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マヤ語族ごぞく

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マヤ語族ごぞく
はなされる地域ちいき中央ちゅうおうアメリカメキシコ南部なんぶグアテマラベリーズホンジュラスエルサルバドルアメリカカナダ少数しょうすう移民いみん
言語げんご系統けいとうマヤ祖語そごからの分岐ぶんき
下位かい言語げんご
ISO 639-2 / 5myn
ISO 639-5myn
マヤ語族ごぞく分布ぶんぷ

マヤ語族ごぞく(マヤごぞく)は、メソアメリカ分布ぶんぷする語族ごぞくであり、アメリカ・インディアン諸語しょごのうち、マヤじんによって過去かこおよび現在げんざい使つかわれているいちぐん言語げんごぞくする。ユカタン半島はんとう中心ちゅうしんとしたメキシコ南東なんとうベリーズグアテマラホンジュラスエルサルバドルなどにひろがり、この一帯いったいマヤ地域ちいきしょうする。ただしワステカのみはマヤ地域ちいきからとおはなれたメキシコわんきし地方ちほう位置いちする。現代げんだいではこの地域ちいきスペイン公用こうよう(ベリーズは英語えいご)になっているが、いまもマヤ諸語しょご話者わしゃやく300まんにんある。

マヤ語族ごぞくには30あまりの言語げんごぞくするが、うちチコムセルテコとチョルティ(Ch'olti)死語しごである。ほかにもUNESCOによって危機ききひんする言語げんごとされている言語げんごがいくつかある(イツァ、モチョなど)。1996ねんグアテマラ内戦ないせん終結しゅうけつ以降いこう、グアテマラ政府せいふは21のマヤけい言語げんごみとめた(2003ねんにチャルチテコくわえて22になった[1])。メキシコの国立こくりつ先住民せんじゅうみん言語げんご研究所けんきゅうじょ(INALI)は11の語族ごぞくおよぶ68の言語げんごみとめているが、うち20言語げんごがマヤ語族ごぞくぞくする[2]

語族ごぞくとの関係かんけい[編集へんしゅう]

のさまざまな言語げんご語族ごぞくとマヤ語族ごぞくとの系統けいとうてき関連かんれん提唱ていしょうされたことがある。アラウコ語族ごぞくアメリンドだい語族ごぞくアラワク語族ごぞくウル・チパヤ語族ごぞくホカだい語族ごぞく、ホカ=スーだい語族ごぞくワベレンカミヘ・ソケ語族ごぞくパエス語族ごぞく英語えいごばんペヌーティ語族ごぞくタラスコトトナカ語族ごぞく英語えいごばんモチカ英語えいごばんなどが候補こうほとしてあげられたことがあるが、いまのところ偶然ぐうぜん一致いっち借用しゃくようえる充分じゅうぶん立証りっしょうのされたものはない[3]

歴史れきし[編集へんしゅう]

マヤ語族ごぞくしょ言語げんご比較ひかくから、共通きょうつう祖先そせんであるマヤ祖語そごてられる。テレンス・カウフマンとジョン・ジャステソンの『マヤ語源ごげん辞典じてん』(PMED)[4]では、3,000をえる語源ごげんさい構築こうちくしている[5]。カウフマンによるとマヤ祖語そご紀元前きげんぜん2200ねん以前いぜん言語げんごとされる[6]。マヤ語族ごぞく原郷はらごうはグアテマラ高地こうち北部ほくぶにあったが、紀元前きげんぜん2200ねんごろにワステコがまず分化ぶんかした。また考古学こうこがくてき証拠しょうこによれば、紀元前きげんぜん800ねん以前いぜんにマヤじん北部ほくぶ低地ていち拡散かくさんした[7]

スペインじん到来とうらい以前いぜん、マヤ語族ごぞく周辺しゅうへんではミヘ・ソケ語族ごぞくナワぐんオト・マンゲ語族ごぞくサポテクトトナカ語族ごぞく英語えいごばんシンカレンカなどの言語げんごはなされていた。これらの言語げんごには名詞めいし所有しょゆう構文こうぶん関係かんけい名詞めいし使用しよう十進法じっしんほう動詞どうし最後さいごにこない語順ごじゅんという共通きょうつう特徴とくちょうや、言語げんごあいだ翻訳ほんやく借用しゃくようひろられ、メソアメリカ言語げんごけんをなすとされる。またミヘ・ソケ語族ごぞくやナワぐんにマヤ語族ごぞく言語げんご影響えいきょうけたことが指摘してきされている[8]

古典こてん(250-900ねんごろ)のマヤ文明ぶんめいではマヤ文字もじいしきざんだり、壁画へきが土器どきいたりした。この文字もじあらわされる言語げんご古典こてんマヤしょうする[9]。10世紀せいきまでに古代こだいマヤのだい部分ぶぶん都市とし放棄ほうきされたが、そのこう古典こてんでもマヤ文字もじ古典こてんマヤ使つかわれつづけた。現在げんざいマヤ文字もじかれたのち古典こてん文書ぶんしょが4種類しゅるいのこされている。

スペインじんによる植民しょくみん以降いこう、マヤには大量たいりょうスペインからの借用しゃくようくわわった。ケクチ語彙ごいの1わり(ほとんどは名詞めいし)がスペインからの借用しゃくようとする研究けんきゅうがある。語彙ごい以外いがい借用しゃくようられるが、スペインじんによる長年ながねん圧制あっせいわりにはその影響えいきょうおおきくない[10]

一覧いちらん[編集へんしゅう]

話者わしゃすう言語げんごめいおおきさであらわしたマヤ地理ちりてき分布ぶんぷ
最大さいだい文字もじ(50まんにん以上いじょう)、大文字おおもじ(10~50まん)、ちゅう文字もじ(1~10まん)、小文字こもんじ(1まんにん未満みまん

言語げんご分類ぶんるいSILによる。

系統けいとうてき分類ぶんるい[編集へんしゅう]

以下いかは、テレンス・カウフマンによる言語げんご年代ねんだいがくてき研究けんきゅうにもとづいたマヤ語族ごぞく分岐ぶんきとその年代ねんだいである[12]

マヤ語族の系統樹
マヤ語族ごぞく系統けいとうじゅ

マヤ語族ごぞくがワステコ、ユカテコ、チョル・ツェルタル、カンホバル・チュフ、キチェ・マムの5つのかたりぐんかれることについては学者がくしゃ意見いけん一致いっちしている[11][13]。ただしトホラバルはツェルタルぐんふくまれるとするせつとチュフちかいとするせつ対立たいりつしている[14]

5つのかたりぐん関係かんけいについてはかならずしも学者がくしゃ見解けんかい一致いっちしない。一般いっぱんにワステコが最初さいしょ分岐ぶんきし、ついでユカテコがかれたとかんがえられる。一部いちぶ学者がくしゃはワステコを低地ていちマヤ(ユカテコ、チョル・ツェルタル)にちかいとするが、ライル・キャンベルらはワステコと両者りょうしゃ類似るいじ独立どくりつした発展はってんあるいは分裂ぶんれつ借用しゃくようによるものとする[15]。ワステコはほかの言語げんご語彙ごい文法ぶんぽう両者りょうしゃにわたって非常ひじょうちがいがおおきい[11]

ワステコぐんのぞく4つのかたりぐんのうち、ユカテコ、チョル・ツェルタルを低地ていちマヤ、カンホバル・チュフ、キチェ・マムを高地たかちマヤとすることがよくおこなわれる。低地ていちマヤでは口蓋垂こうがいすいおん q qʼ が k kʼ に変化へんかし、人称にんしょう接辞せつじ語順ごじゅん高地たかちマヤとことなるなどの共通きょうつうせいがあるが[16]、キャンベルらはこれを低地ていちマヤ言語げんごけんうちにおける借用しゃくよう結果けっかとする[17]

一方いっぽう、テレンス・カウフマンはチョル・ツェルタルぐんとカンホバル・チュフぐんおな祖先そせんからかれたとかんがえ、キチェ・マムぐん東部とうぶマヤぐんとするのにたいして西部にしべマヤぐんんだが、このことは十分じゅうぶんには立証りっしょうされていない[18]

ユカテコぐん[編集へんしゅう]

ユカテコぐんは4つの言語げんごからなる。ユカテコ(メキシコではたんにマヤばれる)はユカタン半島はんとうやく90まんにんもちいている。スペイン統治とうち時代じだいから文献ぶんけんおおく、この地域ちいきではスペインけいでありながらこれをだいいち言語げんごとしているひともいる。そのほか、おもにベリーズで使つかわれているモパン、グアテマラ・ペテンけんイツァ絶滅ぜつめつひんしている)、メキシコ・チアパスしゅう一部いちぶラカンドンがある。

チョル・ツェルタルぐん[編集へんしゅう]

チョルひろ範囲はんい使つかわれていたが、今日きょうではチアパスしゅうとグアテマラの一部いちぶのこるのみである。これにちかチョンタルタバスコしゅうもちいられる。またちかいものにホンジュラス・グアテマラ・エルサルバドル国境こっきょう付近ふきんチョルティ(Ch'orti')があるが、絶滅ぜつめつひんしている。これらの言語げんご古典こてん中央ちゅうおう低地ていち碑文ひぶんられるものにちかい。

チョルぐんもっとちかいのはツェルタルぐんで、ツォツィルツェルタルをチアパスしゅうでそれぞれ20まんにん程度ていどはなしている。ツォツィルとツェルタル話者わしゃはそれしかはなせないひとおおい。

カンホバル・チュフぐん[編集へんしゅう]

トホラバルはチアパスしゅう北東ほくとうで3まん6せんにんほどが使つかっている。

カンホバルはグアテマラ・ウェウェテナンゴけんやく10まんにん(2001ねん[19]、またアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく移住いじゅうした人々ひとびとはなしている。

チュフはチアパスしゅう一部いちぶで9500にんはなしているが、だい部分ぶぶんはグアテマラからの難民なんみんである。グアテマラではウェウェテナンゴけんやく4まんにん[20]はなしている。ハカルテコ(ポプティともいう)はウェウェテナンゴけん一部いちぶ使つかわれている。

アカテコはウェウェテナンゴけん一部いちぶ使つかわれている。

アワカテコはウェウェテナンゴけんのアグアカタン中央ちゅうおうで2まんにんほど[21]はなしている。またアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくオハイオしゅうタスカラワスぐんむグアテマラ移民いみん一部いちぶ使つかっている。

キチェ・マムぐん[編集へんしゅう]

キチェ・マムぐんしょ言語げんごはグアテマラ高地こうち使つかわれている。

グアテマラ高地こうちもっと話者わしゃおおいマヤであるキチェ話者わしゃすうは92まんにん(2001ねん[22]。マヤ神話しんわとして有名ゆうめいな『ポポル・ヴフ』も古風こふうなキチェ古典こてんキチェ)でかれている。キチェチチカステナンゴケツァルテナンゴの2つのまちとクチュマタン山地さんち中心ちゅうしん使つかわれている。キチェ文化ぶんかはスペイン征服せいふく最盛さいせいにあった。

ケクチはグアテマラではキチェについでおおやく80まんにん人口じんこうつ。本来ほんらいアルタ・ベラパスけん一部いちぶんでいたが、19世紀せいき以降いこう居住きょじゅう地域ちいき拡大かくだいし、アルタ・ベラパスけん全体ぜんたいバハ・ベラパスけん一部いちぶキチェけん低地ていちペテンけんイサバルけん、およびベリーズにまでひろがった。グアテマラのマヤしょ言語げんごのうちではなされる面積めんせき最大さいだいである[23]

カクチケルはキチェ地域ちいきみなみはなされる。話者わしゃ人口じんこうは48まんにん(2001ねん[24]。かつてスペインと協力きょうりょくしてグアテマラを統治とうちしたカクチケルぞく言語げんごであり、グアテマラの歴代れきだい首都しゅとであるイシムチェシウダー・ビエハアンティグア・グアテマラグアテマラシティなどではなされている。『カクチケル年代ねんだい』は古典こてんカクチケルかれている。

マムはキチェ地域ちいき西にしサン・マルコスけんケツァルテナンゴけんウェウェテナンゴけん分布ぶんぷし、隣接りんせつするメキシコのチアパスしゅうでもはなされる。グアテマラではキチェとケクチについで話者わしゃ人口じんこうおおく、やく52まんにん(2001ねん[25]

ツトゥヒルやく4まん7せんにん(2001ねん[26]アティトラン付近ふきんはなされている。

ウスパンテコエル・キチェけんのウスパンタン地方ちほう固有こゆう言語げんごであるが、とくノーベル平和へいわしょう受賞じゅしょうしたリゴベルタ・メンチュウ母語ぼごとしてられる[よう出典しゅってん]

アチはメキシコ・バハ・ベラパスけん一部いちぶ使つかわれている。かつてキチェ方言ほうげんとみなされていたが、SILの『エスノローグ』(2005ねん、Raymond G. Gordon, Jr.へん)でべつ言語げんごとされ、グアテマラも公式こうしきべつ言語げんごとしてみとめている。しかし現在げんざい言語げんご学者がくしゃおおくはキチェ方言ほうげんなしている[11][27][28]

キチェとアチちかほかの2つの言語げんごに、シパカペンセサン・マルコスけんシパカパ英語えいごばん)、サカプルテコキチェけんサカプラス英語えいごばん一部いちぶ)があるが、いずれも使つかわれる範囲はんいがごくせまい。

ポコムぐんポコムチアルタ・ベラパスけん南部なんぶと、隣接りんせつするバハ・ベラパスけんプルラ英語えいごばん使つかわれている。ちか関係かんけいにあるポコマムはなされる地域ちいきはグアテマラ東部とうぶ散在さんざいし、かつてはエルサルバドルでもはなされていた。

ワステコぐん[編集へんしゅう]

ワステコはメキシコのベラクルスしゅうサン・ルイス・ポトシしゅうで11まんにんほど(1990)がはなしている。はや時期じき南部なんぶ諸語しょごからわかれたとされ、現在げんざいはマヤ語族ごぞくもっともかけはなれた言語げんごである。

メキシコのチアパスしゅうのグアテマラ国境こっきょうちかくではなされていたチコムセルテコはワステコちか言語げんごであるが、1982ねんまでに絶滅ぜつめつした。あきらかにちか関係かんけいにある言語げんごがこれほどはなれた場所ばしょ存在そんざいしていた理由りゆう現在げんざいなぞとしてのこっている[29]

音韻おんいん組織そしき[編集へんしゅう]

マヤ祖語そごには以下いかおとがあったとかんがえられている。

母音ぼいんには a, e, i, o, u の5つがあり、たん母音ぼいん(V)、ちょう母音ぼいん(Vː)の対立たいりつがあった[30]

現代げんだいでも一部いちぶ言語げんごちょう母音ぼいんたん母音ぼいん区別くべつする。チョル、ラカンドンなどは6母音ぼいん組織そしき[31]。ユカテコやウスパンテコなど一部いちぶ言語げんごには声調せいちょう発達はったつしている。

マヤ祖語そご子音しいんつぎとおりである[32][33]

  りょう唇音しんおん 歯茎はぐきおん かた口蓋こうがいおん 軟口蓋なんこうがいおん 口蓋垂こうがいすいおん 声門せいもんおん
  普通ふつう にゅうやぶおと 普通ふつう 放出ほうしゅつおん 普通ふつう 放出ほうしゅつおん 普通ふつう 放出ほうしゅつおん 普通ふつう 放出ほうしゅつおん 普通ふつう
閉鎖へいさおん p  [p] b'  [ɓ] t   [t] t'  [t'] ty   [tʲ] ty'  [tʲ'] k  [k] k'  [k'] q  [q] q'  [q']  '   [ʔ]
やぶおと   tz  [ts] tz'  [ts’] ch  [tʃ] ch'  [tʃ’]          
摩擦音まさつおん   s  [s] x  [ʃ] j  [x] h  [h]
鼻音びおん   m  [m]   n  [n]     nh  [ŋ]    
ながれおん   l  [l]/ r  [r]        
半母音はんぼいん       y  [j]   w  [w]    

マヤ語族ごぞく特徴とくちょうとして破裂はれつおんやぶおと摩擦音まさつおん基本きほんてき無声音むせいおんのみであり、その一方いっぽう破裂はれつおんやぶおとには通常つうじょう子音しいん喉頭こうとう子音しいん放出ほうしゅつおん)の対立たいりつがあることがあげられる。唯一ゆいいつ有声音ゆうせいおんとしてにゅうやぶおとの bʼ [ɓ]がある。チョル・ツェルタルぐんとユカテコぐん、およびポコマム・ポコムチではりょう唇音しんおんに pʼ がくわわって p pʼ bʼ の3こう対立たいりつになっている[34]

マヤ祖語そごの *ty, *tyʼ は現存げんそんするマヤしょ言語げんごにおける歯茎はぐきおんおよび後部こうぶ歯茎はぐきおん対応たいおう関係かんけい説明せつめいするためにてられたもので、どのようなおとだったかはあきらかでない[35]。マムぐんではマヤ祖語そごの*ch, *chʼ がそりしたおん変化へんかし、*tがchに、*rがtに推移すいいした[36]。ワステコではあいだ摩擦音まさつおん/θしーた/や、えんくちびるした軟口蓋なんこうがいおん/kʷ kʷʼ/発達はったつしている[31]

声門せいもんおん/ʔ h/通常つうじょう子音しいんとして使つかわれるほかに、母音ぼいん特徴とくちょうとしてふるまうこともある[37]。マヤ語根ごこん典型てんけいてきにはCVCがた単音たんおんぶしからなるが[38]、カウフマンによると音節おんせつかたちには CVC, CVːC, CVʔC, CVhC, CVSC(Sは摩擦音まさつおん/s ʃ x/)があった[33][39]

文法ぶんぽう[編集へんしゅう]

マヤ語族ごぞく膠着こうちゃくであり、豊富ほうふ接辞せつじによって主語しゅご目的もくてき人称にんしょうかずそう動詞どうし種類しゅるい自動詞じどうし/他動詞たどうし独立どくりつ/依存いぞん)、その機能きのうあらわされる。屈折くっせつ接辞せつじには接頭せっとう接尾せつびがあり、派生はせい接辞せつじはすべて接尾せつびである[40]声門せいもんおん/ʔ h/せっちゅうとして使つかわれることがある[41]。いくつかの言語げんごでは語源ごげんてき動詞どうし由来ゆらいする動作どうさ方向ほうこうあらわ接辞せつじ(directional)がくわえられることがある[41]

マヤ語族ごぞく形態素けいたいそだい部分ぶぶん単音たんおんぶしである[32]。とくに動詞どうし語根ごこんおもにCVCのかたちち、他動詞たどうし位置いち動詞どうし語根ごこんはすべてCVCである。語幹ごかん語根ごこんそのままか、語根ごこん派生はせい接辞せつじくわえることによってつくられる。語幹ごかんにはさらに屈折くっせつ接辞せつじくわえられる[42]

マヤ語族ごぞく主要しゅよう標示ひょうじ(head-marking)言語げんごである。たとえば日本語にほんごでは所有しょゆう構文こうぶんおとこいぬ」において、従属じゅうぞくである「おとこの」のほうかく標示ひょうじ「の」がくわえられるが、キチェu-tzʼiʼ le achij「そのおとこいぬ」では、主要しゅようであるtzʼiʼいぬ」のほう三人称さんにんしょう単数たんすう(Aがた)の接頭せっとうu-がつく。従属じゅうぞく名詞めいしはそのうしろにかれる[40]直訳ちょくやくすると「かれの-いぬ そのおとこ」となる。ただしたん音節おんせつ形容詞けいようし名詞めいし修飾しゅうしょくする場合ばあいのみ従属じゅうぞく接尾せつびくわえられる[43]

場所ばしょあらわ人体じんたい由来ゆらいするかたり日本語にほんごでいえば「入口いりくち」「出口でぐち」「川口かわぐち」の「くち」のようなもの)がおおくあり、これを関係かんけい名詞めいししょうする。マヤ語族ごぞく前置詞ぜんちし種類しゅるいすくないが、関係かんけい名詞めいしにAがた人称にんしょう接辞せつじくわえることで位置いち関係かんけいあらわすことができる[40]たとえば カクチケルchi rupamなか」は「くち-はら」という意味いみ、ツォツィルtiʼ naとびら」は「いえ-くち」の意味いみ古典こてんキチェu-wach ulew地面じめんに」は「そのかお-大地だいち」の意味いみである。

マヤ語族ごぞく典型てんけいてきのう格言かくげんである。動詞どうしにつく人称にんしょう接辞せつじにはAがたとBがたの2種類しゅるいがあるが、前者ぜんしゃのうかく後者こうしゃ絶対ぜったいかくあらわ[44]おおくの言語げんごでは分裂ぶんれつのうかく現象げんしょうられる。低地ていちマヤおよび低地ていち接触せっしょくのあった言語げんごにおいてはそうによって分裂ぶんれつし、不完全ふかんぜんしょうでは自動詞じどうし主語しゅごがAがた人称にんしょう接辞せつじる。マムぐんとカンホバルぐんでは従属じゅうぞくぶしにおいて分裂ぶんれつする。ポコムぐん以外いがいのキチェぐんとツェルタルぐんにおいては分裂ぶんれつのうかくせいられない。なお動詞どうし以外いがいではAがた人称にんしょう接辞せつじ所有しょゆう表現ひょうげん使つかわれ、Bがた人称にんしょう接辞せつじ動詞どうし述語じゅつごぶん主語しゅごあらわすために使用しようされる[41]

マヤ語族ごぞく接辞せつじによって不完全ふかんぜんしょう完全かんぜんしょうべつ標示ひょうじするが、時制じせい存在そんざいせず、時間じかん副詞ふくしによって表現ひょうげんされる[45]

マヤ語族ごぞくたい発達はったつしており、1つかそれ以上いじょうぎゃく受動態じゅどうたいと、通常つうじょう複数ふくすう受動態じゅどうたいがある。言語げんごによっては使役しえきたい[46][47]

位置いち動詞どうし(positional)とばれる自動詞じどうし一群いちぐんかたり発達はったつしており[48]、どのようなところにどのように位置いちしているかをあらわす。位置いち動詞どうしには言語げんごによって特定とくてい接尾せつびくわえられる。位置いち動詞どうしそう接辞せつじくわえることができないてん通常つうじょう動詞どうしことなり、また言語げんごによってはそのまま形容詞けいようしのように名詞めいし修飾しゅうしょくできる[49]

マヤ語族ごぞくおおくの言語げんごにはすう分類ぶんるい助数詞じょすうし)があり、数詞すうし-かず分類ぶんるい-名詞めいし構文こうぶん使用しようされる[50]。たとえばツォツィルkot動物どうぶつかぞえるすう分類ぶんるいで、ox-kot tzʼiʼで「3-ひき いぬ」を意味いみする。かず分類ぶんるい形状けいじょうしめすことがおおく、位置いち動詞どうしせっちゅうのhをくわえることでつくられる[51]。ただしマムワステコすう分類ぶんるいたず、数詞すうし直接ちょくせつ名詞めいし修飾しゅうしょくする[51]

マヤ語族ごぞくには感情かんじょう(affectまたはexpressive)とばれる語根ごこんがあり、おと象徴しょうちょうてきあらわす。日本語にほんご擬態語ぎたいごちか[52]

マヤ語族ごぞく主要しゅよう先導せんどうがた(head-initial)言語げんごである。おけではなく前置詞ぜんちしち、所有しょゆう表現ひょうげんでは所有しょゆうしゃ所有しょゆうしゃこうおけされる[45]

語順ごじゅん言語げんごによってことなる。VOSがたおおいが、VSOがたマムなど)、SVOがたチョルティなど)もある。柔軟じゅうなんにVOSとVSOの両方りょうほう構文こうぶんをもつ言語げんごもある[53]古典こてんマヤはVOSがただった。マヤ祖語そご語順ごじゅんは、主語しゅご目的もくてきより有生ゆうせいせいたか場合ばあいにはVOSがた、そうでない場合ばあいにはVSOがたったと推定すいていされている[54][55]実際じっさいには文頭ぶんとう主題しゅだい動詞どうしまえには焦点しょうてんかれ[45]

文字もじ[編集へんしゅう]

マヤ地域ちいきではサン・バルトロから紀元前きげんぜん300ねんごろの壁画へきがにすでに文字もじしるされている[56]確実かくじつ年代ねんだいのわかるマヤ文字もじ資料しりょう292ねん紀年きねんのあるティカル石碑せきひ29であり、スペインじんによって征服せいふくされた16世紀せいきまで使用しようされた。マヤ文字もじ解読かいどくにはなが時間じかんようしたが、1950年代ねんだいユーリー・クノロゾフによってひょう文字もじ音節おんせつ文字もじわせであることがあきらかにされ、1980年代ねんだい以降いこう急速きゅうそく解読かいどくすすんだ[57]。マヤ文字もじあらわされている言語げんご古典こてんマヤしょうし、チョルぐん、とくに東部とうぶチョルティちかいとされる。興味深きょうみぶかいことに、現在げんざいユカテコ地域ちいきであるユカタン半島はんとう北部ほくぶかれたものもおな言語げんごかれている[58]

スペインじんによる植民しょくみん支配しはい以降いこう宣教師せんきょうしによるラテン文字もじ使つかった表記ひょうき発達はったつした。『ポポル・ヴフ』、『カクチケル年代ねんだい』、『チラム・バラムのしょ』などの文献ぶんけんはいずれもラテン文字もじしるされている。ラテン文字もじによる表記ひょうきにはさまざまな方式ほうしきがあり、たとえばユカタン半島はんとう宣教師せんきょうし軟口蓋なんこうがい破裂はれつおん k kʼ を c k でけ、歯茎はぐきやぶおと放出ほうしゅつおん tzʼ を ts または dz といた[59]グアテマラ・マヤ言語げんごアカデミー(ALMG)によって1987ねんにマヤ語族ごぞくのすべての言語げんご共通きょうつう正書法せいしょほうさだめられた。ただし方言ほうげん固有こゆうおと表記ひょうきほうまではさだめられていない[60]。メキシコでは国立こくりつ先住民せんじゅうみん言語げんご研究所けんきゅうじょ(INALI)のつづりが使用しようされる。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

  1. ^ Ley de la Academia de las Lenguas Mayas de Guatemala y su Reglamento, ALMG, (2018), https://www.almg.org.gt/attachments/Decreto-65-90-Ley-de-la-Academia-de-Lenguas-Mayas-de-Guatemala-y-su-Reglamento.pdf 
  2. ^ Catálogo de las lenguas indígenas nacionales, INALI, (2008-01-14), http://www.inali.gob.mx/pdf/CLIN_completo.pdf 
  3. ^ Campbell (2017) pp.53-54
  4. ^ Terrence Kaufman; John Justeson (2003), A Preliminary Mayan Etymological Dictionary, FAMSI, http://www.famsi.org/reports/01051/index.html 
  5. ^ Campbell (2017) p.51
  6. ^ Campbell & Kaufman (1985) p.192
  7. ^ Kaufman (2017) pp.65,70-72
  8. ^ Law (2017) pp.114-116
  9. ^ Law & Stuart (2017) p.128
  10. ^ Law (2017) p.113
  11. ^ a b c d e f Campbell (2017) p.45
  12. ^ Kaufman (2017) pp.65-67
  13. ^ Campbell & Kaufman (1985) p.188
  14. ^ Campbell & Kaufman (1985) p.190
  15. ^ Campbell & Kaufman (1985) pp.188-190
  16. ^ 八杉やすぎ(1992) pp.120-122
  17. ^ Campbell & Kaufman (1985) pp.191-193
  18. ^ Campbell (2017) p.45, 54
  19. ^ Richards (2003) p.74
  20. ^ Richards (2003) p.52
  21. ^ Richards (2003) p.48 によるとやく1まん6せんにん
  22. ^ Richards (2003) p.62
  23. ^ Richards (2003) p.76
  24. ^ Richards (2003) p.60
  25. ^ Richards (2003) p.64
  26. ^ Richards (2003) p.84
  27. ^ Achi Language (Kubul, Rabinal), Native Languages of the Americas, http://www.native-languages.org/achi.htm 
  28. ^ Lyle Campbell (2008). “Reviewed Work: Ethnologue: Languages of the World by Raymond G. Gordon Jr.”. Language 84 (3): 636-641. JSTOR 40071078. 
  29. ^ Campbell (2017) p.55
  30. ^ Campbell (2017) pp.50-51
  31. ^ a b 八杉やすぎ(1989) p.917
  32. ^ a b Campbell (2017) p.46
  33. ^ a b Kaufman (2017) p.76
  34. ^ Campbell (2017) pp.46-47
  35. ^ Campbell (2017) pp.48-49
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参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

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  • 八杉やすぎ佳穂かほ中米ちゅうべいインディアン諸語しょご」『言語げんごがくだい辞典じてん』 2かん三省堂さんせいどう、1989ねん、906-925ぺーじISBN 4385152160 
  • 八杉やすぎ佳穂かほ「マヤ語族ごぞく」『言語げんごがくだい辞典じてん』 4かん三省堂さんせいどう、1992ねん、120-129ぺーじISBN 4385152128 

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]