じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう

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じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう
じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう
概要がいよう
種類しゅるい 軍用ぐんよう回転かいてんしき拳銃けんじゅう
製造せいぞうこく 日本の旗 日本にっぽん
設計せっけい製造せいぞう 東京とうきょう砲兵ほうへい工廠こうしょう
性能せいのう
口径こうけい 9 mm
銃身じゅうしんちょう 120 mm[1]
ライフリング 4じょう
使用しよう弾薬だんやく じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう実包じっぽう
装弾そうだんすう 6はつ
作動さどう方式ほうしき ダブルアクション
全長ぜんちょう 230 mm[1]
重量じゅうりょう 928 g[1]
銃口じゅうこう初速しょそく
有効ゆうこう射程しゃてい 100 m
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じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう(にじゅうろくねんしきけんじゅう)は、1890年代ねんだい初期しょき開発かいはつ採用さいようされた大日本帝国だいにっぽんていこく陸軍りくぐん拳銃けんじゅう

開発かいはつ[編集へんしゅう]

創設そうせつあいだもない日本にっぽんぐん最初さいしょ制式せいしきとされたS&W No.3 回転かいてんしき拳銃けんじゅう初期しょき陸軍りくぐんでは、はりセンター・ファイアしきのS&W No.3および、かに目打めうち(ピン・ファイアしきかく拳銃けんじゅうを、銃身じゅうしんちょう装弾そうだんすうちがいにより一番いちばんかたちばんがたさんばんがた[5]として分類ぶんるいし、各々おのおの制式せいしきとしていた)は強力きょうりょく弾薬だんやく使用しようでき、こわがた頑丈がんじょう構造こうぞうゆうしていたが、その重量じゅうりょう・サイズのおおきさやシングルアクション専用せんよう片手かたてでの連射れんしゃなんのあったてん欠点けってんとされ、ダブルアクション機構きこうゆうする拳銃けんじゅう待望たいぼうされていた。

すで村田むらたじゅう国産こくさん成功せいこうしていた陸軍りくぐんは、1886ねん明治めいじ19ねん)にフランス軍用ぐんようMAS 1873拳銃けんじゅう入手にゅうしゅ[注釈ちゅうしゃく 1]し、陸軍りくぐん戸山とやま学校がっこうにおいて国産こくさん研究けんきゅうはじめたが、明治維新めいじいしん以来いらい技術ぎじゅつてき蓄積ちくせきにより模倣もほう比較的ひかくてき容易よういだったグラースじゅう[注釈ちゅうしゃく 2]とはことなり、日本にっぽんとは桁違けたちがいにたかいフランスの工業こうぎょう水準すいじゅん背景はいけいに、よりあたらしい技術ぎじゅつ製造せいぞうされていたMAS 1873拳銃けんじゅう模倣もほう困難こんなんをきわめた。

MAS 1873拳銃けんじゅう銃身じゅうしん一体化いったいかしたフレームない弾倉だんそう固定こていされている構造こうぞうだったため、中折なかおしきよりも頑丈がんじょう(=こうあつ弾薬だんやくる)だったが、中折なかおしきのS&W No.3にくらべてはいさいかちさい装填そうてん時間じかんがかかるてんきらわれ、中折なかおしき継承けいしょうのぞんでいた騎兵きへいからの上申じょうしんにより、.38口径こうけい中折なかおしきとD/A機構きこう兼備けんびした“スミスウエソン連発れんぱつ拳銃けんじゅう”(S&W .38 Double Action拳銃けんじゅう)の採用さいようが、この時期じき検討けんとうされた記録きろくのこされている[9][注釈ちゅうしゃく 3]

また、MAS 1873拳銃けんじゅう黒色こくしょく火薬かやくもちいた弾薬だんやく使用しようしていたが、どう時期じき欧州おうしゅう製品せいひんされたばかりの無煙むえん火薬かやく採用さいよう追加ついかしてもとめられるなど、東京とうきょう砲兵ほうへい工廠こうしょうでの国産こくさん計画けいかくは1893ねんいたっても具体ぐたいてき成果せいかげられないまま難航なんこうした。

国産こくさん試行しこう開始かいしから7ねんた1893ねんいたり、MAS 1873拳銃けんじゅう模倣もほうするプランは放棄ほうき[10]され、世界中せかいじゅうおおくの銃器じゅうき輸出ゆしゅつして日本にっぽん銃器じゅうき開発かいはつとも密接みっせつ関係かんけいのあった、ベルギーせい“9 mm Belgian Nagant M1878”[11]と、その弾薬だんやくである“9mmx22R”だん[12]をモデル[注釈ちゅうしゃく 4]に、S&Wの中折なかおしき機構きこうした独自どくじ設計せっけい拳銃けんじゅう急遽きゅうきょ開発かいはつされ、これが1893ねん明治めいじ26ねん[注釈ちゅうしゃく 5]陸軍りくぐんしん制式せいしき拳銃けんじゅうとして採用さいようされた[注釈ちゅうしゃく 6]

メカニズム[編集へんしゅう]

じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうどう拳銃けんじゅう部品ぶひん

じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうがモデルとしたNagant M1878は、サイド・プレート(機関きかん側面そくめんぶた)を簡単かんたんはずことができる構造こうぞうとなっていたが、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうはこれを継承けいしょう発展はってんさせて蝶番ちょうつがいじょうにサイド・プレートをひらいて、日常にちじょうてきなメンテナンスを簡単かんたん実施じっしできる構造こうぞう[注釈ちゅうしゃく 7]となっていた。これは、フランスの Fagnus Maquaire リボルバー(1873ねん) とおな構造こうぞう外観がいかんデザインをしている。

拳銃けんじゅう狙撃そげき能力のうりょく必要ひつようないとの判断はんだんから、S/A機能きのうおよびげきてつさしかけ削除さくじょされてD/A[注釈ちゅうしゃく 8] のみとされ、照準しょうじゅん固定こていしき製品せいひんによってバラつきがあったこと記録きろく[2]されている。

また、シリンダー(蓮根れんこんじょう弾倉だんそう)が勝手かって回転かいてんするのをふせ部品ぶひん(シリンダー・ストップ)がいておらず、がねしぼるとその一部いちぶがせりがってシリンダー・ノッチ(くぼみ)にはまあわして、げきはつのみシリンダーのうごきをめる構造こうぞうとなっているのもじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう特徴とくちょうである[14][注釈ちゅうしゃく 9]

銃身じゅうしん[編集へんしゅう]

じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう銃身じゅうしんは、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう実包じっぽう弾頭だんとうがいみちが9.10 mm[注釈ちゅうしゃく 10]であるのにたいして、腔線(ライフリング)のふかさを0.15 mmとしてたにみちを9.30 mmまで[15][注釈ちゅうしゃく 11][16][注釈ちゅうしゃく 12][注釈ちゅうしゃく 13]意図いとてきにライフリングたにそこ間隙かんげきから前方ぜんぽうへガスれを発生はっせいさせる構造こうぞうとされた。

この手法しゅほう現代げんだい銃器じゅうきH&K VP70でも採用さいようされており、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう同様どうようふかりライフリングをもちいて腔圧をげる工夫くふうほどこされている。腔圧をげた代償だいしょうとして初速しょそく低下ていかするため、とくじゅうろくねんしき拳銃けんじゅうでははしてきてい威力いりょく[2]原因げんいんとなっている。

弾薬だんやく[編集へんしゅう]

じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうよう専用せんよう弾薬だんやくである9mmx22R弾薬だんやく[2][4][注釈ちゅうしゃく 10]は、.38 S&Wちかいサイズの薬莢やっきょう[注釈ちゅうしゃく 14]もちいていたが、その内部ないぶ構造こうぞう現代げんだいしき無煙むえん火薬かやくもちいる弾薬だんやくとは若干じゃっかんことなっており、火薬かやく弾頭だんとうあいだには2まい厚紙あつがみ上下じょうげはさまれたろうばんがあり防湿ぼうしつ火薬かやくぶたねているなど、旧来きゅうらい弾薬だんやくから継承けいしょうされたデザインで製造せいぞうされていた。

どう弾薬だんやくのエネルギーは、当初とうしょ模倣もほう対象たいしょうだったフランス軍用ぐんようMAS 1873拳銃けんじゅう使用しようされていた11 mm Mle 1873弾薬だんやく[注釈ちゅうしゃく 15]じゅんじたエネルギーとなっていた[注釈ちゅうしゃく 16]

弾頭だんとうかぶとされていないため、人体じんたい命中めいちゅうすると変形へんけいするダムダム弾だむだむだん(軟頭だん・ソフトポイントだん)と認識にんしきされる可能かのうせいがあったが、たばねた新聞紙しんぶんしすぎばんすなたいしてどうたまんだ実験じっけん[2]さいには、初速しょそく非常ひじょうひくいため弾頭だんとういちじるしい拡張かくちょう変形へんけい現象げんしょう発生はっせいせず、ハーグ陸戦りくせん条約じょうやくには抵触ていしょくしない水準すいじゅんのものとして、そのままの形状けいじょう使用しようされつづけた[注釈ちゅうしゃく 17]

配備はいび運用うんよう[編集へんしゅう]

1924ねん大正たいしょう13ねん)、皇太子こうたいし裕仁ひろひと親王しんのう良子りょうこ女王じょおう結婚けっこんにおいて、御料ごりょうしゃ警護けいごにあたる憲兵けんぺい下士官かしかんないし上等じょうとうへいみぎ手前てまえ後姿うしろすがた)。ひだりこしさんじゅうねんしき軍刀ぐんとうとともに、みぎこしにはじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう拳銃けんじゅう)を装備そうびしている。

世界せかい各国かっこく軍用ぐんよう拳銃けんじゅうは、保守ほしゅてきエンフィールド・リボルバー (No.2 Mk.I)固執こしつしたイギリスぐんのぞき、だいいち世界せかい大戦たいせんからせんあいだにかけて回転かいてんしき拳銃けんじゅうから自動じどう拳銃けんじゅう移行いこうしはじめており、日本にっぽんにおいてもはやくもにち戦争せんそう当時とうじから陸軍りくぐんない南部なんぶしき自動じどう拳銃けんじゅう南部なんぶしき大型おおがた自動じどう拳銃けんじゅう)が使用しよう[20]されていたが、当時とうじ用兵ようへいでは拳銃けんじゅう用途ようと限定げんていされたものであり、拳銃けんじゅうおも装備そうびとした騎兵きへい衰退すいたいとともに長年ながねんその更新こうしんかえりみられることはなく、回転かいてんしき故障こしょうすくないじゅうろくねんしき拳銃けんじゅうはそのまま使用しようされつづけた。

南部なんぶしき自動じどう拳銃けんじゅう中国ちゅうごくタイ輸出ゆしゅつされるなど一定いってい地位ちいきず[注釈ちゅうしゃく 18]1924ねん大正たいしょう13ねん)には海軍かいぐん採用さいようされ、翌年よくねんには改良かいりょうがたじゅうよんねんしき拳銃けんじゅうとしてじゅうよんねんしき拳銃けんじゅう実包じっぽうともども陸軍りくぐん採用さいようされている。

じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう生産せいさんは、じゅうよんねんしき拳銃けんじゅうより小型こがた安価あんかきゅうよんしき拳銃けんじゅう採用さいようされた1930年代ねんだい後半こうはん終了しゅうりょうしたとかんがえられているが[よう出典しゅってん]在庫ざいこ関係かんけいにより少数しょうすう太平洋戦争たいへいようせんそう終結しゅうけつまで使用しようされた。

運用うんようこく[編集へんしゅう]

エピソード[編集へんしゅう]

  • 二・二六事件ににろくじけん襲撃しゅうげきされた鈴木すずき貫太郎かんたろうは、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう至近しきん距離きょりから3はつ銃撃じゅうげきされながらまぬかれたため、これをしてどうじゅうてい威力いりょくさへの例証れいしょうとする意見いけんもある[28]
  • 明治めいじ後期こうきからじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう一般いっぱん市販しはんされており、じゅうが22えん現在げんざいの440,000えん程度ていど)、弾薬だんやくが100はつ3えん現在げんざいの60,000えん程度ていど)とかなり高価こうかだった[よう出典しゅってん]
  • すべての製造せいぞう期間きかんにおいてうつくしい仕上しあげがほどこされていたため、戦後せんご進駐しんちゅうした米兵べいへいあいだでもじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう戦利せんりひんとして人気にんきがあり、多数たすうのこされているため価格かかく手頃てごろである[よう出典しゅってん]
  • 東京とうきょう桑原くわばら鉄砲てっぽうてんからはほんじゅう参考さんこう設計せっけいされた桑原くわばらせい軽便けいべん拳銃けんじゅう発売はつばいされており、これを使用しようする将校しょうこうもいた。
  • 現代げんだい米国べいこくではType 26ばれており、9mmx22R弾薬だんやく自作じさくしてほんじゅう射撃しゃげきたのしんでいる人達ひとたち存在そんざいし、弾薬だんやく入手にゅうしゅ再現さいげん苦労くろうさせられ、製作せいさくされた当時とうじ苦肉くにくさくだった安全あんぜんさくのためたかパフォーマンスられないものの、比較的ひかくてき安全あんぜんかつたのしく射撃しゃげきできるアンティークてき指向しこう銃器じゅうきとして認識にんしきされている[注釈ちゅうしゃく 19]

登場とうじょう作品さくひん[編集へんしゅう]

映画えいが・テレビドラマ[編集へんしゅう]

226
帝国ていこく陸軍りくぐん反乱はんらん部隊ぶたいたい首相しゅしょう官邸かんていおよび牧野まきのしんあきら滞在たいざいしていた、湯河原ゆがわら伊藤いとう旅館りょかん別館べっかん光風こうふうそう」にそれぞれ配置はいちされた警察官けいさつかん使用しよう
金田一きんだいち少年しょうねん事件じけん簿N (neo)
八甲田山はっこうださん
青森あおもりだい連隊れんたいゆきちゅう行軍こうぐんたい随行ずいこうして生還せいかんした山田やまだ少佐しょうさが、搬送はんそうさき病院びょういんみずからのむねって自決じけつするさい使用しよう

漫画まんが・アニメ[編集へんしゅう]

ゴールデンカムイ
だい100において「(たまが)ぶたはなたってポトリとちた」という評判ひょうばんかたられている。
こちら葛飾かつしか亀有かめあり公園前こうえんまえ派出所はしゅつじょ
「ニュー中川なかがわ!のまき」に登場とうじょう
さよなら絶望ぜつぼう先生せんせい
小林こばやし少年しょうねん不逞ふてい怪人かいじん
はしこう
赤色あかいろ匪賊ひぞく使用しよう
『ムサシ』

ゲーム[編集へんしゅう]

SIREN
美浜みはま奈保子なほこごうせきだけにて拾得しゅうとく使用しようだい世界せかい大戦たいせんなかぐん羽生はぶへびむらつながりがあったことからむら保管ほかんされていたとされる。使用しよう弾薬だんやくが9 mmだんとなっているほか、じつじゅうことなりスイングアウトしてあたらしい弾薬だんやく装填そうてんする。
SIREN2
かばねじんした太田おおた常雄つねおたおすと使用しようしてくる。使用しよう弾薬だんやく前作ぜんさく同様どうよう9 mmだん
パワプロクンポケット7
メダル・オブ・オナー ライジングサン
Shadow Corridor 2 よん
主人公しゅじんこうである時雨しぐれがゲームないのダンジョンであるあめよん葩内でしばしば拾得しゅうとくし、てき徘徊はいかいしゃ)を足止あしどめできる数少かずすくない手段しゅだんとして活用かつようする。ながあいだ手入ていれされていなかったらしく、全体ぜんたいてきいているほか不発ふはつ発砲はっぽうした途端とたんじゅうそのものが破損はそんすることもある。シリンダーに弾薬だんやくいて固着こちゃくしているため、弾薬だんやく交換こうかん出来でき使つかて。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ 当時とうじフランスぐんインドシナなど高温こうおん多湿たしつ熱帯ねったい植民しょくみん獲得かくとくしており、弾薬だんやく防湿ぼうしつせいひくさと発火はっか確実かくじつさになやまされつづけ、1879ねんのトライアルで採用さいようされたGaupillatによる改良かいりょうがた弾薬だんやくによって、ようやくその解決かいけつていた[6]。こうした情報じょうほうだいふつぐん軍事ぐんじ顧問こもんだんつうじてすでにもたらされており、研究けんきゅうよう拳銃けんじゅう入手にゅうしゅさいしては、ゴービヤ(Gaupillat)拳銃けんじゅう(またはゴーピしき拳銃けんじゅう)の入手にゅうしゅが、フランス駐在ちゅうざい武官ぶかん鶴田つるた砲兵ほうへい大尉たいいたいしてもとめられている。[7][8]
  2. ^ グラースじゅうは、幕末ばくまつ輸入ゆにゅうされたシャスポーじゅうとほぼおなじものであり、西南せいなん戦争せんそうまえから国産こくさん検討けんとうされて、これが実現じつげんしたものが村田むらたじゅうである。
  3. ^ どうじゅう中折なかお構造こうぞうじゅうろくねんしき拳銃けんじゅうにも導入どうにゅうされたほか、のち姉妹しまいひんである.32口径こうけいはん桑原くわばらせい軽便けいべん拳銃けんじゅうとして民間みんかんでコピー生産せいさんされ、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうよりつよ威力いりょくちながら小型こがた安価あんかだったため大変たいへん好評こうひょうはくしている。
  4. ^ Mosin-Nagant小銃しょうじゅう設計せっけいしゃとしてもられるNagant兄弟きょうだいのデザインにもとづく回転かいてんしき拳銃けんじゅう完成かんせいがたは、ロシア帝国ていこくぐん採用さいようされたNagant M1895独自どくじのガス・シール機構きこうつ)となったことられている。なお、にち戦争せんそう日本にっぽんぐん交戦こうせんした極東きょくとうのロシアぐんは、欧州おうしゅうくらべて装備そうび更新こうしんおくれていたため、S&W ロシアン・モデル使用しようしていたことられている。どうじゅうはS&W No.3のロシア輸出ゆしゅつバージョンだったが、にち戦争せんそうではこのじゅう大量たいりょう鹵獲ろかくされた。その鹵獲ろかくひんのS&W ロシアン・モデルは、日本にっぽんぐんから退役たいえきした多数たすうのS&W No.3とともに倉庫そうこねむっていたが、1938ねん日本にっぽん後援こうえんして成立せいりつさせたひろしちょうめい政権せいけんぐん供与きょうよされた。日本にっぽん敗戦はいせんひろしちょうめい政権せいけん崩壊ほうかいにより、これら旧式きゅうしき拳銃けんじゅう多数たすう国民党こくみんとうぐんによって接収せっしゅうされたが、近年きんねんになって台湾たいわん倉庫そうこねむっていたものが発見はっけんされたれいられている。
  5. ^ じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう実際じっさいかたちとなって生産せいさんはじまるのは1894ねん明治めいじ27ねん以降いこうことであり、どう時期じき民間みんかん製造せいぞうされた桑原くわばらせい軽便けいべん拳銃けんじゅうと、ほぼ一緒いっしょにデビューをむかえている。[13]
  6. ^ 1853ねん黒船くろふね来航らいこうとき徳川とくがわ家慶いえよし献上けんじょうされた米国べいこくせいドラグーンがた回転かいてんしき拳銃けんじゅう(en)が、積極せっきょく海防かいぼう代表だいひょうてき人物じんぶつだった徳川とくがわ斉昭なりあき治下ちか水戸みとはん国産こくさんされていたため、国産こくさん回転かいてんしき拳銃けんじゅうじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう登場とうじょう以前いぜん存在そんざいしていた。水戸みとはん製造せいぞうされたドラグーン拳銃けんじゅうは、1860ねん発生はっせいした桜田さくらだ門外もんがいへんにおいて、水戸みと浪士ろうしおおくがこの拳銃けんじゅう携帯けいたいして襲撃しゅうげき参加さんかしていた、との口伝くでん子孫しそんつたえているほか、その現物げんぶつのこされており、当時とうじ日本にっぽんには近代きんだい工業こうぎょう基盤きばん存在そんざいしなかったため、製造せいぞう技術ぎじゅつ水準すいじゅんひく銃身じゅうしんないにライフリングがきざまれていなかったこと判明はんめいしている。
  7. ^ じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうのモデルとして誤解ごかいされているのがLebel M1892だが、どうじゅうじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう共通きょうつうてんはサイド・プレート(機関きかん側面そくめんぶた)が蝶番ちょうつがいじょうけるてんだけで、その方向ほうこうにも用心ようじんてつもちかたにも、まった共通きょうつうてんい。
  8. ^ じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうのD/A機構きこうは、のS&Wしゃ製品せいひんのような洗練せんれんされたものではなく、おもがねちからまかせにくものである。S&WしゃのD/A機構きこうであれば、がねしぼってくと最後さいごのひと直前ちょくぜんでシリンダーのうごきがまるため、このタイミングで照準しょうじゅんさだめてから射撃しゃげきすることができる。このため、しばらくそら練習れんしゅうつづけていれば、D/AでもS/Aとおなじように精密せいみつ射撃しゃげき可能かのうになる。幕末ばくまつエンフィールドじゅうはじまり村田むらたじゅうへとつづ驚異きょういてき進化しんかつづけていた小銃しょうじゅうくらべて、命中めいちゅう精度せいど極端きょくたんひく射程しゃていみじか拳銃けんじゅう威力いりょく精度せいどめんのこされた存在そんざいとなっていた。当時とうじ軍用ぐんよう拳銃けんじゅう歩兵ほへい部隊ぶたい火力かりょくとして重要じゅうよう存在そんざいではなく、騎乗きじょうしながら射撃しゃげきする騎兵きへいのぞけば、戦闘せんとうちゅう脱走だっそうしかねない部下ぶか兵士へいしたち牽制けんせいする用途ようとおもであり、滅多めったきない至近しきん距離きょりでの白兵戦はくへいせんや、匪賊ひぞく銃殺じゅうさつにしかもちいられない銃器じゅうきであり、実用じつようせい以上いじょう象徴しょうちょうてき存在そんざいとしての意味いみおおきかった。
  9. ^ ノッチ部分ぶぶん切削せっさくすることでシリンダーが肉薄にくはくとなり、発射はっしゃ圧力あつりょくえられずあなひらいてしまう事故じこふせぐために、段差だんさけられたシリンダー構造こうぞうも、Nagantからじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう継承けいしょうされた特徴とくちょうであり、両者りょうしゃ外見がいけんたものとしている。
  10. ^ a b じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうようの9mmx22R弾薬だんやくしょもと(サイズ)は以下いか[17]とお
    • 全長ぜんちょう 30.47 mm
    • さいかちちょう 21.85 mm
    • たまみち 9.10 mm
    • さいかちあたまがいみち 9.52 mm
    • さいかちがいみち 9.80 mm
    • さいかちえんがいみち 11.10 mm
    • さいかちえんあつ 0.80 mm
  11. ^ なお、さんはちしき歩兵ほへいじゅうをはじめとする各種かくしゅ6.5 mm口径こうけい火器かき(メトフォードしき腔線)においても、たまみち6.7 mmにたいしてやまみち6.5 mm・腔線ふかさ0.15 mmとされていた。
  12. ^ 19 - 20世紀せいきのフランスでは、小銃しょうじゅうよう銃身じゅうしん製造せいぞうしたさいに、かなりの割合わりあい発生はっせいしていた合格ごうかくひんもちいて拳銃けんじゅうよう銃身じゅうしん製造せいぞうしていたため、拳銃けんじゅう口径こうけい小銃しょうじゅう口径こうけいわされていた。この過程かていでフランス軍用ぐんよう小銃しょうじゅうもちいられていた腔線ふかさ0.2 - 0.15 mmという数値すうち輸入ゆにゅうされた。
  13. ^ れいとして、現代げんだいもっと一般いっぱんてき拳銃けんじゅうだんである9x19mmの弾頭だんとう銃身じゅうしんないのサイズ下記かきとおりであり、前方ぜんぽうへのガスれをふせぐために銃身じゅうしん内径ないけいより弾頭だんとうそとみち若干じゃっかんおおきめにつくられている。
    • たまみち:9.03 mm
    • やまみち:8.82 mm
    • たにみち:9.02 mm
    • 腔線ふかさ:0.1 mm
  14. ^ 米国べいこくのユーザ[18][出典しゅってん無効むこう]によれば、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうに.38 S&Wの薬莢やっきょう底部ていぶけずって改造かいぞうした弾薬だんやくもちいており、弾頭だんとうは.38 S&Wのものをそのまま流用りゅうようしているという。.38 S&Wのたまみちは.361インチ (9.17 mm) と、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうようの9mmx22R弾薬だんやくのそれ (9.10 mm) よりも若干じゃっかんおおきいが、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうはライフリングのたにみちが9.30 mmもあるため問題もんだいなく発射はっしゃでき、初速しょそく183 m/s(弾頭だんとう重量じゅうりょう9.5 g 160 J≒.32 S&Wどう程度ていど)と、オリジナルの9mmx22R弾薬だんやくより良好りょうこうなパフォーマンスをしめしているという。
  15. ^ 11 mm Mle 1873弾薬だんやくは、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう採用さいようされる4ねんまえ改修かいしゅうされてMle 1873/90弾薬だんやくとなっており、エネルギーは2ばいちかくまで強化きょうかされていたが、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうにはこの改修かいしゅう反映はんえいされることはなく、終戦しゅうせんまで使用しようされつづけた。“ぶたじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう”(後述こうじゅつ)のエピソード[よう出典しゅってん]など、にち戦争せんそうころからてい威力いりょく拳銃けんじゅうとして認識にんしきされており、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう採用さいようからわずか8ねん登場とうじょうした南部なんぶしき自動じどう拳銃けんじゅう強力きょうりょく拳銃けんじゅう認識にんしきされていた(ただし、南部なんぶしき軍用ぐんようとしてはじゃくそう分類ぶんるいになるがエネルギーはじゅうろくねんしき拳銃けんじゅうの3ばいちかい)。
  16. ^ 9mmx22R弾薬だんやく小銃しょうじゅうやくまたは小粒こつぶやくとも黒色こくしょく火薬かやく)を使用しよう)と、MAS 1873拳銃けんじゅう使用しようされた11 mm Mle 1873およびMle 1873/90だんやくともにN火薬かやく黒色こくしょく火薬かやく)を使用しよう)、その後継こうけいとなったLebel M1892よう8mm/92弾薬だんやく(N火薬かやくまたはB火薬かやく無煙むえん火薬かやく)を使用しようとうのフランス軍用ぐんよう拳銃けんじゅう弾薬だんやくのエネルギー比較ひかくすると下記かきのようになる。
    • たまじゅう 9.8 g, 11.7 g, 10,6 g, 7.8 g
    • くすりりょう 0.6 g, 0.65 g, 0,80 g, 0.79 g(N) または 0.3 g(B)
    • 初速しょそく 150 m/s, 130 m/s, 190 m/s, 225 m/s
    • エネルギー 111 J, 98.1 J, 196.2 J, 196 J
    ちゅう数値すうちひだりから、9mmx22R、11 mm Mle 1873、Mle 1873/90、8mm/92 また、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅう開発かいはつされた当時とうじ使用しようされていた各種かくしゅ銃器じゅうき弾薬だんやくのエネルギー下記かきとおりである。
    • 51 Navy 260 J前後ぜんご 幕末ばくまつの9 mm口径こうけいぜんそうしき拳銃けんじゅう
    • .44 Russian 420 J ぜん制式せいしきのS&W No.3よう弾薬だんやく
    • .41 Rimfire 70 J デリンジャーよう弾薬だんやく
    • .32 S&W 126 - 156 J 桑原くわばらせい軽便けいべん拳銃けんじゅうよう弾薬だんやく
    • .38 S&W 240 - 280 J 9mmx22Rとほぼどうすん弾薬だんやく
  17. ^ にち戦争せんそうさいしては、ロシアぐんからの鹵獲ろかく弾薬だんやくのなかからダムダム弾だむだむだん(軟頭だん・ソフトポイントだん)が発見はっけんされ、これに日本にっぽんぐん抗議こうぎしているが、日本にっぽんぐん将校しょうこう私物しぶつ携行けいこうしたモーゼルC96よう弾薬だんやくとして、ダムダム弾だむだむだん市販しはんされていること判明はんめいしたとして、注意ちゅうい喚起かんきした文書ぶんしょのこされている[19]
  18. ^ しかしながらじゅうよんねんしき拳銃けんじゅう南部なんぶしき自動じどう拳銃けんじゅう)は高価こうかであり、大型おおがた拳銃けんじゅうわりにはモーゼルC96の性能せいのうてきわず、輸入ゆにゅうひんとの競争きょうそうにおいて中途半端ちゅうとはんぱ存在そんざいだった。とく清朝せいちょう末期まっきからモーゼルC96が輸入ゆにゅうされ、国内こくないでもコピー生産せいさんおこなわれるほど人気にんきたかかった中国ちゅうごくでは、日本にっぽんがわ努力どりょくにもかかわらずじゅうろくねんしき拳銃けんじゅうじゅうよんねんしき拳銃けんじゅう人気にんきはイマイチだった。1935ねん昭和しょうわ10ねん)に日本にっぽん成立せいりつさせた冀東防共ぼうきょう自治じち政府せいふ保安ほあんたいでは、日本にっぽん代弁だいべんしての兵器へいき購入こうにゅうさいしてまでモーゼルの購入こうにゅう要請ようせいし、不快ふかいかんしめした日本にっぽんぐんがわが「小銃しょうじゅう充分じゅうぶんだろう」「じゅうろくねんしきじゅうよんねんしきなら在庫ざいこがあるが、モーゼルなんぞない」といった反応はんのうしめしたものの、結局けっきょく大蔵おおくら商事しょうじ泰平たいへい組合くみあい出資しゅっし企業きぎょう大陸たいりくへの武器ぶき輸出ゆしゅつ長年ながねんあつかっていた)を経由けいゆして、モーゼルの輸入ゆにゅう手配てはいすることになった、という顛末てんまつ記録きろくされている[21]
  19. ^ 米国べいこくにおけるじゅうろくねんしき拳銃けんじゅうは、アンティークてき指向しこう銃器じゅうきではあっても、1899ねん1がつ1にち以前いぜん製造せいぞうされ、アンティークとして法的ほうてき現代げんだい銃器じゅうき分類ぶんるいされない存在そんざいではない。BATFによれば、製造せいぞうしめ刻印こくいん銃器じゅうき本体ほんたいのこされていなければアンティークとは認定にんていされないため、製造せいぞう番号ばんごう以外いがい製造せいぞう記録きろく刻印こくいんされていないじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう認定にんてい対象たいしょうがいとなるためである[29][信頼しんらいせいよう検証けんしょう]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ a b c Takano 2003, p. 20.
  2. ^ a b c d e 松木まつきただしあきら26ねんしき南部なんぶしき拳銃けんじゅう射撃しゃげきひょう送付そうふけん」『陸軍りくぐんしょうだい日記にっき大正たいしょう12ねん。C02030552600https://www.jacar.go.jp/2009ねん9がつ5にち閲覧えつらん 画像がぞう資料しりょうより実包じっぽう重量じゅうりょう/弾頭だんとう重量じゅうりょう初速しょそく数値すうち抜粋ばっすいし、エネルギーさい計算けいさん なお海軍かいぐん陸戦りくせんたいMP18モーゼルC96使用しようされたかく弾薬だんやく以下いかとおりである。
    • 7.65x21mm 6 g 365 m/s 400 J ←8 mm南部なんぶだんとほぼどうすん
    • 7.63x25mm 5.6 g 430 m/s 508 J (5.5 g 525 m/s 760 J)
    • 9x19mm 8 g 360 m/s 518 J (7.45 g 390 m/s 570 J)
    • 9x25mm 8.3 g 450 m/s 840 J
    • .45 ACP 15 g 250 m/s 477 J (13 g 330 m/s 702 J)
    () ない数値すうちだい世界せかい大戦たいせんなかサブマシンガン使用しようされたつよ装弾そうだんやく
  3. ^ Takano 2003, p. 19.
  4. ^ a b RELOADING DATA: 9mm JAPANESE REVOLVER” (PDF). Midway Arms, Inc.. 2009ねん9がつ5にち閲覧えつらん
    • たまみち: 9.017 mm (.355in)
    • たまじゅう: 9.721 g (150 gr)
    • くすりりょう: 0.194 - 0.24 g (3.0 - 3.7 gr)
    • たまそく: 166.1 - 194.2 m/s (545 - 637fps)
    • エネルギー: 135 - 184 J
    ちゅうほんデータちゅうたまみちじゅうろくねんしき拳銃けんじゅう銃身じゅうしんないライフリングやまみちとほぼ同一どういつである。
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  28. ^ にち戦争せんそう講演こうえん───えない「精度せいど」に投資とうしできなかった近代きんだい日本にっぽん───”. 2011ねん7がつ7にち閲覧えつらん[信頼しんらいせいよう検証けんしょう]鈴木すずき貫太郎かんたろうひだりあし付根つけねひだりむねひだり頭部とうぶ銃撃じゅうげきされたが、即死そくしせず意識いしきもあったが、医師いし手当てあちゅうには一時いちじこころ停止ていし状態じょうたいとなっている。頭部とうぶはいった弾丸だんがん頭蓋骨ずがいこつ貫通かんつうしているため、頭部とうぶ脳幹のうかんてば充分じゅうぶん即死そくしさせられる能力のうりょくがあったともかんがえてい。なお、ほん講演こうえんちゅうには下記かきのような事実じじつ誤認ごにんがあるが、内容ないようおおむただしいため指摘してきうえ出典しゅってんとした。[独自どくじ研究けんきゅう?]
    • 明治めいじ19ねんにフランスから購入こうにゅうされた拳銃けんじゅう2てことは、Mle92ではなくMAS 1873拳銃けんじゅう(ゴービヤ“Gaupillat”拳銃けんじゅう・ゴピーしき拳銃けんじゅう)である。[独自どくじ研究けんきゅう?]
    • 明治めいじ24ねん当時とうじ存在そんざいしたGasser拳銃けんじゅうとは、ピン・ファイアしきのGasser拳銃けんじゅう改造かいぞうしたGasser M187であり、じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうとの共通きょうつうてんい。[独自どくじ研究けんきゅう?]
    • じゅうろくねんしき拳銃けんじゅうようの9mmx22Rだん終戦しゅうせんまでかぶとなしのなまり弾頭だんとう製造せいぞうされている。[独自どくじ研究けんきゅう?]
  29. ^ The Pre-1899 Antique Guns FAQ”. 2020ねん1がつ11にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2009ねん9がつ8にち閲覧えつらん。 “any firearm with a frame or receiver that actually made before Jan. 1, 1899 is legally "antique" and not considered a "firearm" under Federal law. This refers to the actual date of manufacture of the receiver/frame, not just model year or patent date marked.”

参考さんこう文献ぶんけん [編集へんしゅう]

  • Takano, Turk「日本にっぽんぐん拳銃けんじゅうたち」『Gunだい42かんだい13ごう国際こくさい出版しゅっぱん、2003ねん12月、8-21ぺーじ 

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]