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炭鉱たんこう

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炭田たんでんから転送てんそう
ラバにかせるトロッコで石炭せきたんはこ場面ばめん
インドにある炭鉱たんこう露天掘ろてんぼり)

炭鉱たんこう(たんこう、英語えいご:coal mine)は、石炭せきたんまたは亜炭あたんすための鉱山こうざんのこと。だい規模きぼ炭鉱たんこう炭田たんでん(たんでん)ともばれ、だい規模きぼなものは、中国ちゅうごく大同だいどう炭田たんでん萍郷炭田たんでんなどのほか、アメリカのアパラチア炭田たんでん、ロッキー炭田たんでん、カザフスタンのカラガンダ炭田たんでんクズネツク炭田たんでんウクライナドネツ炭田たんでんなどであり、に、インドダモダル炭田すみたポーランドシロンスク炭田すみた日本にっぽんでの輸入ゆにゅうおおオーストラリアモウラ英語えいごばん炭田たんでんなどが有名ゆうめいである。

なお、しばしば上記じょうき意味いみたいし、炭鉱たんこうおなみの炭礦たんこう表記ひょうきてられる。その理由りゆうとして石炭せきたん金属きんぞくではなく、その採掘さいくつ金属きんぞく鉱山こうざんともべないため、漢字かんじへんが「金偏かねへん」ではなく「石偏いしへん」となるのがただしいためとも主張しゅちょうされる。また、石炭せきたん採掘さいくつ坑道こうどうという意味いみ通常つうじょうもちいられる炭坑たんこうもしばしば炭鉱たんこうすために使つかわれる。ほん項目こうもくでは上記じょうき定義ていぎしめ用語ようごを「炭鉱たんこう」に統一とういつ記述きじゅつする。

歴史れきし

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石炭せきたん採掘さいくつ歴史れきしは、中国ちゅうごく大陸たいりく考古学こうこがくてき形跡けいせきから紀元前きげんぜんやく3490ねん以降いこうとされる[1]当初とうしょ鉱脈こうみゃく沿って採掘さいくつするとい採掘さいくつ英語えいごばんベルピット英語えいごばん[訳語やくご疑問ぎもんてん]ばれる縦穴たてあなったのちそこ周囲しゅういを(かね形状けいじょうに)採掘さいくつする手法しゅほうられた。

日本にっぽんでは、江戸えど時代じだい末期まっきから筑豊ちくほう唐津からつ地方ちほう採掘さいくつされた石炭せきたん個人こじん消費しょうひされており、たきぎ代用だいようとされていた。

産業さんぎょう革命かくめい

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本格ほんかくてき炭鉱たんこう開発かいはつ世界せかいてきはじまったのは18世紀せいきはいってからであった。背景はいけいにはその時期じき製鉄せいてつ燃料ねんりょう需要じゅよう急速きゅうそくたかまったことをげることができる。

  • 製鉄せいてつは、てつ精錬せいれんするための原料げんりょう近世きんせいはいるまで木炭もくたん利用りようしていた。しかし木炭もくたんおおがかりな設備せつびへの使用しようてきさず、期待きたいされる需要じゅよう木炭もくたんこたえるには木材もくざい消費しょうひりょう過大かだいとなり、実際じっさい製鉄せいてつおこなっている地域ちいき木材もくざい消費しょうひ限界げんかいたっした。その結果けっか燃料ねんりょう高騰こうとうし、需要じゅよう急激きゅうげき増加ぞうかいつかなかった。
1612ねんになると、イギリスのスタードバントが石炭せきたん原料げんりょうとしたむくろずみ使つかった製鉄せいてつほう発明はつめいし、のちダッド・ダドリー英語えいごばんエイブラハム・ダービー1せい英語えいごばんらの改良かいりょうによりてつ生産せいさん能力のうりょくたかまり、それにともな炭鉱たんこう開発かいはつ発展はってんげるようになる。

日米にちべい和親わしん条約じょうやく締結ていけつ函館はこだてなどのみなと開港かいこうにより船舶せんぱくへの燃料ねんりょう供給きょうきゅう必要ひつようせいたかまり、函館はこだてこうけに1856ねん安政あんせい3ねん現在げんざい釧路くしろ岩見いわみはま石炭せきたんこう開発かいはつしその1857ねん安政あんせい4ねん蝦夷えぞ(北海道ほっかいどう)白糠しらぬかまち釧路くしろ炭田たんでん日本にっぽんはつ洋式ようしき坑内こうない炭鉱たんこうとして開発かいはつされた[4]。さらに財政ざいせい逼迫ひっぱくしていたしょはん陣頭じんとう指揮しきをとって、炭鉱たんこう開発かいはつしていくようになる。当初とうしょ軌道きどうらなかったものの、瀬戸内せとうち地方ちほう製塩せいえん業者ぎょうしゃけの販路はんろ見出みいだすとおおきく発展はってんげた。その当時とうじ製塩せいえんでは海水かいすいしお蒸発じょうはつさせる燃料ねんりょうまつやに利用りようしていたが、そのまつやにの価格かかく高騰こうとうし、てい価格かかくであった石炭せきたん歓迎かんげいされたのである。

炭鉱たんこうでの採掘さいくつほう

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地表ちひょうちかくに鉱床こうしょう存在そんざいする炭田たんでんでは露天掘ろてんぼおこなわれるが、それにてきさない場合ばあい地表ちひょうから炭層たんそうまで坑道こうどうげ、炭層たんそう切羽きりはという作業さぎょう現場げんばつく採炭さいたんおこなう「坑内こうないり」がおこなわれる。

露天掘ろてんぼ

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坑内こうない

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開発かいはつ手法しゅほうによる分類ぶんるい

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採掘さいくつ区域くいき開発かいはつ手法しゅほうにより、2種類しゅるい採掘さいくつほうがある。

はしらぼうしき採掘さいくつほうルーム・アンド・ピラーほう英語えいごばん
採掘さいくつ区域くいき炭層たんそうはば7-8mごとに切羽きりはすみばしらけ、碁盤ごばんじょうすみばしらのこして採掘さいくつしていく方法ほうほう[5]すみばしら部分ぶぶんてんばんささえるため採掘さいくつせずにのこ場合ばあいおお[5]技術ぎじゅつてきには比較的ひかくてき難易なんいひくく、費用ひようひく[5]炭層たんそうあつ埋蔵まいぞうりょうおお炭田たんでんではこの方法ほうほうつづけたれいおおく、アメリカの炭鉱たんこうだい規模きぼ発達はったつした。すみばしらのこすため実収じっしゅうりつひく欠点けってんがあり、ドイツをはじめとする欧州おうしゅう日本にっぽん炭鉱たんこう後述こうじゅつ長壁おさかべしき採掘さいくつほう移行いこうした。
長壁おさかべしき採掘さいくつほう
採掘さいくつ区域くいきに20-200m程度ていど間隔かんかく並行へいこうする2ほん坑道こうどうかた坑道こうどうふか坑道こうどう)をもうけ、そのあいだながすみかべ切羽きりはとして一気いっき採掘さいくつする方法ほうほう[5]採掘さいくつあと広大こうだい空洞くうどうとなり、そのままでは切羽きりはあつがかかって危険きけんとなるため、採掘さいくつあとてんばん発破はっぱくずす(「ばらし」)、ズリとうめる(「じゅうてん」)などの方法ほうほうあつ軽減けいげんする対策たいさくられる。すみばしらのこさず実収じっしゅうりつたかいことから、欧州おうしゅう日本にっぽん炭鉱たんこうおお採用さいようされた[5]

採炭さいたん方法ほうほうによる分類ぶんるい

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ホーベル採炭さいたんれい
ドラムカッターとはしわくれい

切羽きりはでの採炭さいたん方法ほうほうは、技術ぎじゅつ発達はったつにより改良かいりょうかさねられた。おも採炭さいたんほう以下いかしめす。

おもつるはしもちいて人力じんりき採炭さいたんする方法ほうほう。つるはしは磨耗まもうはげしくひんぱんに交換こうかん必要ひつようとなるため、採炭さいたんようには先端せんたんのみを交換こうかんするように改良かいりょうされたものが使用しようされた。
ピック採炭さいたんほう
圧縮あっしゅく空気くうき作動さどうするコールピック(採炭さいたんよう改良かいりょうされた小型こがたそぎがん一種いっしゅ)で採炭さいたんする方法ほうほう
発破はっぱ採炭さいたんほう
すみかべにドリルなどであなけて爆薬ばくやくそうてんし、爆破ばくはしてくずすことにより採炭さいたんする方法ほうほう
ホーベル採炭さいたんほう
切羽きりは沿って動作どうさするすみかべ切削せっさく(ホーベル)によって連続れんぞくしてすみかべくずして採炭さいたんする方法ほうほう[6]。ドイツで開発かいはつされ、1950年代ねんだい後期こうきごろから日本にっぽん炭鉱たんこうにも導入どうにゅうされた[6]。ホーベルの動作どうさガイドをねてコンベアトラフが敷設ふせつされ、ホーベルはこのガイドじょう切羽きりは並行へいこう往復おうふく動作どうさおこなう。ホーベルの切削せっさく炭層たんそう密着みっちゃくするようコンベアトラフは背後はいごからシフター(空気圧くうきあつまたは水圧すいあつピストン)によって切羽きりはけられ、切削せっさくによって切羽きりはめん前進ぜんしんするとそれにわせて機材きざい全体ぜんたい前進ぜんしんする。採炭さいたん搬出はんしゅつ一連いちれんのシステムでおこな機材きざいとして開発かいはつされ[6]のちにカッター採炭さいたんほう発展はってんした。ホーベル自体じたいも、カッター採炭さいたんてきさない環境かんきょう炭層たんそうちゅうかたい珪化おおとう)の炭鉱たんこうけに使用しようつづけられ[6]はしわく[7]とのわせとう改良かいりょうおこなわれた。
カッター採炭さいたんほう
すみかべ機械きかいてき破砕はさいする重機じゅうき(コールカッター)によって採炭さいたんする方法ほうほう。コールカッターは元来がんらい切削せっさくえたチェーンソー様式ようしき機械きかいで、発破はっぱぜん工程こうていとしてすみかべ切削せっさくみぞ(「かし」としょうする)をきざみ、すみかべくずしやすくする採炭さいたん補助ほじょ機材きざいであった[6]。その切削せっさくを、円筒えんとうがた回転かいてんたいにスパイラルじょう切削せっさくえたドラムカッター様式ようしきとし、カッター自体じたい連続れんぞくてき採炭さいたんおこなうよう改良かいりょうされたものが開発かいはつされ、さらに、ホーベル採炭さいたんすみかべ切削せっさくをこのドラムカッターにえてコンベアトラフとわせた採炭さいたん搬出はんしゅつシステムに発達はったつした。ホーベルの場合ばあい比較ひかくしていちけずはばおおきく、より効率こうりつてきとなっている[6]。その採炭さいたん現場げんば保護ほごする鉄柱てっちゅうてつはり(「カッペ」)を一体化いったいかしたはしわく[7]システムともわせることで機械きかい採炭さいたんシステムへと発達はったつ[8]、1980年代ねんだいごろには日本にっぽん主要しゅよう炭鉱たんこうおおくがこの発達はったつがた採用さいようしていた。炭鉱たんこうによってはSD採炭さいたんほうともしょうされた。
水力すいりょく採炭さいたんほう
ノズル(「モニター」とばれる)からのこうあつ放水ほうすいによりすみかべ破砕はさいして採炭さいたんし、破砕はさいした石炭せきたんをポンプでみずとともにながれおくしてあながい搬出はんしゅつする採炭さいたん方法ほうほう[9]きゅうソ連それん開発かいはつ実用じつようされた。日本にっぽんにも技術ぎじゅつ導入どうにゅうされ、炭層たんそうきゅう傾斜けいしゃであるとう採掘さいくつ条件じょうけんきびしい炭鉱たんこう三井みつい砂川すながわ炭鉱たんこうなど)で採用さいようされた。

炭鉱たんこう構造こうぞう坑内こうないりの場合ばあい

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住友すみとも奔別炭鉱たんこう立坑たてこう

炭鉱たんこう石炭せきたん採掘さいくつつくられるものであるが、石炭せきたん分布ぶんぷ、すなわち炭層たんそう幾重いくえにもかさなっている。したがって採炭さいたん条件じょうけんもそれにしたがい、採炭さいたんである切羽きりは場所ばしょ深層しんそうしていく。そのため、人員じんいん採掘さいくつ機具きぐ、あるいは排水はいすい通風つうふうのためのみちける必要ひつようもあり、最低さいていほん以上いじょう主要しゅよう坑道こうどうっていく。この坑道こうどうには人員じんいんせるひとしゃ採掘さいくつした石炭せきたんせる炭車たんしゃ走行そうこうさせる。

かたによって立坑たてこう斜坑しゃこう水平すいへいあななどとばれるが、日本にっぽんでは斜坑しゃこうおおく、ぎされてだんかさねになっていた。1961ねん昭和しょうわ36ねん)での日本にっぽん炭鉱たんこうにおける平均へいきん切羽きりは深度しんど地下ちか250mである。ところが、日本にっぽんよりはや採炭さいたんすすんだイギリス、ドイツでは750mにもたっしていた。これは前述ぜんじゅつ長壁おさかべしき採掘さいくつほう発展はってん関係かんけいしており、労働ろうどう集約しゅうやくさんずみ効率こうりつはかった結果けっかであり、ルール炭田たんでんではとくすぐれた合理ごうりシステムが確立かくりつしていた。しかし、日本にっぽんではのち斜坑しゃこうでの限界げんかいかんじ、立坑たてこうにシフトしている。これは日本にっぽん炭鉱たんこう地層ちそう年代ねんだい相対そうたいてきわかく、そのため地形ちけい褶曲しゅうきょく(しゅうきょく)し、採掘さいくつ困難こんなんであるほか、ガスやみずおおふくまれているため、それによる品質ひんしつ劣化れっか、あるいはだい規模きぼ事故じこ幾度いくどとなく体験たいけんしてきたためである。

炭鉱たんこう構造こうぞう発展はってん歴史れきし

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露頭ろとう採炭さいたんから沿層の地下ちか採炭さいたんうつるにつれて、湧水わきみず可燃かねんせいガスが問題もんだいとなった。これらは初期しょき技術ぎじゅつりょくでは、炭坑たんこう寿命じゅみょう決定けっていする最大さいだい要因よういんになっていた。したがって排水はいすい機械きかい換気かんき体系たいけい成立せいりつは、深層しんそう採炭さいたん前提ぜんてい条件じょうけんであった[10]

湧水わきみず問題もんだい
  • 自然しぜん排水はいすいから排水はいすい
14世紀せいきなかばから炭層たんそう水準すいじゅんじょうにある丘陵きゅうりょう地帯ちたい炭坑たんこうでは、山腹さんぷく搬出はんしゅつねた排水はいすいどおりほら自然しぜん排水はいすいするよこあな採炭さいたん[ちゅう 1]搬出はんしゅつ竪坑たてこう専用せんよう排水はいすいどおりほらったよこほらしきあさそう採炭さいたん[ちゅう 2]採用さいようされ、1600年代ねんだいには一般いっぱんてきなものとなった。しかし、この方法ほうほうでは平野へいや横穴よこあなれない地層ちそう構造こうぞうなどの難点なんてんがあり、17世紀せいき初頭しょとう排水はいすいどおりほら普及ふきゅうとも排水はいすい一般いっぱんてきなものとして導入どうにゅうされた。
ひと動力どうりょくとする釣瓶つるべしき排水はいすい(windlass)や手動しゅどうポンプが導入どうにゅうされ、これらはそれまでのよこあなしき炭坑たんこう構造こうぞうたいして、竪坑たてこう構造こうぞう中心ちゅうしん斜坑しゃこう採炭さいたんおこなうイギリスしき採掘さいくつほう決定けっていづける原型げんけいとなった。しかし、それらの導入どうにゅうでも揚水ようすい能力のうりょく最大さいだい地下ちか15m程度ていどで、一般いっぱんてきおこなわれた途中とちゅう溜池ためいけつく段階だんかいてき揚水ようすいしても炭鉱たんこうふかさが72mをえるものはほとんどなかった。当時とうじ限界げんかいたっすれば、すぐつぎ場所ばしょ採掘さいくつするため炭鉱たんこう寿命じゅみょう大抵たいてい1ねん程度ていどであった。
  • 排水はいすい機関きかん出現しゅつげん
17世紀せいき後半こうはんになると地表ちひょうちかくの鉱脈こうみゃくすくなくなり、それをっていた炭鉱たんこうまち近郊きんこうそだったトーマス・セイヴァリは1698ねん蒸気じょうき機関きかん使つかったいあげポンプ「The Miner's Friend」を発明はつめい炭鉱たんこう導入どうにゅうした。しかし、揚水ようすい能力のうりょくのロスがおおきく、信頼しんらいせい運用うんようせい問題もんだいがあった。それらは1705ねんにダートマスの鍛冶たんや職人しょくにんトーマス・ニューコメン発明はつめいした大気たいきあつ機関きかんによって改善かいぜんされた。これらの発明はつめい数々かずかず炭鉱たんこう導入どうにゅうされたが、特許とっきょりょう関係かんけい一般いっぱんてき普及ふきゅうには特許とっきょれる1733ねんまでたなければならなかった。
換気かんき体系たいけい成立せいりつ
1850ねんのメリーランド炭鉱たんこう
有毒ゆうどくガスに敏感びんかんカナリアれる酸素さんそボンベきのRevival cage(カナリア蘇生そせい装置そうちきケージ)。イギリスでは1986ねん電子でんしガス検知けんちわるまで使用しようされた[11]
  • かご
湧水わきみず問題もんだい解決かいけつすると、炭鉱たんこう規模きぼ縦横じゅうおう方向ほうこう複雑ふくざつになるにいたった。結果けっか17世紀せいき後半こうはんでは、炭鉱たんこうないまった可燃かねんせいガスはそと排出はいしゅつされず炭鉱たんこう火災かさい頻発ひんぱつし、また酸素さんそ供給きょうきゅうければ窒息ちっそくなどの作業さぎょう環境かんきょう悪化あっかまねいた。その対策たいさくとして、17世紀せいきまでのそとなか気温きおん利用りようした自然しぜん対流たいりゅうから、排気はいきこう下部かぶいたり、各所かくしょかごをつるし空気くうき対流たいりゅう促進そくしんをはかった。しかし、これらの対策たいさく可燃かねんせいガスと空気くうきとの混合こんごう促進そくしんしたことから空気くうきえやすいものに火災かさい原因げんいんともなった。
  • 閉鎖へいさとファイアマン
炭鉱たんこうないまったガスにたいして、とくに場所ばしょ密閉みっぺい閉鎖へいさするか、1677ねん実施じっしされたファイアマンという特殊とくしゅすみ鉱夫こうふによって、人為じんいてきにガスを燃焼ねんしょうさせる対策たいさくが19世紀せいき前半ぜんはんになるまで小規模しょうきぼ炭鉱たんこうられた。
  • 換気かんき体系たいけい整備せいび
上記じょうき方法ほうほうだい規模きぼ炭鉱たんこうではむずかしく、換気かんきシステムの体系たいけいせまられた。18世紀せいきはじめに木製もくせい遮断しゃだんかべ一時いちじてき布製ぬのせいものはカーテンとばれた)を坑道こうどうもうける Face Airingの制度せいど考案こうあんされ、1760ねんにスペンディングが考案こうあんした木製もくせいやレンガせい遮断しゃだんかべにゅうあな排気はいきあな分離ぶんりし、各所かくしょ連絡れんらくようのトラップドアを設置せっちするcoursing the air制度せいど発展はってんした。それだけでは不十分ふじゅうぶんで1810ねんには、ジョン・バドル英語えいごばんさら発展はってんさせ、炭鉱たんこうない通気つうきエリアを区分くぶんして制御せいぎょするAir Splittingシステムを構築こうちくした。
  • ほん竪坑たてこう
1862ねんハートレー炭鉱たんこう事故じこ英語えいごばん発生はっせいした。この事故じこビームエンジン英語えいごばんのビーム(天秤てんびん竿ざお)の片側かたがわ落下らっかして、落下らっかちゅう接触せっしょくしたブラティス英語えいごばんばれる通気つうきよう木製もくせいパイプのほとんどが破損はそんした。結果けっか炭鉱たんこう下部かぶすみ鉱夫こうふ全員ぜんいん一酸化いっさんか炭素たんそ中毒ちゅうどく窒息ちっそくした。一本いっぽんだけの竪坑たてこうでは換気かんき問題もんだいがあるとかんがえられたため、1862ねん8がつ7にち議員ぎいん立法りっぽう可決かけつされ、すべてのしん鉱山こうざんには排気はいきよう通気つうきようほん竪坑たてこう義務付ぎむづけられ、既存きそん鉱山こうざんも1864ねんまつまでに同様どうよう義務付ぎむづける鉱山こうざん条例じょうれい制定せいていされた。
  • 換気扇かんきせん設置せっち
1849ねんには、換気扇かんきせん導入どうにゅうされていた。

坑内こうない電化でんか機械きかい

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作業さぎょうえてヘルメットライト英語えいごばん整備せいび充電じゅうでんのためにランプハウスへあづけにいく作業さぎょういんたち。
運搬うんぱん
主要しゅよう炭鉱たんこうでは19世紀せいきなかばから機械きかいすすんでいった。それまでは児童じどう女性じょせい成人せいじん男性だんせいうまがワゴンをはこんでいた。
照明しょうめい
炭鉱たんこうは1900年代ねんだいはじめに電灯でんとう開発かいはつされるまで、蝋燭ろうそくなどによる照明しょうめいたよっていた。それは石炭せきたん微粉びふんまつコールダスト英語えいごばん爆発ばくはつガス英語えいごばんなどの爆発ばくはつ火災かさい実際じっさいこすため、だい用品ようひん安全灯あんぜんとう英語えいごばん開発かいはつされた。
  • だい用品ようひん回避かいひさく
安全あんぜん代用だいようひんとして、生物せいぶつ発光はっこうこす「かわいたさかなかわ[12]ぼたるはいったボトルが利用りようされた[13]
また、すこしの火花ひばななら発火はっかしないとかんがえ、回転かいてんする金属きんぞくのディスクと歯車はぐるま接触せっしょくさせる装置そうち使用しようした。幸運こううんにも1人ひとり死亡しぼうですんだ[14]
ろうそくをゆかからげるとき、ほのお先端せんたんあおひかりはなったら可燃かねんせいガスがあると判断はんだんする[15]
  • 歴史れきし
    • 1815ねん 安全灯あんぜんとうデービーとう発明はつめい(しかし、この安全灯あんぜんとうにも問題もんだいがあり火災かさいきている)
    • 1859ねん William Clarkが、はじめて電灯でんとう特許とっきょ取得しゅとく
    • 1881ねん ジョゼフ・スワン白熱はくねつ電灯でんとう発明はつめい[16]
    • 1900ねん 炭鉱たんこう電灯でんとう設置せっち
    • 1930ねん ヘルメットライト英語えいごばん

炭鉱たんこう事故じこ

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1880年代ねんだい落盤らくばん事故じこ坑道こうどうめられた女性じょせい労働ろうどうしゃエミール・ゾラジェルミナール」より[ちゅう 3]

採掘さいくつによってこりえる事故じこは、以下いか分類ぶんるいされる。

ガス突出とっしゅつ
石炭せきたんふく炭層たんそうには、石炭せきたん生成せいせいされるとき副産物ふくさんぶつとしてメタンガスまっていることがおおい。これを大量たいりょうふく個所かしょいたとき発生はっせいする。メタンガスそのものは人体じんたいには無害むがいであり、空気くうきよりもかるいため通常つうじょう上昇じょうしょうするが、閉鎖へいさ空間くうかん坑内こうない大量たいりょう噴出ふんしゅつすると空気くうきされ、作業さぎょういん酸素さんそ欠乏症けつぼうしょうや、最悪さいあく場合ばあい窒息ちっそくすることになる。一酸化いっさんか炭素たんそなどの有毒ゆうどくガスが同時どうじまっている場合ばあい、ガス中毒ちゅうどくしゃすこともある。また、可燃かねんせいのメタンガスが一挙いっきょ噴出ふんしゅつするため、直後ちょくごにガス爆発ばくはつなどが発生はっせいすることがおおい。
ガス爆発ばくはつ
上記じょうきしたようなメタンガスが大量たいりょう突出とっしゅつすると、静電気せいでんき火花ひばななど様々さまざま原因げんいんによって爆発ばくはつ事故じこ誘発ゆうはつしやすくなる。とく閉鎖へいさ空間くうかんでの作業さぎょうとなる坑内こうないりでは、ガス突出とっしゅつ事故じこ早期そうき検知けんち目的もくてきねてメタンガスの濃度のうど常時じょうじ監視かんしする必要ひつようがある。また、あらかじめボーリングをおこなってガスを対策たいさく重要じゅうようであるが、十分じゅうぶんおこなわれない場合ばあい大量たいりょうのガス突出とっしゅつまねき、だい規模きぼ爆発ばくはつ事故じこにつながることとなる。21世紀せいき初頭しょとういたり、最新さいしん設備せつび充実じゅうじつさせてもガス爆発ばくはつふせ抜本ばっぽんてき解決かいけつほう確立かくりつされておらず、途上とじょうこく炭鉱たんこうではたびたび事故じこ発生はっせいしている。爆発ばくはつによるねつ衝撃しょうげき一酸化いっさんか炭素たんそなどで多数たすう作業さぎょういん危険きけんさらされ、また衝撃しょうげきによる落盤らくばん発生はっせいによって生存せいぞんしゃ早期そうき救出きゅうしゅつはばまれる場合ばあいおおい。
粉塵ふんじん爆発ばくはつ
炭鉱たんこうないには石炭せきたん粉塵ふんじん発生はっせいしやすい。これに掘削くっさくおこなうさい発生はっせいした火花ひばななどによって引火いんかして爆発ばくはつこることもある。またトロッコをはしらせている最中さいちゅうにレールに付着ふちゃくした粉塵ふんじん車輪しゃりんとの摩擦まさつねつ着火ちゃっか爆発ばくはつしたれいもある。石炭せきたんだい部分ぶぶん炭素たんそであるためメタンガスによる爆発ばくはつ以上いじょう一酸化いっさんか炭素たんそによる死傷ししょうしゃ発生はっせいしやすい危険きけん事故じこである。通常つうじょうみずきなどでリスクを最小限さいしょうげんおさえられる。
坑内こうない火災かさい
炭鉱たんこう事故じこなかでもとく被害ひがいおおきくなりやすい事故じこである。ガスや炭塵たんじん爆発ばくはつつづいて発生はっせいすることがおおい。通常つうじょう火災かさいちがい、周囲しゅうい可燃かねんぶつである石炭せきたん大量たいりょう存在そんざいするため、鎮火ちんかするまでに長時間ちょうじかんかかることがほとんどである。たとえば、きたずみ夕張ゆうばり炭鉱たんこう神通じんずうあなでは1924ねん発生はっせいした火災かさいが90ねん以上いじょうった2016ねん現在げんざいにおいても鎮火ちんかしていない[17]。また、坑道こうどう煙突えんとつとなってねつけむり一酸化いっさんか炭素たんそとおみちになるため、一度いちど発生はっせいするとおおくの犠牲ぎせいしゃすことになる。坑道こうどう入口いりくちふさいでさんかけ状態じょうたいにすることでめる手法しゅほう一般いっぱんてきだが、最終さいしゅう手段しゅだんとしてちかくのかわなどから注水ちゅうすいして坑道こうどう水没すいぼつさせる手法しゅほうられることがある。ただし、いずれの場合ばあい作業さぎょういん事前じぜん救出きゅうしゅつする手段しゅだんこうじる必要ひつようがあるが、1981ねん発生はっせいしたきたずみ夕張ゆうばりしん炭鉱たんこうガス突出とっしゅつ事故じこでは、坑内こうない安否あんぴ不明ふめい作業さぎょういんのこされた状態じょうたい注水ちゅうすい作業さぎょう開始かいしせざるをなかったため、会社かいしゃがわおおくの批判ひはんびた。
海水かいすい流入りゅうにゅう
海底かいてい鉱区こうくがある炭鉱たんこう落盤らくばんきたとき発生はっせいする事故じこである。海底かいてい炭鉱たんこうでは坑内こうない火災かさいをもえる最悪さいあく事故じこで、噴出ふんしゅつした大量たいりょう海水かいすいによって坑道こうどう一瞬いっしゅんのうちに水没すいぼつするため、坑内こうない作業さぎょういんのほとんどが溺死できしする可能かのうせいたかい。また、排水はいすい救出きゅうしゅつはおろか遺体いたい搬出はんしゅつすら不可能ふかのうであり、そのまま坑道こうどう放棄ほうきされることになる。

炭鉱たんこう作業さぎょうしゃすみ鉱夫こうふ炭鉱たんこう技術ぎじゅつしゃ

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石炭せきたん元々もともと労働ろうどうしゃ手作業てさぎょう採掘さいくつしていたものであり、おおくの労働ろうどうりょく必要ひつようとした。男性だんせい場合ばあいは「すみ鉱夫こうふ」とばれる。

日本にっぽん
北海道ほっかいどうでは囚人しゅうじん鉱夫こうふ使役しえきされた。
だい世界せかい大戦たいせんには、いわゆる傾斜けいしゃ生産せいさん方式ほうしき背景はいけい各地かくち炭鉱たんこう労働ろうどうしゃあつまった。
イギリス
19世紀せいき初頭しょとう子供こども女性じょせいはhurrier、またはcoal drawer、coal thrusterとばれるはことしてやとわれた。女性じょせい一人ひとりはこぶのはむずかしかったことから子供こども手伝てつだい、それらの作業さぎょうはしばしば12あいだのシフトでろしをおこなった[19][20]
3さいから4さい児童じどう雇用こようされ、男女だんじょ区別くべつなく仕事しごと従事じゅうじした[21][22]はこはthrustersとばれ、あたまからだ全体ぜんたいすことから毛髪もうはつうしなわれることもあった。ちから子供こどもはcoal trappersとしてやとわれた。かれらの仕事しごとは、ワゴン通過つうか換気かんきようのトラップドアの操作そうさなどである[21][23][24]鉱山こうざんおおきくなると人力じんりきではむずかしくなり、10さいから14さい子供こどもはcoal driversとばれるワゴンをうま誘導ゆうどうする作業さぎょうがあてがわれた。
1842ねんになると、10さい以下いか鉱山こうざんでの雇用こようは「Mines and Collieries Act 1842」によって禁止きんしされた。1870ねんには、5さいから13さいまでのすべての子供こども学校がっこうかようことが義務ぎむづけられ、おおくの炭鉱たんこう従事じゅうじした子供こどもめてしまったが、1920年代ねんだいでは学校がっこうったもの一般いっぱんてきしょくであった。
炭鉱たんこう技術ぎじゅつしゃ

炭鉱たんこう作業さぎょうしゃのギャラリー

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各国かっこく状況じょうきょう

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各国かっこく石炭せきたん生産せいさんりょう

石炭せきたん生産せいさんりょう国際こくさい比較ひかくおこなうことができる統計とうけいおおくはないが、石炭せきたん産出さんしゅつりょうとくおおくに中国ちゅうごくアメリカ、インド、オーストラリア、ロシア、みなみアフリカ、ドイツ、ポーランド、インドネシア、ウクライナである[25]

2019ねん石炭せきたん生産せいさんりょう
くに 生産せいさんりょう(ひゃくまんトン)[26]
中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく 3,692
インド 745
米国べいこく 640
インドネシア 585
オーストラリア 500
ロシア 425
みなみアフリカ 264
ドイツ 132
カザフスタン 117
ポーランド 112

ふるくからさんすみ英語えいごばんとしてられたが、小規模しょうきぼであることや設備せつび老朽ろうきゅうなどにともな規模きぼ縮小しゅくしょうしつつあるものには、産業さんぎょう革命かくめいとも発展はってんあゆんだイギリスのランカシャーヨークシャー地方ちほうウェールズ地方ちほうドイツルール地方ちほうザール地方ちほうチェコボヘミア地方ちほうなどをげることができる。これらのなかには閉山へいざん余儀よぎなくされたものもおおい。その一方いっぽうで、ちゅう小規模しょうきぼながらこう品質ひんしつ石炭せきたん産出さんしゅつすることで稼働かどうつづける炭田たんでんとして、ベトナムホンゲイ炭田たんでんのようなものも存在そんざいする。

日本にっぽん

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日本にっぽんでは現在げんざい坑道こうどうりでは太平洋たいへいよう炭礦たんこういだ釧路くしろコールマイン存続そんぞくしている。露天掘ろてんぼでは、砂子組すなごぐみ砂子すなご炭坑たんこうさんかさ露天ろてんあな(三笠市奔別鳥居沢町)のほか三井みついけい三菱みつびしけいがそれぞれすうしゃ採掘さいくつ北海道電力ほっかいどうでんりょく納入のうにゅうしている。

欧米おうべい

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だい世界せかい大戦たいせんのヨーロッパの国々くにぐにはヨーロッパ全体ぜんたいでの石炭せきたん産業さんぎょう調整ちょうせい国際こくさいカルテル)をおこなうための欧州おうしゅう石炭せきたん鉄鋼てっこう共同きょうどうたい創設そうせつするパリ条約じょうやく (1951ねん)締結ていけつ、1952ねん実行じっこうした。おおくのくにでカルテルは禁止きんしされ政治せいじてき反対はんたいもあったが、例外れいがい規則きそくによって設立せつりつがなされた。この意義いぎは、石炭せきたん鉄鋼てっこう戦争せんそう原因げんいんとなる資源しげんであり、それを共同きょうどう管理かんりすることで平和へいわにやっていこうということである。2002ねん7がつ23にちにパリ条約じょうやく失効しっこうしたが、欧州共同体おうしゅうきょうどうたいがれ、さらに発展はってん拡大かくだいされた欧州おうしゅう連合れんごうがれる。

フランス国内こくない石炭せきたん産出さんしゅつとノールけん場所ばしょあかわく
フランス

フランスのノールけんロレーヌ地域ちいきけんなどから産出さんしゅつしていた。だいいち世界せかい大戦たいせん大手おおて石炭せきたん採掘さいくつ企業きぎょうアンザン炭鉱たんこう会社かいしゃフランス語ふらんすごばん施設しせつ破壊はかいされて減産げんさんし、だい世界せかい大戦たいせんまえにはイギリスなどから輸入ゆにゅうしていた。

戦後せんごは、さら国内こくない産出さんしゅつ減少げんしょうし、外貨がいか不足ふそく周辺しゅうへん諸国しょこく混乱こんらんによって深刻しんこく石炭せきたん不足ふそくとなった。その物資ぶっし不足ふそくきていた状況じょうきょうから、フランスではおおくの産業さんぎょう国有こくゆうし、石炭せきたん産業さんぎょうも1946ねんからフランス石炭せきたん公社こうしゃフランス語ふらんすごばんかたち再建さいけんはかった[27]

国有こくゆう国際こくさい競争きょうそう荒波あらなみてず、閉山へいざん生産せいさん縮小しゅくしょう余儀よぎなくされた。閉山へいざんした炭鉱たんこう観光かんこうなどのみちをたどった。

ポーランド

歴史れきしてきシレジアルブリンから採掘さいくつおこなわれてきた[28]。2021ねん、ポーランド政府せいふ石炭せきたん採掘さいくつ組合くみあいは2049ねんまでにすべての炭鉱たんこう閉鎖へいさする協定きょうてい草案そうあん合意ごういした[29]

ロシア

埋蔵まいぞうりょう世界せかいで2番目ばんめおおきい1,730おくトンであり、そのほとんどはクズネツク炭田たんでんカンスク・アチンスク炭田たんでん英語えいごばんものである。

アメリカ

中国ちゅうごく

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中国ちゅうごく炭鉱たんこうは、国営こくえい重点じゅうてん炭鉱たんこう国営こくえい地方ちほう炭鉱たんこうさと炭鉱たんこうの3つに分類ぶんるいされる[25]

国営こくえい重点じゅうてん炭鉱たんこう
国営こくえい重点じゅうてん炭鉱たんこう従来じゅうらい中央ちゅうおう政府せいふ管轄かんかつにあったもので、1998ねん中央ちゅうおう政府せいふ石炭せきたんしょう)の石炭せきたん産業さんぎょうきょくへの格下かくさげにともなってしょう政府せいふ管轄かんかつうつされたものをいう[25]
国営こくえい地方ちほう炭鉱たんこう
国営こくえい地方ちほう炭鉱たんこう国営こくえい重点じゅうてん炭鉱たんこう以外いがい国有こくゆう炭鉱たんこうのうちしょうけん管轄かんかつしているものをいう[25]
さと炭鉱たんこう
さと炭鉱たんこう地方ちほう政府せいふのうちまちむらなどが管轄かんかつする炭鉱たんこうおよ個人こじん企業きぎょう経営けいえいしている炭鉱たんこうをいう[25]中国ちゅうごく政府せいふは1983ねんからさと炭鉱たんこう発展はってん奨励しょうれいする政策せいさくをとっていた[25]さと炭鉱たんこう規模きぼ労働ろうどうしゃすうせんにん規模きぼのものからすうにん規模きぼのものまであるが個人こじん企業きぎょう経営けいえいしている炭鉱たんこう通常つうじょう10にん以下いか労働ろうどうしゃ経営けいえいされている[25]

日本にっぽん炭鉱たんこう

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日本にっぽん石炭せきたん供給きょうきゅうさき推移すいい

日本にっぽんにおける炭鉱たんこうは、経済けいざいてき開発かいはつ価値かちのある炭田たんでんが51、炭田たんでん未満みまん石炭せきたん埋蔵まいぞう地区ちくが64あると通産省つうさんしょうは1956ねん報告ほうこくしている[30]石炭せきたん埋蔵まいぞうりょうやく202おくまんトン、うち開発かいはつ可能かのう石炭せきたんは31おくまんトンと推定すいていされている[30]埋蔵まいぞうりょうは、北海道ほっかいどうが101おくトンとやく半数はんすうであり、いで九州きゅうしゅうが79おくトンで、ふたつの地域ちいきで9わりめている[30]

日本にっぽん炭鉱たんこうはアメリカやオーストラリアのだい規模きぼ炭鉱たんこうくらべて地層ちそう構成こうせい複雑ふくざつなため、石炭せきたん地下ちか深部しんぶにあることがおおい。そのためなんキロメートルにもおよ坑道こうどう採掘さいくつしていたが、労働ろうどう条件じょうけんわるく、後述こうじゅつのようにメタンガス粉塵ふんじんによる爆発ばくはつ事故じこ落盤らくばんなどが多発たはつし、おおくの殉職じゅんしょくものしてきた。

国際こくさい連合れんごう教育きょういく科学かがく文化ぶんか機関きかん(ユネスコ)は、明治めいじ日本にっぽん産業さんぎょう革命かくめい遺産いさん 製鉄せいてつ製鋼せいこう造船ぞうせん石炭せきたん産業さんぎょう世界せかい文化ぶんか遺産いさん指定していした。リストではおも九州きゅうしゅう地方ちほう炭鉱たんこう端島はしま炭坑たんこう軍艦ぐんかんとう)、高島たかしま炭鉱たんこう三井みつい三池みいけ炭鉱たんこうげられている[31]

採掘さいくつりょう推移すいい

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明治維新めいじいしん以後いご石炭せきたん燃料ねんりょう工業こうぎょう原料げんりょうとく製鉄せいてつぎょう)として使用しようりょう増大ぞうだいした。北海道ほっかいどう福島ふくしまけん山口やまぐちけん福岡ふくおかけん佐賀さがけん長崎ながさきけんしゅ産地さんちで、最盛さいせいにはこれらの地域ちいき中心ちゅうしん全国ぜんこくに800以上いじょう炭鉱たんこうひらかれ、だい世界せかい大戦たいせんちゅう年間ねんかん産出さんしゅつりょうは6000まんトンにたっした。終戦しゅうせん急激きゅうげき減少げんしょうし、その産業さんぎょう回復かいふくにつれて産出さんしゅつりょう再度さいど増加ぞうかした。

1950ねん以降いこうほぼ5000まんトンをえるレベルに回復かいふくしたが、石油せきゆ大量たいりょう輸入ゆにゅうエネルギー革命かくめい)、コストめん外国がいこくさんのものに太刀打たちうちできないなどの問題もんだいで1961ねんをピークに徐々じょじょ衰退すいたいし、2002ねん以降いこう国内こくない操業そうぎょうしている坑内こうない炭鉱たんこうは、北海道ほっかいどう釧路くしろ炭鉱たんこうの1箇所かしょのみとなった。この炭鉱たんこうのある釧路くしろ炭田たんでんは、推定すいてい埋蔵まいぞうりょう20おくトンとだい規模きぼであり、炭層たんそうあつ水平すいへいひろがり、機械きかい(SD採炭さいたん採掘さいくつ容易よういであることから、採炭さいたん技術ぎじゅつ継承けいしょう海外かいがい技術ぎじゅつしゃ研修けんしゅう受入うけいれさきとしても活用かつようされている。2007年度ねんど以降いこう年間ねんかん60まんトン体制たいせいでの採炭さいたんつづけていた。

しかし石炭せきたん価格かかく高騰こうとうともない、国産こくさん石炭せきたんもコスト競争きょうそうりょくをもつようになってきたため、露天掘ろてんぼ炭鉱たんこう次々つぎつぎ開発かいはつされる。また福島ふくしまだいいち原発げんぱつ事故じこ国内こくない原子力げんしりょく発電はつでんしょ順次じゅんじ運転うんてん停止ていしするなか電力でんりょく会社かいしゃ電力でんりょく安定あんてい供給きょうきゅうのため、既存きそん石炭せきたん火力かりょく発電はつでんしょをフル稼働かどうさせるようになったため、採掘さいくつ事業じぎょうしゃたいして増産ぞうさんもとめるうごきもあった[32][33]

2015年度ねんど石炭せきたん生産せいさん坑内こうないりと露天掘ろてんぼりをわせて120まんトンじゃくで、内訳うちわけ坑内こうないり(釧路くしろコールマイン)がやく47まんトン、露天掘ろてんぼり(7しゃ)がやく73まんトンとなっている[34]

2018年度ねんどは96まんトンが国内こくない生産せいさんされた[35]

稼働かどうちゅう炭鉱たんこうあり

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現在げんざい日本にっぽん国内こくないにおいて稼働かどうちゅう炭鉱たんこうはすべて北海道ほっかいどう炭鉱たんこうである。

国内こくない唯一ゆいいつ坑内こうない炭鉱たんこうとしてとし50まんt生産せいさんちゅう採炭さいたんとベトナム・中国ちゅうごくとうへの石炭せきたん技術ぎじゅつ継承けいしょうおこなう。おもに発電はつでんよう
規模きぼちいさな露天掘ろてんぼりによる炭鉱たんこう数カ所すうかしょ存在そんざいする。
  • きたひし美唄びばいきたひし産業さんぎょう埠頭ふとう):美唄びばい[36]
  • 三美みよし炭鉱たんこう三美みよし鉱業こうぎょう):美唄びばい
  • 砂子いさご炭鉱たんこう砂子組すなごぐみ):三笠みかさ[37]
  • 空知そらちしん炭鉱たんこう空知そらち炭鉱たんこう):歌志内うたしない
  • ひがし芦別あしべつ炭鉱たんこう平野ひらの重機じゅうき鉱業こうぎょう):芦別あしべつ
  • 新旭しんあさひ芦別あしべつ鉱業こうぎょう):芦別あしべつ

出典しゅってん[38][39]

すべ閉山へいざん

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日本にっぽんにはめずらしい無煙炭むえんたん炭鉱たんこう
おも海軍かいぐん国鉄こくてつけの官有かんゆう炭鉱たんこう

炭鉱たんこう起因きいんする問題もんだい

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炭鉱たんこう博物館はくぶつかん、テーマパーク

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日本にっぽん
アジア
ヨーロッパ

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ day-hole system
  2. ^ pitand adit system
  3. ^ a b c ジュール・フェラ

出典しゅってん

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参考さんこう文献ぶんけん

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  • 平凡社へいぼんしゃ国民こくみん百科ひゃっか事典じてん』1961年度ねんどばん
  • 平凡社へいぼんしゃ世界せかい百科ひゃっか事典じてん』1965年度ねんどばん
  • 三省堂さんせいどう『コンサイス日本にっぽん地名ちめい事典じてん
  • 社団しゃだん法人ほうじん 燃料ねんりょう協会きょうかい石炭せきたん利用りよう技術ぎじゅつ用語ようご辞典じてん』 コロナしゃ、1984ねん
  • 矢野やの牧夫まきおほか『石炭せきたんかた日本にっぽん近代きんだい』そしえて、1986ねん7がつdoi:10.11501/12020515 

関連かんれん項目こうもく

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法律ほうりつ

外部がいぶリンク

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