シリア

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シリア・アラブ共和きょうわこく
الجمهورية العربية السورية
シリアの国旗 シリアの国章
国旗こっき くにあきら
くに標語ひょうご:なし
国歌こっかحماة الديار(アラビア
祖国そこくまもものたちよ
シリアの位置
公用こうよう アラビア
首都しゅと ダマスカス
最大さいだい都市とし ダマスカス
政府せいふ
大統領だいとうりょう バッシャール・アル=アサド
ふく大統領だいとうりょう ナジャーハ・アル=アッタール英語えいごばん
首相しゅしょうフセイン・アルヌース英語えいごばん
人民じんみん議会ぎかい議長ぎちょうハンムーダ・サッバーグ英語えいごばん
面積めんせき
総計そうけい 185,180km286
水面すいめんせきりつ 0.6%
人口じんこう
総計そうけい2022ねん 21,563,800[1]ひと60
人口じんこう密度みつど 116.4にん/km2
GDP自国じこく通貨つうか表示ひょうじ
合計ごうけい2010ねん 2ちょう7,918おく[2]シリア・ポンド (YTL)
GDP(MER
合計ごうけい2010ねん600おく[2]ドル(67
1人ひとりあたり 2,804[2]ドル
GDP(PPP
合計ごうけい2010ねん1,364おく[2]ドル(68
1人ひとりあたり 6,375[2]ドル
建国けんこく
 - 宣言せんげん
 - 承認しょうにん
フランスより
1944ねん1がつ1にち
1946ねん4がつ17にち
通貨つうか シリア・ポンド (YTL)(SYP
時間じかんたい UTC+3[3] (DST:なし)
ISO 3166-1 SY / SYR
ccTLD .sy
国際こくさい電話でんわ番号ばんごう 963

シリア・アラブ共和きょうわこく(シリア・アラブきょうわこく、アラビア: الجمهورية العربية السورية‎)、通称つうしょうシリアは、西にしアジア位置いちする共和きょうわせい国家こっかきたトルコひがしイラクみなみヨルダン西にしレバノン南西なんせいイスラエル国境こっきょうせっし、北西ほくせいひがし地中海ちちゅうかいめんする。首都しゅとダマスカス[4]ふるくから交通こうつう文化ぶんか要衝ようしょうとしてさかえた。「シリア」という言葉ことばは、国境こっきょう国家こっかではなく、周辺しゅうへんのレバノンやパレスチナふくめた地域ちいき歴史れきしてきシリアだいシリアマ帝国まていこくシリアぞくしゅう)をすこともある。

概要がいよう[編集へんしゅう]

東西とうざい交通こうつう十字路じゅうじろたるため、古代こだいからヒッタイトアケメネスあさマケドニアなどの支配しはいけた。7世紀せいきおこったウマイヤあさダマスカスくと、イスラム文化ぶんか中心ちゅうしんとしてさかえたが(661-750ねん)、つづアッバースあさバクダッドうつすと、その役割やくわりうすれた。16世紀せいき以降いこうオスマン帝国ていこく領土りょうどとなる。20世紀せいき初頭しょとうフランス植民しょくみんになり、1946ねん独立どくりつした[5]

1963ねん社会しゃかい主義しゅぎ路線ろせんバアスとう政権せいけんうばい、1970ねんどうとう軍部ぐんぶクーデターによりハフェズ・アサド政権せいけん掌握しょうあくし、ぐん秘密ひみつ警察けいさつうしたてとしたバアスとう独裁どくさい体制たいせいきずかれた[5]2000ねん死去しきょもその独裁どくさい体制たいせい息子むすこ バシャール・アサドがれ、現在げんざいいたっている[5]近年きんねん強権きょうけんてき支配しはいへの反発はんぱつつよまっており、アラブのはるにより2011ねんシリア内戦ないせん発生はっせいした[6]内戦ないせんアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくロシアなどの外国がいこく勢力せいりょく参加さんかしたことで悪化あっかし、おおくのシリア難民なんみんんだ。

はん世紀せいきにわたって独裁どくさい体制たいせい維持いじできているのは、ひろしイスラム主義しゅぎ信仰しんこう寛容かんよう世俗せぞく主義しゅぎという相反あいはんするイズムの使つかけによるとされる[5]。ただし、政権せいけん批判ひはんはん政府せいふ活動かつどうたいしては容赦ようしゃない弾圧だんあつくわえており[5]英国えいこくエコノミスト傘下さんか研究所けんきゅうじょエコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる民主みんしゅ主義しゅぎ指数しすうは、したから4番目ばんめ世界せかい164で「独裁どくさい政治せいじ体制たいせい」に分類ぶんるいされている(2019年度ねんど[7]国境こっきょうなき記者きしゃだんによる世界せかい報道ほうどう自由じゆうランキングしたから7番目ばんめの174下位かいもっと深刻しんこくくにひとつに分類ぶんるいされている(2020年度ねんど[8]

外交がいこうはんイスラエル反米はんべい路線ろせん顕著けんちょであり、イスラエルとすうにわたって戦争せんそうおこない(中東ちゅうとう戦争せんそう)、1967ねん第三次中東戦争だいさんじちゅうとうせんそう結果けっか南西なんせい国境こっきょう地帯ちたいゴラン高原ごらんこうげん占領せんりょうされている[9]。イスラエルに対抗たいこうしてレバノン活動かつどうするシーア原理げんり組織そしきヒズボラへの支援しえんおこなっている[5]。このことからアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくからはテロ支援しえん国家こっか指定していされている[10]。1990年代ねんだいには和平わへい交渉こうしょう断続だんぞくてきおこなわれたが、2000ねん3がつ暗礁あんしょうげた[11]

経済けいざいめんでは、くに歳入さいにゅうは、東部とうぶ産出さんしゅつされる石油せきゆが1だが、産出さんしゅつりょう埋蔵まいぞうりょうともすくないため、枯渇こかつ深刻しんこくしている。ただし、綿花めんか小麦こむぎ、オリーブ栽培さいばいといった農業のうぎょうほか繊維せんい食品しょくひん加工かこう、セメントなどの工業こうぎょうられ、中東ちゅうとう諸国しょこく顕著けんちょ石油せきゆ依存いぞんモノカルチャー経済けいざいというわけではない[5]

面積めんせきやく18まん5000平方へいほうキロメートル。人口じんこうやく2000まんにんで、9わりをシリアけいアラブじんめる。イランけいのクルドじん印欧語いんおうごけいのアルメニアじん存在そんざいする民族みんぞく国家こっかである。公用こうようアラビア。アラブけい国民こくみんの9わりちかくをイスラム教いすらむきょうスンニめているが、げん大統領だいとうりょうアサドはアラウィー(シーア一派いっぱ)である。アルメニア使徒しと教会きょうかいコプト正教会せいきょうかいなど東方とうほう教会きょうかいけいキリスト教徒きりすときょうとも1わりほどいる[5]

国名こくめい[編集へんしゅう]

正式せいしき名称めいしょうは、アラビアالجُمهُورِيّةُ العَرَبِيّةُ السُّورِيَّةُこぼし: al-Jumhūrīyah al-'Arabīyah as-Sūrīyah)で、みはアル=ジュムフーリーヤ・ル=アラビーヤ・ッ=スーリーヤ、通称つうしょう سُورِيَاSūriyā スーリヤー)または سُورِيَةSūrīya スーリーヤ)。

公式こうしき英語えいご表記ひょうきは Syrian Arab Republic (シリアン・アラブ・リパブリック)。通称つうしょう Syria (シリア)。

日本語にほんご表記ひょうきシリア・アラブ共和きょうわこく[12]通称つうしょうシリア

「シリア」の語源ごげん不明ふめいだが、アッシリア転訛てんかとするせつティルス転訛てんかとするせつなどがある[13]

歴史れきし[編集へんしゅう]

紀元前きげんぜん10世紀せいき建築けんちく原型げんけいとするアレッポじょう

アケメネスあさ[編集へんしゅう]

セレウコスあさ[編集へんしゅう]

マ帝国まていこく[編集へんしゅう]

イスラム帝国ていこく[編集へんしゅう]

661ねんムアーウィヤカリフとなりウマイヤあさ創設そうせつダマスカス首都しゅとさだめる。750ねんにウマイヤあさたおれるといでアッバースあさ支配しはいとなるが、アッバースあさ衰退すいたいするにつれ、地方ちほう政権せいけん割拠かっきょするようになる。10世紀せいきにはひがしマ帝国まていこく一時いちじきたシリアを奪還だっかんした。

セルジュークあさ[編集へんしゅう]

ファーティマあさ支配しはいにあったシリアをセルジュークあさ攻略こうりゃくシリア・セルジュークあさ(1085ねん - 1117ねん)。

十字軍じゅうじぐん国家こっか[編集へんしゅう]

1135ねんのシリア地方ちほう

1098ねんだい1かい十字軍じゅうじぐんセルジュークあさ支配しはいにあったシリア北西ほくせいアンティオキア攻略こうりゃくアンティオキア攻囲こういせん)。地中海ちちゅうかい沿岸えんがん中心ちゅうしんに、アンティオキア公国こうこくをはじめとする十字軍じゅうじぐん国家こっか成立せいりつする。アンティオキア公国こうこく1268ねんマムルークあさほろぼされるまでイスラムしょ勢力せいりょく併存へいそんした。

アイユーブあさ[編集へんしゅう]

1171ねんサラーフッディーン(サラディン)がアイユーブあさ建国けんこく

モンゴル帝国ていこく[編集へんしゅう]

マムルークちょうエジプト[編集へんしゅう]

オスマン帝国ていこく[編集へんしゅう]

OETA[編集へんしゅう]

独立どくりつ・シリア王国おうこく[編集へんしゅう]

フランス委任いにん統治とうちりょうシリア[編集へんしゅう]

フランス委任いにん統治とうちりょうシリア

独立どくりつ・シリア共和きょうわこく[編集へんしゅう]

アラブ連合れんごう共和きょうわこく[編集へんしゅう]

独立どくりつ・シリア・アラブ共和きょうわこく[編集へんしゅう]

  • 1961ねん - 9月に陸軍りくぐん将校しょうこうだんによるクーデターが発生はっせいし、エジプトとの連合れんごう解消かいしょうされ、シリア・アラブ共和きょうわこくとしてさい独立どくりつ

バアスとう政権せいけん樹立じゅりつ[編集へんしゅう]

ハーフィズ・アル=アサド政権せいけん[編集へんしゅう]

バッシャール・アル=アサド政権せいけん[編集へんしゅう]

ダマスカスのはる[編集へんしゅう]

一般いっぱんにシリアはぜん大統領だいとうりょうハーフィズ・アル=アサド時代じだいのイメージから大統領だいとうりょうによる個人こじん独裁どくさい国家こっかであるとみなされることがおおいが、げん大統領だいとうりょうバッシャール・アル=アサド就任しゅうにん以降いこう絶大ぜつだい大統領だいとうりょう権限けんげん行使こうしされていない。その内実ないじつ大統領だいとうりょうとうぐん治安ちあん機関きかん幹部かんぶによる集団しゅうだん指導しどう体制たいせいであり、個人こじん独裁どくさいではなくバアスとう(および衛星えいせい政党せいとう)による独裁どくさいである。バッシャール・アサドは大統領だいとうりょう就任しゅうにん当初とうしょには、民主みんしゅふく政治せいじ改革かいかくうったえて、腐敗ふはい官僚かんりょう一掃いっそう政治せいじはん釈放しゃくほう欧米おうべいとの関係かんけい改善かいぜんなどをおこない、シリア国内こくない改革かいかくはバッシャールの政策せいさくを「ダマスカスのはる英語えいごばん」とんだ。

改革かいかくでははん汚職おしょくキャンペーンなどのめん多少たしょう成果せいかがあったものの、基本きほんてきには就任しゅうにんまもないバッシャール・アサドの体制たいせいないでの権力けんりょく基盤きばん強化きょうかするためのものでシリアの「民主みんしゅ」を目的もくてきとしたものではなかった。事実じじつ2003ねんイラク戦争せんそうアメリカぐん圧倒的あっとうてき軍事ぐんじりょく隣国りんごくおなじバアスとう政権せいけんサッダーム・フセイン体制たいせいがわずか1かげつらずで崩壊ほうかいさせられたことをけると、以後いご一転いってんして体制たいせい政策せいさくおこなわれ、それ以前いぜん一定いってい程度ていど容認ようにんされていたデモ活動かつどう集会しゅうかい禁止きんし民主みんしゅ活動かつどう逮捕たいほ禁固刑きんこけい判決はんけつ言論げんろん統制とうせい強化きょうか移動いどう自由じゆう制限せいげんなど、民主みんしゅとは逆行ぎゃっこうするみちあゆむ。また、レバノン問題もんだい欧米おうべいとの対決たいけつ姿勢しせい鮮明せんめいにしてからは、この傾向けいこうがますますつよくなった。理由りゆうとしては、グルジアなどでいわゆる「いろ革命かくめい」といわれる民主みんしゅ運動うんどうにより、権威けんい主義しゅぎ体制たいせい次々つぎつぎ崩壊ほうかいしたことに脅威きょういおぼえたためだとられている。その、2011ねんアラブのはる契機けいきとした市民しみんによる民主みんしゅ要求ようきゅう運動うんどう武力ぶりょく制圧せいあつしたとことによって、結果けっかてきにはそののシリア内戦ないせんへとつながっていった。

  • 2005ねん - レバノンよりシリアぐん撤退てったい
  • 2007ねん - バッシャール・アル=アサド、大統領だいとうりょう信任しんにん投票とうひょうで99%の得票とくひょうりつ再選さいせん、2就任しゅうにん
  • 2008ねん - 隣国りんごくレバノンとのあいだ正式せいしき外交がいこう関係かんけい樹立じゅりつ大使館たいしかん設置せっち合意ごうい
シリア内戦ないせん[編集へんしゅう]
戦闘せんとう破壊はかいされた車両しゃりょうアレッポ2012ねん
ほぼ3分割ぶんかつされたシリアの勢力せいりょく桃色ももいろ政府せいふぐん黄色おうしょく=クルドじん勢力せいりょくみどり=そのはん政府せいふ勢力せいりょく

2011ねんはん政府せいふ勢力せいりょくとしては、「シリア国民こくみん評議ひょうぎかい英語えいごばん」(SNC)、「民主みんしゅてき変革へんかくのための全国ぜんこく調整ちょうせい委員いいんかい英語えいごばん」(NCC)の2つの全国ぜんこく組織そしき結成けっせいされている。はん体制たいせいの「自由じゆう将校しょうこうだん運動うんどう」(Free Officers Movement) のニックネームをちトルコ政府せいふ支援しえんしている「自由じゆうシリアぐん」(FSA)というイスラム過激かげき武装ぶそう組織そしきつくられている。さらに、地方ちほうでも中央ちゅうおう組織そしきくわわっていない組織そしきつくられている。2012ねん11月にはこれらを統合とうごうするシリア国民こくみん連合れんごう結成けっせいされ、政権せいけんがわとの対立たいりつつづいている。

2012ねんはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくだい攻勢こうせいにより、北部ほくぶさい重要じゅうよう都市としアレッポが孤立こりつし、首都しゅとダマスカスの中心ちゅうしんでもはげしい戦闘せんとう発生はっせいして、自爆じばく攻撃こうげきにより国防こくぼうしょう治安ちあん機関きかん幹部かんぶなどの政府せいふ要人ようじん殺害さつがいされるなど、戦局せんきょく悪化あっか兵士へいし集団しゅうだん離脱りだつまで発生はっせいし、一時いちじ体制たいせい崩壊ほうかい間近まぢかとの観測かんそくながれた。シリア政府せいふぐん同国どうこく西部せいぶ地域ちいき危殆きたいひんする情勢じょうせいさいし、ハサカ・デリゾール・ラッカけんなど、同国どうこく東部とうぶ地域ちいき展開てんかいする戦力せんりょくだい部分ぶぶん西部せいぶ転進てんしんさせるのみならず、内戦ないせん開始かいし依然いぜんとしてひかえおけされていたとらたいイスラエル戦備せんびをもだい規模きぼ抽出ちゅうしゅつ転用てんようするなど、西部せいぶ地域ちいき兵力へいりょく集中しゅうちゅうさせて防衛ぼうえい尽力じんりょく、2012ねん後半こうはん苦境くきょう瀬戸際せとぎわり、2013ねん3がつ初旬しょじゅんにははん体制たいせい支配しはい地域ちいき孤立こりつしていたアレッポへの補給ほきゅうけいひらけした。しかし、対照たいしょうてき防備ぼうび薄弱はくじゃくとなった東部とうぶ地域ちいきはそのほとんどがはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく制圧せいあつされ、アレッポへの補給ほきゅうけいひらくおなじくする3がつ初旬しょじゅん、ラッカはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく制圧せいあつされ、内戦ないせん開始かいしはつけん陥落かんらくとなった。

一方いっぽう、ロシアやイランを筆頭ひっとうとする同盟どうめいこくは、シリア政府せいふささえるため軍事ぐんじ援助えんじょ継続けいぞくしたほか、ヒズボラをはじめとしたシーア武装ぶそう勢力せいりょくによる政府せいふぐんへの直接ちょくせつ支援しえん開始かいしされ、2013ねんはる以降いこう政府せいふぐん西部せいぶ地域ちいきにおける勢力せいりょく基盤きばん確立かくりつはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくふうめを企図きとし、戦局せんきょくかえすため攻勢こうせい転移てんいした。同年どうねん4がつ上旬じょうじゅんはじまった作戦さくせんにより政府せいふぐん首都しゅとダマスカス周辺しゅうへんはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく支配しはい地区ちくそぎちぢみし、同月どうげつちゅうにはこれらを包囲ほういすることに成功せいこうした。そして、5月には同国どうこく中部ちゅうぶにおけるはん体制たいせい補給ほきゅう拠点きょてんであったクサイルを奪還だっかん。さらにホムスけんさい西部せいぶ制圧せいあつし、ホムスけん北部ほくぶ盤踞ばんきょするはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく根拠地こんきょち包囲ほういするなど政府せいふぐん攻勢こうせいつよめるなか、8がつ何者なにものかによって首都しゅとダマスカス郊外こうがい化学かがく兵器へいき使用しようされた。一時いちじべいふつ中心ちゅうしんにシリアへの空爆くうばく検討けんとうされたが、シリア政府せいふ化学かがく兵器へいき禁止きんし条約じょうやく加入かにゅうし、該当がいとう兵器へいき全廃ぜんぱい確約かくやくしたため、空爆くうばく回避かいひされた。

政府せいふぐん同年どうねん3がつにアレッポへの補給ほきゅうけいひらき成功せいこうしていたが、ほん兵站へいたんせん依然いぜん脆弱ぜいじゃく状態じょうたいつづいていた。ダマスカス近郊きんこうにおける化学かがく兵器へいき使用しよう事件じけん直後ちょくごの8がつ下旬げじゅん、アレッポけんにてはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく攻勢こうせい開始かいしされ、アレッポへの補給ほきゅうふたた遮断しゃだんされるにいたった。この攻勢こうせいよく9がつ中旬ちゅうじゅんまでつづき、サフィーラ近郊きんこう政府せいふぐん重要じゅうよう拠点きょてんはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく包囲ほういされた。しかし、アレッポ周辺しゅうへんにおけるはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく活発かっぱつ軍事ぐんじ行動こうどう政府せいふぐん苛烈かれつ反応はんのう惹起じゃっきすることになった。空爆くうばく危機きき回避かいひした政府せいふぐんは、北部ほくぶにおける抗戦こうせん基盤きばん強化きょうかけ、アレッポへの補給ほきゅうさいどおり企図きとする攻勢こうせいを10月1にちづけ発動はつどうした。2かげつあいだにわたったほん攻勢こうせいによって政府せいふぐんはアレッポへの補給ほきゅうどおり政府せいふぐん重要じゅうよう拠点きょてんかいかこえ達成たっせいしたのみならず、サフィーラ攻略こうりゃくとアレッポ国際こくさい空港くうこう周辺しゅうへん脅威きょうい排除はいじょにも成功せいこうした。つづいて、2013ねんまつごろからはレバノン国境こっきょう地帯ちたい政府せいふぐんによるだい攻勢こうせいはじまり、よく2014ねんの4がつ末日まつじつまでによういきをほぼ奪還だっかんした。また5がつ9にちには停戦ていせん交渉こうしょうもとづき、政権せいけんがわによるきびしい包囲ほういかれていたホムスきゅう市街しがいからはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく撤退てったいした。これによってシリア政府せいふは、はん体制たいせいによって革命かくめい首都しゅとばれていたホムスにおける統制とうせい完全かんぜん回復かいふくした。さらに同年どうねん8がつ政府せいふぐん首都しゅとダマスカスとダマスカス国際こくさい空港くうこうむす交通こうつう幹線かんせんやく要衝ようしょうであり、依然いぜんはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく勢力せいりょくにあったムライハをちからおさむし、これを制圧せいあつした。

2013ねん政府せいふぐんだい攻勢こうせいたいしてはん体制たいせい各派かくは内紛ないふんによって有効ゆうこう手段しゅだんこうずることができず、このことも政府せいふぐん軍事ぐんじてき成功せいこう一助いちじょとなった。とくはん体制たいせい一角いっかくめていたクルドじん勢力せいりょくとイスラーム主義しゅぎ勢力せいりょくするど対立たいりつしたため、クルドじん勢力せいりょく北部ほくぶにおいてトルコやイラクのクルド人民じんみんへいなどの支援しえんけて支配しはい地域ちいき確立かくりつすると急速きゅうそく中立ちゅうりつした。ロジャヴァ・クルドじん自治じち創設そうせつし、事実じじつじょう自治じちけん獲得かくとくすると、シリア政府せいふもこれを黙認もくにんする姿勢しせいをとり、クルドじん勢力せいりょく政府せいふがわとの対立たいりつ沈静ちんせいした。

しかし、2014ねんなつ以降いこう、それまでのはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく内紛ないふんによって衰退すいたいすると、イスラム過激かげきISILイラクとレバントのイスラムこく)がはん体制たいせい運動うんどう中心ちゅうしんおどた。サウジアラビア中心ちゅうしんとしたスンナ湾岸わんがん諸国しょこく富裕ふゆうそう資金しきん流入りゅうにゅうしているとされる豊富ほうふ資金しきんりょくや、それまで体制たいせい転換てんかん目指めざした国々くにぐにによってはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょく提供ていきょうされてきた武器ぶき兵器へいきをもとにちからをつけたISILによる攻勢こうせいつづいた。とく東部とうぶラッカけんデリゾールけんなどでは、政府せいふぐん残余ざんよ部隊ぶたい自由じゆうシリアぐんおよびヌスラ戦線せんせんなどが駆逐くちくされ、ISILによる非常ひじょう残忍ざんにん冷酷れいこく方法ほうほうによる独自どくじ支配しはいけんきずかれた。2014ねん9がつにはISILにたいするべいぐんをはじめとした国際こくさい社会しゃかい有志ゆうし連合れんごうによる空爆くうばく開始かいしし、2015ねんには当初とうしょ限定げんていされたイラク領内りょうないだけではなく、シリア領内りょうないにおいても空爆くうばくおこなうようになった。その結果けっか政府せいふぐんたいはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくという従来じゅうらい内戦ないせん様相ようそうは、西側にしがわ有志ゆうし連合れんごうISIL政府せいふぐん・クルド民兵みんぺいアルカーイダけい武装ぶそう勢力せいりょくアル=ヌスラ戦線せんせんなど)・そのイスラム主義しゅぎ武装ぶそう集団しゅうだんイスラーム戦線せんせんなど)が角逐かくちくするという複雑ふくざつ構造こうぞう変化へんかしつつあり、もはや内戦ないせんわりのえない泥沼どろぬま状態じょうたいとなっている。当初とうしょはん体制たいせい勢力せいりょくであった民主みんしゅもとめていた市民しみんのデモたいシリア国民こくみん連合れんごうはほとんどりょくうしなった。2015ねんはるにはISILパルミラ遺跡いせきやダマスカス近郊きんこうまで支配しはいけん確立かくりつし、支配しはい領土りょうど拡張かくちょうしつつある。

これにたいし、シリア北部ほくぶにおいては、アル=ヌスラ戦線せんせんなどを中心ちゅうしんとするアルカーイダけい武装ぶそう勢力せいりょくはん政府せいふ勢力せいりょくない世俗せぞく主義しゅぎ勢力せいりょくとの内紛ないふん勝利しょうりしたのち、政府せいふぐんへの攻勢こうせいつよめた。ヌスラ戦線せんせんとその同盟どうめい勢力せいりょくは、2014ねん8がつから9がつにハマー指向しこうするだい攻勢こうせい実施じっししたが、ほん攻勢こうせいはハマー近郊きんこうまでせまったものの、政府せいふぐんたてふかによってはばまれて攻勢こうせい限界げんかいたっした。これをけて政府せいふぐん精鋭せいえい投入とうにゅうして反攻はんこううつり、ヌスラ戦線せんせん同盟どうめい勢力せいりょく攻勢こうせい開始かいし制圧せいあつした地域ちいきはほぼ奪還だっかんした。ヌスラ戦線せんせんほん攻勢こうせい挫折ざせつしたのち、攻略こうりゃく目標もくひょうをイドリブけん変更へんこうし、12月にはイドリブけん中部ちゅうぶ政府せいふぐんだい拠点きょてん覆滅ふくめつ成功せいこうした。政府せいふぐんはイドリブけんにおいて、けんイドリブとハマーけん西北にしきたむす交通こうつう幹線かんせん周辺しゅうへん掌握しょうあく回廊かいろうじょう支配しはい地域ちいき形成けいせいしていたが、2015ねん2がつ、アルカーイダけい武装ぶそう勢力せいりょくだい攻勢こうせい実施じっししてイドリブ攻略こうりゃく内戦ないせん開始かいし2つとなるけん陥落かんらくとなった。政府せいふぐんは、イドリブ回復かいふくするため精鋭せいえい部隊ぶたい投入とうにゅうするも拠点きょてん次々つぎつぎうばわれ、最終さいしゅうてきにイドリブけん西部せいぶ要衝ようしょうまで喪失そうしつするなど2012ねん以来いらいだい敗北はいぼくきっし、イドリブけんにおける支配しはい地域ちいきをほとんど喪失そうしつした。アルカーイダけい武装ぶそう勢力せいりょくはイドリブ中心ちゅうしんとしてイドリブけんやアレッポけん西部せいぶ一帯いったい勢力せいりょく扶植ふしょくしており、当該とうがい地域ちいき根拠こんきょとするイスラム首長しゅちょうこく建設けんせつこころみているとされる。

ただし、北部ほくぶおよび東部とうぶとは対照たいしょうてきに、ダラアけん中心ちゅうしんとする南部なんぶ地域ちいきは2014ねんちゅうにおいても依然いぜんとして自由じゆうシリアぐん中心ちゅうしんとする勢力せいりょく有力ゆうりょくであった。政府せいふぐんけんダラア北半きたはん確保かくほしていたが、ひがし西にし南側みなみがわはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく制圧せいあつされはん包囲ほうい状態じょうたいにあり、首都しゅとダマスカス方面ほうめんびる交通こうつう幹線かんせん周辺しゅうへん掌握しょうあくすることによって回廊かいろう形成けいせいし、戦線せんせん維持いじしていた。シリア政府せいふぐんはダラアけんにおける状況じょうきょう改善かいぜんすべく、同年どうねんなつごろよりけん西部せいぶしょ都市とし攻略こうりゃくけた作戦さくせん発起ほっきし、劣勢れっせい挽回ばんかいしようとしたもののこれに失敗しっぱいぎゃくはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょくによるそう反攻はんこう直面ちょくめんするにいたった。2014ねんあきごろに開始かいしされたはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょく攻勢こうせいは、南部なんぶ地域ちいき全域ぜんいきおよ広範こうはんなもので、南部なんぶはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょく総力そうりょくかたむけたほん攻勢こうせいにより、政府せいふぐんはダラアけん西部せいぶおよびヨルダン国境こっきょう地帯ちたいにおける統制とうせい喪失そうしつ。ダマスカスとクネイトラけんむす交通こうつう幹線かんせん圧迫あっぱくけるにいたった。さらにはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくは、のこ回廊かいろう遮断しゃだんとダラア政府せいふ支配しはい地区ちく攻略こうりゃくけた行動こうどうつよめたが、回廊かいろうおよび市街しがい政府せいふぐんじゅう防御ぼうぎょ地区ちくであったため消耗しょうもうせん様相ようそうていはじめ、回廊かいろう遮断しゃだん目前もくぜんにしてはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく攻勢こうせい限界げんかいたっし、ふゆまえ攻勢こうせい収束しゅうそくした。南部なんぶにおける戦線せんせん崩壊ほうかい回避かいひした政府せいふぐんであったが、さき攻勢こうせいによって、はん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくがダラアけん西北せいほくからダマスカス郊外こうがいけん西南せいなんいちかくにかけて突出とっしゅつ形成けいせいし、これによるダマスカスとクネイトラけんむす交通こうつう幹線かんせん圧迫あっぱくつづいていた。これを放置ほうちすることはヘルモン山南さんなんふもと西にしゴータ地域ちいきはん体制たいせい支配しはい地域ちいきへのどおりゆるすことにもつながりかねず、さらにダマスカスみなみ外縁がいえんしゅ防衛ぼうえいせん危機ききおちい可能かのうせいはらんでいた。状況じょうきょう改善かいぜんすべく、政府せいふぐんによる攻勢こうせいよく2015ねん1がつ発起ほっきされた。ほん攻勢こうせいは、はん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく突出とっしゅつ消滅しょうめつさせて脅威きょうい排除はいじょしたうえで、さらにヒズボラなどとの協力きょうりょくのもとに南下なんか一挙いっきょにダラアけん西部せいぶ北半きたはんにおける政府せいふぐん主導しゅどうけん奪取だっしゅ目論もくろ乾坤一擲けんこんいってき作戦さくせんであった。だが、政府せいふぐん突出とっしゅつ消滅しょうめつさせ、クネイトラ方面ほうめんへの交通こうつう幹線かんせんたいする圧迫あっぱく解消かいしょうするなど一定いってい成果せいかたものの、それ以後いご戦果せんか低調ていちょうであり、ヒズボラの支援しえんけながらもダラアけん西部せいぶへの進攻しんこうはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょくにより拒止きょしされ、戦局せんきょく挽回ばんかいにはいたらなかった。2014ねん後半こうはん南部なんぶ地域ちいき実施じっしされたはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく攻勢こうせいは、政府せいふぐん苦境くきょうんだものの、べつ結果けっかまれた。それは攻勢こうせい規模きぼおおきさゆえにはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく自身じしん戦力せんりょくをもはげしく耗弱・疲弊ひへいさせたことであった。このことは結果けっかてき南部なんぶはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくないにおけるアルカーイダけい武装ぶそう勢力せいりょく存在そんざいかんたかめるなど重大じゅうだい影響えいきょうおよぼした。

先述せんじゅつのように、2014ねん後半こうはん以降いこう、ISILやヌスラ戦線せんせんなどイスラム過激かげき勢力せいりょく拡大かくだい傾向けいこう次第しだいつよまりをせたが、政府せいふぐんは2013ねんから2014ねんにかけて自身じしん実施じっししただい規模きぼ作戦さくせんや2014ねん後半こうはんはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくによるだい攻勢こうせいへの対処たいしょなどによって戦力せんりょくいちじるしく損耗そんこうさせており、兵力へいりょく不足ふそく以前いぜんにもして顕在けんざいしつつあった。このような状況じょうきょう政府せいふぐんは、国内こくない西部せいぶ都市としとそれらをむす幹線かんせん維持いじによる持久じきゅうせん指向しこう示唆しさ。2015ねん3がつのイドリブ陥落かんらく同年どうねん5がつ初旬しょじゅん演説えんぜつにおいてアサド大統領だいとうりょう自身じしん大敗たいはいみとめたほか、7がつ下旬げじゅん演説えんぜつにおいては、シリア全土ぜんどたいする支配しはい放棄ほうきしないことが原則げんそくであるとことわったうえで、すべての地域ちいきにおける同時どうじ勝利しょうり不可能ふかのうであることをみとめ、戦略せんりゃくじょう重要じゅうようであり維持いじされるべき地域ちいき軍部ぐんぶたい集中しゅうちゅうし、一部いちぶ地域ちいき放棄ほうきせざるをない場合ばあいもあるとべるなど、西部せいぶ地域ちいき重視じゅうし傾向けいこうはますますつよまった。具体ぐたいてきには、戦略せんりゃく物資ぶっし搬入はんにゅう拠点きょてんであるラタキア・タルトゥース・バーニヤースなどの地中海ちちゅうかい沿岸えんがんしょ都市としおよび、国内こくない交通こうつう要衝ようしょうであるホムスやハマー・スワイダー・サラミーヤをはじめとする政府せいふ支持しじ基盤きばん盤石ばんじゃく都市としくわえて、首都しゅとダマスカスならびに北部ほくぶさい重要じゅうよう都市としアレッポなど、西部せいぶかく主要しゅよう都市とし防衛ぼうえいかく都市としあいだむす兵站へいたんせん保持ほじがもっとも重視じゅうしされており、政府せいふぐんはそのために戦力せんりょく傾注けいちゅうしている。これらの都市としぐんおよびその隣接りんせつ地区ちくは、沿海えんかいアラウィーをはじめ、キリスト教徒きりすときょうとドゥルーズイスマーイールなど、シリア・バアスとうとその衛星えいせい政党せいとう支持しじ基盤きばんである少数しょうすう宗派しゅうはしゅうじゅうであるほか、スンナ世俗せぞくそうおお地域ちいきである。また、政府せいふぐん方針ほうしん策応さくおうしたヒズボラは、レバノン・シリア国境こっきょうひろがる山岳さんがく地帯ちたい拠点きょてん両国りょうこくをまたぐかたち活動かつどうし、ホムス・ダマスカスあいだ交通こうつう幹線かんせんたいする脅威きょういとなっていたISILとヌスラ戦線せんせんたいし、だい規模きぼ作戦さくせん発動はつどうしてりょう勢力せいりょく減殺げんさい交通こうつう幹線かんせんたいする脅威きょうい排除はいじょした。北部ほくぶならびに東部とうぶにおいてISILアルカーイダけい武装ぶそう勢力せいりょく着実ちゃくじつ地歩ちほかためつつあるのにたいして、政府せいふぐんはレバノン国境こっきょう地帯ちたい残存ざんそんする奪還だっかん地域ちいき統制とうせい回復かいふくけた行動こうどう活発かっぱつさせ、2015ねんあきまでに所期しょき目的もくてきたっした。また、北部ほくぶロジャヴァ・クルドじん自治じちたいしてはトルコぐんがPKK(クルディスタン労働ろうどうしゃとう)の過激かげきひそんでいるとしてテロリスト制圧せいあつ目的もくてき軍事ぐんじ進攻しんこうするなど、みだれた模様もようとなっている。さらに、同年どうねん9がつ30にちよりロシアぐんはシリア政府せいふ要請ようせいけてシリアへの本格ほんかくてき軍事ぐんじ介入かいにゅう開始かいし[15]。ロシアぐん航空こうくう支援しえんやイラン革命かくめい防衛ぼうえいたい地上ちじょう支援しえんけた政府せいふぐんは2015ねんあき以降いこう、アレッポ郊外こうがいやラタキアけん北部ほくぶにおける攻勢こうせい強化きょうかしており、アレッポ郊外こうがいでは2013ねん以来いらいはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくISILによって包囲ほういけてきた航空こうくう基地きちしょう都市としかいかこえ作戦さくせん成功せいこうし、はん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく補給ほきゅう一部いちぶ遮断しゃだんした。政府せいふぐんはさらに、けんイドリブや孤立こりつ状態じょうたいにある政府せいふ支配しはい地区ちく所在しょざいし、はん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく補給ほきゅう拠点きょてん存在そんざいするイドリブけん北部ほくぶ指向しこうしており、当該とうがい地域ちいき東西とうざいにあたるアレッポけんおよびラタキアけんから接近せっきんこころみている。政府せいふぐん攻勢こうせいたいし、ISILはアレッポとサラミーヤとをむす交通こうつう幹線かんせんへの攻撃こうげきつよいちてきにこれを遮断しゃだんした。

ロシアぐん空爆くうばくたいし、米国べいこくやフランス、トルコをはじめとしたNATO諸国しょこく、サウジアラビアやカタールなどのスンナ湾岸わんがん諸国しょこくは、ロシアぐん空爆くうばく対象たいしょうISILやアルカーイダけい武装ぶそう勢力せいりょくなどのイスラム過激かげきのみならず、西側にしがわ有志ゆうし連合れんごう支援しえんするはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょくふくまれているとして、ロシアをつよ非難ひなんしているが、一方いっぽうではおや欧米おうべいエジプト従来じゅうらいはアサド政権せいけん敵対てきたいしていたイスラエル、キリストきょう総本山そうほんざんであるバチカンこくがイスラム過激かげきをアサド政権せいけん以上いじょう脅威きょういとみなし、ロシアぐん空爆くうばく支持しじまた黙認もくにんしている。さらに、えいふつもISILにたいする空爆くうばく本格ほんかくさせているなど、シリアを舞台ぶたい各国かっこく思惑おもわくことなるなか勢力せいりょくあらそいをおこなっており、泥沼どろぬま紛争ふんそう状態じょうたいつづいている。冷酷れいこく残忍ざんにんISILイラクとレバントのイスラムこく支配しはい拡張かくちょうわりのえない内戦ないせん大量たいりょうシリア難民なんみんみ、国際こくさい問題もんだいとなっている。2015ねん7がつにはぜん人口じんこう2,200まんにんのうち国外こくがいへの難民なんみんは400まんにんたっしている[16]

さらに、2017ねん10がつのラッカ陥落かんらく以降いこうISの攻勢こうせい終焉しゅうえんむかえたものの、紛争ふんそう複雑ふくざつ構成こうせいとなっており、2016ねん12月のアレッポでのたたかいをせいしたアサド政権せいけんがロシアぐん、イランぐん、ヒズボラなどの支援しえんにより一部いちぶ地域ちいきのぞいて国土こくど大半たいはん掌握しょうあく、イランとロシア、ヒズボラささえられたシリア政府せいふぐんえいべいふつ中心ちゅうしんとしたNATOぐんサウジアラビアやその同盟どうめいこく有志ゆうし連合れんごう)にささえられるアルカーイダふくんだはん政府せいふイスラム過激かげき、そして、イドリブのイスラム過激かげきはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょく支援しえんしてシリア北部ほくぶアフリーン侵攻しんこうしクルドじん勢力せいりょくたたトルコぐん、アサド政権せいけんへは中立ちゅうりつてき立場たちばり、べい双方そうほうから支援しえんけIS壊滅かいめつおおきく貢献こうけんし、トルコぐんはん政府せいふぐんともたたかクルドじん勢力せいりょく、さらに欧米おうべい同盟どうめいこくとして共同きょうどう歩調ほちょうりつつもアサド政権せいけん支援しえんするイランやヒズボラへ越境えっきょう攻撃こうげきするイスラエルぐんの5つの勢力せいりょくによるプロパガンダ偽造ぎぞう工作こうさくなどの情報じょうほうせんふくんだ熾烈しれつあらそいとなっている。

2018ねん4がつには、7ねんにわたりはん政府せいふイスラム過激かげきだい規模きぼ拠点きょてんであったダマスカス近郊きんこうひがしグータ地区ちく政権せいけんぐん掌握しょうあく[17]。これにより、はん政府せいふ勢力せいりょくはアサド政権せいけん中枢ちゅうすうであるダマスカス官庁かんちょうがい攻撃こうげきする手立てだてを完全かんぜんうしない、すくなくともアサド政権せいけん存続そんぞく確定かくていてきとなり、7ねんにわたる戦争せんそう勝利しょうり濃厚のうこうとなった。ひがしグータ陥落かんらく直前ちょくぜんには「シリア政府せいふぐんによる化学かがく兵器へいき攻撃こうげきおこなわれた」とするひがしグータで活動かつどうするはん政府せいふ組織そしきホワイト・ヘルメット)の主張しゅちょうをもとに、えいべいふつによるアサド政権せいけん攻撃こうげきおこなわれるも、NATOぐん介入かいにゅうむことで逆転ぎゃくてんけたはん政府せいふ勢力せいりょく意図いとはんし、軍事ぐんじ作戦さくせん懲罰ちょうばつ意味合いみあ程度ていど単発たんぱつてきなミサイル攻撃こうげきとどまった。

アサド政権せいけん打倒だとう目指めざしてはじまったシリア内戦ないせんは、2018ねん4がつひがしグータ陥落かんらくともなアサド政権せいけん存続そんぞくひとつの区切くぎりをむかえたが、イドリブを中心ちゅうしんとした北西ほくせい撤退てったいして抗戦こうせんつづけるはん政府せいふ勢力せいりょく北東ほくとう中心ちゅうしん独自どくじ勢力せいりょくけん維持いじするクルドじん勢力せいりょく、これら地域ちいき奪還だっかん目指めざすアサド政権せいけん、シリア東部とうぶ違法いほう駐留ちゅうりゅうするべいぐんかく勢力せいりょく支援しえんする欧米おうべい・ロシア・トルコ・イラン・サウジアラビア、イラン牽制けんせい独自どくじ戦略せんりゃくつイスラエルなど、依然いぜんとしてシリア国内外こくないがい勢力せいりょくがそれぞれの戦略せんりゃく直接ちょくせつ間接かんせつ軍事ぐんじ活動かつどうつづけているため、戦闘せんとう主軸しゅじくはシリア北部ほくぶ移動いどうし、戦争せんそう性質せいしつアサド政権せいけんによるシリアさい統一とういつ目指めざしたはん政府せいふ勢力せいりょく掃討そうとう作戦さくせんへと転換てんかんしたものの、戦争せんそう勃発ぼっぱつから9ねんぎた2020ねん3がついたるもいまだに紛争ふんそう解決かいけつ目途もくとっていない。

しかしながら、2023ねんにはアラブ連盟れんめいへの復帰ふっきみとめられ、アラブ諸国しょこく一員いちいんとして復活ふっかつ[18]。2023ねん時点じてんでは紛争ふんそう完全かんぜん解決かいけつにはいたらないものの一応いちおう安定あんていせており国外こくがい流出りゅうしゅつした難民なんみん帰還きかんし、2023ねん人口じんこうは23,022,427にん紛争ふんそう開始かいしまえ水準すいじゅんえるまで回復かいふくしている。

政治せいじ[編集へんしゅう]

国会こっかい議事堂ぎじどう

シリアは共和きょうわせい大統領だいとうりょうせいをとる国家こっかである。1963ねん3月8にち革命かくめいクーデター以降いこう一貫いっかんしてバアスとう(アラブ社会しゃかい主義しゅぎ復興ふっこうとう)が政権せいけんになっている(バアスとう政権せいけん)。現行げんこう憲法けんぽうの「シリア・アラブ共和きょうわこく憲法けんぽう英語えいごばん」は1973ねん制定せいてい当初とうしょ国家こっか社会しゃかい主義しゅぎ人民じんみん民主みんしゅ主義しゅぎ国家こっかとし、バアスとうを「国家こっか指導しどうする政党せいとう」とさだめていた。しかし、2011ねんシリア騒乱そうらん勃発ぼっぱつけておこなわれた2012ねん憲法けんぽう改正かいせいSyrian constitutional referendum)で、これらをさだめた条文じょうぶんはいずれも削除さくじょされている。

シリア騒乱そうらん勃発ぼっぱつ、バアスとう政権せいけん正統せいとうせいみとめないはん体制たいせいしょ団体だんたい現行げんこう政府せいふ打倒だとう目指めざ国内外こくないがい活動かつどうしている。はん体制たいせい支援しえんしてきた欧米おうべい中東ちゅうとう一部いちぶ国々くにぐには、はん体制たいせいを「穏健おんけんはん体制たいせい」とイスラム過激かげきとに区分くぶんし、「穏健おんけんはん体制たいせい」のシリア国民こくみん連合れんごうを「シリアの正統せいとう代表だいひょう組織そしき」として政府せいふ承認しょうにんしている(後述こうじゅつ)。しかし、シリア政府せいふ関係かんけいしゃはん体制たいせい全体ぜんたいテロリスト認識にんしきしており[19]はん体制たいせいをあえて2つに区分くぶんするのを無意味むいみなこととみている[20]

元首げんしゅ[編集へんしゅう]

国家こっか元首げんしゅである大統領だいとうりょうは、バアスとう提案ていあん人民じんみん議会ぎかいが1めい大統領だいとうりょう候補こうほとし、国民こくみん投票とうひょう承認しょうにんするという選任せんにん方法ほうほうをとっていた。大統領だいとうりょう任期にんきは7ねんで、ムスリムでなければならない。再選さいせん制限せいげんとくになかったが、2011ねん以来いらいシリア内戦ないせん初期しょき政権せいけんがわからしめされた妥協だきょうあんのひとつである憲法けんぽう改正かいせいにより、2任期にんき制限せいげんもうけられた(ただし、憲法けんぽう改正かいせい以前いぜんにさかのぼっての適用てきようではないため、現職げんしょくバッシャール・アル=アサド実質じっしつ3任期にんきである)。また、バアスとう専権せんけんであった大統領だいとうりょう候補者こうほしゃ提案ていあんけん削除さくじょされ、人民じんみん議会ぎかい議員ぎいん35めい以上いじょう文書ぶんしょによる支持しじあらたな候補者こうほしゃ要件ようけんとなった。

行政ぎょうせい[編集へんしゅう]

首相しゅしょう内閣ないかく相当そうとうする閣僚かくりょう評議ひょうぎかいのメンバーは、大統領だいとうりょう任命にんめいする。

立法りっぽう[編集へんしゅう]

立法府りっぽうふたる議会ぎかい一院制いちいんせいで、正式せいしき名称めいしょうは「人民じんみん議会ぎかい」。定数ていすうは250議席ぎせき人民じんみん議会ぎかい議員ぎいん国民こくみん直接ちょくせつ選挙せんきょ(15選挙せんきょ)で選出せんしゅつされ、任期にんきは4ねんである。定数ていすう250議席ぎせきのうち、127議席ぎせき労働ろうどうしゃ農民のうみん代表だいひょうでなければならないと規定きていされている。

大統領だいとうりょう絶対ぜったいてき必要ひつようせいがある場合ばあいは、人民じんみん議会ぎかい閉会へいかいちゅうでも立法りっぽうけん行使こうしすることができ、シリアぐん最高さいこう司令しれいかん兼任けんにんする。

1973ねん制定せいていされたシリア・アラブ共和きょうわこく憲法けんぽうでは、だい8じょうにおいてバアスとうが「国家こっか指導しどうする政党せいとう」と規定きていされ、バアスとうによるヘゲモニー政党せいとうせいがとられていたが、2011ねんよりはじまったアラブのはるによる一連いちれん改革かいかく要求ようきゅうはん政府せいふ活動かつどうこたえるかたち2012ねん憲法けんぽう抜本ばっぽんてき改正かいせいおこなわれ、前記ぜんき規定きてい削除さくじょされた。またこれに先立さきだ2011ねん8がつ政党せいとうほうおよび選挙せんきょほう制定せいてい施行しこうされ、複数ふくすう政党せいとうせい導入どうにゅうされた。ただバアスとうは、現在げんざいアラブ社会しゃかい主義しゅぎ連合れんごうとう英語えいごばんシリア共産党きょうさんとう英語えいごばんなどのしょ政党せいとう協力きょうりょく関係かんけいにあり、与党よとう連合れんごう国民こくみん進歩しんぽ戦線せんせん英語えいごばん」(NPF)を結成けっせいしている(国民こくみん進歩しんぽ戦線せんせん議長ぎちょうはバアスとう書記しょきちょう)。バアスとうは50ねん以上いじょうにわたるいちとう独裁どくさいにより、とう組織そしき巨大きょだいして党員とういんは350まんにんかぞえ、衛星えいせい政党せいとう党員とういん合算がっさんすると400まんにんたっする。また公認こうにん政党せいとうクルドじん勢力せいりょく中心ちゅうしん多数たすう存在そんざいするが、非合法ひごうほう指定していけた政治せいじ組織そしきムスリム同胞どうほうだんのみである。なお、ムスリム同胞どうほうだんはバアスとう政権せいけんはげしく対立たいりつしており、同国どうこく法律ほうりつによって構成こうせいいんへの極刑きょっけいさだめられている。

司法しほう[編集へんしゅう]

司法しほう制度せいどフランスほうおよびオスマン帝国ていこくほう基礎きそとしている。イスラームほう家族かぞくほう分野ぶんやもちいられている。大統領だいとうりょう議長ぎちょうとする最高さいこう司法しほう評議ひょうぎかいかれており、裁判所さいばんしょ判事はんじ任命にんめいにあたる。最高さいこう司法しほう機関きかん最高さいこう憲法けんぽう裁判所さいばんしょである。

国家こっか安全あんぜん保障ほしょう[編集へんしゅう]

シリア空軍くうぐんMiG-23戦闘せんとう

シリアはアラブ世界せかいではエジプト軍事ぐんじ大国たいこくとしてられる。シリアは徴兵ちょうへいせいかれており、男子だんし兵役へいえき義務ぎむがある。また敵国てきこくであるイスラエル侵攻しんこうふせぐためにきゅう東側ひがしがわ諸国しょこく武器ぶきじゅう装備そうびしており、おもに友好国ゆうこうこくであるロシアから武器ぶき調達ちょうたつしている。

シリアぐんそう兵力へいりょく現役げんえきやく32まんにん予備よびやくは50まんにんである。陸軍りくぐんそう兵力へいりょくやく21まん5,000にん海軍かいぐんそう兵力へいりょくやく5,000にんくわえて予備よびやくやく4,000にん空軍くうぐんそう兵力へいりょくやく7まんにん防空ぼうくうぐんそう兵力へいりょくやく4まんにんである。また、これらの正規せいきぐんのほかにイスラエルの侵攻しんこうそなえて、ゲリラせんおこなうために複数ふくすう民兵みんぺい組織そしきされている。

シリアの軍事ぐんじ予算よさん国家こっか予算よさんの1わりめ、膨大ぼうだい軍事ぐんじのためにシリアの財政ざいせい非常ひじょう圧迫あっぱくしている。またハマースヒズブッラーPFLPなどのゲリラ組織そしきへの資金しきん援助えんじょ武器ぶき援助えんじょなどをくわえると軍事ぐんじはさらに膨大ぼうだいなものとなっている。

また、タルトゥースみなとフメイミム空軍くうぐん基地きちラタキア)にロシア連邦れんぽうぐん駐留ちゅうりゅうし、同軍どうぐん地中海ちちゅうかいにおける拠点きょてんとなっている。

国際こくさい関係かんけい[編集へんしゅう]

シリア(赤色あかいろ)と国交こっこうゆうするくに(青色あおいろ)
あおられている諸国しょこくにはシリアの外交がいこう使節しせつ派遣はけんされている

国家こっか安全あんぜん保障ほしょうアラブ諸国しょこくあいだでの影響えいきょうりょく増大ぞうだい、およびイスラエルからのゴラン高原ごらんこうげん返還へんかん確実かくじつにすることが、バッシャール・アル=アサド大統領だいとうりょう外交がいこう政策せいさく主要しゅよう目的もくてきである。対外たいがい関係かんけいにおいて、アサド政権せいけんバアスとう伝統でんとうとして「アラブの大義たいぎ」「パレスチナふくむイスラエルによるぜんアラブ占領せんりょう解放かいほう」を前面ぜんめんした主張しゅちょうをすることがおおい。

シリアは、歴史れきしじょうおおくの局面きょくめんにおいてトルコイスラエルイラクレバノンなどの地理ちりてき文化ぶんかてき隣国りんごくとのあいだはげしい緊張きんちょう関係かんけい経験けいけんしてきた。また、サウジアラビアカタール中心ちゅうしんとした湾岸わんがん地域ちいきスンナアラブ諸国しょこくとは敵対てきたい関係かんけいにあり、これらの諸国しょこく一貫いっかんしてイスラム過激かげきふくむシリアのはん政府せいふ勢力せいりょくへの支援しえんおこなってきた。21世紀せいきはいり、アサド政権せいけん中東ちゅうとう地域ちいき対立たいりつ関係かんけいにあった複数ふくすう国家こっかとの関係かんけい改善かいぜん成功せいこうした。しかし、イスラエルおよ同盟どうめいこく米国べいこくとはみぞふかく、2004ねんから米国べいこく経済けいざい制裁せいさいけている[11]

2011ねんに「アラブのはる」がシリアにも波及はきゅうすると、はん政府せいふ米国べいこく支援しえんし、シリア内戦ないせん突入とつにゅう。その影響えいきょうから多数たすうくにとの外交がいこう関係かんけい断絶だんぜつ、あるいは疎遠そえんしており、国際こくさい社会しゃかいにおける交流こうりゅうはばせばまっている(詳細しょうさいシリア内戦ないせんたいする国際こくさいてき対応たいおう英語えいごばん参照さんしょうのこと)。

シリア内戦ないせん国際こくさい関係かんけいあたえた影響えいきょう[編集へんしゅう]

シリア・バアスとう政権せいけんは、2011ねんシリア内戦ないせん勃発ぼっぱつ理由りゆうアラブ連盟れんめい(2011ねん)、およびイスラム協力きょうりょく機構きこう2012ねん)への加盟かめい資格しかく停止ていしさせられている。また、トルコカナダフランスイタリアドイツアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくイギリスベルギースペイン、および湾岸わんがん協力きょうりょく会議かいぎ加盟かめい諸国しょこくはん体制たいせい団体だんたいのひとつであるシリア国民こくみん連合れんごうを「シリアの正統せいとう代表だいひょう組織そしき」として政府せいふ承認しょうにんしており、バアスとう政権せいけんとの外交がいこう関係かんけい断絶だんぜつしている[21](シリア国民こくみん連合れんごう政府せいふ承認しょうにんしているくに一覧いちらんについては該当がいとうページ参照さんしょうのこと)。

一方いっぽう、バアスとう政権せいけん伝統でんとうてき同盟どうめいこくであるイランロシア良好りょうこう関係かんけい維持いじつづけており、シリア騒乱そうらんたいする軍事ぐんじてき援助えんじょ両国りょうこくからけている。また、内戦ないせん勃発ぼっぱつ友好ゆうこうてき関係かんけい維持いじしている国々くにぐにとして、中国ちゅうごく北朝鮮きたちょうせんアンゴラキューバ[22][23]ベネズエラ[24]ニカラグア[25]ブラジル[26]ガイアナ[27]インド[28][29][30]みなみアフリカ[31][32]タンザニア[33]パキスタン[34]アルメニア,[35]アルゼンチンベラルーシタジキスタン[36]インドネシア[37]フィリピン[36]ウガンダ[36]ジンバブエ[36]キプロスギリシャおよびその諸国しょこく[38]があり、アラブ連盟れんめい加盟かめいこくであるイラクエジプト2013ねんのクーデター以降いこう)、アルジェリア[39]クウェート[40]スーダン[41]レバノンオマーン[42][43][44]アラブ首長しゅちょうこく連邦れんぽう2021ねん以降いこう)、パレスチナ自治じち政府せいふイエメンとも友好ゆうこう関係かんけい維持いじしている。

そのほか、バアスとう政権せいけんはん体制たいせいのいずれも積極せっきょくてき支援しえんせず、日本にっぽんのようにざいシリア大使館たいしかん一時いちじてき閉鎖へいさ[45]して両国りょうこく関係かんけい疎遠そえんにさせているくにもある(各国かっこくのシリアにおける在外ざいがい公館こうかん設置せっち閉鎖へいさじょうきょうについては、ちゅうシリア外国がいこく公館こうかん一覧いちらん英語えいごばん参照さんしょうのこと)。

イスラエルとの関係かんけい[編集へんしゅう]

シリアとイスラエルは1948ねん5がつ14にちのイスラエル建国けんこくとその直後ちょくごきただいいち中東ちゅうとう戦争せんそう以来いらいゴラン高原ごらんこうげん領有りょうゆうけんハマースヒズボラなどのはんイスラエル武装ぶそう組織そしきへの支援しえん、イスラエルが敵国てきこくとみなすイランへの協力きょうりょく、シリア自体じたい核兵器かくへいき開発かいはつ疑惑ぎわくなどの理由りゆうから、2023ねん現在げんざいいたるまで敵対てきたいてき関係かんけいつづいている。

両国りょうこく最大さいだい対立たいりつ要因よういんは1967ねん第三次中東戦争だいさんじちゅうとうせんそうにおいてイスラエルがシリアから奪取だっしゅしたゴラン高原ごらんこうげん帰属きぞく問題もんだいで、1967ねん以来いらいイスラエルはゴラン高原ごらんこうげん実効じっこう支配しはいし、その主権しゅけん主張しゅちょうしているが、シリアはゴラン高原ごらんこうげんをシリア固有こゆう領土りょうどであると主張しゅちょうし、どう領土りょうど返還へんかん要求ようきゅうつづけている。イスラエルをのぞ当事とうじこく、および国連こくれんのどちらもイスラエルの主張しゅちょうみとめていない。国連こくれん安全あんぜん保障ほしょう理事りじかい決議けつぎ497「イスラエルの(ゴラン高原ごらんこうげん併合へいごう国際こくさいほうたいして無効むこうである」むね採択さいたくし、同地どうちがイスラエルによって不当ふとう併合へいごうされたシリアりょうであるという見解けんかい固定こていした。しかし、イスラエル政府せいふは「併合へいごう」であるとみとめていない。シリアとイスラエルは現在げんざいゴラン高原ごらんこうげん領有りょうゆうけんあらそっているが、だいよん中東ちゅうとう戦争せんそう停戦ていせんの1974ねん以来いらい武力ぶりょく行使こうしおこなっていない。

シリアはイスラエル牽制けんせいするため、1976ねん以降いこうレバノンぐんすす以後いご駐留ちゅうりゅうつづけたが、レバノン国内こくないからの反対はんたいすぎ革命かくめい)と国際こくさいてきあつりょくにより、2005ねん3がつぐん情報じょうほう機関きかん完全かんぜん撤退てったい表明ひょうめいした。ぐんは4がつ12にちまでに完全かんぜん撤退てったいした。情報じょうほう機関きかん撤退てったいについては不明ふめいである。レバノンのはんシリアは、同国どうこく頻発ひんぱつする政治せいじテロの犯人はんにんはシリアであると非難ひなんしている。

また、シリアは欧米おうべい諸国しょこくやイスラエルが「テロ組織そしき」と組織そしきヒズボラ支援しえんしており、アメリカからは「テロ支援しえん国家こっか」に指定していされている。首都しゅとダマスカスにパレスチナ・ゲリラの拠点きょてんがあり、武器ぶき援助えんじょ軍事ぐんじ訓練くんれん拠点きょてん提供ていきょうしているとされた。なお、パレスチナガザ地区ちく支配しはいするムスリム同胞どうほうだん母体ぼたいとするハマースジハード主義しゅぎ組織そしきであるアルカイダISISひとしともにアサド政権せいけん打倒だとうがわ参戦さんせんしておりシリア内戦ないせん以降いこうはアサド政権せいけん対立たいりつ関係かんけいにある。そのため、ムスリム同胞どうほうだん出資しゅっしこくであるカタールはシリアのアラブ連盟れんめいへの復帰ふっきみとめていない唯一ゆいいつくにとなっておりハマースとシリアは依然いぜんとして対立たいりつ関係かんけいにある。おなじくムスリム同胞どうほうだん出身しゅっしんのアラブのはる誕生たんじょうしたエジプトのムハンマド・ムルシー政権せいけんもアラブのはる追放ついほうされたムバラク大統領だいとうりょうことなり、アサド政権せいけんはげしく対立たいりつしていたが、2013ねんのクーデター失脚しっきゃくして誕生たんじょうしたシーシー政権せいけん以来いらい関係かんけい改善かいぜんしている。

2007ねん9がつにはイスラエルぐんがシリアのかく施設しせつとみられる建造けんぞうぶつ越境えっきょう爆撃ばくげきした。限定げんていてき空爆くうばくはそれ以前いぜんから散発さんぱつてき実施じっしされており、以後いごもシリア内戦ないせん勃発ぼっぱつ以降いこうふくふくすうかい実施じっしされたが、2018ねん2がつにはシリアぐんがイスラエル軍機ぐんき撃墜げきついしている。

2011ねん3がつ以降いこうシリア内戦ないせんでは、イスラエルはシリアぐん化学かがく兵器へいき関連かんれんうたがいのある施設しせつやアサド政権せいけん支援しえんのためにシリア国内こくない活動かつどうするヒズボラやイスラム革命かくめい防衛ぼうえいたいたいすることを名目めいもくに、なんひゃくかい空爆くうばくおこなっている(国際こくさいほうじょう正当せいとうせいはないとされる[46])。ただし、実際じっさいには限定げんていてきではなく差別さべつてきで、民間みんかんじん死傷ししょうしゃている[47][48]

一方いっぽう、アサド政権せいけん崩壊ほうかい混乱こんらん警戒けいかいしてか、どう政権せいけん崩壊ほうかい企図きとしたはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょくへの支援しえんについてはきわめて慎重しんちょう姿勢しせいをとっており、2018ねん7がつのアサド政権せいけんぐんによるゴラン高原ごらんこうげん隣接りんせつ地域ちいきふくむシリア南西なんせい平定へいていについて「シリアの状況じょうきょう内戦ないせんまえもどりつつある」として、内戦ないせんでのアサド政権せいけん勝利しょうりがイスラエルにとってもこのましいとの見方みかたしめした。

イラクとの関係かんけい[編集へんしゅう]

隣国りんごくイラクをめぐっては、シリア・バアスとうとイラク・バアスとう政治せいじ対立たいりつによって、イラン・イラク戦争せんそうではイラン支持しじまわり、湾岸わんがん戦争せんそうではシリアぐん国籍こくせきぐん一員いちいんとしてイラクに侵攻しんこうするなど、対立たいりつ時代じだいながつづいた。しかし、イラク戦争せんそうアメリカぐんにより指名しめい手配てはいされたきゅうイラク・バアスとう幹部かんぶやイラク国内こくない混乱こんらんからのがれた人々ひとびと数多かずおおくシリアへ亡命ぼうめいし、れたかず推定すいてい120まんにんのぼるとされた。シリア政府せいふ政治せいじ亡命ぼうめいしたイラク・バアス党員とういんわたしを拒否きょひしたことや、イラクでべいぐんたたかアル=カーイダなどのテロリストがシリアを経由けいゆしてイラク国内こくない流入りゅうにゅうしたことは、米国べいこく政府せいふからのつよ非難ひなんこした。イラク治安ちあんすじによるとダマスカスラタキアには、外国がいこくじんテロリストのイラクへの密入国みつにゅうこく仲介ちゅうかいするものたちがおり、そのほとんどがイラク・シリア国境こっきょう付近ふきんにおけるみつ貿易ぼうえき生計せいけいてていたものであったという。

べい陸軍りくぐん士官しかん学校がっこうウェストポイントはイラク北部ほくぶのシンジャールでつかったアル=カーイダの文書ぶんしょもと報告ほうこくしょ作成さくせいした。それによると、現在げんざいまでにシリアからイラクにはいったテロリストは590にんで、やく100にんのシリアじん仲介ちゅうかいしゃがテロリストの密入国みつにゅうこく手助てだすけしているという。動機どうき金銭きんせん目的もくてきイスラーム原理げんり主義しゅぎ支持しじしているなどの理由りゆうであるという。テロリストの出身しゅっしんこくとおくはモロッコ、リビア、アルジェリア、イエメン、ちかくはサウジアラビアで、かれらは密入国みつにゅうこく手数料てすうりょうとして2,500ドルを支払しはらい、国境こっきょう付近ふきん到着とうちゃくすると偽造ぎぞうパスポートり、地元民じもとみん協力きょうりょくとガイドでイラクへと越境えっきょうしている。また、外国がいこくじんテロリストのほとんどがアラブ諸国しょこく出身しゅっしんしゃであり、アラブ民族みんぞく主義しゅぎ、あるいは侵略しんりゃくされた同胞どうほうムスリムをたすけるジハード遂行すいこうのためにイラクへ入国にゅうこくしたイスラム過激かげき思想しそう信奉しんぽうしゃであるとされる。とくに、デリゾールけんなどのイラク国境こっきょう地域ちいき住民じゅうみんはイラク北西ほくせいむスンナ部族ぶぞくとは親戚しんせき関係かんけいにあり、ジャズィーラ方言ほうげんアラビア(メソポタミア方言ほうげんのうち、イラク北西ほくせいやシリア東部とうぶはなされるもの)をしゃべるなどイラクとの関係かんけいふかく、「外国がいこくじん占領せんりょうかれている同胞どうほう」への同情どうじょうからテロリストを支援しえんしているとされている。

メソポタミア方言ほうげん分布ぶんぷ

イラクでの戦闘せんとう参加さんかするために、同国どうこく潜入せんにゅうしたイスラム過激かげき思想しそう信奉しんぽうしゃのうち著名ちょめい人物じんぶつは、シリア東部とうぶデリゾールけん出身しゅっしんアブー・ムハンマド・アル=ジャウラーニーである(ジャウラーニーについてはダラアけん出身しゅっしんとのせつもある[49])。当該とうがい人物じんぶつは、シリア内戦ないせんにおけるはん政府せいふ武装ぶそう勢力せいりょく主力しゅりょくたるアル=ヌスラ戦線せんせん指導しどうしゃとなっている[50]。ヌスラ戦線せんせん要員よういんには、べいぐん占領せんりょうのイラクにおいて反米はんべいはんシーア闘争とうそう参加さんかしたものたちがおおふくまれる。

シリア政府せいふは、2003ねんたいイラク開戦かいせんには越境えっきょうする「アラブじん義勇ぎゆうへい」を放置ほうちしていたが、同年どうねん4がつ以降いこうまでに密輸みつゆ業者ぎょうしゃまるなどの対策たいさくこうじた。しかし、部族ぶぞくみん地元じもと政府せいふ治安ちあん当局とうきょくしゃまで業者ぎょうしゃ賄賂わいろ買収ばいしゅうされてしまっており、効果こうかがあがっていないとされる。もっとも外国がいこくじんテロリストの越境えっきょうすうおおかったのは、2004ねんファッルージャの戦闘せんとうときで、大半たいはんがサウジじんであったという[51]。イラク戦争せんそう、シリア国内こくない統制とうせい強化きょうかされたのは、これらの義勇ぎゆうへいにイスラーム過激かげきふくまれており、シリア・バアスとう政治せいじ思想しそうきびしく対立たいりつしていたためでもあり、シリア国内こくない治安ちあんへの悪影響あくえいきょうげんずるという意図いともあった。しかし、シリアはきゅうイラク・バアスとう政権せいけん残党ざんとうには庇護ひごくわえ、べいぐんをはじめとする占領せんりょうぐんやイラク暫定ざんてい政権せいけんたいする破壊はかい活動かつどう支援しえんしたとされる。

またイラクでは、もと大統領だいとうりょうサッダーム・フセインの出身しゅっしん部族ぶぞくがスンナであることにくわえ、サッダームきゅう政権せいけん時代じだい与党よとうであったイラク・バアスとう中核ちゅうかく支持しじそうもスンナぞくし、これがイラク国内こくない多数たすうじゅうイマームさえるかたちになっていた。しかし、シリアでは対照たいしょうてきに、アサド大統領だいとうりょう出身しゅっしん部族ぶぞくはイスラームの少数しょうすう宗派しゅうはであるアラウィーぞくし、シリア・バアスとう中核ちゅうかく支持しじそうはアラウィーのほか、キリスト教徒きりすときょうとドゥルーズイスマーイールなどの少数しょうすう宗派しゅうはであり、これらが多数たすうであるスンナおさえるかたちになっている(ただし、スンナであっても世俗せぞく主義しゅぎ勢力せいりょく一部いちぶはバアスとう協力きょうりょく関係かんけいにある)。

このため、シリア内戦ないせん勃発ぼっぱつしたあと、イラク国内こくない反米はんべいはんシーア闘争とうそう継続けいぞくしていた聖戦せいせん解放かいほう最高さいこう司令しれいおよびナクシュバンディーぐんひきいるきゅうイラク・バアスとう序列じょれつだい2イッザト・イブラーヒーム(サッダーム・フセインの死刑しけい執行しっこう、イラク・バアスとう地域ちいき指導しどう書記しょきちょう就任しゅうにん)は、アサド大統領だいとうりょう打倒だとう目指めざしてシリア国内こくない活動かつどうするスンナはん体制たいせい勢力せいりょくとの連帯れんたい表明ひょうめいした。また、イラク西部せいぶのスンナ多数たすう地域ちいきにおける自由じゆうシリアぐん支持しじしゃによって自由じゆうイラクぐんというスンナ武装ぶそう集団しゅうだん結成けっせいされている。これらの組織そしき過激かげき組織そしきISILとも協調きょうちょうしており、イラク政府せいふぐん戦闘せんとう状態じょうたいにある。ぎゃくに、イラク・バアスとう政権せいけん崩壊ほうかいじゅうイマーム主体しゅたいとなったイラク政府せいふは、ISILどう組織そしき同盟どうめい関係かんけいあるスンナ武装ぶそう集団しゅうだん戦闘せんとうにおいてシリア政府せいふ協力きょうりょく関係かんけいにある。

シリアはきゅうイラク・バアスとう政権せいけん残党ざんとう庇護ひごあたえていたが、一様いちよう支援しえんではなく、イラク・バアスとうがわにおいてもイッザト・イブラーヒームはイランと同盟どうめい関係かんけいにあるシリアにたいふか不信ふしんかんいており、提携ていけいにも消極しょうきょくてきであったとされる。また、イラク・バアスとうサッダーム・フセインによって路線ろせん対立たいりつ歯止はどめがかなくなり、一部いちぶとう幹部かんぶ主流しゅりゅうグループを形成けいせいし、イブラーヒームのした離脱りだつ。シリア東部とうぶハサカにて会議かいぎおこなもととう軍事ぐんじ局員きょくいんムハンマド・ユーニス・アル=アフマドしん指導しどうしゃ選出せんしゅつした。こののち、ユーニスはイブラーヒームをとうより追放ついほうすると宣言せんげん、これに対抗たいこうしてイブラーヒームがユーニスとそれにつらなる党員とういん追放ついほうおこない、イラク・バアスとう主流しゅりゅうのイブラーヒーム傍流ぼうりゅうのユーニス分裂ぶんれつした。ユーニスによる内訌ないこうとう分裂ぶんれつ事態じたいさいして、イブラーヒームは声明せいめいはっし、イラク・バアスとうたいするアメリカの陰謀いんぼう支援しえんしているとして、シリア政府せいふ非難ひなんしている[52]。イブラーヒームはシリア政府せいふとのきょうはたらけ懐疑かいぎてき姿勢しせいくずさず敵視てきししており、シリア内戦ないせん勃発ぼっぱつには最終さいしゅうてきにシリア政府せいふ決別けつべつした。しかし対照たいしょうてきに、ユーニスはシリア政府せいふ良好りょうこう関係かんけい構築こうちくした。

げんイラク政府せいふ暴力ぼうりょくてき転覆てんぷくによるイラク・バアスとう政権せいけん奪取だっしゅ重視じゅうししている聖戦せいせん解放かいほう最高さいこう司令しれいやナクシュバンディーぐんはじめとするイブラーヒームたいし、アル・アウダのようなユーニス恩赦おんしゃ国外こくがいのがれたバアス党員とういん本国ほんごく帰還きかんによるイラク・バアスとう政治せいじてき再建さいけん重視じゅうししている(アル・アウダの結成けっせい2003ねんであり、当初とうしょ積極せっきょくてき武力ぶりょく闘争とうそう路線ろせんであったがのちに方針ほうしん転換てんかんした)。また、イブラーヒーム闘争とうそう過程かていスーフィズム紐帯ちゅうたい利用りようしたほか、ジハード主義しゅぎしゃ共闘きょうとうするなど宗派しゅうは主義しゅぎてき傾向けいこうつよめた(ただし、これは軍事ぐんじてき手段しゅだんのひとつとしてもちいた便宜べんぎてきなものであり、政治せいじてきには世俗せぞく主義しゅぎ維持いじしていた)が、ユーニス前者ぜんしゃしてさらに世俗せぞく主義しゅぎてき傾向けいこう色濃いろこひろしアラブ主義しゅぎへの回帰かいきはより強固きょうこであった。これによって、ユーニスじゅうイマーム多数たすうめるイラク南部なんぶにおける支持しじ獲得かくとく成功せいこうし、上位じょうい指導しどうそうはスンナめているとはいえ、組織そしきなかあいだそうにはシーアおお存在そんざいするなど、旧来きゅうらい支持しじ基盤きばんであるスンナ多数たすう地域ちいきでの構成こうせいいん獲得かくとく目指めざすイブラーヒームとは対照たいしょうてきである。シリア政府せいふはユーニスつうじてイラクへの影響えいきょうりょく拡大かくだいはかっていたのだった。また、恩赦おんしゃびかけるユーニスらにたいしてヌーリー・マーリキー拒否きょひする姿勢しせいくずさなかったが、マーリキーの退陣たいじん、イラク首相しゅしょう就任しゅうにんしたハイダル・アル=アバーディは、穏健おんけんであるユーニスとの和解わかいたいして妥協だきょうてきである。

また、当初とうしょじゅうイマーム主導しゅどうするげんイラク政府せいふとのたたかいにおいてISIL共闘きょうとうしていたイブラーヒームだったが、支持しじ基盤きばん一部いちぶはスーフィー信者しんじゃであり、ISILの急速きゅうそく勢力せいりょく拡大かくだいたいして警戒けいかいかんつよめ、同盟どうめい関係かんけいは2014ねんまつには決裂けつれつしたとされる。しかし、イッザト・イブラーヒームのひきいる武装ぶそう組織そしきは、イラク政府せいふとの闘争とうそう依然いぜん継続けいぞくし、よく2015ねん4がつ中旬ちゅうじゅん領袖りょうしゅうのイッザト・イブラーヒームがイラク政府せいふぐんおよびシーア武装ぶそう組織そしきとの戦闘せんとう死亡しぼうした。イブラーヒームISILとの協力きょうりょく停止ていしし(スーフィーにぞくさないとう関係かんけいしゃにはISILとのきょうはたらけ継続けいぞくしているものやISILの構成こうせいいんとなっているものもおり、これらのもととう関係かんけいしゃはISILとの同盟どうめい関係かんけい決裂けつれつしたさい反対はんたいにイブラーヒーム攻撃こうげき加担かたんした)、イブラーヒーム本人ほんにん戦死せんしするなか、イラク政府せいふISILとのたたかいをつづけるうえで、イラク・バアスとうとの政治せいじてき和解わかい模索もさくしているとされる。しかし、当事とうじしゃであるイラク・バアスとう両派りょうは分裂ぶんれつしたまま派閥はばつ対立たいりつがまったく収束しゅうそくしていない。イブラーヒームはムハンマド・ユーニス・アル=アフマドをイラク政府せいふとの交渉こうしょうから排除はいじょすることをのぞみ、ユーニスはイラク国内こくない破壊はかいおよび占領せんりょうかんするイブラーヒーム責任せきにん非難ひなんし、イブラーヒーム政治せいじてき復権ふっけん拒否きょひしている[53]

イラン・イスラーム共和きょうわこくとの関係かんけい[編集へんしゅう]

イラク・バアスとう政権せいけんとの対立たいりつ関係かんけいや、シリアはのアラブ諸国しょこくことなりスンナ政権せいけんであることから、イラン・イラク戦争せんそうではシーア国民こくみんだい多数たすうめるイラン支持しじした背景はいけいがあり、イランとは現在げんざいでも事実じじつじょう盟邦めいほう関係かんけい継続けいぞくちゅうで、反米はんべいはんイスラエル、欧米おうべい西側にしがわ諸国しょこくとの対立たいりつとう利害りがい一致いっちするてんおおい。シリア内戦ないせんではイランは一貫いっかんしてアサド政権せいけん支持しじしており、資金しきん物資ぶっしまらず革命かくめい防衛ぼうえいたい援軍えんぐんとしておくるなど直接ちょくせつ間接かんせつにアサド政権せいけん支援しえんしているため、内戦ないせん勃発ぼっぱつ以降いこう政治せいじめんのほか、経済けいざい軍事ぐんじめんでも一体化いったいかつよめつつある。

近年きんねんでは、イランのほか、ベネズエラスーダンキューバなどの反米はんべい路線ろせんくにとの関係かんけい強化きょうかしている。

トルコ共和きょうわこくとの関係かんけい[編集へんしゅう]

シリアは隣国りんごくトルコ共和きょうわこくハタイけん固有こゆう領土りょうどであると主張しゅちょうしている。2000ねんのバッシャール・アル=アサドの大統領だいとうりょう就任しゅうにん両国りょうこく関係かんけいはクルドじんふう利害りがい一致いっちしていることで改善かいぜんしていたが、2011ねんシリア内戦ないせん勃発ぼっぱつすると、ムスリム同胞どうほうだん関連かんれんふかエルドアン政権せいけんはアサド政権せいけん打倒だとう目的もくてき自由じゆうシリアぐんをはじめはん体制たいせい武装ぶそう勢力せいりょく積極せっきょくてき支援しえんするなど対立たいりつ関係かんけいにある。トルコのはん体制たいせい支援しえんたいしアサド政権せいけんはシリア北部ほくぶのクルドじん勢力せいりょくクルド人民じんみん防衛ぼうえいたい、YPG)と協調きょうちょうし、同国どうこく北東ほくとう自治じち事実じじつじょう黙認もくにんする方針ほうしんをとったため、国内こくないにクルドじん問題もんだいかかえるトルコは2016ねんと2018ねんにシリアのクルドじん地域ちいきロジャヴァ)にたいする越境えっきょう攻撃こうげき実施じっしした。とくに2018ねん越境えっきょう攻撃こうげきにはアサド政権せいけんはん体制たいせいへの勝利しょうりをほぼ確定かくていてきにし、余裕よゆう戦力せんりょくをYPGへの援軍えんぐんとしておくったためトルコぐんとの直接ちょくせつ戦闘せんとういたり、両国りょうこく対立たいりつ激化げきか一途いっとをたどった。しかしながら、アサド政権せいけん勝利しょうり確定かくていしたなかで、クルドじん地域ちいきへの統治とうちという共通きょうつう目的もくてきをにらみ利害りがい一致いっちしはじめ、エルドアン政権せいけんとアサド政権せいけんとの関係かんけい和解わかい方向ほうこうかっている[54]

ソビエト連邦れんぽうおよびロシアとの関係かんけい[編集へんしゅう]

ロシアメドヴェージェフ大統領だいとうりょう当時とうじ)と会談かいだんするアサド大統領だいとうりょう2010ねん

独立どくりつのシリアは、1957ねんソ連それんとのあいだ経済けいざい技術ぎじゅつ援助えんじょ協定きょうてい締結ていけつされたことにはじまり、1958ねんにはおなじくしん路線ろせんかかげていたナセル政権せいけんエジプト合併がっぺいしたアラブ連合れんごう共和きょうわこく、1961ねんにエジプトとの連合れんごう解消かいしょうしシリア・アラブ共和きょうわこくとしてさい独立どくりつしたのちの、1963ねん3月8にち革命かくめい以来いらい今日きょうまでつづくバアスとう政権せいけんとおして、一貫いっかんしてしんソ・しん路線ろせん外交がいこう基盤きばんとしている。 ハーフィズ・アル=アサド政権せいけん時代じだい1980ねんには、外交がいこう兵器へいき輸入ゆにゅう・その技術ぎじゅつ導入どうにゅうなどのしん路線ろせんからさらすすみ、ソビエト・シリア友好ゆうこう協力きょうりょく条約じょうやく締結ていけつされ、軍事ぐんじてき同盟どうめい関係かんけいとなっている。 この同盟どうめい関係かんけいソ連それん崩壊ほうかいもロシア連邦れんぽうぎ、ロシアは新鋭しんえい防空ぼうくう兵器へいき弾道だんどうミサイルなど、さまざまな武器ぶき兵器へいき販売はんばいするなどシリアにとって最大さいだい武器ぶき援助えんじょこくとなっている。また独立どくりつ国家こっか共同きょうどうたい(CIS)諸国しょこく以外いがい唯一ゆいいつロシア軍事ぐんじ施設しせつがある[55]タルトゥース海軍かいぐん補給ほきゅうしょラタキア近郊きんこうフメイミム空軍くうぐん基地きちなど)。

シリア危機ききさいし、2013ねん9がつ9にちプーチン政権せいけん米国べいこくによるシリア侵攻しんこう回避かいひすべくロシアセルゲイ・ラブロフ外相がいしょうとおしてシリアの化学かがく兵器へいき国際こくさい管理かんりき、シリアの化学かがく兵器へいき禁止きんし条約じょうやく批准ひじゅん提案ていあんした[56]。そして、9月12にちにシリアのアサド大統領だいとうりょうはさらに批准ひじゅんの1かげつ化学かがく兵器へいき情報じょうほう提供ていきょうすることにも同意どういした[57]。2015ねん9がつ30にちにはロシア連邦れんぽうぐんがアサド政権せいけん支援しえんする軍事ぐんじ介入かいにゅう開始かいしロシア連邦れんぽう航空こうくう宇宙うちゅうぐんによるシリア空爆くうばく)。これ以降いこう膠着こうちゃく状態じょうたいだった戦況せんきょうはアサド政権せいけんがわおおきくかたむき、アレッポデリゾールといった主要しゅよう都市としめぐ攻防こうぼう政府せいふぐんせいし、内戦ないせん帰趨きすうけっする決定的けっていてき影響えいきょうあたえた。

朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこくとの関係かんけい[編集へんしゅう]

朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく北朝鮮きたちょうせん)とはハーフィズ・アサド政権せいけん時代じだいからの伝統でんとうてき友好国ゆうこうこくであり、軍事ぐんじ交流こうりゅう弾道だんどうミサイルなどの北朝鮮きたちょうせんせい兵器へいきでもある。共同きょうどうかく開発かいはつ計画けいかくおこなっているとされ、2007ねんにはイスラエル空軍くうぐんかく開発かいはつ施設しせつられる建物たてもの爆撃ばくげきした。

シリアは北朝鮮きたちょうせんとの友好ゆうこう関係かんけい考慮こうりょし、大韓民国だいかんみんこく国交こっこうゆうしていない。

中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくとの関係かんけい[編集へんしゅう]

中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく中国ちゅうごく)とはハーフィズの時代じだいからの伝統でんとうてき友好国ゆうこうこくであり、軍事ぐんじ交流こうりゅう[58][59]弾道だんどうミサイル[60]などの中国ちゅうごくせい兵器へいきでもある。1990年代ねんだいにシリアに小型こがた原子げんし売却ばいきゃくしたさいはイスラエルやアメリカから懸念けねんされた[61]経済けいざいてきにはシリア最大さいだい貿易ぼうえき相手あいてこくともされ[62]、2つのシリア最大さいだい産油さんゆ企業きぎょうだい株主かぶぬしであり[63]、2011ねんから国連こくれんのシリア非難ひなん決議けつぎでもロシアとともに拒否きょひけん行使こうしすることもおお[64]

アサド大統領だいとうりょうも2004ねん6がつ訪中ほうちゅうして中国ちゅうごく胡錦濤こきんとう国家こっか主席しゅせき会談かいだんおこなうなど、中国ちゅうごくとの関係かんけい重視じゅうししている[65]。シリアはちゅう主導しゅどう上海しゃんはい協力きょうりょく機構きこうへの加盟かめい申請しんせいしている[66]

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくとの関係かんけい[編集へんしゅう]

アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこくはシリアが1990ねん湾岸わんがん戦争せんそう国籍こくせきぐん参加さんかし、1991ねんアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく政府せいふ主催しゅさいした中東ちゅうとう和平わへいマドリード会議かいぎ以後いごアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく政府せいふ提案ていあんする中東ちゅうとう和平わへいプロセスを支持しじし、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく政府せいふ主導しゅどうした国連こくれん安保理あんぽり決議けつぎもとづいて2005ねんにレバノンからぐん撤退てったいさせたが、アメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく政府せいふはシリアがレバノンにぐん進駐しんちゅうさせた1976ねん当時とうじからシリアを「テロ支援しえん国家こっか」と認定にんていし、2004ねん以後いご経済けいざい制裁せいさい実施じっし、2005ねん以後いございシリア大使たいし帰国きこくさせている[67]

アラブのはるでははん体制たいせい支援しえんし、シリア内戦ないせんになると、2013ねん9月5にちアメリカ合衆国あめりかがっしゅうこく上院じょういん外交がいこう委員いいんかいはシリアの化学かがく兵器へいき使用しよう理由りゆう軍事ぐんじ行動こうどう承認しょうにんしたが、議会ぎかい承認しょうにんなきままアメリカぐんはシリア侵攻しんこう攻撃こうげき態勢たいせいはいっていた[68][69][70]。2014ねん9がつ湾岸わんがん諸国しょこくとともに空爆くうばく開始かいしされたが、このときの攻撃こうげき対象たいしょうは、内戦ないせん増長ぞうちょうしたISILとされた[71]。それでも、安保理あんぽり決議けつぎなしでの空爆くうばくは、国際こくさいほう違反いはんだとされる。2017ねん4がつ化学かがく兵器へいき使用しよう疑惑ぎわく理由りゆうに、はつ政府せいふぐん標的ひょうてきとするミサイル攻撃こうげきおこなわれた[72]。2018ねん10がつからシリア領内りょうない油田ゆでん防衛ぼうえいすると主張しゅちょうし、デリゾールけんハサカけん油田ゆでん地帯ちたい中心ちゅうしん違法いほう駐留ちゅうりゅう開始かいし。2019ねん10がつドナルド・トランプべい大統領だいとうりょうは、エクソンモービルふくこめ石油せきゆメジャーにシリアで油田ゆでん操業そうぎょうになわせる可能かのうせい言及げんきゅうした。これについて、法律ほうりつやエネルギー業界ぎょうかい専門せんもんからは、戦争せんそう犯罪はんざい倫理りんりてきなどという批判ひはんこえがった[73]。2022ねん2がつ、シリアの石油せきゆ鉱物こうぶつ資源しげんしょうは、国内こくない生産せいさんされる原油げんゆの80%以上いじょう米国べいこくによってぬすめだつされていると発表はっぴょうした[74]

日本にっぽんこくとの関係かんけい[編集へんしゅう]

シリア戦争せんそう危機ききさいし、安倍晋三あべしんぞう政権せいけん日本にっぽん同盟どうめいこくである米国べいこくのシリア侵攻しんこうたいしては反対はんたい表明ひょうめいしてはいない[75]かんよしえら官房かんぼう長官ちょうかんは2013ねん8がつ29にち記者きしゃ会見かいけんで、シリア政府せいふによる化学かがく兵器へいき使用しよう根拠こんきょわれ「さまざまな具体ぐたいてき情報じょうほうがあるが、関係かんけいこくとのやりりなのでひかえる」としている[76]

2012ねん5がつ日本にっぽん政府せいふモハンマド・ガッサーン・アルハバシュちゅうにちシリア大使たいし国外こくがい退去たいきょ勧告かんこくおこな一方いっぽう、シリア政府せいふよく6がつ鈴木すずき敏郎としおちゅうシリア大使たいしペルソナ・ノン・グラータ通告つうこくするなど、相互そうご大使たいし追放ついほう処分しょぶんおこなった[77]

地方ちほう行政ぎょうせい区分くぶん[編集へんしゅう]

シリアのけん

シリアには13のけんがある。

  1. ダマスカスけん
  2. リーフ・ディマシュクけん(ダマスカス郊外こうがいけん)
  3. クネイトゥラけんクネイトゥラ
  4. ダルアーけんダルアー
  5. スワイダーけんスワイダー
  6. ホムスけんホムス
  7. タルトゥースけんタルトゥース
  8. ラタキアけんラタキア
  9. ハマーけんハマー
  10. イドリブけんイドリブ
  11. アレッポけんアレッポ
  12. ラッカけんラッカ
  13. デリゾールけんデリゾール
  14. ハサカけんハサカ

このうち、シリア内戦ないせん以降いこう事実じじつじょう政府せいふ管轄かんかつおよんでいないクルドじん自治じちとしてロジャヴァ・クルドじん自治じちがある。アレッポけんラッカけんハサカけん一部いちぶにまたがって設立せつりつされている。シリア政府せいふによる公式こうしき自治じちみとめられていないが、事実じじつじょう黙認もくにん状態じょうたいとなっており政府せいふぐんとの戦闘せんとうきていない。一方いっぽうトルコ政府せいふとは交戦こうせん状態じょうたいとなっている[78]

地理ちり[編集へんしゅう]

シリアの地図ちず

ひがし地中海ちちゅうかいめんする一部いちぶのぞいて、国土こくど隣国りんごく地続じつづきであり、北部ほくぶではトルコと、東部とうぶではイラクと、南部なんぶではヨルダンと、西部せいぶではイスラエルレバノンとそれぞれ国境こっきょうせっしている。

国土こくどのうち西部せいぶ地中海ちちゅうかい沿岸えんがんには平野へいやひろがっており、南部なんぶ肥沃ひよく土地とちひろがっており、国内こくない農業のうぎょうのほとんどを負担ふたんしている。北部ほくぶはん乾燥かんそう地帯ちたい中部ちゅうぶアンチレバノン山脈さんみゃくつらなり、山岳さんがく地帯ちたい大半たいはんであるが、乾燥かんそう地帯ちたい延長えんちょうじょうには、アラビア半島はんとうつづシリア砂漠さばくがある。国内こくない最高峰さいこうほうヘルモンさん(2,814メートル)。国土こくどきたからみなみユーフラテスがわが、みなみからきたオロンテスがわながれている。

気候きこう地中海ちちゅうかい沿岸えんがん典型てんけいてき地中海ちちゅうかいせい気候きこう(Cs)で、夏季かき高温こうおん乾燥かんそう冬季とうき温暖おんだん多雨たうである。内陸ないりくはいるにしたが乾燥かんそう度合どあいがはげしくなり(BS)、イラク国境こっきょう周辺しゅうへん砂漠さばく気候きこう(BW)となっている。この地域ちいきでは冬季とうきには氷点下ひょうてんかまでがり、降雪こうせつによる積雪せきせつられ、ときすうじゅうセンチにたっする大雪おおゆきとなることもあるなどぶしごとのはげしい。ダマスカスとし平均へいきん気温きおんは5.8℃(1がつ)、26.5℃(7がつ)、とし降水こうすいりょうは158.5ミリ。

経済けいざい[編集へんしゅう]

IMF統計とうけいによると、内戦ないせん本格ほんかくするまえ2010ねんGDPは600おくドル。1人ひとりあたりのGDPでは2,807ドルで、中東ちゅうとうではひく水準すいじゅんであり、隣国りんごくイラクヨルダンよりも1,000ドル以上いじょうひく数値すうちである[2]。シリアない戦後せんご急落きゅうらくし、2010ねんから2017ねんにかけて、GDPは70%以上いじょう減少げんしょうしたとされる[79]

シリアの産業さんぎょうは、バアスとう強力きょうりょく計画けいかく経済けいざいにより農業のうぎょうしょう工業こうぎょう鉱業こうぎょうともにかたよりがなくバランスがれたかたちとなっており、石油せきゆ資源しげんにもめぐまれているが、米国べいこくによる禁輸きんゆ措置そちもあり経済けいざい低迷ていめい状態じょうたいつづいていた。2004ねん時点じてん政府せいふ発表はっぴょう国内こくない失業しつぎょうりつは20%をえており、中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこく改革かいかく開放かいほう手本てほんとして市場いちば経済けいざい導入どうにゅうはかり、外国がいこく企業きぎょう投資とうしれやインターネット導入どうにゅうすすめていた。しかし2011ねん勃発ぼっぱつした内戦ないせんにより経済けいざい深刻しんこく影響えいきょうけており、国連こくれん推定すいていでは2014ねん時点じてんでGDPは40%縮小しゅくしょう国内こくない労働ろうどう人口じんこう500まんにんのうちやく半数はんすう失業しつぎょう状態じょうたいにあり、国民こくみんの4ぶんの3が貧困ひんこん状態じょうたいおちいっているとかんがえられている[80]

歴史れきし[編集へんしゅう]

独立どくりつ直後ちょくごしゅ産業さんぎょう農業のうぎょうであった[81]。しかし、農業のうぎょう従事じゅうじしゃおおくは小作こさくじんだったため、生活せいかつはほとんど向上こうじょうしなかった。1960年代ねんだいになると政権せいけんにぎったバアスとう社会しゃかい主義しゅぎてき政策せいさくり、土地とち改革かいかく主要しゅよう産業さんぎょう国有こくゆう外国がいこく投資とうしにより、インフラをはじめとするだい規模きぼ開発かいはつ成功せいこうさせた。また、産業さんぎょう私的してき部門ぶもん推奨すいしょうする資本しほん主義しゅぎめんせた。ただし、情勢じょうせい不安定ふあんていさと中東ちゅうとう戦争せんそうでの敗北はいぼくにより、経済けいざい低迷ていめいした。[82]

1970ねん政権せいけん掌握しょうあくしたハーフィズ・アル=アサドは、油田ゆでん開発かいはつ自由じゆう政策せいさくり、とくに73から74ねんにかけての原油げんゆ価格かかく高騰こうとうわせて経済けいざい成長せいちょう成功せいこうさせた[81]。また、より石油せきゆ資源しげん豊富ほうふなアラブ諸国しょこくはたらくシリアじんからの送金そうきん増加ぞうかや、アラブ諸国しょこくをはじめとする海外かいがいからの援助えんじょ増加ぞうかも、シリアの好景気こうけいき拍車はくしゃをかけた[81]。70年代ねんだいまつには、シリア経済けいざい従来じゅうらい農業のうぎょう中心ちゅうしんとした経済けいざいから、サービスぎょう工業こうぎょう商業しょうぎょう中心ちゅうしんとした経済けいざいへと変化へんかしていた。灌漑かんがい電力でんりょく水道すいどう整備せいび道路どうろ建設けんせつ事業じぎょう医療いりょうサービスや教育きょういく地方ちほうへの拡大かくだいなどに巨額きょがく支出ししゅつおこなわれ、繁栄はんえい貢献こうけんした。しかし、財政ざいせい貿易ぼうえき両面りょうめん赤字あかじ拡大かくだいし、その財源ざいげん海外かいがいからの援助えんじょ補助ほじょきん依存いぞんする状態じょうたいつづいた。また、アラブ・イスラエル紛争ふんそう最前線さいぜんせん位置いちするシリアは、中東ちゅうとう政治せいじ影響えいきょうけやすく、増大ぞうだいする国防こくぼうをアラブの援助えんじょ移転いてんソ連それん援助えんじょたよっていた[82]

1980年代ねんだいはいると、だい2オイルショックかんばつ在外ざいがいシリアじんからの送金そうきんげんなどにより、減速げんそくした[82]

2000ねんにハーフィズの息子むすこバッシャール・アル=アサド大統領だいとうりょうになると、経済けいざい近代きんだい自由じゆうすすめられた。政府せいふしん自由じゆう主義しゅぎてき改革かいかくは、貿易ぼうえき活発かっぱつ民間みんかん部門ぶもん活性かっせい貢献こうけんし、安定あんていした経済けいざい成長せいちょうつづいた。一方いっぽう格差かくさ拡大かくだい公共こうきょうサービスの低下ていか汚職おしょく露骨ろこつなどをともない、アラブのはるへとつながる国民こくみん不満ふまん増加ぞうかにつながったとされる[83]

シリア内戦ないせん勃発ぼっぱつは、2010ねんから2017ねんまでマイナス成長せいちょうとなり[84]、GDPは70%以上いじょう減少げんしょうしたとされる[79]ISIL勢力せいりょくうしない、すこいた2018ねん微増びぞうした。20ねん深刻しんこくした隣国りんごくレバノン経済けいざい危機きき米国べいこくあらたなたいシリア制裁せいさいほう影響えいきょうし、通貨つうかシリアポンドの価値かちたいべいドルで1ねんまえ半分はんぶん以下いかになり、急激きゅうげきなインフレがきた[85]

2021ねんNGOワールド・ビジョン発表はっぴょうした推計すいけいでは、内戦ないせんによる経済けいざい損失そんしつけい1ちょう2000おくドルにのぼるとされる[85]。シリア石油せきゆ鉱物こうぶつ資源しげんしょうによると、東部とうぶ地域ちいき占領せんりょうする米国べいこくとそのがわ勢力せいりょくにより、1にち平均へいきん7まんバレルが窃取せっしゅされている問題もんだいもある[86]

国民こくみん[編集へんしゅう]

伝統でんとうてき衣装いしょうつつんだダマスカス市民しみん

人口じんこう2,200まんにんのうち、2015ねん時点じてんでは国内こくない避難ひなんみんとしてすくなくとも760まんにん以上いじょう居住きょじゅう放棄ほうきして国内こくない移動いどうおこなっているほか[87]やく400まんにん難民なんみんとして国外こくがい流出りゅうしゅつしている。シリア難民なんみん最多さいた流出りゅうしゅつこくはトルコ(213まんにん)、いでヨルダン(140まんにん)、レバノン(119まんにん)となっている。

民族みんぞく[編集へんしゅう]

住民じゅうみんは、アラブじんが90%で、クルドじんが8%ほど、そのほかにアルメニアじんギリシャじんなどがいる。アラブじんなかにはシリア母語ぼごとする部族ぶぞくもいるため民族みんぞくせい多様たようしている。少数しょうすう民族みんぞくとしてネストリウスアッシリアじん)、きたコーカサスけい民族みんぞくみなみトルコけい民族みんぞくもいる。

言語げんご[編集へんしゅう]

言語げんご現代げんだい標準ひょうじゅんアラビア公用こうようである。そのほかにもアラビア方言ほうげんレバント方言ほうげん英語えいごばんイラク方言ほうげんナジュド方言ほうげんきたメソポタミア・アラビア英語えいごばん)、シリア典礼てんれい言語げんごとして)、クルドアルメニアアゼルバイジャン現代げんだいアラムアッシリア現代げんだいアラム現代げんだい西にしアラム)が使つかわれる。さらにフランス委任いにん統治とうちりょう時代じだい影響えいきょうフランス語ふらんすご使つかわれているが、隣国りんごくレバノンことなり一部いちぶエリートそう使用しようかぎられるなど通用つうようたかくない。

宗教しゅうきょう[編集へんしゅう]

  スンナクルドじん (8%)
  アラウィーアラブじん (13%)
  ドゥルーズアラブじん (3%)
  イスマーイールアラブじん (2%)
  じゅうイマームアラブじん (1%)
  その (1%)
宗教しゅうきょう構成こうせい(シリア)
イスラム教いすらむきょう諸派しょは
  
87%
キリスト教きりすときょう諸派しょは
  
12%

宗教しゅうきょうは、イスラム教いすらむきょうスンナやく70%。イスラム教いすらむきょう宗派しゅうはアラウィードゥルーズイスマーイールじゅうイマームなどがあわせてやく20%、これらの少数しょうすう宗派しゅうははすべてシーアとみなす場合ばあいもあるが、アラウィードゥルーズをシーアふくめない場合ばあいもある。

系統けいとう不明瞭ふめいりょうなアラウィー現在げんざいシーア一派いっぱとしてあつかわれるのは、1973ねんにシリアの大統領だいとうりょうハーフィズ・アル=アサドはたらきかけにより、レバノンのじゅうイマームイマームであったムーサー・アッ=サドル英語えいごばんが、アラウィーをシーア一派いっぱ看做みなファトワーはっしたことによる。そして、ドゥルーズイスマーイールから分派ぶんぱした宗派しゅうはである。しかし、アラウィーとドゥルーズ教義きょうぎグノーシス主義しゅぎ神秘しんぴ主義しゅぎつよ影響えいきょうけており、イスラームきょうとさえみなされない場合ばあいもあるなど、スンナじゅうイマームからのきびしい異端いたんさらされてきた。また、イスマーイールもオスマン帝国ていこく時代じだい弾圧だんあつけた。

キリスト教きりすときょうカルケドンシリア正教会せいきょうかい東方とうほう正教会せいきょうかいアンティオキアそう主教しゅきょうちょう東方とうほう典礼てんれいカトリックマロン典礼てんれいカトリック教会きょうかいなど)はやく10%である。

そのほかには、アレヴィーヤズィードなどの少数しょうすう宗派しゅうはがあり、アレヴィートルコマンじんによって、ヤズィードはクルドじんによって信仰しんこうされているが、あわせてやく1%ほどである。シリア国内こくない人口じんこうやく8%をめるクルドじんのほとんどはスンナ信仰しんこうしており、ヤズィード信仰しんこうするものはごく一部いちぶである。

元来がんらい都市とし富裕ふゆうそうにはスンナおおく、これらの名望めいぼうそうはオスマン帝国ていこく時代じだいから政治せいじエリートとしておおきな影響えいきょうりょくほこっていた。だいいち世界せかい大戦たいせんあらたな支配しはいしゃとしてシリアを委任いにん統治とうちしたフランスはスンナ有力ゆうりょくしゃたちの影響えいきょうりょくさえ、統治とうち円滑えんかつするために少数しょうすう宗派しゅうは優遇ゆうぐうし、スンナ以外いがいしょ宗派しゅうは政治せいじ軍事ぐんじへの門戸もんこひらいた。また、おなじスンナであっても都市とし有力ゆうりょくしゃたち相互そうご姻戚いんせき関係かんけいむすびつき、その特権とっけん意識いしきから農村のうそん人々ひとびと貧困ひんこんそうを「大衆たいしゅう」とんでさげすむなど、おおきな格差かくさ存在そんざいしていた。都市としむスンナエリートそうによって政治せいじから排除はいじょされてきた人々ひとびとは、シリア独立どくりつ、バアスとう共産党きょうさんとうなどの左派さは政党せいとう政治せいじ運動うんどう支持しじ共鳴きょうめいしめした。左派さは政治せいじ組織そしき支持しじ拡大かくだいたいして、保守ほしゅてき人々ひとびとムスリム同胞どうほうだんとのむすびつきをつよめた。

婚姻こんいん[編集へんしゅう]

イスラム教徒きょうと女性じょせい婚姻こんいん改姓かいせいすることはない(夫婦ふうふ別姓べっせい一方いっぽう改姓かいせいする女性じょせいもいる[88]

教育きょういく[編集へんしゅう]

シリアの教育きょういく小学校しょうがっこう6年間ねんかん中学校ちゅうがっこう3年間ねんかん高等こうとう学校がっこう3年間ねんかんの6・3・3せい小学校しょうがっこうの6年間ねんかん義務ぎむ教育きょういくであり、生徒せいとの80%がイスラム教徒きょうとのため男女だんじょ共学きょうがく高校こうこう存在そんざいしないとされる[89]

交通こうつう[編集へんしゅう]

鉄道てつどう[編集へんしゅう]

シリア国鉄こくてつ英語えいごばん運行うんこうされており、路線ろせんそう延長えんちょうは2,423キロにおよび、アラブ諸国しょこくなかでは数少かずすくない鉄道てつどうもう整備せいびされているくにである。ダマスカス鉄道てつどうえきからトルコイスタンブールへの直通ちょくつう列車れっしゃ運行うんこうされていた。しかしながら2012ねん以降いこう内戦ないせん運行うんこう停止ていし状態じょうたいとなっている。

航空こうくう[編集へんしゅう]

ダマスカス国際こくさい空港くうこうアレッポ国際こくさい空港くうこうバーセル・アル=アサド国際こくさい空港くうこう英語えいごばんなどの国際こくさい空港くうこうがあり、シリア・アラブ航空こうくうによって運航うんこうされている。

文化ぶんか[編集へんしゅう]

シリアは古代こだいより文明ぶんめいさかえた土地とちのため、またかく文明ぶんめい交流こうりゅう地点ちてんのため高度こうど文化ぶんか発達はったつしており、国内こくない各地かくちアッシリア帝国ていこく時代じだい遺跡いせき点在てんざいする。また、西洋せいようふう町並まちなみ服装ふくそう浸透しんとうしている。さらに反米はんべいおよびはんイスラエル国家こっかであるが、首都しゅとダマスカスにはケンタッキー店舗てんぽ存在そんざいする[注釈ちゅうしゃく 1]

しょく文化ぶんか[編集へんしゅう]

文学ぶんがく[編集へんしゅう]

音楽おんがく[編集へんしゅう]

映画えいが[編集へんしゅう]

世界せかい遺産いさん[編集へんしゅう]

世界せかい遺産いさんパルミラ遺跡いせき

シリア国内こくないには、ユネスコ世界せかい遺産いさんリストに登録とうろくされた文化ぶんか遺産いさんが6けん存在そんざいする[90][91]

祝祭日しゅくさいじつ[編集へんしゅう]

日付ひづけ 日本語にほんご表記ひょうき 現地げんち表記ひょうき 備考びこう
1がつ1にち 元日がんじつ عيد راس السنة الميلادية
3月8にち 3月8にち革命かくめい記念きねん ثورة الثامن من اذار バアスとうによる権力けんりょく掌握しょうあく記念きねんする
3月21にち はは عيد الأم
4がつ17にち 独立記念日どくりつきねんび عيد الجلاء フランスぐんのシリア完全かんぜん撤退てったいいわ
グレゴリオれきイースター عيد الفصح غريغوري 新暦しんれきのイースター。移動いどう祝日しゅくじつ
ユリウスれきのイースター عيد الفصح اليوليوسي 移動いどう祝日しゅくじつ
5月1にち メーデー عيد العمال
5月6にち 殉国じゅんこくしゃ عيد الشهداء 1916ねんオスマン帝国ていこくアフメト・ジェマル・パシャ
シリア民族みんぞく主義しゅぎもの多数たすう処刑しょけいした記念きねん
10月6にち 10月解放かいほう戦争せんそう記念きねん حرب تشرين التحريرية だいよん中東ちゅうとう戦争せんそう開戦かいせん記念きねん
12月25にち クリスマス عيد الميلاد المجيد
犠牲ぎせいさい عيد الأضحى 移動いどう祝日しゅくじつ
断食だんじき大祭たいさい عيد الفطر 移動いどう祝日しゅくじつ
預言よげんしゃ生誕せいたんさい المولد النبوي 移動いどう祝日しゅくじつ

スポーツ[編集へんしゅう]

サッカー[編集へんしゅう]

シリア国内こくないではサッカーもっと人気にんきスポーツとなっており、1966ねんにプロサッカーリーグのシリア・プレミアリーグ創設そうせつされた。リーグ開始かいし以降いこうアル・ジャイシュSC圧倒的あっとうてきつよさをほこっており、5連覇れんぱふくむリーグ最多さいた17優勝ゆうしょう達成たっせいしている。

シリアサッカー協会きょうかい(SFA)によって構成こうせいされるサッカーシリア代表だいひょうは、これまでFIFAワールドカップへの出場しゅつじょう経験けいけんはない。AFCアジアカップには7出場しゅつじょうしており、2023ねん大会たいかいではベスト16の成績せいせきおさめた[92]

オリンピック[編集へんしゅう]

シリアはオリンピックには1948ねんロンドン五輪ごりんはつ参加さんかした。それ以降いこう中東ちゅうとう戦争せんそうなどの影響えいきょう参加さんか不参加ふさんかつづいたが、1980ねんモスクワ五輪ごりん以降いこう参加さんかつづけている。しかし冬季とうきオリンピックへの参加さんか経験けいけんはない。2021ねん東京とうきょう五輪ごりんでは、ウエイトリフティング男子だんし109kgちょうきゅうでマン・アサードが、シリア選手せんしゅとして4大会たいかいぶりのメダルを獲得かくとくした。

著名ちょめい出身しゅっしんしゃ[編集へんしゅう]

脚注きゃくちゅう[編集へんしゅう]

注釈ちゅうしゃく[編集へんしゅう]

出典しゅってん[編集へんしゅう]

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関連かんれん項目こうもく[編集へんしゅう]

外部がいぶリンク[編集へんしゅう]

日本にっぽん政府せいふ
その