古代こだいギリシア

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古代こだいギリシア
ΕΛΛΗΝΙΚΗ
ホメーロスオデュッセイア』の冒頭ぼうとう
はなされるくに 古代こだいギリシア
消滅しょうめつ時期じき 紀元前きげんぜん4世紀せいきまでにコイネー発達はったつ
言語げんご系統けいとう
表記ひょうき体系たいけい ギリシア文字もじ
言語げんごコード
ISO 639-2 grc
ISO 639-3 grc
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古代こだいギリシア(こだいギリシアご、Ἑλληνικήまれ: Αρχαία ελληνική γλώσσα)は、ギリシア歴史れきしじょういち時期じき言葉ことば古代こだいギリシアの、アルカイック紀元前きげんぜん8世紀せいき - ぜん6世紀せいき)、古典こてんぜん6世紀せいき - ぜん4世紀せいき)、ヘレニズムぜん4世紀せいき - のち6世紀せいき)の3つの時代じだいまたががっており、様々さまざま方言ほうげん存在そんざいし、古典こてんギリシアもそのひとつである。

概要がいよう[編集へんしゅう]

古代こだいギリシアは、そのヨーロッパしょ言語げんごもっと影響えいきょうあたえた言語げんごひとつである。ホメーロス叙事詩じょじしげき作家さっかペリクレス時代じだい哲学てつがくしゃ、『新約しんやく聖書せいしょとうがその証左しょうさえよう。また、「民主みんしゅ主義しゅぎdemocracy)」のような不可欠ふかけつかたりふくめ、英語えいご語彙ごい多大ただい影響えいきょうあたえてもいる。ルネサンスから20世紀せいき初頭しょとうにかけては、西洋せいよう教育きょういく制度せいどにおいて標準ひょうじゅんてき科目かもくとなっていた。学名がくめいもちいられているしんラテン語らてんご近代きんだいラテン語らてんご)には、今日きょうでも古代こだいギリシアからの語彙ごい引用いんよう精力せいりょくてきになされている。

ヘレニズム古代こだいギリシアコイネー(「共通きょうつう」の)、あるいは聖書せいしょギリシアとしてられ、そのかたち中世ちゅうせいギリシア変異へんいしていった。初期しょきのコイネーは古典こてんとの共通きょうつうてんおおいが、ギリシア歴史れきしなかでは独立どくりつしたものとしてあつかわれる。コイネーよりまえの、古典こてんやそれ以前いぜんのギリシアにはいくつかの方言ほうげん存在そんざいした。ミケーネ文明ぶんめいミケーネぜん1600ねんぜん1100ねん)は、古代こだいギリシアぜん8世紀せいき-ぜん4世紀せいき)に先行せんこうする言語げんごである。

古代こだいギリシアのしょ方言ほうげん[編集へんしゅう]

歴史れきしてき方言ほうげん成立せいりつ[編集へんしゅう]

ギリシア起源きげんおよび初期しょき歴史れきしは、どう時代じだい史料しりょうけており判然はんぜんとしない。そのため、いくつか仮説かせつ存在そんざいする。初期しょきのギリシアてき特徴とくちょうゆうする言語げんごインド・ヨーロッパ祖語そごから分岐ぶんきおそくとも紀元前きげんぜん2000ねんまでに)してから紀元前きげんぜん1200ねんごろまで、どのような古代こだいギリシアの方言ほうげんぐん存在そんざいしていたのか。どの仮説かせつ概要がいよう共通きょうつうしているものの、細部さいぶことなる。上記じょうき時代じだい存在そんざい証明しょうめいされている[ちゅう 1]のはミケーネだけだが、歴史れきしてき方言ほうげんとその背景はいけいかんがみるに、すべての方言ほうげんぐん当時とうじすでになんらかのかたち存在そんざいしていたともかんがえられる。

古代こだいギリシアおも方言ほうげんは、紀元前きげんぜん1120ねんドーリスじん侵入しんにゅう時期じき)までには発達はったつしていたとされる。ギリシア文字もじによるはっきりとした記録きろく確認かくにんされるのは紀元前きげんぜん8世紀せいき以降いこうである。古代こだいのギリシアじんは、自身じしんにドーリスじんアイオリスじんイオニアじんという3つのおも区分くぶんがあるとかんがえており、それぞれ弁別べんべつてき方言ほうげんゆうしていた。人目ひとめにつかない山岳さんがく地帯ちたいアルカディアと、学問がくもん中心ちゅうしんからはなれたキュプロス見落みおとしていたというてん斟酌しんしゃくすれば、上記じょうき区分くぶん現代げんだい歴史れきし言語げんごがく調査ちょうさ結果けっか酷似こくじしている。これは、方言ほうげん内実ないじつ変化へんか理解りかいするじょう非常ひじょう重要じゅうようである。

分類ぶんるい概要がいよう[編集へんしゅう]

古典こてんのギリシア方言ほうげん分布ぶんぷ[1]
西部せいぶ
  北西ほくせい方言ほうげん
  アカイア方言ほうげん
  ドーリス方言ほうげん
中部ちゅうぶ
  アイオリス方言ほうげん
  アルカディア=キプロス方言ほうげん
東部とうぶ
  アッティカ方言ほうげん
このでは分類ぶんるい不明ふめいM マケドニア方言ほうげん

古代こだいギリシアかく方言ほうげん以下いかのように分類ぶんるいされる[2]

ギリシア方言ほうげん分類ぶんるいは、西部せいぶ西部せいぶというのがもっとふるくかつ有力ゆうりょくである。西部せいぶしょ方言ほうげんは「ひがしギリシアしょ方言ほうげん」とばれることもある。

方言ほうげんぐん大半たいはんは、ポリス領域りょういきないししま対応たいおうするかたちで、上記じょうきのようにさらに下位かい区分くぶんけられる。たとえば、レスボス方言ほうげんはアイオリス方言ほうげんのひとつである。また、ドーリス方言ほうげんはそのようなこまかな区分くぶんとのあいだ位置いちするなかあいだ区分くぶんゆうしており、島嶼とうしょドーリス方言ほうげん(クレタ方言ほうげんなど)、みなみペロポネソス・ドーリス方言ほうげんスパルタのラコニア方言ほうげんなど)、きたペロポネソス・ドーリス方言ほうげん(コリントス方言ほうげんなど)があった。

イオニアけい以外いがい方言ほうげんぐんおも碑文ひぶんによって把握はあくされている。注目ちゅうもくすべき例外れいがいサッポーピンダロス作品さくひんだが、これらは断片だんぺんてきにしか現存げんそんしていない。かく方言ほうげんぐんはまた、植民しょくみんによって独特どくとく表現ひょうげんされることもあった。それら植民しょくみんは、ときには開拓かいたく移民いみん近隣きんりん住民じゅうみんはなことなる方言ほうげん影響えいきょうけて、独自どくじ発展はってんげた。

紀元前きげんぜん4世紀せいきアレクサンドロス大王だいおう征服せいふくののち、コイネーもしくは共通きょうつうギリシアとしてられる国際こくさいてき方言ほうげん発達はったつした。コイネーはだい部分ぶぶんでアッティカ方言ほうげん原型げんけいとなっていたが、ほかの方言ほうげん影響えいきょうけていた。古代こだい方言ほうげんのほとんどは徐々じょじょにコイネーにわっていったが、ドーリス方言ほうげん現代げんだいギリシアツァコニア方言ほうげんとしてのこっているほか、デモティキ動詞どうしにもアオリストのかたちのこしている。紀元きげん6世紀せいきころまでに、コイネーは中世ちゅうせいギリシア変異へんいしていった。

古典こてんギリシア[編集へんしゅう]

日本語にほんごでは「古典こてんギリシア」という名称めいしょうひろられているが、これは「古代こだいギリシア」と同一どういつ概念がいねんではない。古典こてんギリシアは、古代こだいギリシアのしょ方言ほうげんなかもっと代表だいひょうてきなものとなった古典こてんのアッティカ方言ほうげん呼称こしょうである。

紀元前きげんぜん5世紀せいきころまでは散文さんぶん中心ちゅうしんがイオニア地方ちほうであったため、イオニア方言ほうげんおももちいられていた(ヘーロドトスなど)。しかし、ぜん5世紀せいき後半こうはんからはアテーナイすぐれた弁論べんろん文筆ぶんぴつプラトーントゥーキューディデースなど)がおおあらわれ、さらに政治せいじてきにもアテーナイがギリシアの中心ちゅうしんとなったため、ぜん4世紀せいきごろにはアッティカ方言ほうげんがギリシア世界せかい標準ひょうじゅんとなった。このころ[ちゅう 2]もちいられていたアテナイの言語げんごして「古典こてんギリシア」とぶ。

音韻おんいん変化へんか[編集へんしゅう]

ギリシア祖語そご以来いらい以下いか音韻おんいん変化へんかはほぼすべての古代こだいギリシア方言ほうげんられる。

  • 音節おんせつ主音しゅおんてき子音しいん /r/, /l/ は、ミケーネとアイオリス方言ほうげん/ro/, /lo/ に、それ以外いがい方言ほうげんでは /ra/, /la/変化へんかした。ただし、共鳴きょうめいおんまえでは /ar/, /al/発音はつおんされた。
    れい) インド・ヨーロッパ祖語そご*str̥-to- は、アイオリス方言ほうげんでは στρότος となり、方言ほうげんでは στρατός となった(どちらも「軍隊ぐんたい」の)。
  • /s/由来ゆらいする/h/は、語頭ごとうのぞ脱落だつらくした。また/j/脱落だつらくした。
    れい) ドーリス方言ほうげん níkaas < *níkahas < *níkasas「征服せいふくした」、 τたうρろーεいぷしろんῖς < *trées < *tréyes 「3」
  • /h/, /j/脱落だつらくののち、おおくの方言ほうげんで、 /w/脱落だつらくした。
    れいἔτος(étos) < ϝέτος(wétos)とし
  • りょうくちびる軟口蓋なんこうがいおんおおくがりょう唇音しんおん変化へんかした。一部いちぶ歯音しおん軟口蓋なんこうがいおんにもなった。
  • /h//j/脱落だつらく結果けっか比較的ひかくてき影響えいきょうちいさいが/w/ でも)、とな母音ぼいんあいだ融合ゆうごうきるようになった。これはアッティカ方言ほうげんもっと顕著けんちょ現象げんしょうである。
  • 融合ゆうごうなどの影響えいきょう特殊とくしゅサーカムフレックスきょくアクセント)がつくられた。
  • 上記じょうき制約せいやくとともに、アクセントを最後さいごの3音節おんせつのいずれかにすという規則きそく誕生たんじょうした。
  • /s/まえ/n/脱落だつらくし(ただしクレタ方言ほうげんでは不完全ふかんぜん)、直前ちょくぜん母音ぼいん代償だいしょう延長えんちょうきた。

/w/, /j/脱落だつらくする傾向けいこうつよかったが、完全かんぜん消失しょうしつしていたわけではない。初期しょきには母音ぼいんうしろにあるとき、その母音ぼいん結合けつごうして重母音じゅうぼいんかたちをとっていた。子音しいんうしろでの /h//w/脱落だつらくは、直前ちょくぜん母音ぼいん代償だいしょう延長えんちょうともなってこった。一方いっぽう子音しいんのち/j/脱落だつらくには、直前ちょくぜん母音ぼいん重母音じゅうぼいん口蓋こうがい子音しいんのほかの変化へんかなど、おおくの複雑ふくざつ変化へんかからんでいた。以下いかはそのれいである。

  • /pj/, /bj/, /phj//pt/
  • /lj//ll/
  • /tj/, /thj/, /kj/, /khj//s/ - 子音しいん直後ちょくごのとき。それ以外いがい場合ばあい/ss//tt/(アッティカ方言ほうげん)。
  • /gj/, /dj//zd/
  • /mj/, /nj/, /rj//j/ - このときの /j/子音しいんまえ置換ちかんされ、直後ちょくご母音ぼいんとともに重母音じゅうぼいんをなす。
  • /wj/, /sj//j/ - 同時どうじ直後ちょくご母音ぼいん重母音じゅうぼいんする。

母音ぼいん融合ゆうごう結果けっか方言ほうげんごとに複雑ふくざつであった。多数たすうことなる種類しゅるい名詞めいし動詞どうし屈折くっせつ語尾ごびこる融合ゆうごうは、古代こだいギリシア文法ぶんぽうもっと難解なんかいめん体現たいげんしている。母音ぼいん融合ゆうごうした動詞どうし分類ぶんるい名詞めいしからつくられた動詞どうし母音ぼいん屈折くっせつ語尾ごびにおいて、このような融合ゆうごう非常ひじょう重要じゅうようになってくる。実際じっさい現代げんだいギリシアでは母音ぼいん融合ゆうごう動詞どうし発達はったつがた(たとえば、古代こだいギリシア母音ぼいん融合ゆうごう動詞どうしいだ動詞どうしわせ)が、動詞どうし主要しゅような2つの分類ぶんるい象徴しょうちょうしている。

音韻おんいんろん[編集へんしゅう]

正書法せいしょほうふる時代じだい特徴とくちょうのこしていたが、こう古典こてんギリシア発音はつおん古代こだいギリシアからおおきく変異へんいした。古代こだい発音はつおん完全かんぜん再建さいけんすることはできないが、ギリシアとくにこの時代じだいからかなりの記録きろくのこされており、おと一般いっぱんてき性質せいしつかんしても言語げんご学者がくしゃあいだ見解けんかい相違そういはほとんどられない。

以下いかれいでは、紀元前きげんぜん5世紀せいきアッティカ方言ほうげん代表だいひょうとしてりあげている。

母音ぼいん[編集へんしゅう]

母音ぼいんのいくつかは長短ちょうたん区別くべつがあった。また重母音じゅうぼいんがあった。

ぜんした母音ぼいん こうした母音ぼいん
えんくちびる母音ぼいん えんくちびる母音ぼいん えんくちびる母音ぼいん えんくちびる母音ぼいん
せま母音ぼいん /i/ /iː/ /y/ /yː/
はんせま母音ぼいん /e/ /eː/ /o/ /oː/
はんこう母音ぼいん /ɛː/ /ɔː/
こう母音ぼいん /a/ /aː/

/oː/ はおそらく紀元前きげんぜん4世紀せいきまでに [uː]変化へんかした。

代償だいしょう延長えんちょう[編集へんしゅう]

代償だいしょう延長えんちょうかんしては、どの位置いち発生はっせいしたかでことなる見解けんかいがある。/a/[aː][ɛː] のどちらになるのか、/e/, /o/はんせま[eː], [oː]はんひろ[ɛː], [ɔː] のどちらになるのか、というのがその争点そうてんである。

子音しいん[編集へんしゅう]

古代こだい文字もじ(現代げんだい文字もじ)

国際こくさい音声おんせい記号きごう

りょう唇音しんおん 歯茎はぐきおん 軟口蓋なんこうがいおん 声門せいもんおん
破裂はれつおん 無声むせい おん (πぱい)

/p/

(τたう)

/t/

(κかっぱ)

/k/

ゆうおん (φふぁい)

/pʰ/

(θしーた)

/tʰ/

(χかい)

/kʰ/

ゆうごえ (βべーた)

/b/

(δでるた)

/d/

(γがんま)

/g/

鼻音びおん (μみゅー)

/m/

(νにゅー)

/n/

ŋ
ふるえおん (/ρろー)

[r̥] /r/

摩擦音まさつおん , (σしぐま, ς)/s/ /z/ (ゆう記号きごう)

/h/

側面そくめんおん (λらむだ)

/l/

[ŋ] は、軟口蓋なんこうがいおんまえでは /n/ の、鼻音びおんまえでは /g/おととしてあらわれた。

表記ひょうきされる [r̥]語頭ごとうもちいられ、おそらく /r/無声むせいおとだった[5]

子音しいん分類ぶんるい[編集へんしゅう]

子音しいんにはおも以下いかの3種類しゅるいがあった。

  • 閉鎖へいさおん - 軟口蓋なんこうがいおん /k/, /g/, /kʰ/りょう唇音しんおん /p/, /b/, /pʰ/歯茎はぐきおん /t/, /d/, /tʰ/
  • 鼻音びおん - /m/, /n/, /l/, /r/
  • 摩擦音まさつおん - /s/, /h/

融合ゆうごう[編集へんしゅう]

動詞どうし活用かつようするさい子音しいん子音しいんとぶつかることがある。このとき様々さまざま規則きそく適用てきようされるが、原則げんそくとして

  • 2つのおととなうとき、はじめの子音しいん後続こうぞく子音しいんゆうごえせいおび気性きしょうてん同化どうか逆行ぎゃっこう同化どうか)する。

ただし、これが適用てきようされるのは閉鎖へいさおんたいしてのみである。摩擦音まさつおんゆうこえないし無声むせい方向ほうこうでしか同化どうかせず、共鳴きょうめいおん同化どうかしない。れいとしては

  • /s/未来みらい、アオリストの語幹ごかん)のまえで、軟口蓋なんこうがいおん[k] に、りょう唇音しんおん[p] になり、歯茎はぐきおん消失しょうしつする。
    れい) g+s > ks, b+s > ps, d+s > s
  • /tʰ/受動態じゅどうたいアオリストの語幹ごかん)のまえで、軟口蓋なんこうがいおん[kʰ] に、りょう唇音しんおん[pʰ] に、歯茎はぐきおん[s] になる。
    れい) k+ > kʰtʰ, p+ > pʰtʰ, t+ > stʰ
  • /m/ちゅう動態どうたい完了かんりょう1人ひとりしょう単数たんすう1人ひとりしょう複数ふくすう分詞ぶんし)のまえで、軟口蓋なんこうがいおんと、鼻音びおん軟口蓋なんこうがいおん[g] に、りょう唇音しんおん[m] に、歯茎はぐきおん[s] になる。その共鳴きょうめいおんはそのまま維持いじされる。


形態けいたいろん[編集へんしゅう]

ギリシアは、インド・ヨーロッパ語族ごぞくほか言語げんご同様どうよう高度こうど屈折くっせつてきである。これはとくに、インド・ヨーロッパ祖語そごかたちをよくのこしているアルカイック顕著けんちょられる。古代こだいギリシア名詞めいしには固有名詞こゆうめいしふくめ、5つのかく主格しゅかくぞくかく対格たいかく与格よかくよびかく)、3つのせい男性だんせい女性じょせい中性ちゅうせい)、3つのかず単数たんすうそうすう複数ふくすう)があった。動詞どうしは4つのほうちょく説法せっぽう命令めいれいほう接続せつぞくほう希求ききゅうほう)、3つのたい能動態のうどうたいちゅう動態どうたい受動態じゅどうたい)、3つの人称にんしょう一人称いちにんしょう二人称ににんしょう三人称さんにんしょう)があり、7つの時制じせい現在げんざい未来みらい完了かんりょう過去かこそうでは完結かんけつしょうアオリスト完結かんけつしょう完了かんりょう過去かこ完了かんりょう未来みらい完了かんりょう完了かんりょうしょう)に変化へんかする。接続せつぞくほう未来みらい命令めいれいしょうといったものは存在そんざいしないが、時制じせいほうたいをそのようにせることはおおい。不定ふてい分詞ぶんしは、そうほうたいかぎられたわせに対応たいおうするかたち存在そんざいした。

おん[編集へんしゅう]

完了かんりょう過去かこ・アオリスト・過去かこ完了かんりょうの3せいは、ちょく説法せっぽうのとき(すくなくとも概念がいねんじょうは)接頭せっとう ἐ-される。これは本来ほんらい、「そのとき」のように独立どくりつした単語たんご適用てきようされたとかんがえられる。インド・ヨーロッパ祖語そごにおける時制じせいは、そうとしての意味合いみあいがつよかったからである。おんちょく説法せっぽうアオリスト・完了かんりょう過去かこ過去かこ完了かんりょうたいしてきたが、ほかのほうのアオリストにはおこなわれなかった(完了かんりょう過去かこ過去かこ完了かんりょうはそもそもちょく説法せっぽうしかない)。

ギリシアおんには、音節おんせつてきおんとき量的りょうてきおんの2種類しゅるいがある。前者ぜんしゃ子音しいんはじまる語幹ごかんこり、接頭せっとう ἐ-される。ただし ῥ-はじまる場合ばあいうしろに -ρろー-かさねたうえἐ-され、ρろーρろー-かたちになる。後者こうしゃ母音ぼいんはじまる語幹ごかんこり、以下いかのような長音ちょうおんともなう。なお、長短ちょうたんどちらもあらわ母音ぼいん弁別べんべつのため、長音ちょうおんにはマクロンを、単音たんおんにはブレーヴェしてある。

  • ᾰ, ᾱ, εいぷしろん > ηいーた - ただし εいぷしろんεいぷしろんιいおた になることもある。
  • >
  • οおみくろん > ωおめが
  • >
  • αあるふぁιいおた, ᾳ, εいぷしろんιいおた > - ただし εいぷしろんιいおた変化へんかしないこともある。
  • οおみくろんιいおた >
  • αあるふぁυうぷしろん, εいぷしろんυうぷしろん > ηいーたυうぷしろん - 変化へんかしないこともある。

οおみくろんυうぷしろん, ηいーた, ῑ, ῡ, ωおめが変化へんかしない。εいぷしろん > εいぷしろんιいおた のような例外れいがいは、歴史れきし言語げんごがくまとには母音ぼいんあいだ-σしぐま- 脱落だつらくによるものと説明せつめいされる。ホメーロス以後いごとく叙事詩じょじし)では慣例かんれいてきおんがなされないことがある。

たたみおん重複じゅうふく[編集へんしゅう]

完了かんりょう過去かこ完了かんりょう未来みらい完了かんりょうのほとんどでは、動詞どうしみき語頭ごとうたたみおんもちいられる。しかし、完了かんりょう一部いちぶでは例外れいがいてきたたみおん使つかわれず、また反対はんたいにアオリストでたたみおんもちいられることもある。たたみおんには以下いかの3種類しゅるいがある。

音節おんせつたたみおん
たん子音しいんῥ-のぞく)か、閉鎖へいさおん共鳴きょうめいおんはじまる動詞どうしには、語頭ごとう子音しいんのち-εいぷしろん-したものを語頭ごとうくわえる。ただし、語頭ごとう子音しいんおびおん場合ばあいは、かたちにしたうえ重複じゅうふくされる。グラスマンの法則ほうそく参照さんしょう
おん
おんたたみおんわりになることもあった。上記じょうきにない子音しいんぐんおよびふく子音しいんはじまる動詞どうしと、母音ぼいんはじまる動詞どうしおんおな方法ほうほう重複じゅうふくされる。これはちょく説法せっぽうだけでなく、完了かんりょう時制じせいのすべての場合ばあいてはまる。
アッティカしきたたみおん
うしろに共鳴きょうめいおん(ときには δでるた, γがんま)がつづき、かつ ᾰ, εいぷしろん, οおみくろんはじまる動詞どうしは、語頭ごとう母音ぼいんとそのうしろの子音しいんからなる音節おんせつ重複じゅうふくし、さらにそのあとにつづ母音ぼいん長音ちょうおんする。つまり、ρろー > ρろーηいーたρろー, νにゅー > νにゅーηいーたνにゅー, λらむだ > λらむだωおめがλらむだ, δでるた > δでるたηいーたδでるた となる。このたたみおんは、そのとはことなり実際じっさいにはアッティカ方言ほうげん特有とくゆう現象げんしょうではなかったが、規則きそくされたのがアッティカ地方ちほうであることはたしかである。これは本来ほんらいのどおん共鳴きょうめいおんからなる子音しいんぐん重複じゅうふくともなうものであった。すなわち、ギリシア標準ひょうじゅんてきのどおん発達はったつ閉鎖へいさおんともなかたち類推るいすい)では *h₃l > *h₃leh₃l > λらむだωおめがλらむだ である。

例外れいがいてきたたみおん歴史れきし言語げんごがくてき理解りかいできる。たとえば、λαμβάνω語根ごこん λらむだαあるふぁβべーた-)の完了かんりょうみき*λらむだἔληφα ではなく εいぷしろんἴληφα であるが、これは元々もともとかたちである σλαμβάνω完了かんりょうみき σしぐまἔσληφα)が、(じゅん規則きそくてき変化へんかたためである。重複じゅうふくは、特定とくてい動詞どうし現在げんざいみきにおいてえることもある。そのような語幹ごかんは、語根ごこん語頭ごとう子音しいん音節おんせつくわえる。一部いちぶ動詞どうしでは、重複じゅうふくさい鼻音びおんあらわれることもある。

表記ひょうき体系たいけい[編集へんしゅう]

古代こだいギリシアは、ギリシア文字もじあらわされ、大文字おおもじのみだった。方言ほうげんごとに独自どくじのバリエーションがあった。初期しょき文章ぶんしょうぎゅうこうしきしるされていたが、古典こてんにはひだり横書よこが標準ひょうじゅんとなっていた。

近代きんだい編集へんしゅうされた古代こだいギリシア文献ぶんけんは、アクセント気息きそく記号きごうされ、大文字おおもじ小文字こもんじ混在こんざいするかちかれている。しかし、これらはすべてひがしマ帝国まていこく時代じだいになってから導入どうにゅうされたものである。

例文れいぶん[編集へんしゅう]

以下いかに、プラトンソクラテスの弁明べんめい冒頭ぼうとう様々さまざま表記ひょうきのされかたれいしめす。

  • ポリトニコス(複数ふくすうアクセント)表記ひょうきによる古代こだいギリシア
    τたうιいおた μみゅーνにゅーμみゅーεいぷしろんῖς, ὦ ἄνδρες Ἀθηναῖοおみくろんιいおた, πεπόνθατε ὑπぱいτたうνにゅーμみゅーνにゅー κατηγόρων, οおみくろんκかっぱ οおみくろんδでるたαあるふぁ· ἐγがんまδでるたοおみくろんνにゅー κかっぱαあるふぁαあるふぁτたうὸς ὑπぱいαあるふぁτたうνにゅー ὀλίγου ἐμαυτοῦ ἐπελαθόμην, οおみくろんτたうωおめが πぱいιいおたθしーたαあるふぁνにゅーῶς ἔλεγον. Καίτοι ἀληθές γがんまεいぷしろん ὡς ἔπος εいぷしろんπぱいεいぷしろんνにゅー οおみくろんδでるたνにゅー εいぷしろんἰρήκασιν.
  • エラスムスしき発音はつおんによるラテン文字もじ転写てんしゃ
    Hóti mèn humeîs, ô ándres Athēnaîoi, pepónthate hupò tôn emôn katēgórōn, ouk oîda: egṑ d' oûn kaì autòs hup' autôn olígou emautoû epelathómēn, hoútō pithanôs élegon. Kaítoi alēthés ge hōs épos eipeîn oudèn eirḗkasin.
  • 日本語にほんごやく
    あなたがたが、アテーナイの諸氏しょしよ、わたし告発こくはつしゃらによっていかなる心証しんしょうつにいたったかはわたしぞんじません。わたし自身じしんはとうと、もうすこしで自分じぶんだれなのかわからなくなるところでした。それほどの説得せっとくりょくあるはなしかれら(告発こくはつしゃら)はしました。けれども本当ほんとうのことはなにひとつといっていいほどかたりませんでした。
  • 現代げんだい英語えいごやく
    What you, men of Athens, have learned from my accusers, I do not know: but I, for my part, nearly forgot who I was thanks to them since they spoke so persuasively. And yet, of the truth, they have spoken, one might say, nothing at all.

現代げんだいにおける古代こだいギリシア[編集へんしゅう]

20世紀せいき初頭しょとうまでは、西洋せいよう教育きょういく制度せいどにおいてラテン語らてんご古代こだいギリシア学習がくしゅうはカリキュラムない重要じゅうよう位置いちめていた。いまでもヨーロッパでは、イギリスパブリック・スクールやグラマー・スクール、イタリア文科ぶんか高等こうとう学校がっこうドイツ文科ぶんかけいギムナジウムのような伝統でんとうこう・エリートこうでは、古代こだいギリシア必修ひっしゅう科目かもく選択せんたく科目かもくとなっていることがある。たとえばドイツでは2006ねん7がつ現在げんざい、15000にん生徒せいとがギリシアまなんでいる(ドイツ連邦れんぽう統計とうけいきょく調しらべ)。ドイツ以外いがいにも、世界中せかいじゅう主要しゅよう大学だいがく西洋せいよう古典こてんがくとしてラテン語らてんごとともにいまなおおしえられている。

フランスでは中学ちゅうがく2ねんからラテン語らてんご古代こだいギリシアまなぶことができる。

教育きょういく以外いがい現場げんばでの用例ようれいとしては、ヨーロッパしょ言語げんご専門せんもん用語ようご新造しんぞうするときがげられる。文学ぶんがくかいでは例外れいがいてきに、ヤン・クルジェサルドが韻文いんぶん散文さんぶんいたことがある。また、『アステリックス』がアッティカ方言ほうげんばんなんかん出版しゅっぱんされているほか、『ハリー・ポッターと賢者けんじゃいし』、『ほし王子おうじさま』、『ピーターラビットのおはなし』など若干じゃっかん文学ぶんがく作品さくひん(ほとんどは児童じどう文学ぶんがく)の古代こだいギリシアやくもある。

おもにギリシア国内こくない限定げんていされるが、敬意けいい賞賛しょうさん嗜好しこうしめしたい団体だんたい個人こじんによってもちいられることもある。現代げんだいのギリシアじん部分ぶぶんてきであっても古代こだいギリシア(アルカイックのぞく)を理解りかいできるという事実じじつは、現代げんだいギリシアとその先駆せんくとなる言語げんご密接みっせつ関係かんけい物語ものがたっている。

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

  1. ^ 裏付うらづけは完全かんぜんとはえず、またアルファベットではなく音節おんせつ文字もじひょうせん文字もじB)でかれているため、一部いちぶ再建さいけんによる。
  2. ^ 具体ぐたいてきにはペリクレースぜん429ねん)からデーモステネースぜん322ねん)までのやく100年間ねんかん

出典しゅってん[編集へんしゅう]

  1. ^ Roger D. Woodard, “Greek dialects,” The Ancient Languages of Europe, R. D. Woodard (ed.), Cambridge: Cambridge UP, 2008, p. 51.
  2. ^ 高津たかつ春繁はるしげ『ギリシア文法ぶんぽう』による。最新さいしんばんブリタニカ百科ひゃっか事典じてん』のように、これより簡略かんりゃく分類ぶんるいがされる場合ばあいもある。マケドニア方言ほうげん位置いちは、現在げんざい主流しゅりゅうとなっている最新さいしん学説がくせつもと配置はいちした。
  3. ^ 長年ながねん、ギリシアちかいがべつインド・ヨーロッパ語族ごぞく言語げんごかんがえられていたが、ギリシアのマケドニア地域ちいき近年きんねん発見はっけんされた碑銘ひめいやタブレットによって、北西ほくせいギリシア方言ほうげんひとつとかった。
  4. ^ Roisman, Worthington, 2010, "A Companion to Ancient Macedonia", Chapter 5: Johannes Engels, "Macedonians and Greeks", p. 95:"This (i.e. Pella curse tablet) has been judged to be the most important ancient testimony to substantiate that Macedonian was a north-western Greek and mainly a Doric dialect".
  5. ^ ラテン語らてんごでは rh と表記ひょうきされた。

参考さんこう文献ぶんけん[編集へんしゅう]

  • Roger D. Woodard, “Greek dialects,” The Ancient Languages of Europe, R. D. Woodard (ed.), Cambridge: Cambridge University Press, 2008, ISBN 9780521684958.
  • Leonard R. Palmer, The Greek Language, New editon, Oklahoma: University of Oklahoma Press, 1996, ISBN 9780806128443.
  • 水谷みずたに智洋ともひろ古典こてんギリシア初歩しょほ岩波書店いわなみしょてん、1990ねんISBN 9784000008297
  • 高津たかつ春繁はるしげ『ギリシア文法ぶんぽう岩波書店いわなみしょてん、1960ねん - 絶版ぜっぱん。1995ねん復刊ふっかんISBN 9784000003421

関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]

  • Perseus Digital Library - 英語えいごサイト。膨大ぼうだいかず古代こだいギリシアテキスト、文法ぶんぽうしょ辞書じしょ画像がぞうなどを収集しゅうしゅう