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情報じょうほう革命かくめい

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IT革命かくめいから転送てんそう

情報じょうほう革命かくめい(じょうほうかくめい、えい: Information revolution)とは、情報じょうほう開拓かいたくされることによって、社会しゃかい生活せいかつ変革へんかくすることである。情報じょうほう技術ぎじゅつ (Information technology = IT) の開発かいはつにより加速かそくしたため、後述こうじゅつIT革命かくめい(アイティーかくめい)、情報じょうほう技術ぎじゅつ革命かくめい(じょうほうぎじゅつかくめい)とよく混同こんどうされる[ちゅう 1]

元々もともとイギリス科学かがくしゃマルクス主義まるくすしゅぎものJohn Desmond Bernal1939ねん著書ちょしょマルクス主義まるくすしゅぎわくない最初さいしょもちいた言葉ことばだが、現在げんざいではマルクス主義まるくすしゅぎとはべつひろ定着ていちゃくしている。

トフラーのかんがえる端緒たんしょ

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情報じょうほう革命かくめい古今ここん東西とうざい様々さまざまろんじられているが[ちゅう 2]、ここでは現代げんだいじん見解けんかい代表だいひょうするものとしてアルビン・トフラーかんがかたをたたきだいとする。情報じょうほう革命かくめいは、それに先立さきだ農業のうぎょう革命かくめい工業こうぎょう革命かくめいしゃ相対そうたいてき概念がいねんである[ちゅう 2]。つまり、作物さくもつ生産せいさん手段しゅだんとなる土地とち、および製品せいひん生産せいさん手段しゅだんとなる工場こうじょう社会しゃかい支配しはいした時代じだいくらべて、情報じょうほう土地とち工場こうじょう支配しはいてき地位ちいるがした時点じてん情報じょうほう革命かくめい端緒たんしょがあるという。ちまたでは情報じょうほう技術ぎじゅつ市民しみん生活せいかつ浸透しんとうした時点じてん次節じせつのIT革命かくめい)を情報じょうほう革命かくめいぶことがある。しかし、このかんがかた往々おうおうにして社会しゃかい現象げんしょうこりを無視むしし、ときどきの情報じょうほう技術ぎじゅつむための方便ほうべんにもなる。

トフラーは情報じょうほう革命かくめいはじまりとしてキャッシュレジスターげている。これはスーパーマーケットなどの小売こうりみせ活用かつようされた。そして小売こうりてんすじなどの正確せいかく需要じゅようはじし、有利ゆうり条件じょうけん工場こうじょうしゅたるメーカー仕入しい交渉こうしょうのぞむことができた。レジの発明はつめいされた時期じきかんがえると、この革命かくめいのタイミングは相当そうとうはやい。一方いっぽう、トフラーは政治せいじ世界せかいでも革命かくめいがおきて、武力ぶりょくよりもロビー活動かつどうなどにもちいる情報じょうほうものうようになったことを指摘してきしている。この認識にんしき情報じょうほうせん重要じゅうようせいしたという意味いみでならただしいが、海底かいていケーブル無線むせん通信つうしんウェブエニアックといった情報じょうほう技術ぎじゅつは、戦争せんそうにおける技術ぎじゅつ競争きょうそう過程かていおおきく進化しんかし、さらにロビー活動かつどうなどにとどまらずその手段しゅだんとしても使つかわれているのが実情じつじょうである。

IT革命かくめい進行しんこう歴史れきし

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一般いっぱんてきられるIT革命かくめい情報じょうほう技術ぎじゅつ (IT) が広範こうはん社会しゃかい需要じゅよう直結ちょっけつし、ぜん人類じんるい生活せいかつおおきくえうるにいたった1990年代ねんだいすえ2000年代ねんだい初頭しょとうすことがおおいが、その革命かくめいうごきは電信でんしん電話でんわ発明はつめいされ高速こうそく情報じょうほう伝達でんたつ可能かのうになったり、ITが発明はつめいされ情報処理じょうほうしょり自動じどう可能かのうになったときから潜在せんざいてき進展しんてんしてきており、21世紀せいき以降いこう多数たすうしん技術ぎじゅつ登場とうじょうにより加速度かそくどてき進行しんこうちゅうである。

前史ぜんし

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情報じょうほう理論りろんひらいたまったあたらしい世界せかい

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IT革命かくめい進展しんてんには1948ねん情報じょうほう理論りろん提唱ていしょうおおいに寄与きよしている。情報じょうほう理論りろん情報じょうほう内包ないほうするパターンの体系たいけいてき理解りかい人類じんるい史上しじょうはじめて可能かのうにしたため、情報じょうほうあつかうための高度こうど機械きかい(つまりはコンピュータ)を厳密げんみつ設計せっけいして建造けんぞうすることが可能かのうになった。

情報じょうほう理論りろん以前いぜんにも、すで機械きかい工学こうがく応用おうようしたかい機関きかんZuse Z1ひとし特定とくてい用途ようと計算けいさんや、特定とくてい用途ようと制御せいぎょ計算けいさんおこなうためのリレー回路かいろ実現じつげんされていたが、かく製作せいさくしゃ理論りろんいまま神業かみわざてきかんたよって調整ちょうせいかえして製作せいさくしたり、神業かみわざてきかん延長えんちょうにあるような個人技こじんぎとして独自どくじ理論りろんをゼロから考案こうあんしたうえ製作せいさくしたりするれいおおかった。仕組しくみとしては、純粋じゅんすい機械きかいてき動作どうさによる計算けいさんか、電子でんしされていたとしてもソフトウェアなどなく、リレー回路かいろもちいたワイヤードロジックのみによる計算けいさんおもで、1971ねん以降いこうマイクロプロセッサおこなわれているようなことの基本きほん部分ぶぶんが、人間にんげんよりもおおきい大型おおがた機械きかい装置そうち実現じつげんされていた。

それら前史ぜんし時代じだい計算けいさん製作せいさくしゃ汎用はんようせいのある計算けいさん製作せいさく志向しこうし、1837ねんにはチャールズ・バベッジ解析かいせき機関きかん情報じょうほうチューリング完全かんぜんアイデア暗黙あんもくのうちに考案こうあんしていた。1930年代ねんだいには世界せかい先駆さきがけて中嶋なかじまあきらが、理論りろんまったくないなかで「リレー回路かいろ接点せってんぐんのつなぎかたから多数たすうこり組合くみあわせをれなくあたまなか検討けんとうする」という、頭脳ずのうをいたずらに酷使こくしする方法ほうほうつくっていた先人せんじん各種かくしゅリレー回路かいろ実績じっせきたとえば電話でんわ交換こうかん)から定石じょうせきとなっていた典型てんけいてき回路かいろ構成こうせいし、それら定石じょうせき分析ぶんせきして独自どくじブール代数だいすう相当そうとうする(ただ中嶋なかじますうねんになってから気付きづいた)スイッチング理論りろん原型げんけい考案こうあんし、リレー回路かいろ設計せっけい作業さぎょう効率こうりつ成功せいこうした。また、中嶋なかじまあきらはそのもスイッチング理論りろん可能かのうせいしんじて研究けんきゅう継続けいぞくしたものの、太平洋戦争たいへいようせんそう開戦かいせんによりべつ分野ぶんやへの転属てんぞくめいじられ継続けいぞく断念だんねんした[1]中嶋なかじまあきら先鞭せんべんをつけたスイッチング理論りろん情報じょうほう革命かくめい根本こんぽんからささえる重要じゅうよう理論りろんであり、のちにデジタルシステムの論理ろんり設計せっけい基礎きそ理論りろんとしてかせないものとなった[1]

しかし、そのような前史ぜんし時代じだいには世界せかい共通きょうつう理論りろんいまま暗中模索あんちゅうもさくすえ限定げんていてきコンピュータ仕組しくみが実現じつげんされた程度ていどまり、厳密げんみつかつ体系たいけいてき情報じょうほう説明せつめいできるもの世界せかいのどこにもなかったため、計算けいさん製作せいさくしゃあいだでも基礎きそてき部分ぶぶんでの認識にんしきちがっており、以降いこう発展はってん可能かのうせいにも限界げんかいはじめていた。

1948ねんクロード・シャノンによって提唱ていしょうされた情報じょうほう理論りろんはそのような厳密げんみつさと客観きゃっかんせいとぼしい独自どくじ理論りろんからいちすすみ、情報じょうほうそのものを数学すうがくもちいて客観きゃっかんてきかつ体系たいけいてき記述きじゅつするための基礎きそてき言語げんごとなった。そして、情報じょうほう情報処理じょうほうしょり厳密げんみつ設計せっけい可能かのうにしたことで、従来じゅうらい方法ほうほうであった「神業かみわざてきかん」や「独自どくじ理論りろん」では不可能ふかのうな、より高度こうどコンピュータ通信つうしん仕組しくみを設計せっけいできるようになり、高度こうど効率こうりつてき自動じどう制御せいぎょささえられる現代げんだい社会しゃかいへのとびらひらいた。

また、従来じゅうらい属人ぞくじんてきであった計算けいさん製作せいさくについて世界せかいてき知識ちしき共有きょうゆうして協業きょうぎょうおこなこともできるようになり、以降いこうPC/AT互換ごかんなどの決定けっていばんとなる標準ひょうじゅん規格きかく登場とうじょうまですうじゅうねん時間じかんかるもののコンピュータ標準ひょうじゅん規格きかく策定さくていへのみちあゆはじめることになった。この時代じだい以降いこう演算えんざん装置そうち中核ちゅうかくになうスイッチング理論りろん加速度かそくどてき発展はってんはじめる。

コンピュータの性能せいのう向上こうじょう小型こがた・オンライン

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情報じょうほう技術ぎじゅつ戦後せんご社会しゃかいスピンアウトし、次第しだい進歩しんぽ加速かそくしてった。計算けいさん開発かいはつ利用りよう典型てんけいである。1947ねんAT&Tベル研究所けんきゅうじょウォルター・ブラッテンジョン・バーディーンウィリアム・ショックレーらがトランジスタ発明はつめい翌年よくねん国際こくさい決済けっさい銀行ぎんこう廃止はいし棚上たなあげされたが、おそらくここで国際こくさい決済けっさい中央ちゅうおう銀行ぎんこうあいだオンライン処理しょりする技術ぎじゅつ研究けんきゅうされはじめた。そしてIBMしゃ1952ねんはつ商用しょうようプログラム内蔵ないぞうしきコンピュータ IBM 701 を、1956ねんにやはりはつハードディスクドライブ発売はつばいしている。同社どうしゃのちセデルという国際こくさい証券しょうけん集中しゅうちゅう保管ほかん機関きかん積極せっきょくてき技術ぎじゅつ支援しえんする。

太平洋戦争たいへいようせんそう終戦しゅうせん日本にっぽんでは、戦時せんじなか国内こくないではられていなかったべいえい諸国しょこくとのおおきな技術ぎじゅつ格差かくさがまざまざとあきらかになり、電子でんし計算けいさんについてもべいえい諸国しょこく追随ついずいするようにして技術ぎじゅつ開発かいはつ開始かいしされた[2]もっと先駆せんくてき国産こくさん電子でんし計算けいさん開発かいはつプロジェクトとして、1950年代ねんだい初頭しょとうFUJICTAC阪大はんだい計算けいさんの3つの開発かいはつプロジェクトが始動しどうした。1949ねん3がつ富士写真ふじしゃしんフイルム岡崎おかざきぶんによりレンズ設計せっけいにおける光学こうがく計算けいさんおこなうためのFUJIC開発かいはつけた基礎きそ研究けんきゅう開始かいしされた[3]1951ねんには東京大学とうきょうだいがく山下やました英男ひでお中心ちゅうしんとする雨宮あまみやあやおっと三田みたしげるらの研究けんきゅうグループによりTAC開発かいはつ開始かいしされた[4]1953ねんには大阪大学おおさかだいがくじょう憲三けんぞう研究けんきゅうしつ牧之内まきのうち三郎さぶろう安井やすいひろしなどの研究けんきゅうグループにより阪大はんだい計算けいさん開発かいはつ開始かいしされた[4]つづいて、1957ねん日本電信電話にほんでんしんでんわ公社こうしゃ電気でんき通信つうしん研究所けんきゅうじょMUSASINO-1開発かいはつされた。さらに1959ねん日本にっぽん国有こくゆう鉄道てつどう日本にっぽんはつのオンラインシステムであるマルス1導入どうにゅうした。世界せかい主流しゅりゅうとなったトランジスタ・コンピュータとはまったべつながれとして、1954ねんには後藤ごとう英一ひでかずにより日本にっぽん独自どくじ論理ろんり素子そしであるパラメトロン発明はつめいされ一時いちじはコンピュータに使つか真空しんくうかんやトランジスタの使用しようすう大幅おおはばらせるとしてパラメトロン・コンピュータが多数たすう建造けんぞう前述ぜんじゅつMUSASINO-1もその1つ)されたものの、のち性能せいのう向上こうじょうした接合せつごうがたトランジスタ比較ひかくして動作どうさ周波数しゅうはすうひく消費しょうひ電力でんりょくおおきく応用おうよう範囲はんいひろさでもけたため、合理ごうりせいがなく普及ふきゅうしなかった(21世紀せいき量子りょうしコンピュータ量子りょうしビット素子そしとしてさい注目ちゅうもくされた)。

1964ねんインテルサット設立せつりつされる。人工じんこう衛星えいせい利用りようした国際こくさい通信つうしん時代じだい到来とうらい同年どうねんコントロール・データ・コーポレーションCDC 6600製造せいぞう開始かいし。これは世界せかいはつスーパーコンピュータともわれる。そしてユーロクリア設立せつりつされた1968ねんは、ダグラス・エンゲルバートマウスウィンドウなどをデモンストレーション、さらにIBM せいオペレーティングシステム (OS) によるタグ検索けんさくシステムFRESS開発かいはつされた。セデルの設立せつりつされた1970ねんは、インテル世界せかいはつDRAMである Intel 1103 を発売はつばいした。セデルの決済けっさい業務ぎょうむ当初とうしょこそファクシミリ使用しようしていたが、おそらく設立せつりつすうねんで、IBMしゃ技術ぎじゅつ支援しえんけてコンピュータを利用りようするようになった。

1971ねん11月15にち日本にっぽんビジコン米国べいこくインテルによって共同きょうどう開発かいはつされた世界せかいはつマイクロプロセッサであるIntel 4004出荷しゅっか開始かいしされた。マイクロプロセッサ登場とうじょうは、コンピュータダウンサイジング高性能こうせいのう加速かそくして契機けいきになった。インテルマイクロプロセッサ研究けんきゅう開発かいはつ継続けいぞくし、多大ただいなシェアを獲得かくとくして世界せかい最大さいだいCPUメーカーに成長せいちょうしてくことになった。1976ねんNECTK-80発売はつばい初期しょきマイコンとしてコンピュータを小型こがたする研究けんきゅう起爆きばくざいとなった。以降いこう1980年代ねんだいにかけて個人こじんコンピュータ所有しょゆうする「パーソナルコンピュータ」というアイデア徐々じょじょ実現じつげんされてった。

コンピュータ自体じたい洗練せんれんとともに、研究けんきゅう機関きかん企業きぎょう中心ちゅうしんオンライン拡大かくだいし、加速かそくしてく。1969ねんインターネット起源きげんであるARPANETパケット通信つうしん研究けんきゅうのために4ノード構成こうせい稼働かどう開始かいしした。1971ねんから1973ねんARPANETとは独立どくりつに、チリ計画けいかく経済けいざいにおける生産せいさん管理かんりのための全国ぜんこくてきなネットワークを構築こうちくするサイバーシン計画けいかく実行じっこうされる。1973ねん国際こくさい銀行ぎんこうあいだ通信つうしん協会きょうかい全国ぜんこく銀行ぎんこうタ通信システムたつうしんしすてむ稼動かどうした。1978ねんにはアメリカシカゴ最初さいしょ電子でんし掲示板けいじばん「CBBS」が開設かいせつされた。翌年よくねんオラクルしゃ商用しょうようはつ関係かんけいデータベース製品せいひんである Oracle 2 をリリース。コンピュータネットワークセキュリティシステムが実装じっそうされた。

パーソナルコンピュータや家庭かていようゲーム本格ほんかくてき販売はんばい開始かいし
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1977ねんアメリカアップルコンピュータ従来じゅうらいからあるような自作じさくキット[ちゅう 3]ではなく完全かんぜん完成かんせいひんとして利用りようする敷居しきい大幅おおはばげたパーソナルコンピュータである「Apple II」を発売はつばいしてだいヒットしたことで、パーソナルコンピュータ時代じだいまくけたとするせつがある[5]。セデルでジェラール・ソワソン変死へんしした1983ねん日本にっぽん家庭かていようゲームファミリーコンピュータ任天堂にんてんどう)が発売はつばいされた。パーソナルコンピュータ(パソコン)およびオペレーティングシステムについては、1984ねんMacintoshApple Computer)、翌年よくねんWindows 1.0マイクロソフト)がりだされた。また、1986ねんインターネット技術ぎじゅつ標準ひょうじゅん策定さくていする Internet Engineering Task Force (IETF) が設立せつりつされた。1973ねんから構想こうそうされていたダイナブック1989ねん東芝とうしばにより具体ぐたいされる(「Dynabook (企業きぎょう)#dynabook」を参照さんしょう)。この時代じだいからインターネットの本格ほんかく普及ふきゅうまでのあいだ、コンピュータの個人こじん所有しょゆうというかんがかた一般いっぱんにもすこしずつではあるがひろまっていった。

インターネットの商用しょうよう開放かいほう黎明れいめい

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こうして情報じょうほう環境かんきょう開発かいはつ多角たかくてきすすんでゆくなか1990年代ねんだい産業さんぎょうサービス加速かそくさせた。とくに、純粋じゅんすい学術がくじゅつよう国際こくさいネットワークとして運用うんようされていたインターネット1995ねん商用しょうよう開放かいほうされたことは非常ひじょうおおきな意味いみった。1990ねんGUIベースの情報じょうほう公開こうかい閲覧えつらん仕組しくみであるWorld Wide Web提唱ていしょうされ、1993ねんにはCGI提唱ていしょうされ、1995ねんにはインターネット商用しょうよう利用りよう可能かのうになり、Google以前いぜん英語えいごけん主流しゅりゅうとなった検索けんさくエンジンAltaVistaもサービス提供ていきょう開始かいしした。同年どうねん一般いっぱんPCうえ完全かんぜんGUI環境かんきょう提供ていきょうするMicrosoft Windows 95発売はつばいされ本格ほんかくてきなIT革命かくめいへの足掛あしがかりがつくられると、インターネットを利用りようするじょう不可欠ふかけつなブラウザの開発かいはつ加速かそくすることになった。つぎに、1995ねんJavaJavaアプレット1996ねん11月にAdobe Flash公開こうかいされ、リッチインターネットアプリケーションへのとびらひらかれた。1997ねんころからは世紀せいきをまたぐブラウザ戦争せんそうきた。この当時とうじダイナミックHTMLという技術ぎじゅつあらわれ、Ajaxいしずえとなった。1999ねんにはRFID開発かいはつされ、IoTという用語ようご提唱ていしょうされた。World Wide Webにアクセスするさい入口いりくちとなるポータルサイトのシェアあらそいもき、インターネット接続せつぞくサービスポータルサイト提供ていきょうするAOLは、ビル・ゲイツによるAOL買収ばいしゅうおうじない対抗たいこう措置そちとしてのMSNのサービス開始かいしYahoo!といった新進しんしんポータル台頭たいとうなどでなん危機きき見舞みまわれながらも2000ねんタイム・ワーナー買収ばいしゅうまでは急速きゅうそく成長せいちょうつづけ、1990年代ねんだい後半こうはんから2000年代ねんだい初頭しょとうまでのインターネット業界ぎょうかいではもっと有名ゆうめいなブランドとなった。

1996ねんごろから下記かきのようなサービスが雨後うごたけのこのようにあらわれた。現代げんだい大手おおてサービスぐんがこの時代じだい提供ていきょう開始かいししている。のちGAFAM一角いっかく形成けいせいするAmazon.comGoogle代表だいひょうされるWebけいベンチャーが多数たすう起業きぎょうした。SixDegrees.comというSNSが1997ねんにサービス提供ていきょう開始かいしした。日本にっぽんではYahoo!Japan株式会社かぶしきがいしゃソフトバンク楽天らくてんサイバーエージェントライブドア(オン・ザ・エッヂ)がこのころ創業そうぎょうした。しかし、バブル崩壊ほうかいによるうしなわれた10ねん期間きかんであり、企業きぎょう投資とうし減少げんしょうさせている最中さいちゅうであったため、このタイミングのわるさが後々あとあとまでひびくことになった[6]

一般いっぱんにはパソコンすらも理解りかいされていなかった当時とうじ専門せんもん以外いがいであれば「ディスプレイ」「キーボード」「マウス」「ソフトウェア」「デバイス」「プロバイダ」「ダウンロード」「アップロード」などの見慣みなれないカタカナ用語ようごのオンパレードに混乱こんらんきたすことが普通ふつうであって、しかもてい速度そくど高額こうがくナローバンドがほとんどであったため、インターネット利用りよう非常ひじょうにハードルがたかかった。前述ぜんじゅつ技術ぎじゅつやサービスにたいしても、ビジネスてき有用ゆうようせい十分じゅうぶんいだされていなかった。日本にっぽんにおいては企業きぎょう流行りゅうこう敏感びんかん若者わかものなどが「英語えいご世界せかいけて情報じょうほう発信はっしんする」という目的もくてきでインターネットに参入さんにゅうしたものの、その情報じょうほう海外かいがい需要じゅようこたえていたとはがた側面そくめんがあった。なぜならば当時とうじ海外かいがい日本にっぽんからもとめられる情報じょうほうはもっとマニアックなものであったためである[7]。もうひとつのなみとしてコンピューターとうのマニアそう存在そんざいし、初期しょきのインターネット利用りようしゃはマニアックな知識ちしき要求ようきゅうするパソコン通信つうしんからながれてきた住民じゅうみんおおく、あめぞう初期しょき2ちゃんねる代表だいひょうされるようなマニアそう活発かっぱつてき活動かつどうおこなっていた。利用りようしゃがごく一部いちぶかぎられながらも、インターネットはまぎれもなくのちのネット社会しゃかいささえる社会しゃかいインフラの原型げんけいであった。この時代じだい技術ぎじゅつやサービスは荒削あらけずりなものがおおく、2000年代ねんだい以降いこう継続けいぞくして改善かいぜんされていった。日本にっぽんでは2000ねん2がつ22にちYahoo!株価かぶか国内こくない上場じょうじょうかぶとしてはじめてとなる1おくえんえの1おく6790えんけ、これが日本にっぽんITバブル絶頂ぜっちょう象徴しょうちょうする出来事できごととなった[8][9]。しかし、このようなぎた出来事できごとさかいにして同年どうねん2000ねんころからITバブル崩壊ほうかいはじまり、淘汰とうたなみおそった。

コンピュータダウンサイジングすすみ、実用じつようてきノートパソコン携帯けいたい電話でんわなどが登場とうじょうして「モバイル」というかんがかた一般いっぱんられたのも1990年代ねんだいである。1990年代ねんだいはしはっするモバイルコンピューティングの普及ふきゅうは、2000年代ねんだい後半こうはん以降いこうスマートフォン爆発ばくはつてき普及ふきゅうつながることになる。

IT革命かくめい始動しどう

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20世紀せいき最後さいごとし2000ねん6がつには日本にっぽん内閣ないかく経済けいざい審議しんぎかいりまとめた「経済けいざい社会しゃかいのあるべき姿すがた経済けいざい新生しんせい政策せいさく方針ほうしん」の実現じつげんけてという計画けいかくしょなかで「IT革命かくめい」という用語ようごはじめてもちいられた[10]。そのなかでのIT革命かくめい定義ていぎは、下記かきとおりである。

情報じょうほう通信つうしん技術ぎじゅつ想像そうぞうぜっする進歩しんぽ世界中せかいじゅう情報じょうほう受発信じゅはっしんげんがインターネットを中核ちゅうかくとした情報じょうほう通信つうしんネットワークでむすばれるようになること、および、それらがもたらす経済けいざい社会しゃかいめんでの様々さまざま変革へんかくあらわ表現ひょうげんである。 — 経済けいざい審議しんぎかい、「経済けいざい社会しゃかいのあるべき姿すがた経済けいざい新生しんせい政策せいさく方針ほうしん」の実現じつげんけて

21世紀せいきはいり、一定いっていがく支払しはらえば接続せつぞく放題ほうだいとなる定額ていがくせいブロードバンド回線かいせんタ通信たつうしんはしまつ公衆こうしゅう無線むせんLAN3G携帯けいたい電話でんわノートパソコンなどの普及ふきゅうによって、どこでも常時じょうじインターネットに接触せっしょくできる環境かんきょうととのいはじめ、情報じょうほう技術ぎじゅつ産業さんぎょうだけでなく個人こじんにもひろ浸透しんとうすることとなった。このころから、仮想かそう空間くうかんでの交流こうりゅうが、マニアだけが理解りかいできるむずかしいものから一般人いっぱんじん参加さんかする日常にちじょうてきなものへと姿すがたえてった。この成熟せいじゅくした情報じょうほう社会しゃかいでは、たんマルウェアけるというだけではなく、取得しゅとくできる情報じょうほう性質せいしつ媒体ばいたいによりことなることを理解りかいし、媒体ばいたい使つかけるための情報じょうほうリテラシー市民しみんレベルでもとめられるようになった[ちゅう 2]

Web 2.0ばれるながれが発生はっせいし、多数たすうSNSあらわれ、2005ねんAjax提唱ていしょう代表だいひょうされる動的どうてきなウェブサイトが登場とうじょうした。2008ねんiPhoneのヒットにより、多数たすうスマートフォン登場とうじょう世界中せかいじゅう爆発ばくはつてき普及ふきゅう生活せいかつかせない道具どうぐして社会しゃかい生活せいかつふか浸透しんとうしていった。

2000年代ねんだい後半こうはんはいると、ゲームのオンライン対応たいおうすすみ、GPUゲーミングパソコンてい価格かかくしたことで、オンラインゲームマニアだけではなく一般いっぱんへの普及ふきゅう本格ほんかくてき開始かいしした。

IT革命かくめい成熟せいじゅくだいよん産業さんぎょう革命かくめいへの移行いこう

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2010年代ねんだい

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ITの技術ぎじゅつ革新かくしん日常にちじょうとなった時代じだい
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2010ねんころになると、もはやITを利用りようすることやITの技術ぎじゅつ革新かくしんきること自体じたい日常にちじょうし、IT革命かくめい特別とくべつ意識いしきされなくなった。この当時とうじ、オンラインで膨大ぼうだいなデータが集積しゅうせきされている事実じじつ注目ちゅうもくされ、ビッグデータ次世代じせだいのキーワードとなった。以前いぜんくらべれば安価あんかかつ高性能こうせいのうになったコンピュータ多数たすう集積しゅうせきしたコンピュータ・クラスター前提ぜんていとしてMapReduceなどのプログラミングモデル分散ぶんさん処理しょりおこなうことがえた。おなじく2010ねんころから、多数たすうのサーバーを手軽てがる導入どうにゅう運用うんようできるようにするために、インターネットしに仮想かそうマシン利用りようすることができるクラウドコンピューティング普及ふきゅう本格ほんかくてきはじまった。この当時とうじAmazon Web ServicesGoogle Cloud PlatformMicrosoft Azureといった大手おおてクラウドサービス出揃でそろい、シェアの獲得かくとく競争きょうそう開始かいしした[11]Webブラウザだけで操作そうさ完結かんけつできるクラウドサービス手軽てがるさから、迅速じんそく大量たいりょう仮想かそうマシン用意よういして活用かつようする時代じだい突入とつにゅうした。レトロニムとして、自身じしん保有ほゆうする施設しせつないサーバー用意よういして情報じょうほうシステム構築こうちくする形態けいたいオンプレミスばれるようになった。ながらく停滞ていたいしていた人工じんこう知能ちのう(AI) 開発かいはつ進展しんてんし、2012ねんディープラーニングによってAIが物体ぶったい認識にんしき成功せいこうしたことが世界中せかいじゅう衝撃しょうげきあた[12]次世代じせだい技術ぎじゅつとして人工じんこう知能ちのう有力ゆうりょくされるようになった。また、シングルボードコンピュータ安価あんか販売はんばいされるようになり、モノのインターネット (IoT) という概念がいねん注目ちゅうもくされはじめた。IoTデバイスがセンサーとなり、じつ空間くうかんからインターネットにアップロードされるデータりょう大幅おおはば増加ぞうかした。ビッグデータ背景はいけいにAIやIoTが急速きゅうそく進化しんかはじめ、物理ぶつりてき対象たいしょうデジタル複製ふくせい作成さくせいしてシミュレーションモデルとして活用かつようするデジタルツインこころみが開始かいしされた。その結果けっかとして、21世紀せいき前半ぜんはんだいよん産業さんぎょう革命かくめい (4IR) の到来とうらい予想よそうされるようになった。だいさんAIブームによってGPU需要じゅよう急速きゅうそく拡大かくだいし、世界せかいなかGPUうばいがきるほどになった(GPU供給きょうきゅうNVIDIAがほぼ独占どくせんした)[13]。SNSにより共有きょうゆう経済けいざい浸透しんとうし、中央ちゅうおう集権しゅうけんてきECサイト補完ほかんとして活用かつようされるようになった。さらにスマートフォンの普及ふきゅうセンサやモーターの価格かかくやすくなり、ドローンロボットなどの無人むじん多数たすう開発かいはつされ、安価あんか入手にゅうしゅできるようになった。こうした状況じょうきょうけて、義務ぎむ教育きょういくにおけるプログラミング教育きょういく開始かいしされた。

2020年代ねんだい

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2020ねんには新型しんがたコロナウイルス (COVID-19) のパンデミックき、感染かんせん拡大かくだい防止ぼうしのため前倒まえだおてきかたち世界せかいてきテレワークへの実験じっけんてき移行いこうきた。このとき、IT革命かくめい開始かいし以後いご順次じゅんじ整備せいびされてきた通信つうしんインフラがフル活用かつようされることになり、おおくの産業さんぎょう実験じっけんてきなテレワークを前提ぜんていとしてビジネスモデルロジスティクス転換てんかんおこなわれた。2030ねんけてAIや5Gなどの技術ぎじゅつ通信つうしんインフラともむすびついて、さらなる社会しゃかい変革へんかく進展しんてんしていくとかんがえられている。

コンテンツ観点かんてんでは、2020年代ねんだいにはコンピュータで違和感いわかんすくなく人間にんげん表現ひょうげんすること可能かのうになりつつあり、スキャンダルこさず24あいだ365にち稼働かどう可能かのうであることから、バーチャルアイドルAIタレントCM起用きようされることもえてきた。このころにはインターネットうえ多様たよう仮想かそう世界せかい構築こうちくされており、子供こどもから大人おとなまで国際こくさいてき仮想かそう世界せかい交流こうりゅうおこなことたりまえになった。

生成せいせいAIブーム
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2022ねん11月にOpenAIがリリースしたChatGPTによって専門せんもんのみならず一般人いっぱんじんかたち生成せいせいAIブームが発生はっせいした。ChatGPT実現じつげんした人間にんげんらしい回答かいとうによって、汎用はんよう人工じんこう知能ちのう(AGI)と、つづいて実現じつげんされる人工じんこうちょう知能ちのう(ASI)実現じつげんけた議論ぎろん否定ひていてき議論ぎろんふくむ)が一層いっそう活発かっぱつした[14]生成せいせいAIのために多数たすうGPU必要ひつようであるため、世界せかいてきGPUうばいもさら激化げきかした[13]

ITをじくとした国際こくさい競争きょうそう激化げきか国家こっか権力けんりょく超越ちょうえつするビッグ・テック
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情報じょうほう技術ぎじゅつ開発かいはつ競争きょうそうインターネットによる情報じょうほう発信はっしん国家こっかあいだ覇権はけんあらそいに直結ちょっけつし、べいなか代表だいひょうされる政治せいじ衝突しょうとつにも関与かんよすることになった。また、国家こっか権力けんりょくえるちからつにいたったビッグ・テック国家こっか全面ぜんめん対決たいけつおこなわれるようになった[15][16][17]戦争せんそうIT大幅おおはばすすんでおり、2022ねんロシアのウクライナ侵攻しんこう2023ねんパレスチナ・イスラエル戦争せんそうでは人工じんこう知能ちのう技術ぎじゅつ多数たすう投入とうにゅうされ[18]情報じょうほう技術ぎじゅつ駆使くししたネットワークされた部隊ぶたい迅速じんそく戦域せんいき情報じょうほう共有きょうゆうして戦闘せんとうおこなったり、支援しえんこくあいだサイバー攻撃こうげきおこなうなどしている。そうした国際こくさい競争きょうそうから日本にっぽん完全かんぜんいてかれており、2021ねん10月には日本にっぽんしん経済けいざい連盟れんめいがデジタル経済けいざいでの成長せいちょう戦略せんりゃくについての提言ていげんなか日本にっぽんのデジタル小作こさくじんへの懸念けねん表明ひょうめい[19]し、2022ねん7がつには日本にっぽん経済けいざい産業さんぎょうしょう/デジタルアーキテクチャ・デザインセンターが報告ほうこくしょで、「日本にっぽん生活せいかつ企業きぎょう活動かつどうにおいて外国がいこく製品せいひんサービス前提ぜんていとなってしまい、日本にっぽん産業さんぎょうがどれだけはたらいてもむことができない状況じょうきょう」というより直接的ちょくせつてき意味いみで「デジタル小作こさくじん」という言葉ことば使用しようした[20]あわせて、2020ねんコロナ対応たいおうあきらかになったデジタルめんでの問題もんだいから行政ぎょうせい関係かんけいしゃ中心ちゅうしんに「デジタル敗戦はいせん」という言葉ことば使用しようされている[21][22]。「デジタル小作こさくじん」や「デジタル敗戦はいせん」という言葉ことば出現しゅつげんは、日本にっぽんIT産業さんぎょうやIT活用かつようおおきなおくれを明確めいかくしめ出来事できごととなった。

情報じょうほう革命かくめい結果けっか

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21世紀せいき人類じんるいは、IT革命かくめいはじまって加速度かそくどてき多数たすう情報じょうほう技術ぎじゅつ開発かいはつされる社会しゃかいなかで、情報じょうほう技術ぎじゅつ駆使くしして非常ひじょう効率こうりつてき課題かだい解決かいけつおこなうことが前提ぜんていとなっており、もはやのぞんでもかつての産業さんぎょう社会しゃかいには後戻あともど出来できない段階だんかいはいっている。また、膨大ぼうだい情報じょうほう流通りゅうつうにより、社会しゃかい構造こうぞう複雑ふくざつ一途いっと辿たどっている。革命かくめい定義ていぎどおり、20世紀せいきまでの状況じょうきょうからすれば想像そうぞうぜっするような段階だんかいはいっている。

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 情報じょうほう技術ぎじゅつ進化しんかともな技術ぎじゅつ革新かくしん手段しゅだん変革へんかく)を情報じょうほう技術ぎじゅつ革命かくめい(IT革命かくめい)とうが、これにより進展しんてんした情報じょうほうまつわる社会しゃかい変革へんかく構造こうぞう変化へんか情報じょうほう革命かくめい該当がいとうする。なお、IT革命かくめいという言葉ことば2000ねん新語しんご流行りゅうこう大賞たいしょう受賞じゅしょうしているが、以後いご翌年よくねんITバブル崩壊ほうかいによる失望しつぼうかん言葉ことば自体じたい色褪いろあせたこともあり、使用しようされる頻度ひんど大幅おおはばっている。また、インターネットなど通信つうしん (communication) もふくめて情報じょうほう通信つうしん革命かくめいICT革命かくめい国際電気こくさいでんき通信つうしん連合れんごうなどで呼称こしょうされている。
  2. ^ a b c 産業さんぎょう構造こうぞうなどにもたらされた変革へんかく18世紀せいき産業さんぎょう革命かくめい工業こうぎょう革命かくめい)にも比肩ひけんしうるものとの見方みかたから、情報じょうほう技術ぎじゅつ)による革命かくめい=「情報じょうほう革命かくめい」とばれる。また、だつ工業こうぎょう社会しゃかい(ポスト工業こうぎょう社会しゃかい)の観点かんてんからかたられる場合ばあいもあり、情報じょうほうした社会しゃかい情報じょうほう社会しゃかいともばれる。人類じんるい技術ぎじゅつからかんがえると、最初さいしょ農業のうぎょう革命かくめいこったとされ、その工業こうぎょう革命かくめいつづき、情報じょうほう革命かくめいは3度目どめ革命かくめいともいわれている。なお、1度目どめ革命かくめいとされる農業のうぎょう革命かくめいは、18世紀せいきにおける農業のうぎょう技術ぎじゅつ革新かくしんやそれにともな社会しゃかい変化へんか(「農業のうぎょう革命かくめい」を参照さんしょう)を場合ばあいと、アルビン・トフラーなどがとなえるやく15000ねんほどまえ農耕のうこう開始かいしされたことにともな狩猟しゅりょう採集さいしゅう社会しゃかいから農耕のうこう社会しゃかいへの置換ちかん農耕のうこう革命かくめいともばれる)を場合ばあいがある。情報じょうほう革命かくめいこった社会しゃかいは、工業こうぎょう社会しゃかいから情報じょうほう社会しゃかい移行いこうするとされており、2010年代ねんだいはいった現在げんざいにおいても世界せかい規模きぼグローバル)で進行しんこうちゅうにあるとの見方みかた一般いっぱんてきである。グローバルに進行しんこうする情報じょうほう革命かくめい経済けいざい産業さんぎょう筆頭ひっとう世界せかいむすびつきをよりつよくしている。あるいは、発展はってんてき民主みんしゅてきコミュニティー形成けいせい期待きたいされるというかんがかたもあるが、現実げんじつ世界せかいにおけるコミュニティーの分断ぶんだん情報じょうほう格差かくさ危惧きぐするこえもある。
  3. ^ 1975ねんに397ドルで発売はつばいされたマウスキーボードもない「Altair 8800」や、1976ねん日本電気にほんでんきから発売はつばいされたトレーニングキットの「TK-80」などが先行せんこうして発売はつばいされていた。

出典しゅってん

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  1. ^ a b スイッチング理論りろん原点げんてんたずねて”. 国立こくりつ研究けんきゅう開発かいはつ法人ほうじん科学かがく技術ぎじゅつ振興しんこう機構きこう. 2024ねん3がつ13にち閲覧えつらん
  2. ^ 日本にっぽんのコンピュータの歴史れきしム社むしゃ、1985ねん10がつ25にち、45ぺーじ 
  3. ^ 日本にっぽんのコンピュータの歴史れきしム社むしゃ、1985ねん10がつ25にち、64ぺーじ 
  4. ^ a b 日本にっぽんのコンピュータの歴史れきしム社むしゃ、1985ねん10がつ25にち、47-48ぺーじ 
  5. ^ 株式会社かぶしきがいしゃインプレス (2021ねん3がつ1にち). “70年代ねんだいのパソコン事情じじょう永久えいきゅう保存ほぞんばん レジェンドパソコンゲーム80年代ねんだい”. AKIBA PC Hotline!. 2024ねん5がつ22にち閲覧えつらん
  6. ^ 米国べいこくのデジタルエコノミーとうしなわれたじゅうねん情報じょうほう社会しゃかいWebうぇぶ教材きょうざい木暮こぐれひとし
  7. ^ 岡田おかだおっと AERA掲載けいさい原稿げんこう
  8. ^ 2000ねん2がつ22にち 日本にっぽんかぶ史上しじょうさい高値たかね ヤフー、1おく6790まんえん”. 日本経済新聞にほんけいざいしんぶん (2021ねん2がつ19にち). 2024ねん5がつ23にち閲覧えつらん
  9. ^ 2000ねん1がつ19にち ヤフーかぶが1おくえんえ、国内こくない上場じょうじょうかぶはじめて”. 日本経済新聞にほんけいざいしんぶん (2021ねん1がつ18にち). 2024ねん5がつ23にち閲覧えつらん
  10. ^ 経済けいざい社会しゃかいのあるべき姿すがた経済けいざい新生しんせい政策せいさく方針ほうしん」の実現じつげんけて ー IT革命かくめい起爆きばくざいとした躍動やくどうの10ねんへ ー” (PDF). 経済けいざい審議しんぎかい (2000ねん6がつ). 2013ねん2がつ23にち時点じてんオリジナルよりアーカイブ。2020ねん4がつ14にち閲覧えつらん
  11. ^ 2010ねんのクラウドをかえる~前編ぜんぺん”. EnterpriseZine (2010ねん12月15にち). 2024ねん5がつ25にち閲覧えつらん
  12. ^ だい714かい:ディープラーニングとは - ケータイ Watch Watch
  13. ^ a b エヌビディアGPU争奪そうだつせん納期のうきは1ねんさき」の影響えいきょう”. 東洋とうよう経済けいざいオンライン (2023ねん8がつ11にち). 2024ねん5がつ23にち閲覧えつらん
  14. ^ OpenAIのGPT-4で、AIはついに汎用はんよう人工じんこう知能ちのうへの第一歩だいいっぽしたのか”. WIRED.jp. 2024ねん5がつ25にち閲覧えつらん
  15. ^ 国家こっか権力けんりょくえるちからつ「巨大きょだいIT」の"べつかお"”. 東洋とうよう経済けいざいオンライン (2023ねん9がつ20日はつか). 2024ねん5がつ25にち閲覧えつらん
  16. ^ 「GAFA vs.国家こっか鮮明せんめい まい当局とうきょく、アップルを独禁法どっきんほう違反いはん提訴ていそ朝日新聞あさひしんぶんデジタル”. 朝日新聞あさひしんぶんデジタル (2024ねん3がつ22にち). 2024ねん5がつ25にち閲覧えつらん
  17. ^ 国家こっかvs巨大きょだいテック、全面ぜんめん対決たいけつへ Apple独禁法どっきんほう違反いはんうたが”. 日本経済新聞にほんけいざいしんぶん (2024ねん3がつ22にち). 2024ねん5がつ25にち閲覧えつらん
  18. ^ 動画どうが>ウクライナが無人むじん無人むじんてい無人むじん戦闘せんとうしゃ公開こうかい戦争せんそうしん段階だんかいへ?”. Newsweek日本にっぽんばん (2023ねん8がつ30にち). 2024ねん2がつ22にち閲覧えつらん
  19. ^ 提言ていげん「デジタル経済けいざいのシン・成長せいちょう戦略せんりゃく日本にっぽん企業きぎょうくための産業さんぎょう政策せいさく競争きょうそう政策せいさく経済けいざい安全あんぜん保障ほしょう~」を公表こうひょうしました”. しん経済けいざい連盟れんめい. 2024ねん5がつ23にち閲覧えつらん
  20. ^ 自律じりつ移動いどうロボットアーキテクチャ設計せっけい報告ほうこくしょ”. 経済けいざい産業さんぎょうしょう. 2024ねん5がつ23にち閲覧えつらん
  21. ^ 総務そうむしょうれい3年版ねんばん 情報じょうほう通信つうしん白書はくしょ公的こうてき分野ぶんやにおけるデジタル現状げんじょう課題かだい”. www.soumu.go.jp. 2024ねん5がつ25にち閲覧えつらん
  22. ^ 日本にっぽん放送ほうそう協会きょうかい (2024ねん3がつ26にち). “「デジタル敗戦はいせん」から挽回ばんかいも……“わない”自治体じちたい相次あいつぐ | NHK | ビジネス特集とくしゅう”. NHKニュース. 2024ねん5がつ25にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく

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