不ふ二に一元論いちげんろん

不ふ二に一元論いちげんろん（ふにいちげんろん、サンスクリット: अद्वैत वेदान्त、Advaita Vedānta、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ、Kevalādvaita）とは、インド哲学てつがく・ヒンドゥー教きょうのヴェーダーンタ学派がくはにおいて、8世紀せいきのシャンカラに始はじまるヴェーダンタ学派がくはの学説がくせつ・哲学てつがく的てき立場たちばである。これはヴェーダンタ学派がくはにおける最さい有力ゆうりょくの学説がくせつとなった。不ふ二に一元論いちげんろんは、ウパニシャッドの梵我一如いちにょ思想しそうを徹底てっていしたものであり、ブラフマンのみが実在じつざいするという説せつである。

哲学てつがく

ブラフマンが「未み展開てんかいの名称めいしょう・形態けいたい」を展開てんかいすることで、虚空こくうから風ふう、風かぜから火ひ、火ひから水みず、水みずから地ちの順番じゅんばんで五大ごだいが展開てんかいし、五大ごだいより身体しんたいが生しょうじ、ブラフマンはアートマンとしてこの身体しんたいに入はいる。よって、アートマンは物質ぶっしつ的てきな身体しんたいとは全まったく異ことなるが、人ひとの個我こが（アートマン）はブラフマンと同一どういつ・不ふ異ことである。

「未み展開てんかいの名称めいしょう・形態けいたい」は、何なんとも言いいあらわすことのできない未み確定かくてい・未み分化ぶんかの状態じょうたいにあるもので、物質ぶっしつ的てきであり、純粋じゅんすい精神せいしんであるブラフマンと本質ほんしつを異ことにするが、ブラフマンの中なかにあり、ブラフマンから独立どくりつした存在そんざいではない。「未み展開てんかいの名称めいしょう・形態けいたい」から展開てんかいした諸しょ現象げんしょう・物質ぶっしつ的てきな現象げんしょう世界せかいは、無明むみょう（アヴィディヤー、無知むち）によって仮かりにあるように見みえる虚妄きょもう、真実しんじつには存在そんざいしないマーヤー（まぼろし）のようなものである。

シャンカラの思想しそうの中なかで無明むみょうが占しめる意味いみは大おおきいが、彼かれは著作ちょさくの中なかで十分じゅうぶんな論理ろんり的てき説明せつめいを行おこなわなわず、無明むみょうとは付託ふたく（adhyāsa 増益ぞうえき）であり、「付託ふたくとは前まえに知覚ちかくされた甲かぶとが、想起そうきの形かたちで、乙おつの中なかに顕現けんげんすることである」と簡潔かんけつに定義ていぎするのみだった。

現象げんしょう界かいの万物ばんぶつの本体ほんたいは平等びょうどうであるが、高下こうげ・善悪ぜんあくなどの様々さまざまな違ちがいがある（差別さべつ相しょう、しゃべつそう）。人ひとが経験けいけんする現実げんじつでは多数たすうの個我こががあるように見みえる。人ひとは、統覚とうかく機能きのうなどのアートマンではない諸しょ属性ぞくせいをアートマンであると思おもい、アートマンとブラフマンは別べつであると考かんがえる。こうした誤あやまりは無明むみょうによるもので、無明むみょうによって人ひとは迷まよい、自分じぶんという中心ちゅうしん主体しゅたいがあるのだと思おもう。アートマンと非ひアートマンを区別くべつできないことが、輪廻りんねから抜ぬけ出だせない原因げんいんである。

ブラフマンだけが唯一ゆいいつで不二ふじの実在じつざい者しゃであり、これが真実しんじつである。誤あやまった付託ふたくを滅ほろぼし、アートマンを正ただしく認識にんしきし、個我こが（アートマン）がブラフマンと同一どういつで、現象げんしょう界かいが実在じつざいしないマーヤーであると悟さとることで（明知めいち）、無明むみょうは退しりぞけられる。これにより個我こがによる縛しばりはなくなり、解脱げだつが果はたされる。

知識ちしきのみが解脱げだつの手段しゅだんであり、一切いっさいの行為こういは無明むみょうに基もとづいているため解脱げだつの手段しゅだんにはならないとして否定ひていした。知識ちしきと行為こういの両方りょうほうが解脱げだつに必要ひつようであるという知行ちぎょう併合へいごう論ろんを退しりぞけたが、行為こういは心しんの浄化じょうかに相対そうたい的てき・間接かんせつ的てきには役立やくだつため、明知めいちを得えるまでは実践じっせんすべきとした。

概要がいよう

経典きょうてん『ブラフマ・スートラ』が成立せいりつしてからシャンカラが活躍かつやくする時代じだいまでに、ヴェーダーンタ学派がくはの思想しそうは仏教ぶっきょうの影響えいきょうを受うけて大幅おおはばに変質へんしつした。シャンカラは仏教ぶっきょう化かしたヴェーダーンタ哲学てつがくを、原点げんてんであるウパニシャッドに立脚りっきゃくして本来ほんらいの在あり方かたに改革かいかくしようとしたが（シャンカラは、天啓てんけい聖典せいてんは疑うたがい得えないもので唯一ゆいいつの正ただしい知識ちしき根拠こんきょであるとする伝統でんとう主義しゅぎ者しゃであり、ブラフマン＝アートマンという知識ちしきは天啓てんけい経典きょうてんに依よるとする）、仏教ぶっきょう的てき要素ようそを排除はいじょすることはせず、仏教ぶっきょう的てき要素ようそにヴェーダーンタ的てき解釈かいしゃくを施ほどこして取とり込こむ形かたちをとった。これにより、実在じつざい論ろん的てきブラフマン一元論いちげんろんであったヴェーダーンタ哲学てつがくは、幻想げんそう主義しゅぎ的てきブラフマン一元論いちげんろんへと変容へんようした。シャンカラの思想しそうはヴィヴァルタ・ヴァーダ（仮かり現げん説せつ）と呼よばれるもので、大乗だいじょう仏教ぶっきょうの唯識ゆいしき派はの説とく万まん法ほう唯識ゆいしき・阿おもね頼よりゆき耶識の思想しそうなどと類似るいじがある。そのため、他派たはからは「仮面かめんの仏教徒ぶっきょうと」と批判ひはんも受うけた。

シャンカラは、『ブラフマ・スートラ』における一元論いちげんろんの論理ろんりの不徹底ふてっていさという問題もんだいを解決かいけつすべく、新あらたに「未み展開てんかいの名称めいしょう・形態けいたい」と無明むみょう（アヴィディヤー、無知むち）の概念がいねんを導入どうにゅうした。「未み展開てんかいの名称めいしょう・形態けいたい」を世界せかいの種子しゅしと考かんがえ、一切いっさいの物質ぶっしつ的てきなものの原因げんいんと見み做したため、サーンキヤ学派がくはの根本こんぽん物質ぶっしつに相当そうとうするとも見みえ、サーンキヤ的てきな二元論にげんろんに近ちかづいている。「未み展開てんかいの名称めいしょう・形態けいたい」から展開てんかいした現象げんしょう世界せかいは無明むみょうに起因きいんするマーヤー（幻影げんえい、まぼろし）にすぎず、ブラフマン＝アートマンのみが真実しんじつであり実在じつざいするという幻想げんそう主義しゅぎ的てきブラフマン一元論いちげんろんを唱となえ、二元論にげんろんに陥おちいることを避さけた。

無明むみょうの本質ほんしつを構成こうせいするものについて、シャンカラ以後いごのヴェーダーンタ学派がくはでは様々さまざまな議論ぎろんを行おこない、またブラフマンと個我こがの関係かんけい、ブラフマンと現象げんしょう世界せかいの関係かんけいについても考察こうさつされて様々さまざまな学説がくせつが生うまれることとなった。

シャンカラの思想しそうは、『ブラフマ・スートラ注解ちゅうかい』などの著作ちょさくに記しるされている。彼かれの主要しゅような著作ちょさくは注釈ちゅうしゃく文献ぶんけんであるが、注釈ちゅうしゃくでない真しん作さくと考かんがえられるものに『ウパデーシャ・サーハスリー』がある。他ほかにもシャンカラの著作ちょさくとされるものは膨大ぼうだいにあるが、大だい部分ぶぶんは偽作ぎさくと考かんがえられている。

スーフィー(イスラム神秘しんぴ主義しゅぎ）にはヴェーダーンタ起源きげん説せつ、仏教ぶっきょう起源きげん説せつがあり、シャンカラの系統けいとうの幻想げんそう主義しゅぎ的てき一元論いちげんろんと、スーフィーの思想しそうには類似るいじが見みられる。スーフィーにおける「存在そんざいの唯一ゆいいつ性せい」と「経験けいけんの唯一ゆいいつ性せい」の論争ろんそうも、シャンカラの系統けいとうのヴェーダーンタ哲学てつがくと共通きょうつうしている。

近きん現代げんだいでは、イギリス領りょうインド帝国ていこく下したでのヒンドゥー教きょう改革かいかく運動うんどうに始はじまるネオ・ヴェーダーンタと呼よばれる潮流ちょうりゅうがある。イギリスの神秘しんぴ思想しそう団体だんたいエコノミック・サイエンス派は、ニューエイジのバイブル的てき存在そんざいであるアメリカの『奇跡きせき講座こうざ』の思想しそう、アメリカの思想家しそうかケン・ウィルバーのトランスパーソナル心理しんり学がくにも顕著けんちょな影響えいきょうが見みられる。

参考さんこう文献ぶんけん

• クリストファー・パートリッジ 編へん『現代げんだい世界せかい宗教しゅうきょう事典じてん—現代げんだいの新しん宗教しゅうきょう、セクト、代替だいたいスピリチュアリティ』井上いのうえ順じゅん孝こう 監訳かんやく、井上いのうえ順じゅん孝こう・井上いのうえまどか・冨澤とみさわかな・宮坂みやさか清きよし 訳やく、悠ゆう書しょ館かん、2009年ねん。 
• 川崎かわさき信しん定じょう「ヴェーダーンタ思想しそうとヒンドゥー教きょう」『インドの思想しそう』放送大学ほうそうだいがく教育きょういく振興しんこう会かい、1997年ねん。 
• 前田まえだ専せん学がく、早島はやしま鏡かがみ正ただし、高崎たかさき直道なおみち、原はら実みのる、1982、「第だい5章しょう 英えい領りょうインドにおける思想しそう運動うんどう」、『インド思想しそう史し』、東京とうきょう大学だいがく出版しゅっぱん会かい

関連かんれん項目こうもく

• シャンカラ
• ヴェーダーンタ学派がくは
• 梵我一如いちにょ