^ Mid-South at Jackson”. Wrestlingdata.com. 2019ねん12月11にち閲覧えつらん
  14. ^ The USWA matches fought by Road Warrior Hawk in 1984”. Wrestlingdata.com. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
  15. ^ a b AWA World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2011ねん6がつ15にち閲覧えつらん
  16. ^ a b c d e f The Road Warriors”. Online World of Wrestling. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
  17. ^ NWA St. Louis”. Cagematch.net. 2023ねん10がつ16にち閲覧えつらん
  18. ^ AJPW 85 Gekitoh! Exciting Wars - Tag 14”. Cagematch.net. 2023ねん5がつ3にち閲覧えつらん
  19. ^ AJPW 85 Gekitoh! Exciting Wars - Tag 19”. Cagematch.net. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
  20. ^ 『ロード・ウォリアーズ 破滅はめつ絶頂ぜっちょう、P165-168。
  21. ^ NWA Battle Of The Belts”. Cagematch.net. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
  22. ^ AWA SuperClash”. Cagematch.net. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
  23. ^ 『ロード・ウォリアーズ 破滅はめつ絶頂ぜっちょう、P187-188。
  24. ^ NWA Battle Of The Belts II”. Cagematch.net. 2015ねん4がつ10日とおか閲覧えつらん
  25. ^ NWA Jim Crockett Sr. Memorial Cup 1986”. Cagematch.net. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
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  27. ^ a b NWA International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
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  30. ^ a b c NWA World Tag Team Title [Mid-Atlantic]”. Wrestling-Titles.com. 2011ねん6がつ15にち閲覧えつらん
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  33. ^ SWS Wrestlefest In Tokyo Dome”. Cagematch.net. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
  34. ^ a b c d e f WWWF/WWF/WWE World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
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  36. ^ 『ロード・ウォリアーズ 破滅はめつ絶頂ぜっちょう、P330-332。
  37. ^ WWE Yearly Results 1997”. The History of WWE. 2015ねん3がつ31にち閲覧えつらん
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  39. ^ WWE Tag Team - Animal & Heidenreich”. WWE.com. 2011ねん6がつ15にち閲覧えつらん
  40. ^ NWA World 6-Man Tag Team Title [Mid-Atlantic]”. Wrestling-Titles.com. 2016ねん1がつ5にち閲覧えつらん
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  42. ^ IWGP Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2016ねん1がつ5にち閲覧えつらん
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  44. ^ Powers of Pain”. Online World of Wrestling. 2020ねん4がつ11にち閲覧えつらん
  45. ^ American Starship”. Wrestlingdata.com. 2020ねん4がつ11にち閲覧えつらん
  46. ^ The WCW matches fought by Scott Hall in 1984”. Wrestlingdata.com. 2023ねん11月21にち閲覧えつらん
  47. ^ The CSW matches fought by Scott Hall in 1985”. Wrestlingdata.com. 2023ねん11月21にち閲覧えつらん
  48. ^ Blade Runners”. Online World of Wrestling. 2020ねん4がつ11にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]