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Lie Nü Zhuan : 續列女傳 : 明德馬后 - Chinese Text Project
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明德めいとくきさき

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1 明德めいとくきさき:
明德めいとくきさきしゃかんあかりみかどきさきふく將軍しょうぐんしん息忠そくちゅうなりこう援之おんな也。しょうゆう岐嶷せいねんじゅうさん以選にゅう太子たいし接待せったい同列どうれつ,如承至尊しそん先人せんじんおのれはつ至誠しせいゆかり此見ちょうとき政事せいじきさき推心以對,不當ふとうゆうしょやす則明のりあきひね其故。

2 明德めいとくきさき:
後宮こうきゅうゆうにんそだてしゃつねげん繼嗣けいし當時とうじ而立じりつこもたち左右さゆう,如恐どる及。其後みやゆうしんしゃ,輒奉やしなえ慰納;其寵えきしんしゃあずかこれいよいよたかし宮中きゅうちゅうなお無人むじんことみなためまいころも袿裁なりみな瘃裂,おわり嘗與さむらい御者ぎょしゃ私語しごぼう僮御ざつ錯,あるいんゆうしょ訴,おそれまんふん於顏しょくあずかぜっ其漸,其慎ほろ如是にょぜながたいらさんねん有司ゆうしそう立長りっちょうあきみや,以率はちわらわうえゆうしょげん皇太后こうたいごう曰:「うまたか人德にんとくかんむり後宮こうきゅうそく其人也!」とげとうきさきころもだいねり御者ぎょしゃ禿かぶろ裙不えんりつみな羌胡やまとえつ嘗請舊人きゅうじん僮使。諸王しょおうおやあさ請,望見ぼうけんきさきほうごく麄疏,はん以為あやぎぬ,就視乃笑。きさき曰:「此繒染色せんしょくこのみようみみ。」老人ろうじん知者ちしゃ嗟息。せいゆうかん嘗臨まどまたこう音樂おんがくうえこうえん離宮りきゅう,以故まれしたがえ,輒戒げんむべ晨起及禽,いんひね風邪かぜきり戒。いき甚備,上納じょうのう焉。

3 明德めいとくきさき:
誦易けい,習詩﹑ろん春秋しゅんじゅう略說りゃくせつ大義たいぎ。讀楚やめ竟賦誦過みみやまし浮華ふか。聽言かんろん,輒擿はつ其要。讀光武みつたけ皇帝こうてい本紀ほんぎいたり於「けんじせんさと寶劍ほうけんしゃうえ以馬しゃけんたまもの騎士きし珠玉しゅぎょく」,きさき嘗不嘆息たんそくときゆうすわえごくいんしょうしょう引,繫者甚多。きさきおそれゆうたん妄相くつがえおかせうけたまわあいだためじょうげん,惻然感動かんどう,於是上衣うわぎよるおこり徬徨,おもえろんしょおさめ臣下しんかとく聞。

4 明德めいとくきさき:
きさきこころざしざい克己こっき輔佐ほさ以私朝廷ちょうていあにためとら賁中ろうおとうと黃門こうもんさむらいろう,訖永ひら遷。あかりみかどたい不安ふあん,召黃もんさむらいろうたてまつさん醫藥いやく,夙夜勤勞きんろう。及帝くずれきさきさく起居ききょちゅうはぶけぼうさん藥事やくじ公卿くぎょう諸侯しょこう上書うわがきごとむべ遵舊てんふうしゅうとふとしきさきみことのり曰:「外戚がいせきよこほしいままため所傳しょでんひさし平中たいらなかつね簡練,しゅうと不可ふかほしいままれいざい樞機すうきくらいこんみずひでり連年れんねんみんりゅう滿まんみちいたりゆう飢餓きが,而施ふうはいしつむべ不可ふか。且先帝せんていげん諸王しょおうざいいまはんすわえ﹑淮陽おう,『吾子あご不當ふとうあずか光武みつたけみかどとう』,こん奈何いかんよく以馬かげ乎?われたばおさむ,冀欲じょうまけ先帝せんていした虧先じんとくふくだいねり縑裙,しょくもとめしょあま左右さゆうつくりじん皆無かいむかおるかざりただし布帛ふはくみみ如是にょぜしゃよくそち眾也。以為がいおやこれとう傷心しょうしんかつただし反共はんきょうごとふとしきさきもと儉。ぜん濯龍もんじょう見外けんがいとい起居ききょくるま流水りゅうすい如龍,あおいあたまころもみどりちょくりょう領袖りょうしゅうせいしろ,顧視つくり御者ぎょしゃとお及也。また譴怒,ただしぜっ其歲よう,冀以默止もくし讙耳。しん莫若くんきょうおやぞく乎?ひと所以ゆえんよくふうこうしゃよく以祿しょくやしなえ其親,たてまつおさむ祭祀さいしゆたか飽耳。こん祭祀さいしそく受太かん牲,ぐんこくすんでちんのうきびきびそくころも繒,なおあし耶?必當とくいちけんうえれい長樂ながらみやゆうげんせめ,內亦愧於世俗せぞく乎?」さき城門じょうもんえつこうじょうははおこりふんほろだいこうふとしきさき以為ごと,惶懼,即時そくじ削減さくげんなりふん上下じょうげ相承そうしょう,俱奉法度はっとおうしゅ諸家しょか,莫敢はんきん廣平ひろへい,鉅鹿﹑らくなりおう入間いるま起居ききょしゃくら勒,みなじゅんくろ金銀きんぎんさいかざりうまろくしゃくしょうみかどえんふとしきさきしろたまものぜにひゃくまん新平にっぺいぬしころもこんしまちょくりょう,讁以とくあつたまもの。於是親戚しんせき被服ひふく如一,教化きょうかげん而從,以躬おや率先そっせん也。おけしつ蠶室さんしつ濯龍ちゅうきさきおや往來おうらいうらない於內,以為娛樂ごらくきょうしょしょうおうためし其誦ろん,衎衎和樂わらく日夕にっせきろんどう,以終厥身。其視やしなえあきらみかど所生しょせいあきらみかどたてまつこれ,竭盡孝道たかみち君子くんしいい:「とくきさき在家ざいけそくため眾女師範しはん在國ざいこくそくため母后ぼこうひょう。」《うん:「おもんみ此惠くんみんじんしょ瞻。秉心せん猷,こうまき其相。」此之いい也。

文選ぶんせんろう叢書そうしょほん新刊しんかんれつおんなでん
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