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フェラーリ・312F1

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』
フェラーリ・312F1
カテゴリー フォーミュラレーシングカーだい1規定きてい
コンストラクター スクーデリア・フェラーリ
デザイナー マウロ・フォルギエリ
先代せんだい フェラーリ・1512F1
後継こうけい フェラーリ・312B
主要しゅようしょもと
シャシー 鋼管こうかんスペースフレーム アルミニウムパネル
サスペンション(まえ ダブルウィッシュボーン, インボード・スプリング/ダンパー
サスペンション( ダブルウィッシュボーン
エンジン フェラーリ 3000cc V12, ミッドエンジン, たて
トランスミッション MT
タイヤ グッドイヤー
主要しゅよう成績せいせき
チーム スクーデリア・フェラーリ
ドライバー ロレンツォ・バンディーニ,
ジョン・サーティース,
マイク・パークス,
ルドヴィコ・スカルフィオッティ
クリス・エイモン
ジャッキー・イクス
コンストラクターズタイトル 0
ドライバーズタイトル 0
初戦しょせん 1966ねん
出走しゅっそう優勝ゆうしょうポールFラップ
52373
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フェラーリ・312F1 (Ferrari 312 F1) シリーズは、スクーデリア・フェラーリ1966ねんから1969ねんにかけて、F1世界せかい選手権せんしゅけんよう開発かいはつ使用しようしたフォーミュラ1カーである。開発かいはつ担当たんとうしゃマウロ・フォルギエリ

概要がいよう

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国際こくさい自動車じどうしゃ連盟れんめい(FIA)は1966ねんシーズンからエンジンにかかわるレギュレーション変更へんこうし、自然しぜん吸気きゅうき (NA) エンジンは3リッター以下いかきゅうきの場合ばあいは1.5リッター以下いかというものになった。ほんマシンはそのレギュレーション変更へんこう対応たいおうして開発かいはつされたものである。

エンジン排気はいきりょう倍増ばいぞうという変更へんこうは、フェラーリにとって有利ゆうりはたらくとかんがえられた。イギリスけいチームはしん規定きてい見合みあ量販りょうはんがたエンジンの確保かくほ苦労くろうしており、日本にっぽんホンダ自社じしゃせいV12エンジンの開発かいはつおくれていた。それにたいし、フェラーリはスポーツカーレース分野ぶんやで3,000ccクラスのエンジン開発かいはつけており、ライバルにさきんじて準備じゅんびすることができた。1952ねん1961ねんのレギュレーション変更へんこうにも、フェラーリはF2エンジンを流用りゅうようしてシーズンを席巻せっけんした経験けいけんがあった。

ロレンツォ・バンディーニる312F1/66

312F1は1965ねんすえチームに先駆さきがけて発表はっぴょうされた。シャーシはまだエンジンを構造こうぞうたいとはしない後部こうぶまでびたセミ・モノコックで、1969ねんがたの312F1/69までつづいた。エンジンは新規しんき開発かいはつおこなわず、スポーツプロトタイプカー275P2搭載とうさいされていた3.3リッターエンジンをデチューンして搭載とうさいした。そう排気はいきりょう2989cc、60Vがた12気筒きとうDOHC、ボア×ストローク77mm×53.5mm、1シリンダーあたり吸気きゅうき1・排気はいき1の2バルブ、最高さいこう出力しゅつりょく公称こうしょう360馬力ばりき/10,000rpm[1]燃料ねんりょう供給きょうきゅうはルーカスしゃせい燃料ねんりょう噴射ふんしゃ装置そうち採用さいようしていた。

タイヤは当初とうしょダンロップせいだったが車体しゃたいにマッチせず、後半こうはんせんファイアストン変更へんこうした。

1966ねんシーズン開幕かいまく当初とうしょ、エースドライバーのジョン・サーティースのみが312F1をドライブし、チームメイトのロレンツォ・バンディーニだい2せんまでタスマンシリーズようマシンを流用りゅうようした246F1-66158シャーシに2.4リッター"ディーノV6"を搭載とうさい)を使用しようした。サーティースはだい2せんベルギーGPでポール・トゥ・ウィンを達成たっせいしたが、熟成じゅくせいおくれる312F1よりも246F1を使用しようすべきだとうったえてチームと対立たいりつした。そして、だい3せんまえおこなわれたル・マン24あいだレースでチームマネージャーと衝突しょうとつし、フェラーリからっていった。

1966ねんだい7せんイタリアGPでは、吸気きゅうき2・排気はいき1の3バルブのシリンダーヘッド・ツインスパーク採用さいようされた。最高さいこう出力しゅつりょく公称こうしょう390馬力ばりき/10,000rpm[2]。この地元じもとレースではルドヴィコ・スカルフィオッティマイク・パークスがワンツー・フィニッシュをたした。

フェラーリ優位ゆうい予想よそう裏切うらぎられ、軽量けいりょうかつ信頼しんらいせいたかレプコエンジンを搭載とうさいしたブラバムがコンストラクターズタイトルを獲得かくとくした。フェラーリはブラバムにぐランキング2だったが、その成績せいせきロータスBRMH16エンジンにつまずいたおかげでもあった。当時とうじ、フェラーリはル・マンでフォード全面ぜんめん対決たいけつちゅうであり、工場こうじょうストライキによりイギリスGPを欠場けつじょうするなど、F1に集中しゅうちゅうできるようなチーム状況じょうきょうではなかった。

よく1967ねんシーズン、312はおおきな変更へんこう開幕かいまくむかえたが、マシンの操縦そうじゅうせいやパワー不足ふそくなどの問題もんだい解決かいけつしていなかった。ドライバーは相次あいついで不幸ふこう見舞みまわれ、モナコGPではエースのロレンツォ・バンディーニ火傷かしょうって死亡しぼう。パークスもベルギーGPで重傷じゅうしょうい、ショックをけたスカルフィオッティは引退いんたい後半こうはんせんしん加入かにゅうしたクリス・エイモンの1だいのみでシーズンをたたかわざるをなかった。ベストリザルトは34かい勝利しょうりわり、ランキング5転落てんらくした。

さらに、このとしのオランダGPから登場とうじょうしたフォード・コスワース・DFVエンジンと、それを搭載とうさいしたロータス・49存在そんざいがフェラーリをくるしめることになった。

だい9せんイタリアGPでは4バルブしたエンジンを投入とうにゅう。それまでのツインスパークは採用さいようされず通常つうじょうたん点火てんかになっていた。また、吸排気はいきポートの位置いちぎゃくになり、吸気きゅうきかんはカムシャフトのあいだ排気はいきかんはVバンクの谷間たにま配置はいちされていた。最高さいこう出力しゅつりょく公称こうしょう410馬力ばりき/10,600rpm[3]

だい5せんオランダGPにてセンターウィング装備そうびの312F1/68をドライブするイクス。

1968ねんシーズンのだい3せんモナコGPでロータス・49Bがリアスポイラーを装着そうちゃくすると、だい4せんベルギーGPでは、フェラーリとブラバムがエンジン上部じょうぶにセンターウィングをマウントした。スポーツカーレースシャパラルという先駆せんくしゃがいたが、F1でははじめてウィングを装着そうちゃくしたマシンのひとつとなった。のちにウィングは油圧ゆあつ可変かへんしきへと改良かいりょうされ、ドライバーがコクピットから調節ちょうせつ可能かのうになった。

レギュラードライバーはエイモンとしん加入かにゅうジャッキー・イクス。エイモンは3ポールポジション (PP) を獲得かくとくするなどはやさをみせたが、首位しゅい走行そうこうちゅうのマシントラブルなどにより1しょうもできなかった。イクスは1しょう1PPを記録きろくしてチャンピオンあらそいにからんだが、だい10せんカナダGP予選よせんちゅうあし骨折こっせつしてしまった。コンストラクターズランキングは4

1969ねんはエンジンのポート配置はいちふたた通常つうじょうのバンクがい排気はいきもどされた。シリンダーヘッド改良かいりょうでパワーアップをはかったが、信頼しんらいせい不足ふそく露呈ろていし、エンジントラブルが頻発ひんぱつした。最高さいこう出力しゅつりょく公称こうしょう436馬力ばりき/11,000 rpm[4]

前年ぜんねん先鞭せんべんけたウィングは、開発かいはつ競争きょうそうによって前後ぜんごハイマウントしきにまで進化しんかしたが、モナコGPちゅう大幅おおはば規制きせいけ、たかさのひく固定こていしき変更へんこうされた。

チームの資金しきんなんにより、前半ぜんはんせんはエイモンの1だい体制たいせいでの参戦さんせんにとどまった。エイモンは地元じもとイタリアGPで予選落よせんおちしたあとチームを離脱りだつし、終盤しゅうばんせんペドロ・ロドリゲスの1だい体制たいせいになった。シーズン獲得かくとくポイントはわずか7てん、ランキング6という散々さんざん結果けっかわり、フェラーリはしん開発かいはつの12気筒きとうボクサーエンジン搭載とうさいする312B期待きたいをつなぐしかなかった。

スペック

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項目こうもく 312F1/66[1] 312F1/67[2] 312F1/68[3] 312F1/69[4]
シャシー
構造こうぞう セミモノコック(チューブラーフレーム+アルミパネル)
全長ぜんちょう 3,830 mm 3,970 mm 4,050 mm 4,060 mm
ぜんこう 870 mm 885 mm 875 mm 910 mm
重量じゅうりょう
油脂ゆしるいふくむ)
610 kg 548 kg 512 kg 530 kg
ホイールベース 2,400 mm
トレッド(まえ 1,450 mm 1,551 mm 1,547 mm 1,550 mm
トレッド( 1,435 mm 1,536 mm 1,582 mm 1,561 mm
ステアリング ラック・アンド・ピニオン
ギアボックス フェラーリせいたておけ マニュアル5そく後進こうしん1そく
サスペンション 前後ぜんご独立どくりつ懸架けんかダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、つつがたショックアブソーバー、アンチロールバー
ブレーキ ディスクブレーキ
エンジン
気筒きとうすう角度かくど Vがた12気筒きとう 60°
ボア・ストローク 77 x 53.5 mm
排気はいきりょう 2,989 cc
圧縮あっしゅく 11:1
最高さいこう出力しゅつりょく 265 kW (360 hp) / 10,000 rpm 287 kW (390 hp) / 10,000 rpm 301 kW (410 hp) / 10,600 rpm 321 kW (436 hp) / 11,000 rpm
どうべん機構きこう DOHC・2バルブ DOHC・3バルブ DOHC・4バルブ
燃料ねんりょう供給きょうきゅう ルーカスせい インジェクション
点火てんか装置そうち 1気筒きとうあたり2プラグ 1気筒きとうあたり1プラグ
潤滑じゅんかつシステム ドライサンプ
クラッチ マルチプレート
燃料ねんりょう シェル
タイヤ
メーカー ダンロップ
ファイアストン
ファイアストン
サイズ(まえ 5.50×14 4.75-10.30-15 5.00-10.00-13
サイズ( 7.00×14 6.00-12.30-15 6.00-13.50-15
項目こうもく 312F1/66 312F1/67 312F1/68 312F1/69

記録きろく

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  • 太字ふとじポールポジションはすファステストラップkey
  • しるしはリタイアだが、90%以上いじょう距離きょり走行そうこうしたため規定きていにより完走かんそうあつかい。

1966ねん

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とし エントラント シャシー エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 ポイント ランキング
1966 スクーデリア・フェラーリ 312/66 フェラーリ 218
3.0L V12
D


F

MON BEL FRA GBR NED GER ITA USA MEX 31
(32)
*
2
イギリスの旗 サーティース Ret 1
イタリアの旗 バンディーニ NC 6 6 Ret Ret
イギリスの旗 パークス 2 Ret Ret 2
イタリアの旗 スカルフィオッティ 1

1967ねん

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とし エントラント シャシー エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 ポイント ランキング
1967 スクーデリア・フェラーリ 312/66
312/67
フェラーリ 242
3.0L V12
F RSA MON NED BEL FRA GBR GER CAN ITA USA MEX 20 5
イタリアの旗 バンディーニ Ret
ニュージーランドの旗 エイモン 3 4 3 Ret 3 3 6 7 Ret 9
イギリスの旗 パークス 5 Ret
イタリアの旗 スカルフィオッティ 6 NC
イギリスの旗 ウィリアムズ 8

1968ねん

[編集へんしゅう]
とし エントラント シャシー エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 ポイント ランキング
1968 スクーデリア・フェラーリ 312/67
312/67/68
312/68
フェラーリ 242
3.0L V12
フェラーリ 242C
3.0L V12
F RSA ESP MON BEL NED FRA GBR GER ITA CAN USA MEX 32 4
ベルギーの旗 イクス Ret Ret 3 4 1 3 4 3 DNS Ret
ニュージーランドの旗 エイモン 4 Ret Ret 6 10 2 Ret Ret Ret Ret Ret
イタリアの旗 デ・アダミッチ Ret
イギリスの旗 ベル Ret Ret

1969ねん

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  • 予選よせん最高さいこう2 決勝けっしょう最高さいこう3
  • コンストラクターズランキング6
  • ドライバーズランキング12クリス・エイモンだい6せんまで参戦さんせん
  • ドライバーズランキング15ペドロ・ロドリゲスだい3せんまでBRMから出走しゅっそう。6せん以降いこうフェラーリから参戦さんせん
  • ドライバーズランキング-くらいエルネスト・ブランビラだい8せん参戦さんせん
とし エントラント シャシー エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 ポイント ランキング
1969 スクーデリア・フェラーリ 312/68
312/69
フェラーリ 255C
3.0L V12
F RSA ESP MON NED FRA GBR GER ITA CAN USA MEX 7 6
ニュージーランドの旗 エイモン Ret Ret Ret 3 Ret Ret
イタリアの旗 ブランビラ DNS
メキシコの旗 ロドリゲス Ret 6
ノース・アメリカン・レーシングチーム Ret 5 7

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ a b "312 F1-66". Ferrari.com. 2013ねん2がつ17にち閲覧えつらん
  2. ^ a b "312 F1-67". Ferrari.com. 2013ねん5がつ1にち閲覧えつらん
  3. ^ a b "312 F1-68". Ferrari.com. 2013ねん5がつ1にち閲覧えつらん
  4. ^ a b "312 F1-69". Ferrari.com. 2013ねん5がつ1にち閲覧えつらん