トリアージ(英語: triage、フランス語: triage)は、多くの傷病者が発生している状況において、傷病の緊急度や重症度に応じた優先度を決めること[1][2][3]。中国や台湾など漢字圏では、検傷分類と言われる[2]。
救急事故現場において、患者の治療順位、救急搬送の順位、搬送先施設の決定などにおいて用いられる。識別救急とも呼ぶ。
トリアージは病院の救命救急部門(ER)受付や[4]、救急通報電話サービスでも行われている[5]。
語源としては、「選別」を意味するフランス語のトリアージュ(仏: triage[注 1][注 2])とする説が有力である[6]。
「トリアージ」は災害医療等で、大事故、大規模災害など多数の傷病者が発生した際の救命の順序を決めるため、標準化が図られて分類されている。最大効率を得るため、一般的に直接治療に関与しない専任の医療従事者が行うとされており、可能な限り何回も繰り返して行うことが奨励されている。その判断基準は使用者・資格・対象と使用者の人数バランス・緊急度・対象場所の面積など、各要因によって異なってくる。
例えば玉突き衝突事故等の、一般的に複数個の救急隊が出場する事案では、隊と隊の間の意思疎通・情報共有のためにもトリアージ・タッグが使用される。
医療体制・設備を考慮しつつ、傷病者の重症度と緊急度によって分別し、治療や搬送先の順位を決定すること[6]である。
助かる見込みのない患者あるいは軽傷の患者よりも、処置を施すことで命を救える患者を優先するというものである[7]。日本では、阪神・淡路大震災以後知られるようになった[7]。
平時では最大限の労力をもって救命処置された結果、救命し社会復帰し得るような傷病者も、人材・資材が相対的に著しく不足する状況では全く処置されず結果的に死亡する場合もあることが特徴である。
大規模地震で大量の避難者が出て避難所が大幅に不足する場合に、避難所の利用者に優先順位を付け、自宅を失った人、高齢者、障害者などを優先して受け入れる「避難所トリアージ」といった概念もある[8][9]。
二次トリアージ(院内トリアージ)とは病院の救急救命室において、
トリアージナース(ERナース)、訓練を受けたパラメディック、軍事医療従事者によってなされる[10][4]。
日本では診療報酬として、院内トリアージ実施料が設定されている。
改定外傷スコア(英語版)(TRTS)、外傷深刻度スコア(英語版)(ISS)などが存在する。
大まかに以下の要件で判定される。
- 総傷病者数
- 医療機関の許容量
- 搬送能力
- 重症度・予後
- 現場での応急処置
- 治療に要するまでの時間
救助者に対し傷病者の数が特に多い場合に対し、判定基準を出来るだけ客観的かつ簡素にした物がSTART法[注 3]である。これは、救急救命室で用いられる外傷初期診療ガイドライン日本版にて、プライマリー・サーベイで用いられるABCDEアプローチに基づいたものとなっており、具体的には以下のようになる。
- 歩けるか?
-
- 歩ける→緑→状態の悪化がないか絶えず観察
- 歩けない→下へ
- 口頭の答えを鵜呑みにせず介添えはせずに本人に起立させ歩行出来るかどうか確認することが重要。
- A:呼吸をしているか?
-
- 気道確保をしても、呼吸がない→黒
- 気道確保がなければ呼吸できない→赤
- 気道確保がなくとも呼吸できる→下へ
- B:呼吸数はどうか?
-
- 頻呼吸(30回/分以上)もしくは徐呼吸(10回/分未満)→赤
- 10〜29回/分→下へ
- なお、災害医療においては、所要時間短縮のため、6秒間で呼吸数を計る。
- C:循環状態はどうか?
- 現在では循環を爪床圧迫法から橈骨動脈触知に変更したSTART変法が主として用いられている。[11]
- 橈骨動脈を触知できない→赤
- 橈骨動脈を触知できる→下へ
- ※ショック状態が疑われる場合(脈が弱く速い、皮膚が冷たく湿っているなど)は赤を選択する。
- 爪床圧迫法、CRT(毛細血管再充満時間)[12]の場合。
- CRTが2秒以上である→赤
- CRTが2秒未満である→下へ
- D:意識レベルはどうか?
- 簡単な指示(例:「手を握ってください(ただ手を握らせるのではなく、きちんと離すことが出来るか確かめる)」「誕生日を言ってください」など)に従えるかどうかによって判定する。
小規模の災害なら赤になる例でもSTART法では黒になってしまう事が多くなるが、これは(現場に混乱を来してしまうほどの)大規模災害のために考え出されたものである。また、この方式は腹膜刺激症状やクラッシュ症候群(挫滅症候群)などの病態を無視しており、追って詳細な状態観察とトリアージが継続されることを前提としている。
クラッシュ症候群を前提とする場合は、判定の最上位に『2時間以上挟まれていたか?』を加え、2時間以上挟まれていた場合は赤、2時間以上挟まれていない場合は『歩けるか?』の判定に進む。
病院運営システムにおいては、ER受付に到着した患者を病院トリアージナースが診察する。ナースは患者の訴えの変化を評価し、ERにおける治療順位を決定する[4][13]。
判定結果は4色のマーカー付きカードで表示され、一般的に傷病者の右手首に取り付けられる。このカードは「トリアージ・タッグ」と呼ばれ、不要な色の部分は切り取り、先端にある色で状態を表す。
治療対象群(治療不要も含む)が3段階と、治療できないものの、計4段階に分類している。傷病者を傷病の緊急度や重症度に応じ、START法で分け、表示するために用いる。
1996年(平成8年3月)、厚生省、国土庁、消防庁、防衛庁、日本医師会、日本救急学会等からなる「阪神・淡路大震災を契機とした災害医療体制のあり方に関する研究会」においてトリアージタッグの標準化が検討され、標準的トリアージタッグが公表された[14]。
- 黒(black tag) - カテゴリー0(無呼吸群)
- 死亡、または生命徴候がなく、直ちに処置を行っても明らかに救命が不可能なもの[注 4]。
- 赤(red tag) - カテゴリーI(最優先治療群)
- 生命に関わる重篤な状態で一刻も早い処置をすべきもの。
- 黄(yellow tag) - カテゴリーII(待機的治療群)
- 基本的にバイタルサインが安定しているものの、早期に処置をすべきもの。
- 一般に、今すぐ生命に関わる重篤な状態ではないが処置が必要であり、場合によって赤に変化する可能性があるもの。
- 緑(green tag) - カテゴリーIII(保留群)
- 歩行可能で、今すぐの処置や搬送の必要ないもの。完全に治療が不要なものも含む。
搬送・救命処置の優先順位はI → II → IIIとなり、0は最後に救護所へ搬出される。
医療救護活動場面(トリアージ、応急措置、搬送及び治療)で一貫して利用できる。3枚つづりで、3枚目の「収容医療機関用」の裏面には、医療情報や特記事項等が記載でき、カルテとして活用できる[14]。
トリアージは言わば、「小の虫を殺して大の虫を助ける」発想であり、「全ての患者を救う」という医療の原則から見れば例外中の例外である。そのため、大地震や航空機・鉄道事故、テロリズムなどにより、大量負傷者が発生し、医療のキャパシティが足りない、すなわち「医療を施すことが出来ない患者が必ず発生してしまう」ことが明らかな極限状況でのみ是認されるべきものである。しかし災害の規模が対応側のキャパシティを超過しているか否かを一切考慮せず、ただ単純に「災害医療とはすなわちトリアージを行うこと」「重傷者は見捨てるのがトリアージ」・「トリアージ=見殺し」だとする認識も蔓延している。
一般的に重傷者よりも軽傷者の方が負傷の苦痛の訴え自体は激しいため、優先度判定を惑わせる場合がある。また、第三者や軽傷者本人が優先度判定に疑問を持ち、不信感を持つ場合があり、それが現場での治療の妨げや後日のトラブルの原因となる可能性がある。
日本で採用されているもぎ取り式のタグは、負傷者の偶然または故意の行為によってタグがもぎ取られることで、評価の重度を大きくする可能性があり、その点も常に考慮を要する。このため東京都は、記載上の注意として、「トリアージ実施者は、トリアージに必要な No.、トリアージ実施月日・時刻、トリアージ実施者氏名、トリアージ区分を記載し、氏名、住所、電話番号等については、その後の応急処置の際に記載するなど混乱をさける配慮をする」としている[14]。
日々救命の現場で働く看護師や救命士であれば、典型的な場合の迅速・確実な判断ができると思われるが、医師のような正確な診断は困難と思われる。「黒」はすなわち「死亡」「助けられない」として切り捨てる判断そのものであり、死亡の診断を下すことが法的に許されていない救急救命士がトリアージで「黒」を付ける決断が難しい、特に善きサマリア人の法が存在しない日本では誤った判断をした場合に重過失とみなされ法的責任を負う可能性がゼロではないため、心理的な負担が医療関係者以上に大きい等の問題がある。2004年8月9日に福井県の美浜原子力発電所で発生し10数名が死傷した重大労災事故では、救出時に心肺停止状態だった4名に「黒」の評価が現場でなされ、救急搬送はされなかった。なお、のちの検死により、この4名は即死状態で蘇生不可能だったことが判っている。
トリアージでは優先度を4段階に分類するが、簡便である一方、段階数が少ないため、同じ判定の傷病者でも優先度が大きく異なる場合があることも問題点として指摘されている。例えば、いわば「典型的赤」と「かぎりなく黄に近い赤」の負傷者がいたとした場合、前者の治療順位が高くなるべきだが、トリアージではいずれも同じ「赤」となってしまう。
START法をある一定の訓練を受けたものが行うならば、その判断に誤差が出ることは少ない。しかし、本来そのトリアージ分類基準は、そのときの傷病者の数や医療能力により異なるものである。また、例えば小児の「黒」と老人の「赤」が同時に存在する場合、適切な心肺蘇生法(CPR)を実施すれば蘇生の可能性が高く将来のある小児を放置してまでSTART法にしたがい、老い先短い老人を助けるべきかどうかなど、一種の「トロッコ問題」となってしまう事態も考えられる。START法は、あくまでも重傷度分類に過ぎず、決して優先度分類ではないということを忘れてはならない。
また、黒とは正しくは、「何もしないと死亡することが予測されるが、その場の医療能力と全傷病者状態により、救命行為(搬送も含めて)を行うことが、結果として全体の不利益になると判断される傷病者」のことである。しかし、「その場での救命の可能性がない傷病者」と誤解される事が多い。たとえば、心室細動で心肺停止状態の傷病病者を想定する。初期から心肺蘇生法を行えば、救命の可能性は十分ある。しかし、その心肺蘇生には数人かつ10分以上必要である。その傷病者にそれだけの医療能力を割り当てることが可能ならば赤タグとなり、不可能ならば黒タグとなる。このように優先度分類は相対的な物である。
例えば、黒と判断された傷病者のまわりに複数のバイスタンダーが存在すれば、CPRの実施とAEDの手配を要請する、バイスタンダーが存在しない場合でも、緑タッグの傷病者にCPRを実施させるなどの臨機応変な対応をする事で、黒タッグの傷病者を見捨てない選択を取れることも考慮すべきだろう。
また状況にもよるがトリアージはあくまで表面観察による判断が主に行われるため、「黄」が必ずしも「重篤化の恐れなし」とはならないことにも注意を要する。例えばクラッシュ症候群や脳挫傷によるクモ膜下出血などの外傷性の内出血の場合、受傷数十~数時間は意識がはっきりしていることが多いのでトリアージのタイミングでは見落とされてしまうことがしばしばあり、診断後に命にかかわるほど重篤化してしまうことが少なくない。
同様にまだ意識があり緊急に処置を施せば助かる可能性がある場合「赤タグ」でもあまりにも負傷が大きすぎて物理的に救命が不可能と判断され「黒タグ」がつけられ「見殺し」にされるケースもある。
また、トリアージは戦時での軍人軍属を対象とした軍隊のシステムであり、災害時であっても民間人を対象とする平時の救急医療にはなじまないという批判も存在する。特に軍の衛生部隊による野戦治療では病院天幕のようなスペースでトリアージを行うが、戦力の維持を優先するため軽傷の者を優先的に治療し復帰させ[15]、重傷者は現地で治療しつつ後送を待つことになるが、戦地では即座に後方へ移動できるとは限らず、治療や移動中にも攻撃を受けるリスクがつきまとう。このため重傷と判断された者ほど不利な状況に置かれるが、ここで死亡したり障害が残ったりしても患者は基本的に軍人か軍属であり、国から年金や恩給、名誉負傷勲章などが送られ、差別的な扱いを受けたことによる損害に対して補償が約束されている。さらには軍隊内部のことなので、差別されることを命令できるなど患者と医師が統一された組織の構成員であり命令系統に服しているためトリアージが有効に機能するという点も重要である。トリアージを行った医師に対しても軍事上のことなので、よほどの重過失が無い限り判断ミスなどの責任が問われることは無く、医療ミスについて患者個人から訴えられることも無い。しかし民間で災害時に行われるトリアージには、このような責任問題や後の問題についてまで具体的な法制度や救済システムは、未だに構築されていない。
トリアージオフィサーなどの医師の配置や再トリアージの基準などについての徹底したガイドライン作りと、法的解釈の明確化の推進が不可欠である。災害などの非常混乱時には、70%以上の患者に適正なトリアージが行われれば成功の部類に入ると言われており、すなわち少なくとも2割程度の判断ミスは防ぎようがない。また「助かりそうにない患者」と「助かりそうな患者」を判別できるとは誤魔化しであるという批判も存在する。そのような診断、判定は往々にして、自己成就予言的なものではないかというものである。実際、トリアージが行われた場合、事後に検視等によってトリアージの判断の是非を検証を求めるべきなのか、またトリアージオフィサーの判断は事後に法的処分の対応になるか、という点でも、法の整備と国民の合意形成が求められる。
赤と黒の識別が付きにくいタイプの色覚障害を持つ人は、男性では1%に存在するという。2型色覚の人は赤を茶色と同じようにみなすことで黒と識別するが、1型の人は赤を暗く感じるため黒との識別に困難を生じるという[16]。2013年、日本救急医学会は、現行の様式では妊婦の識別欄がない等の問題点も踏まえ、様式改善に向けて、検討に乗り出した[17]。
2005年4月25日に発生した、JR福知山線脱線事故では多くの死傷者が発生したため、災害派遣医療チームがトリアージを実施している。
北海道札幌市では夜間の産婦人科救急の判定を行うために2008年10月より産婦人科救急電話相談をスタートさせた。これは、産婦人科の症状に関して電話でトリアージし、今すぐの受診が必要か明日まで様子を見てよいものかを判断するものである。札幌市の特徴としては、一般の市民や消防の救急車・警察・一次医療機関の搬送要請に関してコーディネートも一貫で行うものであり、日本でもこのようなサービス事例は他には無い。1年間で相談件数はおよそ2000件程度である。実際の搬送件数は10%となり、夜間の緊急選定に大いに貢献している。
神奈川県横浜市では2008年10月1日から施行された横浜市救急条例により、119番通報時に緊急・重症度を識別する「コール・トリアージ」が運用されている[18]ほか、令和2年(2020年)4月からは大阪府の泉州南消防組合において非常時コールトリアージの運用が開始された[19]。
アメリカ合衆国の医療では、ユニバーサルヘルスケアが完全実施されていないため、医療費の支払いができない中-低所得者が救急医療制度に頼る傾向が強くなっている。このため救急救命室には重症患者から軽症患者まであふれかえる状況になっており、患者の状態から受診の優先順位が決められる病院内トリアージが行われている[20]。
イギリスの医療では、救急部門(A&E department)においてトリアージが常時行われている[4]。英国の救急システムでは、救急要請の電話番号999への電話、あるいは救急相談の電話番号111に電話することにより、電話を受けた看護師または救命士がまず電話上でトリアージを行い、Emergency、Urgent、Lower Tierの3種類に分類し、救急車の出動または医師の往診など適切な受診形態を指示する。救急車によって病院へ搬送される場合(EmergencyまたはUrgent)は、病院の救急部門においてさらにトリアージが行われる。Urgentに分類されていても、搬送中に容態が悪化することもあるのでそのようなシステムになっている。英国においては、救急車の隊員は、準医師 (Paramedics) と救命救急士(Emergency Medical Technician)である。
イスラエル国防軍の野外病院では、多数の患者の発生により医療資源が逼迫した状況下での行動指針として、術後24時間以内に容態が安定する見込みのある患者にのみ集中治療室のベッドを与えたり、開放性骨折患者を積極的に受け入れて手術や抗生物質投与等の手厚い治療を施したりする一方で、来院の時点で既に敗血症を起こしている患者や、頭部外傷や脊髄損傷の患者に対しては、速やかに後送できる状況にない場合は医療行為を一切実施しない、といった選別のマニュアルがある[21]。
フランスの医療では救急通報サービス(SAMU)にてトリアージを常時行っており、通報において実際に救急車が出動するケースは65%に過ぎない[22]。
元々はフランス軍の衛生隊が始めた、野戦病院でのシステムである。
その始祖はドミニク・ジャン・ラレィ(フランス語版)で、フランス革命後の数々の戦争で、戦傷者を身分に関係なく医学的必要性だけで選別した。それ以前の戦場医療は、患者の身分や社会的必要性で選別され、重傷度に関係なく身分の高い貴族から優先して治療されていた。フランス革命により民主主義が誕生した事で、身分に関係の無い、純粋に医学的必要性のみによる治療の選別が始まった。
フランス革命からナポレオン戦争の時代になるとトリアージの意味は変化し、軍事的必要性で選別する方式へと変質した。治療に多くの医療資源を消費する重傷者は見捨てられ、戦線復帰が可能な軽傷者を優先して治療し早期の戦力回復を図るようになった。これは民主主義に根ざした平等型トリアージではなく、社会的・軍事的必要性の高い人物に医療資源を集中してシステム全体の維持を図る全体主義による差別型トリアージである。このような手法は合理的である一方、重傷者と判定された患者は満足な治療を受けられず、兵舎病院に収容されても不衛生な環境により死ぬか感染症による手足の切断などの障害を負う事態になった。
イギリス軍はクリミア戦争で差別型トリアージを導入したが、戦闘による死者よりも兵舎病院に収容された負傷兵の病死数が上回り、収容された負傷兵の悲惨な状況をロンドン・タイムズが報じると、本国では厭戦ムードが漂った。ただし病院の運営法を改善することで防げることであり、戦地に派遣されたフローレンス・ナイチンゲールが兵舎病院の衛生状態を改善すると、2月に約42%だった死亡率は4月に14.5%、5月に5%と大幅に下がった。しかし戦後には各国で障害者や戦争未亡人が多く発生し財政を圧迫するなど、差別型トリアージは人道・軍事・政治など各方面にマイナスとなることが判明した。
これ以後、医療倫理ではトリアージは「非道」とする考えが主流となり、民主主義思想の強い国の軍隊では導入を忌避されるようになった。特にアメリカ軍は第一次世界大戦から第二次世界大戦までトリアージに否定的だった。トリアージは傷病者が医療資源を超えてしまう野戦病院で行われており、本来は医療資源が豊富であれば必要が無い。このため、医療資源が豊富だったアメリカ軍では後方への迅速な移送を重視し大型の輸送機を導入したが、トリアージの導入は遅く、初めて組織的導入が行われたのは朝鮮戦争の時である。
現代の軍隊では全ての兵士が基本的な応急処置の講習を受けることを前提とし、差別型トリアージを改良した手法が主流である。第一線救護処置として軽傷者は医療キットによる自己治療か応用的な救護法を訓練した兵士や衛生兵が処置して復帰、重傷者は仲間が野戦病院に搬送し医官が容態を安定させるダメージコントロール処置を行い、設備の整った後方に移送することで、戦力を即座に回復させつつ資源の集中と兵士を見捨てない人道性を確保している[23]。
現代の救急医療でのトリアージは、野戦病院のシステムが民間医療に逆輸入されたものである。
日本では1888年(明治21年)に森鷗外がヨーロッパからトリアージのシステムを持ち帰っていた。しかし、1889年(明治22年)に陸軍衛生教程が編纂された時に、日本ではトリアージの導入を行わなかった。森鴎外や石黒忠悳ら当時の軍医のトップたちは、トリアージが赤十字国際条約で禁止されている「差別的治療」に当たるとして日本では導入しないことにした。しかし、野戦病院のシステムはトリアージを行うことを前提に構築されているため、トリアージ無しではシステムが機能しなくなるという問題があった。そのため、日本では「分類はするが優先順位はつけない」という欧米のトリアージを変形させた独自の手法になった。その後、優先順位無しでは不便も多いことから、1923年(大正12年)に陸軍軍医総監の石黒大介はトリアージを行わない建前で、軍医関係者にだけ順位が分かるような隠語的な優先順位をつける方式へ変化させた。このシステムは満州事変で初めて大々的に行われた。なお、日本軍では「在隊治癒可能な微傷者」「自分で歩ける徒歩可能者」「担架で搬送しなければならない重傷者」「助かる見込みの無い死者」に分類していた。
日本軍式のトリアージは第二次世界大戦(太平洋戦争)後に日本軍の解体と共に失われた。自衛隊では現代の軍隊で主流の軽傷者を優先して復帰させるトリアージを導入している。
1994年(平成6年)の中華航空機墜落事故の際、消防・医師会などで様式が異なり、現場が混乱したことを教訓に、1996年(平成8年)に現在の標準様式が定められたという[24]。
2020年3月、イタリアでは2019新型コロナウイルスの感染流行が深刻化した。ロンバルディア州では、ICUが800床に対して治療を要する患者が1100人を超えたことから、人工呼吸器の挿管の判断を通じて医師によるトリアージが行われた[25]。
- ^ フランス語発音: [tʁijaʒ] トゥリヤージュ
- ^ 英語発音: [ˈtriːɑːʒ] トゥリ(ー)アージュ、[triːˈɑːʒ] トゥリ(ー)アージュ
- ^ 英: simple triage and rapid treatment
- ^ 実際には東日本大震災における福島第一原子力発電所周辺などの状況下では、傷病者が多く全く治療が追いつかないなどの理由で、必ずしも救命不可能ではない者もこちらに分類する事例がある
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