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碁石ごいし

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

碁石ごいし(ごいし)は、囲碁いご連珠れんじゅ使用しようする用具ようぐで、くろしろ2しょく円盤えんばんがた物体ぶったいである。黒白くろしろ2しょくいちぞろいとなり、碁笥ごけ(ごけ、または、ごす)ないし(ごき)とばれる容器ようきれておく。囲碁いごおこなうえではたんに「いし」とんだりする(※とう項目こうもくでも以後いごは“いし”と表記ひょうきする)。

ゲームをおこなうえではくろ181個いっこしろ180用意よういする[1](ただし、この個数こすうにルールじょう意味いみはなく、対局たいきょくちゅう不足ふそくした場合ばあいはアゲハマを同数どうすう交換こうかんしたり、余所よそからってくるなどのかたち適宜てきぎ補充ほじゅうする)。連珠れんじゅでは「たま」とび、くろ113しろ112用意よういする[2]が、実際じっさいには60程度ていどずつでつかえない。

形態けいたい

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いしおおきさは白石しらいし直径ちょっけい21.9mm(7ふん2りん)、黒石くろいし直径ちょっけい22.2mm(7ふん3りん)。黒石くろいしのほうが若干じゃっかんおおきくなっているのは、しろ膨張ぼうちょうしょくでややおおきくえるためで、このように若干じゃっかんをつけることにより、人間にんげんにはほぼおなおおきさであるようにえる[3]あつさは6mm - 14mm程度ていどまである。あつみはごうすうあらわされ、25ごうでおよそ7mm、40ごうでおよそ11mmで、一般いっぱんに、あついものほどったときおとひびき、高級こうきゅうひんとされるが、ちにくくなるうえばんとの接触せっしょくめんせまいためれたりうごいたりしやすくなる。60ごうちかいものも存在そんざいするが、34ごう以上いじょう十分じゅうぶん高級こうきゅうである。9mm前後ぜんこう(32 - 34ごう)のものがちやすく、もっとおおもちいられている。

中国ちゅうごくでは片面かためんたいらになった碁石ごいし使つかわれており、検討けんとうするさい裏返うらがえすことでもと局面きょくめんもどしやすくなる利点りてんがある。

いし」とばれるが素材そざいかならずしも石材せきざいのみがもちいられてはいない(後述こうじゅつ#碁石ごいし歴史れきし参照さんしょう)。黒石くろいし那智なちくろ白石しらいし碁石ごいしはまぐりはん化石かせきひんさい高級こうきゅうとされる。はまぐり白石しろいしには「しま」という生長せいちょうせんられ、こまかいものほど耐久たいきゅうせいたかい。日本棋院にほんきいんでは、日向ひなたさん白石しろいしおもいろのつき具合ぐあい縞目しまめ模様もよう基準きじゅんとして「雪印ゆきじるし」「つきしるし」「はなしるし」の3ランクに品質ひんしつけし、メキシコさんはホーローしつ縞目しまめあらわ具合ぐあい基準きじゅんとして「雪印ゆきじるし」「つきしるし」「実用じつよう」の3ランクに分類ぶんるいしている[3]練習れんしゅうようには硬質こうしつガラスせいのものなどが使用しようされる。いし使用しようによって破損はそんし、ちいさなものをホツ、周辺しゅうへんけたものをカケという。なかいしをかきぜておとてる行為こういはマナー違反いはんとされている。

碁石ごいし歴史れきし

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碁笥ごけれられた碁石ごいし

ふるくは『風土記ふどき』(733ねんころ成立せいりつ)に碁石ごいしかんする記述きじゅつられ、『常陸ひたちこく風土記ふどき』に鹿島かしまハマグリ碁石ごいし名産めいさんとして記述きじゅつされている。また『出雲いずもこく風土記ふどき』に、島根しまねけんの「たまゆいはま」の記載きさいがあり、この海岸かいがんからは碁石ごいしてきしたいしれたという。奈良ならけん藤原ふじわらきょう発掘はっくつされた碁石ごいしまる自然しぜんせきで、材質ざいしつ黒石くろいし黒色こくしょく頁岩けつがん白石しらいし砂岩さがん7世紀せいきすえ - 8世紀せいきはじめに使用しようされていたと推定すいていされる(週間しゅうかん)。自然しぜんせき碁石ごいし江戸えどまで使用しようされた。本因坊ほんいんぼうどうさくおさなころ使つかったという碁盤ごばん自然しぜんせき碁石ごいし現存げんそんしている[4]

せいくらいん所蔵しょぞうされた聖武天皇しょうむてんのう愛用あいよう碁石ごいしべにきばばちちりばめ(こうげばちるのきし)と名付なづけられ、直径ちょっけい1.6cm あつさ0.8cm、象牙ぞうげめて花鳥かちょう文様もんようけたものであり、いろみどり紅色こうしょくである[5]ひろじん2ねん文書ぶんしょでは320まいがあったと記載きさいされているが、現存げんそんするのは252まいである。『源氏物語げんじものがたり絵巻えまき』では碁石ごいしくろしろのものが使用しようされていることがかる。

現在げんざいくろ黒色こくしょくいしもちい、那智なち黒石くろいし三重みえけん熊野くまのさんする黒色こくしょく頁岩けつがんまたは粘板岩ねんばんがん)が名品めいひんとされる。しろハマグリ貝殻かいがらかたきしてみがいたものである。碁石ごいし材料ざいりょうとなるハマグリの代表だいひょうてき産地さんちふるくは鹿島かしま海岸かいがん志摩しま答志島とうしじま淡路島あわじしま鎌倉かまくら海岸かいがん三河みかわなどであった。鹿島かしまのハマグリはからうすく、明治めいじ落語らくご速記そっきほんに「せんべいのみたくっくりけえったいし」と描写びょうしゃされるように、ふる碁石ごいしには貝殻かいがら曲線きょくせんどおり、うすくて中央ちゅうおうへこんだものがある。その文久ぶんきゅう年間ねんかん宮崎みやざきけん日向ひなた付近ふきん日向灘ひゅうがなだ沿岸えんがんかい採取さいしゅされるようになり、明治めいじ中期ちゅうきには産地さんち衰退すいたいとも日向ひなたのおくらはまれるスワブテはまぐり[6]市場いちば独占どくせん上物じょうものとして珍重ちんちょうされた。現在げんざいではくされてほとんど枯渇こかつしてしまっているが、製造せいぞう技術ぎじゅつがれている。

現在げんざい一般いっぱん日向ひなたさんとして出回でまわっているものはメキシコさんはまぐり日向ひなた加工かこう製造せいぞうしたものである。白石しろいし黒石くろいし価格かかくちがい、ハマグリせい白石しろいし非常ひじょう高価こうかで、業者ぎょうしゃによっては黒石くろいしは「那智なち黒石くろいしき」と、白石しらいしのおまけあつかいにしている。高級こうきゅうひん貝殻かいがらそうしまのようにえる)が目立めだたず、時間じかんがたってもそうがはがれたり変色へんしょくしたりしない。

ハマグリの碁石ごいし庶民しょみん気軽きがるえるものではなく、明治めいじには陶器とうきたけせい安物やすもの碁石ごいし存在そんざいした。大正たいしょう時代じだいガラス碁石ごいし試作しさくされたが、当初とうしょ硬化こうかガラスではなく普通ふつうのガラスだったので、もろれやすかった。そのプラスチック硬質こうしつガラスせい製品せいひん出回でまわり、安価あんか用具ようぐ大量たいりょう生産せいさん囲碁いご普及ふきゅうたした役割やくわりおおきいとえる。近年きんねんでははこようマグネットせいのものもある。メノウせい高級こうきゅうひんもある。

中国ちゅうごくでは古代こだいには碁石ごいしつくったらしく、中国ちゅうごく時代じだい222ねん - 280ねん)にかれた『博奕ばくえきろん』(韋曜)に「枯棊さんひゃく」 としるされている。「枯棊」とは、でできた碁石ごいしのことをし、日本にっぽん寛永かんえい年間ねんかん1624ねん - 1644ねん)の『げんげん棊經俚諺りげん鈔』という解説かいせつほんには、「碁石ごいしもとつくる、ゆえに枯棊とう」と注記ちゅうきしている。また碁石ごいしは300定数ていすうであったこともしるされている。時代じだいくだると、高級こうきゅう碁石ごいしは「たま(ぎょく)」とばれる一種いっしゅ宝石ほうせきからつくられた。

中国ちゅうごくとうだいの『もりざつへん』という書物しょもつに、せんむねみかど年号ねんごう大中おおなか年間ねんかん847ねん - 860ねん)に日本一にっぽんいち名手めいしゅである日本にっぽん王子おうじ来朝らいちょうし、中国ちゅうごくいち名手めいしゅ対戦たいせんする逸話いつわ[7]記載きさいがある。日本にっぽん王子おうじ日本にっぽんにはひやだんだまという宝石ほうせき碁石ごいしがあることを物語ものがたり、「本國ほんごくひがししゅう真島まじまゆう とううえしこり霞臺かすみだいとてだいじょうたんいけあり ちゅう玉子たまごせいによらされども自然しぜん黒白くろしろあかり分有ぶんゆう ふゆだんなつひやゆえひやだんだまとぞにいふ 日本にっぽん王子おうじ入唐にっとうして此石をひえだんだまとしてからあさ進上しんじょうせらるとたり」としるされている。 たま碁石ごいしれやすく、日本にっぽんのようにおとててばんけるということはなかった。なかにはいしいち銀貨ぎんかまい相当そうとうするとされるほど高価こうかなものもあったが、かつての名品めいひんおおくが、退廃たいはいてきとして攻撃こうげきされた文化ぶんかだい革命かくめい時代じだい収集しゅうしゅうからうばわれるなどして散逸さんいつしてしまった。

碁石ごいし素材そざい

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現在げんざい以下いかのような素材そざいつくられた碁石ごいし存在そんざいする。

  • はまぐり宮崎みやざきけん日向ひなたさん)/那智なち黒石くろいし三重みえけん熊野くまのさん
  • 瑪瑙めのう碁石ごいし中国ちゅうごくさん
  • うん碁石ごいし中国ちゅうごく碁石ごいし)(中国ちゅうごくさん瑠璃るりせい黒石くろいしひかり透過とうかさせると緑色みどりいろえる特徴とくちょうがある)
  • 硬質こうしつガラス碁石ごいし日本にっぽんさん/韓国かんこくさん
  • ユリア樹脂じゅしせい碁石ごいし
  • プラスチック碁石ごいし
  • プラスチック重量じゅうりょうせき通常つうじょうのプラスチックよりおもく、あじ比較的ひかくてきいとされる)
  • マグネット碁石ごいし

碁笥ごけ

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碁笥ごけ(ごけ、または、ごす)とは、碁石ごいしれる容器ようき(ごき)ともばれる。白石しらいしよう黒石くろいしようの2で1くみとなっている。材質ざいしつさい高級こうきゅうひんくわとく御蔵島みくらじまさんの「しまくわ」が珍重ちんちょうされる)、いでかき紫檀したん黒檀こくたん一般いっぱんてきもちいられているものはけやき花梨かりんさくらくすのきブビンガぐりなつめ合成ごうせい樹脂じゅしなどがある[3]表面ひょうめん木地きじすことがおおいが、ったものには蒔絵まきえ鎌倉彫かまくらぼりほどこしたものも見受みうけられる。ふるくはごう(ごうす)とばれ、せいくらいんにはばちちりばめ棊子とセットで渡来とらいした精緻せいち美術びじゅつひんである「ぎんひらただつごう」が収蔵しゅうぞうされている。江戸えど時代じだいにはつつがたちか本因坊ほんいんぼうかたと、まるみのある安井やすいかたがあった。現代げんだい使つかわれているのは安井やすいがたちかいものがおおい。けいてんせいルールでは、内部ないぶはちじょういしすう180確認かくにんしやすい独特どくとく碁笥ごけもちいる。

なお、碁笥ごけにはぶたがあり、対局たいきょくちゅうにアゲハマをれておくのにもちいられる。

碁笥ごけ呼称こしょう問題もんだい

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碁笥ごけ素材そざいについては上記じょうきのほかにも色々いろいろ種類しゅるいもちいられるが、外国がいこくから輸入ゆにゅうした木材もくざい木目もくめ質感しつかんていることから「しん○○」としょうしていることがおおく、混乱こんらんまねいている。たとえば、輸入ゆにゅう木材もくざいであるマホガニーは「しんサクラ」、なつめは「しんケヤキ」、ケンパスを「しんカリン」などと銘打めいうって販売はんばいされていることがおおい。しかし、木目もくめ質感しつかんているからとって、本来ほんらい名前なまえ無視むししてサクラやケヤキのかんするのはどうなのかという議論ぎろん近年きんねんネットじょう見受みうけられるようになった。碁盤ごばんかんしては「しんカヤ」はスプルースざい、「しんかつら」はアガチスざいという輸入ゆにゅうざいであることがられるようになってきたが、碁笥ごけかんしては碁盤ごばんほどではなく、素材そざい輸入ゆにゅうざいらずにうビギナーもおおい。この問題もんだいかんして良心りょうしんてきみせではしんサクラとう呼称こしょう使つかわずマホガニーせいなつめせい本来ほんらい名称めいしょうみせもある。

過去かこにはりょくあかなど様々さまざまいろ碁石ごいし存在そんざいしたが、現代げんだいでは先手せんてばんくろ後手ごてしろ統一とういつされている。

グリーン碁石ごいし

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通常つうじょう碁石ごいししろくろの2しょくもちいるが、やさしいとされるみどりけいいろもちいたグリーン碁石ごいし少数しょうすうながら使用しようされている。これは眼精疲労がんせいひろうなやんだ作家さっか夏樹なつき静子しずこ発案はつあんひろめたもので[8]くろわりにみどりを、しろわりにうすみどりもちいている。素材そざい硬質こうしつガラスで、あつさは使つかいやすく9mmでつくられている。普通ふつう白黒しろくろ碁石ごいしくらべて値段ねだんたかい。日本棋院にほんきいん一般いっぱん対局たいきょくしつ一部いちぶ使用しようされている。

碁石ごいし一般いっぱんにはなんかぞえるが、囲碁いご用語ようごとしての助数詞じょすうしは「(もく)」である。しかしながら、囲碁いご用語ようご特有とくゆうかたのため、「もく」とめずに本来ほんらい誤読ごどくの「(し)」がひろまっている。一方いっぽうで、碁石ごいしすのに「(もく)」をとして使つかったれいもある。というハンデせん下手へたが2ついしいて対局たいきょくすることを2きょくぶ。

一色いっしょく

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両者りょうしゃくろしろのみの碁石ごいし囲碁いご[9]。どちらのなのかをおぼえる必要ひつようがあるため難易なんいたか[9]

脚注きゃくちゅう出典しゅってん

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  1. ^ 囲碁いごばんは19で19×19=361個いっこいしける。くろ181個いっこしろ180ばんくすことになる。
  2. ^ 連珠れんじゅばんは15で15×15=225いしける。くろ113しろ112ばんくすことになる。
  3. ^ a b c 囲碁いご日本棋院にほんきいん”. 囲碁いご日本棋院にほんきいん. 2020ねん3がつ18にち閲覧えつらん
  4. ^ 本因坊ほんいんぼうせん:23にちからだいきょくかん文裕ふみひろ先勝せんしょう本木もときくろばん”. 毎日新聞まいにちしんぶん. 2020ねん3がつ18にち閲覧えつらん
  5. ^ せいくらいん - せいくらいん”. shosoin.kunaicho.go.jp. 2020ねん3がつ18にち閲覧えつらん
  6. ^ 宮崎みやざきけん (2011ねん7がつ25にち). “雅趣がしゅ伝統でんとうよし”. 2012ねん5がつ28にち閲覧えつらん
  7. ^ この逸話いつわ概要がいよう以下いかのようなものである。「遣唐使けんとうしとして皇帝こうてい会見かいけんした日本にっぽん王子おうじが、日本一にっぽんいち名手めいしゅ名乗なのり『くに名誉めいよけ、とう名手めいしゅ対戦たいせんしたい』と勝負しょうぶもうれた。そこで皇帝こうてい国手こくしゅといわれた大臣だいじんの顧師げんし、日本にっぽん王子おうじ対局たいきょくさせた。双方そうほう実力じつりょく互角ごかく序盤じょばんからたがいにゆずらぬ激闘げきとうとなったが、御前ごぜん試合しあい君命くんめいはずかしめることをおそれた顧師ごとあせしぼった思考しこうすえさんじゅう物狂ものぐるいの名手めいしゅはなち、それを日本にっぽん王子おうじ驚嘆きょうたんし、ついかぶといだ。対局たいきょくのち王子おうじそと使接受せつじゅ担当たんとうおおとり臚卿に『顧先生せんせい貴国きこくなん番目ばんめ名人めいじんなのか』と質問しつもんし、おおとり臚卿は『さん番目ばんめであります』と返答へんとうした。実際じっさいは顧師ごとくに一番いちばん名手めいしゅだったのだが、日本にっぽん名人めいじん対等たいとう勝負しょうぶだったので、とう体面たいめん考慮こうりょしてうそをついたのだった。日本にっぽん王子おうじ不服ふふくがおで『とう一番いちばん名手めいしゅ対局たいきょくしたい』とった。おおとり臚卿はどうぜず『だいさんやぶってだい対局たいきょくし、だいやぶってだいいち対局たいきょくできるのです。なぜにいきなりだいいち対局たいきょくできましょう』とこたえた。日本にっぽん王子おうじ碁盤ごばんぶたをして『小国しょうこくだいいちは、ついに大国たいこくだいさんおよばぬのか』と嘆息たんそくした」 この対局たいきょく棋譜きふげんげんけい記録きろくされ、現代げんだいつたわっている。
  8. ^ グリーン碁石ごいし夏樹なつき静子しずこさん – 全日本ぜんにほん囲碁いご協会きょうかい”. 2020ねん3がつ18にち閲覧えつらん
  9. ^ a b 日本にっぽん囲碁いご連盟れんめい | 囲碁いご用語ようご一色いっしょく(いっしょくご)」”. www.ntkr.co.jp. 2023ねん8がつ25にち閲覧えつらん

関連かんれん項目こうもく

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