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アスタルト

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かくあたまかざりをこうむったアスタルト(ルーヴル美術館びじゅつかんくら

アスタルト(‘ṯtrt [‘aṯtart])は、地中海ちちゅうかい世界せかい各地かくちひろあがめられたセムけい豊穣ほうじょう多産たさん女神めがみ崇拝すうはいビュブロス(Byblos、現在げんざいレバノン)などがられる。

メソポタミア神話しんわイナンナイシュタルギリシア神話しんわアプロディーテーなどと起源きげんおなじくする女神めがみかんがえられ、また周辺しゅうへん地域ちいきのさまざまな女神めがみ習合しゅうごうしている。

かく地域ちいきにおけるアスタルト

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ウガリットにおけるアスタルト

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ウガリット神話しんわではバアル御名ぎょめい(šm b‘l [šumu ba‘ala])ともばれ、おなじくバアルの陪神である女神めがみアナトともに、バアルと密接みっせつ不可分ふかぶんな陪神とされる。しかし、神話しんわでは重要じゅうようなヒロインであるアナトにたいし、アスタルトはほとんど活躍かつやくしない。アナトがうるわしいと賛美さんびされる一方いっぽう、アスタルトはあいらしいと賛美さんびされる。バアルのてきである、みずつかさど海神わたつみヤム=ナハルとは豊穣ほうじょうしんという性質せいしつじょうしたしい関係かんけいにあったため、バアルがヤムをたおし、かれらえたさいには、ヤムが自分じぶんたちの仲間なかまであることからるべき行為こういだと非難ひなんした[1]。あるいは、かれたおしていたヤムのからだを、バラバラにしてらすように進言しんげんした[2][注釈ちゅうしゃく 1]

イナンナとうっていた「あい残酷ざんこく女神めがみ」のめんはむしろアナトにがれている。このため、アスタルトとアナトは同一どういつしんべつ呼称こしょうぎないとするせつとなえるものもいる。事実じじつ、アナトとアスタルトが同一どういつされていた時代じだいもあった。また、最高さいこうしんイルつまあるいはバアルつまとするせつもある。

カナン地域ちいきにおけるアシュトレト

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この女神めがみカナンなどでもあがめられており、旧約きゅうやく聖書せいしょにも、主要しゅよう異教いきょうかみとしてヘブライかたち アシュトレト (עַשְׁתֹּרֶת)のでしばしば登場とうじょうする。ちなみにこの女神めがみ本来ほんらいのヘブライめいアシュテレト (עַשְׁתֶּרֶת)である。アシュトレトとはこれに「はじ」を意味いみするヘブライボシェトの母音ぼいんんだ蔑称べっしょうである。宗教しゅうきょうてき中立ちゅうりつとはがた呼称こしょうだが、以下いか本節ほんぶしでは聖書せいしょ記述きじゅつしたがい、こう表記ひょうきする。

アシュトレトの複数ふくすうがたアシュタロト(עַשְׁתָּרוֹת)はまた、異教いきょう女神めがみ普通ふつう名詞めいしとしてもちいられた。またきゅうやく聖書せいしょには地名ちめいとしてもており(『さるいのちだい1しょうだい4せつ)、バシャンにある主要しゅようまちであった(アシュタロテ・カルナイム英語えいごばん)。

この地域ちいきにおいてもウガリットと同様どうよう軍神ぐんしんてき性格せいかく後退こうたいし、もっぱら豊穣ほうじょう繁殖はんしょくかみとしてあがめられた。この地域ちいき出土しゅつどするふくよかな体型たいけい女神めがみぞうすくなくとも一部いちぶはアシュトレトであるとかんがえられる。

豊穣ほうじょうしんとしてのアシュトレトはとくにこの地域ちいき農民のうみんにとってきわめて魅力みりょくてきであり、おなじく豊穣ほうじょうしんであるバアルとともきわめて熱心ねっしん崇拝すうはいされた。この地域ちいき入植にゅうしょくしたヘブライじんたちにとってもバアルやアシュトレトは魅力みりょくてきであり、ヤハウェ信仰しんこう脅威きょういとなるほどの崇拝すうはいけた(『だい2しょうだい13せつ)。また、旧約きゅうやく聖書せいしょれつおうじょうだい11しょうだい5せつには、晩年ばんねんソロモンおうつまたちのすすめにより、アシュトレトをはじめとする異教いきょうかみ々をあがめたことがしるされ、このころには為政者いせいしゃがわにまで異教いきょうかみ々への信仰しんこう浸透しんとうしていたことがわかる。それ以後いごイスラエル王国おうこくおおくのおうたちはその信仰しんこう容認ようにんしたため、ユダヤきょう聖職せいしょくしゃからはげしく攻撃こうげきされた。

また、『エレミヤしょ』に登場とうじょうする女神めがみてん女王じょおうも、彼女かのじょ呼称こしょうひとつとかんがえられている。この女神めがみおなじくカナンの豊穣ほうじょう女神めがみであるアナト別名べつめいぎぬとのせつもあり、事実じじつとしてアナトと同一どういつされていた時代じだいもあった。

この旧約きゅうやく聖書せいしょにおけるアシュトレトが、のちにヨーロッパのグリモワールにおいて悪魔あくまアスタロトとされた。

エジプトにおけるアースティルティト

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一方いっぽうエジプト神話しんわれられたさいには軍神ぐんしんとしての性格せいかくのこしている。古代こだいエジプトではアースティルティト(‘ṯtirtit)とばれ、戦車せんしゃり、たてやりなどで武装ぶそうし、まいはねかざったうえエジプトかんむりしろくてとがったかたちかんむり)をこうむったおんな戦士せんし姿すがたあらわされる。

系譜けいふとしてはプタハむすめとされ[4]とくにプタハの聖地せいちメンフィスあがめられた。[よう出典しゅってん]また、アナトとともに(バアルと習合しゅうごうした)セトつまとされる[5]。また軍馬ぐんば守護神しゅごじんとされる。これはエジプトにもともとうまったりうま戦車せんしゃ使つか習慣しゅうかんがなかったためで、彼女かのじょ外国がいこく由来ゆらいかみであることをしめす。

その信仰しんこうエジプトだい18王朝おうちょうころからはじまったとかんがえられている。[よう出典しゅってん]このころしるされた神話しんわアスタルテ・パピルスドイツばん』によると、彼女かのじょはエジプトのかみ々に再三さいさんみつもの要求ようきゅうするヤム・ナハルと交渉こうしょうしたという。アースティルティトはこれによってヤムの好意こういるものの、今度こんどはヤムは彼女かのじょ自身じしんわたすようにプタハに要求ようきゅうする。結局けっきょくかみ々は彼女かのじょわりにさらおおくのみつものささげることになったという。つまりこの神話しんわではバアルではなくヤムがてん支配しはいしゃとなっている[4]

ギリシア・ローマにおけるアスタルテー

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また、古代こだいギリシア古代こだいローマでもアスタルテーἈστάρτη, Astártē)とばれて崇拝すうはいされ、アプロディーテーやユーノー同一どういつされた。

フェニキアにおけるアスタルテ

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フェニキアにおいては世界せかいしん統治とうちしゃであり、ふる世界せかい破壊はかいしてはあたらしい世界せかい創造そうぞうする再生さいせい女神めがみだったとされる。また、インドカーリーとも同一どういつされ、カーリーのような姿すがたのアスタルテのこくぞうつかっている。

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ 谷川たにがわ政美まさみによれば、この場面ばめんでアシュタルト(アスタルト)がバアルに言葉ことばは、「らす」と「る」のいずれにも翻訳ほんやくできるという。谷川たにがわは、たおしたヤムにたいしバアルがじる必然ひつぜんせいはないとかんがえ、前者ぜんしゃわけった[3]

出典しゅってん

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  1. ^ 『ヘブライの神話しんわ』155ぺーじ
  2. ^ 『ウガリトの神話しんわ バアルの物語ものがたり』55ぺーじ
  3. ^ 『ウガリトの神話しんわ バアルの物語ものがたり』195ぺーじ
  4. ^ a b 『ウガリトの神話しんわ バアルの物語ものがたり』166ぺーじ
  5. ^ 『エジプト神話しんわ』144ぺーじ

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 『ウガリトの神話しんわ バアルの物語ものがたり谷川たにがわ政美まさみやく新風しんぷうしゃ、1998ねん9がつISBN 978-4-7974-0327-5 
  • イオンズ, ヴェロニカ『エジプト神話しんわ酒井さかい傳六でんろくわけ青土おうづちしゃ〈シリーズ世界せかい神話しんわ〉、1991ねん8がつISBN 978-4-7917-5145-7 
  • 矢島やじま文夫ふみお『ヘブライの神話しんわ 創造そうぞう奇蹟きせき物語ものがたり筑摩書房ちくましょぼう世界せかい神話しんわ 4〉、1982ねん12月。ISBN 978-4-480-32904-2 

関連かんれん項目こうもく

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