吉川元春

凡例はんれい 吉川よしかわ 元春もとはる
吉川よしかわ元春もとはる像ぞう（早稲田大学わせだだいがく図書館としょかん蔵ぞう）
時代じだい	戦国せんごく時代じだい - 安土あづち桃山ももやま時代じだい
生誕せいたん	享とおる禄ろく3年ねん（1530年ねん）
死没しぼつ	天正てんしょう14年ねん11月15日にち（1586年ねん12月25日にち）
改名かいめい	毛利もうり元春もとはる→吉川よしかわ元春もとはる
別名べつめい	少しょう輔次郎ろう（通称つうしょう）
戒名かいみょう	随ずい浪なみ院いん殿どの前ぜん駿しゅん州しゅう太守たいしゅ四品拾遺海翁正恵大居士
墓所はかしょ	広島ひろしま県けん山県やまがた郡ぐん海応寺かいおうじ海応寺かいおうじ跡あと（吉川よしかわ元春もとはる館かん）跡あと隣接りんせつ地ち 京都きょうと市し妙心寺みょうしんじ
官位かんい	従したがえ四よん位い下か、治部じぶ少しょう輔、駿河するが守もり
主君しゅくん	毛利もうり元就もとなり→隆りゅう元はじめ→輝元てるもと
氏族しぞく	大江おおえ姓せい毛利もうり氏し→藤原ふじわら南みなみ家か工藤くどう流りゅう吉川よしかわ氏し
父母ちちはは	父ちち：毛利もうり元就もとなり、母はは：妙みょう玖（吉川よしかわ国こく経けい娘むすめ） 養父ようふ：吉川よしかわ興きょう経けい
兄弟きょうだい	毛利もうり隆たかし元もと、五龍ごりゅう局きょく（宍戸ししど隆たかし家か室しつ）、元春もとはる、 小早川こばやかわ隆景たかかげ、二宮にのみや就辰、穂ほ井田いだ元もと清きよし、 毛利もうり元もと秋あき、出羽でわ元もと倶、天野あまの元もと政せい、末次すえつぐ元康もとやす、小早川こばやかわ秀しげる包つつみ
妻つま	正室せいしつ：新庄しんじょう局きょく（熊谷くまがい信しん直ただしの娘むすめ）
子こ	元長もとなが、繁しげる沢さわ元はじめ氏し、益田ますだ元もと祥さち室しつ、広こう家いえ、 松寿しょうじゅ丸まる、吉見よしみ元もと頼よりゆき室しつ

吉川よしかわ 元春もとはる（きっかわ もとはる）は、戦国せんごく時代じだいから安土あづち桃山ももやま時代じだいにかけての武将ぶしょう。毛利もうり元就もとなりの次男じなん。母ははは吉川よしかわ国こく経けいの娘むすめ・妙みょう玖。同母どうぼの兄弟きょうだいに兄あにの毛利もうり隆たかし元もと、弟おとうとの小早川こばやかわ隆景たかかげ、その他た異母いぼの兄弟きょうだいが多おおくいる。

父ちち・元就もとなりによって藤原ふじわら南みなみ家かの流ながれを汲くむ安芸あき国こくの名門めいもん・吉川よしかわ氏しに養子ようしとして送おくり込こまれ、家督かとくを乗のっ取とる形かたちで相続そうぞくした。以後いご、毛利もうり両川りょうかわの一人ひとりとして、弟おとうとの隆景たかかげと共ともに毛利もうり家か発展はってんの基礎きそをき上ずきあげ、主おもに山陰さんいん地方ちほうの司令しれい官かんとして貢献こうけんした。

生涯しょうがい

幼少ようしょう時じ

享とおる禄ろく3年ねん（1530年ねん）、毛利もうり元就もとなりの次男じなんとして安芸あき吉田よしだ郡ぐん山城やましろで生うまれる。

天文てんもん9年ねん（1540年ねん）、出雲いずも国こくの尼子あまこ晴久はるひさが侵攻しんこうした際さいに行おこなわれた吉田よしだ郡ぐん山城やましろの戦たたかいにおいて、元服げんぷく前まえながら父ちちの反対はんたいを押おし切きって出陣しゅつじんし、見事みごとに初陣ういじんを飾かざった。

天文てんもん12年ねん（1543年ねん）8月がつ30日にち、兄あに・毛利もうり隆たかし元もとより「元もと」の偏へん諱いみなを受うけて元春もとはると名乗なのった（異説いせつあり）。

天文てんもん13年ねん（1544年ねん）12月20日にち、実子じっしがいない元就もとなりの弟おとうと・北きた就勝と養子ようし契約けいやくを行おこない、北きた就勝の死後しごに所領しょりょうを譲ゆずり受うける契約けいやくを行おこなった。

天文てんもん16年ねん（1547年ねん）、自みずから望のぞんで熊谷くまがい信しん直ただしの娘むすめ・新庄しんじょう局きょくと結婚けっこんする（後述こうじゅつ）。

吉川よしかわ家か相続そうぞく

天文てんもん16年ねん（1547年ねん）7月がつ、母方ははかたの従兄じゅうけいの吉川よしかわ興きょう経けいの養子ようしとなる。これは興きょう経けいと仲なかの悪わるかった叔父おじ・経世けいせいを初はじめとする吉川よしかわ家臣かしん団だんの勧すすめもあって、興きょう経けいがやむなく承服しょうふくしたものであるとされている。条件じょうけんは興きょう経けいの生命せいめいを保証ほしょうすること、興きょう経けいの子こ・千せん法師ほうしを元もと春はるの養子ようしとして、成長せいちょう後ごに家督かとくを相続そうぞくさせることであった。

同年どうねん閏うるう7月がつ22日にち、吉川よしかわ経世けいせい、市川いちかわ経けい好このみ、今田いまだ経けい高だかが連署れんしょの血判けっぱん起請文きしょうもんによって、元就もとなり、隆りゅう元はじめ、元もと春はるへの忠誠ちゅうせいを誓ちかい、閏うるう7月がつ25日にちに元就もとなり、隆りゅう元はじめ、元春もとはるは返答へんとうの連署れんしょ起請文きしょうもんを送おくっている。

天文てんもん19年ねん（1550年ねん）、元就もとなりは興きょう経けいを強制きょうせい的てきに隠居いんきょさせると、元もと春はるに家督かとくを継つがせて吉川よしかわ氏し当主とうしゅとした。そして熊谷くまがい信しん直じきらに命めいじて興きょう経けいと千せん法師ほうしを殺害さつがいしており、これが毛利もうり元就もとなりの調しらべ略りゃくであったといえる。 以後いご、安芸あき国こく大朝おおあさの小倉おぐら山城やましろに入はいった元春もとはるであったが、より要害ようがいの地ちである日野ひの山城やましろを築きずき、拠点きょてんを移動いどうしている。そして弟おとうとの小早川こばやかわ隆景たかかげと共ともに「毛利もうりの両川りょうかわ」と呼よばれ、山陰さんいん地方ちほうの政治せいじ・軍事ぐんじを担当たんとうした。

大内おおうち・尼子あまことの戦たたかい

弘治こうじ元年がんねん（1555年ねん）、厳島いつくしまの戦たたかいにおいては吉川よしかわ軍ぐんを率ひきいて小早川こばやかわ軍ぐんと協力きょうりょくし、陶とう晴賢はるかた率ひきいる大内おおうち軍ぐんを撃滅げきめつした。弘治こうじ2年ねん（1556年ねん）からは石見いわみ国こくに遠征えんせいし、尼子あまこ晴久はるひさと何なん度どか戦たたかうも晴はれ久ひさに退しりぞけられる（忍しのぶ原げん崩くずれ、降くだ露ろ坂ざかの戦たたかい）。弘治こうじ3年ねん（1557年ねん）に父ちちが隠居いんきょすると、隆景たかかげと共ともに両川りょうかわとして毛利もうり家かを実質じっしつ的てきに支ささえることとなった。

永えい禄ろく5年ねん（1562年ねん）、元春もとはるは胸部きょうぶや腹部ふくぶの激痛げきつうを伴ともなう積せき聚の病やまい（いわゆる癪しゃく）にかかり、毛利もうり元就もとなりは則のり阿おもねや少林寺しょうりんじ、楊井やぎい武たけ盛もりといった専従せんじゅう医いではない、領内りょうないの医師いしを動員どういんして元もと春はるの治療ちりょうにあたらせ、さらに京都きょうとの医師いし・大和やまと晴はる元もとを新荘しんじょう火ノ山ひのやま城じょうへ往診おうしんに向むかわせ元もと春はるの治療ちりょうにあたらせた。

永えい禄ろく8年ねん（1565年ねん）、第だい二に次じ月山がっさん富田とみた城じょうの戦たたかいでは主力しゅりょくとして参戦さんせんして武功ぶこうを挙あげ、永えい禄ろく9年ねん（1566年ねん）に尼子あまこ義久よしひさを降伏ごうぶくせしめている。

しかし、永えい禄ろく12年ねん（1569年ねん）からは尼子あまこ氏し再興さいこうを願ねがう尼子あまご家か旧臣きゅうしんの山中やまなか幸みゆき盛もりら率ひきいる尼子あまこ再興さいこう軍ぐんと戦たたかうことになる。布部ぬのべ山さんの戦たたかいで尼子あまこ再興さいこう軍ぐんを撃破げきはするも、同年どうねんには毛利もうり家かと敵対てきたいする大友おおとも宗麟そうりんの下したに寄食きしょくしていた大内おおうち氏しの一族いちぞく・大内おおうち輝弘てるひろが周防すおう国こくに侵攻しんこうしてくる。これに対たいして軍ぐん権けんを与あたえられていた元春もとはるは、大友おおとも家かの援軍えんぐんが十分じゅうぶんに集つどっていないうちに輝弘てるひろを攻せめて自害じがいに追おい込こんだ。（大内おおうち輝弘てるひろの乱らん）

元もと亀かめ2年ねん（1571年ねん）には謀略ぼうりゃくを用もちいて尼子あまこ勝久かつひさの籠こもる末石すえいし城しろを攻撃こうげき。山中やまなか幸みゆき盛もりを捕虜ほりょとし、勝久かつひさを敗走はいそうさせたのである（その後ご、幸こう盛もりは謀略ぼうりゃくを用もちいて脱走だっそう）。

織田おだ信長のぶながとの戦たたかい

元もと亀かめ2年ねん（1571年ねん）、父ちち・元就もとなりが死去しきょすると、その跡あとを継ついだ甥おい・毛利もうり輝元てるもと（隆たかし元もとの嫡男ちゃくなん）を弟おとうとの隆景たかかげと共ともに補佐ほさする役目やくめを担になった。

しかし元もと春はるに敗やぶれた尼子あまこ勝久かつひさらは、中央ちゅうおうで勢力せいりょくを拡大かくだいしていた織田おだ信長のぶながを頼たより、その援助えんじょを背景はいけいにして抵抗ていこうを続つづけるようになる。また、天正てんしょう4年ねん（1576年ねん）に最後さいごの室町むろまち幕府ばくふ将軍しょうぐんである足利あしかが義昭よしあきが毛利もうり氏しを頼たよって備後びんご国こく鞆に下向げこうすると、織田おだ氏しとの対立たいりつは決定的けっていてきとなる。天正てんしょう5年ねん（1577年ねん）からは織田おだ信長のぶながの命いのちを受うけた織田おだ氏しの重臣じゅうしん・羽柴はしば秀吉ひでよし率ひきいる中国ちゅうごく遠征えんせい軍ぐんが播磨はりま国こくに侵攻しんこうする。元もと春はるはこれを迎撃げいげきし、天正てんしょう6年ねん（1578年ねん）には尼子あまこ勝久かつひさや山中やまなか幸みゆき盛もりが籠こめる上月こうづき城しろを攻撃こうげきし、尼子あまこ勝久かつひさらは降伏ごうぶくし自刃じじん。宿敵しゅくてき・山中やまなか幸みゆき盛もりも処刑しょけいされ、尼子あまこ再興さいこう軍ぐんの動うごきを止とめた（上月こうづき城じょうの戦たたかい）。

その後ごも元もと春はるは織田おだ軍ぐんと各地かくちで戦たたかい続つづけたが、天正てんしょう8年ねん（1580年ねん）には三木みき城しろが落城らくじょうし、城主じょうしゅの別所べっしょ長治ながはるは自害じがい。そして備前びぜん国こくの宇喜多うきた直家なおいえや伯耆ほうき国こくの南条なんじょう元もと続つづけが織田おだ家かに与くみし、豊後ぶんご国こくからは大友おおとも宗麟そうりんが織田おだ信長のぶながと呼応こおうして毛利もうり領りょうに侵攻しんこう。天正てんしょう9年ねん（1581年ねん）には因幡いなば鳥取とっとり城じょうで吉川よしかわ一族いちぞくの吉川よしかわ経けい家かが自刃じじんするなど、毛利もうり家かは次第しだいに劣勢れっせいとなる。

天正てんしょう10年ねん（1582年ねん）、清水しみず宗治むねはるらが立たて籠こもる備中高松びっちゅうたかまつ城じょうが羽柴はしば秀吉ひでよしに攻撃こうげきされたため、元春もとはるは輝元てるもと・隆景たかかげらと共ともに救援きゅうえんに赴おもむいた（備中高松びっちゅうたかまつ城じょうの戦たたかい）。しかし、秀吉ひでよしの水攻みずぜめによって積極せっきょく的てきな行動こうどうに出でることができず、また秀吉ひでよしも元もと春はるらと戦たたかうことで被害ひがいが拡大かくだいすることを恐おそれて迎撃げいげきしなかったため、戦線せんせんは膠着こうちゃく状態じょうたいとなる。

そのような中なか、6月2日にちに織田おだ信長のぶながが明智あけち光秀みつひでの謀反むほんで死亡しぼうした（本能寺ほんのうじの変へん）。羽柴はしば秀吉ひでよしは本能寺ほんのうじの変へんを毛利もうり側がわに隠かくしつつ、「毛利もうり家かの武将ぶしょうのほとんどが調しらべ略りゃくを受うけている」と毛利もうり氏しの外交がいこう僧そう・安国寺あんこくじ恵瓊えけいに知しらせる。これで毛利もうり側がわは疑心暗鬼ぎしんあんきに陥おちいり、和睦わぼくを受諾じゅだくせざるを得えなかった。結果けっか、備中高松びっちゅうたかまつ城じょうは開城かいじょうし、清水しみず宗治むねはるらは切腹せっぷく。織田おだ軍ぐんは備中びっちゅう国こくから撤退てったいした。なお本能寺ほんのうじの変へんを伝つたえる報しらせが毛利もうり方かたにもたらされたのは秀吉ひでよし撤退てったいの日ひの翌日よくじつで、紀伊きいの雑賀さいか衆しゅうからの情報じょうほうであったことが、吉川よしかわ広ひろ家かの覚書おぼえがき（案文あんぶん）から確認かくにんできる。

『川角かわすみ太閤たいこう記き』によれば、元春もとはるはこの際さい追撃ついげきを主張しゅちょうしたが、隆景たかかげに制止せいしされたという。一方いっぽうで、『吉川よしかわ家か文書ぶんしょ』では、両りょう名なが追撃ついげきは無謀むぼうであり、失敗しっぱいすれば毛利もうりは次つぎこそ滅ほろぼされると懸念けねんし、光秀みつひで討伐とうばつに引ひき返かえしてゆく秀吉ひでよしを見逃みのがしたと記述きじゅつされている。

最期さいご

天正てんしょう10年ねん（1582年ねん）末まつ、家督かとくを嫡男ちゃくなんの元長もとながに譲ゆずって隠居いんきょした。これは、秀吉ひでよしに仕つかえることを嫌きらってのことであるとされている。そして、吉川よしかわ氏し一族いちぞくの石いし氏しの治おさめていた地ちを譲ゆずり受うけ、隠居いんきょ館かんの建設けんせつを開始かいしした。この館かんは後のちに「吉川よしかわ元春もとはる館かん」と呼よばれたが、元春もとはるの存命ぞんめい中ちゅうに完成かんせいすることはなかった。

その後ご、毛利もうり氏しは秀吉ひでよしの天下取てんかとりに協力きょうりょくし、天正てんしょう13年ねん（1585年ねん）に隆景たかかげは積極せっきょく的てきに秀吉ひでよしの四国しこく征伐せいばつに参加さんかしたが、吉川よしかわ軍ぐんは元長もとながが総そう大将たいしょうとして出陣しゅつじんするにとどまり、元春もとはるは出陣しゅつじんしなかった。

天正てんしょう14年ねん（1586年ねん）、天下てんか人じんへの道みちを突つき進すすむ豊臣とよとみ秀吉ひでよしの強つよい要請ようせいを受うけ、弟おとうとの隆景たかかげ、甥おいの輝元てるもとらの説得せっとくにより、隠居いんきょの身みでありながら九州きゅうしゅう平定へいていに参加さんかした。しかしこの頃ころ、元春もとはるは化膿かのう性せい炎症えんしょう（癌がんとも）に身体しんたいを蝕むしばまれていた。

そのため、同年どうねん11月がつ15日にち、出征しゅっせい先さきの豊前ぶぜん小倉こくら城じょう二にの丸まるで死去しきょした。享年きょうねん57。

逸話いつわ

元もと春はるの嫁取よめとり

元もと春はるは熊谷くまがい信しん直じきの娘むすめ（新庄しんじょう局きょく）を正室せいしつに娶めとり、生涯しょうがい側室そくしつを置おかず4男なん2女じょの子宝こだからに恵めぐまれた。

この正室せいしつの新庄しんじょう局きょくは不美人ふびじんであったという逸話いつわがある。宣せん阿おもねの『陰徳いんとく太平たいへい記き』巻まき十じゅう六ろく「元春もとはる娶めと熊谷くまがい信しん直之なおゆき女おんな事ごと」によると、児玉こだま就忠が縁談えんだんを薦すすめた際さいに不美人ふびじんと評判ひょうばんだった熊谷くまがい信しん直じきの娘むすめを元もと春はるは自みずから望のぞみ、驚おどろいた就忠が確認かくにんすると、「信しん直じきの娘むすめは醜みにくく誰だれも結婚けっこんしようとはしないので、もし元もと春はるが娶めとれば信しん直じきは喜よろこび、元春もとはるのために命いのちがけで尽つくすだろう」と話はなしたとある。この嫁取よめとりは勇猛ゆうもうで知しられる熊谷くまがい信しん直じきの勢力せいりょくを味方みかたにつけるための政略せいりゃく結婚けっこんであったと言いわれているが、その一方いっぽうで自みずからを女色じょしょくに溺おぼれさせないように戒いましめる意味いみもあったとされている。しかし、そのようなこととは無関係むかんけいと思おもえるほどに夫婦ふうふ仲なかは円満えんまんで、元春もとはるとその娘むすめとの間あいだには吉川よしかわ元長もとながと毛利もうり元はじめ氏し、吉川よしかわ広ひろ家か他たが生うまれている。その吉川よしかわ広ひろ家かを度々たびたび諌いさめた際さいは、夫婦ふうふ連名れんめいで書状しょじょうを送おくるなど、新庄しんじょう局きょくは吉川よしかわ家中かちゅうでは良妻賢母りょうさいけんぼであったようである。

ただ、武田たけだ光和みつかずに嫁とついだ信しん直じきの妹いもうとは絶世ぜっせいの美人びじんということであり、叔母おばと姪めいで容色ようしょくがそこまで違ちがうのかという疑問ぎもんもあり、本当ほんとうに不器量ぶきりょうであったかどうかは不明ふめいである。吉川よしかわ広ひろ家かが存命ぞんめい中ちゅうに成立せいりつした可能かのう性せいがある『安西あんざい軍ぐん策さく』には元もと春はる夫人ふじん（熊谷くまがい氏し）の器量きりょうが悪わるかったとの記述きじゅつはない。しかし香川かがわ正ただし矩のりの『陰徳いんとく記き』に「器量きりょうが悪わるい」との記述きじゅつが現あらわれ、『陰徳いんとく太平たいへい記き』に継承けいしょうされている。一説いっせつによると疱瘡ほうそうを病やんだせいで顔かおが醜みにくくなり、信しん直じきはこれを理由りゆうに婚約こんやくを辞退じたいしようとしたが、元春もとはるの側がわがそのような理由りゆうで約束やくそくを違たがえるのを潔いさぎよしとせず、結婚けっこんしたとも言いう。

なお、あえて不美人ふびじんを娶めとった逸話いつわとしては「諸しょ葛かずら孔明こうめいの嫁よめ選えらび」がある。史料しりょうに容貌ようぼうの記載きさいが無なく後年こうねんの作品さくひんで不細工ぶさいくとされたのは、龐統の例れいがある。病やまいによる容貌ようぼう悪化あっかを承知しょうちで娶めとった例れいとしては、明智あけち光秀みつひでや高橋たかはし紹運にも同様どうようの逸話いつわがある。以上いじょうのように歴史れきし上じょうにおいて類似るいじの逸話いつわが多おおく、実情じつじょうについては不明ふめいである。

吉川よしかわ本ほん太平たいへい記き

『太平たいへい記き』は南北なんぼく朝あさ期きの争乱そうらんを描えがいた軍記物語ぐんきものがたりで、戦国せんごく時代じだいの武人ぶじんにも広ひろく愛読あいどくされた。

尼子あまこ氏し討伐とうばつの陣中じんちゅうで元もと春はるは『太平たいへい記き』40巻かんを書写しょしゃし、これは現在げんざいに『吉川よしかわ本ほん』として伝つたわっている。吉川よしかわ本ほん太平たいへい記きは元もと春はる自身じしんが書写しょしゃしたもので、現在げんざいは財団ざいだん法人ほうじん吉川よしかわ報ほう效こう会かいの所有しょゆうとなっており、岩国いわくに市しの吉川よしかわ史料しりょう館かんが保管ほかんしている。太平たいへい記き本文ほんぶんはカタカナ交まじりで、古ふるい形式けいしきを良よく伝つたえている。

奥書おくがきの朱筆しゅひつによれば、吉川よしかわ元春もとはるが第だい1冊さつを永えい禄ろく6年ねん（1563年ねん）12月に筆ふでを下くだし、その後ご各巻かくかんの書写しょしゃを行おこなって、永えい禄ろく8年ねん（1565年ねん）7月がつに第だい39冊さつの書写しょしゃを完成かんせいしたとしている。別べつに自筆じひつの太平たいへい記き目録もくろく1冊さつもある。

太平たいへい記きには多少たしょうの異本いほんの存在そんざいが認みとめられ、そのうち最もっとも原作げんさくに近ちかいと認みとめられていたのは神田かんだ太平たへい記きであったが、神田かんだ本ほんには14巻かんの欠かけ失しつがあった。吉川よしかわ本ほんは神田かんだ本ほんに近ちかい内容ないようを有ゆうし、しかもほぼ全巻ぜんかんを完備かんびしていることから、古典こてん文学ぶんがく研究けんきゅう上じょうきわめて貴重きちょうな資料しりょうとされる。昭和しょうわ34年ねん（1959年ねん）12月18日にち、国くにの重要じゅうよう文化財ぶんかざい（書しょ蹟あと）に指定していされた。

居館きょかん跡あとの調査ちょうさ

吉川よしかわ元春もとはる館かん跡あとは居城きょじょう・日野ひの山城やましろ西南せいなんの麓ふもとに所在しょざいし、志路原川しじはらがわの河岸かわぎし段丘だんきゅう上じょうの緩なる斜面しゃめんに築造ちくぞうされていた。川かわが堀ほりの役割やくわりを果はたしており、西側にしがわの山やまに菩提寺ぼだいじの海応寺かいおうじ跡あとがある。

これまで、石垣いしがき、土ど塁るい、掘立柱ほったてばしら建物たてものを中心ちゅうしんとする屋敷やしき、庭園ていえんを確認かくにんしている。屋敷やしきからは建物たてもののほかトイレ遺構いこう2基きが検出けんしゅつされている。また、大溝おおみぞからは金隠きんかくしと「蝿はえ打うたんが為ためこれを造つくる者もの也」と墨書ぼくしょされた木きの札さつ、遺構いこう外がいからは「こほりさたう」と墨書ぼくしょされ氷砂糖こおりざとうの容器ようきと考かんがえられる円形えんけいの木きの蓋ぶた、「かかいさまへ（おかあ様さまへ）」と書かかれていることから元もと春はるの妻つまに宛あてられたであろうと考かんがえられる木製もくせいの荷札にふだなどが出土しゅつどしている。

昭和しょうわ61年ねん（1986年ねん）8月がつ28日にちに吉川よしかわ氏し居館きょかん跡あととして小倉おぐら山城やましろ、駿河するが丸まる城じょう、日野ひの山城やましろとともに国くにの史跡しせきに指定していされた。屋敷やしきや庭園ていえんは一部いちぶ復元ふくげんがなされている。

官かん歴れき

※日付ひづけは旧暦きゅうれき（明治めいじ5年ねん（1872年ねん）12月2日にちまで適用てきよう）

• 天文てんもん18年ねん（1549年ねん）
  • 4月がつ22日にち、大内おおうち義隆よしたかにより治部じぶ少しょう輔に吹挙され任官にんかん。
• 永えい禄ろく3年ねん（1560年ねん）
  • 2月がつ20日はつか、将軍しょうぐん・足利あしかが義輝よしてるにより、駿河するが守まもるに任官にんかん。
• 永えい禄ろく8年ねん（1565年ねん）
  • 9月7日にち、正せい五ご位い下かに叙位じょい。
• 元もと亀かめ3年ねん（1572年ねん）
  • 3月27日にち、従したがえ四よん位い下かに昇叙しょうじょ。

系譜けいふ

• 父ちち：毛利もうり元就もとなり（1497-1571）
• 母はは：妙みょう玖（1499-1546） - 吉川よしかわ国こく経けいの娘むすめ
• 養父ようふ：吉川よしかわ興きょう経けい（1508/18-1550）
• 正室せいしつ：新庄しんじょう局きょく（?-1606） - 熊谷くまがい信しん直ただしの娘むすめ。
  • 嫡男ちゃくなん：吉川よしかわ元長もとなが（1548-1587）
  • 次男じなん：繁しげる沢さわ元はじめ氏し（1556-1631） - 仁保にほ隆たかし在ざいの婿養子むこようし。
  • 長女ちょうじょ：華はな屋や宗そう栄さかえ（?-1610） - 益田ますだ元もと祥さちの正室せいしつ。慶長けいちょう15年ねん10月23日にち（1610年ねん12月8日にち）に死去しきょ。法号ほうごうは華はな屋や宗そう栄さかえ。
  • 三男さんなん：吉川よしかわ広ひろ家か（1561-1625）
  • 四男よつお：吉川よしかわ松寿しょうじゅ丸まる（?-1578）
  • 次女じじょ：雪ゆき岩がん秀しゅう梅うめ（?-1592） - 吉見よしみ元もと頼よりゆきの正室せいしつ。天正てんしょう20年ねん11月18日にち（1592年ねん12月21日にち）に死去しきょ。法号ほうごうは雪ゆき岩がん秀しゅう梅うめ。

偏へん諱いみなを受うけた人物じんぶつ

• 粟屋あわや春はる綱つな
• 伊い賀田よした春はる法ほう
• 伊い賀田よした春はる理り
• 伊い志こころざし春はる成なり
• 市川いちかわ春はる俊しゅん
• 井上いのうえ春はる忠ただし
• 井上いのうえ春はる佳けい
• 今田いまだ春はる倍ばい
• 今田いまだ春はる佳けい

• 宇都宮うつのみや春はる依よ
• 香川かがわ春はる継ままし
• 桂かつら春はる房ぼう
• 桂かつら春はる忠ただし
• 吉川よしかわ春はる孝こう
• 口くち羽わ春はる良りょう
• 小坂こさか春信はるのぶ
• 児玉こだま春はる種しゅ
• 堺さかい春はる倫りん

• 二宮にのみや春はる澄きよし
• 二宮にのみや春次はるじ
• 宮庄みやのしょう春はる真しん
• 森脇もりわき春はる親おや
• 森脇もりわき春はる忠ただし
• 山県やまがた春次はるじ
• 湯原ゆはら春はる綱つな
• 横道よこみち春はる重おも

関連かんれん作品さくひん

小説しょうせつ

• 浜野はまの卓也たくや『吉川よしかわ元春もとはる 毛利もうりを支ささえた勇将ゆうしょう』（PHP文庫ぶんこ、1997年ねん）
• 南条なんじょう範夫のりお『関白かんぱくに頭あたまを下さげなかった男おとこ－吉川よしかわ治部じぶ少しょう輔元春はる』（文春ぶんしゅん文庫ぶんこ・『おのれ筑前ちくぜん、我わが敗やぶれたり』収録しゅうろく、2002年ねん）

テレビドラマ

• 『太閤たいこう記き』（1965年ねん、NHK大河たいがドラマ、演えんじ：二本柳にほんやなぎ寛ひろし）
• 『毛利もうり元就もとなり』（1997年ねん、NHK大河たいがドラマ、演えんじ：松重まつしげ豊ゆたか）
• 『軍師ぐんし官兵衛かんべえ』（2014年ねん、NHK大河たいがドラマ、演えんじ：吉見よしみ一豊かずとよ）

芸能げいのう

• 南条なんじょう踊おどり - 吉川よしかわ元春もとはるに由来ゆらいすると言いわれる山口やまぐち県けん・広島ひろしま県けんに残のこる伝統でんとう民俗みんぞく舞踊ぶよう。

参考さんこう文献ぶんけん

• 瀬川せかわ秀雄ひでお『吉川よしかわ元春もとはる』マツノ書店しょてん、1985年ねん。 
• 東京大学とうきょうだいがく史料しりょう編纂へんさん所しょ 編へん『大だい日本にっぽん古文書こもんじょ 家かわけ第だい九きゅう 吉川よしかわ家か文書ぶんしょ』東京大学とうきょうだいがく出版しゅっぱん会かい、1970年ねん。 
• 宮本みやもと義己よしみ 著ちょ「戦国せんごく期きにおける毛利もうり氏し領国りょうごくの医療いりょうと医術いじゅつ」、米べい原はら正義まさよし先生せんせい古稀こき記念きねん論ろん文集ぶんしゅう刊行かんこう会かい 編へん『戦国せんごく織お豊ゆたか期きの政治せいじと文化ぶんか』続ぞく群ぐん書しょ類従るいじゅう完成かんせい会かい、1993年ねん。 
• 宮本みやもと義己よしみ「三さん道みち併進へいしん策さくによる毛利もうり家かの「上洛じょうらく作戦さくせん」」『歴史れきし読本とくほん』39巻かん9号ごう、1994年ねん。 
• 藤田ふじた達生たつお『秀吉ひでよしと海賊かいぞく大名だいみょう－海うみから見みた戦国せんごく終焉しゅうえん－』中央公論ちゅうおうこうろん新しん社しゃ、2012年ねん。 
• 防長新聞社ぼうちょうしんぶんしゃ山口やまぐち支社ししゃ編へん 編へん『近世きんせい防ぼう長ちょう諸家しょか系図けいず綜覧そうらん』三坂みさか圭けい治ち監修かんしゅう、防長新聞社ぼうちょうしんぶんしゃ、1966年ねん3月がつ。 NCID BN07835639。OCLC 703821998。全国ぜんこく書誌しょし番号ばんごう:73004060。 国立こくりつ国会図書館こっかいとしょかんデジタルコレクション

関連かんれん項目こうもく

• 黒井くろい城じょうの戦たたかい
• 広島ひろしま新庄中しんじょうなか学校がっこう・高等こうとう学校がっこう（位階いかい贈位ぞういを記念きねんして設立せつりつ）
• 若わか元もと春はる港こう - 大相撲おおずもう力士りきし 四股しこ名めいの由来ゆらいとなった。

外部がいぶリンク

• 吉川よしかわ史料しりょう館かん
• 安芸あき吉川よしかわ元春もとはる館かん
• 「太平たいへい記き」吉川よしかわ元春もとはる筆ひつ 山口やまぐち県けんの文化財ぶんかざい」
• 吉川よしかわ元春もとはる史跡しせき巡めぐり