十じゅう一いち面めん観音かんのん

木造もくぞう十じゅう一いち面めん観音かんのん立像りつぞう 法華寺ほっけじ（平安へいあん時代じだい、国宝こくほう）

絹本けんぽん著ちょ色しょく十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞう 奈良なら国立こくりつ博物館はくぶつかん（平安へいあん時代じだい、国宝こくほう）

十じゅう一いち面めん観音かんのん（じゅういちめんかんのん）、梵名エーカダシャムカ (एकदशमुख ekadaśamukha)は、仏教ぶっきょうの信仰しんこう対象たいしょうである菩薩ぼさつの一いち尊みこと。観音かんのん菩薩ぼさつの変化へんか身み（へんげしん）の1つであり、六観音ろくかんのんの1つでもある。頭部とうぶに11の顔かおを持もつ菩薩ぼさつである。梵名は「11の顔かお」、「11の顔かおを持もつもの」の意い。

概要がいよう

三昧ざんまい耶形は水瓶みずがめ、開ひらき蓮華れんげ。種たね字じはキャ(क、ka)、キリーク(ह्रीः、hrīḥ)。

六観音ろくかんのんの役割やくわりでは、阿修羅あしゅら道どうの衆生しゅじょうを摂と化かするという。

密教みっきょうの尊みこと格かくであり、密教みっきょう経典きょうてん（金きむ剛つよし乗じょう経典きょうてん）の十じゅう一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経（不空ふくう訳やく）、仏説ぶっせつ十じゅう一いち面めん観世音かんぜおん神しん咒経、十じゅう一いち面めん神しん咒心経けい（玄げん奘訳）に説とかれている。

十じゅう一面観自在菩薩心密言念誦儀軌経によれば、10種類しゅるいの現世げんせいでの利益りえき（十じゅう種しゅ勝利しょうり）と4種類しゅるいの来世らいせでの果報かほう（四よん種しゅ功徳くどく）をもたらすと言いわれる。

十じゅう種しゅ勝利しょうり

• 離はなれ諸しょ疾病しっぺい（病気びょうきにかからない）
• 一切如來攝受（一切いっさいの如来にょらいに受うけ入いれられる）
• 任にん運うん獲得かくとく金銀きんぎん財寶ざいほう諸しょ穀こく麥むぎ等とう（金銀きんぎん財宝ざいほうや食物しょくもつなどに不自由ふじゆうしない）
• 一切いっさい怨敵おんてき不能ふのう沮壞（一切いっさいの怨敵おんてきから害がいを受うけない）
• 國王こくおう王子おうじ在ざい於王宮先みやざき言げん慰問いもん（国王こくおうや王子おうじが王宮おうきゅうで慰労いろうしてくれる）
• 不ふ被ひ毒藥どくやく蠱毒。寒かん熱ねつ等とう病びょう皆みな不ふ著ちょ身み（毒薬どくやくや虫むしの毒どくに当あたらず、悪寒おかんや発熱はつねつ等とうの病状びょうじょうがひどく出でない。）
• 一切いっさい刀がたな杖つえ所しょ不能ふのう害がい（一切いっさいの凶器きょうきによって害がいを受うけない）
• 水みず不能ふのう溺おぼれ（溺死できししない）
• 火ひ不能ふのう燒しょう（焼死しょうししない）
• 不ふ非ひ命中めいちゅう夭（不慮ふりょの事故じこで死しなない）

四よん種しゅ功德くどく

• 臨命終おわり時じ得とく見み如來にょらい（臨終りんじゅうの際さいに如来にょらいとまみえる）
• 不ふ生なま於惡趣あくしゅ（悪趣あくしゅ、すなわち地獄じごく・餓鬼がき・畜生ちくしょうに生うまれ変かわらない）
• 不ふ非命ひめい終おわり（早死はやじににしない）
• 從したがえ此世界かい得とく生せい極樂ごくらく國土こくど（今生こんじょうのあとに極楽浄土ごくらくじょうどに生うまれ変かわる）

日本語にほんごでは「十じゅう一いち面めん観音かんのん菩薩ぼさつ」、「十じゅう一いち面めん観世音菩薩かんぜおんぼさつ」など様々さまざまな呼よび方かたがあるが、国宝こくほう、重要じゅうよう文化財ぶんかざい等とうの指定してい名称めいしょうは「十じゅう一面観いちめんかん音おん」となっている。

歴史れきし的てき由来ゆらい

顔かおの数かずの由来ゆらいなど、起源きげんの明確めいかくな根拠こんきょが少すくない。ヒンドゥー教きょうの影響えいきょう下かに7世紀せいきごろ成立せいりつしたとされる。

日本にっぽんでの信仰しんこう

十じゅう一いち面めん観音かんのん 心こころ覚さとし撰せん『別べつ尊みこと雑記ざっき』(平安へいあん時代じだい)より

密教みっきょう系けいの尊みこと格かくであるが、雑ざつ密みつの伝来でんらいとともに奈良なら時代じだいから信仰しんこうを集あつめ、病気びょうき治癒ちゆなどの現世げんせい利益りえきを祈願きがんして十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞうが多おおく祀まつられた。観音かんのん菩薩ぼさつの中なかでは聖観音しょうかんのんに次ついで造みやつこ像ぞうは多おおく、救済きゅうさいの観点かんてんからも千手観音せんじゅかんのんと並ならんで観世音菩薩かんぜおんぼさつの変化へんか身みの中なかでは人気にんきが高たかかった。

伝承でんしょうでは、奈良なら時代じだいの修験しゅげん道どう僧そうである泰やすし澄きよしは、幼少ようしょうより十じゅう一いち面めん観音かんのんを念ねんじて苦く修練しゅうれん行ぎょうに励はげみ、霊場れいじょうとして名高なだかい白山はくさんを開山かいさん、十じゅう一いち面めん観音かんのんを本地ほんじとする妙みょう理り権現ごんげんを感得かんとくした。平安へいあん時代じだい以降いこう、真言宗しんごんしゅう・天台宗てんだいしゅうの両りょう教きょうを修おさめた宗そう叡あきらは、この妙みょう理り権現ごんげんを比叡山ひえいざん延暦寺えんりゃくじに遷座せんざし、客人きゃくじん権現ごんげんとして山王さんのう七なな社しゃの1つに数かぞえられている。

像ぞう容よう

インドにおける作例さくれいは顕著けんちょなものは無ない。雑ざつ密みつ時代じだいである初期しょき唐とう代だい以降いこうの中国ちゅうごくで盛さかんに信仰しんこうされ、日本にっぽんでも数多かずおおく造みやつこ像ぞうされた。

通例つうれい、頭上ずじょうの正面しょうめん側がわに柔和にゅうわ相しょう（3面めん）、左側ひだりがわ（向むかって右みぎ）に憤怒ふんぬ相しょう（3面めん）、右側みぎがわ（向むかって左ひだり）に白しろ牙きば上出かみで相しょう（3面めん）、背面はいめんに大だい笑わらい相しょう（1面めん）、頭頂とうちょうに仏ふつ相しょうを表あらわす。

日本にっぽんでは、奈良なら時代じだいから十じゅう一面観いちめんかん音おんの造みやつこ像ぞう・信仰しんこうは盛さかんに行おこなわれ、法隆寺ほうりゅうじ金堂こんどう壁画へきが（1949年ねんの火災かさいで焼損しょうそん）中ちゅうの十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞうが最古さいこの作例さくれいと見みなされる。奈良なら時代じだいの作例さくれいとしては他たに奈良なら・聖林寺せいりんじ像ぞう（国宝こくほう。大神神社おおみわじんじゃの元もと神宮寺じんぐうじの大だい御ご輪わ寺てら伝来でんらい）京都きょうと・観音寺かんおんじ像ぞう（国宝こくほう）、奈良なら・薬師寺やくしじ像ぞう（重文じゅうぶん）などがある。東大寺とうだいじ二に月がつ堂どうの本尊ほんぞんも十じゅう一面観いちめんかん音おんであるが、古来こらい厳重げんじゅうな秘仏ひぶつであるため、その像ぞう容ようは明あきらかでない。同どう寺てらの年中ねんじゅう行事ぎょうじである「お水みず取とり」は、十じゅう一面観いちめんかん音おんに罪障ざいしょうの懺悔ざんげをする行事ぎょうじ（十じゅう一いち面めん悔過法要ほうよう）である。

十じゅう一面観いちめんかん音おんはその深ふかい慈悲じひにより衆生しゅじょうから一切いっさいの苦くるしみを抜ぬき去さる功徳くどくを施ほどこす菩薩ぼさつであるとされる。多おおくの十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞうは頭部とうぶ正面しょうめんに阿弥陀如来あみだにょらいの化か仏ほとけ（けぶつ）を頂いただき、頭上ずじょうには仏ふつ面めん（究極きゅうきょく的てき理想りそうとしての悟さとりの表情ひょうじょう）、菩薩ぼさつ面めん（穏おだやかな佇たたずまいで善良ぜんりょうな衆生しゅじょうに楽らくを施ほどこす、慈悲じひの表情ひょうじょう。慈悲じひ面めんとも）、瞋怒面めん（しんぬめん。眉まゆを吊つり上あげ口こうを「へ」の字じに結むすび、邪悪じゃあくな衆生しゅじょうを戒いましめて仏道ぶつどうへと向むかわせる、憤怒ふんぬの表情ひょうじょう。忿怒ふんど面めん（ふんぬめん）とも）、狗いぬ牙きば上出かみで面めん（くげじょうしゅつめん。結むすんだ唇くちびるの間あいだから牙きばを現あらわし、行おこないの浄きよしらかな衆生しゅじょうを励はげまして仏道ぶつどうを勧すすめる、讃さん嘆の表情ひょうじょう。牙きば上じょう出面でづらあるいは白しろ牙きば上じょう出面でづらとも）、大だい笑わらい面めん（だいしょうめん。悪あくへの怒いかりが極きわまるあまり、悪あくにまみれた衆生しゅじょうの悪行あくぎょうを大口おおぐちを開あけて笑わらい滅めっする、笑顔えがお。暴悪ぼうあく大だい笑わらい面めんとも）など、各々おのおのに複雑ふくざつな表情ひょうじょうを乗のせ、右手みぎてを垂下すいかし、左手ひだりてには蓮華れんげを生いけた花瓶かびんを持もっている姿すがたであることが多おおい。この像ぞう容ようは玄げん奘訳わけの「十じゅう一いち面めん神しん咒心経けい」に基もとづくものである。

「十じゅう一いち面めん神しん咒心経けい」によれば、右手みぎては垂下すいかして数珠じゅずを持もち、左手ひだりてには紅蓮ぐれんを挿さした花瓶かびんを持もつこととされている。ただし、彫像ちょうぞうの場合ばあいは右手みぎての数珠じゅずが省略しょうりゃくないし亡失ぼうしつしたものが多おおい。一方いっぽう、真言宗しんごんしゅう豊山とよやま派は総本山そうほんざん長谷寺はせでら本尊ほんぞんの十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞうは、左手ひだりてには通常つうじょう通どおり蓮華れんげを生いけた花瓶かびんを持もっているが、右手みぎてには大だい錫杖しゃくじょうを持もち、岩いわの上うえに立たっているのが最大さいだいの特徴とくちょうで、豊山とよやま派はの多おおくの寺院じいんに安置あんちされた十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞうはこの像ぞう容ようとなっているため、通常つうじょうの十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞうと区別くべつして「長谷寺はせでら式しき十じゅう一いち面めん観音かんのん」と呼よばれる。

空海くうかいによって伝つたえられた正純まさずみ密教みっきょう（真言宗しんごんしゅう）では、不空ふくうの訳わけ経けいに基もとづく四よん臂ひじ像ぞうも造ぞう像ぞうされたが、日本にっぽんにおける作例さくれいは二に臂ひじ像ぞうが圧倒的あっとうてきに多おおい。

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  聖林寺せいりんじ像ぞう（奈良なら時代じだい、国宝こくほう）
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  法華寺ほっけじ像ぞう（平安へいあん時代じだい、国宝こくほう）
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  向むかい源はじめ寺てら（渡岸寺とがんじ）像ぞう（平安へいあん時代じだい、国宝こくほう）
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  室生寺むろうじ像ぞう（平安へいあん時代じだい、国宝こくほう）
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  新しん薬師寺やくしじ像ぞう（奈良なら国立こくりつ博物館はくぶつかん寄託きたく）（平安へいあん時代じだい、重要じゅうよう文化財ぶんかざい）
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  十じゅう一面観いちめんかん音像おんぞう 唐から時代じだい サックラー・ギャラリー
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  長谷寺はせでら

真言しんごん

Oṃ lokeśvara hrīḥ
オーン、世よ自在じざい尊とうとよ、フリーヒ（ह्रीः）。
オン　ロケイジンバラ　キリク

Oṃ mahā-kāruṇika svāhā
オーン、大悲だいひなる御方おかたよ、スヴァーハー。
オン　マカ　キャロニキャ　ソワカ

この真言しんごんが説とかれた代表だいひょう的てきな経典きょうてんとして仏説ぶっせつ十じゅう一面観世音菩薩随願即得陀羅尼経があるが、この経典きょうてんは漢かん訳やく経典きょうてん大蔵経だいぞうきょうには存在そんざいしないため日本にっぽんで編纂へんさんされた偽にせ経けいと推測すいそくされる

陀羅尼だらに

十じゅう一いち面めん神呪かんのう

Namo ratnatrayāya
三宝さんぼうに帰依きえします。
namo ārya-jñānasāgara-vairocana-vyūha-rājāya
聖せいなる智慧ちえの海うみ、遍あまねく照てらす荘厳そうごんなる王おうに帰依きえします。
tathāgatāya arhate samyaksaṃbuddhāya
如来にょらい、価値かちある方ほう、正まさしく目覚めざめた御方おかたに帰依きえします。
namaḥ sarva tathāgatebhyaḥ arhatebhyaḥ samyaksaṃbuddhebhyaḥ
一切いっさいの如来にょらい、価値かちある方ほう、正まさしく目覚めざめた御方おかたに帰依きえします。
namo āryavalokiteśvarāya bodhisattvāya mahāsattvāya mahākāruṇikāya
聖ひじり観かん自在じざい菩薩ぼさつ、偉大いだいな衆生しゅじょう（摩ま訶薩）、大悲だいひなる御方おかたに帰依きえします。

tadyathā: Oṃ dhara dhara dhiri dhiri dhuru dhuru itī-vāti. cale cale pracale pracale kusume kusuma. vare ili mili cili citi jāla mapanaya parama śuddha sattva mahā-kāruṇika svāhā
オン・ダラ・ダラ・ジリ・ジリ・ドロ・ドロ・イチバチ、シャレイ・シャレイ・ハラシャレイ・ハラシャレイ・クソメイ・クソマ、バレイ・イリ・ミリ・シリ・シチ・ジャラ・マハナヤ・ハラマ・シュダ・サタバ・マカキャロニキャ・ソワカ

日本にっぽんにおけるおもな作例さくれい

※作例さくれい多数たすうあり、網羅もうら不可能ふかのうであるため、主おもに国宝こくほう指定してい像ぞうを挙あげるにとどめる。

奈良なら時代じだい

• 奈良なら・聖林寺せいりんじ像ぞう
• 京都きょうと・観音寺かんのんじ像ぞう
• 京都きょうと・大雲寺だいうんじ像ぞう未み指定してい

平安へいあん時代じだい

• 滋賀しが・向むかい源はじめ寺てら（渡岸寺とがんじ）像ぞう
• 京都きょうと・六波羅蜜ろくはらみつ寺てら像ぞう
• 大阪おおさか・道明寺どうみょうじ像ぞう
• 奈良なら・法華寺ほっけじ像ぞう
• 奈良なら・室生寺むろうじ像ぞう

絵画かいが

• 奈良なら国立こくりつ博物館はくぶつかん本ほん（平安へいあん時代じだい）

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• 歓喜天かんぎてん